2012年12月31日月曜日

内的秩序

派手に改造したワンボックスカーを、近所に住んでいる職人のお兄さんが綺麗に洗車している。彼にとってはこの車こそが生きがいであり、アイデンティティの支えになっているに違いない。

ペンキ屋か左官屋か、職種はわからないが、身長は180センチ近くあり、巨漢。喫煙。髪を金髪にそめて、改造車に乗っているわけだから、普通は怖いわけである。

ところが、その彼の脇を私がすり抜ける時に、近所なので挨拶をして、私が通り過ぎるまで水を出さないで待っていてくれたので、「ごめんなさい、ありがとうございます」といってみた。

すると、こっちが驚くほど小さく優しい声で、「あ、すいません」と返してくれた。

これには驚いた。なんと礼儀正しく気をまわせるひとなんだろうかね?見た目とどんだけこのギャップ?

その時、私は、あーこれが、自民党の政治なのかもしれないって思った。

つまり、公共事業で、後先顧みず、学校の成績が振るわなかった(もっぱら男の)人たちが、豊かに暮らせるようにどんどん税金を使うという、そういう政治である。

みんながみんな、ブログ書けたり、いい大学出てパソコン使ってエクセル使って仕事したり、税金を自分で計算して納税したり出来るわけがない。そういう人ではない、まったくパッとしない知性の人でも、秩序と倫理を持って、そして自分の誇りも持って、人生を全うできないと行けない。

それを力技で実現してきたのが、自民党だったし、日本の保守だったのではなかろうか?

彼らにとって重要なことは、長期的なこと、美しい理念や政策ではもちろんないのである。

ただまあ、それだけじゃあダメなんだけどね本当は。つまり、衣食足りて、礼節を知るときに、その礼節の中身がワンボックスカーを改造して乗り回すんじゃなく、もっと地球環境の事だの、放射性廃棄物の処分の事だの、家計のサステナビリティだの、自分の体の健康とか、そういうこと?哲学とか? そういうところにもう一段、登れるようにしないといけないと思う。すべての人が。

それこそ、文化資本、生まれた家にある蔵書の数が10冊未満の人も、4,000冊以上の人も同じように。

2012年12月29日土曜日

板東英二先生を想ふ

このほど、板東英二大先生がなさったある経理操作のことが当局の逆鱗に触れ、違法のカドで挙げられてしまった。

板東英二先生の事務所はかねてから、先生のご活躍にともなって増える法人税の納付に嫌気がさしていた。そこで、だれでもやっている操作を実施することにした。取引先の企業に「架空の」仕事を振って、費用を増やして利益を圧縮し、法人税を減らすという、何の変哲もないありきたりの課税減殺法である。

このとき、板東先生の会社から「架空の」仕事を振られた企業の方は、当然利益が増えるので、15%を謝礼として残し、残りを板東側へ現金でキャッシュバックしていた。自分の金なんだから当たり前のことだ。

このようなこと、つまり売上に対していろいろな経費をもって、利益額を操作するようなことは、どこの企業でもやっていることである。大企業、上場企業だってもちろんやっている。

だから今回板東先生が、国税当局の標的とされてしまったのはまったくもって不運だったとしか言うほかはない。先生は数年前に税務署の啓発ポスターに出たことがあるという。それが因縁になったかもしれない。

私はある日、まだ、申告書類を税務署に運んで出していた頃、書類を提出した帰りに武蔵野税務署を出て左に曲がってさらに左に曲がるところの一時停止義務違反で切符(罰金7千円、当時)を切られたことがある。そこを少し行ったところに警察官が待ち構えていた。

「何で止められたか分かる?」

と若い警官に変な訛りのタメ口で言われたときの不快感と行ったらPTSDになるほどだ。何しろ私の後続の車は、警官が私の相手をしているのをいいことに、同様の一時停止義務違反をしてどんどん走り去っていくのだから。

いま、板東先生は、まさに私がこのとき感じた、ゲロ吐きそうになるくらいの不快感と必死に闘っているに違いない。

ちなみにその警官が立っていた場所からほんの数十メートルのところに、「原発ゼロ」のあの菅直人の家がある。

未来の党はなんだったのか

年寄りが昔、よく、どこに票を入れても何も変わらないよって言っていた。

小選挙区になって死票が増えてしまい、ますます、投票に行くむなしさが募るようになった。

私は前回の衆院選では未来の党に比例区で入れた。ところがその党は、代表者と議員一名を残して大部分は離れて行ってしまった(ついでに政党交付金も持っていった)。

これなら社民党に入れた方がよかったかもしれない。しかし、結局、どこに入れても、私の考えなんて政治に反映されるような余地はまったくないということが分かった。

昔の年寄りの繰り言に、心底共感するいまの私。

いま、株価が上がったり、為替がドル高になったりしている。こういう指標というのは市場参加者の将来への思惑(期待感)がいまどうなのかを表しているに過ぎない。足下で進んでいる日本国滅亡を予言する重大な各数字に、安倍はどのような手を打てるのか。たとえば──、

  • 年金破綻
  • 現役世代がこの5年で一千万人退場
  • 放射能廃棄物の捨て場
  • 生活保護と最低賃金の問題
  • 司法が呆れる一票の格差放置問題
  • 高齢者増と診療単価アップで肥大し続ける医療保険
  • 当初二千円台でいま五千円の介護保険
  • 一向に改善しない待機児童
  • 女性の就労参加

株高で喜んでいるのは投資家や、金融資産を保有する富裕高齢者たちだけ。

2012年12月23日日曜日

アップル、スタバに学ぶ節税アイディア

まずアップルから。
 米企業史上最高の利益を稼ぎ出す米アップルだが、昨年の節税額は24億ドル(約1915億円)に上ることがNYタイムズの報道で明らかになったが、アッ プルに限らず大手米企業はいずれも節税努力を行っており、合法的な手段である限り脱税ではない。しかし、アップルの節税スキームは、米財政への影響、現在 のデジタル時代にそぐわない税制の問題点を浮き彫りにしている。

 先ず、アップル本社はカリフォルニア州にあるが、法人税率ゼロのネバダ州リノにブレーバーンという金融管理会社を設立し同社の利益を株や債券投資に回す ことで、カリフォルニア州の法人税率8.84%を免れている。ブレーバーンを設立した意味はこれだけではない。フロリダ、ニュージャージー、ニューメキシ コなどでは州外で金融管理業務を行っている企業には減税措置が採られるため、これらの州に払う税金も節約できる。

 第二に、ロイヤリティやデジタル製品に対する課税である。アップル、アマゾン、グーグルといったハイテク企業は、物理的な製品からではなく、ソフトウェ アの特許など、知的所有権のロイヤリティなどの形で利益を得る。ロイヤリティやデジタル製品はどこでも売れるため、こうしたソフト企業のほうが、自動車や 食品メーカーよりも税率の低い国に利益を移転するのは易しい。したがって、デジタル経済の発展に伴って、ハイテク企業の多くの納税率は低くなっている。
(ゆかしメディア 2012.5.10)
次に、スタバ。スターバックスの節税方法は新聞で読んだののうろ覚えだが以下のようなものである。

まず商売をやる国(各国法人)のほかに、法人税がゼロだったり超安い国に法人(租税回避目的法人)をいくつか持っておく。各国法人は、コーヒー豆を仕入れるにあたり、租税回避目的法人から買う。

同法人は、仕入れ値に2割くらいの利益を豆に乗っけて各国法人に売る。そうすると、各国法人は、普通に仕入れるよりも割高な仕入れコストを負担することになるため、損益が赤字になる(法人税課税所得が少なくまたはゼロになる)。

安く仕入れて、高く売る租税回避目的法人は、いくら利益が上がって黒字になっても法人税がゼロの国だから税金はかからず、その利益はグループに残る。

スターバックスのこのやり方はとてもシンプルで、しかもいまのところ完全に合法だ。さて日本のスターバックスは税金を収めているのだろうか?

LGBTにやさしい政党

安倍総理になるということで、このブログでも度々危険性を指摘してきた。ただ、左寄りにすぎるのではないかという指摘があったので今日は、安倍総理になることのメリットを書きたい。

  • 石破茂幹事長が消費税の軽減税率導入に前向き
  • 円安になり、株価が上がった
  • 消費増税の「緊急停止」なる措置を言い出した
  • アメリカとの連携強化
 しっかりと官僚をコントロールしながら、弱者に対して目配りを実行してほしい。民主党はたしかに、口ではいいことを言うが、実際はやらないか真逆のことをしてきた(子ども手当半額なのに扶養控除廃止のままとか、消費増税を強行)。

アイデンティティ的寂しさを埋めるためのセンチメンタルなナショナリズムは嫌だけれども、実際的な意味での国益、国民の権利と安全のためにはやることはやってもらいたい、おっとただし増税なしで。改憲も、なしで。


ただ、自民党という政党の「フレーバー」(価値観)は非常に嫌いである。コーヒーに例えると、自民党のフレーバーは砂糖入りの自販機の激マズコーヒー。じゃあ、ドリップで入れる美味しいコーヒーはどこの政党かというと、どこだろう、民主(年金)と社民(護憲)と公明(平和)と共産(格差批判)+藻谷浩介って感じか。

自民党の上記の施策のうち、最も評価されるのは円安株高であろうか。しかしそれらは短期的にはいいだろうが(それが重要という切実さもある)、国債で将来世代に負担の先送りという面が痛い。

あーこんな記事を見つけた。自民党ってやっぱり嫌いだ。いっそ党員になって中から変えてみようか。公明党のように。

ゲイに優しい政党、嫌われる政党

米オバマ大統領(51)は11月の大統領選で苦戦を伝えられたが、再選への分水嶺は現職の大統領として初めて同性婚の支持を公約したことだったといわれる。

 日本でもオネエ系タレントやニューハーフタレントなどが歯に衣着せぬ発言で、一般人から絶大な支持を得て、オピニオンリーダーになっている。こうした性的マイノリティーに優しい政党、また逆に嫌われる政党は一体どこなのか?

 衆院選前、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー=性同一性障害者)人権啓発NPO「レインボープライド愛媛」は、民 主党、自民党、公明党、共産党、社民党、国民新党、日本維新の会に「2012年衆議院議員選挙 性的マイノリティに関するアンケート」を実施。結果を公表 している。

 LGBTの人権問題について、主な政党が「積極的な取り組みが必要」と答える中、自民だけ「取り組まなくてもよい」と回答。またLGBTの人権を 守る施策の必要性についても、他の政党が「積極的な啓発や施策が必要」と回答したのに対し、自民だけ「性同一性障害者への施策は必要だが、同性愛者へは必 要がない」と答えた(いずれも国民新は無回答)。

 同性婚に関して、自民は「こうした制度は異性間のものであるべきで特に必要ない」と回答。同性婚適用を支持したのは社民と維新で、性別を問わず利用できるパートナー制度ができるべきと答えたのは共産、他の政党は無回答だった。

 だが、維新の同性婚支持も信用ならない。石原慎太郎代表(80)は2年前「(同性愛者は)どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒」と都知事の立場で発言。差別的立場をとっているからだ。

 同性婚OKの米ニューヨーク在住ゲイのサラリーマン氏(30)は「政治家は今、いかにゲイを味方につけるかがワールドスタンダード」とキッパリ断言している。
(東スポweb 2012年12月21日 15時55分)
自民党は、国民の権利権利のおねだり体質が嫌いで、国民なんて軍隊みたいに規律に押し込めておとなしくさせたいと思っているはず。 そういう感じが透けて見えるような記事だ。まあ実際そういうふうに思われえても仕方ない国民ということかも。

2012年12月20日木曜日

マシュマロの実験 自制心が人生の勝敗を

アメリカでこんな実験が行われた。4歳くらいの子供にマシュマロを目の前に置き、「食べてもよい。でも15分我慢したら、もうひとつあげよう」といって様子を観察する。

結果、3割の子供が我慢できた。さらに、この実験に参加した子供は大人になってどんな人生を送ったのかを追跡調査した。

マシュマロを我慢できた3割は順風満帆で、体型はスリム。
我慢できなかった7割は、人生にあまりうまくいっておらず、肥満が多かった。

自制心は小さい頃から持っていて(多分生まれつきだろ)、そのことが一生を決めることもあるようだ。

(出典:NHK Eテレ「オイコノミア」)

私はすぐに妻(小・中・高のすべての科目でオール5、早大政治経済学部卒業)に質問した。期待通りの答えが帰ってきた。「私だったら我慢したと思う」。

昨今、明日の景気どうするんだとばかりに、数万年も人体への危険が減らない放射性廃棄物を作り続ける原発を再稼働するよう、経営者の圧力団体(日経連)が政治家に働きかけている(ほとんど脅している)。経営者らの圧力団体は、自分の会社のことを、四半期、つまり3ヶ月毎に前年対比がどうであったか投資家や銀行に説明しないといけない。だからどうしても、短期的なことばかり優先する。

マシュマロをどんどん食べてしまうガキと同じだ。

あと、パレートの法則というのも思い出す。全社員の2割が、儲けの8割を生み出しているとか、そういうの。

こういうのを知ると、FPのライフプランとか本当に馬鹿げている。結局、目の前のマシュマロをたちまち食ってしまうような世の中の大勢に、キャッシュフロー表はこうなってるとか、家を買うのに毎月いくら貯めろとか言ったところで無理に決まっている。

ライフプランの作成の依頼が全くないのも、おそらくは、世の中の大勢は関心がない。関心がある3割の人達は、自分でとっくにできるからいらない。まったく世の中で売れないものをFPは売っている。だから売れない。

FPは日本に14万人いるけれども、みんなNPO法人の日本FP協会に、年間12600円の「会費」を収めている。するとFP協会は毎年17億6千4百万円も会費収入が入る。それを、たかだか20数名の理事はどうやって使ってるんだろう。そっちのほうが気になる。

マシュマロの実験では私が長年疑問に思っている、次のような謎も解明される。それは、世の中には、絶対に割高だったり、どう考えても客が損するものやサービスが沢山販売されている。しかもそうしたものやサービスを販売する会社は、結構長く続いていたり、儲かってたくさんの従業員を雇って株式市場に上場したりさえ、している。一体誰が、そういうものを買うんだろうか(私は絶対に買わないのに)。

たとえば、日本マクドナルド(肥満になる毒物を販売)とか、グリーとか、DNA(いずれもイラレとかフォトショで1時間もあれば作れる無価値なデータを数百円で数万人に販売)とか。

自制心のない、マシュマロを即食いするような皆さんに愛されているということだろう。

2012年12月17日月曜日

金は親からまずもらおう

米でいうところの共和党みたいな、要するに自由主義経済で、格差もあり、弱者切り捨ての小さな政府を目指す自民党政権がはじまる。

私達はしっかりチェックしなければならない。本当に、次世代へのツケ回し(国債増発)なしで、景気を上向かせることができるのか。とてつもない高齢者激増、現役世代減少が起こるなかで、少ない税収で膨れ上がる社会保障費をどうして行くつもりなのか。

変なことをしないかもチェックしたい。例えば、高齢者ばかり優遇して、女性や若い人、子供の権利をないがしろにしていないかどうか。

新しいエネルギーのイノベーションに熱心に力を注ぐことをせずに、原発の利権を引き続き温存するのかどうか。

やかましく声を上げていかないと、自民党は民主党以上に、大企業や官僚、アメリカの言いなりになるばかりだろう。

自民党の人たちは知っている。使える金(税収)は非常に少なくなっている。しかし、自分たちの仕事(代議士)は守らないといけない(自分の子供のために!!) だから、公約で、たくさんの文字数を割いて、実現性の薄い、実際はどうでもよい憲法改正のことを書き立てた。多分このあと、憲法改正の話は止まると思う(もう政権は取ったので用済み)。

今回の投票率は、戦後最低レベルだった。特に若い人が相変わらず選挙にいかない。そういう若い人には、あえ高齢齢者となっていく親のスネを猛烈にかじることを進めたい。高齢の親は、ほうっておくとカネを使わない。働くのをやめて、あるいはほどほどに働いて、足りない分は親からカネをもらうべきだ。

自民党の代議士の多くは、親も政治家で、票田を親から譲り受けている。彼らにならって、親からどんどん、もらえるものはもらってしまおう。

リベラルは原理主義?

私もそうだが、「正しいこと」ばかり騒ぎ立てて、耳障りのいいことばかり言って、そして官僚を、保守を批判するのがリベラル。

それに対して、メディアやリベラルになんといわれようと、官僚と結託して実利を取るのが日本の保守(自民)。

私は官僚が日本のエスタブリッシュメントであるこの国の姿=行政国家現象をじつは、そんなに悪いことだと思っていない。

官僚がこの国を牛耳っている、それをぶち壊そうとする勢力(リベラル)がいる。私は訊きたい。リベラルに。では、官僚を打ち倒したあとで、誰がこの国を動かす、具体的には、誰が法律を作るんだろう。

議員? 冗談でしょう。

2012年12月15日土曜日

結局最後の結論としては未来の党

まあ、理由は言うまでもないですが、子ども手当がほしいから。原発なしの世の中で。あと女性党首、女性党首といえば社民党。だから社民党も好きです、護憲だから。でもうちの選挙区に社民党っていたっけな?

世の中の大勢がこういう素敵な党に対するリテラシーを獲得する日はヤッテ来るんだろうか。たぶんこないだろう

非常にまじめに、各政党について書いてくれている「チダイズム」という優れたブログがあるので、是非読んで明日の参考にしてほしい。

ところで、私が住む地域で日頃顔なじみの人たちの中にも、自民党や公明党支持者は珍しくない。日常的に挨拶したり、年に一回くらい雑談したりする程度ではあるものの。そういう人たちが、リアルにあのキモい安倍とか、危なくて書けないから書かないけれども、そういう政党を平気で支持しているのには閉口するほか無い。


2012年12月12日水曜日

教育の無償化

経済的には黄昏時のヨーロッパの先進諸国の多くは、教育が大学まで無償だったりすることも珍しくない。

民主党は、前のマニュフェストで、子ども手当月額26000円、高校まで授業料無償化をうたったが、これはよかったと思う。

今は、こういうことを言っているのは未来の党くらいだろうか。

若年層の教育コストを、国民全員で広く負担するという主張は、きわめて受け入れられにくい状態だ。なぜなら、いま、人類が経験したことのないスピードで、日本は15歳から64歳の現役生産人口が減って、65歳以上の高齢者が激増する事態を迎えているから。

こういう状態では、高齢者の処遇、特に動けなくなって要介護になっているお年寄りの世話に税金投入へのニーズは集中する。確かに、年寄りの世話のほうが、子供の世話よりも苦痛は大きいに違いない。子供の世話は終わるし、育児には喜びもある。それに対し、年寄りの世話はいつ終わるかもわからない(いつ死ぬかわからない)し、しなびた、歯もない口に流動食をスプーンで流しこむのは地獄のような体験だろう。

ところが、そういうことだからといって、子供への投資を怠れば、多分国は滅びる。それこそ、クソの自民が、憲法変えたり、国防軍をこしらえようなどと妄想をほざくのは、子ども手当復活して授業料タダしてからさらにその10万年後に自分たちの国策のせいで全国に放置されることとなった核のゴミが無害化してからにしてほしい。

国民の多くはどうにもこうにも、こういうクソ自民党に投票する人が多いというのが信じられない。涙目になる。

人がモノを買う理由と家事


  1. 人は痛みから逃れたいがためにモノを買う
  2. 人は快楽を得体がためにモノを買う
  3. 人は時間を短縮したがためにモノを買う
ダイヤモンド・オンラインに書いてあった、「人がモノを買う3つの理由」。
私が日夜苦しんでいる「家事育児」だが、おっと、苦しんでいるなんて書いて、そこに突っ込んでくる人もいるだろうから解説しよう。

私は家事育児が多分、生来、苦手だと思う。都立高校時代には、東京都の施設を清掃するのは納税者(の子弟)である生徒ではなく、都が税金からコストを負担して外部の業者にやらせるほうが合理的だといって周囲から白眼視された経歴もある。

要するに私は少し頭がおかしのかもしれない。医学的にいうと、わずかに「自閉症」の傾向がある。アスペルガー症候群とか、ADとか、最近はこういう専門用語も人口に膾炙するようになってきたから、分かる人はわかるだろう。

もっと普通にいうと、堪え性がないから、一個のことにずっと取り組み続けるのがとても苦手だ。飽きやすい。

そういう私だが、この苦手な家事育児に、なんの因果か、普通の日本人男性の平均(一日の家事労働時間平均30分)の6倍ほどの時間を費やしてもう十年になる。これってちょっと偉くないか…?

