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おさぼり経理クンのハックを邪魔するドケチカード会社

私は、会社の経理事務を年に三回も行わなければならない(3法人の経理を担当しているから)。日々の仕分けから税務署への決算まで全部だ。おえー。

これをいかに短い時間で済ますかが、私の人生の満足に重要な影響を及ぼすというわけ。

もう何年もやっているが、今年になって、一年分のカードや銀行口座の仕分けの画期的なやり方を見つけた。

銀行(もちろん法人講座でも明細のCSVデータを落とせるところしか口座開いていない)やカード会社のウェブサイトから、まずは明細のCSVデータを落とす。

次にそれをエクセルで開いて、エクセルのデータ>フィルタ>オートフィルタ機能を使って、共通のキーワードごとに、該当の仕分け番号を振る。ある程度まとまった明細の内容を抽出して、vlookupでヒモ付けした科目番号をその行の先頭に入力、ctrl+Dでいっぺんに番号を振れる。

もちろん、月ごと集計も出来るし(concatenateで「○月の」を科目の先頭に降る)、ものすごいスピードアップが図れる。これというのも、大体明細の内容(支払先だの、「振込」だの、店の名前だの)は決まってくるから。

この方法で気をつけたいのは、カード会社はcsvデータを数ヶ月間しかサーバに残してくれないことがあるということ。アメリカン・エクスプレスは、数ヶ月に一度、一個数百円、いや、千円以上はかかっていると思われる、豪華なダイレクトメールを送ってくる。やれ、プラチナカードへ切り替えろとか、やれ友達を紹介しろとか、そういう。

そこで、そんなまったく不要なゴミを環境破壊で送ってくるのはやめて、サーバにわずか数キロバイトのCSVデータをせめて二年分くらい残すようにしろと電話で言ってみた。

私は、一年分くらいはためる。おさぼり経理クンとのそしりはまぬかれない。しかしおさぼりでも納税期限に間に合えばいい。それまでは好きなことやって人生を楽しみたい。なのに、ケチで、強欲なカード会社のせいで、データがなくなり、私の「あとでとっておく」という時間期限の利益が損なわれている。これは絶対に許しがたい。

数ヵ月後、どうなっているか、すなわちアメリカンエクスプレスが、3ヶ月ではなく、1年以上の明細CSVデータを残すような改善を実行できたのかどうかを確認してまた皆さんに報告したいと思う。

ちなみに、このクレームをいうためには、3ヶ月「しか」データがないのかどうか…

年末年始必見、あと反原発国民投票

http://www.nhk.or.jp/jirenma/
「新世代が解く、ニッポンのジレンマ」元日夜11時、教育テレビ(Eテレ)。これ観たいなー。知ってる「論客」ばかり。1970年代生まれの。

つぎに、

http://kokumintohyo.com/

原発やめようっていう国民投票や、住民投票。ぜひ参加したい。条例や議会への直接的な働きかけをするまさに政治活動。民主主義のツールを、公明党や共産党でない、一般の市民がつかい始めている!!

確かに、あらゆる化石燃料に比べて、原発の効率の良さは認めなければならない。でもそうはいっても、今は、化石もだめ、原子力もだめという、地球からの制約を無視してはならない。そういう制約をチャレンジと受け止めて、専門化がオルタナティブなエネルギーを開発するのを、私たち素人はあたたかく見守り、応援しないといけない。

消費税増税反対2連発

今日は取り立てて書くことがないので、消費税増税反対関連記事をほかのブログから引用するにとどめる。

民主党が進める「幼保一体化」とは、1)既得権益業界に補助金が中抜きされ、焼け太りし、2)待機児童対策としての実効性、効率性が低いばかりか、3)消費税引き上げ5%では財源が全く足りず、次の「おかわり!」の消費税引き上げが準備されているというとんでもないシロモノなのである。

このようなもののために、消費税引き上げなど絶対に認めるべきではない!http://blogos.com/article/28028/
次は、

「財政再建原理主義者」たちは、「消費増税反対派」の行動は「選挙目当て」の「無責任」な行動であると非難している。民主党の仙石政調会長代行も28日、「この局面で増税だけを取り上げて政争の具にするのは本当に愚かなことだ」と述べ、離党届を提出した所属議員を強く非難した。

しかし、最大の国家権力でもある「徴税権」に対して様々な意見が出てくるのは民主主義では当然のこと。反対意見を「増税だけを取り上げて政争の具にするのは本当に愚かなことだ」と罵倒することの方が、民主主義では「本当に愚かなこと」のはずである 。http://blogos.com/article/28094/?axis=p:0

とにかく反対だ。消費税の増税だけは。爺や既得権益の生活費を何で私が払わないといけないのか。

さらには、今の子供若者が、どれだけひどい目にあうかを。年金支給開始年齢を後ろにずらして、定年も延長することによって。http://blogos.com/article/28026/


65歳雇用義務化を強行すれば、一体どの様なしっぺ返しが来ると言うのであろうか?
先ず、第一に考えられるのが、それでなくても、円高と電力料金の値上げで、国内立地に嫌気がさしている製造業が、海外移転を加速する事である。
結果、雇用の延長を目指して、雇用の消失を達成するという皮肉な話となる。この犠牲となって、若者、中年の職が奪われるのは、当然の結果である。
今一つは、企業の総人件費は一定である事という冷徹な事実である。結果、60歳以上の新たな人件費増に対し、若年層の人件費削減で対応するしかない。
ここで認識すべきは、昨日の記事、「日本型雇用の解体を確信」で説明した通り、今後、多くの社員の年俸は、役職によって上限が決定してしま…

消費税には原理主義的に反対

消費税が10%になるとかマスコミが騒いでいるが、論外だ。

政府与党関係者でもないのに、消費税増税は仕方ないなどとしたり顔でいう一般国民のバカ振りにも開いた口がふさがらない。消費税は逆進性が高く、政府が本来果たすべき再分配機能を損なうだけの悪税なのに、そういうことは知らないのか、偉そうにテレビで増税やむなしというバカが多いのには残念でならない。要するにそういう連中は政府与党、マスコミのプロパガンダにやられてしまっているのである。

いま、1961年よりあとに生まれた人、すなわち年金支給開始年齢が65歳からの人で、増税に賛成している人は一刻も早く考えを改めるべきだ。

国債なんてどんどんいくらでも発行してもギリシヤみたいになったり、後の世代へつけまわしになったりしない。ほとんどが郵貯や生保など国内の機関投資家が持っているんだし、これは今後も変わらないだろう。それに、増税する前にやるべきことを一切やっていない民主党政権へ、もっと怒りを表明しないといけない。

たとえば、議員年金をやめる、議員定数を削減する、子ども手当てをちゃんと復活する、やんばダムをやめるなどなど、マニフェストをまずちゃんとやってもらいたい。実際はどうか。マニフェストの目玉はことごとくなくなってしまった。311の対応でも、おねだり農協や変な地元の土建業者などの保守層の要求を丸呑みして、3兆円も。ありえないほどお粗末な国策原子力も「再稼動」。


これでは前回の選挙で投票した有権者への詐欺である。ところが有権者はあいかわらず、じつにおとなしい。そして粛々と増税やむなしとか言ってる。まったく話にならない。しっかりしてほしい。

おとなしい理由は知っている。大体、ベビーブーマージュニアは、ベビーブーム世代、つまり高齢者に養ってもらっているから。私も含めて。親が何とか回っていれば、その金で何とか回り、政治にも無関心になる。何にも困っていないから、怒る理由もない。

ただ、FPとして警告したい。みんな、今はいい。親世代が、海外移住だの、世界旅行だのと、死語となったポストモダン的蕩尽の限りを尽くして最後、何も残さず介護の借金と負担からくるPTSDのみ残して死んでいったあと、何を買うにもバカ高い消費税だけ残っていたらどうなるか。親のあとを追って死にたくなるぞ!

そういうわけで、今何も困っていない人でも、消費税増税だけはだめだ。これ…

ギャレス・マローン、エンパワーメント、コミュニティ

非常に優秀な成績で音楽のスペシャリストだったギャレス・マローン(イギリス、1975-)は、テレビ番組への出演がきっかけで世界的に名が知られるようになった。

音楽、とりわけ合唱などとは無縁の人々、貧困地区の寂れたコミュニティや底辺校などへ入ってゆき、合唱団を組織し、彼らを励まして合唱を教え、コンサートを成功させる。

最初はうまくいくはずもないと思っていたが、最後は人生で最良の日と参加者は次々感動。歌でコミュニティーや自尊心を治癒したりエンパワーメントさせるその仕事は、本人が自称するとおり、「伝道師」というにふさわしい。

ギャレスの活動はテレビドキュメンタリーとして放送されて、番組は賞も受賞している(c.f. Wiki)。

実際には多くの問題が「先送りされたまま」なのは間違いない(広がる一方の格差、停滞する経済など)のだが、ギャレスがいるおかげで、人生捨てたもんじゃないとみんなが思える。世界史上、本来は、宗教がこうした役割を担ってきたのだが、宗教じゃないところがすばらしいと思う。

子育てや家事に疲弊していた私もスッカリ癒されたようだ。

あともうひとつ気になる番組が。北アルプスの山小屋に勤める女性の話。朝四時起きで、殺到する登山者の食事を作ったりといった重労働に取り組む。やってる業務はずばり、3kの外食産業の仕事そのものなのだが、それが「山小屋」という特殊な環境なので面白い。

いったいなぜ、彼女はそんな仕事を選んだのか、私には理解が出来ない。しかし、私もそうだけれども、何かのきっかけや流れのようなものに身を任せるうちに、そういう仕事に就くことになったのかもしれない。山が好きだったとか、身内に山小屋経営者がいたとか。

登山者のために、食事の用意をし、配膳して片付けるという労働。果てしない、マックジョブ。それを、高い山の上で女性が取り組んでいる(今はシーズンオフだからやってないだろうが)。


家事もやった、仕事もやった。そして生の満足は消えた

人生の価値やよろこびは、仕事や、打ち込める何かを見つけてそれに熱中し、高い満足感を得ることだと思う。
 ところが今日、成熟して豊かになった資本主義の国、日本では、仕事も、趣味も断片化、陳腐化しており、満足感を得ることは難しい。どれもこれも、人がこれまでにやってきたことを「なぞる」とか、決まり切っていて創造性を発揮できないようなタスクを「こなす」ことでしか、生活の糧を得ることは難しい。
 そして、幸せな家族の像も揺らぎはじめている。そもそもこれまで日本人にイメージされてきた幸せな家族というのは、磯野家のように、男性は外で働いて家族の生計を担い、女性はもっぱら家事と育児を引き受けるという役割分業の上に成り立っていた。この土台がいまや雲散霧消しているのだから、家族の幸せなんて何が何だか分かったものではない。
 私は家事をやるようになって10年以上経つがもうこれこそ、最悪の部類の労働だ。ダグラス・クープランドのジェネレーションXで描写されていたマックジョブの3つの特徴をそっくりそのまま備えるのが家事労働である。つまり、低賃金、低未来、低自尊心(長時間労働や滅私奉公を要求される)。
 なまじっか、野心があり、あれこれ自分のアイディアを世の中で試したいと思っているような人はまず家事労働など引き受けるべきではないだろう。抑鬱状態となり、死にたくなる。なぜなら、マックジョブは賃金をもらうという目的があるが、家事労働にはそれすらない。無報酬の労働なのだ。家事を止めようものなら家はたちまち、ジャンクフードやプラスチック製の安っぽいコモディティーグッズであふれかえり、足の踏み場もなくなる。消費者が、市場で何か物を買って家に持ち帰り、それがゴミになるまでのサイクルは史上空前の短さになっている。
 先進国の多くの若者は、仕事はないか、あってもマックジョブ。家ではマックジョブの上に無報酬の家事だけとなると、豊かな国の若者が、子供を産むというオプションを願い下げする理由はまったく合理的だ。
 私はどうしたらいいかなんてまったく分からないが、少なくとも強調しておきたいことがある。せっかくの豊かで平和、治安もよい先進国なのに、若者がしょっちゅう、みじめな気分になって、死にたくなるような事態が進行している、ということだ。政治家がおかしいと思う。政治家は企業(労働組合含む)、つまり既得権を握っている…

生活保護や失業給付のほうが年金や賃金より高い

今日のニュースウォッチ9で見たけれども、被災地で失業した人には月額15万円程度の失業手当が給付される(されない意人もいる)。妻子ともに前職を失い、この給付を受けるとなると月額24万になるケースが紹介されていた。

この夫婦には子供がいるので、働く場合は夫だけになるだろう。ハローワークでの求人の月額賃金の相場は11万円台が目立つ。結局、働かないで給付を受けて暮らしていたほうが可処分所得は多いのである。

そして、人々の多くは給付をもらってパチンコ店に通っている(かのように錯覚しかねないような構成での、ニュースウォッチのリポート)。むなしい脳。お、見事な誤変換、むなしいのうだよ。

ベーシックインカム導入を目論んでいる私としては、たいへん参考になるリポートだった。そして妻は、もし働いて、賃金が社会保障給付よりも少なくなるなら、多少多くなるように差額を政府が補填すればいいと述べた。

また、バイトできている学生は、もしお金だけもらえて家にいていいのなら(別に被災地の人がそういう状態だというわけではないんだが、汗)、だんだん何にもやる気がしなくなり、抑鬱状態になる。だから、定時定場所へ通うという営みが大切だと思うと述べた。この学生は就職活動がうまくいっておらず、正社員になりたいという自分の心境と重ねての感想だろう。

私も、人生を生きるにはモティベーションがとても大切だと思う。被災によって壊されてしまった、前向きな気分、モティベーションを元に戻すのは並大抵のことではないだろうが、パチンコ店などへ行かず、松下幸之助とかの自己啓発本の定番など読んでみたらどうか?

ちなみに私のいまの政府への要望は一点しかない。電気料金の値上げ認可と消費税増税だけは勘弁して下さい。

クリスマスBGMが好き

なんといってもクリスマスのBGM好きである。いや、あのピロピロいう安っぽい電子音で構成された、ホームセンターで11月から流れるあれじゃなく。ちゃんとした音楽。

何年も、iTunesのラジオの、Holidaysで楽しんでいたが、ある年からこのカテゴリが表示されなくなっちゃった。そこで、インターネットラジオをいろいろ検索できるSHOUTCASTでCHRISTMASで検索していろいろ見つけ、今年からこれで楽しんでる。

無料。

最近の世の中のおかしい、3つ

まずはじめは。福島第一原発は津波じゃなくて地震で揺れすぎて0.3平方センチメートルの穴が開いてそっから水が漏れて水素爆発につながった(保安院が認めた、今日の東京新聞)。つまりは、全国の原発の耐震基準に黄色信号がともったわけで、いったん全部止めて耐震補強しないといけない。でもそうならないだろう、きっと。これはおかしい。

ふたつめ。スマートフォン全盛である。しかし冷静に考えると、スマホは時間も金も無駄である。従業員がスマホを買ったという。iPhoneだとか言って喜んでいる。聞けば本体代金5万円は毎月、数十ヶ月にわたり分割で支払う。通信料とあわせて毎月7千円もする。しかし、彼女は政府要人でもなければ企業幹部でもない。単なる学生。そんなに「つながっている」必要はまったくない。移動中はメールチェックよりも新書かなんか読んでたほうがよほどためになる。毎月7千円なんて新書だったらブックオフで何十冊も買える。契約で2年間は解除できないようになっている、バカ高い端末代と通信費による若者の搾取。電話は家にフレッツ光かなんか引いておいて、あとはiPod touch(1.5万円)を買えば十分だろう。通話はPCのスカイプとかで。いや、フレッツ光も高すぎるから、UQワイマックスとかイーモバイルでいい。そもそも携帯電話でネット見ようとするのがおかしい。アプリなんて笑わせる。5年くらい前の古いデスクトップにいくらでもフリーで落とせるソフトの足元にも及ばない単機能ぶり。

みっつめ。いきなり卑近だが、小金井市のゴミ問題。岩波の世界など読むと地方自治の本旨に見事に背違しているが保守派の前市長がまた立候補。憲法や地方自治法をバカにしている。土屋とかいう自民党の狸じじいの衆院議員がゴミ行政を裏で牛耳っていて、自分が気に入らない市民派市長を「クビにした」。そして今日、イトーヨーカードー武蔵小金井店の近くで稲葉の選挙カーが「ある立候補者が当選すれば再びゴミが厳しくなる」と「予言」。ゴミ焼却場を自分たちの政争の具に使っており、これは憲法違反だ。わたしは本来は土屋や稲葉、八王子市長ならびに保守系周辺自治体の首長、都知事、法務大臣、総務大臣を相手に違憲訴訟を起こすべきだと私は思っている。何でか、詳しくは今月の岩波の世界を読んでもらうことにする。

小金井市は、こういう風に非難される。「自分のところで出したゴミも処理で…

暇と退屈の倫理学と人生

この歳(39歳)になり、やることなすこと、新奇性が薄れ、全体的に退屈になってきた。そして、肉体的荷重を伴う活動(家事育児など)の負担感ばかりが身に沁みる。このブログ書き(気晴らし)ですら効力が衰えてきた。投稿数を見れば一目瞭然だろう。

この國分功一郎さんの著書『暇と退屈の倫理学』を読んで、まさにこうした退屈な人生をいかに生きるかを考えること、精神の生き生きとした営みの場を創造することこそ哲学の仕事だと気が付いた。

私個人はまあこうやって何とかやっているからいいとして、昨日のETV特集(学者らがさんざん活断層があって危ないだの、津波が来るだの警告してきたのに一切無視した東電と国)や、NHKスペシャル(津波で親兄弟を失ってたった一人残った小学二年生の泣かせる詩など)を観て思ったのは、こういうのを観てどうのこうの思ったところで私個人には何もできないなあと思ったこと。

原子力安全委員の学者を無視するくらいなんだから、一塊の小市民なんて東電や国からすれば虫けら同然だろう。虫けらとしてできることっていったらせいぜい護憲かな。憲法くらいだね、すがれるのは。

津波に関しても、千年くらい前にとんでもない津波がやってきたことを示す砂の層があることが何十年も前から分かってたってったって、311の前に私が福島や岩手の人に危ないから移住しろなんて言えた話じゃないわけで。

小金井市長選がはじまった。また稲葉が返り咲くかもしれない。ゴミさえもっていってくれ、そして子供手当や子育て支援を減額しないのならもう何でもいい。

そうはいっても、子供手当も減額される一方だし、これで消費税増税なんて困る。BS世界のドキュメンタリーでお金を持たないドイツのあるおばあさんの話やってたが、ああいうのがいいな。金を稼ごうとするともうダメだ。

ことしも、年末調整をはじめます。

メディアリテラシー

大事。メディアリテラシーのない人たちになに言ってもろくなことにならない。これ見て。
原発事故後すぐに名古屋に避難した国際ジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏のビデオ。メルトダウンして広域に飛散するって「予言」(当時は不謹慎だとか、パニックをあおるなどと非難された)。当たった。

彼は外国メディアを翻訳してツイッターに流したらひどい目にあった。本当に残念だ。このビデオを見て考えよう。

決意の放送 from groove japan on Vimeo.

