2017年9月18日月曜日

モティベーションの源泉は「夢」

『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』(上野千鶴子 と古市憲寿)を読んで思ったが、まあこの本は、ファイナンシャルプランナーで、人口問題や社会学に関心の深い私が日頃思っていることを再認識させ、そしてさらに深めてくれもし、これからの社会の暗い行く末を納得感とともに占ってくれた。

今最大の問題は、私たちの金も自由な時間も、子育てや親の介護で本当に減ってしまう。そして、労働生産年齢人口も減ってしまう(だからといって経済が悪くなるとは限らないのだが)。

それで、国債で株価を支えたり、利用者の少ない地域に公共インフラを作り続けたりといったこれまでの政策を続けていけば必ず社会が立ちゆかなくなることははっきりしているという点。

注意したいのは、ここで、いや、そんなことないだろうと。何東京新聞みたいな、ネトサヨみたいなこといってるんだろうと。そういうこという人って必ずいる。それはもちろんいいんだけど、そういうこという人っていうのは、たぶん産経新聞とか読売新聞を愛読して北朝鮮やばい、中国やばいとかいってすっきりしている連中のことだろう。放っておこう。それにこのブログでは、読者からの意見は一切受け付けていないので残念でした!

話を戻すけれども、まあこの本を読んで、地域の祭りに出かけてみた。300年くらい前からある神社の氏子が中心に毎年開いている盆踊りである。

そこにいる人たちというのがまた、とてもいい人たちで、また、仲よさそうで楽しそう、ふうんという感じ。連れて行った幼稚園児の娘にも優しく、お祭りというカルチャーを次世代に伝えていこうというある種のまじめさ、歴史や伝統への真摯な態度が伝わってきた、とかいうのは嘘で、まあ、太鼓を鳴らしたり、盆踊り踊って、いろいろ、面倒なでかい問題から目をそらそうということなんだなということしか思えない。

祭りなんて本当に楽しめない。ある種の部外者としてしか、その場にいられない。

あー今日の題名だが、要するに勉強も仕事も、夢が原動力になるってコト。私には夢がない。もうあらかたかなってしまった(もともとたいした夢ではなかった、今思えば)。

夢を持つにはどうしたらいいんだろう?

2017年8月28日月曜日

大学奨学金について

 先日、ファイナンシャルプランナーを対象に、日本学生支援機構(JASSO)が主催したスカラシップアドバイザー講習を受講してきました。

 受講して最後のテストで合格すると、全国の高校にJASSOから派遣されて奨学金制度について詳しく説明するお仕事ができるようになります。

 受かっても受からなくても(まあ受かったんですが)、実際高校に派遣されるかどうかは分からないにしても、何しろ大学志望希望者を4人も育てている貧困親としては、これは行かない手はないと。

 しかも、総売上高10000円(2004年から今日まで)、維持費用が毎年15000円程度かかるこのファイナンシャルプランナー資格を、今こそ活かすときではなかろうかというのもあります。

 さてここからは私の私見ですが…。ブログなんだから私見以外の何があるって言えばそうですが、感想とかご意見、クレームは一切受け付けませんという意味です。気になるなら自分でブログを立ち上げてそこで書いたらいいと思うんです。それで、表現の自由がどんどん洗練されて、よい市民メディアが次々と育つようになるのがいいかなと。クレームだ、意見だ、なんだとメールだの直接いってきたところで、「バカの壁」がありますので、一切ムダなんですよ(もっともこれまで一件もそういうのは来たことがないですが、読者数が10人に満たないものですから)。

 今、日本はヤバい。何がヤバいって、人口減少です。人が、どんどんいなくなる。増えているのは、高齢者ばかり。子どもが生まれていません。

 10年以上前、このファイナンシャルプランナーの資格を取るときに受けた授業で、先生が言っていたのを思い出す。高齢者を、いったい何人の現役世代が支えるのかってはなしです。高齢者は、動けなくなったり、しゃべれなくなったりしても、一応生きていますから、人権があり、大切に扱わなければなりません。それで、社会保障制度を通じて、国や地方自治体は、現役世代の所得の幾分かを、高齢者を支えるための年金や医療費に再分配しているのです。