で話を戻すが、家事育児は、最初に書いたように、モノを買いたくなるすべての理由を備えている。すなわち家事育児は、
  1. 家事育児は逃れたくなる痛みそのもの
  2. 家事育児には快楽がないので、欲求不満となる
  3. 家事育児は確実に時間が掛かる
そして最大の問題点が今明らかになった。それは、何かモノを買えば家事育児のこの三苦から逃れれられるかというとそうではないということ。ちなみに家政婦を雇うことで外部化する手段もあるがカネがかかり過ぎて今の私には非現実的だ。

かなしいかな、結局家事育児は外部化できない。投下する自分の労働力に代替させることができない。逃れられない。

その点、永平寺の禅僧は、うまいこと言ったと思う。つまり掃除や炊事も(つまり家事も)、修行の一つだと(禅僧のきびしい修行で知られる永平寺では、僧たちは座禅や食事以外もっぱらは掃除をさせられている)。

ただ前述したように頭が少し壊れ気味の私にとって、修行ということでありがたがってこれに取り組もうという気には、どうしてもなれないのが悩みなのだが。私は死ぬまできっと苦しみ続けるに違いない。

2012年12月9日日曜日

私だったらこういう政策

政策で選ぶなら未来の党ではなかろうか? しかし私が本当に実現したいと考える次の三つの諸政策をそろえる党はないかもしれない。

  1. 富裕高齢者がため込んでいる金融資産や不動産を若者に移転
  2. 女性の就労環境を充実させて現役世代を増やす
  3. 地方の生活環境を合理化
1の問題は、金を貯め込むばかりで使わない、デフレの燃料になっている高齢者の金をどんどん若者に移転する。具体的には相続税を大増税する。

2は長年にわたり女性は就労機会において差別され続けている。せっかく就職してもなんだかんだいわれて辞めざるを得ないケースもある。もちろん平均賃金は同世代同学歴男性に比べ二割程度低い。こんな人権侵害は放置できない。

3は、福島の放射能が高すぎる自治体が廃村になって集団移転したケースを参考に、効率悪く、限界集落などに住んでる高齢者を、交通の便がいいところへ集住させる。人が少ししか住んでいないのに、やれ介護施設だ、病院だ、道路だ橋だと金ばかりかかることをしていては、この国は成り立たない。

政治にとってもっとも難しいのは、数が多い既得権益層の利益を損なう政策を訴えて実施していくこと。数が多い既得権益層とは地方の高齢者や首都圏に住む団塊の世代の連中のことだ。そいつらのおかげで原発もぶっ飛んだし、馬鹿な自民党が相変わらず「国防軍」「憲法改正」など戦前みたいなことをほざいて支持されている。

こういう高齢者はあと10年もすると、投票どころか要介護になり、その介護コストは若者の肩に重くのしかかるようになる。そういう事態になったときに、納得して介護に従事できるよう、上記のような政策が絶対に実行されないといけない。

将来の介護のための投資を怠り、憲法改正だとか、ばかげた妄想にとりつかれたヒトラーみたいな党首が軍事費に金を注ぎ込むのだったら、若者は根こそぎこの国を出て行く覚悟である。そうなればこの国はまるごと乳母捨山と化す。

そうならないためにも、若い私たちはブログやツイッターを使って、ぜひとも新しい未来を切り開いていきたい。

2012年12月8日土曜日

東京18区、私は菅直人に投票する

私が住んでいる小金井市の選挙区は、東京18区。元総理大臣の菅直人、共産党、未来の党、日本維新の党がいて、衆院選の象徴的な選挙区とされる。

菅氏は、総理大臣の立場で、爆発する原発に震え上がった経験を持つ、人類史上でも珍しいキャラ。自らのライフワークを脱原発ととらえ、「最後は「植物党」」を作りたい」と寝言を言っている菅直人に、愛くるしさを禁じ得ない。植物党の由来は、もともと地球の大気のほとんどが二酸化炭素だったのを、酸素を作り出して私たち人類生存への道を開いてくれたのが植物だから。

好きだー!そういうの。グリーン革命を進めることを忘れちゃいけない。


家事を外部委託するかどうか



毎日毎日、365日、飯食って風呂入って、これ一時間近くかけて片付ける。
結婚して子供産んで、理想と現実。家事育児はもう完全に持久戦。子供手当欲しい。

昔ある調査で、家事に報酬を払ったら、数十兆円にもなるということが分かったそう。とにかくこの家事というのは紛れもなく、労働、仕事、であって、余暇でないことは間違いない。

私は人よりたくさん寝たい。その一心で、なるべく短く済むようにしているし、音楽やラジオを聞きながら、気を紛らわせながらやっている。

将来は寝ているあいだに誰かやってくれたらいい。しかし私の場合はもう結婚しているので、自分の稼いだ給料で奥さんを食わせて家事をやらせるという人生はあり得ない。

自分でやるか、または、金持ちになって家事サービスの会社に委託するかどっちかだ。しかし後者の場合寝不足になるおそれがある。寝不足になるくらいなら、数十分で終わる家事をやった方がマシだ。

2012年12月7日金曜日

eLTAX使ってみた!




eLTAXは地方税ポータルシステムの呼称で、地方税における手続きを、インターネットを利用して電子的に行うシステム。エルタックスと読む。

パソコンには専用ソフトPCdeskをインストールしてつかう。

必要なのはPC、インターネットほか、公的個人認証が付与できるもの(電子証明書が保存された住基カード)、ICカードリーダ。

何が便利って、郵送したり手書きしたり、弥生で出すときに、印字位置をアホみたいに帳票に合わせて調整したりといった手間が省ける。

納税申告は国民の義務だから、こういう利便性の高いサービスをどんどん国は提供すべきだし、国民はどんどん使うべきなんだけど、ところで、この画面のインターフェイスデザイン。


給与支払報告書の入力画面である。別に15年前とか、中国で作られたものではなく、いま現在も現役の日本政府が作ったもの。

日頃スマホの、マルッとした、ツヤッとした、洗練されたアイコンやインターフェースに見慣れた若い人には敷居が高いが、スマホのアプリと違って、電話すれば超親切に使い方を教えてくれる。もちろんそういうオペレータも税金で雇われている。

何年か前からこのシステムは知っていたが、小金井市が先月からeLTAXに対応するようになったため、このほど導入した。総括表を取りにわざわざ市役所に車で行ったら、市民税課でこのことを知った。総括表は要らなくなった。何十年間にもわたって、会社の経理担当者のあいだではおなじみだった紙の書類がまたひとつその役目を終えようとしている。

2012年12月6日木曜日

年末調整で腑抜けにされる給与所得者

日本のサラリーマン(サラリーウーマン)は自分の給料から、税や社会保険料が天引きされるために、納税者意識を持ちにくいとされている。

納税者意識を持たないから、ポピュリズム(大衆人気取り)の政党に投票する愚を犯す。

すっかり骨抜きにされる給与所得者たち。

国にカネを取られているという感覚は、やはり自分で税額を計算して初めて湧いて出てくる。計算には手間も時間もかかるし、いろいろな書類を保管して置かなければならない(整理術)。とはいえ、計算の方法は国税庁が手取り足取り、電話で教えてくれる(ただしウィークデーの昼間のみ)し、内容は小学生でもできる四則演算だけで足りる。e-Taxをつかえば自分のパソコンから申告書を送付することもできる(特別控除のご褒美つき)。

国税庁が各民間事業者(源泉事務を行う主体)に11月に配る年末調整のしかたに、年末調整を行う意義が次のように書かれている。

一般に給与所得者は、一の勤務先から受ける給与以外に所得がないか、給与以外の所得があってもその額が少額であるという人がほとんどです。したがって、このような人について、勤務先で年末調整により税額の精算が済んでしまうということは、確定申告などの手続きを行う必要がないことになるわけですから、年末調整は非常に大切な手続きといえます。(7P 「1 年末調整を行うわけ」から抜粋)
「このような人」「済んでしまう」「手続きを行う必要がない」  いかにも、東大卒の官僚が書く、徴税事務に関心を持ちようもない一般の給与所得者をバカにしたような書き方だ。どうせ連中はダメで間抜けで税金の計算なんて出来っこないんだから、こっそり天引きして済ませてしまえばオッケーだよ!と国税庁は言っているのである。

ちなみに、民間企業が経理社員を雇ってこうした国の徴税事務の一端を担わされるのは、コストがかかるがその分の給付が国から無いことを理由に、ある人が昭和50年代に損害賠償訴訟を起こした。

しかし裁判所は、「まあそのくらいの負担は、できなくはないでしょう」などという意味不明の言い訳とともに、国の源泉徴収事務の民間委託を合法とする判決を下した。

ちなみに、来年1月から、25年間にわたり、天引きされる所得税に「復興特別所得税」※が上乗せされる。お祈りの時間です。もう二度と、この国に地震や津波が起こりませんように。合掌。

※復興特別所得税は、所得税の税率に2%が上乗せされる。くわしくは国税庁ホームページ掲載「復興特別所得税の源泉徴収のあらまし(PDF)

2012年12月4日火曜日

他人の電子証明書でe-Tax電子申告に挑戦

社長は友達。経理は僕。

という感じの株式会社を運営して早6年。長年、税務申告書類の法人代表印の代わりに電子証明書を付けてe-Tax申告してきた。

e-Taxというのは本来紙ベースで国税庁へ郵送するべきものを、自宅にいながらにして、画面上の申告書を作成していくだけで、申告が終わるというたいへん便利なもの。紙だと印鑑を押せるが、電子申告は印鑑を押せないので、代わりに、自治体がタダ同然でくれる電子証明書を付ける。

e-Taxも電子証明書もメチャクチャ税金が投入されているに違いないから(まあ、イージス艦ほどではないかも分からないが)、こういう便利なものは利用者としてサービス享受することで取り戻さないと。

法的には法人代表者の電子証明書でないと手続き上受け付けてもらえないのだが、システムはなぜか法人代表者以外の電子証明書でもパスして、受付が完了してしまう。だからずっと私がやってきた。

ただ、ふと違和感を覚えて、武蔵野税務署に「代表者以外のものの電子証明書を付けてやってきたがOKだったか」と訊いたら、とりあえず「OK」。でも、今度から法人代表者のものに変更して下さいとのこと。

なんか、緩い。手続きに瑕疵があっても云々というの、行政書士の勉強の時を思い出すな。また再開しようかね。

とりあえず備忘のために書くが、今度代表者の電子証明書を、e-Taxの利用者情報登録>電子証明書登録・更新で変更することとする。

でも、これ私が気が付いたいまのタイミングで慌ててやる必要あるのだろうか。これまでのものは大丈夫だった、これからはうんぬんというのって、税務署は管理しているのだろうか。

まるでマラソンのような、自分を律して取り組むべき、日本国民の義務である。

アキバチューナーカンカン設定奮闘記【重要追記あり】

いけない機能搭載 地デジ/BS/110度CSデジタルダブルチューナー【AKB-PVR202】、通称カンカンを買ったかもしれない。

この愛くるしいパンダのような名前は、このチューナーが秋葉原で営業している吹けば消し飛ぶようなゲリラ的メーカーのささやかな自己主張である。

買ったかもしれないのは10月末だったが、設定にきっと鬼のような時間がかかると思い、後回しにしてきた。それを昨日、ついに手がけることにした。まずは、分配機やアンテナケーブル、HDDを用意。

壁に付いている30キロの液晶テレビを外して、HDMIケーブルが付いていることを確認。カンカンの後ろにつなげる。その他ケーブルを全部つなげて、ハードディスクもフォーマット、登録した。これで問題なくチューナーでテレビが見られるわけだが、たまたま、後ろにイーサネットの端子を見つけてしまった…。なんだろう?

メーカーも、私も何をやっているのか、目的もはっきりしないなかで、あれこれ設定してみたところ、LAN内のほかのPCからカンカンにつなげたHDDにipアドレスでアクセスできる状況となった。

ところが、これを試みたところ頓挫。もちろん、そのHDDをサーバとしてほかのPCから、自分で作成したファイルをバックアップ目的等で保存するために、どうしてもLAN上から見える必要があってだね、こうやって苦労しているのは、いうまでもなかろう。何かこのチューナーで視聴目的以外の機能を使ってどうこうするということは考えたこともないし、知らない。

わかるな?

さて、この時点で午前三時、しかも次の日は朝から予定があったので寝る。

次の日。

LAN上の目的不詳の「ある」サーバに、自分のPCで自分で作ったデータファイルを保管する目的でアクセスするには、当該サーバを操作するカンカンのリモコンのメニューボタンを押して0000を入力。デバッグモードになるので、以降は、


2.ネットワーク設定を行いテスト後保存を選択
3.リモコンで電源を切る
4.電源ケーブルを抜く
5.電源ケーブルを挿す
6.リモコンで電源を入れる
7.メニューからIPアドレスを確認する
8.PC側から確認したIPアドレスを入力する事でpublicと言うフォルダが現れます。

エクスプローラーで\\192.168.0.** などと、設定したIPアドレスを入力すればよい。これで心置きなく、チューナーがたまたま持っていたにすぎないサーバ機能を、メーカーも一切想定しないことで使って、余剰HDD資源にデータを、もちろん自分で作ったファイルを、アップロードして安心して保管できる。

いけない機能を搭載したチューナーだが、その機能については知らなかったことにしよう。これからも知らない。

【追記】2013.4.7
このアキバチューナーカンカンは結局、録画した映像を再生すると途中で止まるという不具合が、何をしても改善されなかったので、販売元に返品した。メーカーサポートはUSBコントローラーの相性の問題とか何とか言っていた。結論としてこの機械に3万円払ってまで、録画したいものもないしファイルを移動してどうのこうのという必要も私にはなかった。合掌。ちなみに、代わりに買ったのは、バッファローのWチューナー地上・BS・CSデジタルHDDレコーダー1TB DVR-W1V2/1.0T 17,397円である。こっちの機械は、番組表の表示も録画予約の操作も非常に早くて快適だ。面倒なLAN設定はそもそも機能としてない。

2012年12月2日日曜日

居場所なき若者

タイトルが、陳腐!書いてみて、自分で引いた。

言いたいのは昨日の午前三時頃、近くのセブンイレブンに行ったら、その前の公道上で数人の若者(高校1年くらいか?)がたむろしてるのを見たから。ダンスとか踊って。女子もこの寒いのに縁石にしゃがみこんで何するでもなく見てる。

思わず昭和か?って思った。

「中央線随一の文教地区」などと、新築マンションのチラシに書かれる小金井だが、こんな光景もあるんだなと。

このブログが最も読まれたのは、昨年の佐藤市長のゴミの問題。保守政治家が固める広域連合や自治体が小金井のゴミを受け入れてくれない。で、保守系の前職に市長が交代するやいな受け入れ再開。

結局このあいだ、日野市が国分寺と小金井のゴミも受け入れる新しい処理施設を作ることでひっそりと解決。下手なこというとまた「やーめた」と言われかねないから、議会も市長もおとなしくしている。

もう保守系の市長は用なしだから、さっさといなくなってもらいたいものだが。だいたい自民党首長という時点で、じつに不本意だ(もちろん共産党とか公明党よりはまだマシかもわからんが)。

さて、その佐藤前市長だが今は小金井コンパスというブログメディアの編集長をやってるようだ。このブログ記事がなかなか読ませるんだな。さすがは元記者だ。次の市長選でまた、立候補すればいいと思う。

2012年11月29日木曜日

日本の若い女性はどう思っているのか

私のように女性問題に関心を持ち、研究者の書いた単行本とかばっかり読んでいると実際のところ、大学を出て都会で給与所得者として働く女性たちがどう思っているのか、については当然疎くなる。

そんなわけで、たまに、東京でサラリーマンをしている弟(11歳年下)と話をするのは重要だ。

弟に、先日のノルウェーの法律の話をした。つまりノルウェーでは法律で強制的に、男性社員の育児休暇取得を一定週数以上義務付けるとか、取締役会の4割以上を女性にしないといけないというやつ。ノルウェーは働くお母さんにとっても優しい国なのだ。

弟が、ノルウェーのような法律を日本にも持ってくることに反対した主な論拠は、周りの女性を見てると年齢問わず相変わらず、専業主婦の地位が日本では相変わらず魅力的であり、そんなにまでして働きたくないというのが女性の本音だからだという。

驚くべきことに、弟は、男の自分でさえ、専業主婦のような地位、つまり、自分より稼ぐ配偶者を得て、家で子育てやパート労働などして過ごす人生に、憧れを抱いていると告白した。難関私立大学を出て、今は丸の内の金融機関で、同年代の平均給与の倍近くを稼ぐ独身男がこういうのだら、複雑な心境となった。

日本の専業主婦の地位の魅力は、圧倒的に大きい。それに対して、給与所得者の魅力は下がる一方なのである。

まあでもそりゃそうだ、と。夫が金をかせいで持ってくるんだから、奥さんから見ればそりゃ不労所得だ(本当はアンペイドワーク=家事の分、不労という言い方は正しくない)。金をペイドワークで家計に持ってくる配偶者は、不動産のような投資目的の「資産」のひとつと考えたほうがいいのかもしれない。

まあしかし私は、それでもノルウェーみたいに男を、法律で強制的に家庭にひっぱりこんだほうがいいと思っている。だって愛を誓い合った夫婦なんだから、お互いの仕事を「シェア」するのが自然なのでは? 特に、家事というアンペイドワークをシェアしあって始めて、配偶者なんじゃなかろうか。

いくら専業主婦が魅力ったって、専業主婦のようなことを10年もやってくと頭腐ってくるんで。この労働のつらさはぜひ、相手にシェアしてもらわないと。

弟は独身だし、まだ若いな。ふふ。

2012年11月28日水曜日

dell LATITUDE E5500中古で2万

今日は、いつも覗いて安値でパソコンを拾っている愛用のサイト、GENO(geno-web.jp)で、Intel Core2DUO 2.6GHz、Windows7home、メモリ2GB、120GBHDDがなんと2万切っていたので即買い。え?なんに使うかって? そんなの予備用に決まってるじゃないですか。それに、デルのノーパソは私は未経験。触ってみたかったんだー。

キーボードの初期不良で交換するトラブルはあったけれども、やっぱりデルだけあって、いいです。何がいいかっていわれると困るんだけど、前にadobeのソフトで不具合をいくらアドビのサポートに問い合わせても原因がわからず、そのソフトをデルのパソコンにインストールしたらその不具合が出なくなった件以来、デルやHPを信奉してます(ちなみに不具合が出たパソコンのメーカーはマウスコンピュータ)。

最初から無線LANが入っているのもいい。当たり前といえばそれまでだけど、2万弱ですからね。これ。

パソコン買ったら私が最初に入れるソフトは以下のとおり。

  • Google Chrome
  • Google日本語入力システム
  • Mozilla Firefox
  • 愛用しているエディタ(MIFES)
  • Microsoft Security Essencials
下手なスマホ買うくらいならこうやってパソコン買ったほうがぜんぜんいいだろう。非力なスマホの本体代とばかげた通信費のために、毎月払う金の高さといったらない。ほんの3ヶ月もすればこんな中古のノートは余裕で買えてしまう。


自民党が力を盛り返すのだとしたら

何というか、民主に期待したのに増税とかで完全に裏切られた若い人たちは、きっともう選挙に行かないだろう。

あとは地縁と二世議員満載の自民党だけが、選挙にワセワセ行く、数が多い、土建万歳、男尊女卑、政策オンチの地方の高齢者らに支持されて一人勝ちする感じ。

もう(選挙に行かずスマホばっかり見ている若い人たちは)国防軍で玉砕するしか道はナシ!

私はこのブログでノルウェーとか北欧の社会福祉や男女が平等にアンペイドワーク(家事)をシェアして協力し合う社会のことを書いてきた。オバマの医療保険改革に心から感動した。

憲法だって、さんざん守ろう、大切にしようっていってきた。なのになんだろうこの圧倒的な保守のムーブメントは。

自分の生まれたこの国のあまりの「前近代」ぶりには寒気を催す…とか書いていたら、未来の党とかいうまあまあなあたらしい勢力が登場。

未来の党にしよう。これからは。

今読んでるデフレの正体という本。書いてある、景気は小手先だけの国債増発ではどうにもならんと。人口が減ってるんだからダメだって。借金がどんどん増えて、ますます少なくなる一方の次世代の子供らに重くのしかかるだけだって。

安倍というのは珍しいくらいの馬鹿だ。

2012年11月24日土曜日

発言に違和感を覚える保守政治家

世襲を責められたら「選挙の争点としてはさみしい」。
「国防軍」を無理だといわれて「民主党が与党のときだって何してたってんだ」。
インフレ対策に国債を日銀に買わせりゃいいと平気でいう、経済音痴。
原発は、どんどん再稼働。

小学六年生だって、ちょっとした小論文でこんなことを書いたり言ったりしたら絶対に合格はおぼつかないだろう。それを、Aという保守政治家が厚顔無恥にも堂々と言っている。馬鹿というほかない。

こんなアホが総理になりそうだってんだから青ざめる。もう絶対に税金なんて払いたくないし、テレビも見ない。勝手にやってほしいという心境になる。

まあこれほどの馬鹿が、それでも担ぎ上げられようとしているんだから、何か裏ではよほどのことが取り交わされているのに違いない。何だろそれ。まったくわからない。わからないものには、お金は払わない。やっぱりだから、税金は払わない。

2012年11月22日木曜日

地球でイチバンお母さんにやさしい国ノルウェー

NHKの地球イチバンという番組で、一番お母さんにやさしい国としてノルウェーをとりあげていたので興味深く観た。

ノルウェーでは、

  • 一定時間以上の育児休業を取ることを男性は義務付けられている。
  • 男女とも、その割合が取締役会の4割以上を下回ってはいけない。
  • 離婚した夫からの養育費の滞納があった時は国が変わって払う。
  • 育児休業から戻った社員の不利益な取り扱いは禁止する。
  • 育児休業中の社員の給料は国が払う。


こうしたことが法律で義務付けられているという。

だいたい日本のメディアは、北欧の高福祉国を取り扱うと、次のような「オチ」をつけてネタを〆てしまう。

「消費税は25%にのぼる」

それが何か? 日本も同じような法律をいますぐ制定するべきだ。

私は消費税ではなく相続税をバーンと上げて、子育て世帯への福祉にまわせば良いと思う。それに、日本でも会社に縛られたお父さんを家に戻すために、法律でノルウェーみたいにすればよいだろう。法律で決めてしまえば、いっせいにそうなるからいいと思う。

とにかくこのままでは日本は、後進国とバカにされても抗弁できないだろう。この間も、公衆トイレで出産してすぐ生まれた男児を絞め殺し、フラフラになって出てきた女子高校生を保護したというニュースがあった。自分の国でそんなことが起こるなんてかんべんして欲しい。

教育から社会制度から、なにか間違っているに違いないと思わずにはいられない。

消費税を上げるということに、従前なら原理主義的に反対だったが、子育てに取り組む若い人たちの福祉の増進のためならばいくら上げても構わないという心境になった。相続税とセットで上げるべきだ。

さて今度の衆院選挙で、ノルウェーのような先進的な法律をマニュフェストで約束する政党はいるのかどうか。それとも土建とインフレで戦前の悪夢のようなプロセスに逆戻りするサル山のような政党だけなのか?


