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大量のものを捨てた。経済学的には‥

昨年末大掃除目標でロフト(6畳ほど)を片付けるというのがあった。それがなされぬまま一年が過ぎたが、今年は、実行できた。
 3日間くらいかかった。我が家のロフトは、はしごを登って上がる。天井高は140センチ以下(建ぺい率に勘定されない)で、立つことができない。したがって、大量にあるものを運び出すことの心理的・肉体的ハードルはかなり高い。
 ロフトにあったのは次のようなものたちであったが、いずれもマットレスをのぞきすべて搬出した。ほとんど捨てた。
・子供が幼稚園や小学校で作ったもの→資源ごみや燃えるゴミ
・幸いなことに(=被写体が元気で存命しているから)陳腐でキモいスタジオアリスで撮った子供たちの写真→中身は思い出の箱、額縁は燃やさないゴミ
・ぬいぐるみや、遊ばなくなったおもちゃ→日付と「おもちゃ」と書いた段ボール箱に。それを倉庫に保管し、多分数年たったら見ないで捨てるか慈善団体に送付
・古い教科書など→資源ごみ
・本→別室の本棚に(でも多分あるタイミングで資源ごみに)
・敷布団や掛け布団→押入れなど。
・マットレス→そのまま。
 こうして片付いたロフトは、見事に快適なDwellスタイルの居室として生まれ変わった。マットレスが2つあるだけ。クッションを並べて寝そべってみたところものすごく快適。
 得た知見を経済学的な用語で。
・ビューティープレミアム‥外観が美しいほうが生涯で得る所得が多く、しかも本人の幸福度が高い
 モノだらけでそもそもそこで過ごすことが不可能な部屋、つまり「汚部屋」より、マットレスと快適なクッションが置かれた部屋のほうが当然ながら見た目が美しく、したがっておのずから価値が高い。
・外部性‥金銭の介在なしに、行動などが人に利益や生産性の向上をもたらすこと
 きれいに片付いた気持ちよい部屋で時間を過ごすだけで、私の幸福度は高まり、疲れも癒やされる。
・機会費用‥ある取引(意思決定)を選択することによって、別のある取引はできなくなってしまう。その出来なかった取引から生じ得た利益。
 こうした快適な何もない住空間を、もし外部に借りたら、月に5万とか6万はかかる。しかしゴミや不用品を捨てたことにより、家の中に快適空間が無料で手に入った。これまでの機械損失額は月に5万として、5年くらい放置してきたので300万。こう考えると破滅的な怠慢だった。
・補完性‥ひと…

我が家のゴミベルト

ハワイ諸島の沖合、太平洋の大海原に、分解されないプラスティックなどのゴミがプカプカ浮いている。その面積は日本の国土の二倍程度と言われている(太平洋ゴミベルト)。

分解されないで、そのまま滞留して手がつけられない状態のゴミなら、我が家にも形成されつつある。我が家のゴミベルトを紹介しよう。

クローゼットゴミベルト 着ないものや、古くなった下着、使わないかばん、靴、そして「いつか使う」箱など
店舗ゴミベルト 「店舗」とは、今の住まいを作るときに、将来店舗ビジネスを営めるように造作した、道路に一番近いタイル張りの9畳ほどの部屋のこと。ここに、妻の実家から送られてくる大量の食料、ペットボトル入りの水、乾物、旅行土産などが段ボール箱のまま散乱している。また、ホームセンターで買ってきたプラスティック製の収納ケースが8個ほど積み重なっていて、中には年に数度使う絵の具セットや、衣類、乾物、遊ばれなくなったおもちゃなどが入っている。みかんなどはダンボールの下のほうが腐ってぐじゅぐじゅになったりして、捨てるときの「気分」の落ち込みようといったらない。
エントランスゴミベルト 玄関先から敷地境界まで、外で遊ぶための子供の遊具が散乱している。触ると手が汚れるため、片付けのハードルが高く、堆積しやすい。ボール、縄跳び、スケートボード、古い自転車、フラフープ、(義父の手作りの)竹馬(の遺構)、ローラースケートのプロテクター、円盤投げ、凧揚げなど。
印刷室ゴミベルト 何ヶ月も電源を入れていない、重さが数百キロもある断裁機、一度壊れれば万単位のカネがかかりしかも部品の供給も終わった100万円を超えるプリンター、オーガナイズされていないエレクター、本など。専門業者に万単位のカネを払わないとまず解決しないものたち。
賃貸アパートゴミベルト 居住エリアに置くにはあまりに精神に害だが、かと言って勝手に捨てられないものは、時間に解決してもらうため、いったん近所の賃貸アパート(わざわざ借りている)に置く。年に数回、断捨離を唱えながら分別してこっそり捨てる。
ロフトゴミベルト はしごで上がるロフトがまた広い。4畳くらいあるのだが、天井が低く立てない。そこに、子供のおもちゃ、数十万円したワールドファミリーの英語教材、誰も寝ないのにあるスプリングマットレス、一日で死んだハムスターのゲージ、巨大な子供のアルバム、古い…

