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スリープトラッカー六日目

蝉も七日で寿命を迎えるが、この二万円弱のITツールの効力は六日目にしてスッカリ色あせた。

機器が作動して、そのときは確かに一瞬起床する。眠りが浅いタイミングで作動するから、微弱な振動と電子音でも間違いなく起きる。

問題は二度寝の誘惑との戦いだ。意志が弱いとあっさり二度寝してしまう。

しかし問題として認識された以上、解決までは歴史が導いてくれる。歴史、人類のライフハックの歴史が。

二度寝対策では、複数の目覚まし時計を、起床予定時刻の近辺でセットしておくというもの。今後は、目覚まし時計の作動感覚やタイミングをどうチューンナップさせて、より短時間で起きるかをPDCAサイクルで取り組んで生きたい

ETV特集「果てしなき除染」を見て

東京大学の児玉龍彦教授。除染のために、週一度、朝6時に起きて片道5時間かけて南相馬市に除染に出かけているという。ボランティアで。マジでえらいと思った。

専門家としての責務だという理由で。

おなじみ児玉教授の迫真の訴えに、つい涙が出そうになった。彼の行く先で待ち構えるのは途方もない量の汚染された集落、森、川。まさに果てしなき戦いである。

この番組を見て印象に残ったのは、SPEEDIを公表しなかった経済産業省の原子力安全委員会の「いい訳」。

曰く、「入力されていないデータがあったため」。児玉教授は驚く。そもそもSPEEDIはスーパーコンピュータの「予測システム」。

ないデータを予測するのが目的なんだから、データがそろってないのは当たり前。なんのためのスーパーコンピュータなのか。そんなだから仕分けられるのでは? 国民の安全を守るためという大義名分はすっぽ抜け、ツールの使い方も目的も役人も政治家も理解できていない。

だから、SPEEDIが示した放射能がより高いところへ、低いところからわざわざ人々を避難させて、よけいな被爆を加速させた。「原子力安全委員会の人たちにはそもそも能力がない、そういう人たちが除染をするってったって、私は絶対に信用できない」

寒気がした。こんな役人が、これから、広島原爆168個分もの放射能の始末をすることになる。

もう一つ印象に残ったのは、除染したあとに出る膨大な量の放射性廃棄物の問題。どうすんだマジで。あとで言うけど小金井市生ゴミ問題と同じじゃん。除染ゴミは国が責任を持って対処するということになっているそうだが、大量のゴミをどこに最終的に捨てるか、いまだ場所も時期も決まっていない。

これ、決まるわけないと思う。

小金井市のゴミ問題と同じで。

小金井市では、「市長の失言が原因で」(このカギ括弧は私はそうは本当の原因はこれだとは思っていないという意味である)生ゴミがまもなく、収集されないまま町にあふれる事態を迎える。

東京都廃棄物条例に書いてある文言(ゴミ処理のために都知事は関係自治体の調整を図らないといけない)を、私が東京都の関係部課に訊いて返ってきた答えはこうだった。

自治体が嫌だというものを、都も国も無理に押しつける権限はない──。

地方分権の時代にある意味それはそうだろうと思ったものである。小金井市のゴミは小金井市でやる他はないんじゃないかとい…

地方自治体の政治家の低民度について

選挙に無関心、地方選挙など行ったためしがなかったが、その間にどういうふうに地域社会が劣化し、地方政治が目も当てられないくらい低レベルになっていたのかを最近知る事例が多く、深く反省し、またこの日本の民度の低さに吐き気が出る。

ある革新系議員が、昔、土屋という元武蔵野市長で、自民党の衆議院議員になっているごりごりの保守政治家に質問した。当時土屋はゴミ処分組合の理事かなんかしていた。

革新系国分寺市議会議員「燃やした灰を埋め立てているところから、地中にダイオキシン等がもれ出ていないのか?」

土屋「国分寺のごみはひきうけなくてもいいっていうのか、ゴルア」(やくざ口調であることを強調するため、ゴルアは私の潤色)

革新系議員「・・・」

小金井市が今見舞われている事態もおおよそこうした感じだ。ちょっとでも環境に配慮して、ゴミを燃やさない、ゴミを燃やすのに公金を使うのなんて無駄遣いだなんて言おうものなら、ゴミを燃やしている他市や組合から総スカンを食らう。

ゴミを燃やしている連中は、ごみを燃やして地球環境破壊を繰り返しながら恥じるどころか逆に、「引き受けてやっているんだから(おまえら焼却施設を持たない小金井市なんて、奴隷のように隷属しろ)」といわんばかり。

佐藤市長が無駄遣いという失言のために、周りの自治体が、小金井市のごみを引き受けないと譲らない異常事態は、いよいよ正念場だ。来月半ばには収集停止もあり得るそうだ(眉唾の大政翼賛新聞の読売だけがいっていることだから、何らかの意図を感じるわけだけれども)。連中、つまり小金井市のゴミを「不本意だが人道的理由で」引き受けてきた自治体と広域連合等の組合は、小金井が今すぐ、市内に燃やすごみ施設を作ってすぐに燃やし始めれば、許すということだろう。しかしその「お許し」が帰結する事態は、地球は許してくれるのか?

こんな事件もあった。タウンミーティングで、小金井市民のひとりが、小金井市のゴミを引き受けている自治体はその分、事業収入になったんだからいいじゃないかと。それに対し、引受側は、市民のゴミ減量努力を土足で踏みにじるような発言だとバチ切れ。

まあ私は何も言えません。とにかく市長頑張っていただきたい。

スリープトラッカー五日目

起きたは起きたが、すっきりと起きたことを確認したのち、平和裏に二度寝。合掌。だいたい、今週、スリープトラッカーを導入して以来、睡眠時間が1時間程度短縮。日中だるくて眠い。

結局私の体が必要としている睡眠時間は決まっているから、寝る時間も早くしないとだめだ。

スリープトラッカーは睡眠時間短縮のためのツールではないということは、取扱説明書にも強調されている。

寝る時間を早くするということは、この二万円近くするツールを買うという消費行為とは次元が違う、自己修練を伴う生活改善のプロセス。大変だ。しかし、やるからにはやろうと思う。

金がなくても手に入る優越感

昨日金曜日、真夜中の午前零時。日付も変わり、一日の疲れで手に血管も浮き気味、人生のすべてに倦んだ私の目に飛び込んできたのは、高架の上で止まっている一両の中央線下り快速電車の姿だった。

最近の電車は静かだから、停車時は無音だ。高架の上で、暗闇の中一筋の光となって静かに浮いている。相当違和感のある光景だった。遠目から見る車内の様子は、金曜日の夜なのでそれなりに混んでいる。東京西部に買った、住宅ローンの残る家やマンションへと帰る勤め人たちが多かろう。

しーんとしてみんな下を向いて、スマホをいじったりしている。みんな、この午前零時の真夜中に、静かに浮いてとまっている不条理な光景の当事者なのに、ほとんど動かない。おそらく車掌は信号待ちだからなどと停車の理由をアナウンスしているのだろう。

程なくして、車両の前方、赤信号が黄色に変わった。すると、シューっというブレーキの音が闇夜に響き渡る。ブーンという電気音とともに、ゆっくりと車両が走り出した。

ただ見ていただけだが、黄色の信号に変わった瞬間を、車両に乗っている誰よりも早く、運転士と同時に私だけが見たんだと思うと、その情報強者ぶりにすっかり調子がよくなった。

こんなことでとてつもなくテンションをあげるくらいしか。いやこれは、貧乏人が身につけた今を生きるスキルのひとつかもしれないし、単なるルサンチマン的欲求の満足かもしれない。