冒頭の番組で、パブで取材したある男性が言った言葉。

「一日中子供の面倒を見るために家にいるなんて、考えただけでゾッとする。そんなことを女性だけに押し付けられるわけがないだろう」

至極名言だ。

2012年11月21日水曜日

政治的メッセージを家族写真につけてみるとPart2

おもしろい。やってて。第二弾はいま旬の脱原発ネタで。
原発やめてほしいんです。


政治的メッセージを家族写真につけてみると

政治的メッセージを家族写真につけてみるとどんな感じになるかやってみた。

テーマはもちろん護憲。

人々が保守政治家に頼る気持ちはわからないでもないが、憲法は関係ないと思う。
そっとしておいてほしい。


七五三

ネットのレンタルコスチュームを使って、近所でロケハン。picasaで編集してこんな写真に仕上げてみた。背景に写っている瀟洒なロッジ風のたてものについては秘密です。

衣装代は13,000円。カメラは持ってた一眼レフカメラ(ニコンのD80という古いもの)。スタジオアリスだの、近所の写真館だのといった立派なスタジオで写真を撮っていたら家計の持続可能性がきっと損なわれていただろう。

消費税簡易課税制度選択不適用届出書提出期限を知ろう

消費税簡易課税制度選択不適用届出書の提出期限は、適用を受けたい決算期が始まる日の前日である。

社員に給料(=非課税仕入)もろくに支払えず課税仕入ばかり多くて赤字を垂れ流している、日本の中小企業の殆どの場合、この書類は、まさに金券だ。

特に、簡易課税制度を惰性で2年以上使ってでダラダラ弥生などで決算している私などが該当する。

ちなみに売上が一千万を下回ったら、消費税の納税義務者でなくなった旨の届出書を即座に出すことはさすがに私も忘れない。

これからの人生、消費税が上がる一方だろうから、こういう書類と提出は一層重みを帯びてくる。

2012年11月19日月曜日

夫婦円満の秘訣は互いに我慢

こんな記事を見た。
夫婦円満には「我慢や忍耐」85%=ストレス胃痛も-ライオン調査

 いい夫婦でいるためには85%が我慢や忍耐が必要と考えていることが、ライオンが既婚男女を対象にした意識調査で分かった。また仲の良い夫婦の約4割がストレスが原因の胃痛を経験しており、「おしどり夫婦」でいようと懸命に努力する様子が浮かび上がった。ライオンは「仲が良い夫婦ほど言動に気を付けているようだ」と分析している。
 調査結果によると、「周りの夫婦に比べて自分たちはいい夫婦だと思っている」人は全体の86.6%。このうち38.1%が夫婦間のストレスが原因で胃痛になったことがあると回答した。夫婦げんかを避けて相手に言いたいことを我慢する人の割合は女性67.2%に対し、男性は81.2%。これだけは言わないように我慢している言葉では、女性は「もっと稼いでよ」(34.5%)が最も多く、男性は「もっとちゃんと掃除してよ」(22.7%)だった。
 調査は、語呂合わせで「いい夫婦」となる11月22日に先立ち実施。10月12~14日にインターネットで、20代後半から40代で胃痛を経験したことのある首都圏在住の既婚男女500人を対象に行った。(時事通信 2012/11/17-15:36)
私ごとで言うとまったくこれはそのとおりだと思う。忍耐や我慢。私は、毎日の単調な家事や、掃除をひたすらこなすこときに忍耐が必要だと感じる。妻や子供が病気になった場合、家事や育児の労働は倍になり、過酷さが増す。そういう時も文句を言わず忍の一字で乗り切る精神力が必要になる。

結婚は自分の欲を捨てて他人のために人生を捧げるフォーマットにほかならない。色即是空、まさに禅の境地だ。これが円満な結婚生活の本質だろう。胃が痛くなるんだったら、せいぜい質素な食を心がければ良かろう。もしこういうのが耐えられないのなら、孤独な人生をまっとうするほうが社会にとっては害悪が少なくてよい。

決算逃避行としての食器洗い機とPC設置

経営している会社の一つが(微妙に嫌味か?でも全部奥さんと私だけならどうか?)決算の申告期限まであと二週間と迫っている。こういう時は普段やらないような家のことについて、俄然やる気が出る。おなじみ逃避行だ。

今回は2つばかりやってしまった。一つは食器洗い機の更新。これまでTOTOのを使っていたが、今日ネットで安くパナソのを買った。コジマでは工事費込みで7.5万のところ、カカクコムの業者で買ったので5万かからない。コジマのような量販店の店頭で、高い金を出して高齢者はカネを使うべきである。しかし若い私は高齢者のための国保の支援金や介護保険など負担しないといけないので、なるべく節約できるところは節約しないといけない。家計を持続させなければ。

買って開けて予想通り、うちの分岐水栓には一切合わない。コネクターと、分岐水栓から取り外した金具を、Jマート三鷹店に持って行って付けたいと言ったら親切に教えてくれた。それで、ちょっと短かった排水ホースの延長用のシリコンホースも買ってきて、無事に自分で設置できた。

大変満足だ。

もう一つは、家事の合間にやるダイニング用のパソコンの更新。これまた激安のパソコンを用意して、設置。プラネックスの無線LANの親機によってはなぜかiTunesの共有サーバー機能が使えないことが判明。これはプラネックスに問い合わせした。

まあ使える親機を使えばいいだけの話だが。ただ、使えないほうが、新商品で値段も高いのでなんとなく納得行かない。

買った機器の機能のうち、ある機能は使えないというのはなんか嫌だ。その分損した気になる。

明日からまた決算だ。税理士に頼めば7万かかるが自分でやるからその分は支出がない。もちろんアホな決算作業の機会損失はあるんだけど、決算は自分でやると決めている。

まあ貧乏なだけで。いつかは、決算は税理士に、家事は家事代行業者に任せて、自分は海外のインテリア雑誌を眺めてコーヒーを飲みたいと思う。そういう日はあと何十年かは来ない気がするのだが。

2012年11月14日水曜日

現代文明人におけるマンネリズム

現代文明も、トイレに入れば蓋が自動で開き、暖かい便座で用を足し終わって立てば勝手に水で流してくれる。水量は徹底的に節水を計算され尽くしてきわめて少量、しかも「銀イオン」なので汚れも付きにくいところまでくれば、あとは何があるってんだろう。

何不自由ない暮らしのはずが、じつはそのトイレの電気代も爆上げしそうな今日この頃。何がつらいかといえば、朝起きて、仕事、帰ってきて家事をしてブログ書いて寝る。それまでのプロセスが、ここ10年ほど寸分違わず違わないという、生活のマンネリ化である。

いや、もちろん病気になったり、事故に遭ったりして人生が一変してしまうことを「思えば」まあ幸せかもしれんが、幸いそういうこともなく、生活のマンネリだけが圧倒的な相貌をもって私の心にしみ入ってくる。迫ってくる。

暇と退屈の倫理学という本も読んでみたが、もちろんそんな読書体験ぽっちでこのマンネリ化という波に抗うことは不可能である。

ブログも書いてせいぜい発散するのだが、このブログの内容自体、もしや過去に似たようなことを書いたのではないかと寒気をもよおす。

2012年11月13日火曜日

チダイズムの紹介

今日は、日に15万アクセスを誇る「チダイズム」というおもしろいブログを紹介します。今日だけ、ですます調になりますが、チダイズムがですます調なので合わせてみました。

私は常日頃から最大の疑問は人々の多くがなぜ、自民党のような極右の変態保守政党を支持するのか、なのですが、自民党に対してそのように考えている人はそれほど多くないことも知っています。

むしろ変態政党は社民や共産こそ、そうだろうと思っている人が多いでしょう。

私は、結局、道路とか公民館のようなハコモノ、土木事業などの公共事業(雇用)、そして原発!を、中央から引っ張ってきた偉い先生ということで自民党がズーッと支持されてきたんだろうと考えるようにしています。そういうことがなければ、生活も成り立たないような人たちにとって、自民党は頼りがいのあるゴッドファーザーだったのです。

次の衆院選で、自民党が民主党とか、その他の小規模新進勢力を凌駕して圧勝することが見込まれているようですが、それも不思議ではありません。ちょっと前に小金井市長が革新の市民派から出ましたが、彼はゴミ焼却を担っている広域連合のじじいたちに「友達」として受け入れてもらえず、市のゴミの行き場が無くなりそうになりました。

市民派市長が、この責任をとって辞めたあと、自民党の、何期も務めてきた元現職市長が返り咲きました。そのとたん、市のゴミは「友達」に受け入れてもらえることになったのです。八王子市市長(小金井市のゴミを受け入れるかどうかを決定する発言力がある自民系)はこういいました。「友達が困っているのを見過ごすわけにはいかない(から小金井市のゴミを受け入れる)」 市民派の市長は友達じゃないから困っていても知らんぷりというわけです。

自民党というのはこういうふうに、不思議なネットワーク、神通力を持って、いろんな人たちを結集することに長けています。専門馬鹿のたこつぼ化してバラバラになり、結局まとまった政党の体をなすことなく常に少数のまま終わる左派・革新系の連中とはそこが違います。日本の選挙、農村民主主義をよくわかっている。

さて、ユニークなブログを見つけたので、ぜひ皆さんに読んでもらいたいと思って以下に引用します。ブログのタイトルは『チダイズム ~毎日セシウムを検査するブログ~』。文才豊かな放送作家が、自分で、毎日食品の放射能を計っては数値を公開しています。

中でもおもしろかったエントリーがこれです。

原発交付金とは何なのか。2012-07-12 23:59:59

テーマ:原発事故・東日本大震災

皆さんは、「お金」、好きですか?僕はもちろん、大好きです。
一度で良いから、ゲスな雑誌の後ろの方に載っている、超強運になれるブレスレッドを買ってみて、宝くじを当てて、両脇に美女を抱えながら、札束風呂に入ってみたい!
しかし、残念ながら、恋もお金も片想い!
カワイイ女のコも、福沢諭吉も、僕のようなキモい男には寄り付かず、寄ってくるのは、「ハエ」と「放射能安全オジサン」だけ。
ハエは手で振り払えば良いんですけれども、放射能安全オジサンは、とっても厄介です。
その飛び交い方たるや、「アフリカか!」
とツッコみたくなるほど。
そんな中、またまたオッサンにコメントをいただきまして、「オマエは差別野郎だ」と言われてしまいましたので、今回は特別に、「原発交付金って何?」という話をします。
ちなみに、オッサンからのコメントは、こちら。
原発マネーが地元民にも下りているような発言は訂正するべき。
関電のPR館だから地元民には1銭も下りていない。
そういう目線で地元民を差別するな!
電気を使わず、CO2を出さないために、あなたはどれだけ努力をしたんですか?再稼働していない原発は安全なのか?メディアに騙されないで、地元民の意見を聞いてから真実を言うようにしてください。
あまりに酷い発言は裁判沙汰になります。
野球場は、福井県のプロ野球チーム、エレファンツの練習場と試合会場です。
それぐらい調べれば、すぐわかるだろうが!
あなたのやっていることは反対ではなく、差別です。
本当に反対なら自分が環境に対して、こんなことをやってるとか、原発に頼らずに、こんなことをやっているということを書きましょう。
おおい町は国民がイヤな原発を受け入れてくれている数少ない自治体です。
私はおおい町民ではないが、おおい町民に感謝しています。
おかげで電気が使える!
批判は何も生まない。
批判するなら行動を!

オッサンの言っていることが、だんだんとブロンズ像のクソババァが言っていることに見えてきましたが、この方のコメントを読んで思うことは・・・。
「おい、大丈夫か?」 
まず、「原発がイヤなら電気を使うな!」の理論についてですが、僕も原子力で発電した電気なんて使いたくないので、「他の電気を使わせてくれ!」
と思っています。
発送電分離で、電力会社の参入が自由で、なるべく自然エネルギーを中心に発電してくれるような電力会社があれば、少しくらいお値段が高くても、そちらに乗り換えます。
そうです、消費者の立場からしてみれば・・・、原発がイヤなのに、強制的に原発で発電されているんです。
ロックやパンクが歌いたいのに、町の条例で「合唱」しか認められていないようなもので、何が悲しくて、目をギョロつかせながら、口をパクパクさせて歌わなければならないのか。
好きな歌を歌わせてほしいのに、選ぶ権利がまったくないのです。
しかも、原子力は二酸化炭素を出さないから「地球環境に優しい」とかホザいていますが、二酸化炭素を出さない代わりに、地球上にいるすべての生命に悪影響を及ぼす、とんでもない高レベル放射性廃棄物が出る原子力発電の、どこが地球に優しいのでしょうか。
殺人鬼が席を譲るようなもの。
ちょっと席を譲ったくらいで優しいと言っても、実際には、いっぱい人を殺しているんだから、優しいどころか、「悪魔」です。
ですから、電力会社の一社独占システムを一刻も早く辞めていただきたいわけですけど、原発の話をするとキリがないので、今日は、「原発交付金」の話をしたいと思います。
皆さんは、数々の豪華なハコモノに使える莫大な原発マネーは、どこから出ていると思っていますか?実は、これらはすべて僕たちの税金ですが、所得税や消費税の中から支払うわけではなく、「原発専用の税金」というものが存在します。
世界のイエスマンにして、空前のバカであるクルリンパ野田首相は、いろんな国にお願いされまくって、世界の国々に14兆円をばらまく約束をしました。
「あの国も、日本に金もらったらしいぜ!」
「マジか、俺たちも日本から金貰おうぜ!」
こんな調子で、次から次へと、いろんな国がクルリンパ野田のもとを訪れ、おだてたのです。
「豚もおだてりゃ金を出す」。
いまや世界共通の「ことわざ」になりましたが、ちょいと「プライムミニスター」と褒めるだけで金をくれる黄金の豚。
そのため、世界からは「さすが野田首相。
アンタ、最高だよ!」と言われるようになりました。
もちろん、致命的にバカなクルリンパ野田は、「アンタ、最高だよ!」
の意味を、褒められているんだと勘違いしているようなんですが・・・。
仮に、消費税を上げたとして、まったく税収が落ち込まない奇跡が起こっても、期待できる増税による税収は、10%にして13兆円です。
つまり、僕たちの生活費が、毎年12万円も無駄に消費税に消えることになって、生活が苦しくなっても、その苦しみが東日本大震災の被災者たちとの痛み分けになるのかと言えば、まったくそうではないのです。
どこぞの知らない外国人がジャパニーズマネーをもらい、楽しく過ごすだけのことです。
震災の復興もままならず、国民から金を取り、どこぞの外人のために金を使ってしまえば、いろんな所でお金が足りなくなる。
増収しても税金が足りなくなりそうだとならば、いよいよ税金の無駄遣いを減らすしかなくて、「事業仕分け」みたいなこともやりました。
しかし、そんなことをすると、貴重な貴重な原子力マネーが減らされる心配が出てしまう。
そうならないために、原発マネーの確保には作戦があったのです。
いちいち予算を分けてもらうわけではなく、皆さんがお支払いの電気代に月々110円ほど税金を載せて、それらをすべて原発マネーに!
これを「電源開発促進税」と言います。
一般の税金と完全に分けられているため、月々の電気代から徴収された原発専用の税金が、例えば、東日本大震災で家を失った被災者のために使われることはありません。
あくまで、原子力の推進のために使います!
しかも、最近は新しい原発が建てられておらず、使い道がないので、経産省や文科省の天下りに使われる始末で、それでも余って貯金している、ものすごい税金なのです。
このお金を、少しは震災のために使ったらどうなのかと思いますが、あくまで原子力の推進以外に使うつもりは、まったくない様子!
原発マネーとは、実に闇の深いものなのです。
これらの詳しい話も、今、本にまとめていますが、原発が立地している住民たちは、お金に毒され、次々と心を奪われていった歴史があります。
賄賂としか呼べないようなお金で魂を売ったポンコツのクソ議員に比べれば、原発がある市町村で暮らす住民の罪は軽いと思いますが、それでも、完全に罪がないわけではありません。
原発を押し付けた僕たちにも責任がある。
お金で魂を売った町の人にも当然、責任はある。
みんなが責任を負うべきだ!
まずは、「原発交付金」の仕組みを知ること。
原発には、推進するための専用の税金があり、莫大な金を使って、人々の魂を買っています。
僕の行動は、「原発ありがとう!」
なんてクソみたいなことを言うことではありません。
なぜ、こんなことになってしまったのかを調べ、皆さんにわかりやすく説明する。
すべての行動は、知ることから始まる!
いつまでも「原発」というアホエネルギーに幻想を抱いている場合じゃない。
事故の問題、放射性廃棄物の問題が、まったく解決せずに、「子供たちに託す」という形になっているのは、ジジィどもの無能を子供に押し付けるのと同じ。
テメエのケツも拭けないようなら迷惑をかける前に消えるべき!
いつになったら、メルヘンから抜け出すのか。
まったく先の見えないアホの原発に、いつまで幻想を抱けば気が済むのでしょうか。
この国が滅びる日は、本当に近いと思います。

自民党を支持してもしなくても、結局官僚が日本をあれこれ操作しているという議論もあります。国会で可決成立する法律のほとんどが、議員ではなく官僚が作っているというのが主張の根拠です。

議員なんて官僚の操作でなんとでもなるわけです。 官僚はおもに東京大学などを卒業し、難関の国家公務員一種試験にも合格した超頭のよい人たちです。そういう意味ではまあ、訳のわからない人が、人気だけで議員になってそういうのが国を動かすのに比べれば、だいぶん安心感はありますね。

天下りとか、交付金を自分たちのために使い込んだり、ため込んだりするみたいな目に余るようなことはやめてもらいたいとはいえ。

2012年11月5日月曜日

格差を放置すると増える原理主義

アメリカの共和党や自民党は小さな政府を標榜している。基本的に彼らは格差を放置し、既得権益擁護のスタンスである。

これは問題だ。原理主義が増えるだろう。原理主義勢力が増えないよう、一貫して、物語の力で対抗してきた作家が、村上春樹だ。

村上春樹の警鐘に耳を傾けたい。

原理主義とは何か。いろいろある。イスラム教原理主義(男尊女卑、自由なし)。アメリカのキリスト教右派(進化説を否定)。 日本のなんだろ?ナショナリズム?ネトウヨ。村上春樹は、原理主義に共通するのは、人々から想像力を奪うことだと云っている。まったくそのとおりで、原理主義者たちの、自分たちの思想に与しない人たちへの攻撃はまさしく想像力を欠如したADHD気味の子供のわめき声にしか聞こえない。

日本は弱者にまだ優しいほうだろう。しかし最近は橋下とか石原とか、一般に支持を集めてきている政党集団の右傾化が目立つ。支持しているのは、貧しくて希望をなくした若い世代かもしれない。

原理主義がなぜ増えるかといえば、貧しくて希望もないならせめて気持ちだけでも高ぶりたいのが人情。そこに漬け込んで、大層な物語をインストールして鼓舞するのが原理主義だ。家族も、富も、将来への希望も失った若者たちが、国のため、ムハンマドのため、イエスキリストのため、その他信仰のために人生をかけることを一体誰が責められようか。

格差を放置すると右傾化して、日本はいつか来た道を再び巡ることになりかねない。政府官僚は自分たちの権益保護に奔走するばかりではなくして、蚊帳の外に置かれた人達にもっと再分配の果実を与えることを忘れてはならない。

公正なモラルに根ざした再分配の実践を富裕層や大企業がしないことには、結局自分たちの首を絞めることになるだろう。

こういう大上段な話を、大メディアに属さずに、非常に低いところから孤独に発信している私って偉くないか? (泣)

2012年11月3日土曜日

高すぎる電気料金

http://okwave.jp/qa/q6550904.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1236417762

エネルギーシフトという大変わかり易い番組を、BSスペシャルでやっている。
東京電力の電気代が値上がりするということだったので、電気料金がどういう仕組で計算されるのかをこの度確認した。
その備忘。

アンペアとワット
アンペアは、電流。ワットは、消費電力。
1A=100W
よく、テーブルタップコンセントで15AまでOKと書いてある。1,500Wの消費電力の電気器具までつなげて良いということだ。
また、うちの東電の明細には契約電力:15kvAと書いてある。
kだから1000、つまり15000アンペアかと思ったらそうではないらしい。15kvaとは150Aのこと。ということはテーブルタップで例えると1500☓10個までくっつくということ。もちろん一時にそんな大量の電気を使うということはない。

これに対して、使用電力の欄を明細で見ると3000kwhとか、2000kwhとか書いてある。月によってだいぶ違う。これは一時間当たり、その月、どのくらい電力を消費したかということらしい。

http://www.eco-words.net/fuel/kwh.html

1kWhとは、1キロワットの仕事率(電力量)を1時間続けたときの消費電力量(または発電電力量)の事を指す。
一般的に、電力会社から電気を購入した場合の単位や、太陽光発電システムエネファーム燃料電池)などで発電した電力量の単位についてはkWh(キロワットアワー)であらわされる。ちなみに、単位の「k(キロ)」は1000をあらわすため、1kWh=1000Wh(ワットアワー)ということになるが、Whという表記がされる場面はほとんど無い。
エアコン消費電力が2.5kwとなっている場合、このエアコンを5時間使用した場合の消費電力が2.5kw×5h=12.5kWhとなる。

これを読むと、一ヶ月を30日とするとひと月720時間。夏場なんかうちは、毎時間4000ワットも消費しているのか。それっておかしくないか? 

