2012年9月21日金曜日

mousecomputerとか自作PCに共通する問題点

AdobeのFireworksCS6で、aiファイルつまりIllustratorで作ったファイルを開こうとすると「ファイルを開けませんでした。内部エラーが発生しました」と出る。

アドビのサポートに電話してあれこれ※試した結論。ハードウェアに起因する=パソコンがおかしい。私は同じ不具合を、マウスコンピュータと自作PCで体験したが、持っていたほかのメーカパソコン(レノボ、デル)ではそうした症状は出なかった。

安いには理由がある。そんな当たり前のハック(ハック以前の常識だが)を体得した。


※試したこと

  • コンパネ>管理ツール>システム構成のスタートアップですべてを無効。同、サービスで、Microsoftのサービスをすべて隠すをチェックした上で、これまた無効し、再起動
  • C:\Users\epson\AppData\Roaming\Adobeの中のFireworksCS6フォルダの名前を変えてアプリ再起動
  • 環境設定ファイルを削除するチェックをチェックした状態で、いったんFWをアンインストールし、再起動して再インストール
ちなみに、サポートの人が言っていたが、サポートでも解決不能のトラブルが起きるのは大抵、マウスコンピュータか自作パソコンだったとのこと。パソコンかってアドビのソフト動かすんなら、HPとかデルなどまともなメーカーの物じゃないといかんな。

2012年9月20日木曜日

いますぐ感動したい人に3分ほどの動画

いますぐ感動したい人に贈る、ギャレス・マローンのコーラス動画。



↑来歴は分からないがなんかいい。南北問題も、地位も、格差も超えて歌でつながろう的な。
この動画のPV版はこちら。



次は有名な、イギリス軍兵士たちの妻のコーラス。曲が素晴らしく、泣ける。



こういう動画を見せられるとメディアの圧倒的なパワーがいかにこのインターネット時代と言えども健在かを痛感する。大勢の人やお金が集まって、こういう映像が生み出されるんだろう。インターネットの世界にゴマンといる、分散した個人の非力な情報生産力では到底太刀打ち出来ない。

津田何とかとか、佐々木何とかがいっていることのあきれるほどの一面性。
ネットでもこんなこともできるがギャレスには遠く及ばない。


2012年9月15日土曜日

宮崎監督の反原発デモ@梶野町

先日のこと。家のそばを自転車で走っていたら前から大勢の大群が道いっぱいに押し寄せてきた。蜃気楼かと思ったがまぎれもなく現実だ。

先頭にはジブリの宮崎駿監督。原発反対の看板を掲げてる。大勢の若者は、ジブリの社員だ。プラカードを持っている人もいる。みんな和気あいあいと歩いている。楽しそうだ。

うわーまたジブリが反原発デモやってる……。しかもうちの至近で(うちは、小金井市梶野町のスタジオジブリの真裏に位置する)。前回は犬と、ひとりかふたりの社員、それにカメラマンがいたが、今回はカメラマンがみえない。人数はとんでもなく増えたが。今回もまた、前回同様、広報誌の表紙用だろうか?

私はデモの意味を理解しているだけに、非常にいたたまれなくなった。なぜならデモというのは政治的主張を示威する表現行為であり、それを実際に見たり、メディアを通じてみた人が、そのメッセージの受け手としてまず想定されているからだ。

デモをやる側はきっと、一般市民がいたら心中に起こるであろうざわめきを想像して「ウホッ」て思っているに違いない。宮崎さん筆頭に。あーもうそう思ってるよ絶対。よりよって僕ひとりだよ。

そういうことが一瞬で想像されてもう恥ずかしくて恥ずかしくて、正視できず、なるべく道の端を走って通過しました。その道をその刹那歩いていた一般市民側は私ひとりで、あと全部、数十人くらい、全部ジブリの人たちでした。まるでそれは、ジブリ劇団の演目「反原発」を、狭い芝居小屋の客席でたったひとり見せられているようなバツの悪さでした。

今日も、こんなことがあった。先頭は、鈴木プロデューサーと宮崎氏。後ろを5人くらいの社員がぞろぞろ。そういうのと普通にすれ違う。全部よく日テレとかNHKでやるドキュメントで全国的に顔が知られた人々である。で、一般ピープルは私だけ。いやいいんですよ全然。そういうこともあるでしょう。でも、そういうのが一週間に一回とか二回、もう十年近くあるとなるとどうでしょうか。

きっと、向こうだって、私のことをやたらと見る近所の一般人だと思って顔くらい知っているだろう。とにかくその頻度の多さというのが合理的な頻度を超えて多い。

この妙な気まずさというか、知ってるんだけど知らない、でも頻繁に顔を合わせるということの何とも言えない居心地の悪さ、不安定さ。これって哲学の契機になるんじゃないのか? もしや。

というか単に疲れます。そしてジブリとは一切関係がなくてよかったと毎度思います。下手に関係があるといちいち挨拶しないといけないわけ。私は、道の向こうからやってくる浅い知り合いと挨拶するのがとても苦手なので(むしろそれって得意な人がいたら教えてほしい。プロ挨拶師!)。

このブログも、毎度知り合いばかり十人くらい見る、わびしい過疎村なワケだが、宮崎監督が訴えている主張(反原発)には私はものすごく共感しているので、きわめて非力ながらメディアとして触れた次第。いやーこれでメディアを標榜するのもホント恥ずかしいんだが。

そう、反原発ですが、国民の多くが望む原発ゼロ。私がそれを願う理由はやはり、怖い使用済み燃料のどうしようもない行き場の無さ。あと、日本の優秀な人々が原発や石油ではなく、太陽光とか、自然エネルギーをうまく活用するすばらしい技術を作り出し、それを世界に広げ、人類の、地球に優しい持続性ある文明の進展を牽引してもらいたいという夢を見ていたいから。

しかし、まあモーリー・ロバートソンもいっていたが、結局私もある種のアパシー(無気力)に囚われてる変な日本人の一人に過ぎないだろう。

2012年9月1日土曜日

指宿に旅行して思う

この夏、鹿児島県の指宿に旅行した。車窓から見える家々を見ながら、東京生まれ東京育ちの7歳の娘は言った。なぜ、古い家ばかりなのかと。たしかに。

新しいものといえば、昨年できたばかりの九州新幹線の駅舎と、全国チェーンの大型小売店舗、そして軽自動車くらい。いわゆる住宅はほとんど古い。

日本の人口統計のあの有名なつぼ型の世代別分布グラフを思い起こせば、これらの古い家々が新しく建て替えられることはもうないというのははっきりしている。最大の原因は少子高齢化である。そして、若者の地方離れだ。

日本政府がとてつもない数の外国人を受け入れる政策でも取らない限り、いま地方で朽ちていく家々はこのまま消える他はないだろう。帰省するごとに増える、売り地の看板。シャッター通りの商商店街は、(私のような)廃墟ハンターを興奮させる探検エリアへと姿を変えることだろう。

あと二百年もすれば地方自治体の多くは消え失せる気がする。いったい日本の地方はどうなってしまうんだろう。多分、アメリカみたいに大規模農業とかやるんだろうか? 広大な田圃や畑を、巨大な機械だけが動いて作物を育てる。機械のオペレーターはそこから遠く離れた東京にいるんだろう。

作物は自動的に集められてリニアモーターカーで全国の人口集中エリアへと運ばれる。

いま、火星に人類を住まわせる研究が進んでいる。そんな手の込んだことしないでも、時間が経てばいくらでも移住先は見つかりそうなものだと思った。