やっぱり。「蛙の子は蛙」

中学生ころから、なんとなく感じてきたこと。同じ教育を受けているのになんで成績に開きが出るのか? 素晴らしい学習法を伝授しても、成績を伸ばせる子どもとそうでない子供にわかれるのはなぜか? 生まれた時からだいたい決まっているという話。

学業成績:遺伝の影響は環境の2倍 英で双子を調査 毎日新聞 2013年12月16日 17時58分(最終更新 12月16日 18時20分)
 【ロンドン小倉孝保】成績は環境よりも遺伝で決まる−−ロンドン大キングスカレッジの研究者らが、中学卒業時の学業成績に対する遺伝子の及ぼす影響は環境要因の2倍であると発表した。
 調査は英国で過去3年間に16歳になった双子約1万1000人が対象。義務教育修了時に受験する中等教育修了試験(GCSE)での「一卵性の双子」と「二卵性の双子」の成績(英語、理科、数学)を比較した。双子は一卵性、二卵性ともに学校や家庭の環境はほぼ同じと考えられる一方、遺伝子は一卵性が完全に一致するのに対し二卵性は別の遺伝子を持つ。一卵性と二卵性の双子を比較することで、成績に対する遺伝子の影響を割り出した。
 その結果、全体では遺伝子の成績に与える影響は58%で、環境(家庭・学校)の影響は29%。残り13%はそれぞれの個性による違いと考えられるという。科目別では、遺伝子の影響は理科58%、数学55%、英語52%で、科学分野で遺伝の影響がより大きい可能性がある。調査メンバー(計8人)のシェイクシャフト氏は、「これまで以上に個人に合わせた教育が必要」と話している。
こちらも合わせてチェック。

『ネット・バカ』ニコラス・カー著

今年一番の読書体験だった。私の図書室=トイレの個室で、半年くらいかけて読んだわけだが、要するにこの本の中身はこういうことである。
ネットを見ているとバカになるバカ=いつも注意散漫で、深い思索ができず、知識も蓄えられず、人に対する共感や同情心も劣化する(マジで酷い)バカかどうかは、MRI等を使った、脳の活動の観察から科学的に明らかになっているこのままネットに耽溺していたら、文明人はみんな「人工知能」(浅はかで陳腐なプログラムの応答しかできない)みたいになる 私はこの本を読んで、テレビを見ているとバカになるのかどうかという議論を思い出す。もちろん、テレビばかり見ていればバカになる。それは直感的にも自然な帰結だと思うし、MRIなどで脳の活動をテレビばかり見ている人とまったく見ない人で比較してみても、はっきりするだろう。

ネットだって同じだろう。ネットでもテレビでも何でも、椅子に座ってスクリーンをボーッと見ているような人間は、バカだし、バカがネットを見る、それだけのことだろう。

おばあちゃんも、98で死ぬまでの人生最後の20年位はひたすらテレビを観ていた。NHKを。それで、最初の10年くらいはメモなど取って勉強になるのよとか言っていたが、いよいよ最後の10年はメモも取らず、ボーっとして、消さないで寝いってしまったりして。最後の方の口ぐせは、つまらない(何もかも)だった。テレビも何十年と見ていると飽きるんだろう。まあオバアの話はこのへんで。

中1の子供は、風邪を引いて味がしなくなったらしく、グーグルで「鼻づまり 味がしない」と検索していた。小4の次女は、「キスシーン」と入れて検索していた(汗)。

とにかく、ネット、インターネットなくしては、もはや文明人の暮らしは成り立たないところまで来ている。そして、依存し過ぎるとバカになる、ということもこの本を読んでよーくわかった。私がここ何年も注意散漫で苦しんできたのも、ネットのやり過ぎだったに違いない。