 高齢者が少なくて、若者が多ければそれでまわっていましたが、今は高齢者が多くて、若者が少ない。するともうこの再分配制度だと、高齢者ひとりを、若者4人で支えるとか、地域によっては二人で支えるとか、そういう事態になっています。自分の親ではなくて、制度としての再分配を通じて、ですから、イメージとしては、週5働くうち、月曜日の賃金は、高齢者への仕送りで消える、そういうことです。

 さて、それで基本そういうふうになっている状況の中、週5のうち、月曜は高齢者、火曜日は家賃。水曜日は子どもの教育費。じつはどんどん、そうやって消えていきます。自分の自由に使えるお金は本当にわずかです。

 いやー水曜日以降は自分のために使いたいなーとなれば、子どもを作る選択肢はなくなりますね。大学進学でお金がめっちゃかかるじゃーん。じゃあ、子ども無理だーと。当たり前です。算数です。

 そうするとどうなるか。どんどん子どもが減る。もっと減る。やばい。それはやばい。

 よし、奨学金をもっとちゃんとしよう、給付型もバンバン取り入れて、大学に通いやすくしよう。政府はそう思ったんでしょう。

 それで、こういう、奨学金について分かりやすく説明するようなしくみも整えているワケなんですね。

 JASSOの講習会の記事が毎日新聞に掲載されていました。私はこの写真に写っている受講生の中に、頭がちょっと写っています。

https://mainichi.jp/articles/20170821/mog/00m/100/001000d

 家計は、日本の住宅政策の失敗で、無価値なもの(持ち家のことです)のためにたいへんな借金を負っている。そして、高齢者のために、社会保障費もがっぽり取られる。もう余裕はありません。正直言って、子どもの大学進学費用など負担している場合ではないのです。親は、もっともっと車を買ったり消費してお金を使い、家のローンもきっちり払い、そしてなるべくたくさんの社会保障負担を我慢する。それこそが、政府保守層が描く家計の正しい姿なんです。美しい国日本はそれなんです!

 それが美しいとは、思いませんがね。

 実際のところ、タワマンとか買ってもダメですし、今人気のエリアも、数十年後は今の多摩ニュータウンになってるんです。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52664
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51118

2017年7月11日火曜日

隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働(ルトガー・ブレグマン著)を読んで

 この本、『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働(ルトガー・ブレグマン著)』を読んで、よほどの権力者やとてつもない金持ちでない限り、一般国民は全員ベーシックインカムにすぐに賛同して運動を始めるべきだと私は確信を得た。

 魅力的な著者の主張が満載である。未来を明るく展望できる、ポジティブな提言の書だ。

 要は、資本主義がもう行き詰まっていることは利子率の歴史的低下などから明らかであり、これを放置すれば格差拡大と、資本のタックスヘイブンへの逃避による国家財政破たんによる人類の滅亡に一直線だから、思い切ってベーシックインカムでどうよ、と。そういう話しである。

 ベーシックインカムは、じつは社会保障は全部やめましょうということでもある。だから、小さな政府を志向する保守層(リバタリアン)からも歓迎されるし、また、もっとも手厚い福利とも見られるので、左派リベラルからも歓迎される。

 私は、いち生活者として、そして子どもを4人も育てている家計の長として、人数分一律数万円毎月もらえたら単純にありがたい。アホみたいな労働に荷担しないで済むし、その分、子どもと楽しく過ごせるだろう。その方がよほど幸せだし、また、こうしたことで幸せになれるとなれば、少子化ももっと何とかなるんじゃないかと思う。

 頭がいい「論客」は、まさかこんな理由でベーシックインカムが熱望されているなどと想像することはあまりできていないように思える。ベーシクインカムに否定的な論者もたくさんいるが、彼らは、私から見るときわめて残念で近視眼的な、ある種の偏見を根拠に反対しているに過ぎない。反対してドヤるために、反対しているだけの輩すら散見される。

 ベーシックインカム反対派が反対の論拠にする様々なエビデンスは、まったくもって非科学的で間違った思い込みによるものであることが、この本で次々明らかになる。ざまあみろだし、ベーシックインカムに反対する前に、まずこの本を読んでもらいたいと思う。私はこの本だけを売るために書店を開こうとさえ思っていまじつは、準備している。

 この本を読んだ皆さんとぜひ、日本、あるいは世界の将来について話し合い、大きな政治的な勢力として、未来への働きかけをいますぐはじめたいと思っているんだけれども、その前に寝ないと明日また起きて、家事育児そして仕事を貫徹できない。あーこれ何年続くんだろ!