猪子寿之「地方はなくなってしまえ」

猪子寿之講演 ITテクノロジーと20年後の日本【後編】
37分くらいのところで「地方はなくなっちゃえばいい」(会場:笑)


理由は、「(今は)社会全体の競争力を上げないと社会が滅ぶという(局面に立ち至っている)のに(偉い人や頭のいい人と話すと地方をどう復活させるかばっかり)地方復活なんて競争力向上に無関係だから、地方なんてなくなっちゃえばいい」


私はノーコメントということで。怖いんで。

巨大な抵抗勢力。400万人の日本の公務員のなりたち

簡単に「仕分け」したり解体できると思ったら大間違い。マスコミ(総務省)も巻き込んで、国民からギュウッと搾り取るシステムは磐石。


Khan Academy 無料動画が人類を救う

まさにイノベーションだ。Khan Academy。まずはニコニコ動画から、これを観よう。

【ニコニコ動画】Khan Academy 紹介(字幕)
うまくいかないときはニコニコ動画にアクセスして「khan academy」で検索。

そしてこの結果、世界がどうなるかは、我らがモーリー・ロバートソンが解説。
20111006_Morley Robertson from Tokyo Jiten on Vimeo.

ボストン在住のカーンさんが、ニューオリンズに住んでいるいとこにYoutube越しに数学(算数)を教えるところから始まったKhan Academy。今や、1+1=2から、大学レベルの微積分まで、数千の短いビデオがアップされている。すべてのビデオは、ひとつのコンセプトでまとめられている。


雑誌『理科の探検 Rika Tan』を読んで

月刊理科専門誌『理科の探検 Rika Tan』で、ノーベル賞受賞の科学者、利根川博士のコラムを読んだ。

時間には限りがあるから、(余計なことは)やらないことが大事

このブログの読者には失礼だが、まさにこのブログこそやらないでおいたほうがいいことの典型だ。

『暇と退屈の倫理学』、略してヒマリンが最高に面白くて。ネットのウェブサイト見ているとなんだか仕事してる気になるが、本を読んでると仕事している気にならない。情報のインプットの質としては本のほうが絶対に優位性があるのに。不条理な錯覚だ。


金持ちの高齢者、貧しい若者

やっぱりな感じ。
高齢者の資産は若者の47倍、格差急拡大 米調査 2011.11.10 Thu posted at: 15:35 JST (C) CNNMoney ニューヨーク(CNNMoney) 米国で高齢世帯と若年世帯の資産格差が急拡大し、高齢世帯の平均資産額は若年世帯の47倍と過去最高に達したことが、調査機関ピュー・リサーチ・センターの統計で分かった。 それによると、2009年の純資産総額は、世帯主が35歳以下の世帯で平均3662ドル(約28万円)となり、25年前の同年代に比べて68%減少した。一方、世帯主が65歳以上の世帯は平均17万494ドル(約1330万円)で、同42%増となった。 資産形成の期間が長い高齢者の方が若者より資産が多いのは当然の傾向だが、1984年の調査では両世代間の資産格差は10倍にとどまっていた。 この背景として、景気悪化などの影響で若者の生計自立が遅くなっている傾向が挙げられる。両親と同居する期間が長くなって就職や結婚、自宅購入などが先延ばしになっているほか、大学進学者が増えて学生ローンを抱える若者も増加。09年の調査で資産がゼロまたはマイナスの若年世帯は37%に上り、1984年の19%から大きく増えた。 また、高齢世代は長期的な不動産の資産価値上昇の恩恵を受けているのに対し、若年世代は不動産価格の変動を乗り切れていないとピューの担当者は解説している。木村太郎がコラムで「そこで日本だが千五百兆円の金融資産の60%を高齢者が保有するという。その高齢者の年金を1.8人の若者が支えている」(東京新聞2011.11.13)

『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』を読んで

有名企業、人気企業の入社倍率が天文学的になっている。10人の枠に数万人といった感じで。

この本によれば相変わらず学歴社会。企業は、面接やSPI以前の問題として、大学名で人を見るのはあたりまえ。著者いわく、苦労して難関大学に入った人が、苦労しないで三流私立にしか受からなかった人と同じ就職機会であっていいはずない、と。

読んで思ったが親としてはまあとにかく、小中高生時代は自分を律して勉強しないとだめだと思う。親がお金持ちとかそういうことでなければ。

確かにいわれているように、サラリーマンの給与が下がり続けているだとか、国際競争の中で日本が地盤沈下しつつあるとか、雇用をめぐる情勢は厳しさ一色。そうはいっても、学生からすればまずはサラリーマンになるほかないんであって。そういう現実が重い。

私はこのブログではどうだか自信が持てないが、無責任に世の中だめだ、会社勤めもだめだということは、NGだと思う。そんなこといっても始まらない。だから、アウトローの衝撃も読めば、こんなある意味下世話な?本も読んだ次第。

まあ、読んで、結局こつこつがんばるしかないと(それも早いうちに)。あと発達障害(アスペルガーとか、明らかにおかしいのに障がい者枠には当たらないようなレベル)へのフォローについてのコラムがあって好感が持てた。

私もそうだったが、やりたいこと(私の場合は出版、編集や、経営、経理)があれば、会社はどこでも(無名で小さいところでも)、そこで出来る体験、経験は、やらないよりはやったほうがいいといえる。私自身、大企業、有名企業に入れないからといって就職活動をやめて家にいたり、大学に残っていたりしても、本も作れなければ経理も出来なかった(逆に言うと、早大卒の学歴からすれば超無名のありえない会社でも、ひるむことなくどんどん入社して数年我慢したからそういう「小技」が身に付いた)。

有名大卒じゃなくても、大丈夫。だってどんな大学を出ても、世の中には数百万社という数の法人がある。名前とか体面ではなく、経験の中身で、会社を選んでみてはどうかと思う。

就職活動という行為自体がものすごいつらいんだよ(イスラム圏の女性蔑視や途上国の人身売買やスラム暮らし、先進国でも中卒で風俗とか、そういうのに比べればまあもちろんねえ)。不毛だし不条理。金も労力も時間もどんどん磨り減っていく。それを乗り越えてみるというのが…

大前研一『ロウワーミドルの衝撃』を読んで

大前研一が2006年に出した『ロウワーミドルの衝撃』を読んで思ったのはまあ、私もよく知っているような、日本も高齢者ばっかりで社会保障もたいへん、公務員の数も多すぎて効率も悪い、税制も地方自治も全部がらがらポンで、物価を安くしないとたいへんだぞという話。

今の、相も変わらず若者軽視、年寄りと地方、および官僚ばかり向いている政権を前にすれば、こんな本は絵空事もいいとこ。床屋談義かって。このオッサンの床屋談義、世界では1時間数百万を払う国もあるらしいから仰天。

オーストラリアでは米が1トン2000円とか書いてあって、今のTPP論議につながってる気がした。TPPもどんどん入って、とにかくものが安くなるとうれしい。もっとも急に食料が入ってこなくなる危険もあるから、食糧自給率が低すぎるのもどうかと思う(輸出国の気分次第で輸入国の食糧需給が左右されるっちゅうのはねまずいと)が、まあずっとアメリカに住んでて日本のスーパーの棚のことなんて知らない大前さんからすれば、すぐにでもTPP入るべきだって思っているだろう。

ところで昨日、昼間に小金井市のある道路を歩いていたところ、70代と思われる高齢女性ふたりが話している内容をきいた。

「私なんて、朝起きて、テレビと本読むくらいよ。本当にやることないもの。あと数独くらい?」

こういう、TPPとか原発とかでたいへんな時代になってるのに、地域の年寄りの脳みその中の、世界との距離感。めまいがした。

いやーこういうふうに、年寄りが大して病気もせず、仕事もなくて、夫も先立たれて、年金だけで暮らしてるというのはどうなのか? 私はそういう風な人生を送りたいような、送りたくないような。いいじゃない、本読んでテレビ(私はたぶんネットやDVDみるだろうが)なんて。生活費は若者が払ってくれて(賦課方式の年金でね)。

おばあちゃん(98歳)も、夏前に言ってたな。退屈だとか、つまらないとか。毎日起きて身支度を調えて、テレビの前に座り、三度の飯、排泄、そして入浴して着替えて寝る。それだけ。いつ死ぬかも、今日がいったい何日で何曜日かも分からない。

すべての人の人生に必要なのは哲学だろう。

PLANEXネットワークカメラによる遠隔地のモニタリング

必要な機材はウィンドウズパソコン、プラネックスのネットワークカメラCS-WMV04N、無線ブロードバンドルータAtermWM 3500Rとクレードル、UQWimax回線契約(プロバイダはDTI)、ハブ、ネットワークケーブル。

はじめにルーターとカメラのマニュアルは全ページを通読すること。これだけでおよそ300ページくらいになるので。

カメラとルータに192.168.0.***(***は1から254のどれか、重複禁止)の固定IPアドレスを振っておく。

カメラの設定は固定ipアドレス、サブネットマスク、DNSプライマリ(ゲートウェーと同じ)。そして一応HTTPポートはデフォルトで80のところ10000に変更しておく(80ではうまくいかなかったから)。適応ボタンを押してカメラのシステム再起動(システム→ユーティリティ)。

ルータではポートマッピング機能を使い、以下の通り設定。
宛先となるローカルIPアドレス、これはカメラに固定で振ったもの。
HTTPポートのための80-80。ビデオポートのための4321-4322。この2つのポートをTCPとUDPそれぞれに設定。

ルータの状況でWAN側IPアドレスをメモる。たとえば、それが、12.345.678.901だとする。次にこのルータ以外の外部ネットワークの端末ブラウザのURLにIPアドレスの最後に:10000をつけて入力。

(例)
12.345.678.901:10000

「Internet Cameraのサーバー12.345.678.901にはユーザー名とパスワードが必要です」と表示される(これ以外の表示の場合はダメ)ので、カメラの管理画面に入るときに必要だったIDとパスワードを入れる。

そうしてつながった。

アマゾンからカメラが届いてここまで来るのに7時間近くかかったとさ。ちなみにマニュアルはロムに入っている。

で、何やってるのかっていうと、國分功一郎さんの暇と退屈の倫理学に書いてあったとおり、人はウサギ狩りで欲しくもないウサギを狩るのに夢中になる。それこそが人間だっちゅー話。私だって別に、このシステムで遠隔地の映像を見たいんじゃない。そこに至るプロセスに夢中になって、人間の愚かさから一時目をそらすことができた。何しろつながらなければ何万かの機械がムダになるってことで。このスリルと興奮は私のように趣味がほかになく、酒もバク…

国という不経済、不効率

まずこの記事。ウェブサイトをこつこつと自分で作って、そして携帯も高いからウィルコムのPHSで長年我慢している私にとって無視できない。

自民党の茂木政調会長は8日の衆院予算委員会で、2011年度第3次補正予算案に盛り込まれた事業の一部に「過大な予算計上」があると指摘した。

 取り上げられたのは、環境省の外局として12年度に新設される原子力安全庁のホームページ(HP)作成費1億4000万円、法務省の衛星携帯電話購入費(1274台分)4億7600万円の2件。衛星携帯電話は平岡法相が、電池パック込みで1台34万6500円、通信1回線約5000円で計上したと説明した。

 茂木氏は「ホームページは数十万円程度で開設できる」「携帯電話はスマートフォンの最新機種でも4万6000円」などと主張し、予算額が「高すぎる」と批判した。ただ、党の賛成方針を踏まえて予算案の修正は求めず、「全額使わなければよい」と注文した。(yomiurionline 11/11/9) 一千兆円の国地方の債務。収入が40兆しかないのに、国債の利払いや償還のために20兆円は消える。そして毎年40兆円近く追加の借金をする。公務員400万人。巨大な利権団体に翻弄され、いいように回される国民。本来公務員は公僕、つまり国民の福利のために仕事をする人たちだったはず。僕たちが(あるいは、将来の子孫が借金返済という形で)彼らの給料を払ってやっているのに、 こんなばかげた金の使い方。

絶対に許せない。どうするか? いますぐ非公務員は全員、生活保護申請するべきだろう。そしてもらったその金で国や行政に情報公開請求をして、書類爆弾を手分けしてチェックし、歯止めのかからない焼け太り状態の政府および地方公共団体のリストラを進めるんだ。

東京都新宿区で路上生活をしていた男性(61)が、「仕事をする意思がない」との理由で生活保護の申請を却下されたのは不当だとして、同区に却下の取り消しなどを求めた訴訟で、東京地裁は8日、取り消しを認め、同区に生活保護の開始決定をするよう命じる判決を言い渡した。

 川神裕裁判長は「男性に働く意思はあったが、確実な連絡先がないため就職は困難だった」とし、生活保護の要件は満たしていたと判断した。 判決によると、男性は2008年6月、アパートに入居しながら求職活動をするために生活保護を申請したが、ホームレスの自立支援…

TPPにはミッキーと一緒に笑って適応

TPPに参加すれば、アメリカの言いなりとなって(もちろん従前からそうだったが)、不効率な農業はもとより、保険や金融、医療も消費者のお財布にやさしい制度に生まれ変わると私はあっけらかんと思う(もちろんそんな楽観的な態度は一部の人々からバカ、無知と攻撃されることは知っている)。

今問題になっているのは、たとえばTPP参加すれば、アメリカの遺伝子組み換え食品とか、抗生物質漬けの牛の肉とか、農薬まみれの米が安く大量に入ってきて国民が癌で死ぬリスクがあがる話。関税も、日本のいろいろな規制も全部アメリカ様は邪魔だと言ってるから取っ払われてしまう。

しかし、これまで日本政府は、農業も金融も国民の税金を使って過保護にしてきた。そのせいで日本の食費は高止まり。金融だって消費者を本当に利する商品は一切出ず、ただひたすら機関投資家のビルばかりが立派にそびえる。いくら安全だからって、借金一千兆円になるこの期に及んでまでそこまで農業だの金融だのに無駄金突っ込めないだろう。政府がTPP参加に傾くのはもうこの際だから不効率な部門はすっきりしたいっていうハラもあるはずだ。

私もそれは賛成だ。次世代に負担を残す国債を発行して、これ以上不効率な部門へ公金を片寄って流すのは止めていただきたい。山口県とかいってみて、農家があまりに立派で驚いた。御殿である。もちろん、ここ小金井市でも、広大な土地に御殿のような家屋敷を構えるのは農家である。そして彼らは、金に困るとうまく地所を処分して、賃貸アパートを建て、そこへ若者を住まわせる。若者は高齢の農家のじじばばに、年金を払い、家賃も,高齢者支援金も、介護保険も払う。しかしその若者が高齢農家を支える原資も残念ながら雇用不安と給料が上がらない件で風前の灯火である。

もう無理なんだ。地方交付金とかで、あるいは付け焼き刃な対策で年金や医療を支えるのは。地方の豪邸住まいの農家を都心の若者が支えるのは。

だからいっそのこと全部アメリカに駆逐されてしまえばよろしい。マスコミも外資規制を取っ払ってもらって、日本のテレビマスゴミもつぶれればいいと思う。

TPPで、社会保険加入義務のない超安いインドネシア産のメイドや、格安医療が入ってくれば、地方に建つ豪邸は医者か農家という歪んだ日本の「光景」もすっきり片付くだろう。

住宅の建設コストだって高すぎる。大前研一氏が2006年頃に書いた『…

DIY、SPFのたのしみ

SPFという木材がある。何種類かのサイズがあり、ホームセンターで格安で販売している。この木材は比較的柔らかく、ビス留めも容易で、家具などのちょっとした造作にうってつけだ。

私の場合は、必要な家具の構想をノートにメモして組み方を考え、ある程度固まったらAdobeのIllustratorで図面化。これをJマート三鷹店にファックスして切っておいてもらう。

サイズどおり切られたものを持ち帰ってきて、あとはペンキを塗る場合は塗り、組み立てるだけ。実に簡単だ。

こうした方法でいろいろな家具を作るメリットは計り知れない。もちろんコスト面では、市販のものの数分の一、場合によっては十分の一にもなる。

最近作ったものを紹介しよう。幅2メートル、奥行き1mの作業台(まずでかい。それゆえ買えば絶対に高いし、室内に搬入できるかどうかも分からない)。幅が840ミリ、長さが1900ミリという、やや小ぶりのサイズのベッド(こういうサイズのものはまず売ってない)。大きな展示用の棚(そもそも売っていない)など。これらはいずれもSPFとビスだけで1万円以下で出来る。

売ってないとか、作ればものすごく安いというものを自分で作れるというのは素直にうれしい。

ペンキを塗るとペンキ代がかかるが、プラス3,000円程度だ。サンダーという電動で紙やすりをかける機械で、表面をつるつるにして、ローラーで塗れば美しく塗れる。

これらの作業はものすごく楽しい。要らん物まで作ってしまいそうで怖い。私の人生とJマート三鷹店は切っても切り離せない。

小金井市とはどんな町か?