この本の処方箋はといえば、
森のなかを散策するなどしてネットから一時的に離れると脳がリフレッシュするなるべく紙に印刷されたものから情報を得るようにする(難しー!)ネットなしの環境を定期的に作る(旅行したりどっかにこもったり) 日本の国土の四分の三は森林だし、毎日玄関先に紙に印刷された情報(新聞)が届く家がまだまだ多い。ネットなしかどうかは…

秘密保護法案成立で考える

今日は、今話題の特定秘密保護法について考えてみたい、というか、考えさせられる動画を見つけたので、皆さんとシェアしたい。

こちらです!



行政書士の試験勉強で(受かりませんでしたが)、行政国家現象というのがあると知った。国会で成立する法律の7割8割が行政官僚が出している(政治家に出させている)ということ。

まあその結果、国が、宮台氏が言うような「凡庸な悪」「悪の凡庸さ」のようなものにどんどん侵食されて、ナチスのユダヤ人迫害みたいな世界史的な大惨事を引き起こすことになると。こわいこわい。

国民を愚弄する立法府をあきらめる

昨日、特定秘密保護法案という法律が衆院で可決した。この法案は、公務員などが職務上知った情報のうち、特定のものについてはこれをばらすと罰せられるというもの。
 納税者国民としてつまり、主権者として情報の所有権をもつ私たちに対する愚弄というほかない。野党はもとより、理性ある一部の与党政治家も一斉に抗議した。
 こうした法律が通る背景には、おそらくアメリカの意向とかあると思う。アメリカの都合なら、私は仕方がないと感じている。官僚はアメリカの機嫌を伺いながら、自分たちの定年までの安寧を考える生き物。国民のことなんてまったく考えていない。そういう官僚たちにスッカリ洗脳された政治家が立法府にはびこっているんだから。
 日本は、アメリカなくして、この平和憲法を維持することは不可能だろう。
 私はアメリカの動向、アメリカの社会の動向こそ、これからの日本を占うのに絶対に知っておいたほうがいいことだと思っている。それで、慶応大学教授の渡辺靖氏の著作を何冊か読んだり。皆さんもおすすめです。ちなみに私は、アメリカのことを決して嫌いではない(むしろ、20世紀のいろいろなイデオロギーのなかで「よりマシ」的に生き残った、資本主義に対する感慨と似たものをもつ、つまり、まあほかよりましだろうと)。
 TPPに加盟してしばらく経てば、スーパーに並ぶ食材の一部が、長期継続的な摂取によっては人体への安全性の疑われるようなものになったり、国民皆保険制度はアメリカの保険会社の仕事の邪魔だからと訴えられたり、限界集落をごっそり山ごと買われてそこの水源の水は全部、慢性的に水不足のアメリカに空輸されたりする事態も現実味を帯びるわけだが、そうした事態になっても自分の健康と安全は守る必要がある。どうやってサバイブしていくか、ひとりひとりの戦略が必要だと思う。

アメリカ>官僚(または大企業経営者)>政治家>中小企業経営者>大多数の国民

 こんな感じ。つまり今、英語が出来ない人というのは、その戦略の建てようもないから、やばいんじゃないか。

年末調整はじめました

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いそがしい社長の皆様を、年末調整の事務サポートで支援します。

まずは簡単なレジュメを作りましたので、社長の皆様、ご一読下さい。右側のメモは、読んでもイラッとするだけなので読まないほうがいいでしょう。




TVとネットを断ち、有意義なことに時間を使う方法

朝起きると、なんでもやれるという気分になる。何しろ一日は始まったばかりだし、元気もみなぎっている。家事や、通勤、片付け、メール対応やデータ入力、確認など、日々の面倒なことに気力を奪われてもいない。

しかし、一日のほとんどは、家事や、通勤、片付け、メール対応やデータ入力、確認といった作業で終わる。アッという間に午後3時になる。

そして、夕方から夜にかけては、家族持ちにとっては仕事よりも場合によってはハードな、家庭内での役割をこなすことで精一杯だ。やっと、夜がやってきた。その頃、朝と同じ気持になる。つまり、なんでもやれるという気分である。

