原発再稼働、遺棄される倫理


池田信夫氏は原発容認派。氏のブログでは(不正確な引用かも知らんが)要するに核燃料廃棄物はモンゴルなど途上国が買うと言っているんだから解決済み。原発による死者はフクシマ含めてほとんどいないし、ガンも増えていない。だから原発の何が問題かまったく理解に苦しむという主張がある。
氏はもう50代だろうからそりゃいいだろう。しかし私や私の子供は池田氏のような近視眼的かつ、モラルゼロの主張はとうてい受け入れがたい。
ウランを採掘する労働現場もひどければ、廃棄物を捨てられるモンゴルの平原も無残だ。フクシマだって、津波じゃなくて地震でぶっ壊れた部分もあるのに、この大地震列島に何十基も原発があるのは何とも居心地がよろしくない。そこ感じないのが不思議(政府や電力会社が「安全だ」というのは一切信じられないわけ)。
それに池田氏は、日本が原発やめても変な国(イランとか北朝鮮、中国など)がどんどん進めるから、ならばいっそやったほうがいいんだという。これまでの蓄積も生かせるし、と。
これもどうかと思う。日本は核を落とされたということで世界的に有名。それでアメリカの占領国家として、アメリカの命で核の平和利用(原発)を推進してきた経緯がある。戦後、東芝や日立などの作った原発技術は世界に輸出されている。
でもそれはもうフクシマでお終いとなった。専門家任せで開発してきたせっかくの技術も、経済優先の倫理不足で、起きる地震も起きないとされて怠惰きわまる不作為をブッこかれ、そこらじゅうに放射能がまき散らされた。
こうなるともはや無邪気に、その変な国向けも含めて、全世界に向けて反核、脱原発、自然エネルギー利活用を推進するのが正しいスタンスなんじゃないのか。国民は全員、政府に対し、核エネルギー由来以外の電力を要求すべきである。たとえばスナック菓子にすら書いてある。遺伝子組み換え作物を使っていませんと。電力にも、核エネルギーで発電されたものは使っていないと書くべきだろう。そして国民は、どのエネルギーで生産されたものか選ぶ機会を与えるよう、政府・電力企業へ要求することが必要だ。
それが地球を存続させるための知性だし、倫理というものだ。原発容認派はいわば倫理なき緩慢な自殺者。池田氏のような原発容認派は、早く人の心を回復してもらいたい。

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