数年前にアエラに、全国でもトップクラスの公立中学のある校区として小金井市が紹介された。そのトップクラスの中学は小金井市立緑中学校(筆者の母校)である。

合唱コンクールへの入選実績も多数あり、非行も少なく、進学率も高いということである。自治体の教育委員会に取材しても、小金井市の公立中学が好調な理由は分からなかった。取材者の分析では、住民の民度が高く、教育熱心だからだという。

小金井市のひと坪当たりの地価はおよそ120万円である。数年前、うちの近所(スタジオジブリの近く)の千本木農場の一部が宅地化されて、財閥系不動産ディベロッパーが小楯を開発して売りに出していた。

売り出し価格を見て卒倒した。文字通りウサギ小屋なのに(エクステリアはデコ盛りされてるが逆にそれが悲しい)、7000万とかしてる。30坪程度の敷地なのに。ところが程なくして完売。住民の車は外車ばかり。どうなってんのここはって思った。

というわけで、よそから見るととにかく、「文教地区」ということで、住みやすくていい街なのである。

で、問題がありましてね。意外に宅地開発が進んでおりまして、焼却場を建てるスペースがありません。何年も、焼却場を持つ近隣自治体にお世話になってきましたが、いよいよやばくなって参りました。

文京地区ったって、ウンコもすればゲロも吐く。生ごみだって数時間で悪臭を放ちだす。どうすんだろ。

参考までにいうが、私は小中高と12年間、この千本木農場の脇の道を通って学校に通った。農場だから、肥料を作っていた。しかも今は一軒7千万の戸建てになっているその場所でね!

季節季節で(どの季節か忘れたが)、千本木家で出たであろう、肥料の原材料(たぶんだけれど、人の排泄物)をわらに混ぜて野積みして発酵させる。においはもちろん、きわめてそれに近いにおい。というか、その匂いで、それがそれと分かる訳で。冬場は肥料の山から湯気が出ているのをよく覚えている。

今、宅地化が進んで、千本木さんももうそんな大胆な肥料の自家製造は出来なくなったはず。でもごみ問題がこうなると、やっぱり宅地化しないで、なんでも肥料にしておいたほうがよかったね。

小金井市ゴミ問題で分かったこと

昨日小金井市の佐藤市長が辞めたけど、それに対してマスコミ各社が報じなかったのは次のような点。

・佐藤市長は、当面は焼却をしつつ、長期スパンではゴミを焼却以外の方法で循環的に処理していきたいと考えて公約にもそれを書いていたこと

マスメディアなんて、コモディティーや人から時間を搾取するクソな娯楽産業の単なる片棒担ぎでしかないから、こういう細かいことをジャーナリズム精神に則り報道しろと言うこと自体不毛だけれども。

ただ、私は、ツイッターのタイムラインなんか読んでてもそうだけど、みんな燃やすことしか頭にないように見えたのはがっかりだ。燃やす(しかない)ってホント、ダメだと思う。なぜかって、それは、グリーン革命という本を読んでよ。確かに、何百ページもある分厚い単行本、それも上下巻あるからね、たいへんかもしれないけど。

スマホより、単行本は重いしね。でかいし。

そんなだから、本を読んで知見を持ち、物事を判断して発信する作法はこの国の国民に身につかないね。スマホに夢中で駅で人とぶつかったりしているからね。

愚民化政策っていって、戦後、政府がアメリカGHQの意向を受けて日本国民を3S、つまりスクリーン、スポーツ、セックス漬けにして政治問題に目が向かないようにするなんて話もあったけど。

とにかく、今回の佐藤市長辞任劇、「佐藤市長も辞め、無事に小金井市のゴミはゴミの神さまの八王子市長のご託宣とご配慮のおかげで燃やしてもらえるようになりました、めでたしめでたし」で全然めでたくない。

とにかく、グリーン革命を一ページ目から読んでよ。本を読もうよ。僕はサラリーマン時代に中央線に毎日、だいたい往復で2時間弱乗ったわけだけど、ずーっと単行本を読んでました。たまに人が飛び込んで長時間電車が止まることがあって、そういう日はページが進んださ。

ちなみに日本の読書人口はたったの400万人程度といわれている。日本人が100人いたら3人しか本を読まない、そういうムラなんだ。識字率はとても高いのに。

このブログの目的は、ちょっとずつ世の中を変えていくこと(上野千鶴子)。世の中を変えていくことはだれでもできると思う、選択と集中で、とても少しずつ。原動力は懸念。

辞めたからには「おのずと解決」八王子市長

NHKの取材に、八王子市長、「市長が辞めたというのは大変なこと。辞めたからには市民の認識も改まり、ごみ問題はおのずと解決すると願う」

市民も心を入れ替え、ごみ問題はおのずと解決って。

八王子市長、神かあんたは。すごいなー。

小金井市長に辞任を迫る八王子市長

イメージ
焼却施設もない分際で「ムダ」呼ばわりした落とし前、辞めてつける他はないんだよってね。

朝日新聞の記事。


我が家の除染

ベランダに置いてあるプランター8個の中に大量の放射能に汚染されたに違いない家庭菜園の土が入っている。今日は、この放射能に汚染された土を処分する作業、題して我が家の除染を行った。

20分程度ですべてベランダから地面に下ろして、槌を埋め立てゴミに移し始めた。そこで市に念のため電話したら、土は市で回収できないから、乾かして少量ずつ、燃やすごみに混ぜて出せという。

正直なところ、バケツいっぱい程度の土ならば、それは簡単である。実際は、バケツいっぱいではなく、バケツ「が」いっぱい(たくさん)だ。

滝のように顔面を流れ落ちる汗をとりあえずタオルで拭いてみた。薄汚れた土ぼこりがタオルについた。

気を取り直して、埋め立てゴミの袋からいったん入れた土を出して、乾かすために薄く地面にシートを敷いて撒くことにする。乾いたら、少しずつ小さなゴミ袋に入れて燃やすゴミで出そう。

ただ、その時点でゴミがまだ回収してもらえて入ればの話だが・・・。

本当は、土の放射能のレベルを測りたいが、数万円する測定装置は買いたくない。はあー。

小金井市のゴミ問題、東京都がんばって

いよいよもって、生ゴミ問題がやばくなってきた。朝日新聞の今朝の朝刊によると、10月下旬に相談に訪れた佐藤市長に、「辞めたらどうか」と八王子市長がアドバイスしたという。
そこで、東京都 環境局 廃棄物対策部一般廃棄物対策課 区市町村支援係直通03-5388-3581に電話して回答を得た。
1.八王子市長(自民)が、東京都が設置の許可を出したせっかくの焼却施設を使って、お友達(稲葉元小金井市長、自民)を市長の座から追い落とした気に入らない「サヨク」の元新聞記者の市長に「辞めたらどうか」とアドバイスしたが、こんなことはまかり通っていいのか?
東京都の施設は、そういうふうに、市長が、気にくわない自治体の弱みにつけ込んで人事権をふるう道具的目的として使われているが、そういう事態は、東京都として放置するつもり?
東京都のこたえ 「しらない」
2.2週間程度で小金井市の市道、都道に生ゴミがあふれることになるけれども、廃棄物条例、憲法の観点から、市民の生活の安全がここまで脅かされて放置プレイはありか?
東京都のこたえ 「確かに問題だと認識。(ゴミがあふれないよう)水面下で調整している」
東京都さん、がんばって!!

スリープトラッカー六日目

蝉も七日で寿命を迎えるが、この二万円弱のITツールの効力は六日目にしてスッカリ色あせた。

機器が作動して、そのときは確かに一瞬起床する。眠りが浅いタイミングで作動するから、微弱な振動と電子音でも間違いなく起きる。

問題は二度寝の誘惑との戦いだ。意志が弱いとあっさり二度寝してしまう。

しかし問題として認識された以上、解決までは歴史が導いてくれる。歴史、人類のライフハックの歴史が。

二度寝対策では、複数の目覚まし時計を、起床予定時刻の近辺でセットしておくというもの。今後は、目覚まし時計の作動感覚やタイミングをどうチューンナップさせて、より短時間で起きるかをPDCAサイクルで取り組んで生きたい

ETV特集「果てしなき除染」を見て

東京大学の児玉龍彦教授。除染のために、週一度、朝6時に起きて片道5時間かけて南相馬市に除染に出かけているという。ボランティアで。マジでえらいと思った。

専門家としての責務だという理由で。

おなじみ児玉教授の迫真の訴えに、つい涙が出そうになった。彼の行く先で待ち構えるのは途方もない量の汚染された集落、森、川。まさに果てしなき戦いである。

この番組を見て印象に残ったのは、SPEEDIを公表しなかった経済産業省の原子力安全委員会の「いい訳」。

曰く、「入力されていないデータがあったため」。児玉教授は驚く。そもそもSPEEDIはスーパーコンピュータの「予測システム」。

ないデータを予測するのが目的なんだから、データがそろってないのは当たり前。なんのためのスーパーコンピュータなのか。そんなだから仕分けられるのでは? 国民の安全を守るためという大義名分はすっぽ抜け、ツールの使い方も目的も役人も政治家も理解できていない。

だから、SPEEDIが示した放射能がより高いところへ、低いところからわざわざ人々を避難させて、よけいな被爆を加速させた。「原子力安全委員会の人たちにはそもそも能力がない、そういう人たちが除染をするってったって、私は絶対に信用できない」

寒気がした。こんな役人が、これから、広島原爆168個分もの放射能の始末をすることになる。

もう一つ印象に残ったのは、除染したあとに出る膨大な量の放射性廃棄物の問題。どうすんだマジで。あとで言うけど小金井市生ゴミ問題と同じじゃん。除染ゴミは国が責任を持って対処するということになっているそうだが、大量のゴミをどこに最終的に捨てるか、いまだ場所も時期も決まっていない。

これ、決まるわけないと思う。

小金井市のゴミ問題と同じで。

小金井市では、「市長の失言が原因で」(このカギ括弧は私はそうは本当の原因はこれだとは思っていないという意味である)生ゴミがまもなく、収集されないまま町にあふれる事態を迎える。

東京都廃棄物条例に書いてある文言(ゴミ処理のために都知事は関係自治体の調整を図らないといけない)を、私が東京都の関係部課に訊いて返ってきた答えはこうだった。

自治体が嫌だというものを、都も国も無理に押しつける権限はない──。

地方分権の時代にある意味それはそうだろうと思ったものである。小金井市のゴミは小金井市でやる他はないんじゃないかとい…

地方自治体の政治家の低民度について

選挙に無関心、地方選挙など行ったためしがなかったが、その間にどういうふうに地域社会が劣化し、地方政治が目も当てられないくらい低レベルになっていたのかを最近知る事例が多く、深く反省し、またこの日本の民度の低さに吐き気が出る。

ある革新系議員が、昔、土屋という元武蔵野市長で、自民党の衆議院議員になっているごりごりの保守政治家に質問した。当時土屋はゴミ処分組合の理事かなんかしていた。

革新系国分寺市議会議員「燃やした灰を埋め立てているところから、地中にダイオキシン等がもれ出ていないのか?」

土屋「国分寺のごみはひきうけなくてもいいっていうのか、ゴルア」(やくざ口調であることを強調するため、ゴルアは私の潤色)

革新系議員「・・・」

小金井市が今見舞われている事態もおおよそこうした感じだ。ちょっとでも環境に配慮して、ゴミを燃やさない、ゴミを燃やすのに公金を使うのなんて無駄遣いだなんて言おうものなら、ゴミを燃やしている他市や組合から総スカンを食らう。

ゴミを燃やしている連中は、ごみを燃やして地球環境破壊を繰り返しながら恥じるどころか逆に、「引き受けてやっているんだから(おまえら焼却施設を持たない小金井市なんて、奴隷のように隷属しろ)」といわんばかり。

佐藤市長が無駄遣いという失言のために、周りの自治体が、小金井市のごみを引き受けないと譲らない異常事態は、いよいよ正念場だ。来月半ばには収集停止もあり得るそうだ(眉唾の大政翼賛新聞の読売だけがいっていることだから、何らかの意図を感じるわけだけれども)。連中、つまり小金井市のゴミを「不本意だが人道的理由で」引き受けてきた自治体と広域連合等の組合は、小金井が今すぐ、市内に燃やすごみ施設を作ってすぐに燃やし始めれば、許すということだろう。しかしその「お許し」が帰結する事態は、地球は許してくれるのか?

こんな事件もあった。タウンミーティングで、小金井市民のひとりが、小金井市のゴミを引き受けている自治体はその分、事業収入になったんだからいいじゃないかと。それに対し、引受側は、市民のゴミ減量努力を土足で踏みにじるような発言だとバチ切れ。

まあ私は何も言えません。とにかく市長頑張っていただきたい。

スリープトラッカー五日目

起きたは起きたが、すっきりと起きたことを確認したのち、平和裏に二度寝。合掌。だいたい、今週、スリープトラッカーを導入して以来、睡眠時間が1時間程度短縮。日中だるくて眠い。

結局私の体が必要としている睡眠時間は決まっているから、寝る時間も早くしないとだめだ。

スリープトラッカーは睡眠時間短縮のためのツールではないということは、取扱説明書にも強調されている。

寝る時間を早くするということは、この二万円近くするツールを買うという消費行為とは次元が違う、自己修練を伴う生活改善のプロセス。大変だ。しかし、やるからにはやろうと思う。

金がなくても手に入る優越感

昨日金曜日、真夜中の午前零時。日付も変わり、一日の疲れで手に血管も浮き気味、人生のすべてに倦んだ私の目に飛び込んできたのは、高架の上で止まっている一両の中央線下り快速電車の姿だった。

最近の電車は静かだから、停車時は無音だ。高架の上で、暗闇の中一筋の光となって静かに浮いている。相当違和感のある光景だった。遠目から見る車内の様子は、金曜日の夜なのでそれなりに混んでいる。東京西部に買った、住宅ローンの残る家やマンションへと帰る勤め人たちが多かろう。

しーんとしてみんな下を向いて、スマホをいじったりしている。みんな、この午前零時の真夜中に、静かに浮いてとまっている不条理な光景の当事者なのに、ほとんど動かない。おそらく車掌は信号待ちだからなどと停車の理由をアナウンスしているのだろう。

程なくして、車両の前方、赤信号が黄色に変わった。すると、シューっというブレーキの音が闇夜に響き渡る。ブーンという電気音とともに、ゆっくりと車両が走り出した。

ただ見ていただけだが、黄色の信号に変わった瞬間を、車両に乗っている誰よりも早く、運転士と同時に私だけが見たんだと思うと、その情報強者ぶりにすっかり調子がよくなった。

こんなことでとてつもなくテンションをあげるくらいしか。いやこれは、貧乏人が身につけた今を生きるスキルのひとつかもしれないし、単なるルサンチマン的欲求の満足かもしれない。

というわけで、國分功一郎さんの暇と退屈の倫理学をアマゾンで買った。アーよかった。ちなみに彼は小平に住んでいるので近い。しかも保育園に駐車場を作れとか学校の校長にあれこれ働きかけて地域社会をよくする活動もしているという(文化系トークラジオlife10月25日放送、より)。

立派な哲学者だからね。新刊で買ったよ。

スリープトラッカー三日目

不思議なことに、実際にスリープトラッカーが作動する数分前に、リアルにそれで起きる夢を見る。今日は時間こそ忘れたけれども、間違いなく一度鳴ったからとめてまた二度寝する夢を覚えている。

本当に鳴ったときはすっきり目覚めることができた。目覚めた後布団から出るというもう一段のハードルがあるが、出やすいという点では歴然と違う。

スリープトラッカー二日目

とりあえず三日は続けたいと思っての二日目である。

今日も、左手首にはめたスリープトラッカーが振動しながら電子音を鳴らしたのにバッチリ気が付いて起きた。そうしたところ、7:18にセットしたのに6:49だったのでまだ早いじゃんと思い、二度寝した。

じつは7:20分に複数の目覚まし時計をセットしてあったので、その二度寝はそれらが作動した時点で終了し、予定どおり起床できた。

そもそも、超寝起きの悪い私が、こんなちっぽけな機械の振動と電子音で起きること自体がスリープトラッカーの威力を証明している。そして、この機械が鳴る時というのは、本当にすっきりと目覚めることができる。

ただ、前日の就寝時間が2時近くだったので、睡眠時間が少なくなってしまい、今日一日だるかった。昼寝したりして。朝起きても終日だるくてボーッとしているんじゃねえ。やっぱり早く寝ないと。

哲学者たるもの

この國分功一郎さんがかいたブログの記事を読んで、私は反省し、また、「そうか」と思った

哲学者たるもの、最高の知性の状態に肉薄するためには、まずは日常のルーティーンをきっちりとこなし、平凡な暮らしが維持されることに全力を尽くさなければならない。

まったくその通りである。

私は日頃、家事やら育児に時間を奪われてつい、荒れた心情になるわけだが(それを、こんなまったくどうしようもない労働を家庭に女性を押し込めて押しつけてきた女性差別大国日本の酷さをこのブログで大批判する方法で)、それは間違いだった。間違いではないかもしれない。それはそれで続けたほうがいいに違いない。

