2012年5月20日日曜日

『学力を育てる』(岩波新書)を読んで


 文化資本(親の学歴、家の蔵書量、習慣化された学習)が高い家の子供は好成績(イギリスやフランスの教育社会学の調査から)。
 小学校1-3年くらいの家庭の環境が学力にとって圧倒的に重要だという主張。
 言葉を丁寧に積み上げて(精緻モデル)論理的に話し、子供の話を訊いて話し好きにする。子供と積極的に話す(家族だからフロ飯寝るじゃダメ。あうんの呼吸はNG)。
 活字に慣れさせる。あらゆる習い事に優先して本を好きになれるような環境を整える。
 親も勉強するし、いっしょに勉強する。勉強する姿を見せて、それが当たり前の習慣になるようにする。勉強を習慣にする。「宿題をしないと気持ち悪い」「問題があるとつい解いてしまう」、意欲よりも行動が先立つようにする。ご飯を食べるのをいやがる子供がいないのと同じで、勉強が元もと嫌いな子供はいない。
 規則正しく生活して朝ご飯もきっちり食べる。テレビやゲームは時間を決めて限定的にやる(ダラダラ見ない)。
 ──『学力を育てる』(岩波新書)に書いてある、以上のようなことを我が家はもちろん実践しているわけで、おかげさまで?子供の成績は悪くはない。
 じつは今は親になった私も、比較的高い文化資本のなかに育まれてそこそこの学業成績を修めて社会に出、そして親になり、この何かの再生産にいそしんでいるところである。ただ、親になってみたはいいんだけれどもそこではて、と立ち止まることの多い日々である。つまりまあ、その(まあマシな学業成績を修めることの)先に、いったい何があるのか、を考える必要がある。
 この問いに対して私は結構悲観的なほう。学力を育てるのはマスト(必須)であるのだが、人生それだけでもない。もっと何か必要なことがある気がする。もっと。それがなにか? これが難しいところだ。
 哲学関連の書籍を読むと、それを考えることこそが哲学であり人生、みたいなこといってる本も多い。なるほど確かに、その答えをいろんな本を読んで探し求める営みそれ自体は必ずしも不愉快なことではない。不幸にも病や事故で若くして命を落としてしまう人もいるなかで、こうやって生きて、人生の行方や意義をあれこれ思索することが出来ているのは何とも贅沢なことだし、もしこのあと急に人生が終わってしまっても、考え続けてきて結局分からなかったが、そうした人生も不意に終わってしまったのならそれはそれで納得できる気がする。
 分からないということが分かったから。
 話を戻すが、学力を育てる、では、とにかく子供に活字に慣れさせる、読書を習慣化する必要性を訴えている。そうなんだ、娘の友達を見ていてもよく分かる。近所に出来た感動的にすばらしい公共図書館に行こうと娘が誘っても、その子供(註:ワーキングクラス出身)は借りる本がないとか、借りてもどうせ読まないから、と、渋々ついてはきたところが、私の娘が借りた本(一度に十冊借りられる)を重たいでしょうからと運ぶのを手伝ってくれた。
 本は読まないが、優しいいい子じゃのう。

2012年5月19日土曜日

文明の礎、それがベーシックインカム

ベーシックインカムに反対する人たちってパソコン不得意なんじゃね? 結局新しい技術に適応できずにどんどん自分が朽ちていくのが嫌だから、とりあえず反対してるだけだろう。

私がベーシックインカム早く入れて欲しいと思う理由はこうだ。
  • そこら辺で人が飢え死にしてたりするような社会は人間らしくない
  • 仕事にあぶれる人が即貧困というのも治安維持上問題だ
  • 生活できる最低金額貰えれば起業したり色々トライできる
まず一番目はこれはだれだって嫌だろう。以前、おにぎりが食べたいと書き残して飢え死にした人がいた。北海道では病気の姉妹が相次いで飢え死に。まじでひどい話だ。しかもそれをテレビ・マスコミが報道するんだけれども、マスコミの連中に目が飛び出るほどの給料払ってるのはパチンコ屋とか消費財メーカーとかゲーム産業とか、人を虫けら同然にしか考えていないような資本主義の権化みたいなスポンサー連中だ(あとは不動産賃貸料収入というのもある)。文明が進展した結果がこれじゃあ、あまりに醜悪。

セーフティーネットの制度をわざとわかりにくくして、困っている人が結果的に制度から排除されるような構造になっているところも見逃せない。社会保障システムにたかっている公務員も多すぎるので、ベーシックインカムを入れて、公務員連中も片付けられてすっきりだ。