というわけで、國分功一郎さんの暇と退屈の倫理学をアマゾンで買った。アーよかった。ちなみに彼は小平に住んでいるので近い。しかも保育園に駐車場を作れとか学校の校長にあれこれ働きかけて地域社会をよくする活動もしているという(文化系トークラジオlife10月25日放送、より)。

立派な哲学者だからね。新刊で買ったよ。

スリープトラッカー三日目

不思議なことに、実際にスリープトラッカーが作動する数分前に、リアルにそれで起きる夢を見る。今日は時間こそ忘れたけれども、間違いなく一度鳴ったからとめてまた二度寝する夢を覚えている。

本当に鳴ったときはすっきり目覚めることができた。目覚めた後布団から出るというもう一段のハードルがあるが、出やすいという点では歴然と違う。

スリープトラッカー二日目

とりあえず三日は続けたいと思っての二日目である。

今日も、左手首にはめたスリープトラッカーが振動しながら電子音を鳴らしたのにバッチリ気が付いて起きた。そうしたところ、7:18にセットしたのに6:49だったのでまだ早いじゃんと思い、二度寝した。

じつは7:20分に複数の目覚まし時計をセットしてあったので、その二度寝はそれらが作動した時点で終了し、予定どおり起床できた。

そもそも、超寝起きの悪い私が、こんなちっぽけな機械の振動と電子音で起きること自体がスリープトラッカーの威力を証明している。そして、この機械が鳴る時というのは、本当にすっきりと目覚めることができる。

ただ、前日の就寝時間が2時近くだったので、睡眠時間が少なくなってしまい、今日一日だるかった。昼寝したりして。朝起きても終日だるくてボーッとしているんじゃねえ。やっぱり早く寝ないと。

哲学者たるもの

この國分功一郎さんがかいたブログの記事を読んで、私は反省し、また、「そうか」と思った

哲学者たるもの、最高の知性の状態に肉薄するためには、まずは日常のルーティーンをきっちりとこなし、平凡な暮らしが維持されることに全力を尽くさなければならない。

まったくその通りである。

私は日頃、家事やら育児に時間を奪われてつい、荒れた心情になるわけだが(それを、こんなまったくどうしようもない労働を家庭に女性を押し込めて押しつけてきた女性差別大国日本の酷さをこのブログで大批判する方法で)、それは間違いだった。間違いではないかもしれない。それはそれで続けたほうがいいに違いない。

ただ、私が個人として家事をやるのは、やらなかったら妻さんが怒って、ブログ更新どころではなくなるからである。膨大な量の家事と仕事をこなして、健康を維持するのに必要な睡眠時間を確保し、そしてまた規則正しく起きるためにはもうたいへん緻密に、計画的に、合理的に時間を使って、努力して生きなければならない。ただ、生きるだけなのに、もうたいへんな努力を注がないといけない。

考えるという営みは、収入も何も生み出さず家計の足しにもならない。しかし考えなければならない。人として。その考える時間と、心身の能力を作り出すのは、とりもなおさず、平凡な暮らしではなかったのか。國分さんがブログで紹介していた内田樹氏の指摘はまったくもって真実だった。

スリープトラッカー一日目

睡眠リズムを計測して、ほぼ目が覚めている時間に起こしてくれる優れものの腕時計スリープトラッカー。アマゾンで18000円低度したものを手に入れ、早速試したところ、見事に起きられた。

アマゾンのレビューで一部に効果ないなどと書かれているが、私には十分あった。スリープトラッカーが作動して起こされたあとの眠さが、普段よりもはるかに少ない。

もっともこれは、高い買い物をしたことに公開したくないというバイアスも働いているかもしれないので、もう何日か試さないといけないだろう。また、昨日は割りと早く寝たのもある。

このツールの使用状況と、私が早く起きることのさまざまな影響をこのブログで報告していきたい。

ちなみに私の平均のぐっすり睡眠時間は15分と、平均の半分くらいで、あまり深く眠っていないみたいだ。そういうことが分かったのだが、これには思い当たる節がある。

寝ているあいだ、何度も何度もスリープトラッカーに起こされる夢を見たのである。ITツールに異様に興奮する性だけに、これはやむを得まい。

世界で起こるネット革命の一端を担う

昨年暮れ以来、エジプト、チュニジア、リビア、ロンドン、NY、そして日本。世界各地でデモや集会が行われ、国によっては体制を揺るがす事態になっている。

これらの革命の大きな推進力となっているのがインターネットとウェブアプリケーションの進展だろう。ウェブアプリケーションは大雑把に言うとクライアントコンピュータにインストールしなくてもブラウザ一個あれば使える、ネット上のサーバーに入っているアプリケーションのこと。たとえばfacebookやtwitterだ。

若い人たちだから主義主張、イデオロギーにまとまりはない。だから、旧世代は何でそうなってるのか理解できない。ところが集まって行動するのに大変便利なインターネットツールを手にした彼らは、旧世代が理解できないほどのスピードと規模で、動機不詳のまま行動する。

私は先日、facebook(友達が一人もいなかった、つまりアカウントだけ作って放置していた)からメールが来て驚いた。大学時代の知り合いから友達にならないかという旨のメッセージである。facebookで友達になるには、アカウントにログインして(幸いパスワードは覚えていた)友達になることを承知する手続き(ボタンをクリックするだけ)をしなければならない。

ところが、あろうことか私はfacebookの不慣れなインターフェースに戸惑い、間違えて、せっかくの彼からのオファー(友達になるという)のを拒絶するボタンを押してしまい、あわててお詫びのメッセージを送ったのである。そういう一連の操作の中で、私の気持ちは確かにこのネットのウェブアプリケーションによって盛り上がっていた。だってメッセージは相手がログインしていれば、すぐにリアルタイムに画面に表示されるから。モニタの一隅にウィンドウが出てポコッとか、音がして、彼のメッセージが出る。

数分のあいだ彼とのやり取りを楽しんだ、家事育児や仕事を忘れて。近代や新自由主義の呪縛から解き放たれるのを感じた。

これだ、と思った。ネット革命を後押しした、若者の気持ちを高ぶらせ続けたパワーの正体は。20世紀、人類の歴史を翻弄した「イデオロギー」は、今、PC画面にかわいらしい音とともに表示される幅数ピクセルの小窓から伝わる、知り合いからの何気ないつぶやきに、変わった。

彼と私は、旧来概念における「友達」といえるほど長い時間を青春期にともに過ごしたわけではもち…

専業主婦だっていいじゃん

上杉氏のコラムを読むと巨大メディアの相貌のうち暗く深い溝のようなものを垣間見ることができる。メディアを批判的に読み解くことのできる国民し過去の私のブログなんて読まないだろうからあれだけれども、ちなみに私の言説スタンスが摘菜収氏と似ているかもしれないということに今日気がついた。やたらニーチェとか哲学とか言ってるし。早稲田出てるし。

でも本当はちょっと違うんで。私はもっと、フェミニストというか。家事育児について真剣に考えたい。

ところで先日、学生時代の友達と話して驚いた。東京女子大学を出た優秀な彼女は、まさに専業主婦にこそなりたいといっていたのだ(まあ実際、そうなってるんだけど)。

彼女は二歳半になる息子の世話を午前中、一生懸命することについて、何の疑問も持たない。それどころか、かわいくて仕方がない、あずけるなんてかんがえられないという。溺愛だ。

ここでまた衣食足りて礼節を知るという言葉が出てくる。衣食は、最低限の生活の必要。礼節は、それが満たされて始めて出てくる高次の文化的活動だ。

彼女の場合、この高次の文化活動欲求が出てこない。非常に知的で聡明であるにもかかわらずである。

私は、彼女の「一番の幸せは、純粋に専業主婦だけをやれること」だという言葉に、返す言葉を失った。というか、家族社会学の山田昌弘先生は、むしろこういうタイプの女性が過半数だと本に書いていたのを思い出した。