2017年6月15日木曜日

なぜベーシックインカムか?

今日私たちは、たとえば200年前とくらべたとき、まさに当時人々が思い描いたようなユートピアに生きていると言っても過言ではない。

  • 手紙は数秒で届く
  • 意見を自由に表明できる
  • 日用品や本がすぐに手に入る
  • 乳幼児死亡率は著しく下がった
  • 平均寿命は大幅に伸びた
  • 戦争による死者数は著しく減った
  • 貧困に苦しむ人も大幅に減った
ところが実際のところ、別の「悩み」に苦しむようになった。これらは、200年前の人々には想像もできないような悩みである。

  • 通勤電車で痴漢をすると私刑でしかも死刑になるケースが相次ぐ
  • 政府が国民の表現の自由を結果的に制限する
  • 政治やメディアに国民の声がまったく届かない
  • 将来に希望が持てない
  • 子どもの6人に一人が相対的貧困である
  • 子どもを産んだあと離婚をするとものすごい貧しくなる
  • ほとんどの給与所得者は週のうち2日は高齢者への仕送り労働
  • アパートを建てても入居者が集まらないのにどんどんアパートができる
  • ほとんどの銀行はもうつぶれるほかない(利子率の史上最低水準)
これは、一言でいえば、私たちの資本主義が傷んできて、基本的人権や議会制民主主義といった重要なイデオロギーを毀損しはじめている現象だ。

私は、ずっと子育て育児、そしてもっぱら経済の自由競争からの逃避で得た時間を読書に費やしてきた。その結果明らかになったのは、私たち先進国に住む人類全体に起こっている現象として、

  1. 少子化と高齢化(シルバーデモクラシー)
  2. 富の偏在
  3. 中間層の没落
  4. ほとんどの市民が目に見えない監獄にいれらた状態
  5. オキシトシンの不足(幸福度の減退)
こういう感じになってる。だから、私の提案としては、

  1. ベーシックインカムを導入し再分配の再設計
  2. オキシトシン(道徳ホルモン)を活性化する社会の実現
これに尽きる。これは、高齢者や一部の富裕層が寡占する富をまずはベーシックインカムで中間層らにばらまき、みんなでふれあって幸せになろうよ、という話し。

このあいだ、地域のわりと富裕層目の老人が入る老人ホームに行く機会があった。もちろん、清潔で大切に老人たちは扱われ、職員はまあ生き生きと、とまでは行かないものの、なんとかギリ、働いていた。雇用が生まれているといえばいえる。しかし、私はそういう老人たちの世話をしたいとは思わなかった。

人の世話をするとオキシトシンは出るとはいえ、老人ホームで他人の老人の世話となるとものすごいテストステロン(ストレスホルモン)もでる。テストステロンはオキシトシンとトレードオフだから、老人ホームでの他人の老人の世話は雇用としてはハッピーを生み出さない。結局金がある富裕層の世話を、資本主義的搾取のシステムは温存したまま、若い低所得者にさせているだけだ。その施設はベネッセという巨大資本が運営していたから。巨大資本はまず、創業者一族、次に株主、そして顧客、最後に従業員という順番。従業員は、儲けやサービスの「カス」のようなものしか分け前にあずかれず、オキシトシン分泌の機会は限られる。

ホント何とかしたほうがいい。ベーシックインカムしかないだろう。

というわけで、このたび、取次の新しいサービスホワイエを使って、BI ブックスという店名の本屋を開くことに決めた! ジブリの目の前に(笑)。

店の名前に込められた思いを聞かれる度に、ベーシクインカムの宣伝ができる。あーよかった!

2017年6月13日火曜日

やってないのに痴漢をもし疑われたら?!

