2011年8月22日月曜日

一つのことをやり続ける、ほかに三つのことわざ

『超☆ライフハック聖典』をAmazonの古本で買って読んでみたが、これが笑えた。
自己啓発(ビジネス書も含む)を読むのは、知識やスキルのない人の悲しい正当化だという。なぜなら、彼ら(私も含めるが)、いろいろなライフハックを知ったところで、実践などするわけがないからだ。これは本当にそうだと思った。ライフハック本(自己啓発本)を読むというその行為自体が、実践ではない。単なる新しい逃避である。

著者は三つのことわざだけ知っていれば、ライフハックは十分だという。それは、
・情けは人のためならず
・人の振りみて我が振り直せ
・善は急げ

善は急げ、というのがかなり笑えた。
人は何でも新しい何かを求める本性がある。古い体験は飽きてしまう。だから、古い体験、決まりきったことを長くやれれば、それだけでも十分差別化できる。継続は力なり、という言葉もかなりイケてる、ライフハックだ。

2011年8月19日金曜日

人生は暇つぶし

私は最近、家に来た自動食器洗い機のメンテナンス会社のエンジニアが、たばこ臭かったので、質問した。「たばこ代がたいへんでしょう?」

彼ら(愛煙家)は、たばこがないと「気い狂うっす」。値段なんて関係ないという。とにかく買って、肌身離さず持っていることが、気が狂わない唯一の方法。

うらやましいと思った。そんな、愛すべき携行品を見いだせるなんて。この人生に。人生なんて所詮、暇つぶし。必然なんてありゃしない、偶然ばかり、ナゾばかり。だったら思い切り楽しみたい。

私はたばこを吸わない代わりに、パソコンの価格をじーっと見ていて、安くなったら一気に買うという変な衝動買い(押し目買い)が趣味といえば趣味。価格コムが好きなサイト。パソコンを買って何するってんでもないが、買うと、設定とかでとりあえず1日かそこらは充実して過ごせる。設定が完了し、自宅のLANに組み込めたときの気分は爽快だ。

なんか、この真面目一辺倒なブログも、たまにはこう。私は思想信条を頑強に持っているタイプの人間ではない。だから、脱原発の東京新聞を読んでると、原発やめテーって思う。でも、池田信夫ブログ読むと、そんな騒がなくても、きっとガンなんか増えないって思う。

今一番関心があるのは、宇宙のダークマターっていう、ナゾの物質。ナゾで正体不明なのに、とりあえずメチャクチャ大量にあるらしいということだけは分かっている。まさに哲学。

2011年8月18日木曜日

NECのlifetouchNOTE買った

Androidを試したくて、NECのlifetouchNOTEを買った。文字入力するのに大変適したATOKが最初から入っている。推測候補が下にでるので入力がとても早い。

それに、Google公式のアプリ Bloggerで、ブログへの記事の投稿もスムーズ。ブログを機動的に書くのにぴったりだ。

価格コムでキャンペーンを張っていたWIMAXとDTIの組み合わせで、どこでも持ち歩いてネットにつながる。そのコストは月々3,880円だが、14,000円のキャッシュバックがあるからそれを加味すれば2,000円台前半になる。もちろん、lifetouchNOTEはskypeも使える。

lifetouchNOTEは25,000円もしなかったので、電話とブログ書き、それにネット閲覧をするのにかかるこのコストの安さには驚くばかりだ。旅行に持って行ってどんどん使おう。

2011年8月16日火曜日

家庭裁判所が決める成年後見人、成年後見監督人月額報酬

私は成年後見人を受任している契約がある。この契約が発効するためには、成年後見監督人が家庭裁判所により、選ばれなければならない。その監督人は通常地域の弁護士や司法書士が選ばれる。彼らには、裁判所が彼らの業務量に応じて決まる報酬が毎月発生する(誰が払うか後述)。