ただ、私が個人として家事をやるのは、やらなかったら妻さんが怒って、ブログ更新どころではなくなるからである。膨大な量の家事と仕事をこなして、健康を維持するのに必要な睡眠時間を確保し、そしてまた規則正しく起きるためにはもうたいへん緻密に、計画的に、合理的に時間を使って、努力して生きなければならない。ただ、生きるだけなのに、もうたいへんな努力を注がないといけない。

考えるという営みは、収入も何も生み出さず家計の足しにもならない。しかし考えなければならない。人として。その考える時間と、心身の能力を作り出すのは、とりもなおさず、平凡な暮らしではなかったのか。國分さんがブログで紹介していた内田樹氏の指摘はまったくもって真実だった。

スリープトラッカー一日目

睡眠リズムを計測して、ほぼ目が覚めている時間に起こしてくれる優れものの腕時計スリープトラッカー。アマゾンで18000円低度したものを手に入れ、早速試したところ、見事に起きられた。

アマゾンのレビューで一部に効果ないなどと書かれているが、私には十分あった。スリープトラッカーが作動して起こされたあとの眠さが、普段よりもはるかに少ない。

もっともこれは、高い買い物をしたことに公開したくないというバイアスも働いているかもしれないので、もう何日か試さないといけないだろう。また、昨日は割りと早く寝たのもある。

このツールの使用状況と、私が早く起きることのさまざまな影響をこのブログで報告していきたい。

ちなみに私の平均のぐっすり睡眠時間は15分と、平均の半分くらいで、あまり深く眠っていないみたいだ。そういうことが分かったのだが、これには思い当たる節がある。

寝ているあいだ、何度も何度もスリープトラッカーに起こされる夢を見たのである。ITツールに異様に興奮する性だけに、これはやむを得まい。

世界で起こるネット革命の一端を担う

昨年暮れ以来、エジプト、チュニジア、リビア、ロンドン、NY、そして日本。世界各地でデモや集会が行われ、国によっては体制を揺るがす事態になっている。

これらの革命の大きな推進力となっているのがインターネットとウェブアプリケーションの進展だろう。ウェブアプリケーションは大雑把に言うとクライアントコンピュータにインストールしなくてもブラウザ一個あれば使える、ネット上のサーバーに入っているアプリケーションのこと。たとえばfacebookやtwitterだ。

若い人たちだから主義主張、イデオロギーにまとまりはない。だから、旧世代は何でそうなってるのか理解できない。ところが集まって行動するのに大変便利なインターネットツールを手にした彼らは、旧世代が理解できないほどのスピードと規模で、動機不詳のまま行動する。

私は先日、facebook(友達が一人もいなかった、つまりアカウントだけ作って放置していた)からメールが来て驚いた。大学時代の知り合いから友達にならないかという旨のメッセージである。facebookで友達になるには、アカウントにログインして(幸いパスワードは覚えていた)友達になることを承知する手続き(ボタンをクリックするだけ)をしなければならない。

ところが、あろうことか私はfacebookの不慣れなインターフェースに戸惑い、間違えて、せっかくの彼からのオファー(友達になるという)のを拒絶するボタンを押してしまい、あわててお詫びのメッセージを送ったのである。そういう一連の操作の中で、私の気持ちは確かにこのネットのウェブアプリケーションによって盛り上がっていた。だってメッセージは相手がログインしていれば、すぐにリアルタイムに画面に表示されるから。モニタの一隅にウィンドウが出てポコッとか、音がして、彼のメッセージが出る。

数分のあいだ彼とのやり取りを楽しんだ、家事育児や仕事を忘れて。近代や新自由主義の呪縛から解き放たれるのを感じた。

これだ、と思った。ネット革命を後押しした、若者の気持ちを高ぶらせ続けたパワーの正体は。20世紀、人類の歴史を翻弄した「イデオロギー」は、今、PC画面にかわいらしい音とともに表示される幅数ピクセルの小窓から伝わる、知り合いからの何気ないつぶやきに、変わった。

彼と私は、旧来概念における「友達」といえるほど長い時間を青春期にともに過ごしたわけではもち…

専業主婦だっていいじゃん

上杉氏のコラムを読むと巨大メディアの相貌のうち暗く深い溝のようなものを垣間見ることができる。メディアを批判的に読み解くことのできる国民し過去の私のブログなんて読まないだろうからあれだけれども、ちなみに私の言説スタンスが摘菜収氏と似ているかもしれないということに今日気がついた。やたらニーチェとか哲学とか言ってるし。早稲田出てるし。

でも本当はちょっと違うんで。私はもっと、フェミニストというか。家事育児について真剣に考えたい。

ところで先日、学生時代の友達と話して驚いた。東京女子大学を出た優秀な彼女は、まさに専業主婦にこそなりたいといっていたのだ(まあ実際、そうなってるんだけど)。

彼女は二歳半になる息子の世話を午前中、一生懸命することについて、何の疑問も持たない。それどころか、かわいくて仕方がない、あずけるなんてかんがえられないという。溺愛だ。

ここでまた衣食足りて礼節を知るという言葉が出てくる。衣食は、最低限の生活の必要。礼節は、それが満たされて始めて出てくる高次の文化的活動だ。

彼女の場合、この高次の文化活動欲求が出てこない。非常に知的で聡明であるにもかかわらずである。

私は、彼女の「一番の幸せは、純粋に専業主婦だけをやれること」だという言葉に、返す言葉を失った。というか、家族社会学の山田昌弘先生は、むしろこういうタイプの女性が過半数だと本に書いていたのを思い出した。

となると、私含め、女性から専業主婦の地位を奪い、社会参加に駆り立てようとする力はいったいどこから来ているのだろうか? わかった。なぜ、専業主夫が子供を預けて働かなければならないかというと、夫の収入が低いから。なぜ低いかというと、経済のグローバル化の中で、貿易相手国との給与所得の差が均衡してくるから。

なるほどー。女性から専業主婦の地位を奪ったのは、経済のグローバル化の進展だったんだー。

冷静に考えれば、私だってもし、嫁さんだけの収入で子供だけ育ててればいいのであるとすれば、それはそれで結構なことだよ(もっとも私の場合は根がオタクなので空いた時間を家事育児以外の「高次な文化活動」に使うかもしれんが)。

いろんな人が、結婚式のプロフィールで、夫への一言という欄に「お料理がんばります!」と書く。それこそが幸せな家庭なのである。ジェンダー額の研究者が言うように、お料理をなぜ、女性だけが担わなければならない…

知っていますか?私が橘玲信者だということを

90年代に一部で流行った「ごみ投資家」シリーズからはまり、私は橘玲教の信者のようになってしまった。著作はすべて読んだ。『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』とか。

この日本で「どうしたら革命を起こせますか?」
http://www.tachibana-akira.com/2010/10/798

この若者への答えなど読むと感動してしまう。

既得権を守るために死に物狂いになっているひとたちを相手に、一度しかない人生を無駄にするのは馬鹿馬鹿しい。日本の社会を変えたいのなら、君自身が閉塞した伽藍から飛び出し、ひとびとを自由なバザールに誘い出すような、目の覚めるような「成功」をしてみせることだ。
前向きな悲観主義というか。私の人生の基本を作ってくれたといっても過言ではない氏の存在に感謝しないといけない。


若者たちのあたらしい政治運動

昔は政治運動といえば大学構内に極太の墨ベタ文字で「○○粉砕」「絶対反対」などと書かれた「立て看板」(通称立て看)を掲げ、マスクやヘルメットで変装した大学自治体のひたすら怖い人たちというイメージだった。ところがニューヨークウォール街で、雑誌の呼びかけではじまった格差是正を求める若者のデモはまったく違う。

ツイッターやフェースブックで連絡を取り合って集まり、デモをおこなう彼らの様子は、そこらへんにいる若者とまったく変わらない。(大学自治体や民青の人びとと違い)集まっている様子を見て一般人がドン引きするようなことは、少なくともない。

中東で、ネット革命が起こり大きく体制が変わったように、この資本主義先進各国においても、既存のイデオロギー、社会体制が音を立ててきしみ始めている気がしてきた。

破れかぶれで激安で販売する右派メディアの産経新聞でさえこうした論調だ。

反格差デモ 地球を一周 親より貧しい世代の反乱産経新聞 10月16日(日)20時26分配信 【ロンドン=木村正人】米国からアジア、欧州と世界を一周した反格差社会デモはインターネットの威力とともに「親より貧しい世代」の不満がくすぶっていることを浮き彫りにした。大きな家や高級車は届かぬ夢となり、授業料の値上げや就職難という現実が目の前に立ちはだかる。未来に希望を抱けなくなった若者世代が景気低迷や債務危機をきっかけに構造的矛盾に気づかされ、世界中の街頭で反乱を起こした格好だ。

国際コンサルタント会社プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が最近、英国の「1963年生まれ」と「93年生まれ」の世代の所得を比較したところ、65歳の時点で93年生まれは25%、金額にして40万ポンド(約4900万円)も63年生まれより貧しくなるという結果が出た。

第二次大戦が終了した46年から60年代半ばまでの出産ブーム時代に誕生した「ベビー・ブーマー世代」は無料の教育費、緩やかに上昇する不動産市場などの恩恵を享受できた。これに対し、その後の「バスター世代」は目先の大学授業料値上げだけでなく、不動産バブル崩壊、将来の年金削減に直面するとPwCは分析する。

今年4月の米世論調査会社ギャラップの調査でも、55%の米国民が「所得・住宅・教育面で子や孫の世代は自分たちの世代より貧しくなる」と答えていた。

7~8月に英BBCラジオ番組で「親より貧し…

東京キャンプハック

都内近郊(東京の西の方)お住まいの方に休日のキャンプの楽しみ方のハックを。

ロッジ神戸岩、伊奈キャンプ場、ファミリーロッジ五日市、十里木ランドなど秋川上流のキャンプ場はシーズンインの場合、当日空いていることは滅多にない。まずはこれらのキャンプ場の予約を入れることが前提だ。

善は急げというやつだ。

西東京あたりから立川、青梅方面への五日市街道及び青梅街道下りは、週末の昼間は激込みである。したがって、時速20キロ程度で見積もる必要がある。カーナビでは50キロと出ても、だいたい2時間ちょっとはみておこう。

この行楽渋滞で運転手(たいてい父親)はかなり食らうが、あらかじめ車内でのリクリエーションやらを用意しておけばやり過ごせるだろう。そもそもキャンプなので、電車という選択肢はない。地球温暖化を満喫するほかはない。

そして着いたら即、火おこし開始だ。炭への着火は着火剤(液状の、透明のやつがいい)と着火用の筒(ホームセンターで3千円以下)を使うと手間いらずである。また、ご飯は薪でバンバンに熱し一気に沸騰にもっていく必要がある。炭とは別に薪を新聞紙等で着火しておく。

とにかく、食べ始めるまでは右へ左への作業の連続なので、渋滞→到着→道具の設置→火おこし→調理とめまぐるしくそれがまあ、非日常ということで楽しむべきポイントとなる。

ビニール袋、炊事用手袋、ゴミ袋は余分に多めに用意しておく。その他ハックはまた気が向いたら更新する。

ここまでは、必ず予約、渋滞覚悟、着いたら火おこしの3つのハックまで紹介した。

上場企業社長もすなる早起きというものを

上場企業社長もすなる早起きというものを、主夫の私もしてみむとてするなり。
ビジネス雑誌で上場企業の社長が軒並み朝5時起き7時出社なのを知る。なんでも朝のほうが仕事の効率が8倍になるという。
そこで私も普段9時近くに起きるが今日は6時50分に起きてみてわかったのは、それがぜんぜん早くないことはおいておいて、朝はお母さんがめちゃくちゃ忙しいということ。お弁当を詰めたり朝食を準備したりと座る暇はもちろんない。
私も弁当を詰めるのを手伝わせてもらったがこういうスタンスはフェミニストらから批判されることは間違いない。
ただ私は大企業社長を、日ごろ批判するに当たり、彼らと同じように朝早く起きることも大事だと思ってやってみたに過ぎない。その結果わかったのは、彼らが家事育児からフリーであるならば、新聞を読んだりメールをチェックしたりして確かに仕事ははかどるだろうなということだ。そして彼らの家事育児労働は配偶者たる妻や家庭内従業者にやらせるんだろう。
腹が立つことこの上なし。早起きして仕事している場合じゃなく、家事育児をすればどうなのか? それは絶対にしないだろう。なぜなら、彼らは国際社会が地球的課題として認識し問題解決に取り組んでいる、女性差別や地球環境保護よりも、経済成長が至上命題だから。彼らの仕事はそれであり、それが彼らの人生だ。経済成長すなわち自社企業の業績が前年四半期と比べてどうなのかがきわめて重要だ。
もし、四半期前期割れしていれば、夜も眠れないかもしれない。そうしたら得意の朝早起きができなくなるだろう。そうしたら仕事の効率が下がって、次の四半期ももっと業績が悪化。どんどん悪いスパイラルが始まる。死にたくなるかもしれない。自殺の誘引になる。
つまり上場企業大社長が朝早く起きて、弁当詰めをすれば、自殺につながりかねない。バタフライ効果だ。いとをかし。

民主主義のストレステスト

男尊女卑のこの国で、お母さん革命が起きている。女性たちが原発の再稼働を止めようと運動を始めた。

世田谷で、いいだてむらと同じくらいの2.7マイクロシーベルト(一年間で20ミリシーベルトを超える、そうすると子どもの場合1万人に200人以上が癌で死亡する)が検出された(あとで原発事故と関係ないと分かる)。

そして、福島県の、国際的には目をむくような高線量(470ベクレル)で汚染された「汚染米」が、農民や高齢者の支持を受けて当選した知事によって首都圏の消費者に向け「トップセールス」されることになった。
1ベクレルでも、空間に放射線がピョーンと出てきて、それが人体のDNAを傷つける。修復されるかもしれないし、されないかもしれない。されなければ将来ガンになる。福島の知事は、安全性をアピールして売り込みたいといっている。470ベクレルのどこが安全か。まったく安全じゃない。首都圏の消費者をバカにした話だ。
私は即座に小金井市の教育委員会に電話をして、例のごとく質問した。失敗した民主主義の産業廃棄物である、放射能汚染された福島県産米を子どもの給食に出すのかどうかを。

訊いたら学務課の加藤さんから教えてもらったところによると仕入業者の出してきた米のリストに当該県産は含まれていないとのことであった。
この国はかように狂っているわけだが、結局民主主義をこれまで、議会制民主主義ということで、投票したらあとはお任せ(若者は投票にすら行かない)、頭のいい東大卒エリートに、行政もお任せでやってきたことのしっぺ返しが来ていると思って間違いない。議会制民主主義では、国民は投票するまでは自由の身、そのあとは奴隷、無になるということを、哲学者のルソーもいっていた(と、東京新聞の社説で読んだ)。
まったくだ。
もはやこれは民主主義のストレステストのような局面である。ノーベル賞受賞者の大江健三郎氏が、6万人脱原発でものスピーチで、私たちは集会やデモによってのみ、主張しうるといっていた。投票ではないところがミソで。メディアも私たちの主張を無視するし、政治家は行政やアメリカの意向ばかり気にして有権者の話は無視。デモやブログ、ツイッターで、日本でも「福島の春」みたいな、正しい民主主義の運動が起こってくる、そういう気運が高まっている。
戦後の混乱期に近い数の生活保護受給世帯の伸び。激増する高齢年金受給者。枯渇する…

国が年間被爆基準を1-20mmSv.に引き上げ

もし、1ミリシーベルトのままだともう、その人たちを移動させたり補償したりっていう金がないし、そもそもかなりの人が1ミリシーベルト越えをし始めている現状。これ追認する以外にやりようが無いっていう国の無策。

ちなみに、20ミリシーベルトでも、何万人かに数十人とかのレベルで確実に致死性の癌を発症するわけで。

横浜のマンションの屋上からもストロンチウム検出。

でも希望は捨てない、なぜなら、地熱発電や風力発電の技術では、日本のメーカー(三菱重工やら東芝、富士電機とか)の世界シェアはトップクラスだから。政治ががんばって、値上げされる電気料金に国民は耐え、そして送発電分離、地域独占の電力会社もバラバラにすればいい。

図書館の本とモラル

昔教育テレビの道徳番組で、図書館の本が汚されたり、書き込みがされていたり、黙って持ち去られたりする被害が増えているというのを見た。

この番組は小学生に向けて作られているらしく、わかりやすいし、とても勉強になった。そこで私なりに感想を書きたいので書く。

私は、図書館の本を毀損するような人というのは、単にモラル云々という視点でどうこうなる問題じゃないと思う。こういう人たちは、脳のある部位の健全性を、多かれ少なかれ、欠いている人たちだと思う。つまり、心療内科を受診して治療を受ける必要のあるような類の人たちだということ。心療内科とまで行かなくても、グループカウンセリングやセラピーに行くのもおススメしたい。

えーと、公共物をだめにするようなモラルの持ち主がもし病気だとすれば、世が世なら、たとえば、ナチスドイツだったら間違いなくガス室送りになる。今はもちろん、まずは弱者保護なので、本にひどいことをする人が増えているとなったら、一体どういう脳内の物質の過不足がそういう挙動を引き起こすのか、研究の成果を待つべきでしょう。

そして、公金から給料をもらって(つまり図書館司書のことですが)本を修理する人たちにそっとエールを、送りましょう。

なーんてことを、私は中学とか高校時代に作文で平気で書くような奴だったから、もう先生から徹底的に嫌われたし、場合によっては暴力という形で社会的制裁を受けてきた。それでも書くのは、たぶん私の脳のある部位の健全性が失われているから? ははは。