となると、私含め、女性から専業主婦の地位を奪い、社会参加に駆り立てようとする力はいったいどこから来ているのだろうか? わかった。なぜ、専業主夫が子供を預けて働かなければならないかというと、夫の収入が低いから。なぜ低いかというと、経済のグローバル化の中で、貿易相手国との給与所得の差が均衡してくるから。

なるほどー。女性から専業主婦の地位を奪ったのは、経済のグローバル化の進展だったんだー。

冷静に考えれば、私だってもし、嫁さんだけの収入で子供だけ育ててればいいのであるとすれば、それはそれで結構なことだよ(もっとも私の場合は根がオタクなので空いた時間を家事育児以外の「高次な文化活動」に使うかもしれんが)。

いろんな人が、結婚式のプロフィールで、夫への一言という欄に「お料理がんばります!」と書く。それこそが幸せな家庭なのである。ジェンダー額の研究者が言うように、お料理をなぜ、女性だけが担わなければならない…

知っていますか?私が橘玲信者だということを

90年代に一部で流行った「ごみ投資家」シリーズからはまり、私は橘玲教の信者のようになってしまった。著作はすべて読んだ。『お金持ちになれる黄金の羽の拾い方』とか。

この日本で「どうしたら革命を起こせますか?」
http://www.tachibana-akira.com/2010/10/798

この若者への答えなど読むと感動してしまう。

既得権を守るために死に物狂いになっているひとたちを相手に、一度しかない人生を無駄にするのは馬鹿馬鹿しい。日本の社会を変えたいのなら、君自身が閉塞した伽藍から飛び出し、ひとびとを自由なバザールに誘い出すような、目の覚めるような「成功」をしてみせることだ。
前向きな悲観主義というか。私の人生の基本を作ってくれたといっても過言ではない氏の存在に感謝しないといけない。


若者たちのあたらしい政治運動

昔は政治運動といえば大学構内に極太の墨ベタ文字で「○○粉砕」「絶対反対」などと書かれた「立て看板」(通称立て看)を掲げ、マスクやヘルメットで変装した大学自治体のひたすら怖い人たちというイメージだった。ところがニューヨークウォール街で、雑誌の呼びかけではじまった格差是正を求める若者のデモはまったく違う。

ツイッターやフェースブックで連絡を取り合って集まり、デモをおこなう彼らの様子は、そこらへんにいる若者とまったく変わらない。(大学自治体や民青の人びとと違い)集まっている様子を見て一般人がドン引きするようなことは、少なくともない。

中東で、ネット革命が起こり大きく体制が変わったように、この資本主義先進各国においても、既存のイデオロギー、社会体制が音を立ててきしみ始めている気がしてきた。

破れかぶれで激安で販売する右派メディアの産経新聞でさえこうした論調だ。

反格差デモ 地球を一周 親より貧しい世代の反乱産経新聞 10月16日(日)20時26分配信 【ロンドン=木村正人】米国からアジア、欧州と世界を一周した反格差社会デモはインターネットの威力とともに「親より貧しい世代」の不満がくすぶっていることを浮き彫りにした。大きな家や高級車は届かぬ夢となり、授業料の値上げや就職難という現実が目の前に立ちはだかる。未来に希望を抱けなくなった若者世代が景気低迷や債務危機をきっかけに構造的矛盾に気づかされ、世界中の街頭で反乱を起こした格好だ。

国際コンサルタント会社プライスウォーターハウスクーパース(PwC)が最近、英国の「1963年生まれ」と「93年生まれ」の世代の所得を比較したところ、65歳の時点で93年生まれは25%、金額にして40万ポンド(約4900万円)も63年生まれより貧しくなるという結果が出た。

第二次大戦が終了した46年から60年代半ばまでの出産ブーム時代に誕生した「ベビー・ブーマー世代」は無料の教育費、緩やかに上昇する不動産市場などの恩恵を享受できた。これに対し、その後の「バスター世代」は目先の大学授業料値上げだけでなく、不動産バブル崩壊、将来の年金削減に直面するとPwCは分析する。

今年4月の米世論調査会社ギャラップの調査でも、55%の米国民が「所得・住宅・教育面で子や孫の世代は自分たちの世代より貧しくなる」と答えていた。

7~8月に英BBCラジオ番組で「親より貧し…

東京キャンプハック

都内近郊(東京の西の方)お住まいの方に休日のキャンプの楽しみ方のハックを。

ロッジ神戸岩、伊奈キャンプ場、ファミリーロッジ五日市、十里木ランドなど秋川上流のキャンプ場はシーズンインの場合、当日空いていることは滅多にない。まずはこれらのキャンプ場の予約を入れることが前提だ。

善は急げというやつだ。

西東京あたりから立川、青梅方面への五日市街道及び青梅街道下りは、週末の昼間は激込みである。したがって、時速20キロ程度で見積もる必要がある。カーナビでは50キロと出ても、だいたい2時間ちょっとはみておこう。

この行楽渋滞で運転手(たいてい父親)はかなり食らうが、あらかじめ車内でのリクリエーションやらを用意しておけばやり過ごせるだろう。そもそもキャンプなので、電車という選択肢はない。地球温暖化を満喫するほかはない。

そして着いたら即、火おこし開始だ。炭への着火は着火剤(液状の、透明のやつがいい)と着火用の筒(ホームセンターで3千円以下)を使うと手間いらずである。また、ご飯は薪でバンバンに熱し一気に沸騰にもっていく必要がある。炭とは別に薪を新聞紙等で着火しておく。

とにかく、食べ始めるまでは右へ左への作業の連続なので、渋滞→到着→道具の設置→火おこし→調理とめまぐるしくそれがまあ、非日常ということで楽しむべきポイントとなる。

ビニール袋、炊事用手袋、ゴミ袋は余分に多めに用意しておく。その他ハックはまた気が向いたら更新する。

ここまでは、必ず予約、渋滞覚悟、着いたら火おこしの3つのハックまで紹介した。

上場企業社長もすなる早起きというものを

上場企業社長もすなる早起きというものを、主夫の私もしてみむとてするなり。
ビジネス雑誌で上場企業の社長が軒並み朝5時起き7時出社なのを知る。なんでも朝のほうが仕事の効率が8倍になるという。
そこで私も普段9時近くに起きるが今日は6時50分に起きてみてわかったのは、それがぜんぜん早くないことはおいておいて、朝はお母さんがめちゃくちゃ忙しいということ。お弁当を詰めたり朝食を準備したりと座る暇はもちろんない。
私も弁当を詰めるのを手伝わせてもらったがこういうスタンスはフェミニストらから批判されることは間違いない。
ただ私は大企業社長を、日ごろ批判するに当たり、彼らと同じように朝早く起きることも大事だと思ってやってみたに過ぎない。その結果わかったのは、彼らが家事育児からフリーであるならば、新聞を読んだりメールをチェックしたりして確かに仕事ははかどるだろうなということだ。そして彼らの家事育児労働は配偶者たる妻や家庭内従業者にやらせるんだろう。
腹が立つことこの上なし。早起きして仕事している場合じゃなく、家事育児をすればどうなのか? それは絶対にしないだろう。なぜなら、彼らは国際社会が地球的課題として認識し問題解決に取り組んでいる、女性差別や地球環境保護よりも、経済成長が至上命題だから。彼らの仕事はそれであり、それが彼らの人生だ。経済成長すなわち自社企業の業績が前年四半期と比べてどうなのかがきわめて重要だ。
もし、四半期前期割れしていれば、夜も眠れないかもしれない。そうしたら得意の朝早起きができなくなるだろう。そうしたら仕事の効率が下がって、次の四半期ももっと業績が悪化。どんどん悪いスパイラルが始まる。死にたくなるかもしれない。自殺の誘引になる。
つまり上場企業大社長が朝早く起きて、弁当詰めをすれば、自殺につながりかねない。バタフライ効果だ。いとをかし。