後見開始から一年ほど経ってから、その弁護士なり司法書士が、家庭裁判所に対して、報酬付与の申し立てを行う。そのことにより、その過去1年分の報酬を、成年後見人は、被成年後見人の財産から支払わなければならない。

私が後見するのはおばあちゃんだから、報酬は非常に低い。身内の面倒を見るのに、不当な報酬など設定できるはずもない。通常は無報酬のケースも多い。そして、被後見人の財産の多寡にもよるが、多いと、後見人の事務は、ちょっとした企業の決算のようになり、たいへんである。全財産を調べて、エクセルを使ってスプレッドシートを作ったり、金融商品の最新の相場を調べてアップデートしたりと、財産目録の作成管理がある。そして毎日の介護や病院通いの際の細かな金銭支払いもすべて記帳してまとめ、監督人に報告しなければならない。

監督人の報酬は、後見人の報酬と比べると半分程度に定まっているようである。以下に、東京家庭裁判所の後見サイトのQ&Aのページからダウンロードできる報酬についての資料を掲載しておく。

平成23年3月
成年後見人等の報酬額のめやす
東京家庭裁判所東京家庭裁判所立川支部
1 報酬の性質家庭裁判所は,後見人及び被後見人の資力その他の事情によって,被後見人の財産の中から,相当な報酬を後見人に与えることができるものとされています(民法862条)。
成年後見監督人,保佐人,保佐監督人,補助人,補助監督人及び任意後見監督人についても,同様です。
成年後見人等に対する報酬は,申立てがあったときに審判で決定されます。
報酬額の基準は法律で決まっているわけではありませんので,家事審判官が,対象期間中の後見等の事務内容(財産管理及び身上監護),成年後見人等が管理する被後見人等の財産の内容等を総合考慮して,裁量により,各事案における適正妥当な金額を算定し,審判をしています。
専門職が成年後見人等に選任された場合について,これまでの審判例等,実務の算定実例を踏まえた標準的な報酬額のめやすは次のとおりです。
なお,親族の成年後見人等は,親族であることから申立てがないことが多いのですが,申立てがあった場合は,これに準ずることになります。

2 基本報酬
(1) 成年後見人成年後見人が,通常の後見事務を行った場合の報酬(これを「基本報酬」と呼びます。
)のめやすとなる額は,月額2万円です。
ただし,管理財産額(預貯金及び有価証券等の流動資産の合計額)が高額な場合には,財産管理事務が複雑,困難になる場合が多いので,管理財産額が1000万円を超え5000万円以下の場合には基本報酬額を月額3万円~4万円,管理財産額が5000万円を超える場合には基本報酬額を月額5万円~6万円とします。
なお,保佐人,補助人も同様です。
(2) 成年後見監督人成年後見監督人が,通常の後見監督事務を行った場合の報酬(基本報酬)のめやすとなる額は,管理財産額が5000万円以下の場合には月額1万円~2万円,管理財産額が5000万円を超える場合には月額2万5000円~3万円とします。
なお,保佐監督人,補助監督人,任意後見監督人も同様です。
3 付加報酬成年後見人等の後見等事務において,身上監護等に特別困難な事情があった場合には,上記基本報酬額の50パーセントの範囲内で相当額の報酬を付加するものとします。
また,成年後見人等が,例えば,報酬付与申立事情説明書に記載されているような特別の行為をした場合には,相当額の報酬を付加することがあります(これらを「付加報酬」と呼びます。
)。
4 複数成年後見人等成年後見人等が複数の場合には,上記2及び3の報酬額を,分掌事務の内容に応じて,適宜の割合で按分します。
以上

これまで、高齢者を食い物にいろいろな悪さを工夫してきた人々の歴史がこうした制度を作ってきたのだと思って、しょんぼりしている次第である。でもじつは、私の最大のしょんぼりは、任意後見人委任契約に定められた後見人の報酬の額が、監督人の額よりもやや少ないということだ。このことに気づいたのは、当該契約を公正証書にしてから何年も経ったあとだった。

