現代文明人におけるマンネリズム

現代文明も、トイレに入れば蓋が自動で開き、暖かい便座で用を足し終わって立てば勝手に水で流してくれる。水量は徹底的に節水を計算され尽くしてきわめて少量、しかも「銀イオン」なので汚れも付きにくいところまでくれば、あとは何があるってんだろう。

何不自由ない暮らしのはずが、じつはそのトイレの電気代も爆上げしそうな今日この頃。何がつらいかといえば、朝起きて、仕事、帰ってきて家事をしてブログ書いて寝る。それまでのプロセスが、ここ10年ほど寸分違わず違わないという、生活のマンネリ化である。

いや、もちろん病気になったり、事故に遭ったりして人生が一変してしまうことを「思えば」まあ幸せかもしれんが、幸いそういうこともなく、生活のマンネリだけが圧倒的な相貌をもって私の心にしみ入ってくる。迫ってくる。

暇と退屈の倫理学という本も読んでみたが、もちろんそんな読書体験ぽっちでこのマンネリ化という波に抗うことは不可能である。

ブログも書いてせいぜい発散するのだが、このブログの内容自体、もしや過去に似たようなことを書いたのではないかと寒気をもよおす。

このブログの人気の投稿

太陽光発電導入記完結編 発電開始!HEMS AiSEG設定奮闘記

アキバチューナーカンカン設定奮闘記【重要追記あり】

家庭裁判所が決める成年後見人、成年後見監督人月額報酬