民主主義のストレステスト

男尊女卑のこの国で、お母さん革命が起きている。女性たちが原発の再稼働を止めようと運動を始めた。

世田谷で、いいだてむらと同じくらいの2.7マイクロシーベルト(一年間で20ミリシーベルトを超える、そうすると子どもの場合1万人に200人以上が癌で死亡する)が検出された(あとで原発事故と関係ないと分かる)。

そして、福島県の、国際的には目をむくような高線量(470ベクレル)で汚染された「汚染米」が、農民や高齢者の支持を受けて当選した知事によって首都圏の消費者に向け「トップセールス」されることになった。
1ベクレルでも、空間に放射線がピョーンと出てきて、それが人体のDNAを傷つける。修復されるかもしれないし、されないかもしれない。されなければ将来ガンになる。福島の知事は、安全性をアピールして売り込みたいといっている。470ベクレルのどこが安全か。まったく安全じゃない。首都圏の消費者をバカにした話だ。
私は即座に小金井市の教育委員会に電話をして、例のごとく質問した。失敗した民主主義の産業廃棄物である、放射能汚染された福島県産米を子どもの給食に出すのかどうかを。

訊いたら学務課の加藤さんから教えてもらったところによると仕入業者の出してきた米のリストに当該県産は含まれていないとのことであった。
この国はかように狂っているわけだが、結局民主主義をこれまで、議会制民主主義ということで、投票したらあとはお任せ(若者は投票にすら行かない)、頭のいい東大卒エリートに、行政もお任せでやってきたことのしっぺ返しが来ていると思って間違いない。議会制民主主義では、国民は投票するまでは自由の身、そのあとは奴隷、無になるということを、哲学者のルソーもいっていた(と、東京新聞の社説で読んだ)。
まったくだ。
もはやこれは民主主義のストレステストのような局面である。ノーベル賞受賞者の大江健三郎氏が、6万人脱原発でものスピーチで、私たちは集会やデモによってのみ、主張しうるといっていた。投票ではないところがミソで。メディアも私たちの主張を無視するし、政治家は行政やアメリカの意向ばかり気にして有権者の話は無視。デモやブログ、ツイッターで、日本でも「福島の春」みたいな、正しい民主主義の運動が起こってくる、そういう気運が高まっている。
戦後の混乱期に近い数の生活保護受給世帯の伸び。激増する高齢年金受給者。枯渇する…

国が年間被爆基準を1-20mmSv.に引き上げ

もし、1ミリシーベルトのままだともう、その人たちを移動させたり補償したりっていう金がないし、そもそもかなりの人が1ミリシーベルト越えをし始めている現状。これ追認する以外にやりようが無いっていう国の無策。

ちなみに、20ミリシーベルトでも、何万人かに数十人とかのレベルで確実に致死性の癌を発症するわけで。

横浜のマンションの屋上からもストロンチウム検出。

でも希望は捨てない、なぜなら、地熱発電や風力発電の技術では、日本のメーカー(三菱重工やら東芝、富士電機とか)の世界シェアはトップクラスだから。政治ががんばって、値上げされる電気料金に国民は耐え、そして送発電分離、地域独占の電力会社もバラバラにすればいい。

図書館の本とモラル

昔教育テレビの道徳番組で、図書館の本が汚されたり、書き込みがされていたり、黙って持ち去られたりする被害が増えているというのを見た。

この番組は小学生に向けて作られているらしく、わかりやすいし、とても勉強になった。そこで私なりに感想を書きたいので書く。

私は、図書館の本を毀損するような人というのは、単にモラル云々という視点でどうこうなる問題じゃないと思う。こういう人たちは、脳のある部位の健全性を、多かれ少なかれ、欠いている人たちだと思う。つまり、心療内科を受診して治療を受ける必要のあるような類の人たちだということ。心療内科とまで行かなくても、グループカウンセリングやセラピーに行くのもおススメしたい。

えーと、公共物をだめにするようなモラルの持ち主がもし病気だとすれば、世が世なら、たとえば、ナチスドイツだったら間違いなくガス室送りになる。今はもちろん、まずは弱者保護なので、本にひどいことをする人が増えているとなったら、一体どういう脳内の物質の過不足がそういう挙動を引き起こすのか、研究の成果を待つべきでしょう。

そして、公金から給料をもらって(つまり図書館司書のことですが)本を修理する人たちにそっとエールを、送りましょう。

なーんてことを、私は中学とか高校時代に作文で平気で書くような奴だったから、もう先生から徹底的に嫌われたし、場合によっては暴力という形で社会的制裁を受けてきた。それでも書くのは、たぶん私の脳のある部位の健全性が失われているから? ははは。

小金井市のゴミ VS. 福島の放射性がれき

小金井市のゴミ VS. 福島の放射性がれき、どこも引き受けたくないだろうが、広域支援とか、自治体の組合とかいろいろできると思う。

だから地方議員は頭を使って、生活権(とは言っていないけど、同じような思想信条の議員・議員グループとの、次回選挙をにらんだ足の引っ張り合い)なんて主張せずに本来の職責を全うしてもらいたいと強く願う。

もう法律の枠組みとして地方自治、分権の流れは抗しようがない、議員、首長にがんばってもらうほかはない。というか、私が!という、頭のいい、セクト争いしないでも生活できる余裕のある若い人(=そもそもいないんだけどね)、立候補すればいい。

東京都の環境局の高橋さんに「市長と議会が一丸となって」とか、イヤミを言われてますが。

燃やしたい人々

小金井市に燃やすゴミがあふれる日

東京都環境局廃棄物対策部一般廃棄物対策課施設審査係の高橋さんという人に分かりやすく電話で教えてもらって私が、分かったのは、小金井市の路上にゴミがあふれる日まですでにカウントダウンがはじまっているという笑えないオチである。

理由は3つある。

1.東京都も国も、各自治体がNoという以上、それを無理矢理「小金井市のゴミを引き受けろ」と命令したりできない。だからいくら廃棄物条例があるってったって、ほかの市がいやいやする以上何もできない。だからほかの市にお願い行脚するほか無い。

2.これまでにほかの自治体が順次、小金井市のゴミの引受を断ってきた理由は、小金井市が自分のところに燃やすゴミ施設を作るといって長年作ってこなかった不作為から(やると嘘ついて何もしなかったとうつる)

3.小金井市内にいますぐ焼却施設を作るためには、市長と議会、行政が一丸となって、当該施設周辺住民のご理解を得なければならないが、およそそうなっていない(場所も決まっていない)。市長も議会もバラバラ。小金井市の民度の高い住民は、一人として自分の家の近所に焼却施設を歓迎するはずもない。


分かりやすくいうと、小金井市というのは自分のところで出るゴミを自分のところで処理もできない、そのくせその対策も具体的に進めない、人としてみてもみっともない感じ?になってるみたい。

いるよね、やるやるって言って、やらない子ども。やらなければいけないことを、やらない。ほかに甘えて具体的な行動を起こさない。逃避する。

こうなったら、『7つの習慣』みたいな古典的自己啓発本をみんなで読んで、ゴミ処理施設を作るための「ハック」をみんなで実践するしかないよね。

そして、高橋さんが言っていたけれども、どっかに場所を決めて、周辺住民を説得して、施設を作るという、いわば自治体が大人になるための通過儀礼が絶対に必要だよ。

その際に参考になるのは、ホテルに押し寄せた暴力団を従業員一丸となって撃退した、伊丹十三監督のミンボーの女かな。反対する住民を、市長、議会、行政が一丸となって説得!!