2012年11月1日木曜日

ファイナンシャルプランナーに相談しよう

今日東京新聞で、お金のことをファイナンシャルプランナーに相談しようというFP啓蒙記事が掲載された。

記事中、企業(保険会社や銀行など)に所属しないで、独立した立場から活動をするFPに相談したほうが中立性が保てるのでよいが、そうしたFPを探すのは数も少なく、難しいとある。探す方法として、ブログを書いていたり、地域の日本FP協会の支部に問い合わせたりすればよいのだそうだ。

ちなみに、ブログを書いている、独立系のFPという定義がまさに現在の私に当てはまる。

相談を受け付けるようなPRを大してしていないので客は殆どいないが、読者の中で、お金の相談をしたいと思ったらぜひとも、気軽に連絡してほしい。

相談料は一時間五千円から一万円、とされているのだが、私の場合は一回の提案書の提出で一万円としている。面談しての打ち合わせは行わず、メールや電話で詳細をヒアリングする。

記事では、借金したり、投資商品を買ったり、あるいは結婚などの節目でFPと相談しておけば、防げる失敗があるということだった。

 記事としてはまあまとまっていた。たしかにそういうこともあろう。では実際はどうか。「数少ない独立系FP」である私のもとに、相談は寄せられているのか。答えはノーである。

 理由を教えよう。

私に言わせると、そもそもFPに相談することができている時点で、その人はもう問題ない。相談しなくてもだいたい自分で解決できるリテラシーを持っているといえる。ファイナンシャルプランナーについて知っているということはネットであれこれ、ググったりして調べる程度の能力を持っているはずであり、そうしたら、物事ほとんど解決することもまた、その人は、知っているだろうからだ。今はFPにカネを払う前に、グーグルが答えを無料で教えてくれる。

ところがFPの存在など一切知らずに生涯を終えていく人たちが世の中ほとんどであり、そういう連中がどんどん金融商品や借金の金利の餌食になっていく。 そういう人たちは、知らないままリスク(地雷)を踏みまくった挙句、FPをすっ飛ばして行政とか裁判所、医者の世話になるような災禍に陥って、最悪の場合生命の危機に陥ることすらある。

古代ギリシャ時代から、物事を知らないということが常に人生の最大のリスクで在り続けている。
歴史としてもそうだし、一個人としても、小学校時代からよく本を読め、と学校の先生に言われ続けただろう。本を読めという先生のアドバイスはまったく正しいのだが、素直に実践する人は極めて少ない(一説によれば、日本の読書人口は800万人と言われている)。

2012年10月31日水曜日

自家焙煎のコーヒー豆店の豆を買って飲んでみる

自家焙煎店のコーヒー豆店のコーヒー豆を買って飲んでみた。出かけた先は武蔵境のなつみ珈琲店。ブログもあるから、拝読してから行けば興趣も深まる。

モカ系の酸味がある、あまり深煎りではないものを求めていったのだが、この店は深煎りが中心。あれがいいこれがいいといった話を店主としていたら「どこにいるの」と仕事場から所在確認。

他の用事も済ませて慌てて帰ってくる。買ったのはグァテマラ、100g720円。

で、一杯70円ほどについたその豆を今しがた、ドリップで入れて飲んでみたのだが満足。熱いコーヒーはいうまでもなく、冷めてもまったく雑味がなくて美味しい。何杯でも飲めるし、いつでも飲める。

場合によっては卒倒するほどにまずい(実際には卒倒したことはないのだが)缶コーヒーに比べるとこうしてブログのネタにもなり、コストパフォーマンスはかなり高い。

これからも折をみて買いに行くことにしよう。

さてこの一連の行動の記録がなぜ、哲学にまつわるのかというとまさにコーヒーを飲む行為こそ哲学的な営みではなかろうか。というよりもむしろ、他にどんな学問が当てはまるかわからないので、とりあえず便利に哲学といってみた。

私にとって、リトルカブで気軽にコーヒー豆だけを買いに、昼間外出するというのはかなりな冒険だ。これほどまでに私にとり、自由に外に出る時間というのは限られている。なぜなら日々の家事育児、そして仕事が・・・ほら、考え始めた。哲学っぽくなってきた。人生にとっての幸せって何か? 生きるとは? 今日はその答えは、満足行くコーヒー豆を求めてバイクを走らせる喜び。みなさんはどうだろう。

2012年10月23日火曜日

電子書籍のデメリット

私は蔵書数が数百冊、年間の単行本の読書数も少なくとも月に1 、2冊程度である。もちろんこれは多い少ないは相対的な評価になるのでなんとも言えないが、本好きを自認している。

読む本は社会、経済、哲学思想など、フィクションを除く人文系である。歴史物も読まない。だいたい海外のジャーナリストや学者が書いたものを好んで読むかも。そうすると出版社としてはダイヤモンド社、NHK出版、日経、新潮、河出、NTT出版、東洋経済あたりが多くなる。

本の形態としては重くてかさばるハードカバーの単行本が多い。

こんな私はだいたいアマゾンのマーケットプレイスで安く買う。電子書籍はソニーのリーダーを試して以来、まったくやらない。電子書籍のデメリットを私なりにまとめてみた。

  1. 機械だから壊れるし、データもいつまでダウンロードできるかわからない。置いたストレージだっていつだって壊れて消える危険がる。そんなリスクが読書という体験とは関係ないストレスをもたらしてうざい。端末も新しくなってしかも価格も安くなり、不愉快なことこのうえない。
  2. 画面で読んでると、一体本の何ページまで読み進んだのかわからず、達成感はまるでない。
  3. ページの端を折れない。私は、重要なところとか、後でネタで使えそうなフレーズのあるページの端を折る癖がある。それができない。
  4. EPUBだの、なんだの、形式があれこれあって馬鹿げている。
  5. トイレで読めない。トイレに置きっぱなしにしている本もあるため。
  6. 絶対に読みたい本というのはたいていマニアックだったり古かったりしていて、電子書籍化されていないことがほとんど。電子書籍化されている本のほとんどがライトノベルとか馬鹿げた自己啓発本、儲からないビジネス書、漫画のたぐい。本当にこれ、という本は一切ない。
  7. 後で読めない。単行本なら買って、部屋に置いておきさえすれば常に一定の存在感を放ち続け、そろそろ読んでみては?と背が語りかけてくる。電子書籍はデータなので見えなくなって忘れたらそれっきり。
そんなところ。何百年も続いてきた単行本で読むという経験があっさり覆るほどの魅力はまったく感じないのが電子書籍である。

皆さんのなかで、もしまだ電子書籍を体験したことがない人は、むしろラッキーだ。そんなものに金を投じるくらいなら本の1冊2冊買ったほうがよほど幸せな気分になれる。これは間違いないだろう。

そして、保管場所がないので、やむを得ず本を断裁してPDFにするわけだが、これは自炊といって、いわゆる電子書籍とは異なり汎用性が高いので問題ない。

出版社は良書を、これからもどんどん紙を使って印刷し、書店で販売してほしい。

2012年10月20日土曜日

『アメリカン・デモクラシーの逆説』渡辺靖著を読んで

渡辺靖氏の著作を読むのは二冊目である。アメリカの現代社会が、緻密で丁寧なフィールドワークで活写され、分析や得られる教訓はとてもよい。

『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書)もまた期待を裏切らない、力作。オバマ大統領が誕生する背景。ゲーッティッドコミュニティ、教会、貧困など現代アメリカの状況の一端を知ることができて有意義な読書体験だった。

私はアメリカが大好きなのだが、こういうふうに無邪気にいえる立場にあることが、じつは幸運だということもまた知っている。

神に感謝しないと。とはいえ無神論なので、渡辺氏に感謝しよう。

2012年10月19日金曜日

禅と家事

NHKテキスト「トラッドジャパン」2012年11月号によれば、比叡山永平寺(厳しい禅の修行で知られる)で修行する200人の僧の1日のスケジュールは、朝四時の起床からはじまる。

朝四時に起きると壁に向かって3時間の座禅。「有数の高僧」を調理長とする9名の厨房専任僧(座禅も獨協もしない)がこしらえた精進料理の朝食。メニューは玄米の粥(おかわり可)、香の物、胡麻塩のみ。

そして食後は、自分の食べた皿を少量の水のみで洗い、あとはもっぱら境内や建物の掃除を行うのだ僧(そう)。

掃除などの作業は、禅の修行において特に大切にされ、「動く座禅」といわれている。開祖・道元は日常の営みの中にこそ禅の心の本質があると説き、これに真剣に向き合う環境として山深い寺を開いた。

これを読んで私はギョッとした。僕こそ、禅の修行僧だ。

主婦なら知っているだろうが、主婦の生活はまさしく禅僧。私もそうだ。

まず朝は6時半に起きる。すぐに、ベットで子供たちを起こす(起きてー起きてーと、いうことが毎日変わらないという点でお経である)。その後、食事したあと自分で皿を洗い、あとはひたすら家事。そのあとやっと、仕事らしい仕事がはじまる。私の仕事は上司のいない社長業。社長業はほとんどが非定型的な雑用ばかりで、これは修行とはまったく異なる活動だ(ただし私の場合、経理、ウェブ更新、文字校正など定型業務も非常に多い)。ここだけは僧とは異なる。

しかし、仕事のあとは再び家事が待っている。禅の時間のスタートだ。

とにかく、暮らしていると家事をしなければ、家はどんどん汚れて、生活も健康も損なわれるのが自明の理である。どんなに欲望を花開かせても、家に帰れば家事をやらないといけない。だったら欲望なんて持たずに家事をやって暮らせばいい。欲望を持つこと自体がむなしい。家事がむなしいんじゃなくて。これって、何もそんな偉い僧が、どっかの寺にこもって「修行」しなきゃならないほどのことではなかろう。ちょっと考えれば分かりそうなものだが。

ああでも、私もそうだが、この無為で、むなしい営みを続けていくうえでは、どうしても行為に「意味」が必要になってくる。人間、無意味こそもっともつらい。ナチスドイツのユダヤ人拷問でもあった、午前中に掘らせた穴を埋め戻させる作業を毎日永遠に続けさせるというのが。結局家事労働もそれに近い物がある。

私の苦行のやり過ごし方は、もっぱら家事中は、放送大学の、好きな人文社会系の講義を聴くこと(涙)。無宗教なもので。

他の人はどうなんだろう。宗教がそこに「意味」を与えないと、やっていけない人生を送っている人はいっぱいいる。無為に意味を与える。それが宗教。

トラッドジャパンのテキストを読んで明日からの家事を励まされたいい気分になった。ありがとう、道元。

最近は一人暮らしの若い人のワンルームがゴミ屋敷化するニュース見ると、人間は弱いから、一人で放置されると家事も出来なくなってしまうんだろう。そこで、やっぱり、家事やるために、山深い寺とか、何百年も続く仏教の教えにもとづく集団生活のようなご大層な「装置」が必要なんだろう。家事が出来ない人が、山にこもって集団で、グループセラピー的に家事をする寺。比叡山延暦寺の私の見立てだ。

家事を毎日することから生ずるむなしさの、負のパワーってマジでそれだけ巨大なんだ。

2012年10月18日木曜日

家が家電化している

昔、家、建物といえば数十年、数百年はもってあたりまえの資産だった。文字通りそれは不動産だった。ところが最近は、家がもって十年(ただし津波や地震が来なければの話だが)という風情である。

もちろん、基礎、柱、梁といった筐体はまともな会社が建てたものなら数十年は持つ。ところが、なかで暮らす人間に接する部分、インテリアや住設機器の寿命がとても短くなっているように思える。

というか、昔の家にはなかった住設を最近の私たちがどんどん取り入れ始め、それらの機器の寿命が最初から短いということなのだ。

私が最近これを痛感したのは、風呂をリフォームしたから。リフォーム前はタイルの風呂だった。20年近く経ち、タイルのひび割れなどから水漏れして、柱の一部が腐ってしまった。それでリフォームすることにした。

数十万かけて導入されたTOTOのサザナというユニットバスには暖房乾燥機がついていて、その機器の表示に、「もって十年です」みたいなことが最初から書いてある。メーカーとしては、いつまでも使い続けられて、一時期問題になったヒーターの回収事件(何十年も前のヒーターが発火する危険が発覚してメーカーが回収したり修理することとなった事件)のようなことは二度と御免被りたいのだろう。最初から十年と期限を切り、それ以上の安全性は担保しないと最初から宣言するようになった。

乾燥暖房機だけではない。風呂本体だって、プラスティックやFRPにあれこれ塗ってるだけだから、それらが経年で剥げてくれば、最初はピカピカツルツルの風呂も、薄汚れてくるに違いない。十年経ったらまた風呂を全部取り替えないと、メーカーが想定する商品が人にもたらす満足度を担保できなくなるのである。

さらにもう一点は、屋根の事だ。リフォーム番組などでは、家の外観をモダンにするためにガリバリウム鋼板が採用されることが多い。屋根は瓦ではなくスレート葺きややはり鉄材のものが多い。これらは、十年経ったら必ず塗装して手入れしないと、劣化が進んで、雨漏りを引き起こすのだ。

いちいち、屋根や壁の補修のために家に足場を組んで塗るとなれば、十万円単位で金が吹っ飛んでいくに違いない。

住設はとても便利だし、ガリバリウム鋼板や太陽光パネルなど家につけて利便性を享受するのは悪い気はしない。しかし、そういうことをどんどんやっていくと、あとで金がどんどん出ていくことになる。

家の近所に江戸東京たてもの園という、昔の古い建物を展示している施設がある。ほんの数十年前まで、日本の家に住設らしきものはまったくついていなかったことがよく分かる。たてもの園の、古い家に入ると、柱!壁!屋根!畳!みたいな感じで、シンプルそのもの。それにたいして、我が家はまるで、なんというか、パソコンのようなものだと思った。実際、中の身の回りにある機器、あらゆる住設や家電製品の中で、小さなチップが四六時中何やら計算している。

2012年10月15日月曜日

「意志の力」が減っていく理由

長年考えてきたことで、何となく理由が「そうなんじゃないか?」と分かった気になりかけていた問題。それは三日坊主や、飽きっぽさといった私のキャラクターにまつわる長年の悩みへの回答。Wiredのページで見つけた。
TechnologyCultureBusinessMagazineWiredvision NewsLong StoryMind Hack top - Science - News 「意志の力」が減っていく理由

ジムに通うぞという立派な決意が、仕事でいろいろと大変なことがあった日には弱まってしまうのはなぜなのか、考えてみたことはあるだろうか。

その理由は、意志の力というものは、物語のコンセプトのようなものではなく、自動車のガソリンのようなものだということにある。つまり、その量を測定できるようなエネルギーであり、使えばなくなって行く消耗品なのだ。

フロリダ州立大学の心理学者ロイ・バウマイスターは、これを「自我の消耗」と呼んでいる。同氏はこの現象を、焼き立てのチョコレートチップ入りクッキーをのせた皿の隣に学生を座らせることで証明した。

学生たちのうち、ひとつのグループはクッキーを食べることを許可され、もうひとつのグループは我慢するように命じられた。その後、両方のグループが、難しいパズルを完成させることを求められた。

クッキーの我慢を強いられたグループは、「我慢の蓄え」がすでに消耗しており、新しい課題を与えられるとすぐに投げ出した。一方、意志力を保存していたと見られる、クッキーを食べたグループは、パズルに対してより長い時間取り組んだ。

ほかに、意志力はグルコースで補給されるとする研究が複数ある。このことは、体重を減らそうとしているのに、その決断が消えてしまう理由を説明する手がかりになる。つまり、食べ物を食べないでいるとグルコースが減少し、それに伴って意志の力も減少していくのだ。「食べないでいるためには意志の力が必要だが、意志の力を得るためには食べることが必要なのだ」と、ジョン・ティアニーは言う。同氏はバウマイスター氏と一緒に、『Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength(意志の力:人間の最も偉大な強みを再発見する)』という本を出版した人物だ。

しかし研究者らは、意志の力をコントロールする方法も教えてくれる。まずは、意志力は有限な資源なので、無理に手を広げすぎてはならない。決心は、たくさんではなくてひとつにすべきだ。そして、たとえば1週間の禁煙などをやり遂げることができた場合は、おいしい夕食を楽しむなどして、意志力を一休みさせる。

もうひとつの戦術として、「自制心の外注」がある。ジムの仲間やトレーナーのような存在を見つけるのだ。支出の管理にはMint.comを使い、気が散るウェブサイトの回避にはRescueTime.comを使おう。

ティアニー氏が言うように、「自制が最もよくできている人は、一日中自制を使ってはいない。自制心を節約できるように生活を構築している」。そういう生活によって、本当に必要なとき(たとえばジムに行くといったとき)に自制心が十分存在するよう蓄えているのだ。

TEXT BY JUDY DUTTON
TRANSLATION BY ガリレオ -緒方 亮/合原弘子


私の、有限なる意志の力の有限性をいつも痛感する現象がある。それはいつものルーティンワークを、忍耐力を発揮してたまに予定より早く、たくさん終えることが出来た日は、普段は我慢するのに何の苦労も要らない「砂糖とミルク入りの缶コーヒー」を自販機で買ってしまうこと。缶コーヒーを自販機で買うことほど非合理的なことはない。金はムダだし(家で作ればいいだけ)、糖分や脂肪分は身体に有害だ。

だから普段は買わないようにしているし、それは実行できている(買っていない)。ところが、仕事でがんばった日はあっさり買ってしまう。アホかと思いながら。この場合、アホと言うより、正確に言えば、(忍耐する)意志の力が枯渇してしまっていたと言うことだろう。

このWiredの記事にはいくつかの解決策が示されている。ふたつあって、ひとつは、あれもこれもやり過ぎない。たしかに仕事がんばったら缶コーヒーくらい飲んでもいいだろう。仕事できたんだから。

もう一つは、自制心の外注化という聞き慣れない方法。要は、他人に助けに借りて少しの意志の消耗だけで済ませるようにすることだ。この場合金が必要になる。意志が減らないように、金をかけるわけだ。

これは深いと思う。というのも、私は(というか、これからの低成長時代の妻子持ちの男性は)、これまでは仕事でがんばってくれば、家事や育児といったところでは意志の力が残っていなくて(結果的に、家事や育児は奥さんに任せきりで自分は放棄して)も大目に見てもらえた。ところが今はそうはいかない。家事や育児も、仕事で枯渇した意志がないことを理由にやらないということは許されない。となると、仕事で意志が枯渇しないよう、適当に手を抜かないといけない。

仕事で手を抜くとどうなるかというと賃金が下がる。賃金が下がればなおのこと奥さんにはがんばってもらわないといけないのでますます仕事で手を抜き、家のこと(家事育児)に精を出さなければ家庭は維持できなくなる。え?そりゃだめだろうって?

えーと。どうせいっちゅうねん!?

2012年9月21日金曜日

mousecomputerとか自作PCに共通する問題点

AdobeのFireworksCS6で、aiファイルつまりIllustratorで作ったファイルを開こうとすると「ファイルを開けませんでした。内部エラーが発生しました」と出る。

アドビのサポートに電話してあれこれ※試した結論。ハードウェアに起因する=パソコンがおかしい。私は同じ不具合を、マウスコンピュータと自作PCで体験したが、持っていたほかのメーカパソコン(レノボ、デル)ではそうした症状は出なかった。

安いには理由がある。そんな当たり前のハック(ハック以前の常識だが)を体得した。


※試したこと

  • コンパネ>管理ツール>システム構成のスタートアップですべてを無効。同、サービスで、Microsoftのサービスをすべて隠すをチェックした上で、これまた無効し、再起動
  • C:\Users\epson\AppData\Roaming\Adobeの中のFireworksCS6フォルダの名前を変えてアプリ再起動
  • 環境設定ファイルを削除するチェックをチェックした状態で、いったんFWをアンインストールし、再起動して再インストール
ちなみに、サポートの人が言っていたが、サポートでも解決不能のトラブルが起きるのは大抵、マウスコンピュータか自作パソコンだったとのこと。パソコンかってアドビのソフト動かすんなら、HPとかデルなどまともなメーカーの物じゃないといかんな。

2012年9月20日木曜日

いますぐ感動したい人に3分ほどの動画

いますぐ感動したい人に贈る、ギャレス・マローンのコーラス動画。



↑来歴は分からないがなんかいい。南北問題も、地位も、格差も超えて歌でつながろう的な。
この動画のPV版はこちら。



次は有名な、イギリス軍兵士たちの妻のコーラス。曲が素晴らしく、泣ける。



こういう動画を見せられるとメディアの圧倒的なパワーがいかにこのインターネット時代と言えども健在かを痛感する。大勢の人やお金が集まって、こういう映像が生み出されるんだろう。インターネットの世界にゴマンといる、分散した個人の非力な情報生産力では到底太刀打ち出来ない。

津田何とかとか、佐々木何とかがいっていることのあきれるほどの一面性。
ネットでもこんなこともできるがギャレスには遠く及ばない。


2012年9月15日土曜日

宮崎監督の反原発デモ@梶野町

先日のこと。家のそばを自転車で走っていたら前から大勢の大群が道いっぱいに押し寄せてきた。蜃気楼かと思ったがまぎれもなく現実だ。

先頭にはジブリの宮崎駿監督。原発反対の看板を掲げてる。大勢の若者は、ジブリの社員だ。プラカードを持っている人もいる。みんな和気あいあいと歩いている。楽しそうだ。

うわーまたジブリが反原発デモやってる……。しかもうちの至近で(うちは、小金井市梶野町のスタジオジブリの真裏に位置する)。前回は犬と、ひとりかふたりの社員、それにカメラマンがいたが、今回はカメラマンがみえない。人数はとんでもなく増えたが。今回もまた、前回同様、広報誌の表紙用だろうか?

