学級崩壊における担任のありがちな反応

放送大学を聞いていて、あるいはまた子供の通う小学校のケースを見聞きするにつけ、担任の力量不足や運、不運により学級崩壊が起こることがままある。

学級崩壊をきたすきっかけはさまざまだろうが、自分の担当するクラスが崩壊状態に陥っても、何の具体的施策も実行されることなく、一年を大過なくやり過ごそうとするのが唯一の担任のインセンティブである。

学級崩壊クラスに「当たって」しまったら子供は、子供が本来有する学習を受ける権利が損なわれ、公教育サービスを享受できない事態となる。この状態は公平性の観点はもとより、人権保護の観点からも放置は許されないはずだ。

ところがそういう風に声高に教育委員会や校長に申し立てを行い、事態の改善をはかろうとする教員、親はほとんどいない。今は、特別支援支援員制度も文部科学省によって設計され、各自治体は予算に応じて学校へ配備することが推奨されている。学級崩壊が起こったら、取れる対策はさまざまにある。

もし、学級崩壊が起こってもそのまま放置されて一年が終わるのだとしたら、その自治体の未来は暗いといわざるを得ない。

ちなみに今日は子供の通う運動会があった。運動会のようなイベントでは学級崩壊の実態は一切出てこないだろう。本当は深刻な人権侵害事象が進行しているのに、十派一からげに盛り上がり、一致団結して子供、親は楽しく終わる。

運動会には運動会の役割があるからどうでもいいのだが、この一見平和でまとまって見える学校組織も、よく部分を観察すれば傷んでいるところはあるということを忘れないでいよう。

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