二番目は云うまでもないこと。ワーキングプアとか。かと言って正社員は完全に社畜化して没我滅却の境地で過労死しないと駄目だし。その正社員になれなくて(就職活動に失敗して)死ぬ奴がいるというのも酷い。おかしいだろう。どう考えたって。

最後、これは重要だが、ビジネスを起こそうとした時に、一番ネックになるのは生活費だろう。社長や従業員の。アイディアがあって、不動産なり持っていても、そのアイディアがコケた時に社長とか一緒にはじめる役員(従業員)が食えなくなってしまったら、アイディアを試すリスクが大きすぎて誰もビジネスを起こさなくなる。

でもベーシックインカムがあれば、とりあえず最低限それで生活費だけは確保しつつ、新しいビジネスを試すことはできる。

ベーシックインカムは、まずは子ども手当とか、会社をやめた人や仕事が無い人への給付からはじめて(条件付き給付)、だんだん広げていくのがいいだろう。負の所得税でももちろんいい。最初はそういうところからだよ。いきなり一億三千万人に万札を撒くというのも無理な話だろうから。

だから民主党の子ども手当ってすごい重要だし画期的だったのに、クソ自民党の保守野郎どもがぶっ潰してしまった。そう、パソコン苦手な高齢者の連中が。


2012年5月18日金曜日

ジェンダーの起源

なんで男は外で働き、女は家で子供育てて家事育児しなきゃならんのか?
若い女性の多くは山田昌弘氏の調査によると、年収が800万円以上もある男性に嫁いで、専業主婦に憧れているという。

私は早稲田だったから、早稲女をたくさん見て知っている。おどろくべきことに、かなり学力を有する女性たちですら、キャリアをさっさとリタイアして主婦の座に収まっているケースのほうが多いと思う。私なんかよりはるかに優秀で知的な素質があるのに、幸せそうに専業主婦をやっている元ワセジョを複雑な思いで眺めるほかはない(じゃあ早稲女は何をすればよかったのかと突っ込まれると何も言えないんだけどさあ)。

男性の年収が十分にあり、女性は家を守る。このモデルは、福祉コストを削減したい政府や、社員の再生産コストを家庭に押し付けたい企業にとって好都合だった。ところが今や、いろいろな事情(グローバル化や富の再分配機能の失敗など)で、男性の多くは家庭を支えられる年収を持ち帰れない状態になっている。

このモデル(男は外で働き女は家事育児)はもう破綻しているのだが、非常に人気のあるモデルでもある。モデルというよりもはや、妄想とか、夢の様な状況になっている。

なのに、私が大嫌いな保守言論の連中は、こういう古典的な家庭のモデルに固執しその復活を夢見ることに余念が無い。なんで私が保守連中を嫌うかといえば、私は間違えて?四人も子供を作ってしまい、乳幼児とアスペルガー並びに経営企業不振による貧困で家が家庭版「ブラック企業に勤めてるんだが俺はもう限界かもしれない」状況に落ち込んでしまったから。

こうなると保守連中は羨ましい。そんな、自分に都合の良い、ラクしたい(家事しない人生は全然ラク)エゴをガッツリ理屈で補強できるんだから。そんな、自分のクソエゴの補強する時間があったら私は家のクローゼットの中のガタついた棚の補強をしないと。

保守連中が好戦的なのも道理だ。戦争になれば、嫌な家事育児を全部女に任せて、自分は男の子のゲーム(=戦争)に熱中できる。

そういうわけで私は、左派リベラルというよりも、単なる多忙性保守嫌いの様相を呈している。

ついでにいうと、消費税増税がなんで嫌かというと、大企業、政府のクソ理屈、男の子中心の旧態依然とした社会システムの維持と追認を象徴している気がするから。確かに野田はいう。将来世代につけを回せないと。ではなぜ、自分ら国会議員がもらっている領収書不要の文書交通費を削減したり、今もらっている高齢者の年金額を下げたりしないの。

政治生命をかける先が完全に間違っている。将来世代のツケ回しっつったら、今野田が夢中になってやろうとしている原発再稼働こそがそれだろう。増税じゃなくて女性の社会参加とか脱原発グリーン革命に政治生命をかけてほしい。

細かい既存の制度の矛盾を放置して先延ばししたいんだけど、その手当を今から消費税を上げないと将来世代にも世話になりかねないから上げるねって言ってるようにしか聞こえない。つまりいいわけだ。