小金井市のゴミ VS. 福島の放射性がれき

小金井市のゴミ VS. 福島の放射性がれき、どこも引き受けたくないだろうが、広域支援とか、自治体の組合とかいろいろできると思う。

だから地方議員は頭を使って、生活権(とは言っていないけど、同じような思想信条の議員・議員グループとの、次回選挙をにらんだ足の引っ張り合い)なんて主張せずに本来の職責を全うしてもらいたいと強く願う。

もう法律の枠組みとして地方自治、分権の流れは抗しようがない、議員、首長にがんばってもらうほかはない。というか、私が!という、頭のいい、セクト争いしないでも生活できる余裕のある若い人(=そもそもいないんだけどね)、立候補すればいい。

東京都の環境局の高橋さんに「市長と議会が一丸となって」とか、イヤミを言われてますが。

燃やしたい人々

小金井市に燃やすゴミがあふれる日

東京都環境局廃棄物対策部一般廃棄物対策課施設審査係の高橋さんという人に分かりやすく電話で教えてもらって私が、分かったのは、小金井市の路上にゴミがあふれる日まですでにカウントダウンがはじまっているという笑えないオチである。

理由は3つある。

1.東京都も国も、各自治体がNoという以上、それを無理矢理「小金井市のゴミを引き受けろ」と命令したりできない。だからいくら廃棄物条例があるってったって、ほかの市がいやいやする以上何もできない。だからほかの市にお願い行脚するほか無い。

2.これまでにほかの自治体が順次、小金井市のゴミの引受を断ってきた理由は、小金井市が自分のところに燃やすゴミ施設を作るといって長年作ってこなかった不作為から(やると嘘ついて何もしなかったとうつる)

3.小金井市内にいますぐ焼却施設を作るためには、市長と議会、行政が一丸となって、当該施設周辺住民のご理解を得なければならないが、およそそうなっていない(場所も決まっていない)。市長も議会もバラバラ。小金井市の民度の高い住民は、一人として自分の家の近所に焼却施設を歓迎するはずもない。


分かりやすくいうと、小金井市というのは自分のところで出るゴミを自分のところで処理もできない、そのくせその対策も具体的に進めない、人としてみてもみっともない感じ?になってるみたい。

いるよね、やるやるって言って、やらない子ども。やらなければいけないことを、やらない。ほかに甘えて具体的な行動を起こさない。逃避する。

こうなったら、『7つの習慣』みたいな古典的自己啓発本をみんなで読んで、ゴミ処理施設を作るための「ハック」をみんなで実践するしかないよね。

そして、高橋さんが言っていたけれども、どっかに場所を決めて、周辺住民を説得して、施設を作るという、いわば自治体が大人になるための通過儀礼が絶対に必要だよ。

その際に参考になるのは、ホテルに押し寄せた暴力団を従業員一丸となって撃退した、伊丹十三監督のミンボーの女かな。反対する住民を、市長、議会、行政が一丸となって説得!!

これは、杉並ゴミ戦争を経て大人になった杉並区役所に勤める高校時代の友達も同じようなこといってた。うわー近くに候補地が無くてよかったよ、ふう。まあ、引っ越せばいいんだけどね…。

※私は非焼却にも焼却にもこだわっていない。このたび高橋さんが小金井市のゴミ政策を「理想が高す…

金持ちが逃げていく主人なき奴隷の国

憲法では、言論の自由や、職業選択の自由と並んで、居住移転の自由も保障されている。

今日、東京新聞の金原ひとみ氏のコラムで、(会社を首になったり、不利な人事評価を恐れて)自由にものが言えない、引越しもできない多くの勤め人の状況を、「主人なき奴隷状態」と定義していた。いいえて妙だ。

金原ひとみ氏は作家だし金もあるのかどうか知らんが、福島で大爆発が起きて数時間後に、子を連れて西へ逃げた。彼女の小説は読まないが社会派コラムは大好きである。

さらに、私の近所の三鷹のインターナショナルスクールでは、福島の放射能スピルのせいで外国人生徒数が激減しているそうである。なおこのスクールは年間学費が200万だから、金持ちが逃げたということだろう。

本当にこの憲法の保障する自由を享受できるのって、一部の金持ちだけなんじゃね? ほとんどは主人なき奴隷なこの国では、まもなく、復興のために金をまわしたから年金(国民年金の国庫負担部分)をどう工面するかの議論が始まろうとしている。

奴隷の老後も危うい?!

わかる!脱原発の理由

脱原発運動に参加したい人のために、今すぐ原発をやめたほうがいい理由を二つだけ、紹介したいと思う。

1.活断層だらけのこの狭い日本列島に危ない(地震で壊れることは福島で証明済み)壊れる原発を大量に作るのは自殺行為
2.原発は、電気を作ったあとの貸す(放射性廃棄物)を、何万年も安全に保管しないといけない。土地は子孫からの贈り物だとする考え方が一部にあるが、これでは子孫に対して申し開きができない。
3.電力会社、政治家(行政)、メディアが原子力村を形成し、民主主義の健全な発展にマイナスの影響

地震で壊れるわ、廃棄物は処理に何万年もかかるわで、いいことはひとつもない。三つ目はどうしてそうなるかはちょっと難しいかもしれない。

地球、やばいぞ。米国デモからの発信

米ニューヨークのウォール街の格差是正のデモを仕掛けたカナダの非営利雑誌「adbusters」発行人カレ・ラースン氏は東京新聞のインタビューに答えて「米国は変革をもたらす国だったが、過剰な消費主義で腐ったリンゴのようになった」「リーダーも組織もないのに人々が集まり、国について意見を交わしている。この現状こそ、新しいスタイルの革命の始まりだ」

カレ・ラースン氏の要求事項は明確だ。「投機的な金融取引に一律1%の課税を求める」

米国の大企業、とりわけ金融取引で儲けるウォール街の連中への批判は、かつてなく、地球規模で高まっている。連中のせいで、アメリカの学生は、大学を出た直後から高額の学費ローンの返済に終われる。経済が悪化し、世紀の働き口がないにもかかわらず、である。

商品投機のせいで、とうもろこしの価格が高騰して、途上国で飢餓が加速している。実需以上の「期待」から、将来の売買機会が今取引されている。そんな取引のために、リアルに大勢の途上国の人々がバタバタ死んで行く。

ネットのおかげで2000年代に、米国式の新自由主義が地球を席巻した。私たちはこの2010年代である種の巻き返しをしないといけないと思う。

なーんて高尚なことを考えていたんだけど、さっきまでいた、休日の小金井公園で、一部の髪を茶色く染めた連中が、子供をこづいたり怒鳴ったりしているのを見てかなり気持ちがなえてしまった。

休みの日に子供をつれて、東京郊外の小金井公園に来ているくらいだからほとんどの親はまあ、それなりの所得階層に属していると推測できる。茶髪なんてごくわずかだから、その茶髪母さんの怒鳴り声で周囲は一瞬凍りついた。

こいつらの子供と一緒にいかなる空間も共有したくないという気持ちである。こういう人々は人口の本当にわずかしかいないだろうけれども、間違いなく存在はしている(そして、新自由主義化の格差拡大経済で、今後は増える一方だろう)。こういう人たちのための雇用というか、まとめて何か、平和裏に処遇する雇用政策も必要。その答えとして原発という言葉が即座に頭をよぎった(米国では軍だろう)。

いやいや。かぶりを振った。それじゃだめだ、これからは。安直過ぎる。この茶髪の、自分の子供を平気でたたいたり、汚い言葉で「しつけ」る親と、その子の、人権と幸福をどう、社会として担保するのか。マジで考えないと。

実存主義的家事のやり過ごし方

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ハイデカーは人間の存在と事物の存在の区別のよりどころを、存在の存在、つまり、存在していることを自ら認識する能力に求めた。

これはわかりやすい。物や動物は自分が存在しているという視点を持っていない。自分を客観的に眺める視点の位置づけを、超越した視点、メタ視点という。上から見た感じと思うといいかもしれない。

そして今日は、このすばらしい部ログ「懸念」の執筆者である私の元に、すばらしい読者からの質問が一通来ないので、自分で考えて書くことにする。家事育児はなぜ、実存的な危機と隣り合わせであり、それをどうやり過ごせばいいのか、という問題である。

実存という言葉すなわち、existは、語源をたどると、外へex、力強く立つist、といった意味合いである。つまり存在しているということは自分で認識していると同時に、他者に向かって立ち、自分の存在をアピールする、認知させるという次の活動もはらんでいる。

ところが家事というのは、まったくもって非実存的だ。家事は取替え可能な仕事、自分じゃなくてもできる仕事だし、それをしたからといって報酬や非金銭的評価(名声、やりがい、喜び)は得られない。

このような実存の危機の契機を毎日何時間も不条理にも背負わされる状態、それが専業主婦(専業主夫)である。私は、幸いというか、専業ということではなく、兼業主夫であるからして、彼らと実存の危機の契機を共有することができる。

毎日毎日、家族の生活があれば、皿は汚れ、ごみは出、食料は買出しに迫られ、トイレの輪じみをふき取り、エアコンのフィルターは掃除機ですって、掃除機の中の紙パックは楽天で価格を調べて最安値店で買いだめし、子供がくれる紙や粘土で作られた「お父さんへのプレゼント」は年代順に箱に入れて生活県外の倉庫にしまいこみとあらゆる雑事が、非実存的作業が専業主夫あるいは兼業主婦の肩にのしかかる。

そこで。そういう作業は考えなくてもできる作業ということを逆手に取り、ヘッドフォンで放送大学の講義(お勧めは人文・社会系)を聞きながらやるということである。

そうすれば、講義を聞くという実存的契機に変えることができる。講義を聞くという営みは、このインプットを使って、自ら知見を深め、いつの日か他人のその知識をひけらかすことを夢見て生を未来につなげることができる。

あとひけらかして発散系ではこのブログなんかもそうだったりして。



東電、原発、やっぱし地震で壊れたかも。

数日前の東京新聞から。原子力安全保安院が、反原発運動の市民グループらから質問に、おおむね次のように回答。

配管が壊れたのは地震のゆれが原因でないとする証拠はない  さらに、ストレステストについては、

安全かどうかの基準はない。電力各社が調べたデータを見て検討 これについて社民党の福島代表は、「学校の先生が宿題で問題を出すが、先生も回答はわからない。答えが集まってから考えるといっているのと同じ」とうまいたとえ。

地震で原発が壊れるのなら、この地震列島の上にある全部の原発は危ない、すぐとめようということになるし、ストレステストなんてまったく意味がない。

世界に向けて首相は、原発の再稼動を表明したし。

つまり、結局この国って、国民がどんなにいやいやしても原発動かすつもりのようだ。

私はこれはひとつには、アメリカ様の意向があるのだと思う。アメリカが、日本、原発継続すべしと言えばそうする。まったくそれだけの話だろう。

それで、総括原価方式といって、東電はかかる費用に利益を乗せて電気料金を決めて、その値段でほかに選択肢のない消費者に有無を言わせず売ることができる。そういう商売だから金が儲かって仕方がない。介護施設とかホテル、不動産開発などの目的の子会社を200社以上作ってきた。

ただ思うが、その金で北朝鮮に送金して支援したとか、着服横領したとか、暴力団に渡したとかそういうことではなく、きちんと法人を作って利益を上げて税金も払ってきたんだろうし、従業員も雇ってきたのだろうから。よりまし、というてんでは、完全なる悪だとも言い切れない。

東電はじめ電力各社の人々は単に、今ある社会インフラや仕組みを使って、まじめに儲けて来たに過ぎない。もちろんそのプロセスでいろいろ、うそをついたりごまかしたりといったことはあるにはあっただろうが。そりゃ仕方ない。人間に100%の無謬性を要求するほどのロマンティストではないので。

今の私にできることは、せいぜい電気料金が上がりませんようにと祈ること。もう地震が起こりませんようにと、祈ること。そして東京新聞がつぶれないよう祈ること。

任意後見契約っていったい何なのか?

任意後見契約で調べたらなんと取り消し権と同意権はないということである。もし、認知症で被後見人がトチ狂ってメチャクチャな契約行為をしても、手も足も出ない。

善意でおばあちゃんに、格安の報酬で任意後見契約をするとしてそうなったら、任意後見人は法定後見人を家庭裁判所に選んでもらわないといけない。その場合の報酬や人選は家庭裁判所のなすがまま。もしそいつへの報酬が、任意後見監督人みたいに月何万とかだったらやりきれないことこの上ない。

逆に、高い報酬額で任意後見を結んでいたときに、法定後見が必要になって、自分(つまり任意後見人)が法定後見人に選任されたらどうなるか。報酬は間違いなく下がる。やってられるのだろうか?

報酬も人選も家庭裁判所が選ぶ、その選任のプロセスや、だいたい誰が選ばれるのかはまったくブラックボックスなのはまったくもってこの「商品社会」ではなじまない。

アップルのスティーブ・ジョブス亡くなる

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アップルのスティーブ・ジョブスさんが亡くなってしまった。彼の発明(マッキントッシュパソコン)のおかげで今の私がまともでいられる。そういう意味では親のような絶対必要な存在だった。

ちなみに彼は、私もその気があるアスペルガー症候群といわれている。若すぎる死はガンか何かだろうか? 身体に気を遣うようなタイプじゃないんだろう。アスペルガーの星になってくれた。

ありがとう。

写真はアップルのウェブサイトトップページ、2011.10.6。

ブルースクリーンに茫然自失

WindowsXPとともに過ごす愉快なパソコンライフに突然やってくる、恐るべき来訪者、それが、ブルースクリーンだ。画面が真っ青になってなにやら解読不明の英語の白い文字がバーッと出る状態をいう。
こちらが何をやっていようがお構いなし。バッと出て、それまでの未保存のデータは失われ、それ以降の数時間かかるリカバリタイムに我々の拒否権はなし。まあ滅多に出ないんだけど、趣味で買ったB5ノート(パナソニック、レッツノート、CF-T2)で最近頻出するので対応策を。
chkdskをかけるわけだが、セーフモードとかで起動したらマイコンピュータのCドライブを右クリックして、ツールのチェッカーで、表示されるウィンドウの2つの項目をチェックして再起動。今回はそれでも起動直後にブルースクリーンが出たのでもう買った店に返そうかと思ったが、以降でなくなったので安眠。
そう、ここが重要。買ったパソコンがすべて健康にネットワークにつながって、動いている状態でないと安眠できない。だから、壊れたら直すが、それで何するってわけでも(必要があるわけでも)ないんで。
そうやって、買ったパソコン(それも安く、タイミングを何ヶ月も見計らって買う)全部が動いていることが私の超脆弱でダメダメな、ひ弱な「アイデンティティ」とやらを支えてるって話ですが。もっとも、そういうアイデンティティみたいなものがファクトとしてあればの話ですが。
ウサマ・ビン・ラディンをアメリカ軍が出張先で殺害する模様の生放送を、オバマ大統領がアメリカの作戦司令室で食い入るように見つめる写真を見たことがある。オバマ始め、ほかにも政府のお偉いさん型が、微動だにせずモニタに見入っている写真だ。その写真のパロディ画像ばかりを集めたサイトがすぐに立ち上がった。
そのパロディ写真の1つで、私が一番笑えたのは、もちろん、そう、ブルースクリーン状態になっているやつ。今にもって、みんな、それもアメリカの大統領とかが見ている端末がいきなりブルースクリーンになったら、ということ! マジ受けた。ホントそういう画像をせっせと作ってアップする人もアメリカ人なら、ビンラディンを殺したのもアメリカ人、そういうところが現代的で面白い。

MPV車幅大きすぎる件

今日、雨の中MPVが納車された。でかいのなんのって。まるでパン生地がイースト菌でふくらんだみたいなフロントマスク。

そして運転してみた感想だが、まあ滑るように走るのはいいとして、車幅がでかすぎてやばい。こんな幅の車、運転したことない。

車内の様子は私はあくまで運転手なので一切関係ない(家族の管轄)が、インテリアは良さそうだ。あー私もいつか、運転手に運転させる身分になりたいものだ。本当に。

運転手といえば、隣のスタジオジブリでは、たまに黒塗りのハイヤーと運転手が、おそらくは映画のスポンサー企業の役員なのだろうか、偉そうな人々がやってきているのが分かる。そしてそういう連中のほとんどは男性であり、女性がそういう車で送迎される機会というのは、この日本では少ないのである。どういうわけか女しか生まれない精子をもつ男、私としてはそういう点も気になる。

あんな何とも言えず、まあ日本の好感度ナンバーワンブランド、スタジオジブリなわけだが、黒塗りハイヤー、なんだかまあ格差社会においてはただならぬ感性でガン見せざるを得ない物件が、しょっちゅう停まっているわけ。なかには運転手が暇そうに待っている。

今、NYでは、富める1%に対し、99%の国民が貧困にあえいでいるということで格差是正のデモが繰り広げられている。政府の再分配機能がうまくいっていない証拠である。政府は、富の再配分がきっちりうまくいくようつねに注意してやっていただきたいのだが、近年は、そのバランスが悪くなる一方だと思う。

まあだから私はベーシックインカムをやってもらいたいと思ってるわけで。ぶっ壊れた年金とか、いびつにも富のほとんどを保有する高齢者のために中小企業の若い現役サラリーマンから「高齢者支援金」を徴収する健康保険制度など、全部不公平だからやめて、ベーシックインカムやってほしい。