2011年8月12日金曜日

自然エネルギー促進の処方箋は『グリーン革命』に

日本人のうち、本(宗教リーダーの著作は除く)を習慣的に読む人口はわずか400~800万人程度とされている。政治家や企業の幹部には、世界的に評価の定着している本は是非とも読んでもらいたいと思っている。本を読まなければ、読んでいる人から見ればその言動はバカげているように見えることが多くなる。

私は、よく学校で、小学校や中学校で、本を読めと先生によく言われた。天の邪鬼なので読む気がしなくなった。しかし、そうした若い日々から20年以上経ち、今は本当に熱心に本を読んでいると思う。

今新聞では自然エネルギーが動の、原発が動のと騒がしいけれども、問題解決の処方箋は『グリーン革命』という本に、具体的に詳しく書いてある。企業努力ではダメだから、民主主義の制度を上手に使って、法律で価格を自然エネルギーのほうへ誘導するよう市場に関与することが肝要だと。

2011年8月7日日曜日

今どき結婚する理由

 日本人の引きこもりの8割は男性、それも20代から30代が多い。彼らは一様に昔ながらの保守的な規範意識に縛られた真面目な青年が多いと、放送大学の宮本教授はいう。昔ながらの規範、とりわけ結婚制度にまつわるものとして、男は一家を支える大黒柱として、妻子を養わねばならない。いい結婚とは、大企業の正社員と専業主婦に子どもふたりの持ち家が幸せ、などだ。
 そういう古い規範意識に縛られた真面目な男性が引きこもる理由は単純だ。そんなの無理だから。そんなの無理だ、自分はダメだと思ってしまう。それで社会から辞退(待避)する。そんなの無理だって思うのは、何も引きこもる真面目な男性たちだけじゃない。マジ、無理だって。特に原発ドカーンの311のあとは特に。ほとんどの若い日本人は、昔みたいな結婚生活なんてあり得ないって少しずつ気が付いている。
 だってそうでしょう?
 今時の日本社会で、一家を支える大黒柱のような男は、グローバル経済によって1997年頃、完全に殲滅(せんめつ=ことごとく抹消されること)させられた。限りなく少ない数で正社員として大企業で生き残ったとしても、同じ柱は柱でもそれは企業に人生のすべてを捧げる「御柱」すなわち生け贄として消耗されることになっている。
 また、専業主婦という身分は今時あり得ない。そもそも男女ともに同じように進学して莫大な教育コストをかけられて成人し、めでたく職業生活を始めたとして、どういう合理的理由で生涯賃金一億円を単に子供が生まれたからとか、結婚したからなどということで放棄できるのだろうか。寿退社とはすなわち、一方的な権利の放棄以外の何者でもない。
 きわめて危険なのは、何か勘違いして(たとえばたまたま結婚時点で夫の収入と学歴が高かったなど)、会社を辞めてしまう選択を自らする女性。それで幸せが待っているなら、こんな世の中になってない。こんな世の中、すなわち世帯数は今や単身世帯が約半数、離婚率も半数、超スピード少子化、社会問題化するほど貧困な母子家庭の顕著な増加など。職業生活を、結婚(や子育て)を理由に放棄する女性はきわめて不合理で、不平等な選択を、今や有名無実の古い規範のみによって仕向けられているという、オカルトのような、それは選択だ。女性が専業主婦ができるような昔風の婚姻観を、おもに母親から植え付けられている限り、その女性は一生結婚できない。またそういう母親こそが、引きこもりの男子をつくるまさに原因そのものだと、宮本教授は指摘する。
 では、現代において結婚する理由とは何か。それは単にふたりでやる方が楽しいことを楽しむため、とでもいっておこうか。ただし、結婚生活においてそうした機会を見つけたり作り出すのは容易ではない。結婚生活では、口に出すこともはばかられる構造化されていない作業や配慮、忍耐、苦痛の連続である。たとえば、家事が単調でつまらないけれども笑いながら喜んでやる、どんなに遅く帰宅しても相手に愛のこもったメッセージを送ったりキスをする、相手が自由に過ごしだした場合はよく話し合って婚姻関係の継続について合意を見いだす努力をする、見苦しく太らないためにジャンクフードを我慢する、禁煙し、パチンコや競馬、テレビゲームをやめる、といったこと。
 子供を産む理由も、子供が生まれたらそれを育てること自体を日々、目的的に楽しむ、子育てに徹底的にコミットすることを通じて、精神を鍛える、そういう、ストイックなトレーニング修行として、いかがだろうか、子ひとり2千万円のお買い物。
 なお私が日常、もっともテンションが下がる光景とは、近所のドラッグストアでよくみかけるのだが、大量のカップめんと清涼飲料水(糖分満載)を買う、ノーメイクの、激太りした若いお母さんの姿だ。たいてい、子どもを連れている。あと、小学校の運動会でも、およそ3割程度のお母さんが小太りになってる。太っていく経産女性というのはもう本当に、国の品性が危機に陥っている証以外の何者でもないと、思う。
 というのも、アメリカでは、貧困層のほうが圧倒的に太っていると、堤美佳の本か何かで読んだことがある。心も財布も貧しいのならば、安いジャンクフードしか食えないし、ストレスで食べたいだけ食べてしまう。日本もまた、そういう事態がどういうわけかお母さんのあいだで進行している気がする。暗い気分になる。
 ちなみに私は、ファイナンシャルプランナーです。