しかし、まさにそのときに、TVとネットという巨大な誘惑の津波が押し寄せる。こうなると、もはや創造的なこと、日々のルーティーンや家事以外のことはまったくできないで、人生を終わることになりかねない。

きわめて残念な事態である。そこで、夜の貴重な時間をテレビやネットから奪い返す方法を書こうと思う(書いている時点ですでに時間をネットに奪われているんだけどね)。

それは、きわめてシンプルなことだ。必要な道具は、

時計ノートペン これだけでいい。ノートやペンは小さいほうがいい。そして、テレビを見始めたら、見始めた時間を書く。見終わったら、その時間も書く。

ノートには5つのカラム(列)を作る。左から、日付、メディア(テレビかネットか、人によってはゲーム?)始めた時間、終わった時間、経過時間。

これを何日か続けさえすればもう十分だと思う。要するに、やめたいと思う活動の実施記録をつけていくのである。

人がなぜ、テレビだのネットだのに気持ちを奪われるかというと、そっちに関心が向いてしまうからだ。そのメディアを観ることが重要で、その内容を頭に入れておけば後で得になるとか、面白いということだと思う。

しかし、大事だ面白そうだと思ってネットを見てしまったその日一日を、その人を、国家を、地球を、宇宙を全体としてみると、どうなんだろうか?重要なのは、メディアの伝える内容ではなく、そのスクリーンの前で失われた自分の人生の時間の方じゃないのか?

失われた時間は、絶対に戻ってこない。テレビやネットを観ても、得られる情報は翌日には忘れてしまっている。つまり、時間も失うし、その時間を費やして得るものも何もないのである。寝てしまったほうがまだ、壊れた細胞を自分の体が修復してく…

うつ病の仕組み

2013.10.27放送NHKスペシャル「病の起源 うつ病」によると、うつ病が発症するメカニズムは次のようである。

扁桃体が活動を活発にしてストレスホルモンを放出全身が緊張状態になる脳内で脳細胞の結合に必要な栄養素が不足ウツ症状を発症 扁桃体がなぜ活発になるかというと、以下の要因が分かっている。

外敵の存在(人類にとっての肉食獣や怖い上司、暴力をふるう家族やクラスメート)孤独(孤独な状態だと不安が増して扁桃体が活発になる)記憶(トラウマを残すような直接体験)言葉(情報を通じて入ってくる他人の恐怖体験や巨大リスク) アフリカのサバンナで狩猟採集生活を送る「ハッザ族」はみんなで協力して捕った獲物は、捕った本人、大人子供男女の分け隔てなく、「平等に」分ける。平等の状態は扁桃体がストレスホルモンを出すような活発さを示さないことがMRI診断等で分かっている。逆に、他人よりも多かったり少なかったりする、不平等の状態では、扁桃体が活発となりストレスホルモンを分泌する。

さらに、信頼の置ける仲間との社会的なつながりの中でおこなう規則正しい生活、栄養バランスの取れた食事、定期的におこなう適度な運動も、扁桃体の安寧に効果的それ故、うつ病患者の治療に有効だ。

この結果私は今世の中で一般的におこなわれているさまざまな、次のような(資本主義的な観点で合理性に欠ける)活動はウツに効果的だと思った。

大きな政府(再分配機能を補い、弱者と富める者の差を小さくして、社会的平等感を高める。ただしムダ遣いや官僚、為政者の強欲によって機能を歪められていない)透明性が高く、みんなが納得する、非競争的原理で決められた給与お祭り(孤独感を緩和。医者も、非技能工も同じように御輿を担いだりする)成績の非公開(特に公立学校で。知らないほうがいいこともある) 生まれつき、脳の器質的な傾向から、扁桃体が活発になりやすい人がいると思う。そうした人は、うつ病になりやすいのだから、なるべく意識的に穏やかに暮らすべきだろう。具体的には、公平で平和的かつ愛情深い家族や友人といっしょに、規則正しく暮らし、恐怖感をあおるようなメディアには接しないで、適度に運動し、短い時間だけ非競争的かつ自分のペースでできる専門職の仕事をおこなう。