やっていないのに、満員電車でもし痴漢を疑われたらどうすればよいか?
短くまとめます。

  1. その場(ホームなど)にとどまったまま、相手に身元を明らかに説明する。名刺を渡したり身分を明らかにして(IDカードを見せるなどして)、やっていない旨と、「私は逃げも隠れもしませんので、もしそれでもやったというのでしたらあとで警察に行って下さい」とだけいう。
  2. そのまま立ち去る。立ち去ることができない場合は、その場で(駅員室などに行かずに)弁護士を呼ぶ。弁護士が来たら彼は、当然「この人(クライアント)は、身元も明らかにしているし、逃げたりしない、痴漢もやってないといっている、だから後日いくらでも調べればいい。今は帰ります」。といって、逮捕を避ける論証を開陳し、立ち去ることを助ける。弁護士を呼ぶために常にそういう場面で連絡できる刑事弁護士の連絡先を電話に登録しておく。弁護士が来るまで、その場を動かないほうがいい。
  3. それでも駅事務所につれて行かれてしまったら、その状態は、私人逮捕という状態に。駅事務室では必ず警察が呼ばれる。なぜならすでに逮捕されているので。警察に行ったら、逮捕された人に保障されている権利として、必ず(まだ弁護士が着ていない場合)「当番弁護士を呼んで下さい」(無料)という。取調室では、「やっていないです。弁護士が来るまで待って下さい」といい、他の質問には答えない。
  4. 弁護士と話してその後の対応を考える。やっていない場合は、検察官や裁判官に「この人は身元がはっきりしていて逃げないから、在宅取り調べでかまわない」といってくれる。二日程度で家に帰してもらえる。
そもそも通勤電車が人権侵害状況で、その状況を作り出している鉄道会社の責任が問われる。また、混んだ時間に通勤させる雇い主の不作為も問題だ。企業は、従業員を痴漢えん罪から守るために、弁護士の連絡先や上記の対応を周知させる努力が求められる。

さらにいえば、日本の裁判官が、警察、検察が作った調書を安易に証拠採用して、調書=自白があれば必ず有罪という判断をやめさせることが求められる。裁判官が調書を元に有罪判決を量産するから警察検察も有罪ストーリーに被疑者を当てはめる自白を無理矢理引き出す「作業」が繰り返される。裁判官が、自白調書は証拠採用しないといえばよい。

参考
J-wave JAM THE WORLD 2017.6.12
弁護士三浦義隆のブログ 2017-05-12 痴漢を疑われても逃げるべきではない理由

2017年5月30日火曜日

サピエンス全史・キッズドア・オキシトシン・社会の分断

 「行政がゆがめられている」と記者会見で訴えた前川前文部事務次官。キッズドアで子どもの学習支援のボランティアをしていたことが明らかになり話題に。
 『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ)によると結局人類の幸福はセロトニンやオキシトシンといった脳内物質の分泌量で決まると結論。歴史家はこれまで、こうした指標に基づいて定量的に人類の幸福史を作ってこなかったと。
 ケリー・マクゴニガルのTEDスピーチ「ストレスと友達になる方法」では、人に親切にするとオキシトシンが出る。そういう経験を重ねていくと、いざ自分が強いストレスに晒されても、勇気を持って乗り越えることができると主張。
 『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』(ルトガー・ブレグマン)によると、結局AIにぶんどられて人様の仕事なんてなくなっちまうんだから、GDPみたいな欠陥だらけの指標で成長成長と騒ぐのはもうやめにして、ベーシックインカムで行きましょうよと。
 社会は分断をきわめる方向に動いている。各々が信じるイデオロギー(物語)が異なりすぎて、互いに馬鹿の壁を夢中で築いてわかりあえない。
 NHKの番組「ニッポンのジレンマ」で、ベーシックインカムを積極的に評価する阪大の安田先生のゼミ生が、過半数が反対の現実。
 みんな幸せになりたいし、自分のことが認められたいと思っているのは分かる。しかし、幸福のための物質オキシトシンを出すには、単にセックスしたり背中とんとんてやったりハグしたりすればよい話し。祈るっちゅーのも出るらしい。
 だったら、ベーシックインカムにして、中途半端な低賃金労働は止めにし(機械に任せて)、ハグし合ったりとことん討論したり祈ったりする時間を持てる社会を作ればいいんじゃね? そうしたら、右翼も左翼もなくなって分断も解消。キッズドアのようなNPOでのボランティア活動や、創造的な時間や趣味の文化が活発になって、よさそー。
 ちなみに私がベーシックインカムに賛成なのは、子どもが多くて世帯人数が多いため、世帯主としては可処分所得が増えてイッひっひだから!ってのは半分ホントで半分冗談。大学学費無償化もセットでね!