私はデモの意味を理解しているだけに、非常にいたたまれなくなった。なぜならデモというのは政治的主張を示威する表現行為であり、それを実際に見たり、メディアを通じてみた人が、そのメッセージの受け手としてまず想定されているからだ。

デモをやる側はきっと、一般市民がいたら心中に起こるであろうざわめきを想像して「ウホッ」て思っているに違いない。宮崎さん筆頭に。あーもうそう思ってるよ絶対。よりよって僕ひとりだよ。

そういうことが一瞬で想像されてもう恥ずかしくて恥ずかしくて、正視できず、なるべく道の端を走って通過しました。その道をその刹那歩いていた一般市民側は私ひとりで、あと全部、数十人くらい、全部ジブリの人たちでした。まるでそれは、ジブリ劇団の演目「反原発」を、狭い芝居小屋の客席でたったひとり見せられているようなバツの悪さでした。

今日も、こんなことがあった。先頭は、鈴木プロデューサーと宮崎氏。後ろを5人くらいの社員がぞろぞろ。そういうのと普通にすれ違う。全部よく日テレとかNHKでやるドキュメントで全国的に顔が知られた人々である。で、一般ピープルは私だけ。いやいいんですよ全然。そういうこともあるでしょう。でも、そういうのが一週間に一回とか二回、もう十年近くあるとなるとどうでしょうか。

きっと、向こうだって、私のことをやたらと見る近所の一般人だと思って顔くらい知っているだろう。とにかくその頻度の多さというのが合理的な頻度を超えて多い。

この妙な気まずさというか、知ってるんだけど知らない、でも頻繁に顔を合わせるということの何とも言えない居心地の悪さ、不安定さ。これって哲学の契機になるんじゃないのか? もしや。

というか単に疲れます。そしてジブリとは一切関係がなくてよかったと毎度思います。下手に関係があるといちいち挨拶しないといけないわけ。私は、道の向こうからやってくる浅い知り合いと挨拶するのがとても苦手なので(むしろそれって得意な人がいたら教えてほしい。プロ挨拶師!)。

このブログも、毎度知り合いばかり十人くらい見る、わびしい過疎村なワケだが、宮崎監督が訴えている主張(反原発)には私はものすごく共感しているので、きわめて非力ながらメディアとして触れた次第。いやーこれでメディアを標榜するのもホント恥ずかしいんだが。

そう、反原発ですが、国民の多くが望む原発ゼロ。私がそれを願う理由はやはり、怖い使用済み燃料のどうしようもない行き場の無さ。あと、日本の優秀な人々が原発や石油ではなく、太陽光とか、自然エネルギーをうまく活用するすばらしい技術を作り出し、それを世界に広げ、人類の、地球に優しい持続性ある文明の進展を牽引してもらいたいという夢を見ていたいから。

しかし、まあモーリー・ロバートソンもいっていたが、結局私もある種のアパシー(無気力)に囚われてる変な日本人の一人に過ぎないだろう。

2012年9月1日土曜日

指宿に旅行して思う

この夏、鹿児島県の指宿に旅行した。車窓から見える家々を見ながら、東京生まれ東京育ちの7歳の娘は言った。なぜ、古い家ばかりなのかと。たしかに。

新しいものといえば、昨年できたばかりの九州新幹線の駅舎と、全国チェーンの大型小売店舗、そして軽自動車くらい。いわゆる住宅はほとんど古い。

日本の人口統計のあの有名なつぼ型の世代別分布グラフを思い起こせば、これらの古い家々が新しく建て替えられることはもうないというのははっきりしている。最大の原因は少子高齢化である。そして、若者の地方離れだ。

日本政府がとてつもない数の外国人を受け入れる政策でも取らない限り、いま地方で朽ちていく家々はこのまま消える他はないだろう。帰省するごとに増える、売り地の看板。シャッター通りの商商店街は、(私のような)廃墟ハンターを興奮させる探検エリアへと姿を変えることだろう。

あと二百年もすれば地方自治体の多くは消え失せる気がする。いったい日本の地方はどうなってしまうんだろう。多分、アメリカみたいに大規模農業とかやるんだろうか? 広大な田圃や畑を、巨大な機械だけが動いて作物を育てる。機械のオペレーターはそこから遠く離れた東京にいるんだろう。

作物は自動的に集められてリニアモーターカーで全国の人口集中エリアへと運ばれる。

いま、火星に人類を住まわせる研究が進んでいる。そんな手の込んだことしないでも、時間が経てばいくらでも移住先は見つかりそうなものだと思った。

2012年8月18日土曜日

家事をやると損なわれるもの

男女問わず家事を、一定以上の物量を休みなくし続けると、確実に心のなかにある大切ななにか、たとえば、人間らしい文化的営みへの情熱が損なわれる気がする。

家事労働それ自体は目的ではなく、手段でなければならない。目的は、美しく組織化・構造化されたライフスタイルの実践である。

しかしいつしかその目的は色褪せる。目的を実現するために手段をこなす営み自体に飽き飽きしてしまう。飽き飽きしてしまう。これに飽きたらどうなるか。手段としての家事が残るだけである。家事を終えることはいつしか目的になる。

数少ない知己のうち、類まれなクリエイティビティを発揮することができる人がいる。彼らは例外なく家事をやらない。

クリエイティビティを損なうだけではない。大切な家族を慈しむ気持ちにも、家事は黒い牙をむく。

子供や老人の世話をしなければならない常態の者にとり、家事の負荷が極まると、負担感は世話の対象者へのいわれなき憎しみに変わる。私は家事をしながら、ほんの僅かなきっかけでそうした家族への暗い感情を抱くことがよくある。

たとえば、この真夏に。生ゴミ袋が数日前にペールの中で破れており、その液体で手をビショビショにしながらその袋を有料ゴミ袋に移し替えたり、前日大変な苦労をして集積場に持っていった、重い埋め立てゴミが収集人のミスでそのまま残っており、次の収集は二週間先だったりすると、そうした暗い感情が頭をもたげる。

もちろんこうした感情を、為すがままに涵養するのは倫理上はもとより、理屈の上からもあってはならないことだ。生ゴミ袋の耐久性や、収集人のミスの一体どんなところに、愛すべき家族に帰責する部分があるというのか。一切ない。

それを打ち消す方策を、幸い私は知っている。それはひたすら寝るだけ。起きたときに、再び家事をやるエネルギーが体に回復していることを祈りつつ。

2012年8月15日水曜日

不妊に悩む女性の懸念と解決案

不妊治療でうまくいかないときに女性はアイデンティティ・クライシスに陥る危険もあるということである。そうした事態に立ち至りそうになった場合、どのような心持ちであれば心の安寧を保てるか考えてみた。

不妊治療には莫大なコストがかかる。もともと子供が欲しくて結婚したのだから、不妊治療への思いは察するに余りある。しかし、できないものはできないのだから、ここで気持ちを切り替えて別の目標を見つけるのがその人生で満足度を上げるには必要だ。

私の提案はずばりこう考えること。

「人類の半分=男は子供を産まないんだから、平気だ」

男は、子供ができようができまいが、じつはあっけらかんとしている。子育てに関心をもつ男性は増えてはいるようだが、ほとんどの男性はそうではない。子育てに関心があるふりをしているだけで、実際は、それ以外の「暇つぶし」(國分功一郎著『暇と退屈の倫理学』あるいはパスカル著『パンセ』など参照されたい)で頭がいっぱいなのである。

もちろん、こんな考えは女として到底受け入れがたいと反論するかもしれない。ただ、その女=子供を生むという価値規範自体が今揺らいでいるのが現代だ。

ジェンダー規範、例えば性別役割分業を取っ払っていこうというのが先進国共通の方向性である。なぜなら、そもそも選ぶことのできない生まれた性別によって不利益なあるいは有利な取り扱いを受けるのは、人権上よろしくないからだ。

だから、女だから子供を産めなくてがっかりではなく、そもそも女以前に人である。人の半分は子供を産まない。だからなんてことはない。こう考えるのが自然だし理にかなっている。

女性の多くは、男性の暇つぶしをその後の人生のもっぱらのコミットメント対象として受け入れることは難しい。女性には女性の趣味ややりがいを見いだせる先があるだろう。それは個々の女性が自分で見つけることで、男の私がとやかくいう話ではない。

まあしかしせっかくだからいくつか。おすすめは法人を設立して、なにか世の中のためにプロジェクトを作って実行することである。人との折衝が苦手なら、もっぱら家の整理整頓などいかがか。家庭生活のオーガナイズは、意外と満足度が高い気がする。

2012年8月9日木曜日

小さないじめの芽を摘む

自分がやってる自習教室で、ある生徒がある生徒を執拗にくすぐるという事件が生じた。くすぐられた生徒はあとで、涙目で訴えた。もう教室に戻りたくないという。

管理者としては、小学校高学年なんだからもうくすぐるとか、人の体に触るとかは止めろといっただけ。人間には、不快に思う他人との物理的距離っちゅーもんがあると。その距離を無視して触ったりするのは、その人の快の領域を侵すことにほかならないんだよと。

事件後、二度とくすぐっていないことを確認し、二人の関係は元通り平穏となった。

なんだろう、この不毛な感じ?! いやーな感じ。

大体、なんでそんな人が嫌がるほどしつこくくすぐるのかがわからない。ネットで調べると、おしっこ漏らすまでくすぐってからかったりした事例が見つかった。ふざけているように見えるのがいじめの手段としてくすぐりが選ばれる理由かも。というか、なんでそういう行為に至るのか?そのいじめ加害者の動機が不明。

カネを盗んだりとか、死ねバカとか言うのはわかる。わかりやすい。でも延々、泣かすまで相手をくすぐって、ヘラヘラして悪いと思っていないというのは、ちょっと妖怪じみてて気味が悪い。その生徒、心療内科の専門家に見せた方がいいんじゃないか、実際。

2012年8月8日水曜日

『限界集落の真実』(山下祐介・著)を読んで


 東京に暮らす私にとって、日常があまりにもシステム化され過ぎていると感じる今日この頃。歯の治療を終えて、次回の定期健診のお知らせハガキは三ヶ月に一度と半年に一度をお選びいただけます、どちらになさいますかと訊かれて三ヶ月という。あーその間は何も考えなくていい。楽だ。
 一週間に一度は、何かしらの消耗品を切らして近くのサンドラッグに買い物に行く。レジに行列が出来れば、バイトはすぐに店内放送で応援を呼ぶ。バイトのメンツもだいたいおぼえた。消耗品が切れる→サンドラッグに買いに行くというのを10年くらいやってるがまさに自分がもう、システムの小さな数字になってしまったかのような陳腐感だ。
 こんなんでシステムにどっぷり使ってるから、いざそれが壊れると、東日本大震災の時みたいに、自分ではなにもできなくなってしまう。あの時はサンドラッグもやばかった。ティッシュだの、水だのが売り場から消え。ありえん。東京なのに。
 この本を読んで過疎の田舎はどんだけシステムから自由かなと現実逃避的に読んだ。
 …サンドラッグなんかなくたって、ケツ拭くのは手や水だからティッシュなんかいらない。歯も抜けるにまかせるから、検診のお知らせも来なくていいし、歯間ブラシだって存在すら知らない。水は沢を流れているのを飲むし…。そうなんだろうなー、的な。
 確かに、過疎では都会のようなシステムはないのだが、自然減(死亡が出生を上回る)と社会減(都会への人口流出)はとまらず、もう自分らの世代でこの地域はおしまいという諦めだけが、もっぱら地域の空気を支配しているらしい。
 滅びる我が身の人生への諦観か、システム化に絡め取られて自由を失ったストレスの多い人生か。
 人はみな死ぬのは怖いから、そこから目をそらして安穏と楽しくいられる気晴らしを求める。気晴らしの対象は、この都会では事欠かない。しかし、すべての気晴らしもいつかは飽きが来て、むき出しの死が砂上の楼閣のようなシステムの向こう側にぽっかり口を開けている。
 限界集落に生きるお年寄りには、死はどう映っているのか。彼らの気晴らしってなんだろう。個人的には、限界集落ツアーとか体験したい。でも受け入れ側の住民は面倒臭がるだろうな。僕の個人的な趣味、つまり退廃的なものへの美的感受性、廃墟大好き趣味なんか、限界集落の住民連中は理解しないだろう。
 この本は、おなじみの中央と周辺論も登場。社会学者が書いた本だから。中央にいる者(おもに官僚)には、地方は見えないとか何とか。そういうことは興味が無い。そんなの論じたって、誰かが言ったところで、もう政治は耳をかさないんだろう。お説ごもっとも。「しっかり」対応していかないといけないって言うだけ。
 そういうどうでもいいこと(言うだけ不毛なこと)じゃなくして、もっと限界集落の写真を見たかった。えーこんな酷道を延々走ってやっと到達すると、こんなところに人住んでるんだー、って興奮させて欲しかった。あー、だったら新書なんか読まずネット見てろって話だね。







道を作ろうよ!

2012年8月6日月曜日

発達障害児の支援とは

実行しないとその子の属する集団の秩序がめちゃくちゃになる、発達障害児の支援とは要はそういうこと。一人の発達障害につき、一人のサポートスタッフが必要。

発達障害児はサポートスタッフがいない時、次のような行動を取り始める。
  • 声を出す
  • 身の回りのもので音を出す
  • 椅子や机をがたがた言わせる
  • 立ち歩く
こういう症状が出たら親はすぐ、要支援の発達障害児と子を認め、自治体に支援を要請すべきである。親によっては子が発達障害であることを受け入れず、現実を直視しないままいたずらに時間がすぎることもある。それは親、子、社会の三者にとり有害である。

そういう親の典型が石原都知事だろう。だいたい都知事は、こういう子供が公立の学校にあふれているのにもかかわらず、大した施策もせずに(全くしていないとは言わないが、足りない)、どうでもいい島嶼部を買う買わないと騒いでいる。

発達障害児を早くに認識し、社会全体でその子の人生をサポートしていくことがとにかく、何より重要だ。

2012年8月4日土曜日

作文教室 得られた教訓

いろいろなお子さんがいらっしゃるので、個別に、きめ細かく支援していくことが非常に重要だとわかった。

子ども(生徒)のことを詳しく知る、知り続けることで、自分も成長して、人生を有意義なものとしてまっとうする。教育活動というのはそういうことである。

もちろん子どもが優秀な成績を収めるとか、いい大学を卒業するとか、そういう側面を親は期待するかもしれない。

しかしそういうことはもはや私の教室ではまったく重要ではない。

作文は一朝一夕ではうまくならない。


2012年7月29日日曜日

作文教室

作文というか、小論文である。母が借りた安アパートの一室を使い、市価の10分の1の価格(一回50分、300円)で子どもとその友人らに文章の書き方を教えることにした。

私は文章を書くのがうまいし、それは大学でも職業生活でも客観的にある程度はお墨付きを得ているだろう。大学は早稲田の文学部。学生時代は他学部の友人の論文の代筆をやって高評価を得たりした。仕事は出版社で編集やライターをしてきた。こうしてブログを書いている。書くことは私にとり、気晴らしであり息をすることと同じくらいアタリマエのこと。得意になっている。

ところがそう思っているのはもちろん私だけで、実際のところ、単なるルサンチマンで駆動するとてつもなく皮肉げで嫌味で、人をいとも簡単に傷つける文や自慢ばかり書いているというのは妻の評価。

これは腑に落ちることがある。過去、書いたものが原因で、いろいろな厄災(舌禍事件)を引き起こしてきた。高校時代何度も呼ばれたし、…まあいいです。

そこで、私がそのまま人に文章を教えるのは危険すぎるので、我流で教えるのではないく、次の教材に準拠して自分の持ち味はあえて出さないこととする。

教材、というかネタ本は次の3つ。
  • 小論文のオキテ55 鈴木鋭智
  • 小論文これだけ!超基礎編 樋口裕一
  • 国語のできる子どもを育てる 工藤順一
私は、子どもに何か技能を教えるにあたって必要なことは、公文だの、栄光ゼミナールだのといった実績を掲げる大手の受験産業資本ではないと思う。

親の熱意と、それを受け止める子どもの素直さ、そして同じ場所で同じ時間、いつもいる親身な教師役の大人がいればいい。

親が、熱意がなければダメ。子どもも嫌がっているなら、別の施設を検討すべき。教室が不定期営業で、場所も変わるようでは論外。

価格は絶対に安いことが重要だろう。受験産業はこどもにたいする親の欲望を金に変え、株主たちと山分けするのが基本のビジネス。私はそういうことはしたくないし、そうしたビジネスを駆逐して新しい勉強の世界を作りたいと思ってる、そうしないと面白く無い。安いことこそ、面白さ、やる気の源泉だ。


Youtubeから音声だけ取り出してMP3変換するには

Youtubeから音声だけ取り出してMP3変換するには、このサイトにアクセスしてBROWSER ADDONを自分が使っているブラウザに応じて機能をブラウザにインストール。次にYOTUBEでMP3化したい動画を開いて、YOUTUBEの動画のウィンドウの上部に表示されたClipconverterボタンをクリック。画像サイズ360、ビットレート192にしてstart。しばらくするとダウンロードボタンが出るのでボタンをクリックすれば、その動画のMP3ファイルがダウンロードされる。

コンバートやダウンロードには時間がかかることがある。

2012年7月27日金曜日

相模湖キャンプ体験

相模湖東出口で中央道を出ると程なくして相模湖。しかし車窓をしばしば印象的な廃墟が通りすていく。

相模湖では個人経営の飲食店やパチンコホール、旅館などはことごとく廃墟化する運命にあるようだ。生き残るのは全国規模で物流システムが整備されたチェーン店(コンビニ、ファミレスなど)だけだ。

こうした都市近郊の廃墟が増える事情は最近読んだ本で知ったが、世代が進むに連れて若い世代は東京に出ていってしまう。それで親が死去しても事業を子が継がないので、そのまま物件は廃墟となる。

本で読んで知っている事情を、こうして実地に観察する体験というのは興奮を伴う。

さて、キャンプだけれども。皿とか調理器具、調味料、食材などなど、モノの展開が半端無く。messそのもの。いっていの「閾値」を超えて私はもう対応不能に陥った。寝てしまった。

結局私の担当は洗い物や後片付け、清掃であり、それはキャンプに行っても変わらない。家ではある程度秩序があり、洗剤やスポンジ、流し台など使いやすいものになっているが、キャンプではそれはありえない。使いにくい道具を無理やり使って、大量の洗い物、片付けをこなす。

帰りの高速の運転では本当に眠かった。

2012年7月24日火曜日

TEDハンス・ロスリング「宗教と赤ちゃん」

西新宿のビルの谷間にあるタイムズ西新宿六丁目第2の車内で見たTED、面白かったもの。世界の人口はもう100億以上は増えません。宗教とはなんの関係もなく、女性は子供をより少なくしか産まなくなる。乳幼児死亡率の減少、子供を労働力として使わない、女性の教育レベルの向上と社会参加の促進、家族計画。

2012年7月23日月曜日

TEDリチャード・ウィルキンソンの格差が社会に及ぼす影響

TEDの「格差が社会に及ぼす影響」を見て面白かったのは、アメリカと比較して、日本は格差が小さく、人々の幸福度も高いとされていることだ。日本と同じように格差が少なく幸福な国には北欧のデンマークやスウェーデンが挙げられている。

デンマークやスウェーデンが、高福祉高負担(高い税金)により富の再分配を行なって格差を小さくしているのに対し、日本は所得を平準化することで格差を減らしているという指摘もあった。

たしかに日本の企業経営者はアメリカのそれと比べて地味な金額しかもらっていない。これは数値ではっきりしている。

で、とにかく金持ちになれば=国民総所得が上がれば、幸せになるかというとそういうことはない、何が一番、人々の幸せ、例えば乳幼児死亡率の低さ、平均余命の長さ、低い自殺率、階層間移動のしやすさ、精神的疾病の少なさなどに寄与しているのかといえば、格差の小さいことだとリチャードは結論づけた。

まあ、アメリカと比べれば、って感じ。日本国内で足元を見ればどうか?