これは、杉並ゴミ戦争を経て大人になった杉並区役所に勤める高校時代の友達も同じようなこといってた。うわー近くに候補地が無くてよかったよ、ふう。まあ、引っ越せばいいんだけどね…。

※私は非焼却にも焼却にもこだわっていない。このたび高橋さんが小金井市のゴミ政策を「理想が高す…

金持ちが逃げていく主人なき奴隷の国

憲法では、言論の自由や、職業選択の自由と並んで、居住移転の自由も保障されている。

今日、東京新聞の金原ひとみ氏のコラムで、(会社を首になったり、不利な人事評価を恐れて)自由にものが言えない、引越しもできない多くの勤め人の状況を、「主人なき奴隷状態」と定義していた。いいえて妙だ。

金原ひとみ氏は作家だし金もあるのかどうか知らんが、福島で大爆発が起きて数時間後に、子を連れて西へ逃げた。彼女の小説は読まないが社会派コラムは大好きである。

さらに、私の近所の三鷹のインターナショナルスクールでは、福島の放射能スピルのせいで外国人生徒数が激減しているそうである。なおこのスクールは年間学費が200万だから、金持ちが逃げたということだろう。

本当にこの憲法の保障する自由を享受できるのって、一部の金持ちだけなんじゃね? ほとんどは主人なき奴隷なこの国では、まもなく、復興のために金をまわしたから年金(国民年金の国庫負担部分)をどう工面するかの議論が始まろうとしている。

奴隷の老後も危うい?!

わかる!脱原発の理由

脱原発運動に参加したい人のために、今すぐ原発をやめたほうがいい理由を二つだけ、紹介したいと思う。

1.活断層だらけのこの狭い日本列島に危ない(地震で壊れることは福島で証明済み)壊れる原発を大量に作るのは自殺行為
2.原発は、電気を作ったあとの貸す(放射性廃棄物)を、何万年も安全に保管しないといけない。土地は子孫からの贈り物だとする考え方が一部にあるが、これでは子孫に対して申し開きができない。
3.電力会社、政治家(行政)、メディアが原子力村を形成し、民主主義の健全な発展にマイナスの影響

地震で壊れるわ、廃棄物は処理に何万年もかかるわで、いいことはひとつもない。三つ目はどうしてそうなるかはちょっと難しいかもしれない。

地球、やばいぞ。米国デモからの発信

米ニューヨークのウォール街の格差是正のデモを仕掛けたカナダの非営利雑誌「adbusters」発行人カレ・ラースン氏は東京新聞のインタビューに答えて「米国は変革をもたらす国だったが、過剰な消費主義で腐ったリンゴのようになった」「リーダーも組織もないのに人々が集まり、国について意見を交わしている。この現状こそ、新しいスタイルの革命の始まりだ」

カレ・ラースン氏の要求事項は明確だ。「投機的な金融取引に一律1%の課税を求める」

米国の大企業、とりわけ金融取引で儲けるウォール街の連中への批判は、かつてなく、地球規模で高まっている。連中のせいで、アメリカの学生は、大学を出た直後から高額の学費ローンの返済に終われる。経済が悪化し、世紀の働き口がないにもかかわらず、である。

商品投機のせいで、とうもろこしの価格が高騰して、途上国で飢餓が加速している。実需以上の「期待」から、将来の売買機会が今取引されている。そんな取引のために、リアルに大勢の途上国の人々がバタバタ死んで行く。

ネットのおかげで2000年代に、米国式の新自由主義が地球を席巻した。私たちはこの2010年代である種の巻き返しをしないといけないと思う。

なーんて高尚なことを考えていたんだけど、さっきまでいた、休日の小金井公園で、一部の髪を茶色く染めた連中が、子供をこづいたり怒鳴ったりしているのを見てかなり気持ちがなえてしまった。

休みの日に子供をつれて、東京郊外の小金井公園に来ているくらいだからほとんどの親はまあ、それなりの所得階層に属していると推測できる。茶髪なんてごくわずかだから、その茶髪母さんの怒鳴り声で周囲は一瞬凍りついた。

こいつらの子供と一緒にいかなる空間も共有したくないという気持ちである。こういう人々は人口の本当にわずかしかいないだろうけれども、間違いなく存在はしている(そして、新自由主義化の格差拡大経済で、今後は増える一方だろう)。こういう人たちのための雇用というか、まとめて何か、平和裏に処遇する雇用政策も必要。その答えとして原発という言葉が即座に頭をよぎった(米国では軍だろう)。

いやいや。かぶりを振った。それじゃだめだ、これからは。安直過ぎる。この茶髪の、自分の子供を平気でたたいたり、汚い言葉で「しつけ」る親と、その子の、人権と幸福をどう、社会として担保するのか。マジで考えないと。

実存主義的家事のやり過ごし方

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ハイデカーは人間の存在と事物の存在の区別のよりどころを、存在の存在、つまり、存在していることを自ら認識する能力に求めた。

これはわかりやすい。物や動物は自分が存在しているという視点を持っていない。自分を客観的に眺める視点の位置づけを、超越した視点、メタ視点という。上から見た感じと思うといいかもしれない。

そして今日は、このすばらしい部ログ「懸念」の執筆者である私の元に、すばらしい読者からの質問が一通来ないので、自分で考えて書くことにする。家事育児はなぜ、実存的な危機と隣り合わせであり、それをどうやり過ごせばいいのか、という問題である。

実存という言葉すなわち、existは、語源をたどると、外へex、力強く立つist、といった意味合いである。つまり存在しているということは自分で認識していると同時に、他者に向かって立ち、自分の存在をアピールする、認知させるという次の活動もはらんでいる。

ところが家事というのは、まったくもって非実存的だ。家事は取替え可能な仕事、自分じゃなくてもできる仕事だし、それをしたからといって報酬や非金銭的評価(名声、やりがい、喜び)は得られない。

このような実存の危機の契機を毎日何時間も不条理にも背負わされる状態、それが専業主婦(専業主夫)である。私は、幸いというか、専業ということではなく、兼業主夫であるからして、彼らと実存の危機の契機を共有することができる。

毎日毎日、家族の生活があれば、皿は汚れ、ごみは出、食料は買出しに迫られ、トイレの輪じみをふき取り、エアコンのフィルターは掃除機ですって、掃除機の中の紙パックは楽天で価格を調べて最安値店で買いだめし、子供がくれる紙や粘土で作られた「お父さんへのプレゼント」は年代順に箱に入れて生活県外の倉庫にしまいこみとあらゆる雑事が、非実存的作業が専業主夫あるいは兼業主婦の肩にのしかかる。

そこで。そういう作業は考えなくてもできる作業ということを逆手に取り、ヘッドフォンで放送大学の講義(お勧めは人文・社会系)を聞きながらやるということである。

そうすれば、講義を聞くという実存的契機に変えることができる。講義を聞くという営みは、このインプットを使って、自ら知見を深め、いつの日か他人のその知識をひけらかすことを夢見て生を未来につなげることができる。

あとひけらかして発散系ではこのブログなんかもそうだったりして。



東電、原発、やっぱし地震で壊れたかも。

数日前の東京新聞から。原子力安全保安院が、反原発運動の市民グループらから質問に、おおむね次のように回答。

配管が壊れたのは地震のゆれが原因でないとする証拠はない  さらに、ストレステストについては、

安全かどうかの基準はない。電力各社が調べたデータを見て検討 これについて社民党の福島代表は、「学校の先生が宿題で問題を出すが、先生も回答はわからない。答えが集まってから考えるといっているのと同じ」とうまいたとえ。