私は消費税値上げ絶対に反対。

今、多数派の高齢者らは、クソとんでもない、戦後日本の亡霊集団とかした自民党を相変わらず支持している。高齢者は。

2012年5月9日水曜日

原発は安全ということにして幸せに生きたい

莫大な税金も突っ込んであるし、(多少はミスをすることもあるが)優秀な人材がしっかりやっているから、原発は安全だと思ったほうが精神衛生上よさそうである。

経済的な衰退が多くの人の人心を蝕む。その負の影響は原発事故に比べてどうなのか。もっと正確に言えば原発の事故が起こる可能性のリスクに比べて。

電気料金高くなったら困るし、若者が就職できないのもまずい(就職活動で失敗したのを苦に自殺する若者が増えているという)。

もちろん長期的には原発はやめてしまって、これ以上廃棄物が溜まらないようにすべきだとは思うが、すぐに自然エネルギーにシフトできるはずもないから、それまでのあいだは。

本当に答えが出ない難しい問題だが、幸い私はその答えを出す職責を担わされているわけではないので。

2012年5月8日火曜日

原発再稼働、遺棄される倫理


池田信夫氏は原発容認派。氏のブログでは(不正確な引用かも知らんが)要するに核燃料廃棄物はモンゴルなど途上国が買うと言っているんだから解決済み。原発による死者はフクシマ含めてほとんどいないし、ガンも増えていない。だから原発の何が問題かまったく理解に苦しむという主張がある。
氏はもう50代だろうからそりゃいいだろう。しかし私や私の子供は池田氏のような近視眼的かつ、モラルゼロの主張はとうてい受け入れがたい。
ウランを採掘する労働現場もひどければ、廃棄物を捨てられるモンゴルの平原も無残だ。フクシマだって、津波じゃなくて地震でぶっ壊れた部分もあるのに、この大地震列島に何十基も原発があるのは何とも居心地がよろしくない。そこ感じないのが不思議(政府や電力会社が「安全だ」というのは一切信じられないわけ)。
それに池田氏は、日本が原発やめても変な国(イランとか北朝鮮、中国など)がどんどん進めるから、ならばいっそやったほうがいいんだという。これまでの蓄積も生かせるし、と。
これもどうかと思う。日本は核を落とされたということで世界的に有名。それでアメリカの占領国家として、アメリカの命で核の平和利用(原発)を推進してきた経緯がある。戦後、東芝や日立などの作った原発技術は世界に輸出されている。
でもそれはもうフクシマでお終いとなった。専門家任せで開発してきたせっかくの技術も、経済優先の倫理不足で、起きる地震も起きないとされて怠惰きわまる不作為をブッこかれ、そこらじゅうに放射能がまき散らされた。
こうなるともはや無邪気に、その変な国向けも含めて、全世界に向けて反核、脱原発、自然エネルギー利活用を推進するのが正しいスタンスなんじゃないのか。国民は全員、政府に対し、核エネルギー由来以外の電力を要求すべきである。たとえばスナック菓子にすら書いてある。遺伝子組み換え作物を使っていませんと。電力にも、核エネルギーで発電されたものは使っていないと書くべきだろう。そして国民は、どのエネルギーで生産されたものか選ぶ機会を与えるよう、政府・電力企業へ要求することが必要だ。
それが地球を存続させるための知性だし、倫理というものだ。原発容認派はいわば倫理なき緩慢な自殺者。池田氏のような原発容認派は、早く人の心を回復してもらいたい。

2012年5月7日月曜日

1%の連中にとって不本意な結果

フランスで左派の社会党の大統領が誕生した。また、ギリシャでは緊縮策に反対した国民が、ユーロ圏よりも暮らしの改善をアピールする政党に投票して、緊縮策をすすめてきた連立与党にNoを突きつけた。

ユーロもドルも暴落。相対的に資金が流れた円高のため国内は株安に。なんというか、ちょっといい気味だ。

富裕層である社会の上位1%に富が集中し、残りの99%はどんどん落ちぶれて搾取される一方の先進資本主義各国。そういう不本意な流れに、フランスでもギリシャでも国民がしっかりと意思表示すれば、結果が出せることを示している。

1%の連中が困っているかどうかはわからないけれども、為替が落っこちたというのは少なくともプラスではなかろう。

私はギリシアだのスペインだのがちょっと悪いからといって、ユーロが瓦解するとはまったく思っていない。あれは平和連帯であり、経済連帯ではない(と思えばどうか?まんざらでもなかろう)。