今日卑近な例だけれども近所の子供会主催の夏祭りに行ってきた。そこでは、太平洋ゴミベルトの原材料になるようなプラスチック製のおもちゃや、発がん性が指摘され将来の成人病の元にもなるスナック菓子が売られる出店に長蛇の列である。

大体、近所の小学生が多いが、構成比で1%以下の割合でヤンキーもいた。ああしたヤンキーのようなのが世の中に増えてしまえば、地域社会の幸福度は相対的に下がるのははっきりしている。

リチャードが、TEDスピーチで最後に言ったことを書いておきたい。

経営者の報酬を下げ、会社は従業員を手厚く面倒みるべきだと。

2012年7月21日土曜日

NHKスペシャルメルトダウン連鎖の真相をみて

すこぶる震えた。まさに2011.3.15の身体が硬直するほどの恐怖がよみがえってきた。

私は中学時代にチェルノブイリの事故を知った。親が反原発の市民運動に関わっていた関係で、とてつもなく恐ろしいものだということを教えられ、ほとんどトラウマになっていた。

そこに来てあのフクシマの事故。毎日の報道を見ていて、肩や首に原因不明の痛みを覚えるほどの恐怖を味わった。

今日の表題の番組を見て、現場の人たちも本当に死を覚悟する絶望の中でまあよくまあ何とかなったと。じつは、今日の番組を見る限り、たとえば2号機が何で、結果として何とかなったのかは、理由は今ひとつ分かっていないということだ。

2011年3月15日、二号機、中央制御室。


格納容器の圧力を下げようと数人の作業員が一生懸命ベントしようとするが、SR弁というベントのバルブが、圧力の関係(という理由は今回初めて「どうもそうかもしれない」と推測された程度,当時はもちろん理由不詳)で開かなくて、それでどんどん格納容器の中の圧力が上がる。放射能レベルも上がる。29シーベルトとか。それを閉じ込めてる格納容器がもう爆発しそう。爆発したらマジ即死だよ。フクイチ関係者全員大内さん(東海村のJOCの事故で被爆して、身体がどろどろに溶けちゃったんだけどそれでも死の直前まで意識があった人)状態か、みたいな。

そういう恐怖感の中、いよいよ格納容器爆発を思わせる衝撃音が2号機中央制御室に聞こえる。現場の人はもう死んだと思ったろう。ところが、爆発後、圧力が下がって、結局水を入れられるようになる。それで冷却できて何とかなった。

爆発して格納容器の一部が壊れたのに、何で、超やばいほどの放射性物質が漏れなかったのかとか、そういうことは分かっていないようだ。たまたま、格納容器の壊れ方が少しで済んだのか。それともメルトダウンして放射能がバーッと出たがその量が少なくて済んだのか? なーんにもわかっちゃいない。


次に三号機。同じくベントしないと大爆発なんだけれども、ベントを動かすバッテリーが足りない。何でも、12ボルトのバッテリーが必要なんだけど、届いたのは2ボルトばかり。50キロ離れたJビレッジには大量の12ボルトバッテリーがあったのに、それを放射線で汚染された地域に運ぶ「仕組み」が出来ていないとの理由で現場に届かず。

結局、現場にいた人たちの通勤車両のバッテリーを集めてしのいだんだと。

再稼働していいほどに十分、今回事故は検証されていない。緊急時に、理由不詳で開かなかったSR弁は相変わらず国内の原発に使われているまま。その対策もなされないまま、再稼働。いいのかそれで、政府?! ダメだろう。それが今回のNHKスペシャルの結論。

再稼働ダメだろう。やっぱり。これ見て、再稼働賛成の政治家に次の選挙で票を入れる人がいるとしたら、見識を疑う。

2012年7月19日木曜日

ウェブサイトとりあず完成する

自分でウェブサイトを作り直した。我ながら偉いが、本質は外部委託することで生じるコストをケチりたいだけである。

2006年から稼働していた既存サイトはデザインが古びてしまい、また検索も出来ない。スマホにももちろん対応しておらず、ショッピングカートもない。

新しく作った2012年版のグレードアップポイントは次の通り。

  • ショッピングカートを実装(EC-CUBE)
  • 会員システム(ポイント)
  • マルチデバイス対応(デスクトップ、スマホ、携帯)
  • GoogleSEOで各種最適化(Google marchant centerへfeed送信など)
  • 各商品ページに必要な情報を集約
  • HTML5、CSS3、そしてjQueryなど最新のウェブテクノロジーを惜しみなく投入
  • 会社代表者自ら作ることでコストを抑え商品価格据え置きに貢献
出来たので、あとはすべての広告のリンク先を、あたらしい方に集約するだけでよい。しかしなかなか、踏み切れない。まだ残っている作業がありますね。

レガシードメインとなっている古いサイトを利活用。サブドメインをトップにする。などなど。一年越しの作業なのでまだまだ。

2012年7月15日日曜日

死の宣告はじまる

年二回定期健診を受けている歯科医院にて、奥歯の虫歯がひどく、「なるべく避けたい」とずっと言われていた「抜髄」(歯の神経を除去して詰め物をする)治療をすることになった。

加齢と怠慢が虫歯の原因だ。虫歯の診断はつまり、死の宣告の開始にほかならない。怠惰な人生の終局が始まった。

話は変わるが、社会的に抹殺されたらその人は死んだも同然となる。民法では民間人が民間人を罰することを禁じている。大津市のいじめの主犯格の家族はしかし、ネット社会であらゆるプライバシーを晒された結果、社会的に抹殺されてしまった。いじめを感化した担任教員も同じようにさらされた。

現代のさらし首はインターネットという武器を得て、民法の想定の外で、公然と行われている。怖。

2012年7月12日木曜日

哲学者がなぜすごいのか?

今日の人権思想の基礎を作ったとされるイギリスの哲学者、ジョン・ロック。なぜ彼がすごいのか、分かった。

私(を含む、ロック以降の人類のほとんど)が何ですごくないのかを考えれば簡単だ。うちらは、自分が書いたものなんて一切残らない。そもそも何も書いて残そうなんて思う人自体少ない。

だって、ブログなり日記を毎日書こうにも、毎日の日常生活が同じ単調な繰り返しで何も事件など起きなければ、あるいは、単調な毎日でもその中に細かい違いや社会全体への思念がわき起こって思索をはじめることが出来なければ、何も書くことは出来ない。

そういうわけでほとんどの人は何も書くことはないし、思索など生みだすまでもなく(学校出て働いて結婚して子供産んで育てて酒飲んでメタボになって三大疾病のどれかにかかって)一生を終える。

なのに、ジョン・ロックと来たらすごい。何百年も、あらゆる人々の社会の約束事のインフラとして重要な思想を書き残した。書こうというモティベーションもすごければ、それが的確な関心の発露から出発しているのも希有で、それが21世紀でも相変わらず有効なまま残っているなんて奇跡的にすごい。

そう考えると、私たちのようにしょぼい、何も書き残せないようなダメ脳を持って生まれた人は、ジョン・ロック的な天才の書いたものを読んで、後世に正しく伝えていくことがせめてもの「使命」的な。

まったく国民のことを無視してアメリカとか財務部門のいうことしか聞かない宰相。暴行の犯罪が届けられているのに面倒だからと門前払いする警察。ロックが聞いたら、21世紀のこのあまりのことに笑い出すに違いない。

2012年7月4日水曜日

戦慄すべきもの

人間のむなしさを十分に知ろうと思うならば、恋愛の原因と結果の落差をしっかりと見つめてみるだけでいい。恋愛が始まる原因は、コルネイユのいうところの「私にはわからない何ものか」であるのに対し、その結果は戦慄すべきものである。

この「私にはわからない何ものか」、すなわち、人のほとんど認識できないようなかすかなものが、全地球を、王侯たちを、もろもろの軍隊を、全世界を揺り動かすことになるのだ。

パスカル 『パンセ』断章162

いやまじで。リア充とか何とかいってルサンチマンを糧に生きてる非リアの連中がいるらしいが、彼らが恋焦がれる普通のリア充の世界も実際のところ、「戦慄すべきもの」であふれている。

わたしはなぜアダム・スミスに反して分業しないのか

300年以上前にアダム・スミスが、ひとりでピン(釘)を作るのにくらべ、分業すれば数百倍の本数のピンを作れるようになると発見して国富論に書いた。

いまだに世界は分業が生産の現場を統治する憲法になっている。

ところが私はこの分業が好きではない。なぜならば、分業することによっていろんな大事なことが見えなくなったり、怠慢になったりするからだ。

サラリーマンは、税金の申告を会社の経理部に任せてしまっているから、自分がどれだけ理不尽に給与から天引きされているかわからない。わかっても関心が持続しない。

社長はシステムの細かな不都合を理解できないから、バカ高い外注費を鵜呑みにして倒産する。

政府は重要な意思決定のためのリソースを外部のコンサルティング会社や官僚に任せるから、不都合な真実が見えなくなり、地球をぶち壊す。

私も、自分で消耗品の購入から決算申告まで全部自分でやるのだが、もしそれらの一部をアルバイト社員や税理士などに振ったら、怠慢なバカになってしまいそうで怖い(昨日の、イケアの商品をネット経由で手に入れようとしてあれこれ事務が逆に発生し、それで一日潰したが、無為に過ごすよりは良かった。店にいけばいいだろうが朝の時点でそこまで時間が掛かると思わなかったし、店に行けば一日潰れもっとカネがかかる)。

そもそも分業すると生産性が上がるというのだが、それで喜ぶのは分業のラインに就く人ではなくて資本家や、生産性が向上した上がりから分け前をもらう政府だろう。アダム・スミスも、当時首相に「先生」と呼ばれた。

分業は、為政者や統治する者にとって好都合だ。私ら統治される側、つまり一般市民は、分業が、口当たりの良い「高い生産性」という美辞麗句でその本質が覆い隠されていることに気をつけないといけない。

とにかく全部自分でやりたい。

…ここで正直に言おう。結論をいえば私はかなりドケチで、(挑戦しても能力及ばず箸にも棒にもかからなかった司法書士や税理士試験に合格した)税理士や司法書士に一円も金を払いたくない。彼らに対する恨みと、自分でやってどうだすごいだろうと(このブログで)云えるから、だから私は分業が嫌いなんだ。

2012年7月3日火曜日

イケア通販戦慄事務

イケアのものを通販で買おうとしたらダメだとわかる→
代行業者気持ち悪いのでさらに調べる
法人名義なら通販できると知る→
幸い会社を持っている
会社の印鑑証明が必要だと知る
オンライン申請で法務局に印鑑証明交付を申請
登記所発行の電子証明書(3ヶ月で数千円)がなく、却下
オンラインダメなので郵便で印鑑証明交付を申請することにする
郵便局に収入印紙を買いに行く
交付申請書をネットからダウンロード
交付申請書に収入印紙を貼って、印鑑カードと返信用封筒も入れて法務局府中支局に郵送
後日印鑑証明が届いたらビジネスアカウントをイケアに申請(書類郵送)
後日カードが届いたらネットで作った買い物リストをPDF保存して
後日メール添付で注文


気絶するかと思った。

2012年7月2日月曜日

原発デモで先鋭化する地域・世代格差

一票の格差という問題、社会的に関心を集めにくいから、牛耳を集めようとある弁護士が何度も何度も訴訟を起こしているという記事を読んだ。

たしかに私も、関心がなかった。しかし、どっか、鳥取とか島根あたりの田舎の老人一人一票だとして、東京の私が一人0.4票らしいと聞くとなると話は違う。

そんな過疎の田舎の高齢者が東京に変な代議士を送り込んでくるから、政治がめちゃめちゃになるんだ。

東京は東京で、忙しくて選挙に行けない人も多い。特に若者は関心がないみたいで、投票に行かない。

ところが、デモとなると違う。原発反対デモが毎週金曜日行われている。首相官邸を取り巻く人々は、週を追うごとに膨れ上がり、数万人になっているようだ。

デモなんか行くよりも、この一人一票の格差を解消するよう政治家に働きかけ、そして投票でまともな代議士を国政に送り込むほうがよほど効果がある。

野田は市民の言うことを聞かないというけど、原発を動かしたり、今の高齢者を温存するためだけに破綻した社会保障制度を消費増税で取り繕ったり。田舎の高齢者のいうことはどうやら聞いているように思える。

結局、都会の若者が週末に反原発デモで集まるというのは都会と地方の格差を先鋭化するばかりで、なんの政治的な効果もない。

民主党や自民党に大勢の代議士を送り出した既得権益の地方の老人たち。彼らがデモに行きたくても、首相官邸の最寄り駅まで往復で何万円もかかる。

それだったら、都会の連中より倍以上の影響力のある自分たちの参政権「一人一票」を行使して代議士を国会へ送り込んだほうがよっぽど楽だ。

デモに行く若者は政治についてそういうふうに考えないといけない。

2012年7月1日日曜日

9999円でXPノートパソコン買ってセットアップ奮闘記

またぞろ、悪い病気で、中毒っぽくチェックしていたgeno(geno-web.jp)で安い中古のノートパソコンを買ってしまった。HP compaq nx 6310、intel Celeron 1.46、40GBHDD、1GBメモリ、無線LANはなし、14インチモニタ、そういう機械。

備忘のためにセットアップの手順を書いておこう。
まず買って最初にやることはキーボードのキーを全部一個ずつ順番に押して反応が悪いものがないか確認。過去2台くらい、これでダメだったものを初期不良返品したことがある。

  1. キーボードの確認
  2. ネットワーク接続を設定。自宅のローカルネットワークに接続。
  3. Microsoftのウェブサイトから、ServicePack3のCDイメージをダウンロードし、空のCDにこれを焼く。本来はネットでWindows Updateしたかったがなぜかうまく行かなかったので、この方法を選んだ。最低限CDが焼けるドライブが必要だがまあ他のパソコンでやればいい。
  4. ServicePack3をインストール。
  5. Windows Updateでシステムを最新の状態に。
  6. MicrosoftSecurityEssentialsをインストール。無料のウィルスソフト。
  7. Google日本語入力をインストール。
  8. 知人から☓☓した☓☓をインストール。
  9. PLANEXのUSB無線LAN子機を900円くらいでアマゾンから買って、ドライバをインストールし、これに付属のソフトは使わずに、ワイヤレスネットワークの設定をウィンドウズの「利用できるネットワークの表示する」でやる。ここでも静的IPアドレスを振ります。
  10. おしまい
私がやることと言ったらちょっとしたプログラムだの、メールチェック、動画、プレゼン資料作り、ブログ書きだから、これくらいで十分です。だいたいこの作業で今回は2時間くらいはかかった。最初にWindows Updateがネット経由で出来なかったのが痛かった。PLANEXの無線LAN子機はSP3じゃないとうまく動かないのも痛かった。上記の順番でやれば次からはOK。

2012年6月28日木曜日

子供の歯磨きのために

先日来から、歯科の定期健診で見つかった奥歯の重症の虫歯(抜髄といって、神経を抜かないといけないほど)の治療でブルーである。

「なぜ、こんなひどい虫歯になってしまったんでしょうか?」

歯科衛生士の仰せ賜ることによれば、私の歯磨きはなっていないのだという。

毎日、寝る前は少なくとも15分間は磨かなければならないという。「3分くらいです」といったら、それじゃあ25%程度しか磨けていないらしい。

私一人ならば問題は大したことはない。毎晩15分、歯磨きすればいい。

ところがそれじゃ終わらない。じつは私は子供二人の歯磨きも担当している。ふたりとも私と同じように数分で終わらせている。虫歯は当然ある。もし、歯科衛生士の言う通り、全員きっちり15分ずつ磨いたら私の人生はどうなるか。

私も含めて毎晩45分も歯磨きしていないといけなくなる。日課としてこれってどうなのだろう。じつは、子供の歯磨きの後、私はやることがある。台所の皿洗いと簡単な清掃に毎日40分程度かかる。

歯磨き45分と、台所片づけ40分。合計85分、約一時間半。毎日。365日。向こう5年のうち、一日8時間労働だとして、だいたい一年間は歯磨きと台所片付けだけで終わる計算になる。

パスカルは言った。人間にとって最大の苦痛は、「無為」、つまり部屋の中でじっとしていること。やることもなく。

だからどうやら私には、歯磨きと台所片付けが与えられた。

取り急ぎ感謝申し上げたい。あーでも、できるかなー。


2012年6月27日水曜日

消費税増税おみくじ、大吉出ました


おみくじ出ました。やたー! 「大吉」

  • 妻と会社設立して生活費の大勢経費に……自宅(借りてるアパート)を主たる事務所に。
  • 法人でも「不況で売上激減」理由に社会保険不加入……厚生年金と健康保険の加入は法人に義務付けられていますが、払えないものは払えません。
  • 給与所得ゼロまたは極小で自分で届ける貧窮 ……累進課税ですから、貧乏な人、所得の少ない人には課税されません。
  • 年金は所得低すぎて免除なり ……国民年金は、所得が低い人は免除してもらえます。
  • 健康保険料も所得割部分格安で吉 ……上昇の一途をたどる健康保険料も、所得割の部分がありますから、所得が低いほうが支払う保険料は少なくなります。
  • 自分の会社の売上現金多くして税少なく ……漁民、農民、自営業者らは自分たちの現金売上のすべてを申告しているわけではありませんので、それに倣いましょう、ほら、税金がこんなに少なく!
  • 人雇わず社長自ら現業労働 ……運動にもなりますし。従業員雇えば簡単に切れないし、働かない時も金は出ていきます。最悪なのは人件費が仕入税額控除の対象外です。
  • 三食は奥さんと会議で円満……役員の妻と会議するのに茶菓子軽食代金一回に4000円までは損金算入できます(課税仕入れ)
  • 子はたくさん産んでバラマキ手当来る……多ければ多いほど多く貰えますがあまりおすすめしません。
  • 課税仕入れ控除増やし選択納税本則課税で還付大なり……払った消費税のほうが、受け取った消費税より多ければ、そのぶんは返してもらえます。弥生会計などの会計ソフトで簡単に計算できます。
  • 法人赤字で福来る……黒字は最悪。法人税やら、復興増税やらで3割近く持っていかれます。気をつけましょう。

──消費税第増税時代はこうやって生きていくほかはありません。

2012年6月26日火曜日

アスペルガール

アスペルガーガール、略してアスペルガール。それが私の子ども。

便所飯という言葉がある。大学で友達ができず、昼飯を便所で食べる。一人でいるところをみられたくないから。日本の集団社会では、一人でいる、友達ができないというのは圧倒的にマイナスのイメージでとらえられる。本人はとてもつらい。

さてアスペルガーの我が娘は小学校の休み時間、話す友達がおらず、ついに具合が悪くなり、保健室に逃げ込むようになった。そこで私が今日担任に宛てて書いた手紙を以下に。

昨日、4時間目と5時間目に保健室にいったようですが、事情を訊いたところ、「休み時間に、話す友達もおらず、寂しくてつらかった」とのことでした。

寂しさが募って体調が悪くなったようで、アスペルガー症候群の二次障害の兆候ではないかと心配しています。

休み時間に友達と話したいのだがうまくキャッチできずにひとりになってしまい、寂しさを募らせることが最近多いようです。

特に中休みと給食の後がきついようです。

アスペルガーの重要な症状としてコミュニケーションの質に問題があるというのが分かっておりますが●●(子の名前)の場合も、友達と遊びたいが、コミュニケーションがうまくとれません。

友達ができないのはやむをえないとしても、休み時間中に所在無くひとりでいるのは、集団特有の同調圧力など本人の精神的負荷がかなり大きいでしょう。腹痛 症状、だるさ、のぼせなどを感じて保健室にいくのはその負荷が身体症状にまで発展していることを示していると理解しています。

取り急ぎしばらくのあいだ、中休みの間は姉(6年2組)と図書館で過ごすように頼んでみました。
ただこれで問題が解決するとは思えず、暫定的な対応です。

何かいい方法はないでしょうか。


なお、不定愁訴を訴えた場合は、早退させていただいてかまいません。両親とも在宅で仕事をしているので、いつでも電話いただければ対応できます。
いい方法はすでに考えていて、空き教室で、ボランティアスタッフ、または支援員が、クラスにいたくない子どもだけが来て過ごせる、静かな部屋を、休み時間、開設する。 そこに来れば、クラスの集団同調圧力のプレッシャーから自由になり、自尊心も破壊されることなく、思い思いに過ごすことが担保されている。

活動内容は、折り紙とか、読書とか、何か絵を描いたり。スタッフと一対一で(一対一しか話ができないので)話す。

人生においては、たまたま地球に生まれてしまった私が、人間だけが認識できるめっちゃこわいあれ、そう、死ぬ恐怖からいかに逃れるかあるいは、死を受け入れられるように成熟することが必要である。文明ができて以来、長い間それは宗教または哲学が担ってきた。21世紀の日本には、神もいなければ哲学もなく、せいぜいが友達とのおしゃべり。でもアスペルーガーはそれができないから、死ぬ恐怖と向き合わざるを得ない。

アスペルガーに哲学(神じゃなくてね)を。

※親の中には、自分の子をアスペルガーと一切認めないやつもいる。私にいわせればそんな親は残念の極みだ。アスペルガーは治らない病気です。

2012年6月18日月曜日

manavee 大学生が受験科目を講義してくれる

manaveeというサイトがある。大学生による高校の教科の講義動画を無料で見ることが出来る。

ほかの生徒といっしょに見ている気分になれるUIは孤独な勉強に有力なインセンティブを与えてくれる。

私はこのサイトをNHKのテレビか何かで知った。もっと早く知っていればよかったかなと思うけれども、実際のところどうなのか? 動画講義の内容の品質ってどうなんだろう? 楽しみがてら見てみたい。

勉強関連ではStudynoteという、教材を登録して進捗状況を共有するSNSがあるけれども、インターネットが勉強という体験に、小気味よい力添えをしてくれる時代になってきたなとつくづく思う。