地震で原発が壊れるのなら、この地震列島の上にある全部の原発は危ない、すぐとめようということになるし、ストレステストなんてまったく意味がない。

世界に向けて首相は、原発の再稼動を表明したし。

つまり、結局この国って、国民がどんなにいやいやしても原発動かすつもりのようだ。

私はこれはひとつには、アメリカ様の意向があるのだと思う。アメリカが、日本、原発継続すべしと言えばそうする。まったくそれだけの話だろう。

それで、総括原価方式といって、東電はかかる費用に利益を乗せて電気料金を決めて、その値段でほかに選択肢のない消費者に有無を言わせず売ることができる。そういう商売だから金が儲かって仕方がない。介護施設とかホテル、不動産開発などの目的の子会社を200社以上作ってきた。

ただ思うが、その金で北朝鮮に送金して支援したとか、着服横領したとか、暴力団に渡したとかそういうことではなく、きちんと法人を作って利益を上げて税金も払ってきたんだろうし、従業員も雇ってきたのだろうから。よりまし、というてんでは、完全なる悪だとも言い切れない。

東電はじめ電力各社の人々は単に、今ある社会インフラや仕組みを使って、まじめに儲けて来たに過ぎない。もちろんそのプロセスでいろいろ、うそをついたりごまかしたりといったことはあるにはあっただろうが。そりゃ仕方ない。人間に100%の無謬性を要求するほどのロマンティストではないので。

今の私にできることは、せいぜい電気料金が上がりませんようにと祈ること。もう地震が起こりませんようにと、祈ること。そして東京新聞がつぶれないよう祈ること。

任意後見契約っていったい何なのか?

任意後見契約で調べたらなんと取り消し権と同意権はないということである。もし、認知症で被後見人がトチ狂ってメチャクチャな契約行為をしても、手も足も出ない。

善意でおばあちゃんに、格安の報酬で任意後見契約をするとしてそうなったら、任意後見人は法定後見人を家庭裁判所に選んでもらわないといけない。その場合の報酬や人選は家庭裁判所のなすがまま。もしそいつへの報酬が、任意後見監督人みたいに月何万とかだったらやりきれないことこの上ない。

逆に、高い報酬額で任意後見を結んでいたときに、法定後見が必要になって、自分(つまり任意後見人)が法定後見人に選任されたらどうなるか。報酬は間違いなく下がる。やってられるのだろうか?

報酬も人選も家庭裁判所が選ぶ、その選任のプロセスや、だいたい誰が選ばれるのかはまったくブラックボックスなのはまったくもってこの「商品社会」ではなじまない。

アップルのスティーブ・ジョブス亡くなる

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アップルのスティーブ・ジョブスさんが亡くなってしまった。彼の発明(マッキントッシュパソコン)のおかげで今の私がまともでいられる。そういう意味では親のような絶対必要な存在だった。

ちなみに彼は、私もその気があるアスペルガー症候群といわれている。若すぎる死はガンか何かだろうか? 身体に気を遣うようなタイプじゃないんだろう。アスペルガーの星になってくれた。

ありがとう。

写真はアップルのウェブサイトトップページ、2011.10.6。

ブルースクリーンに茫然自失

WindowsXPとともに過ごす愉快なパソコンライフに突然やってくる、恐るべき来訪者、それが、ブルースクリーンだ。画面が真っ青になってなにやら解読不明の英語の白い文字がバーッと出る状態をいう。
こちらが何をやっていようがお構いなし。バッと出て、それまでの未保存のデータは失われ、それ以降の数時間かかるリカバリタイムに我々の拒否権はなし。まあ滅多に出ないんだけど、趣味で買ったB5ノート(パナソニック、レッツノート、CF-T2)で最近頻出するので対応策を。
chkdskをかけるわけだが、セーフモードとかで起動したらマイコンピュータのCドライブを右クリックして、ツールのチェッカーで、表示されるウィンドウの2つの項目をチェックして再起動。今回はそれでも起動直後にブルースクリーンが出たのでもう買った店に返そうかと思ったが、以降でなくなったので安眠。
そう、ここが重要。買ったパソコンがすべて健康にネットワークにつながって、動いている状態でないと安眠できない。だから、壊れたら直すが、それで何するってわけでも(必要があるわけでも)ないんで。
そうやって、買ったパソコン(それも安く、タイミングを何ヶ月も見計らって買う)全部が動いていることが私の超脆弱でダメダメな、ひ弱な「アイデンティティ」とやらを支えてるって話ですが。もっとも、そういうアイデンティティみたいなものがファクトとしてあればの話ですが。
ウサマ・ビン・ラディンをアメリカ軍が出張先で殺害する模様の生放送を、オバマ大統領がアメリカの作戦司令室で食い入るように見つめる写真を見たことがある。オバマ始め、ほかにも政府のお偉いさん型が、微動だにせずモニタに見入っている写真だ。その写真のパロディ画像ばかりを集めたサイトがすぐに立ち上がった。
そのパロディ写真の1つで、私が一番笑えたのは、もちろん、そう、ブルースクリーン状態になっているやつ。今にもって、みんな、それもアメリカの大統領とかが見ている端末がいきなりブルースクリーンになったら、ということ! マジ受けた。ホントそういう画像をせっせと作ってアップする人もアメリカ人なら、ビンラディンを殺したのもアメリカ人、そういうところが現代的で面白い。

MPV車幅大きすぎる件

今日、雨の中MPVが納車された。でかいのなんのって。まるでパン生地がイースト菌でふくらんだみたいなフロントマスク。

そして運転してみた感想だが、まあ滑るように走るのはいいとして、車幅がでかすぎてやばい。こんな幅の車、運転したことない。

車内の様子は私はあくまで運転手なので一切関係ない(家族の管轄)が、インテリアは良さそうだ。あー私もいつか、運転手に運転させる身分になりたいものだ。本当に。

運転手といえば、隣のスタジオジブリでは、たまに黒塗りのハイヤーと運転手が、おそらくは映画のスポンサー企業の役員なのだろうか、偉そうな人々がやってきているのが分かる。そしてそういう連中のほとんどは男性であり、女性がそういう車で送迎される機会というのは、この日本では少ないのである。どういうわけか女しか生まれない精子をもつ男、私としてはそういう点も気になる。

あんな何とも言えず、まあ日本の好感度ナンバーワンブランド、スタジオジブリなわけだが、黒塗りハイヤー、なんだかまあ格差社会においてはただならぬ感性でガン見せざるを得ない物件が、しょっちゅう停まっているわけ。なかには運転手が暇そうに待っている。

今、NYでは、富める1%に対し、99%の国民が貧困にあえいでいるということで格差是正のデモが繰り広げられている。政府の再分配機能がうまくいっていない証拠である。政府は、富の再配分がきっちりうまくいくようつねに注意してやっていただきたいのだが、近年は、そのバランスが悪くなる一方だと思う。

まあだから私はベーシックインカムをやってもらいたいと思ってるわけで。ぶっ壊れた年金とか、いびつにも富のほとんどを保有する高齢者のために中小企業の若い現役サラリーマンから「高齢者支援金」を徴収する健康保険制度など、全部不公平だからやめて、ベーシックインカムやってほしい。

話を元に戻すが、MPVでかいと道路で居心地が悪い。私は人様の邪魔になることだけはいやなのだ。

CO2で温暖化しない地球

広瀬隆とか、ほかにもいろいろな学者が、地球の温暖化は宇宙線やら、地軸の傾きやら、氷河期の周期やらいろいろな要因でなるんであって、何も二酸化炭素だけが原因じゃないといってる。

だからといって、二酸化炭素減らさないでいいとはもちろん思わないが、今までみたいに原理主義的にではなく、いろいろ、そういう視点もあるということを知ったうえで考えないといけないと思った。