2017年5月17日水曜日

ノーベル経済学賞受賞者の理論「安定マッチング」とは?

いま日本の課題のひとつは、少子高齢化の進展に伴う、社会保障費の増大である。

少子化の原因は、婚姻数が減っている。生涯非婚率も上昇を続けている。しかし、若者の多くは、将来は結婚したいと思っているようである。

婚活という言葉も生まれ、合コンや出会いのパーティーは日夜様々な場所で、民間や行政機関によってさえ、開催されている。

ところが、大枠としては少子高齢化は先進国共通の問題として定着しており、一挙解決というのは私は目下ベーシックインカムくらいしか思い当たらない。

ところが、今日「オイコノミア」で、くっつきの経済学とかいう妙なテーマを見て驚いた。

人と人をくっつける(結婚にせよ就職にせよ何でも)にあたっては、すでにノーベル経済学賞を受賞した立派なアルゴリズムが存在していた。

それは、このページを詳しくは見てほしいが、要は、マッチングの結果決まったパートナーに対する満足度(納得感)が最大化すること、そして、そのパートナー以外の人のところに行く(不倫など)ことの利益が、そうしない利益を常に下回ることができる、そういう理論である。

通常は、パーティーでちょこっとしゃべって、最後に、意中の人のところに行って「お願いします」と頭を下げ、女性がその中から選んでカップル成立となる。それに対し、安定マッチングの場合はいったん、女性が候補者の中からひとりをキープしておく。

男性は、すべての女性参加者を、好きな順に並べて、順番に告白していく。断られたら、次の女性のところに行く。それをキープされるまで繰り返す。

すべての男性が「キープ」された状態になるまでこれを繰り返す。

すると、女性のほうとしては、次々告白された中から、キープを次々交換することで、自分に好意を寄せている人のうちもっとも順位の高い人を選ぶことができている。一方男性は、自分を断らなかった人のうち、当初の順位の最も高いひととカップリングできていることになる。

これだと、不倫をして、カップリング相手以外の、より順位の高い女性に、あらためていいよろうという誘因は働かない(なぜなら結局その相手には1度断られているので、また断られることは分かっている)。

すべてのお見合いパーティーはこの方法をとるべきだと思う。なぜ、この方法が採用されないのかまったく理解に苦しむが、理由もなくはない。男性によっては、好きな女性が、その参加者のうち、たとえば上位三名しかいないと言うこともあろう。その三人以外は、男性としては絶対に嫌だというこだわりである。そういう男性のこだわりは、この理屈だと無視されてしまう。たとえば、その男性が非モテで、7番目とか、10番目の女性としかカップリングできなかった場合、彼は、その関係を持続させようとは思わないだろう。見合いの会場では成立しても、意味がなくなる。

これはもちろん、女性の側にも当てはまる。好みのイケメンが他のよりかわいい女性のところでキープされてしまえば、自分のところに好みの男性は来ない。妥協の産物とカップルになったところで、その関係をあたためて結婚までしようとする「理由」がはたしてどれだけあるのだろう?

となるとぜんぜん意味ないな。だいたいそうだろう、婚活パーティーで、この人とぜひというのはせいぜいひとりか二人しか見当たらないし、そういう人でないと関係を続けようとも思えない。「納得感あるカップリング」がその場では成立したとしても、「また別のパーティーではどうなのか?」という風に気になってしまうのが人情だろう。いわゆる隣の芝は青いというヤツ。いくらマッチングの理論が優れていても隣の芝は青い理論にあっさり凌駕されてしまったではないか? 隣の芝は青いという理屈は、ノーベル賞は受賞できなかったかもしれないが、現実社会ではより大きな影響力があるようだ。

とほほ! ノーベル賞の理論も少子化には打つ手がない。