2011年8月6日土曜日

夏のお祭り茶髪度観測、東京都小金井市編

毎年、8月のはじめの週末に開催される東小金井駅南口のお祭りに出かけた。私はもちろん、子供も全員アスペルガー傾向があり、雑踏が非常に苦手である。大勢の人たちが凝集しているのを見ただけで思考停止状態に陥り、1点見つめでフリーズ。家族全員がフリーズするのだ。

ハッと我に返ってブログのネタ探し。早速従姉妹を発見。同じ地元で育ち、一流の私立女子中学校に入学したまではよかったが、生育歴において保守的な父親のDVや愛情不足ありすっかりヤンキー化して今に至る。なお現在は成人して保険の外交員(いわゆる保険のおねえちゃん)としてかなり優秀な成績を収めている。両親ともに有名私大卒なので地頭はよいのだ。それに、かなり人目を引くスーパーメイク術と派手な茶髪も、保険の売り手として斬新でいけてるかも。

そんな彼女、大学出て無職男性と結婚、2女をもうけるが程なく離婚。保険会社勤務でずっと正社員それも優秀という属性をのぞくと、外観(茶髪ヤンキー)含めてだいぶ「下流社会」的な感じである。今日は、大勢の同類(茶髪、ヤンキー風)とともにブルーシートの上に陣取り、ウンコ座りして喫煙している。片手にタバコ、片手に紙コップに入ったビールである。

同じ市内に住む親戚なのだが、今日ばかりはさすがに声をかけられなかった(ちなみに血のつながりは諸般の事情によりない)。もちろん、話せばとてもいい人で、まったく問題がないのだが、まわりの雰囲気がちょっと怖くて。

お祭りの雑踏のなかを、先般当選した佐藤市長が呆然と歩いていたので声をかける。誰も市長と気がつかないみたいだ。ゴミ問題はたいへんだったとか、子供手当は廃止になるようだが中学まであっていいじゃないか、みたいな雑談。妻を紹介して放射能測定器が壊れたがどうなった、治ったはずみたいなこと。