ゴアの不都合な真実観たあとで、広瀬隆の『二酸化炭素温暖化説の崩壊』、『地球温暖化スキャンダル-2009年秋クライメートゲート事件の激震』など読むと格別だ。これぞまさに読書体験だろう。

今は原発がどうにもやばい、日本は後戻りできない国策でどうも原発をゆっくり減らす(今すぐやめない)ということで、ほかのエネルギーとかどんどん。燃やしていいんじゃないか。

そういえば小金井市のゴミも。

無料で小学生に作文教室ひらく

娘がとても親しくしている友達を毎週決まった曜日、決まった時間に呼んで、「作文教室」を開催している。もちろん無料である。

作文教室は、要約と、作文。私は人にものの書き方を教えるのには自信がある。なにしろ浪人して一年間死にものぐるいで小論文対策をし、そして当時小論が必須だった早稲田の第一文学部に合格し、入学したらしたでレポートはほとんど論文だったから書きまくり、彼女(政経学部)のも代筆してやったらあまりに出来がよくて彼女が呼び出されて焦ったほどである。

論文もの、リポートものは大学での成績はほとんど優が来たから、これは自信になった。そんなわけだから、そこら辺の下手なチェーン店舗の塾予備校よりもはるかにマシなことをやっているつもりだ。中身はまるまる『国語のできる子どもを育てる (講談社現代新書) 』のまんまなんだけどね(笑)。

娘にだけ教えたほうがいいと思うだろうか? なんでわざわざ他人の子どもまで面倒を?と。もちろん最初は私もそう思っていた。しかし娘だけだとどうにも続かない。ダラダラしてしまう。当たり前だ、家族なんだから。「今日はいっか」となってしまう。時間を決めて決まった曜日に、同じことを繰り返すのに、家庭ほど向かいない環境はない。

だからあえて、曜日と時間を決めて、娘にその子を連れてきてもらう。今日は作文教室の日だよ、○○ちゃん来るよ、となれば、さすがの私も無視はできない。

無料で小学生に作文教室を開くといいつつ、なんというか自分の育児のインセンティブに他人の子を使っているだけなのである。こういうふうに不純な動機ではじめたのだが、意外なことが起こっている。

娘が連れてくるその友達の書く作文が思いの外、うまい。人間味にあふれているというか。子どもらしい感性、というか。いやーこういう文章は、いいナーと思ってしまう、そういう文を書くのである。文章の面倒を見始めたあとは、私のなかで、その子の存在感は間違いなく増した。おそれのようなものを感じるようになった(失礼があってはいけない、丁寧にしないと、みたいに)。

そして、こういうふうに立派な、人の心に響くような文章を書く子どもたちを、本当に大切にしておもんばからなければならないと思う。社会が、だよ。全体として。想像力を働かせないと、子どもに失礼なことになる、気をつけようと思った。

(ありがちな結論にはなるが)無料で教えられてい…

放送大学の教育入門は娘には役立たず

先日、ドキュメンタリー番組で、引きこもりやいじめをきっかけに不登校になった中学三年生を、市のボランティア組織が勉強を教え(埼玉県熊谷のアスポート)、見事工業高校や地元の公立高校(底辺高)に合格するというのを見た。

工業高校や底辺高を出たそのあとはまったく分からないが、その次の日に聞いた放送大学の教育入門('11)を聞いて、彼らの未来に悲観的な心持ちになった。今や高卒はもとより、大卒でも、満足ゆく職に就くことは至難の業であるということである。理由は経済のグローバル化の進展とか、少子高齢化とかいろいろ聞いたようなことで。

まったくもって私はそれを実感している。2つの思い出がある。浪人中に、しょぼい地元の予備校(小規模)の事務員が、早大卒だと知ったとき(なんで?と思った)。もう一つは、高校時代に、ドイツでは、大学を出ても職がなく、タクシー運転手になるケースも珍しくないというニュースを聞いたとき。いや、高校時代に、そういうニュースを聞いて、いまだに覚えているんだからわたし的に相当、驚いたのだ。

ただまあ、とにかく、今は大学出て、まともな会社に就職というのはまったく例外的な話で…うーん、娘にアドバイスするつもりで真剣に書こう、これからは、結婚して専業主婦なんてものは絶対にあり得ないから、手に職を付けて、できれば会社を設立してなんでもいいから自分の力で始めたほうがいい。

そのためには、一に簿記(3級までで十分、あと管轄税務署の電話番号と場所、行けば決算を無料で教えてくれる)、二にパソコン知識、三四がなくて、五にパソコン知識。あと、ちょっとの興味関心。

そのためには? 今は四則演算、そう、百ます計算と、あとブラインドタッチの練習だ。

家事育児労働基準法制定をもとめる声明

労働基準法では、法定労働時間を1日につき8時間、1週につき40時間と定めている。これを、別段の協定なしで超えて働かせれば犯罪となるわけだが、子育て労働についても同じように時間で線引きしてもらいたい。

子育て=労働というたてつけへの共感がまず重要だ。これは子育てを実際に何年も担い続けないと理解できないだろう。つまり団塊世代の高齢者全員や、若いが旧来型価値観の男性、専業主婦志向を強めるほとんどの女性は理解できないと思う。

今は夜8時半で、夕方から夕食準備、夕食、後片付け、寝間着出し、風呂入れ、身体拭き、寝間着の着替えまでおこなってもうヘトヘトである(途中で、トイレの水のタンク表面に黒カビを発見してグローブをはめてハイターをかけてぞうきんで拭き落とすという作業も含まれた)。気持ちとして、完全にある種の労働、それも、私がたまたま備える哲学学士や、ファイナンシャルプランナー、各種IT知識や経理知識などとは一切無縁の、身もフタもないマックジョブそのもの(つまり低賃金というか無報酬、低未来、単純作業)の肉体労働である。

このヘトヘト具合は、ある種の心的飽和状態として突然わき起こってくる。どういう心境かというととにかく子どものいない空間に脱出したいという、避けがたい欲求が津波のように押し寄せてくるような。こうした心境に人を追いやる子育て家事育児について、労働基準法ならぬ、同趣旨の「家事育児労働基準法」の制定を私は夢想するがいかがだろうか。

これに対し、子どもがいて幸せだとか、戦争がない、平和な今の時代に何を言うとか、勝手に子供産んどいてというツッコミは容易に想定できるが反論しよう。過労死、勝手に働いたとか、仕事がある分マシだからという理由で、労働基準法が制定されていないとしたらそれってどんな原始社会? 家事育児労働基準法も同じこと。人は進化の途上にある。

ちなみに私は男性である。

小金井市ゴミタウンミーティング

安定的に、ゴミ処理ができるよう全力で努力する──結局、市長はペーパーどおりのことしか言わないし、具体的内容(たとえばゴミが集められなくなったらどうなっちゃうのとか、「全力で努力する」のその中身など)も聞かれなかった。

帰り際に若い市の職員に聞いたが、結局ギリギリになって、東京都廃棄物条例に基づいて知事の一声で他市が引き受けて事なきを得るというのがシナリオだろう。

だからまあこういうタウンミーティングではそもそもまったく意味がないわけだが、がんばっている佐藤市長を応援する声がとても多かったがある意味当然だろう。前市長の失策の尻ぬぐいをしているだけなんだから。

途中できわめて残念だったのが、若いお母さんが、子育て世代として佐藤市長の業績をたたえる発言をしたところで、幾人かの高齢者(プロ市民ぽい)が口々にヤジを飛ばしていたことだ。早稲田にもいた、例の共感しがたい自治会系の活動家まがいの連中である(しかも高齢者)。