話を元に戻すが、MPVでかいと道路で居心地が悪い。私は人様の邪魔になることだけはいやなのだ。

CO2で温暖化しない地球

広瀬隆とか、ほかにもいろいろな学者が、地球の温暖化は宇宙線やら、地軸の傾きやら、氷河期の周期やらいろいろな要因でなるんであって、何も二酸化炭素だけが原因じゃないといってる。

だからといって、二酸化炭素減らさないでいいとはもちろん思わないが、今までみたいに原理主義的にではなく、いろいろ、そういう視点もあるということを知ったうえで考えないといけないと思った。

ゴアの不都合な真実観たあとで、広瀬隆の『二酸化炭素温暖化説の崩壊』、『地球温暖化スキャンダル-2009年秋クライメートゲート事件の激震』など読むと格別だ。これぞまさに読書体験だろう。

今は原発がどうにもやばい、日本は後戻りできない国策でどうも原発をゆっくり減らす(今すぐやめない)ということで、ほかのエネルギーとかどんどん。燃やしていいんじゃないか。

そういえば小金井市のゴミも。

無料で小学生に作文教室ひらく

娘がとても親しくしている友達を毎週決まった曜日、決まった時間に呼んで、「作文教室」を開催している。もちろん無料である。

作文教室は、要約と、作文。私は人にものの書き方を教えるのには自信がある。なにしろ浪人して一年間死にものぐるいで小論文対策をし、そして当時小論が必須だった早稲田の第一文学部に合格し、入学したらしたでレポートはほとんど論文だったから書きまくり、彼女(政経学部)のも代筆してやったらあまりに出来がよくて彼女が呼び出されて焦ったほどである。

論文もの、リポートものは大学での成績はほとんど優が来たから、これは自信になった。そんなわけだから、そこら辺の下手なチェーン店舗の塾予備校よりもはるかにマシなことをやっているつもりだ。中身はまるまる『国語のできる子どもを育てる (講談社現代新書) 』のまんまなんだけどね(笑)。

娘にだけ教えたほうがいいと思うだろうか? なんでわざわざ他人の子どもまで面倒を?と。もちろん最初は私もそう思っていた。しかし娘だけだとどうにも続かない。ダラダラしてしまう。当たり前だ、家族なんだから。「今日はいっか」となってしまう。時間を決めて決まった曜日に、同じことを繰り返すのに、家庭ほど向かいない環境はない。

だからあえて、曜日と時間を決めて、娘にその子を連れてきてもらう。今日は作文教室の日だよ、○○ちゃん来るよ、となれば、さすがの私も無視はできない。

無料で小学生に作文教室を開くといいつつ、なんというか自分の育児のインセンティブに他人の子を使っているだけなのである。こういうふうに不純な動機ではじめたのだが、意外なことが起こっている。

娘が連れてくるその友達の書く作文が思いの外、うまい。人間味にあふれているというか。子どもらしい感性、というか。いやーこういう文章は、いいナーと思ってしまう、そういう文を書くのである。文章の面倒を見始めたあとは、私のなかで、その子の存在感は間違いなく増した。おそれのようなものを感じるようになった(失礼があってはいけない、丁寧にしないと、みたいに)。

そして、こういうふうに立派な、人の心に響くような文章を書く子どもたちを、本当に大切にしておもんばからなければならないと思う。社会が、だよ。全体として。想像力を働かせないと、子どもに失礼なことになる、気をつけようと思った。

(ありがちな結論にはなるが)無料で教えられてい…

放送大学の教育入門は娘には役立たず

先日、ドキュメンタリー番組で、引きこもりやいじめをきっかけに不登校になった中学三年生を、市のボランティア組織が勉強を教え(埼玉県熊谷のアスポート)、見事工業高校や地元の公立高校(底辺高)に合格するというのを見た。

工業高校や底辺高を出たそのあとはまったく分からないが、その次の日に聞いた放送大学の教育入門('11)を聞いて、彼らの未来に悲観的な心持ちになった。今や高卒はもとより、大卒でも、満足ゆく職に就くことは至難の業であるということである。理由は経済のグローバル化の進展とか、少子高齢化とかいろいろ聞いたようなことで。

まったくもって私はそれを実感している。2つの思い出がある。浪人中に、しょぼい地元の予備校(小規模)の事務員が、早大卒だと知ったとき(なんで?と思った)。もう一つは、高校時代に、ドイツでは、大学を出ても職がなく、タクシー運転手になるケースも珍しくないというニュースを聞いたとき。いや、高校時代に、そういうニュースを聞いて、いまだに覚えているんだからわたし的に相当、驚いたのだ。

ただまあ、とにかく、今は大学出て、まともな会社に就職というのはまったく例外的な話で…うーん、娘にアドバイスするつもりで真剣に書こう、これからは、結婚して専業主婦なんてものは絶対にあり得ないから、手に職を付けて、できれば会社を設立してなんでもいいから自分の力で始めたほうがいい。

そのためには、一に簿記(3級までで十分、あと管轄税務署の電話番号と場所、行けば決算を無料で教えてくれる)、二にパソコン知識、三四がなくて、五にパソコン知識。あと、ちょっとの興味関心。

そのためには? 今は四則演算、そう、百ます計算と、あとブラインドタッチの練習だ。

家事育児労働基準法制定をもとめる声明

労働基準法では、法定労働時間を1日につき8時間、1週につき40時間と定めている。これを、別段の協定なしで超えて働かせれば犯罪となるわけだが、子育て労働についても同じように時間で線引きしてもらいたい。

子育て=労働というたてつけへの共感がまず重要だ。これは子育てを実際に何年も担い続けないと理解できないだろう。つまり団塊世代の高齢者全員や、若いが旧来型価値観の男性、専業主婦志向を強めるほとんどの女性は理解できないと思う。

今は夜8時半で、夕方から夕食準備、夕食、後片付け、寝間着出し、風呂入れ、身体拭き、寝間着の着替えまでおこなってもうヘトヘトである(途中で、トイレの水のタンク表面に黒カビを発見してグローブをはめてハイターをかけてぞうきんで拭き落とすという作業も含まれた)。気持ちとして、完全にある種の労働、それも、私がたまたま備える哲学学士や、ファイナンシャルプランナー、各種IT知識や経理知識などとは一切無縁の、身もフタもないマックジョブそのもの(つまり低賃金というか無報酬、低未来、単純作業)の肉体労働である。

このヘトヘト具合は、ある種の心的飽和状態として突然わき起こってくる。どういう心境かというととにかく子どものいない空間に脱出したいという、避けがたい欲求が津波のように押し寄せてくるような。こうした心境に人を追いやる子育て家事育児について、労働基準法ならぬ、同趣旨の「家事育児労働基準法」の制定を私は夢想するがいかがだろうか。

これに対し、子どもがいて幸せだとか、戦争がない、平和な今の時代に何を言うとか、勝手に子供産んどいてというツッコミは容易に想定できるが反論しよう。過労死、勝手に働いたとか、仕事がある分マシだからという理由で、労働基準法が制定されていないとしたらそれってどんな原始社会? 家事育児労働基準法も同じこと。人は進化の途上にある。

ちなみに私は男性である。

小金井市ゴミタウンミーティング

安定的に、ゴミ処理ができるよう全力で努力する──結局、市長はペーパーどおりのことしか言わないし、具体的内容(たとえばゴミが集められなくなったらどうなっちゃうのとか、「全力で努力する」のその中身など)も聞かれなかった。

帰り際に若い市の職員に聞いたが、結局ギリギリになって、東京都廃棄物条例に基づいて知事の一声で他市が引き受けて事なきを得るというのがシナリオだろう。

だからまあこういうタウンミーティングではそもそもまったく意味がないわけだが、がんばっている佐藤市長を応援する声がとても多かったがある意味当然だろう。前市長の失策の尻ぬぐいをしているだけなんだから。

途中できわめて残念だったのが、若いお母さんが、子育て世代として佐藤市長の業績をたたえる発言をしたところで、幾人かの高齢者(プロ市民ぽい)が口々にヤジを飛ばしていたことだ。早稲田にもいた、例の共感しがたい自治会系の活動家まがいの連中である(しかも高齢者)。

また、非常に共感したのがある市民の次の趣旨の発言である。

(無駄遣い発言の)市長に猛省を促す決議をした市議会議員たちは、いったいこうした事態になるまでにどんな解決努力をしてきたのか? 私はゴミ焼却施設に使える土地がないかと自転車で探し、小金井公園の空き地を市に提案してみたが、公園法でダメだと言われた。こういうふうにたとえば行動した議員が果たしていたのかが知りたい。

市議会議員てなんだろう。金を市民の税金から年間800万ももらって、結局不作為のまま問題を何年も放置。そしてちょろっと発言した市長の言葉尻をとらえて意味不明の決議。

今回の、市長に猛省を促す議決をした次の議員のうち、焼却にこだわる議員には次回、絶対に投票しないことにする。誰だかは分からんが。

遠藤百合子(自民)、宮下誠(公明)、森戸洋子(共産)、村山秀貴(民主党)、篠原ひろし、斎藤康夫

だいたい、市議を何期も続けていること自体が、微妙にがっかりである。そういうことで生活しているみたいに見える。百歩譲ってそれはそれでいい、立派な、生計を得る仕事として議員があるという考え方の是非はこの際横に置いておこう。

でも、無策で不作為、市民にプラスになる具体的行動もなく、市長の言葉尻をとらえて意味不明の議案決議をする市議会議員てのはダメだろう。それで他市が納得して、ゴミを引き受けてくれるとでも思っているんだろうか?

バカを食い物にして暮らす人たち

東京新聞の今日付の記事では、いろいろな財団法人(官僚OBや電力会社OBの天下り先)に、原子力関連の広報事業がほとんど競争なしで発注されていたと報じられている。

広報事業とは、要するに子どもたちを「原発は安全だからどんどん推進しよう、原発万歳」脳に洗脳するいろいろな教材などの作成事業である。

で私は非常に腹が立ったが、もうじつはすでに手遅れである。なぜなら、私にはその財団を解体したり、あるいは法律を変えて片寄った教育がされないようにする行動のためのエネルギーも時間もないからである。というか、面倒。

連中(そういう財団を作ったり天下ったりしている側や、政治家)は、国民が、怠惰で、飽きっぽく、難しい漢字が並ぶ話は読みたくもないと思っていること、つまり「バカ」だと言うことを承知しており、そこに安心して自分たちに金が流れる仕組みを、驚くべき勤勉さでせっせと作る。

バカかどうか聞かれたら、もちろん、国民の方が、原子力ムラの連中よりもバカに決まっている、連中は、偏差値競争を勝ち抜いた高学歴エリートだから。電力会社幹部なんて、妻の田舎の九州じゃ「殿様」だ。

で、悔しいと思ったら、まずは憲法を読むことから始めたい。私は、読んだ。何度も何度も。憲法みたいなすばらしい法インフラがあって、日本は(民主化運動著しい)リビアや(女性蔑視の極北)サウジアラビアとくらべてなんて幸福な国だろう。

そういう法インフラをまずよく知り、使い始めることがね、大事なんだけど。でも何しろ面倒くさいというこの問題はどうなるか。まったくもって官僚たちのスマートさには脱帽だ。

私がここで提唱する唯一の対抗運動は、ずばり貧困になること。貧困にさえなれば、税金を払わないで済む。そうすれば彼らも困るだろう。日本の生活保護受給世帯数は、いま、200万世帯を超えている。2003年の頃は80万世帯だったかと思うので、この貧困運動を実践している国民が増えているんだなと。

そうして、ベーシックインカムへの道が開かれる。

あー、数字間違ってたらごめんね。ググって確認してください。

燃やしたい人々

行政職員に聞いてみたり、あるいは母がいろいろ調べていくうちに、どうやらこの日本には、ゴミを燃やすという行政サービスから、巨額の利益を得ていたり、ポストを得ていたりしている人々がいるかもしれないしいないかもしれない、ということが分かってきた。

ゴミを燃やさない、たとえば微生物に分解させるHDM処理というのをひっさげて、小金井市の佐藤市長は当選したのだが、燃やしたい人々から足を引っ張られてまったく公約を実行できないでいるみたい。

細かいことをいえば、中学レベルの現代文もろくに点を取れないようなレベルの低リテラシー議員から、(彼らの誤解にもとづく)「無駄遣い」という言葉について延々突っ込まれ続けている。

市長にあれこれ細かいことを言っているすべての議員たちは、市民に今すぐ議員報酬を2割返して(市長も2割返した)、市長と一緒に他市に頭を下げて「燃やしてください」と言いに行くべきだろう。もう、超どうでもいいと思う。市長は、さっさと知事のところに乗り込んでいって、東京都廃棄物条例を建てに、HDMの取り組みに協力させ、そのあいだは他市に燃やすゴミを引き受けるよう、調整させるべきだろう。

日本国憲法の25条。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

東京都廃棄物条例前文。「東京都は、かけがえのない地球を守り、これを後世に引き継ぐために、都民、事業者や区市町村の参加と協力の下に、廃棄物の適正な処理を確保し、生活環境の保全に努めるとともに、人間と環境が調和した社会の形成を目指し、全力を尽くすものである」
京都議定書もあるし、燃やすという選択肢は、もはやないだろう。普通は。 そんな訳なので、今度は東京都へいろいろ聞いてみることにする。

「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(目的)第一条  この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。

眠くなってきた。

ジブリ横断幕「こんな時代だから結婚します NO原発」

JR東日本・中央線の東小金井駅を東京方面行き電車に乗って、左側の車窓を眺めているとほどなく、スタジオジブリの社屋が見える。線路に近いところに、間を隔てるものが何もなく、3階建ての屋上に横断幕があるので一目瞭然だ。

横断幕は、3.11後、この初夏に最初、出てきた。「私たちは、原発のない電気で映画を作りたい」たしかそういう趣旨だったかと思う。今度は、「こんな時代だから結婚します NO原発」である。

ところでいったん、話がそれるが、このブログのスポンサーは結婚式の招待状や席次表の専門印刷会社で、通販企業だ。たまたま、スタジオジブリの隣に社屋があるものの、ジブリとはまったく関係ない(たまーに、宮崎駿監督や吾郎監督、鈴木プロデューサーを見かけるし、それに、ネコ!)。だが、結婚を前向きにとらえるこの横断幕には、婚礼ビジネスの従事者として、応援してもらっているような気持ちになった。ありがとうございます(ちなみに2008年をピークに、売上が減り続けている)。

何しろこの時代に結婚するというのは、本当に見上げた志である。正直言って、私は驚きさえ覚える。結婚するパートナーを見つけることができたのは、それこそラッキーだ。今、結婚相手を見つけるのは相当に困難となっている。

私が放送大学を聞いたり、趣味の「社会学」関係の書籍を読んで得た知識からざっくり理由をいうと、じつは今の日本の若い女性のほとんどは相変わらず、年収の高い男を捕まえて専業主婦になりたいと思っている。それに対し、年収の高い男は、世界的な不景気や新自由主義の影響で企業が非正規労働者を増やしているため、減少の一途だ。女性の半数以上がお婿さん候補とする条件に符合する、年収が600万円以上の男性正規雇用者で独身は、なんと2パーセントしかいないと、中央大学の山田教授(家族社会学)が本で指摘してた。

ただ、まあそうはいっても、そんなひとたちばかりじゃない。旧来の価値観に縛られずに、籍を入れて子育てを一緒に楽しみたいと思ったのなら、結婚制度ほどふさわしいものはない。結婚式だって本当に、ふたりが一生に一度だけ、主役になれる晴れ舞台だし、新婚生活も苦労があればあるほど、互いの絆も深まろうというものだ。

それに、こうした震災が起こって、今や日本の世帯では最も多い一人暮らし世帯では、不安も募る。やはり家族と一緒に生活していることで得られる安心感は…

小金井市のゴミ問題は都知事が解決

他市がこれまで燃やしてきてくれたんだけど、あと三週間くらいでもうそれもできなくなるみたい。こうなったら、東京都廃棄物条例第6条3項に基づいて知事に助けてもらうほかないね。

知事は、廃棄物の減量及び適正な処理に関し、都と区市町村との連携を図るとともに、必要に応じ、区市町村相互間の調整に努めるものとする
週明け、小金井市に尋ねようと思う。知事に助けを求めているのかどうなのかと。

Android アプリで東京ディズニーランドを攻略

9/25に東京ディズニーランドに、NECのLifetouch NOTEをもって出かけた。「攻略なび 東京ディズニーランド」というアプリを試したかったので、UQ Wimaxの無線ルーターをもってネットにつながる環境である。

攻略なびはディズニーランドのアトラクションごとの待ち時間を、ツイッターのハッシュタグから拾ってきて表示する。以下のウェブページに、その#TDLWaittimeのリストが見られる。アトラクションの名前はこのアプリを使っていると待ち時間をつぶやくというボタンがあり、そのボタンからつぶやく際に自動で入力される仕組み。
http://hashtagsjp.appspot.com/tag/TDLWaittime

Android端末のGPS機能とも連動し、アトラクションを、今いる地点からの距離と、待ち時間の2つの軸でそれぞれ検索できる。

実際にGPSが機能して、現在地点からこれから行こうとするアトラクションまでのルートを示させたが、地図が進行方向に回転するわけでもなく、どっちに進めばいいのかが(地図を読むのが苦手な私にとっては)分かりづらかった。歩いていくと現在地が刻々と動くので、画面に表示された青いラインに現在地点を示す○印が沿うように、自分が歩く向きを調整する。

そもそも、昼間は画面がまったく見えない。晴れ間がたまにのぞく天候だったのだが、やはり直射日光のもとでは(曇りでも)、液晶の画面はとうてい読めたものではない。

したがって、随時もってウロウロすると言うよりも、要所要所の屋内施設で、次の計画を練る使い方がおすすめとなる。とりわけ、アトラクションごとにファストパスの有無やら、混雑具合が分かるので、計画が立てやすいことは間違いない。