アスペルガーがひどい次女が帰ると宣言したので、花火も見ずにさっさと帰る。

東京都小金井市といえば文教地区というキャッチフレーズで、すなわち住民の知的レベルが高いという触れ込みで不動産などは割高に販売される。しかし祭りに来ていた若い人たちの、目算2割程度が、激しく茶髪ですなわち、よくて高卒といった感じの人たちだったのは恒例。こういう人たちには祭りは必要なのだ。彼らのおそらくは資本主義にいいように翻弄される過酷な人生に黙祷。いや、えっと私も翻弄されるんだけどね。それが自覚的かそうでないかということ。

このブログを通じて、若い人たちにもっと投票に行ってほしいと訴える私だが、ああした茶髪の、喫煙して座り込む若者が選挙権を有しているその一票について、どうしたらいいのか悩む。民主主義の学校みたいな、そういう、たとえば運転免許試験場的なものすごく上から目線の制度的な教育システムをフィルター的に通さないといけないんじゃないのか。

彼女ら、彼らだって、たとえば頭の先からつま先までベールで覆っているイスラム女性の人権状況とか、ほんの70年程度前の本当にあったユダヤ人虐殺とか、日本人のアジア人への侵略とか、直近では、ノルウェーにおける右派政党が政権奪取が見えてきたとたん穏健化して移民に寛大になったばかりにはけ口を失ったひとりの極右青年の無差別銃乱射事件とか、また毎日働きに行ってもらう日当が1割引かれていてその金はどこに行ってどう無駄に使われているのかとか、年寄り政治家が国債を大量発行してその返済は全部自分たちが産んだ子供の代まで返済が続くとか、そういう個別具体的な悲劇の、すべての原因はまさに政治ひいてはひとりひとりの投票行動にあるというそのことを知れば、きっちり投票するんじゃないのか。しないか?

2011年8月4日木曜日

子供手当廃止の愚挙

消費税増税大反対のエントリでも触れたことだが、こども手当てを財源の裏打ちもない無理なバラマキとする既得権益(自民党や公明党などの腐れ与党)政党の攻撃に屈し、ついに民主党が廃止を表明した。

これには憤懣やるかたない。今、近代家族の揺らぎと、高まる一方の子育て世代へのプレッシャーのなかで、どんなぎりぎりな生活をこの若い家族が強いられているのか。こうした若い世代は投票にあまり行かないものだから、熱心に投票に行く高齢者の声ばかりが政策に反映されて、若い世代は政治的に不利になっている。

次回の国政選挙では子供手当て復活かそれとも廃止か。またエネルギー政策に対してしっかりとした知見を有しているのかどうかを、厳しく見極める必要がある。

子供手当ては、民主党の「控除から手当てへ」という政策テーマのなかでできた制度。このなかで国税や地方税の扶養控除がなくなっている。児童手当になったら、この廃止になった控除は復活するのかどうか。この点もしっかり目を凝らしてみていかねばならない。もし、控除廃止はそのままで、単に子供手当てがなくなっただけだとしたら、あまりにもひどい、姑息な増税である。

石破という、子供手当てをぶっ潰す役回りを演じた保守の男の娘は東京電力に勤めている。

縮みゆく日本 経産省サービス産業統計

経産省特定サービス産業動態統計調査というのがある。産業セクター別に、売上高とその伸び率を毎月集計する調査だ。

ほとんどの業種で前期比割れ。▲印が墓標のように並んでいる。まさに日本経済の墓場のよう。人口も減っているし、高齢者ばかりに偏った政策で、経済から合理性や決断力が失われ、成長が止まって久しい。

まあ結局、人口が減れば、成長も当然減り、経済は縮んでゆく。学習塾業界や、ITの一部だけが、前年よりも増えている。

しかし、子に受験を駆り立ててどうするのか。高騰する学費を払いきって(あるいはアメリカみたいに卒業と同時に莫大な奨学金債務を負って)、働き自己実現できる輝かしい未来はこの国にあるのか?