また、非常に共感したのがある市民の次の趣旨の発言である。

(無駄遣い発言の)市長に猛省を促す決議をした市議会議員たちは、いったいこうした事態になるまでにどんな解決努力をしてきたのか? 私はゴミ焼却施設に使える土地がないかと自転車で探し、小金井公園の空き地を市に提案してみたが、公園法でダメだと言われた。こういうふうにたとえば行動した議員が果たしていたのかが知りたい。

市議会議員てなんだろう。金を市民の税金から年間800万ももらって、結局不作為のまま問題を何年も放置。そしてちょろっと発言した市長の言葉尻をとらえて意味不明の決議。

今回の、市長に猛省を促す議決をした次の議員のうち、焼却にこだわる議員には次回、絶対に投票しないことにする。誰だかは分からんが。

遠藤百合子(自民)、宮下誠(公明)、森戸洋子(共産)、村山秀貴(民主党)、篠原ひろし、斎藤康夫

だいたい、市議を何期も続けていること自体が、微妙にがっかりである。そういうことで生活しているみたいに見える。百歩譲ってそれはそれでいい、立派な、生計を得る仕事として議員があるという考え方の是非はこの際横に置いておこう。

でも、無策で不作為、市民にプラスになる具体的行動もなく、市長の言葉尻をとらえて意味不明の議案決議をする市議会議員てのはダメだろう。それで他市が納得して、ゴミを引き受けてくれるとでも思っているんだろうか?

バカを食い物にして暮らす人たち

東京新聞の今日付の記事では、いろいろな財団法人(官僚OBや電力会社OBの天下り先)に、原子力関連の広報事業がほとんど競争なしで発注されていたと報じられている。

広報事業とは、要するに子どもたちを「原発は安全だからどんどん推進しよう、原発万歳」脳に洗脳するいろいろな教材などの作成事業である。

で私は非常に腹が立ったが、もうじつはすでに手遅れである。なぜなら、私にはその財団を解体したり、あるいは法律を変えて片寄った教育がされないようにする行動のためのエネルギーも時間もないからである。というか、面倒。

連中(そういう財団を作ったり天下ったりしている側や、政治家)は、国民が、怠惰で、飽きっぽく、難しい漢字が並ぶ話は読みたくもないと思っていること、つまり「バカ」だと言うことを承知しており、そこに安心して自分たちに金が流れる仕組みを、驚くべき勤勉さでせっせと作る。

バカかどうか聞かれたら、もちろん、国民の方が、原子力ムラの連中よりもバカに決まっている、連中は、偏差値競争を勝ち抜いた高学歴エリートだから。電力会社幹部なんて、妻の田舎の九州じゃ「殿様」だ。

で、悔しいと思ったら、まずは憲法を読むことから始めたい。私は、読んだ。何度も何度も。憲法みたいなすばらしい法インフラがあって、日本は(民主化運動著しい)リビアや(女性蔑視の極北)サウジアラビアとくらべてなんて幸福な国だろう。

そういう法インフラをまずよく知り、使い始めることがね、大事なんだけど。でも何しろ面倒くさいというこの問題はどうなるか。まったくもって官僚たちのスマートさには脱帽だ。

私がここで提唱する唯一の対抗運動は、ずばり貧困になること。貧困にさえなれば、税金を払わないで済む。そうすれば彼らも困るだろう。日本の生活保護受給世帯数は、いま、200万世帯を超えている。2003年の頃は80万世帯だったかと思うので、この貧困運動を実践している国民が増えているんだなと。

そうして、ベーシックインカムへの道が開かれる。

あー、数字間違ってたらごめんね。ググって確認してください。

燃やしたい人々

行政職員に聞いてみたり、あるいは母がいろいろ調べていくうちに、どうやらこの日本には、ゴミを燃やすという行政サービスから、巨額の利益を得ていたり、ポストを得ていたりしている人々がいるかもしれないしいないかもしれない、ということが分かってきた。

ゴミを燃やさない、たとえば微生物に分解させるHDM処理というのをひっさげて、小金井市の佐藤市長は当選したのだが、燃やしたい人々から足を引っ張られてまったく公約を実行できないでいるみたい。

細かいことをいえば、中学レベルの現代文もろくに点を取れないようなレベルの低リテラシー議員から、(彼らの誤解にもとづく)「無駄遣い」という言葉について延々突っ込まれ続けている。

市長にあれこれ細かいことを言っているすべての議員たちは、市民に今すぐ議員報酬を2割返して(市長も2割返した)、市長と一緒に他市に頭を下げて「燃やしてください」と言いに行くべきだろう。もう、超どうでもいいと思う。市長は、さっさと知事のところに乗り込んでいって、東京都廃棄物条例を建てに、HDMの取り組みに協力させ、そのあいだは他市に燃やすゴミを引き受けるよう、調整させるべきだろう。

日本国憲法の25条。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」

東京都廃棄物条例前文。「東京都は、かけがえのない地球を守り、これを後世に引き継ぐために、都民、事業者や区市町村の参加と協力の下に、廃棄物の適正な処理を確保し、生活環境の保全に努めるとともに、人間と環境が調和した社会の形成を目指し、全力を尽くすものである」
京都議定書もあるし、燃やすという選択肢は、もはやないだろう。普通は。 そんな訳なので、今度は東京都へいろいろ聞いてみることにする。

「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」(目的)第一条  この法律は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。

眠くなってきた。

ジブリ横断幕「こんな時代だから結婚します NO原発」

JR東日本・中央線の東小金井駅を東京方面行き電車に乗って、左側の車窓を眺めているとほどなく、スタジオジブリの社屋が見える。線路に近いところに、間を隔てるものが何もなく、3階建ての屋上に横断幕があるので一目瞭然だ。

横断幕は、3.11後、この初夏に最初、出てきた。「私たちは、原発のない電気で映画を作りたい」たしかそういう趣旨だったかと思う。今度は、「こんな時代だから結婚します NO原発」である。

ところでいったん、話がそれるが、このブログのスポンサーは結婚式の招待状や席次表の専門印刷会社で、通販企業だ。たまたま、スタジオジブリの隣に社屋があるものの、ジブリとはまったく関係ない(たまーに、宮崎駿監督や吾郎監督、鈴木プロデューサーを見かけるし、それに、ネコ!)。だが、結婚を前向きにとらえるこの横断幕には、婚礼ビジネスの従事者として、応援してもらっているような気持ちになった。ありがとうございます(ちなみに2008年をピークに、売上が減り続けている)。

何しろこの時代に結婚するというのは、本当に見上げた志である。正直言って、私は驚きさえ覚える。結婚するパートナーを見つけることができたのは、それこそラッキーだ。今、結婚相手を見つけるのは相当に困難となっている。

私が放送大学を聞いたり、趣味の「社会学」関係の書籍を読んで得た知識からざっくり理由をいうと、じつは今の日本の若い女性のほとんどは相変わらず、年収の高い男を捕まえて専業主婦になりたいと思っている。それに対し、年収の高い男は、世界的な不景気や新自由主義の影響で企業が非正規労働者を増やしているため、減少の一途だ。女性の半数以上がお婿さん候補とする条件に符合する、年収が600万円以上の男性正規雇用者で独身は、なんと2パーセントしかいないと、中央大学の山田教授(家族社会学)が本で指摘してた。

ただ、まあそうはいっても、そんなひとたちばかりじゃない。旧来の価値観に縛られずに、籍を入れて子育てを一緒に楽しみたいと思ったのなら、結婚制度ほどふさわしいものはない。結婚式だって本当に、ふたりが一生に一度だけ、主役になれる晴れ舞台だし、新婚生活も苦労があればあるほど、互いの絆も深まろうというものだ。

それに、こうした震災が起こって、今や日本の世帯では最も多い一人暮らし世帯では、不安も募る。やはり家族と一緒に生活していることで得られる安心感は…