あと、時間帯や、その日のツイッターユーザーがどれだけTDLにいてツイートするかによって、待ち時間の精度はまったく異なる。今は、携帯電話がスマートフォンに変わる過渡期であるから、アトラクションや時間帯によっては、数時間前の待ち時間が更新されず表示されたままとなっていたのが残念だった。

まあ、東京ディズニーランドまできて、こんなアンドロイド端末持ってうろついているヲタな男は私が見た限り一人もいなかった(お父さんやめてと家族のクレームも飛び交う)。待ち時間は待ち時間で、カップルたちはスマホなど見るはずもなく(互いの目を熱く見つめ、…

米の調査報道NGO、プロパブリカとは

Make a difference(社会を変革する)というスローガンを掲げる、調査報道専門のネットメディア「プロパブリカ」。銀行家の夫妻が私財7億円の基金を投じてNPOを設立し、著名ジャーナリストを高額の報酬で招聘して運営している。オフィスはNYの高層ビル内にあり、職員たちがせっせと自らのタスクに取り組んでいる。

私は調査報道という言葉に弱い。うっとりとしたフェティシズムすら覚えるといっても言い過ぎではない。何しろ既存のメディアがジャーナリズム精神を「広告」という悪魔にあっさり売り渡して久しい日本のメディアに失望しきっていた。

調査報道とかジャーナリズム、いってみれば誰でも受け入れられるし、NPOとして活動しようと志すことは容易だ。ただ実際、気絶するほどの多額の資金を投入して、大勢のプロのジャーナリストを雇って、事務所も賃貸契約してとなるとほとんどの人はできない。そこをリアルにやってるところがまさにカリスマだ。

おかげでプロパブリカはすぐれた報道に送られる著名な賞、ピューリッツァー賞を二度も受賞している。もっとも皮肉なことに、こうした情報を私が手に入れたのは東京新聞の記事なんだけどね。

調査報道というと大げさだけども、私はこのブログを、Make a difference の精神でやっているつもりだ(アクセス数が微々たるものなのでそういう大儀でもないととても続かない)。

たとえば私が調べたのは身近な、住んでいる自治体、小金井市の政治の問題である。小金井市は3期連続で勤めた稲葉市長が、今年の4月の選挙で、市民派が支持する非保守の佐藤市長(もと朝日新聞記者)に変わった。

佐藤市長は小金井のゴミの問題にとりわけ注目して、大きな変革を公約したが、保守派や議会の反対(邪魔)にあってうまくいっていない。欲望と怠慢、現状維持に強固に拘泥する人間の本性が、佐藤市長の試みをことごとく粉砕しようとしている。

このあたりは、やはり私のような超弱小メディアがのし上がる貴重な機会でもあるだろう。目指せ、津田大介である、いやいや違う、目指せ、プロパブリカだった(笑)。

学級崩壊における担任のありがちな反応

放送大学を聞いていて、あるいはまた子供の通う小学校のケースを見聞きするにつけ、担任の力量不足や運、不運により学級崩壊が起こることがままある。

学級崩壊をきたすきっかけはさまざまだろうが、自分の担当するクラスが崩壊状態に陥っても、何の具体的施策も実行されることなく、一年を大過なくやり過ごそうとするのが唯一の担任のインセンティブである。

学級崩壊クラスに「当たって」しまったら子供は、子供が本来有する学習を受ける権利が損なわれ、公教育サービスを享受できない事態となる。この状態は公平性の観点はもとより、人権保護の観点からも放置は許されないはずだ。

ところがそういう風に声高に教育委員会や校長に申し立てを行い、事態の改善をはかろうとする教員、親はほとんどいない。今は、特別支援支援員制度も文部科学省によって設計され、各自治体は予算に応じて学校へ配備することが推奨されている。学級崩壊が起こったら、取れる対策はさまざまにある。

もし、学級崩壊が起こってもそのまま放置されて一年が終わるのだとしたら、その自治体の未来は暗いといわざるを得ない。

ちなみに今日は子供の通う運動会があった。運動会のようなイベントでは学級崩壊の実態は一切出てこないだろう。本当は深刻な人権侵害事象が進行しているのに、十派一からげに盛り上がり、一致団結して子供、親は楽しく終わる。

運動会には運動会の役割があるからどうでもいいのだが、この一見平和でまとまって見える学校組織も、よく部分を観察すれば傷んでいるところはあるということを忘れないでいよう。

つなげる、それが私の生き甲斐

1997年頃、apple社のpeformaというマックで仕事をしていた頃、マックの中に入っていたヘルプドキュメントを読みながら、ケーブルで上司のマックと私のをつなげたことがあった。悪戦苦闘すること数十分(途中で、家電量販店にイーサネットケーブルを買いに行ったりもした)、私のマックのデスクトップに、上司のマックのハードディスクのアイコンがポコッと現れたときのことをいまだに忘れることができない。上司も、私のマックのハードディスクのアイコンを見て、「魔法だ…」と絶句していた。

その魔法にとりつかれて早13年。私のもっぱらの趣味はパソコン同士をつなげるということで。いまも。

インターネットも、もとを質せばクライアントとサーバに役割が振られたパソコン同士がつながっているに過ぎない。家にパソコンが一台しかない、それも、ADSLや無線経由でというならば面白みはまったくない。そんなものはつながって当たり前だからだ。

いろいろと、家をリフォームして有線ケーブルのためのダクトを作って、家族全員にPCを持たせて全部にIPアドレスを振って、ケーブルの総延長が何キロにもなる、そういうところにロマンを感じる。

マック同士が、標準搭載されたイーサトークでつながったときの感動には及ばないけれども、今日はGoogleの地図と、パナソニックのポータブルカーナビゲーションで「スポット」を共有したりしてみた。おもしろい。自分が編集して、定義づける情報だが、それはインターネットの向こう側、つまりクラウドにある。それが今日のクララウドコンピューティング。さらにいうと、カーナビを持ち出してそこからもいろいろ便利に機能を使うことができる(ユビキタスネットワーク)。

便利につなげて、PCを使うには、ちょっとしたテクニックやコツがある。簡単じゃない。そこがハマる所以だろう。

ガリバー、巨大中古車ビジネスモデルの概要

車を立て続けに2台、中古車市場へ売却した。その経験から得られたガリバーという中古車買い取り販売企業のビジネスモデルについて。

Carviewという一括見積もり請求サイトから、5社ほど呼んで相見積もりを取った。

実写査定にくる買い取り担当者は、必ず、「ほかの会社を断ってくれれば、今日しか出せない特別な価格をオファーできる」とか、「ほかの会社を断ってもいい、買い取り価格を言って欲しい。その価格で買い取れれば、ほかの会社を断ると約束すれば、その価格で買い取りを検討したい」(理不尽な価格を言っても必ず、適当な価格に訂正される)などと言ってくるので、全部断り、見積金額と会社名を記入させる紙(自分でエクセルなどで作ること)を渡して、3日以内にファックスするよう言い渡す方式で、最高額を引き出せる。

その結果、二車ともガリバーが、他社に比べて数万円高い価格を出してきた。

もちろんガリバーに売り渡したわけだが、ガリバー担当者になぜ、そんなに高く買いとれるのかを聞いたらわかったこと。

・全国500の販売展示場を保有
ほかの会社はオークションに出して転売する。それに対し、ガリバーは自社販売網で直接消費者に売れるので、マージンがかからず、高く買いとれる

・自社製備工場を保有
そもそも、毎週70万台が売買される巨大市場。マージンを落とすために、工場を保有している。市場規模が大きいので、工場保有コストは吸収される。

これらの施策を2年ほど前から実行して、買い取りでガリバーが負けることはほとんどない状態だそうである。

ガリバーの担当者に、よかったね、そんな会社で働けて。といったら、いや、別に店舗をたくさん抱えて同じようなことをしようとすれば、誰でもできるわけだから、安泰ではないっていってた。

私はその担当者に、「ファックスを渡してあとで金額を出させるあの方式は秀逸だった」と褒めて?もらえたのがうれしかった。

共感しかねる人々

早稲田大学には自治会というナゾの集団がいた。墨ベタで「粉砕せよ」とか「今こそ、同志よ立ち上がれ」とか、「学長の欺瞞を暴く」などまったく関心を持てないことを、非常にアピールしないインターフェイスあるいはデザインで訴求している。

授業前に、なぜか教室に入ってきて、チラシを配りに来る。沖縄がどうのとか、政治的な、もうどうにも面白くないことばかりがあたかもきわめて重大といわんばかりののりで書いてある。授業のあと、そのチラシは、各長机の端や、教室の出口付近の床、くずかごに大量に捨てられる。

そして、自治会の人々のもっとも共感が持てない部分は、彼らのスタイル(着ている服装や髪型、ルックス)である。今でいう、完璧なまでに「非モテ」である。当時絶対NGとされていたアイテム、ストーンウォッシュジーンズを履き、夏はTシャツを、冬はボタンダウンのシャツの裾をすべてズボンへ入れてしまう、あの着こなし。もちろん、ウエストポーチあるいはリュックサックを背負っている。

そして、すいませんけど、怖い。演説されても皆、下を向いて時間が過ぎるのを待つほかはない。

私は別段ファッションに敏感な学生ではなかったが、アルバイトでファッション雑誌のモニターやライターの仕事をしていたので、とにかく自治会の人々の判で押したような共感しがたいスタイルに辟易していた。あこがれの早稲田に受かって、そういう、年齢もだいぶ上に見える、妙ちくりんな人々が大勢いるのだから。

それで、今日、さようなら原発とかいって、ノーベル文学賞も受賞した作家らが呼びかけ人となる大々的な集会が行われた。案の定、ustに写っているデモ参加者のスタイルは、早稲田にいた自治会の人々のそれを思い出させる人も、いた(そうではない人も、もちろんたくさんいた)。

…。

ですから、私はこの投稿で言いたいのは、単にそのスタイルに共感できないということにつきます。私は、Tシャツの裾はズボンに入れたり、(登山でもないのに)リュックサックを背負ったりしません(彼らには意味があるんだろうが)。

このブログで書いているとおり、原発はやめてほしい、脱原発。東京電力は発送電を分離して、政府ももっと厳しい法律できっちり脱原発に舵を切ってもらいたい。さようなら原発、その通り。次世代に核のゴミを、何万年も先送りなんてソリューションは絶対にやっちゃいけない、まさに悪夢。でも、なんと…

Gmailで電話かけられるようになった!!

インターネット経由で音声通話ができる「VoIP(Voice over Internet Protocol)」がスゴイことになっている。世界中のユーザー同士が無料で通話できる「Skype」は有名で私もそれを使っていた。

しかし、価格的にもっと安い大御所の参入だ。Googleのメールサービス「Gmail」である。ブラウザから国内外の固定電話/ケータイにダイヤルできるようになった。音質は十分クリアだし、通話料金も固定電話に1分およそ1.5円と格安。

さっそくPHSに電話してみたが、つながったので驚いた。

なおこのサービスを利用するにはクレジットカードをGoogleに登録する必要がある。また、10ドルを事前にチャージする。自動継続どうなのかは、まったく分からない、そういう設定がどこにあるのかがなにしろ分からない。

書籍の自炊、問題点

作家らが最近、横行する自炊業者100社以上に宛てて質問状を送ったという。作家のこの活動はむなしい努力だと思う。法律を変えなければダメだろう。今の法律だとグレーっぽいし、罰則があっても果たしてそれで取り締まりがあるのかどうか。たぶん無さそうだという感じがする。

本というのはこれからはフェティシズムの対象、コレクションの対象となる。昔みたいに、一冊一冊番号が振られ、図書館や、一部の収集家、専門職だけが「蔵書」として購入することになる。

その他の本は、ネットでデータで流通するほかない。紙で読みたければ、その日読むだろうページ数だけプリンターで印刷すればいいだろう。最近のプリンターのほとんどは、製本印刷といって、数十ページのものを、二つ折りにして小冊子にできるよう、印刷する機能がある。

図書館なら借り手が出たら、その都度、借り手が持ってきた電子書籍へ閲覧期限付きでダウンロードさせればいいだろう。

そもそも毎日新刊書が300点もあるのはおかしい。その流通の意義は消費者の利便性とは(電子書籍環境がこれだけ整ってくると)縁遠くなったし、地球環境保護の観点からも望ましくない。新刊書が膨大に出るのは出版社や書店のキャッシュフロー対策という側面がある。

そんなわけで、数千冊の蔵書を、アパートまで借りて管理している当家の「自炊」事情を紹介しよう。さすがにアパートを借りているとなると経済合理性から家計に不合理な負荷がかかりすぎる。そこで今年春から、整理することになった。

必要な本は次の3つに分ける。処分、売却、電子化、蔵書。蔵書は十分の一程度にすることが目標だ。

電子化では、保有する印刷会社の資源、断裁機やPCネットワークシステム、単能工といった資源を使って効率的に行う。

スキャンスナップで読み取り、NAS(Network Attached Storage=ネットワークに接続されたデータサーバ)にどんどん入れ込んでいく。必要な本は適宜「テキスト検索できるPDF」に変換(これが非常に時間がかかる)していく。そして、今のところ読む端末はソニーのリーダー。安いし電池の持ちがよく、軽いので採用したが、画面が小さいのでPDFで四六版だとスクロールしないとダメだ。また、テキスト化した場合、ページ数やヘッダーに印刷された要素が、本文のすきまに入り込んできてしまう。改行コードもいちいち各行の終わりに入る…

50億年たてば、あるいは、50億年前は

最近、歳(38歳)のせいか、この人類のはかなさに思い至ることがよくある。
この地球、最後の氷河期が終わって一万年くらいしか経っていない。人類もその頃から今のようなだいたいのかたちになったらしい。

そして、50億年後にはもうこの地球、太陽が膨張したりしてとても人間なんて住める状況じゃないそうだ。

そういう風に考えると、今生きている私たちの宇宙における途方もない孤独に胸が詰まる思いがする。私たちが見聞きしたこと、生きたこと自体が、本当に一瞬の出来事で、ほかの宇宙の何ものにも認識されることなく終わるんだろうなと。

人は、他者に承認されてはじめて生きていける。地球に住む人類は、そういう意味で、生きていくのに欠かせない他者からの承認欲求が永久に満たされないで終わる。でも、それってかなりつらい。だから、金に余裕のある国家が、科学技術や税金を使って、地球外生命体を必死に探すんだろうね。

そういう感慨を持ちつつ、今日はイトーヨーカドーのうどんのチェーン店(おもに家族を持つ低所得者や、没落したミドルクラスが週末に利用)の配膳口から汚れた食器がいかに食洗機に送られて、きれいにされて再利用されるかのプロセスを、鳥肌もので眺めて過ごした。

アルバイトでも誰でも、手足が生えていてそれをうまく制御できる脳さえ搭載されていれば、膨大な量の食器を洗うことができるシステム。となりのラーメンチェーンの店も同じようにシステム化されていた。

でもこの感動的なシステムも、50億も経てば跡形もなく消えるとなると……。にもかかわらず、ここまで感動的に食器を洗う機械を作って、使っている人類って、なんだかけなげというか、真面目で愛すべき存在だ。

地球外生命体になったつもりで、地球人を承認する、そのアイデンティティを寛大にも受け入れて励まし、評価する。これが、これからの哲学の仕事になりうるかもしれないってちょっと思った。

神はF2に宿る

F2キー。もし私がこのキーを、ウィンドウズパソコンが起動する一番最初に押すことを知らなければ、何万円も払って新しいパソコンを買い換えるところだったかもしれない。
パソコンの電源を入れてすぐF2キーを押すと、OSが起動する前に、パソコンを制御するbios君が起動する。このbios君がなければ、せっかく新しいハードディスクをさせたとしても、それを認識してくれない。
ハードディスクを新しく買って増設したら、F2キーを押してbiosをいじるという細かな知識。誰も教えてくれない。ちなみに私はこの知識を誰から聞いたかというと、前にも書いたが、デルのサポートのお兄さんであった。

被災地、礼儀正しくパチンコ、飲酒

被災地をまわる医師やカウンセラーの報告によると、東日本大震災の被災地ではパチンコが震災前よりも盛況で、また仮設住宅では朝から飲酒に耽る高齢者が散見されるという。
東電の退職者の年金額は月50万に上る。電力各社の自然エネルギー買い取りの上限は撤廃を予定する社はなく、買い取りは進まない。放射能がいやだと北茨城の病院勤務を辞退した医者たちは「逃げた」と非難される。福島県内にも医者は仕事しているとか責められて。住んでいる人もいる、とか。医師免許も持たないただ住んでいる人と、医者が、はたして同じように放射能を甘受するべきかどうかの議論もなしで。
雇用や、弱者支援といった対策が遅れているなかで、テロや暴動も起こさずに粛々と消費行為にいそしむ礼儀正しい被災者たち。ありがとう。

Acronis True Image Homeでディスクのクローンを作成してみた

家が狭くなるというのはそれだけでストレスになる。同様に、長年使っていたパソコンのHDDが容量不足になり、動きが遅くなったりするのもどうにも具合が悪い。そこで、Acronis True Image を使い、ハードディスクを新設してそこへ既存システムを全部ぶち込む(ディスクのクローン作成)というのをやってみた。

開始は22時。終了は日付変わって1時半。眠い。例によって備忘のため、ここに経過を書かねばならない。

対象のパソコンはDELLのプレシジョンという、豪華ワークステーション。拡張性の高さが売りなだけに、SATAの3.5インチHDDがスムースに収まる。ただし信号ケーブルは、「L片下型」というのを買わないとケースが閉まらなくなるので注意したい。どういう風にHDDが収まるのかを観察してからケーブル買いに行かないとえらい目に遭う。こういう点でも近くにパソコンショップがあるとないとでは今後格差が生じるだろう。

