共感しかねる人々

早稲田大学には自治会というナゾの集団がいた。墨ベタで「粉砕せよ」とか「今こそ、同志よ立ち上がれ」とか、「学長の欺瞞を暴く」などまったく関心を持てないことを、非常にアピールしないインターフェイスあるいはデザインで訴求している。

授業前に、なぜか教室に入ってきて、チラシを配りに来る。沖縄がどうのとか、政治的な、もうどうにも面白くないことばかりがあたかもきわめて重大といわんばかりののりで書いてある。授業のあと、そのチラシは、各長机の端や、教室の出口付近の床、くずかごに大量に捨てられる。

そして、自治会の人々のもっとも共感が持てない部分は、彼らのスタイル(着ている服装や髪型、ルックス)である。今でいう、完璧なまでに「非モテ」である。当時絶対NGとされていたアイテム、ストーンウォッシュジーンズを履き、夏はTシャツを、冬はボタンダウンのシャツの裾をすべてズボンへ入れてしまう、あの着こなし。もちろん、ウエストポーチあるいはリュックサックを背負っている。

そして、すいませんけど、怖い。演説されても皆、下を向いて時間が過ぎるのを待つほかはない。

私は別段ファッションに敏感な学生ではなかったが、アルバイトでファッション雑誌のモニターやライターの仕事をしていたので、とにかく自治会の人々の判で押したような共感しがたいスタイルに辟易していた。あこがれの早稲田に受かって、そういう、年齢もだいぶ上に見える、妙ちくりんな人々が大勢いるのだから。

それで、今日、さようなら原発とかいって、ノーベル文学賞も受賞した作家らが呼びかけ人となる大々的な集会が行われた。案の定、ustに写っているデモ参加者のスタイルは、早稲田にいた自治会の人々のそれを思い出させる人も、いた(そうではない人も、もちろんたくさんいた)。

…。

ですから、私はこの投稿で言いたいのは、単にそのスタイルに共感できないということにつきます。私は、Tシャツの裾はズボンに入れたり、(登山でもないのに)リュックサックを背負ったりしません(彼らには意味があるんだろうが)。

このブログで書いているとおり、原発はやめてほしい、脱原発。東京電力は発送電を分離して、政府ももっと厳しい法律できっちり脱原発に舵を切ってもらいたい。さようなら原発、その通り。次世代に核のゴミを、何万年も先送りなんてソリューションは絶対にやっちゃいけない、まさに悪夢。でも、なんというか、素直にそれを、集まって大声で「アピール」しようというインセンティブがどうにも出てこないでいる。

とにかく、共感できない人々、もの、ことが世の中には多いと思う。地域で暮らしていて一番痛い光景は、太ったお母さんが子ども(やはり太り気味)をつれて、ドラッグストアでインスタント食品やスナック菓子、炭水化物や清涼飲料水のまとめ買いをしている光景である。

旦那は外で働いていて、きっと帰りも遅いのかもしれん。そして、専業主婦(パートやってるかもしれんが)のお母さんたちは、どか食いしてストレス発散。いつしか旦那の体重を上回る巨体になる。

「スーパーサイズミー」「ありあまるごちそう」「フードインク」などといった、近年話題になった食料をテーマとするドキュメンタリーを見ながら、自転車漕ぎ運動にいそしむ私。

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