ITで活況といっても、もっぱら、PCを持たない低所得者向けの携帯ゲームなど、時間を不毛に消尽させるだけの最悪な業界だ。そういう携帯でお金をゲームに投じるような「層」が今後、日本の成長を支えるだけの労働力になりうるのか。もちろんならない。彼らの大切な若い時間を、携帯という巧みなツールを使って早々と刈り取ってしまう。これではまるで、脳というリソースの焼き畑農業である。

2011年8月3日水曜日

児玉龍彦氏2011/7/27衆議院 参考人意見

この動画を見ると、やっぱり、いまの政府は子供のことはろくすっぽ考えていない、高齢者による、高齢者のための政府だということがよく分かる。

子供、細胞分裂がさかんな子供がいまどのくらいの放射能被爆を(外部、内部いずれも)しているのか、測ろうという即座の動きは一切ない。

本当に、私たちは次の選挙で真剣に政治家選びをしないといけないと満身の怒りを表明したい。



チェルノブイリ、20年後はっきりしたこと。ずっと後になって、いざ病気になっても、お金ももらえなければ、誰も補償してくれない、ケアしてくれない国になっていいのかどうか? もちろんダメだが、その制度、国を作るのは、私たちひとりひとりが持っているこの、民主主義の参政権、投票する権利である。

2011年8月2日火曜日

池田信夫さん「携帯電磁波の発がんリスク」指摘

絶対に安全で問題ないという技術ってないんだなって思う。池田さんはこの記事のなかで、微量の放射能よりも携帯電話の電磁波のほうが発がんリスクは高いという科学的証拠があると指摘している。

私は原発も困るが電磁波はじつはもっと嫌いだった。生まれ育った家が送電線のすぐ近くなのだ。

私の家のすぐ横にある、出せば必ずヒットする巨大アニメ映画会社(スタジオジブリ)。その上を送電線が通っている。送電線の出す電磁波を、専用のメーターで測ったことがある。WHOが小児白血病の罹患率が有為に上昇する値を超えていた。

父親は、結局平均寿命まで数年残して白血病で死んだ。もちろん、家の近くを通る送電線から降り注ぐ電磁波との因果関係など知るよしもない。

ヨーロッパだと送電線の下にはまず家は建てないと聞いたことがあるけれども、日本では送電線の下に、平気でたくさんの住宅が建っている。そこに大勢の人たちが暮らしている。

要は、これからも、日本人のあいだに癌が増えなければいい。癌にならないためにはどうしたらいいか。身体の免疫力を高めて、遺伝子の修復機能を健全に保てばいい。そのためには心身、健康に暮らせばいい。運動をして、たくさん笑って、家族愛に包まれて、体に悪いものを食べない。シンプルなことだ。村上春樹っぽくなってきたかな?

本当のバラマキとは何か

人気のない4階建てぐらいの巨大な建物がそびえ立つ。建物の外壁は白いタイルがびっしりと貼られ、豪華な作りだ。ハローワークが昔、運営していた職業訓練校が近くにある。民主党の事業仕訳で廃止となり、今は廃墟となっている。

全国数千万人のサラリーマンの給料から天引きされた雇用保険料を使って、当時の官僚が全国に建てた。職業訓練校は、主に土木系のスキルを実地に学べる施設である。無駄遣いだったということで、仕分けられたのだ。

建物の中には、木工に使うのだろうか、大きな旋盤装置やら、巨大なダクトのようなものが整然と並んでいるのが見える。外構部は、園芸科の「学生」が実習でしつらえた素敵なガーデンの作品が、伸び放題の雑草の侵食で、何か巨大なものが「終わった」感を周囲に醸し出している。廃墟フェチで、なおかつDIY大好きな私にとって、この建物は近時もっとも気になるポイントとなっている。

雇用保険もそうだけれども、国民から広く薄くお金を集めて、それを正しく分配する機能が、自民党によって長年にわたりゆがめられた。本来そのお金から福利を受けるべき人たちは制度から排除され、お金を管理する役人がお手盛りで豪華な施設を作ったり、何度も天下りできるポストを作っては私腹を肥やしてきた。これを歪んだバラマキといいたい。