蛇足だが私は人にものを教えるのは嫌いだと思う。知識を使ってさらなる未知の領域を探索したいし、自分が勉強して知的欲求を満足させていたい。知っていることを分かりやすく他人に教えるという行為から得られるフィードバックは、それにくらべるとたいしたことないんじゃないかと思ってしまう。

私の目下の悩みは子供が学齢期に到達したが、塾に行かせるのは金がもったいなく、かといって教えるのはどうにもつらいというジレンマだ。塾に行かせて、たとえば栄光ゼミナールとかいうフランチャイズのブラック起業※の「客」に家族をしてしまうのはいかにもむなしい。ああ、かといって教えるのも…。

ラッセルの『幸福論』では家事は外部委託すればいいといっていた。子供に勉強を教えるのも広義の家事な訳で、幸せになるためにはブラック起業を利するのもやむを得ないか。

※塾業界がブラック企業化しているというのは校長の立場が外食産業の店長の立場と同じだと何かの記事で読んで。長時間のサービス残業、厳しいノルマ、嫌われたらお終いという感情労働。

2012年6月15日金曜日

リッピング違法

原発の規制委員会設置法では、原発は40年で廃炉を義務付けるとした当初の民主党の案は消え、40年経ったら再検討するに変わった。

消費税増税と社会保障一体改革は、総合こども園とか、高齢者向けの高福祉政策はもとより、貧困層救済のための軽減税率もすべて先送りされ、増税だけ決まりそうだ。

最悪なのは、著作権改正法案で、個人のDVDを個人のPCで、リッピング(コピー)すると違法になることになった。暗号化されたものを破っただけで違法。

ちなみに、手元には、厚生年金と健康保険の、標準報酬月額等級ごとの負担割合(額)のリストがある。これを見ると、ほとんどの年収のサラリーマンは、稼ぎの27%※2をこれらの社会保障費として召し上げられる。ところが、超低所得者(月収数万円以下)と、120万円以上稼ぐ高額所得者は、上下のある段階で金額が一定になるために、相対的に高く(高額所得者は低く)なるようになっている。

これって完全に逆進性だ。じつは2004年当初、FPの勉強をしている時に気がついて、私はひどいと思ったのだが、今もってなお変わっていない。

つくづく政治は、私の思いからかけ離れていくものだなあと思った。立憲民主主義社会に生きる僕たちは、官僚を選ぶことはできない。法律をつくる議員だけを、選挙で選んで国会に送り出せる。そうやって、国のなりたちを自分たちの手で変えていくことができるようになっている。でも、選挙で選ばれるのは官僚やアメリカが意のままにあやつる空疎な「人形」ばかり。日本ではもうかなり長いあいだ、僕達が直接選ぶことのできない官僚が法律の殆どを作っているんだ(行政国家現象)。

※1 低所得者には簡易的に現金を給付するとかいっているがそれっていつまで続くのか、法的根拠はまったく不詳で、消費税増性だけは盤石。子ども手当の影に泡と消え、今も消えたままの扶養控除と同じ感じだ。増税はしっかりばっちり命がけ、減税はあとで適当に検討し結局やらない。

※2 27%のうち、半分は、事業所、つまり雇っている会社が支払ってくれるので、給与からの天引きは13%強となる。ただ、社長と役員で従業員全部みたいなよくある中小零細企業は、社長が全部払っているのと同然なので27%とあえてした。

2012年5月20日日曜日

『学力を育てる』(岩波新書)を読んで


 文化資本(親の学歴、家の蔵書量、習慣化された学習)が高い家の子供は好成績(イギリスやフランスの教育社会学の調査から)。
 小学校1-3年くらいの家庭の環境が学力にとって圧倒的に重要だという主張。
 言葉を丁寧に積み上げて(精緻モデル)論理的に話し、子供の話を訊いて話し好きにする。子供と積極的に話す(家族だからフロ飯寝るじゃダメ。あうんの呼吸はNG)。
 活字に慣れさせる。あらゆる習い事に優先して本を好きになれるような環境を整える。
 親も勉強するし、いっしょに勉強する。勉強する姿を見せて、それが当たり前の習慣になるようにする。勉強を習慣にする。「宿題をしないと気持ち悪い」「問題があるとつい解いてしまう」、意欲よりも行動が先立つようにする。ご飯を食べるのをいやがる子供がいないのと同じで、勉強が元もと嫌いな子供はいない。
 規則正しく生活して朝ご飯もきっちり食べる。テレビやゲームは時間を決めて限定的にやる(ダラダラ見ない)。
 ──『学力を育てる』(岩波新書)に書いてある、以上のようなことを我が家はもちろん実践しているわけで、おかげさまで?子供の成績は悪くはない。
 じつは今は親になった私も、比較的高い文化資本のなかに育まれてそこそこの学業成績を修めて社会に出、そして親になり、この何かの再生産にいそしんでいるところである。ただ、親になってみたはいいんだけれどもそこではて、と立ち止まることの多い日々である。つまりまあ、その(まあマシな学業成績を修めることの)先に、いったい何があるのか、を考える必要がある。
 この問いに対して私は結構悲観的なほう。学力を育てるのはマスト(必須)であるのだが、人生それだけでもない。もっと何か必要なことがある気がする。もっと。それがなにか? これが難しいところだ。
 哲学関連の書籍を読むと、それを考えることこそが哲学であり人生、みたいなこといってる本も多い。なるほど確かに、その答えをいろんな本を読んで探し求める営みそれ自体は必ずしも不愉快なことではない。不幸にも病や事故で若くして命を落としてしまう人もいるなかで、こうやって生きて、人生の行方や意義をあれこれ思索することが出来ているのは何とも贅沢なことだし、もしこのあと急に人生が終わってしまっても、考え続けてきて結局分からなかったが、そうした人生も不意に終わってしまったのならそれはそれで納得できる気がする。
 分からないということが分かったから。
 話を戻すが、学力を育てる、では、とにかく子供に活字に慣れさせる、読書を習慣化する必要性を訴えている。そうなんだ、娘の友達を見ていてもよく分かる。近所に出来た感動的にすばらしい公共図書館に行こうと娘が誘っても、その子供(註:ワーキングクラス出身)は借りる本がないとか、借りてもどうせ読まないから、と、渋々ついてはきたところが、私の娘が借りた本(一度に十冊借りられる)を重たいでしょうからと運ぶのを手伝ってくれた。
 本は読まないが、優しいいい子じゃのう。

2012年5月19日土曜日

文明の礎、それがベーシックインカム

ベーシックインカムに反対する人たちってパソコン不得意なんじゃね? 結局新しい技術に適応できずにどんどん自分が朽ちていくのが嫌だから、とりあえず反対してるだけだろう。

私がベーシックインカム早く入れて欲しいと思う理由はこうだ。
  • そこら辺で人が飢え死にしてたりするような社会は人間らしくない
  • 仕事にあぶれる人が即貧困というのも治安維持上問題だ
  • 生活できる最低金額貰えれば起業したり色々トライできる
まず一番目はこれはだれだって嫌だろう。以前、おにぎりが食べたいと書き残して飢え死にした人がいた。北海道では病気の姉妹が相次いで飢え死に。まじでひどい話だ。しかもそれをテレビ・マスコミが報道するんだけれども、マスコミの連中に目が飛び出るほどの給料払ってるのはパチンコ屋とか消費財メーカーとかゲーム産業とか、人を虫けら同然にしか考えていないような資本主義の権化みたいなスポンサー連中だ(あとは不動産賃貸料収入というのもある)。文明が進展した結果がこれじゃあ、あまりに醜悪。

セーフティーネットの制度をわざとわかりにくくして、困っている人が結果的に制度から排除されるような構造になっているところも見逃せない。社会保障システムにたかっている公務員も多すぎるので、ベーシックインカムを入れて、公務員連中も片付けられてすっきりだ。

二番目は云うまでもないこと。ワーキングプアとか。かと言って正社員は完全に社畜化して没我滅却の境地で過労死しないと駄目だし。その正社員になれなくて(就職活動に失敗して)死ぬ奴がいるというのも酷い。おかしいだろう。どう考えたって。

最後、これは重要だが、ビジネスを起こそうとした時に、一番ネックになるのは生活費だろう。社長や従業員の。アイディアがあって、不動産なり持っていても、そのアイディアがコケた時に社長とか一緒にはじめる役員(従業員)が食えなくなってしまったら、アイディアを試すリスクが大きすぎて誰もビジネスを起こさなくなる。

でもベーシックインカムがあれば、とりあえず最低限それで生活費だけは確保しつつ、新しいビジネスを試すことはできる。

ベーシックインカムは、まずは子ども手当とか、会社をやめた人や仕事が無い人への給付からはじめて(条件付き給付)、だんだん広げていくのがいいだろう。負の所得税でももちろんいい。最初はそういうところからだよ。いきなり一億三千万人に万札を撒くというのも無理な話だろうから。

だから民主党の子ども手当ってすごい重要だし画期的だったのに、クソ自民党の保守野郎どもがぶっ潰してしまった。そう、パソコン苦手な高齢者の連中が。


2012年5月18日金曜日

ジェンダーの起源

なんで男は外で働き、女は家で子供育てて家事育児しなきゃならんのか?
若い女性の多くは山田昌弘氏の調査によると、年収が800万円以上もある男性に嫁いで、専業主婦に憧れているという。

私は早稲田だったから、早稲女をたくさん見て知っている。おどろくべきことに、かなり学力を有する女性たちですら、キャリアをさっさとリタイアして主婦の座に収まっているケースのほうが多いと思う。私なんかよりはるかに優秀で知的な素質があるのに、幸せそうに専業主婦をやっている元ワセジョを複雑な思いで眺めるほかはない(じゃあ早稲女は何をすればよかったのかと突っ込まれると何も言えないんだけどさあ)。

男性の年収が十分にあり、女性は家を守る。このモデルは、福祉コストを削減したい政府や、社員の再生産コストを家庭に押し付けたい企業にとって好都合だった。ところが今や、いろいろな事情(グローバル化や富の再分配機能の失敗など)で、男性の多くは家庭を支えられる年収を持ち帰れない状態になっている。

このモデル(男は外で働き女は家事育児)はもう破綻しているのだが、非常に人気のあるモデルでもある。モデルというよりもはや、妄想とか、夢の様な状況になっている。

なのに、私が大嫌いな保守言論の連中は、こういう古典的な家庭のモデルに固執しその復活を夢見ることに余念が無い。なんで私が保守連中を嫌うかといえば、私は間違えて?四人も子供を作ってしまい、乳幼児とアスペルガー並びに経営企業不振による貧困で家が家庭版「ブラック企業に勤めてるんだが俺はもう限界かもしれない」状況に落ち込んでしまったから。

こうなると保守連中は羨ましい。そんな、自分に都合の良い、ラクしたい(家事しない人生は全然ラク)エゴをガッツリ理屈で補強できるんだから。そんな、自分のクソエゴの補強する時間があったら私は家のクローゼットの中のガタついた棚の補強をしないと。

保守連中が好戦的なのも道理だ。戦争になれば、嫌な家事育児を全部女に任せて、自分は男の子のゲーム(=戦争)に熱中できる。

そういうわけで私は、左派リベラルというよりも、単なる多忙性保守嫌いの様相を呈している。

ついでにいうと、消費税増税がなんで嫌かというと、大企業、政府のクソ理屈、男の子中心の旧態依然とした社会システムの維持と追認を象徴している気がするから。確かに野田はいう。将来世代につけを回せないと。ではなぜ、自分ら国会議員がもらっている領収書不要の文書交通費を削減したり、今もらっている高齢者の年金額を下げたりしないの。

政治生命をかける先が完全に間違っている。将来世代のツケ回しっつったら、今野田が夢中になってやろうとしている原発再稼働こそがそれだろう。増税じゃなくて女性の社会参加とか脱原発グリーン革命に政治生命をかけてほしい。

細かい既存の制度の矛盾を放置して先延ばししたいんだけど、その手当を今から消費税を上げないと将来世代にも世話になりかねないから上げるねって言ってるようにしか聞こえない。つまりいいわけだ。

私は消費税値上げ絶対に反対。

今、多数派の高齢者らは、クソとんでもない、戦後日本の亡霊集団とかした自民党を相変わらず支持している。高齢者は。

2012年5月9日水曜日

原発は安全ということにして幸せに生きたい

莫大な税金も突っ込んであるし、(多少はミスをすることもあるが)優秀な人材がしっかりやっているから、原発は安全だと思ったほうが精神衛生上よさそうである。

経済的な衰退が多くの人の人心を蝕む。その負の影響は原発事故に比べてどうなのか。もっと正確に言えば原発の事故が起こる可能性のリスクに比べて。

電気料金高くなったら困るし、若者が就職できないのもまずい(就職活動で失敗したのを苦に自殺する若者が増えているという)。

もちろん長期的には原発はやめてしまって、これ以上廃棄物が溜まらないようにすべきだとは思うが、すぐに自然エネルギーにシフトできるはずもないから、それまでのあいだは。

本当に答えが出ない難しい問題だが、幸い私はその答えを出す職責を担わされているわけではないので。

2012年5月8日火曜日

原発再稼働、遺棄される倫理


池田信夫氏は原発容認派。氏のブログでは(不正確な引用かも知らんが)要するに核燃料廃棄物はモンゴルなど途上国が買うと言っているんだから解決済み。原発による死者はフクシマ含めてほとんどいないし、ガンも増えていない。だから原発の何が問題かまったく理解に苦しむという主張がある。
氏はもう50代だろうからそりゃいいだろう。しかし私や私の子供は池田氏のような近視眼的かつ、モラルゼロの主張はとうてい受け入れがたい。
ウランを採掘する労働現場もひどければ、廃棄物を捨てられるモンゴルの平原も無残だ。フクシマだって、津波じゃなくて地震でぶっ壊れた部分もあるのに、この大地震列島に何十基も原発があるのは何とも居心地がよろしくない。そこ感じないのが不思議(政府や電力会社が「安全だ」というのは一切信じられないわけ)。
それに池田氏は、日本が原発やめても変な国(イランとか北朝鮮、中国など)がどんどん進めるから、ならばいっそやったほうがいいんだという。これまでの蓄積も生かせるし、と。
これもどうかと思う。日本は核を落とされたということで世界的に有名。それでアメリカの占領国家として、アメリカの命で核の平和利用(原発)を推進してきた経緯がある。戦後、東芝や日立などの作った原発技術は世界に輸出されている。
でもそれはもうフクシマでお終いとなった。専門家任せで開発してきたせっかくの技術も、経済優先の倫理不足で、起きる地震も起きないとされて怠惰きわまる不作為をブッこかれ、そこらじゅうに放射能がまき散らされた。
こうなるともはや無邪気に、その変な国向けも含めて、全世界に向けて反核、脱原発、自然エネルギー利活用を推進するのが正しいスタンスなんじゃないのか。国民は全員、政府に対し、核エネルギー由来以外の電力を要求すべきである。たとえばスナック菓子にすら書いてある。遺伝子組み換え作物を使っていませんと。電力にも、核エネルギーで発電されたものは使っていないと書くべきだろう。そして国民は、どのエネルギーで生産されたものか選ぶ機会を与えるよう、政府・電力企業へ要求することが必要だ。
それが地球を存続させるための知性だし、倫理というものだ。原発容認派はいわば倫理なき緩慢な自殺者。池田氏のような原発容認派は、早く人の心を回復してもらいたい。

2012年5月7日月曜日

1%の連中にとって不本意な結果

フランスで左派の社会党の大統領が誕生した。また、ギリシャでは緊縮策に反対した国民が、ユーロ圏よりも暮らしの改善をアピールする政党に投票して、緊縮策をすすめてきた連立与党にNoを突きつけた。

ユーロもドルも暴落。相対的に資金が流れた円高のため国内は株安に。なんというか、ちょっといい気味だ。

富裕層である社会の上位1%に富が集中し、残りの99%はどんどん落ちぶれて搾取される一方の先進資本主義各国。そういう不本意な流れに、フランスでもギリシャでも国民がしっかりと意思表示すれば、結果が出せることを示している。

1%の連中が困っているかどうかはわからないけれども、為替が落っこちたというのは少なくともプラスではなかろう。

私はギリシアだのスペインだのがちょっと悪いからといって、ユーロが瓦解するとはまったく思っていない。あれは平和連帯であり、経済連帯ではない(と思えばどうか?まんざらでもなかろう)。

翻って日本は、かつて起きたことのないほどのとんでもない竜巻が荒れ狂って死人も出た。きっと地球温暖化のせいだが、温暖化を抑制する切り札だった原発はもはや一個も動いていない。

原発を止めたからには、私は政府に、自然エネルギーによる電力を供給するよう強く求めたい。汚い燃料(化石燃料)ではなく。

ちなみに、1%の連中は世代を超えて、用意周到に、やってきたし、これからもやっていく。短期的に右往左往するばかりで、あすの生活費も事欠く貧困層にはできないテクニックで、これからも富を吸い上げ続けるだろう。そのテクニックとは例えば、莫大な資金を政治家に献金して法律をいじくり、自分たちの有利な社会制度を構築するとか。まったく見事なその手口は、『暴走する資本主義』(2008年 ロバート・ライシュ)に詳しい。私の忘れがたい読書体験だった。

不正確な記述もあるというが、本全体で言いたいことはよく伝わってくる。多少無理をしてでもインパクト勝負で世の不合理をついた点は功績だ。

2012年5月6日日曜日

金の再配分機能が劣化

みんなの給料から合法的に「かすめ取った」カネを、国が「適正に再分配」する仕組み、それが政府なわけだが、この再分配機能がおかしくなっている。

例えば被災地復興のコンサル料。どっかのブログのエントリーで見たけれども(つまり裏は取っていないが)、太陽光とか、自然エネルギー関連へのコンサル料はほとんどつかない。でも、港湾の土木にはとてつもない額のコンサル料がつく。そして地元は、「要らないのに」といっている。

自然エネルギー開発のためのコンサル料に予算をつけるのって、既存設備の補修につけるのに比べて、多分かなり大変なんだろうな。

私はみんなの関心が、政府による富の再分配機能がどうなっているのかをしっかりチェックすることに向かうことを切に願う。グリーだの、モバゲーだの、タレントのゴシップだのではなく。まあ無理か。

富の再分配というラベルをきょう設定した。積極的にポストしていこう。とりあえずウィキペディア。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E3%81%AE%E5%86%8D%E5%88%86%E9%85%8D

2012年5月5日土曜日

意思決定なき政治

意思決定能力なしの政治と、先送り現状維持既得権益と省益保護の省庁がタッグを組み、消費増税と年金破たんが着実に進んでいる。

若い人達(30歳直前の私の実弟とその同世代の友達ら)の話を聞くと、金が無いから結婚ができない。仕事も希望が持てない。それでも就職しているだけマシで、親と暮らしながら精神衛生の現状維持が精一杯というのも珍しくない。

昨日深夜、NHKでやっていた、厚生年金基金の問題、公的年金(国民年金)の問題を見て、しみじみ思った。そういう、希望も未来も何もない若者がちょっとでも稼げば、金を給料から天引きして、今の高齢者にガチ払いする制度。それが今の年金の仕組みだ。

賦課方式(仕送り方式とか呼んでいた、要するに今の若者が給料の一部を、今の高齢者へカネを渡す=仕送りする方式)は、少子高齢化が進めば破綻するのは火を見るより明らか。経済が上向けば、給料の額が上がるから(笑)、高齢者へまわる金も増えるから大丈夫と官僚は絵を書くけど、今時どこの先進国の給料が上がるってんだろう。

年金モデルを検討する省庁や専門家が、経済の見通し激甘で腰が抜けた。

もう絶対にヤバいってわかってるのに何も変わらない年金制度。私は貧困層で免除されているから全く構わないが、リアルに払ってる(給料天引きされている)被雇用者や、半分負担させられている企業は、よく平気でいられると思う。

私は高齢者は十把一からげにして批判することはよろしくないとは思う。批判するどころか、憲法を守り、ナチスみたいなものの台頭を抑えて、一応平和で治安も良いこの日本を作ってくれた人たちに、基本、まずは感謝している、僕を産んでくれた人も高齢者だし。

しかしながら、なんだろう、この意思決定のしなさすぎと、先送りのものすごさって。高齢者が悪いとか、官僚が悪いとか言っても始まらない。これは誰がやらない、とかではなく、日本の制度全体のキャラクターみたいになってきていないかこれは。

ある前提があって、目的をもうけて、それに向けて制度を設計し、走らせる。そういうのは得意だけど、前提が、バッチバチに壊れてしまっている場合は、軌道修正がほんとうに難しいんだろう。

2012年4月24日火曜日

スペンド・シフトを読んで

従業員が全員給料を公平に分ける、経理がガラス張り、最初の理念をしっかり伝え大切にするというデトロイトのゾフィーのカフェの話が印象に。その他は忘れた。

彼我の差というカタストロフィーを味わうには好適な本。

今は『シェア』を、遅ればせながら読んでいる。冒頭から綴られる、ムダなものを捨てられない人生にうんざり、まさに私。倉庫を借りて、私物を保管するが、数ヶ月もすると倉庫賃料が保管されている物の価値を上回るようになる、だって。ゲッソリ。

トイレとか、すぐ手に届くところにはスマホじゃなくて、単行本を置いておくのがいいと思う。ネットで凡百のブログを読んだところ、で一冊の単行本にはかなわない。新聞なんてもっと最悪だ。政府の広報紙と化している。おえっ。