パソコンショップの有無どころか、福島なんざ爆発した原発の近くにいるだけで相当人生がやばくなる、そういうご時世だからつくづく気をつけたい。

プレシジョンに無事、ケーブルをつなげて起動するも、一切認識しない。今日最大の危機である。

あたらしいハードディスクが、マイコンピュータ>右クリックで管理>記憶域で全然出てきてくれない。これではパーティションもフォーマットもできない。そこですかさずDELLへ電話。高いワークステーションだけあって、買ってから何年経っても電話だけは出てくれ、パソコンに詳しいお兄さんが親切に教えてくれる。これはクソのマイクロソフトやアドビではあり得ない話だ。一回電話で質問するだけで、アドビなど4千円程度かかるのである。やっぱりデルは最初は高いが、長く使うならいいかもしれない。ドスパラよりも二万程度高いのだが…。しかもメモリはノンECCタイプが最初から刺さっているため、下手にそこら辺で買ってきて刺してもこれまた併設できない。そういうことも注意しないといけない。

で、質問したら、起動してすぐBIOSを立ち上げて(F2キーを押す)、DRIVERSの設定画面で、刺したSATAをONにしてくれという。基盤をよく見ると、なるほど、確かにSATAソケットの周囲に、2ミリ以下の極小の字でSATA1とかSATA2と書いてある。小さすぎる。あと何年かして老眼が進めばこれらの文…

XPが起動しない(ウィンドウズのマークの画面で再起動繰り返す)対処法

先日のXP起動せず事件で学んだことを、備忘含め解決策、予防策をまとめる。

事象:XPが起動しない(ウィンドウズのマークの画面でで瞬間ブルースクリーン表示後再起動繰り返す)

筆者が最も脱力したのは、CD起動>回復コンソール>chkdsk実行中に「回復できない問題がひとつ以上ある」といわれたこと。もちろん直らない。

そして、以下の方法を偶然実行し直った。
手順としては、
>いったんだめになったシステムを含むHDDを取り外す。
>新しいHDDを買ってきて、取り付ける
>そこへ、OSをクリーンインストールする
>再び壊れたHDDをつける。これにより、新しいOSが古いHDDのシステムを修復してくれる。回復コンソールからのchkdskと、パラレルインストールされたOSからのシステム修復ではパワーが違うに違いない。当然パラレルインストールされたOSからの修復力のほうが高いようである。
>修復が終わって起動するがそれは当然新しいOSのほう。そこで電源を切って、新しいHDDを取り外し、古いものだけにして起動。
>セーフモードから、システムの復元を選び、問題なく起動していた直近の日付を選択

筆者は当然、Acronis True Image HOMEを使ってバックアップシステムを構築して入る。しかし、毎日100%バックアップが取れるとは限らないのである(このソフトのタスクとログを見るとわかる)。毎日、シャットダウンのときにバックアップを取るよう設定しているが、シャットダウンのときにフリーズして強制終了すれば、その日のバックアップは取れない。

だから、直前までのデータはなるべく生かしたい。そういう場合に、上記のようにハードディスクをもう一個使ってパラレルインストールし、そのOSから修復させるというみょうちくりんな技が出てくる。

もっとも、後でわかったがOSのCD起動でシステム修復できることもあるらしい。ただこの修復はあまり信頼性が高いほうではないと、PCメーカーのサポート担当者に聞いた。

今回の事象は、問題の発生から回復まで、12時間も要した。ストレスで食欲もなくなり、大変な思いをした。

今後もこのハードディスク入れ替え作戦がうまくいくかは保障できない。バックアップもしっかり取り、慎重にシステムを運用していこうと決意した。早速、各PCに緊急時用のHDDを買ってきた。また、バックアップは朝…

日本の岩盤

趣味縁からはじまる社会参加 (若者の気分)』 浅野 智彦著を読んだ。また、ほぼ同時期に、東京新聞で、ドイツ人の誰かが、ドイツでは福島事故のあとすぐ、政治決定として脱原発が決まったが、日本ではそうなっていない、政治的決定だけなのにとぼやいているのを読んだ。

さらに母が、ustreamかyoutubeで、脱原発デモに右翼の街宣車が罵詈雑言を浴びせる映像を見て、右翼は怖いなどと言っているのを見、さらには、近所の家の壁から公明党のポスターがはがれそうになっているのも見て、思ったことがある。

まともなこと(ちょっと賢くて、グリーンで、世界がよくなりそうな、長期的視点に立った政策や提言)がなぜ、この日本で、大きなグルーブとして政治的に盛り上がらないのか。

それは、そういうまともな政策を支持する人々が選挙に縁遠いからだ。

で、選挙に縁があって、たとえば熱心に投票行動する人たちというのは、どういう人たちかというと、思いつきで上げるけれどもつぎのような人々ではなかろうか?

・大企業
・高齢者(おもに自民党、子ども手当に反対するなど象徴するが日本の教育福祉の構造を著しく高齢者に有利なように歪めた)
・共産党
・大企業労働組合組合員(民主党=特に電機労連がでかいので、原発を止められない)
・自営業者(おもに自民党)
・大宗教信者(もちろん公明党)
・一次産業従事者(おもに自民党)

これらは、湯浅氏が指摘する日本の「岩盤」である。

私とて、いくら政治に意見があっても選挙に行く気が起こらない。それで何かあったり、統計資料などで今の政策に怒りをおぼえても、どうしようもない。(どうせ自分がやっても何も変わらないなら、やらないと諦めていると、実際やった人が一番得をするという何か、ナッシュ均衡か何かで聞いたことがある)

そこで、私たち、あえて名付けるとすると、若いリベラリストは、まあ百歩譲って左派リバタリアンでもいいから、政治的圧力団体なり、巨大投票集団としてまとまる必要を感じる。しかも、上記5グループは非常に強大であり、吐き気を催すようなひどい価値観で凝り固まった連中ばかりだから手強い。

ものすごく連帯して、候補者を擁立し、投票に出かける必要があるだろう。というわけで、その地方政治版みたいなことが2011年春、この小金井市で行われた。

長年小金井市政を牛耳ってきた保守地主層の支持する自公の稲葉…

運動は脳にもいい

長寿を研究している研究者たちによれば、運動が長寿の最大の秘訣であることは科学的に明らかだという。
運動がなぜいいかといえば、それは運動の動機付け、プランニング、筋肉への指令、呼吸や感覚器からのインプットなど、脳のあらゆる部位を使うからだそうだ。
私はそれを聞いて思った。動機付けが機能していないのなら、運動もやらない。つまり怠惰な人は、短命で終わることが推定される。僕か? 怠惰というか。動機付けがなかなか。

冒頭で、長寿を研究している研究者たちによればと書いた。筆者はどうやってこういうネタを仕入れているか開陳しよう。まず、放送大学のラジオ番組表をチェックする。興味のある講座を予約録音する。PCに落としてウォークマンに入れる。家事の合間に聴く。そうやって仕入れている。なんてことはない。

せっかくなので、動機付けを運動をするというのをやめて、運動をするついでにDVDを見るに切り替えたらすんなりできた。ちなみに見たDVDはパコと魔法の絵本(?)だったかと思う。土屋アンナ氏のヤンキー演技はこたえられない。

武蔵野プレイスすごい

今年7月9日に武蔵境駅南口にオープンした、豊かな国の公共図書館、武蔵野プレイス。その圧倒的なすごさを日々思い知らされている。
まず、日常的にAmazonで本を買う私だが、検索した書名を、東京都の公立図書館検索サイトで武蔵野市で探す癖がついた。Amazonは次の日に届くが、武蔵野プレイスにあれば10分で見に行ける。
さらに武蔵野プレイスでは、場所は限られるが無線LANが使える。波がきている。
私にとって、つながるということは貴重だ。手持ちの端末をネットにつなげることが生き甲斐の一つになっている。武蔵野プレイス様、神様ありがとう。

子ども手当詐欺

私は日々、目の前でどんどん成長し、愛すべきコストとなっている子どもをみるにつけ、民主党の子ども手当廃止の決定に憤懣やるかたない思いになる。

数年前、民主党政権は、マニフェストで月額一人26,000円もの多額のベーシックインカムを国民に約束し、政権を取った。ところが、前首相は子ども手当廃止を野党に約束して退陣していった。完全に、政治家による子ども手当詐欺だ。

国に金がない決定打となったのは福島の原発事故である。佐藤圭氏の東京新聞の記事を読むと、原発立地自治体においては、推進派と反対派のあいだに埋めがたい溝ができるという。たとえば子どもが転んでいるようなときに、その子どもが推進派の子どもか、反対派の子どもか確かめるのが日常になる。推進派は短期的な欲望に、嘘とでたらめばかりの安全神話と金を注ぎ込まれる。反対派は、私は、原発立地に住む反対派ほど悲惨な人たちはいないと思う。今福島の事故後、都会に住む人たちの多くは原発に反対だろう。直接、原発マネーのおこぼれにあずかれないすべての人たちは、あんな危なっかしいモノは反対に決まっている。

ところが原発マネーで潤う原発立地に住んでいて、それでも反対を訴える人たちがいるのである。そういう人々こそ、もっとも尊い理性と長期的展望を備えた人たちだと私は尊敬する。

福島で原発の事故が起こったから、子ども手当もやめて、放射性廃棄物は痛み分けで全国で受け入れ、電気料金も値上げして何とかやっていこうというのは私は許せない。まずは民主党議員たちはえらそうな黒塗りの車など全部中古車下取り業者へ出すべきだろう。自転車や電車で登院してもらいたい。議員宿舎は子どもの福利に使えるような低廉な利用料金の公共施設として国民に解放すべきだ。議員年金も即刻廃止してもらいたい。議員報酬もやめて、参議院も廃止。官僚の天下りも厳に止めていただき、あらゆる特殊法人は廃止してもらいたい。米国債も売ればよい。

子ども手当詐欺をはたらいた民主党政治家たち。小沢総理になって、満額支給になるまでは絶対に見過ごすことはできないと思う。子どもを抱える都会の勤め人だけが狙い撃ちされて搾られる今の税制、政策に、一貫して強い反対の意を禁じ得ない。

ICONIA TAB A500を買った

カードのポイントが溜まったのでアマゾンギフト券に。その金を一部充当してICONIA TAB A500を買った。NEC lifetouch NOTEにつぎ、アンドロイドOSのタブレットPC2台目と言うことで、かなりテンションが上がっている。

ライフタッチはブログ書き用、アイコニアはカーナビなど外出用で使う計画。

ICONIA TAB A500の所感だがモノとしての質感はライフタッチノートを上回る。重いというのも大きい。画面も大きい。だから外出用だろう。

しかし、ライフタッチノートのほうは、昨日買い物に携行したところ、値段を調べたり競合店の連絡先を調べたりと非常に重宝した。ちなみに回線はWimaxである。

これだけの情報に、本当に安くどこにいても(ただし都会だけ)アクセスできるというのは奇跡だと思う。1995年に、マッキントッシュのパフォーマをモデムにつないではじめてインターネットに接続した。そのときのモデムのピーヒャラヒャラという音。覚えている。設定も、友人に聞いたりして何日もかかった。

昨日の買い物はベビー用品。ベッド、チャイルドシート、布団、ベビーチェアなど、ヤフオクから新品まで、何倍も価格が違ってくるモノばかり。最近はレンタルもあるが、レンタルは、じつは買うより割高になったりする。そういうことも全部、ライフタッチノートで店頭でチェック。結局、ベッド、ベビーチェアはハードオフ(中古屋)で。チャイルドシートと布団は、たまたま赤ちゃん本舗が破格のセールをやっていたので、相場をまたヤフオクや楽天で調べて間違いなく「破格」だと確認し、即買い。機動的に移動して買い物を済ませられ、全部新品でそろえるのに比べて4万程度安く済んだと思う。

今時、子供を産むのに新しく全部そろえられる親などめったにいないだろう。チャイルドシートなんて、高いモノは6万近くするのだから驚きである。それをたとえば教育投資のリターンがそれほど見込めない家が買ったりしたらたいへんな損失だ。まあまあ、うちは一万円でした。

マツダMPV 2.3 S Lパッケージを破格の安さで買うには?

2004年から、MPV→ベリーサ→アクセラ、そして今日、最新型のMPVを買った。わずか7年のあいだに4台ものマツダ車の新車を、それもすべて現金で買ってきた。もちろん、古い車を売って買う、買い換えであるが。

車を安く買う方法というのはあるのだろうか。私に言わせると確実にある。それは以下の3つに集約される。

1.「マツダ」の決算期(9月または3月)に現金で買う。マツダの値引きは45万から、場合によっては70万と世界でも例を見ない規模であることが知られている。当然、ベンツやBMW、トヨタ日産スバルなどではなく、あくまでも選択肢はマツダ車に限るという、これはそういうノウハウである。マツダ車など眼中にない富裕層の方、何となくトヨタがいいと思っている長いものに巻かれたい方は、車を安く買うことはあきらめたほうがいい。そして、決算期にマツダに行って、競合車も見てきた、今月中に現金で決めたいと言って、本気度をアピール。契約は20日前後がいいとされる。見積もりが進むと一発価格を言ってくるので、ここで指し値。本体価格の45~60万引きの値段を言って、現金だからもう無理という。そうするとびっくり仰天値引きが出てくる(当然現金は用意すること)。

2.カーナビをはじめ、オプションは付けない。ディーラーで買うあらゆるオプションはオートバックスやホームセンターで半額で手に入る。そういう無駄な買い方は一切しない。ちなみに最近では、カーナビはグーグルナビのような無料で使えるものも愉快。アンドロイド携帯やタブレットPC(アンドロイドOS搭載)をカーナビ代わりにすれば経済的だ。試したが機能はたとえば紙の地図よりは便利である(カーナビより便利かどうかは微妙、というかそれってあり得ないだろう)。ちなみに私は今回、オーディオ(バックカメラのモニターも兼ねる)とバックカメラ、電源ソケットというオプションを付けるにとどめた。

3.古い車を高く得る。下取りは複数業者を個別に呼んで、車を引き渡せる日付(この具体性が大事、早ければ早いほうがいいが、相見積もりが済んでからだ)、指し値を言う。複数業者は、カービューなどの一括査定依頼サイトを使うと一瞬だ。売りたい車の中古車市場の相場を調べて、それよりも5-10万円程度安い金額で買ってもらいたいという。そもそもあり得ない価格となるが、それはそれでいい。そして、各業者には、いつ…

宮崎駿監督の脱原発デモを報じないメディア

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もしかしたら報じたのかもしれないが、地元小金井市の、社屋周辺で数分間行われた、犬と社員三名、そして宮崎氏という規模で行われた空前のデモ。メディアは、大スポンサー東電からお金が降ってくるまで静かにしていないといけないから、一切報道しない。

だから私は報道しようと思う。


宮崎氏は熱風というジブリ出版の刊行物のなかで、イデオロギーとしての脱原発はイヤだと言っている。私もそれに共感できる。共産党に典型的だけれども、イデオロギーの社会運動というのはそれを飯の種にしている怠け者が大量にいると思う。

話がずれたが、世界的な映画監督がこういうふうに原発にNoと言っているのに、報道しないダメメディアのおかげで私のこのブログメディアが相対的に価値を持ってきている予感、……しないか。

ジブリは社屋にゴーヤ?だか、グリーンな工夫をしていたりして。そういう会社が近所にあるというのは本当にうれしいし幸せなことだと思う。

山口県秋吉台の廃墟だらけ

夏に旅行した山口県の秋吉台、秋芳洞周辺の状況がやばかった。十年以上前に廃業して見事に廃墟化した売店やホテルがそこら中に。廃墟にのみ、もっぱら「元気をもらえる」私は、ものすごい興奮して喜んだ。

廃墟の魅力は可能性だと思う。権利上、所有者も、経営者も、そして債権者の銀行も、現在のおそらくは権利者になった国も、その物件にはもはや一円の投資もできなくなり、捨て置かれた世界。それは資本主義的には無価値であり、関われば「損失」が生じる。しかし裏を返せば、資本主義のカラクリから自由になった、無垢な状態と言える。

廃墟には自由がある。

対照的に不自由で陳腐なのは、秋芳洞とか、土産屋だろう。金を取って、なんに工夫もない飲食店、プラスティックのゴミ以外の何者でもない土産。炭水化物と糖分のみで構成されたメタボ製造食品。反吐が出そうだ。秋芳洞にしたって、大勢の観光客がいると言うだけで、せっかくの自然も台無し。

もちろん、廃墟周辺には誰もいない。私はそういう廃墟が好きだし、廃墟になりたいとすら思う。廃墟万歳。

一つのことをやり続ける、ほかに三つのことわざ

『超☆ライフハック聖典』をAmazonの古本で買って読んでみたが、これが笑えた。
自己啓発(ビジネス書も含む)を読むのは、知識やスキルのない人の悲しい正当化だという。なぜなら、彼ら(私も含めるが)、いろいろなライフハックを知ったところで、実践などするわけがないからだ。これは本当にそうだと思った。ライフハック本(自己啓発本)を読むというその行為自体が、実践ではない。単なる新しい逃避である。著者は三つのことわざだけ知っていれば、ライフハックは十分だという。それは、
・情けは人のためならず
・人の振りみて我が振り直せ
・善は急げ善は急げ、というのがかなり笑えた。
人は何でも新しい何かを求める本性がある。古い体験は飽きてしまう。だから、古い体験、決まりきったことを長くやれれば、それだけでも十分差別化できる。継続は力なり、という言葉もかなりイケてる、ライフハックだ。