今、民主党の子ども手当や高校無償化をバラマキといって攻撃する自民党、公明党の政治家は、自分たちがやってきた歪んだバラマキ政策の非民主的側面、格差拡大作用、再分配機能毀損機能について深く反省してもらいたい。自民党は、昔みたいにもっと官僚や、自分たち政治家の利権のほうにたくさんばらまいてほしいに過ぎない。でもそんな日々は二度と戻らない。自民党の支持率がまったく上がらないことがそれを示している。

自民党の石破茂は、この期に及んで原発推進だが、なんのことはない、娘が東京電力の社員である。やらせメールを暗に指示した佐賀県知事の親も九電の社員である。自民党は過去、莫大な額の献金を電力会社幹部から受けてきた。

民主党のバラマキの方がよほどマシだと私は思うし、そもそも民主党の政策にはバラマキと呼べるようなものは一つもない。

では本当のバラマキとはなにか。本当に許し難い自民党のバラマキとは、それは、今日報じられた、福島第一原子力発電所で計測された毎時10シーベルト(人間が浴びれば即死レベル)の放射能のことだろう。

言葉に残そう

やっぱり、言葉に残すっていうのは大切なことだと改めて思った。福島の震災に際してのある詩人の活動をクローズアップ現代でみる。

みんな言葉を失うほどの災害を前に、なすすべもない。しかしこれだと、何か大切なことが次に伝わらないで、その場限りの悲惨な体験で終わってしまう。

でも人類の文明は、体験から、貴重な教訓を得て、言葉にしてそれを残し、次世代に伝えることで進展した。

今言葉になっているもののなかで一番大切なもの、それはたとえば、憲法。法律。あと、親が子どもにかけてあげるべき、自尊心を育てるやさしくて配慮に満ちた言葉。

誰かが言葉に残さないといけないという強い使命感から今に伝わっている。震災を通じて得られた体験のなかにもまた、次世代に残さないといけない重要な言葉がたくさんあるに違いない。

東京に住む私は今回の震災とそれに続く原発事故は、メディアを通じてしか知ることができない。実体験ではないので、言葉を失うほどのことは正直なかった。そう、言葉は出てくる。いくらでも。

今回の地震と原発事故からインスパイアされた言葉はたくさんある。このブログにたくさん書いていこう。これこそ現代のメディアだろう。

2011年8月1日月曜日

テレビは終わった

芸人のふかわりょうが韓流報道について自身のラジオ番組『ROCKETMAN SHOW!!(ロケットマン・ショー)』にて苦言していたのでそちらを紹介したい。番組内で「ある局」と念を押した上で次のように発言した。

 「公共の電波を用いて私腹を肥やすようなことは違反だと思うんですね。例えば自分の曲を毎回フルコーラスでかけてますが、それとどう違うのかと。それは単純に量の問題だと思うんですよ。日本はそういったブレーキを掛ける機関が働いていないんです。やっぱりテレビは時代を映す物ではないなと思った。完全に終わったなと思いました」と現在のテレビのありかたに述べた。この意見は瞬く間にネット上に広まり、これに賛同する者がでてきた。

ふかわさんの意見にまったく同感だ。公共の電波を特権的・排他的・独占的に使用していながら、自分のところの儲けに直結するDVDや写真集を売るための宣伝を流す。テレビはもっぱら、子供がバカになる、大人もまったく政治的・民主的な成熟の契機を得られない途方もなく不毛な、ただ消費、無駄遣いを喚起するだけの広告媒体に成り下がって久しい。