とりあえず消費税増税反対。言っとこ。

2012年4月4日水曜日

家事の発見

私は家事を、世の旦那に比べればやる方だと思う。何しろ家族の人数が多いので、洗い物や洗濯、掃除の物量が半端ない。

そして共働きなので、自分だけ仕事して疲れたハイ寝ますなど許されるはずもない。

だから人よりもかなり「家事」の負担感を感じやすい立場にいる。いわば、家事へのセンシティビティ(感受性)が高い状態に置かれている。

このブログでは、家事労働について様々に書いているが、筆者のこのある意味現代日本では珍しい部類の立場が大きく影響している。

すべての人にとって、家事が筆者が感じるのと同じように負担だけの無賃労働だとは限らない。今日はその点を強調したい。

ただ、だからといって、家事の負担感や、無報酬性についての思考をやめるというわけにもいかない。家事からの解放こそ私の人生の目標の一つでもあるから。

ただ最近は、家事から自由になるのは、おそらく死ぬまで無理だろうという気がしている。生きている限り、ある程度の家事に取り組まなければ、それこそ生活が破綻し、死期を早めることになる。

最近、アスペルガー症候群の成人男性の家を訪れた。仕事は毎日15時間を超え、多忙を極める。部屋は寝るだけである。家の中は収納は殆ど無く、モノが床に積み重なって堆積している。トイレや水まわりは不潔で近寄るのもはばかられる。寂しいからか、猫を飼っており、その排泄物や抜けた毛がいよいよ不潔さを際だたせる。

こうなれば健康にも影響が出てきそうだ。こうなったら正直死へのカウントダウンが始まっているようなものだろう。

DWELLという雑誌のオンライン版を、年間数百円で購読している。素晴らしいインテリア。建物たち。美しい写真で紹介される、欧米のインテリアデザイン誌だ。

DWELLみたいな世界を常に思い描き、これからも生きるための家事に勤しみたい。家事に前向きになろうというこの投稿は、朝起きてすべての仕事をはじめる前、午前10時ころに書いた。

とここで終わろうとしたのだが、タイトルを見て、本来書きたいことを思い出したので書く。

妻は言う。「家事が負担だの無報酬だのと気にして騒いでいるのは、あなただけだ」

確かに周りを見渡すと私みたいな主婦の知人は皆無だ。みんなそこそこ満足して大変ながらもやっている感じだ。サザエさんのフネさんみたいな感じといえばわかりやすいだろう。フネさんが、家事が大変だ、無報酬だしやりきれないなどというのは想像しにくい。フネさんはもう当たり前の日常、暮らしとしてやっている。その暮らしが全体として満足であれば、家事の不満も出ない。

繰り返しになるが、それだとなんにも進歩しないということを言いたい。それに、フネさんみたいに家事に無自覚なままでは、家事がたいへんなら外国人労働者に任せてしまえばよい、みたいなことにもなりかねない。

そうしたらこれはたいへん大きな問題になるだろう。任された外国人労働者が、例えば本国から家族を呼び寄せるとする。そうしたらそういう人達の社会保障は誰が負担するのか、とか。外国人労働者が、反乱やら、宗教的な集会を地域で大々的に開き出したらどうなるか。

このように考えるだけで、家事は大変だけどまあいいとは行かなくなる。家事ひとつとっても、世界とつながっている。

家は買うべきか、借りるべきか

欲しい家の金額が土地とあわせて、全金融資産の20%程度に収まるなら、キャッシュで買えばいい。それ以外の人は買ってはいけない。

よく、株や投資信託などのリスクの高い(価格ボラティリティーの大きな)資産に投下するのに「適切な」割合は、全金融資産の10から20%程度と言われる。

家も、これからの時代、リスクの高い投資先と考えるのが妥当。家なんて特に新築の建売は膨大な額の広告宣伝費や業者の利益が載せられており、買ったそばから下落する。こんなものをローンで買うなんてもっての外である。あなたは金を借りて、株を買うことを正気の沙汰とは思える? 思えないだろう。それと同じで家も、借りた金で買ってはいけない。

家は、借りて住めばよい。長い間に払う家賃の総額があれば、持ち家にできたと思って、多額のローンを背負う人がいる。これは間違いだ。これから、日本の家賃はどんどん下がる。更新料も、これからは、司直の手により禁止されるだろうし、敷金、礼金などもゼロが増えている。人口が減って、空き家率が全国で二割を超えている。なのに、家主はこれまでと同じように家を高く貸し出せるなんてはずがない。したがって、長いあいだに払う家賃の総額が、「いま」=つまり一番高いときの家を買える(買えた)ほどになるとは思えない。

若いサラリーマンで、相続すべき資産もないような、新婚夫婦は経済的に最も負担を押し付けられている。ただでさえ高い社会保障負担。安く据え置かれ続ける賃金。そしてこれから上がる消費税が追い打ちをかける。こんな家計に、高額の借入をさせる住宅ローンは悪魔の商品だ。

政府与党や、これを牛耳る既得権益の高齢者たちは問題の先送りを通じて、人生を逃げきろうとしている。若い人にどのような災禍が起ころうと知ったことではない。具体的には、公平性を著しく欠いた年金や医療・介護保障給付をもらえるだけもらってしまおうとしている。それに、高齢者や地方に有利な、選挙の不平等も、再三の裁判所の指摘にもかかわらず法改正のめどは立っていない。

お陰で、今若い人というのは、あとで、今の高齢者が築き上げたとてつもない負債の山のために、将来生活が立ち行かなくなる危険が最も高い。そうしたときに、もし家なんか持っていたら、生活保護給付も受けられない。この時点でも借家メリットが生きてくる。借家で就労不能、資産ゼロなら、即座に給付要件を満たす。

家を持っていたら、こだわりだの思い入れだのがじゃまになり、生活保護へと足が向かない危険がでてくる。

家を、ローンで買って住む、いかなる金銭的合理的メリットももはやない。このことは、マンションの広告を見ればよくわかる。マンションの広告は、人間に「合理的」選択を迫ろうとする文言はほとんどない。あるのは、「ブランド」「ゆとり」「豪華さ」「満足感」など、金で測るのが難しい尺度ばかり。非合理な人間の、単に「ほしい」感に訴える洗脳文句が並ぶ。これに、不幸にして妻がコロッとやられる。そして買えば、その旦那の人生に待ち受けるのは、巨額のローン負担と、じわじわ効いてくる人生の牢獄感である。

せっかく、自由な民主主義国家に生まれたのに、そんな不自由な人生を送るなんていうのは、残念の極みだ。

2012年3月5日月曜日

公立学校はなにするばしょか?

娘が学校について愚痴るのは、無駄が多い、意味がわからない時間(校長や教育長の話や、他学年の卒業式、入学式など)が多いということ。

http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006

他所のブログだけどとても共感した。校長の話とか、運動会やら、何やら、OECDで競争している学力の勉強とは無関係なことに、莫大な税金が投入されている(1人八十万円くらい、年間)。

そんな金を投入するなら、学校をもっと効率的な学力養成機関にしてほしいものだ。もちろん、一生懸命やっているけれど、塾通いの結果バイリンガル化した娘にとり、公立小学校のALTの授業は苦痛でしかない。

私も、憧れの高校に受かってみてその授業コンテンツの質の低さに驚いた。その後、学校は大学を出るまで、よほど興味を引く内容でない限り昼寝か、授業とは無関係なものの読書の時間となった。

学校はたいていの時間、無駄だった。そして娘もまた、同じように感じている。とにかく行事が無駄。これって、日本の社会福祉政策が、公共土木事業や補助金によって代替されていることにもじつはつながっている気がする。

そもそも人間は勉強する生き物だと思う。武蔵野プレイスで観察すると。硬い木の椅子にすわって、若い人がかじりついて勉強している。

MAX山林所得

NHKのBSでMAX(昔の四人組アイドルグループ、今は三十代)が田舎に古民家と畑(五十畳の広さ)を借り、週末の田舎暮らしをするというドキュメント。

一番驚いたのが、連中が年をとったということ(当たり前だが)。確か大学生くらいのときに大ヒットを連発していたような気が。ティーンネージャーだった彼女たちも今やおばさん。

次に驚いたのは、古民家(江戸東京たてもの園の吉野家みたいな)と畑セットで、月々6万もする賃料の高さ。高すぎるだろう。


2012年3月4日日曜日

テレビの感想、震災スペシャル

「今後の教訓に、この災害を忘れないために」という「いいわけ」で始まった、NHKスペシャル、映像特集311。

怖すぎる。津波、地震。東京に、2000年以降に生まれた我が家の子どもたちがテレビの前で震撼していた。私だってこんなの初めてだから、子どもだったらなおさら怖いだろうに。

原発が、メルトダウンするというのは、私は内閣府のHPにアップされていた福島第一原発事故の状況というPDFで知っていた。そのPDFは確か11日の夜くらいから観られるようになったのだが、電源が喪失しており、このまま回復しなければ数時間でメルトダウンと書いてある。

恐怖からくる極度のストレスで体の節々が痛むほどであった。

あんなひどいことになってるのに、よくもまあメディアや学者は「安全だ」といったものである。もちろん、今は確かに、東京などはそれほどでもないかもしれないけれども、完全に国民をだましてる。

日本はそうやって、知的な部分で劣る、権利意識や民度の低い人たちの犠牲の上に成り立っている部分て間違いなくあるなと。

娘にブログを指南する

娘に、古パソコンを与えてブログを書かせることにした。メディアリテラシー教育の一貫として、こういうことは早くから施すのが一番良い。

下手に受験間際など、逃避の手段としてやられてはかなわない。ヒマな小学校時代から取り組めば、メディアに対して自分を律するすべを身につけられる。

ブログのプラットフォームはGoogleのBlogger。プロフィールがGoogle+と連動している。中途半端な会社のサービスを利用したり自分でセットアップするよりも簡便だし、周りがGoogleを使い出すだろうから、まあいいだろうということで。

写真を公開していないが、もし公開すれば、コメントやらいろんなメッセージが寄せられるようになるだろう。

娘にアドバイスしたのは、娘の個人情報が特定されないように、団体・地域・人物などの具体的な名称の使用を避けること。あと、メッセージやコメントは私の経営する会社のメディアコントロール部門の担当者が選別したものだけ、見るようにすること。

ネガティブなものは一切見せないことにしている。また、知人からの連絡も、内容によっては直接電話や、会って話すことを推奨するだろう。

私のようなパソコンヲタクの子でよかったと本人が思えるように努力したい。

2012年3月3日土曜日

無線プリンタサーバーの巻


今日は午後三時から、届いたプラネックス社の無線プリントサーバーMZK-SP300N2にキャノンのインクジェットプリンタPIXUS MG5130をつなげて、稼働させる設定。

キャノンのインクジェットプリンタはUSBだから、本来は特定のパソコンからしか出力できない(プリンタ共有すればいいという話もある)。そこで、このプラネックスの無線プリントサーバーの出番である。

プラネックスの無線プリントサーバーは、家の中のアクセスポイントと無線で接続して、プリンタがどこにあっても家中のLAN上のパソコンから出力できるようにしてくれる。

今回の設定劇でもっとも戸惑ったのは、毎度のことなのだが、プラネックスの無線プリントサーバーをLAN上で見つけられなかったこと。理由は、説明書には、ルーターにつなげさえすれば、IPアドレスの上三桁までは自動で設定してくれると書いてあったこと。私はハブにつなげただけだったので、これは自動では変わらなかった。

ルーターとハブでは、もちろん違う。

そこで、設定用の端末を用意し、プラネックスの工場出荷時のIPアドレスに合わせて下三桁目を1にして、DHCP機能を無効にして、下三桁を社内LANとおなじ0にして固有のアドレスを振ってから、ハブにつなげてLANに戻すという作業になった。

プラネックスの無線LAN絡みの製品は毎度これで苦労するが、もういい加減コツを覚えた、というわけで備忘のためのエントリである。

実際にいくつかのパソコンから、無線プリンタサバ経由で出力できるようになってまた苦労したことも書いておこう。あるパソコンで接続中の場合は、ほかのパソコンではサバ上のプリンタのアイコンに×印が付いて接続できないということ。なんだこの×印はと思って苦労した。なんてことはない、接続中のパソコンを切断すればいい(自動切断機能も付いている)。

あと、イラストレータ上で作った、ユーザー定義のデータは、あらかじめ無線プリンタサーバーを接続状態にしてから、コントロールパネルのプリンタとファックスの当該プリンタ(プリンタードライバ名の最後にコピー1と付いているほう)で設定しないと、白紙で出るというのも参った。


この白紙で出る問題は、以下の手順で解決。
↓プリンタサーバ上のプリンタを、プリントサーバーマネージャーで「接続」を押してコンパネのファックスとプリンタの色を濃くする。
↓コンパネファックスとプリンタの当該プリンタ(コピー1付いているほう)を右クリックし、印刷設定、ユーザー定義用紙をがっつり設定
↓イラレのプリントで、プリンタボタンをクリック、詳細設定、ページ設定で、ここでも用紙設定をがっつり設定。ガッツリ設定とは、用紙定義のサイズを入力するダイアログを表示し、出したい大きさの数字を入れて、OKをおす。

イラレのプリントダイアログに戻り、用紙は「ユーザー定義用紙...」。
そうすると出る。いやーたいへんだった。


えらい苦労したが、封筒にとてもきれいに印刷できる上、汚れも付かなくなり、しかも複数のパソコンから出せるという新しい機能が我が社のネットワークに加わった。

慶事であることは間違いない。ちなみに予算はたったの1万4千円くらい(プリンタと、プリンタのサバ両方で)。なんと安いことか。ただしプリンタの方は中古で一万円。あはは。

途中で仕事とか食事、買い物などあれこれあったものの、すべての作業が終わったのは夜中の二時である。

追記

翌日、イラレから出すとど

2012年3月1日木曜日

パソコンを1万円台で買って憂さ晴らし

中古のノートパソコンなどを、1万円台で買えるととても気持ちがすっきりする。

日頃から価格をチェックしているジェノ(geno-web.jp)。ここのところ買ってしまったノートパソコンは2つとも成功だった。

ひとつはHPのNX6310。無線LAN内蔵A4ノート。15インチ。メモリは1ギガでCD-ROMだが、アマゾンでメモリを2ギガ2000円弱で買って、525を抜いて刺したので、合計で2.5ギガ。これで価格は1万4千円弱。

音が非常に良く、驚いている。ただ、モニタに一部暗い部分があって気になったので、子供に与えた。

次に買ったのはレノボのT60。これは1万7千円。価格が高いのはメモリが3ギガで、DVDマルチだからか。14インチのモニタのノートが欲しかったので丁度良かった。無線LANはついていなかったので、プラネックスのちっちゃな無線LAN子機をつけた。

これまでに、パナソニック、東芝、マウスコンピュータのノートパソコンを買ったことがある。今回はレノボとHPが加わり、だいぶメーカーも出揃ってきた。どのメーカーが使いやすいか、長持ちするか。たくさん買ってはじめて分かる、貴重な知見だろう。

知人に、パソコンではなく、カメラとか、ビデオカメラでこういう趣味にハマってるのが二名ほどいる。

副業を、会社にバレずにする方法

副業の所得をまずは、二種類に分けたい。
一つは、給与所得。もうひとつは事業所得。

あ、このエントリでは専門用語を後ろで解説しているので適宜参考にしてほしい。

はじめの給与所得を会社にバレずに得る方法から。

通常、会社(副業ではない会社の方をメインの会社という)は、従業員の住民税を、特別徴収という方法により給与から天引きしている。

このため、自治体は、従業員の所得を計算してメインの会社に通知する必要がある。まずはこれをやめさせる。

確定申告で副業会社からの所得もあわせて申告し、確定申告期限内に住んでる自治体の役所に出向いて、副業分の住民税は普通徴収で払うから、メインの会社に言わないでくれといえばいい。

なお、自治体によっては、確定申告書の第二表の、給与所得と年金所得以外の所得の住民税の支払い方法欄を空欄(特別徴収、普通徴収どちらも選ばない)にすることで、自動的に副業分の住民税の納付書を送ってくれる、心得たところもある。

さて、もうひとつの副業は事業所得。『無税入門』(只野範男 2007年 飛鳥新社)では、事業所得の赤字を給与所得と損益通算して無税にするテクニックが紹介されている。

この方法の問題点は、住民税を特別徴収しているメインの会社に自治体から、この従業員の所得はゼロなので特別徴収すべき住民税はありませんとか、給料の額に対して以下の住民税しかかからないというように通知すること。つまり、副業か何かやっているということが会社にバレてしまう。胡散臭いやつだと思われる。  

なんで、こいつは住民税が少ないんだと、会社は疑問に思って直接、聞いてくることもあるだろう。

そういう場合は、こう答えればいい。

「曽祖父の代から継いでいる山林で営む林業がどうにも赤字で」

林業の赤字(山林所得)も、事業所得と同様、給与所得と損益通算できる。

いくら副業禁止とはいえ、代々引き継いでいる「森を守る仕事」(しかも赤字)に対し、やめろ、とか言えないだろう。

いやー節税や副業のノウハウは数あれど、これほど実効性のあるものはこれまでなかったはずだ。実に気分が良い。

※所得…収入-必要経費。給与所得の場合は、額面給与から給与所得控除を差し引いたもの。
※給与所得…給与(や賞与)として会社や団体組織から得ている金
※事業所得…自分で税務署に開業届を出して始めている、自分の事業。
※特別徴収、普通徴収…住民税を、メインの会社が給与から天引きすることを特別徴収。そうでなくて、自分で住民税を払うのを普通徴収。特別徴収は、会社と、住んでいる地方公共団体が裏で結託し、気が付かないうちに税金を召し上げるイメージ。

2012年1月19日木曜日

金持ち優遇の消費増税

今日、森永卓郎のust放送「BLOGOS経済塾第4回」拝見し、やはりこの野田という金持ちとアメリカの「ポチ」のクソ消費税増税だけは、絶対に阻止しなければならないと思いを強くした。

じゅうぜんから申し上げているとおり、消費税というのはほかの租税(所得税や法人税、相続税など)と比べて、金持ち優遇して少ししかとらず、貧乏人からより多く搾り取るまさに江戸時代の百姓にとっての年貢のような極悪ブラック税制である。これを税の逆進性という。

これだけでも消費税はアウトだが、もっと悪魔的な側面を知った。

消費増税は野田は、社会保障財源にすると言っている。社会保障とは、年金と健康保険、介護だ。今、サラリーマン=江戸時代で言う百姓の年金と健康保険は、企業と従業員が折半で負担している。給料のおよそ16パーセントがその額である(厚生年金と健康保険)。

もし、消費税が導入されれば、企業は社会保障財源を折半で負担しないでよくなる。これは企業経営者(金持ち)にとっては好都合だ。とっとと使い捨てたい従業員の年金だの、健康保険なんかは邪魔で、もともと払いたくない。そこにもってきて、これを消費者が自分たちで払う消費税で財源を確保するようになるのだからこんなにおいしい話はない。

やーそうしないと、企業の国際競争力が何とか、かんとか、という人は、いったい会社は誰のものかを考えたほうがいい。会社は株主のものだ。従業員たる、気の毒な、江戸時代でいうところの百姓のものでは、決してない。そして、株主とは、創業者やそのファミリーのことである。つまりは僕やあなたじゃあない。そして株主が考えるのは、従業員の福利ではなく、国際競争力で生き残って自分たちの蓄財を磐石にすることだけである。そうしないと、会社の金でゴルフしたり、愛人宅へタクシーで行ったり、妻と豪華客船で海外旅行したり、将来は国外で移住したりできないからサー。

消費税の話に戻そう。よく、財源がないという。一般庶民ですら、国に財源がないから消費税はしょうがないとか言うが、これはマスコミの洗脳にやられており噴飯でしかない。じつは、社会保障の財源がないというのは真っ赤なうそである。金はいくらでもある。金持ちがいっぱい持っている。金持ちが保有している金融資産の元本(利子には課税される)や土地建物に課税してほしい。

日本の金融資産は1400兆円あって、その多くは国債で運用されている。国債の場合は、金の出して、すなわち金持ちに利子を払う。この1400兆円の1%を金融資産課税で取ればどうか。14兆円。今回消費税を増やす分で増える税収と同じくらいだ! 国債はなるべく減らして、金持ってるやつから取らないとだめだ。国債は地方の貧乏とか社会保障費、そして国債の利払いや元本の償還のために発行される。そのコスト(利払い)で金持ちは潤う。そうじゃなくて、金持ちが直接、これらの弱者対策に金を払ってもらうようにすればよい。

相続からもとることがいくらでもできる。日本の相続される資産の総額は2000兆円。そして毎年相続がおよそ70兆円発生している。今はそれへの課税から得られる相続税収は、相続する金持ち優遇のためにいろいろな控除があったり税率も低いので1兆円ちょっと。この相続税率を20%にするだけで、今回消費税を5%増やす分の税収13兆円あまりがまかなえる。

あと、鳩山前首相は、(相続で取得し)保有しているタイヤメーカーの配当金の年間収入が5000万円である。これに対する課税は「分離課税」でほかの所得とは異なる割合の税率が課せられる。それはわずかに10%だ。だからこれだけの不労所得を得ながら、たった500万円しか税金を払わないでよい。こういう分離課税は一刻も早く止めるべきだ。鳩山は、この5000万に対して、高給取りのサラリーマンと同じレベル、つまり税と社会保障税あわせて50パーセント程度はとられないと公平さに欠けるだろう。

こういう金持ち優遇は温存し、貧乏な庶民だけから搾り取る消費税増税。共産党や社民党でなくてもこう言いたくなる、庶民のための政治を、私たちの手に取り戻そうと。