翻って日本は、かつて起きたことのないほどのとんでもない竜巻が荒れ狂って死人も出た。きっと地球温暖化のせいだが、温暖化を抑制する切り札だった原発はもはや一個も動いていない。

原発を止めたからには、私は政府に、自然エネルギーによる電力を供給するよう強く求めたい。汚い燃料(化石燃料)ではなく。

ちなみに、1%の連中は世代を超えて、用意周到に、やってきたし、これからもやっていく。短期的に右往左往するばかりで、あすの生活費も事欠く貧困層にはできないテクニックで、これからも富を吸い上げ続けるだろう。そのテクニックとは例えば、莫大な資金を政治家に献金して法律をいじくり、自分たちの有利な社会制度を構築するとか。まったく見事なその手口は、『暴走する資本主義』(2008年 ロバート・ライシュ)に詳しい。私の忘れがたい読書体験だった。

不正確な記述もあるというが、本全体で言いたいことはよく伝わってくる。多少無理をしてでもインパクト勝負で世の不合理をついた点は功績だ。

2012年5月6日日曜日

金の再配分機能が劣化

みんなの給料から合法的に「かすめ取った」カネを、国が「適正に再分配」する仕組み、それが政府なわけだが、この再分配機能がおかしくなっている。

例えば被災地復興のコンサル料。どっかのブログのエントリーで見たけれども(つまり裏は取っていないが)、太陽光とか、自然エネルギー関連へのコンサル料はほとんどつかない。でも、港湾の土木にはとてつもない額のコンサル料がつく。そして地元は、「要らないのに」といっている。

自然エネルギー開発のためのコンサル料に予算をつけるのって、既存設備の補修につけるのに比べて、多分かなり大変なんだろうな。

私はみんなの関心が、政府による富の再分配機能がどうなっているのかをしっかりチェックすることに向かうことを切に願う。グリーだの、モバゲーだの、タレントのゴシップだのではなく。まあ無理か。

富の再分配というラベルをきょう設定した。積極的にポストしていこう。とりあえずウィキペディア。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E3%81%AE%E5%86%8D%E5%88%86%E9%85%8D

2012年5月5日土曜日

意思決定なき政治

意思決定能力なしの政治と、先送り現状維持既得権益と省益保護の省庁がタッグを組み、消費増税と年金破たんが着実に進んでいる。

若い人達(30歳直前の私の実弟とその同世代の友達ら)の話を聞くと、金が無いから結婚ができない。仕事も希望が持てない。それでも就職しているだけマシで、親と暮らしながら精神衛生の現状維持が精一杯というのも珍しくない。

昨日深夜、NHKでやっていた、厚生年金基金の問題、公的年金(国民年金)の問題を見て、しみじみ思った。そういう、希望も未来も何もない若者がちょっとでも稼げば、金を給料から天引きして、今の高齢者にガチ払いする制度。それが今の年金の仕組みだ。

賦課方式(仕送り方式とか呼んでいた、要するに今の若者が給料の一部を、今の高齢者へカネを渡す=仕送りする方式)は、少子高齢化が進めば破綻するのは火を見るより明らか。経済が上向けば、給料の額が上がるから(笑)、高齢者へまわる金も増えるから大丈夫と官僚は絵を書くけど、今時どこの先進国の給料が上がるってんだろう。

年金モデルを検討する省庁や専門家が、経済の見通し激甘で腰が抜けた。

もう絶対にヤバいってわかってるのに何も変わらない年金制度。私は貧困層で免除されているから全く構わないが、リアルに払ってる(給料天引きされている)被雇用者や、半分負担させられている企業は、よく平気でいられると思う。

私は高齢者は十把一からげにして批判することはよろしくないとは思う。批判するどころか、憲法を守り、ナチスみたいなものの台頭を抑えて、一応平和で治安も良いこの日本を作ってくれた人たちに、基本、まずは感謝している、僕を産んでくれた人も高齢者だし。

しかしながら、なんだろう、この意思決定のしなさすぎと、先送りのものすごさって。高齢者が悪いとか、官僚が悪いとか言っても始まらない。これは誰がやらない、とかではなく、日本の制度全体のキャラクターみたいになってきていないかこれは。

ある前提があって、目的をもうけて、それに向けて制度を設計し、走らせる。そういうのは得意だけど、前提が、バッチバチに壊れてしまっている場合は、軌道修正がほんとうに難しいんだろう。