最悪なのはそれだけじゃない。私事だが、1996年、わざわざ早大第一文学部という、メディア受けのいい大学・学部を卒業見込みのこの私を、ことごとく最初の就職面接で落としたテレビ各局。こればっかりは許せない。その就職活動の合間にちらりと見えた巨大な、圧倒的なテレビ業界の華やかで豪華な実態。社員たちは身なりもすばらしく、立派で、たいていは政治家や巨大企業の関係者の子弟であり、またはとてつもなく美男美女かつ学歴も高い、そういう人たちだけである。

テレビ局にはそういうひとしか、内定しない。そういう、何世代にもわたり、人生でまったく弱者の側に立ったことなど一切ない人たちだけで構成される、特権的組織、現代の階級社会の頂点のグループ。それがテレビ局である。

イヤこれは言い過ぎかもしれない。就職までに、一生懸命何かに打ち込んだ人、まっすぐな志を持っていて、行動して、それをうまく人に伝えることが出来る人とかも内定する。ただしMARCH以上だが。

すぐれた人、特権階級な人たちが、最高の設備や出演者、才能を集めてたくさんの人に情報を伝えられるのが現代の巨大メディア、テレビなのだ。そういう人たちが、徹夜をしたり、とても真剣に議論したりして、一生懸命に番組を作っていく。それでできあがってくる番組がことごとくくだらなく、見る価値がないのである。特に子どもにテレビを見せたいとはまったく思わない。よく、リビングルーム(「お茶の間」)でテレビを付けっぱなしにしている家があるが、まったく信じられない。テレビによる被爆から子どもを守ろう。

莫大なお金と技術を投入して、できあがるものが放射性廃棄物と(事故が起きれば)とんでもない放射能をまき散らすだけの原発とどこか似ている。

キャンプで子供会にドン引き

ファミリーロッジ五日市という、自然に抱かれたすばらしいロッジに泊まった。バーベキュー併設の宿泊施設というと非常に簡素でトイレも和式的なイメージだったが、とんでもなかった。地元産だろうか、立派な無垢の木で建てられた建物には、ちょっとしたキッチンと、洋式のトイレが設置されていた。押し入れないにはきれいにクリーニングされ、糊のきいた寝具。電気で蒸散する虫除けのスイッチも入っていた。快適である。

夕方は、大音量の虫の声に包まれながらバーベキューを楽しんだ。家族だけ、あとは大自然があるのみだ。

ところで、少し離れた同じ施設の建物には、別の団体が泊まっていた。管理人に聞くと、子供会の一群だそうだ。大勢の子供が、私たちのロッジとはグレードが異なる、今どき珍しいくらい古くてテンションの下がる掘っ立て小屋(トイレ、風呂は共同)に保護者(先生)と一緒に泊まっているようだった。

私は集団行動が大嫌いなので、大勢で炊事をしている子供会の一群を見ただけで具合が悪くなってきた(過去のいろいろなトラウマがよみがえってきた)。

祈るほかない

膨大な額の補助金や各種助成金で政治が、トヨタ自動車をも上回る巨額の広告宣伝費によってメディアが、電力会社に支配され続けてきたのが今回明らかになった日本のゆがんだ歴史である。

反原発をとなえれば表舞台から抹消され、妙な過激派みたいなレッテルを貼られて仕事も名誉も失ってきた。もちろん、メディアに洗脳された国民は当面の消費消尽行動に夢中で、反原発の声など耳を貸そうともしなかった。

いま、福島からまき散らされた、広島に第二次世界大戦中に投下された原爆に較べて20倍もの放射能が日本の食を汚染している。妻は妊娠しているし、子供はまだ小さい。東北地方産の野菜がスーパーに並んでいて、とても買う気が起こらない。

本当に、どうか健康に影響がありませんようにと、祈るほかなくなってしまった。いや、まだある。次の選挙で、あらゆる選挙で、誰に投票するかを徹底的に考えたい。私はもちろん、この状況をまねいた自民党、民主党内のとんでもない原発マフィアの一派には絶対に投票しない。

投票もまた祈りに似た行為といえる。状況をよい方向に変えたいと思ってする行動だからだ。