番組では、次の順にうつ病が少ないことが調査で判明したという(1がもっともうつになりにくい)。

医者や弁護士など…

フツーの教育と、テロ対策にはチェーン店輸出で

娘が通う公立中学校はAERAにも取り上げられたことのある、全国的に見ても極めて学力レベルが高いことで知られる。しかし、娘の観察によれば、そんなのはおよそ受け入れがたい話という。学力テストをしても、そんな頭のいい人が大勢いるとは思えないし、日頃は私語が多く、男子生徒は暴れ回る。昔みたいに先生が暴力で抑止するわけではないが、言葉の暴力でもって何とか学校の体を維持しているような有り様だというのである。

私が教育学者や校長経験者が書いた本を読んで知った知見は、うまくいく学校は、先生が生徒と密に関与する学校だということが分かっている。親身になるということだ。私は、底辺高でも成績の向上が見られる学校を調べれば、何か教育のイノベーション的なものが見つかるかと思って常に関心を持ってきたが、要はそういうことなんだ。生徒の可能性を信じて、マンツーマンで生徒とガチでぶつかり合うことによってしか、生徒は伸びない。その点、娘の中学の教師の多くは、単なる地方公務員の集合に過ぎない気がする。もちろん彼らが悪いとかではなく、教師をそうさせているのは文部行政なのだが。

公立学校がオワコン化している議論はいってもしょうがないので止めよう。

さて親による、幼少期の子の養育活動は社会的に非常に重要である。広島県で、友人を襲って強盗死傷し死体を遺棄した事件に関わった16歳の少女は、親が離婚しており、母親は、いくらその子が掃除をしたり妹の面倒を見ても、ただただ、たたくだけであったという。問題を起こして、警察に呼ばれて迎えに来ても、警察署からちょっと離れたとこで車を駐めて暴行して、その場でおろして去ってしまうほどだった。そういう事態に、もっと大人が関与しないと社会的損失になる。

まことに、子供を暴力で抑圧して、それでもダメならば追い出すような親は論外であるにしても、かといって、べたべたに面倒を見すぎるのもよろしいとはいえない。

親が、子供によかれと思って、いろんな育児の本など読みあさり、子供のご機嫌伺いあるいは、子供にひたすらよい刺激を与え、楽しませ、盛り上げすぎるのもどうかと思う。やり過ぎはまずい。子供は、もっともっと楽しませろと、親に要求するようになるだろう。次第に受け身の態度となり、その親が不在のときは、劇場の観客のように人生にコミットする仕方しか知らない子供は、腑抜けたようになる。

うちの子供はそうい…

トラウマからの解放

EMDRという、眼球を左右に動かしながら、自分の過去のトラウマ体験をセラピストに告白して受けるトラウマ治療法についてETV特集でやっていたので観たのだが、なかなかの驚きに満ちたものだった。

トラウマ(心的ストレス性外傷)がある人の脳は、トラウマ体験が頭の中で甦ると、「サバイバル脳」が活性化して、理性的な判断や合理的志向はできなくなる。サバイバル脳が緊張状態になることで、感情的になったり、理性のたがを失って犯罪行為を犯したり、不眠やイライラ、頭痛といった身体症状にも苦しむようになってしまう。

そうした身体症状がつみかさなり、鬱病を発症、から自殺企図にまで至るケースもめずらしくない。こうした事態になるとたいていの心療内科医は、対症療法的に睡眠薬を出したり抗うつ剤を処方するばかり。肝心のトラウマを除去しないので、一向に治らない。原因を治さず、表に出た症状を刹那的に治すために、莫大な医療費や薬が浪費されることになる。もちろん、トラウマに苦しむ患者本人にとっても救われない。

WHOはEMDRを、心療内科の治療のガイドラインのひとつに加えたそうで、私はこれはよいと思った。なぜって、何年にもわたって、医者似通って薬を飲んでも治らなかった鬱病患者が、ときに医師免許すら持っていないセラピストによって、左右に目を動かしながらトラウマを治療してもらうだけで、嘘みたいに症状が快癒するわけだから。

もちろん、鬱病の全部がトラウマのせいとはいわないのだが…。

ETV特集『トラウマからの解放』で登場するトラウマの被験者の皆さんの、幼少時の体験は、普通に育てられた私からすると聞くだけでもつらい、凄惨を極めたものである。内容は列挙しないが、近親者からの継続的な暴力(性暴力を含む)がほとんどである。

成人してからも、そうした被害を受けた人は、男性の声に異様に恐怖感を抱いたり、原因不明の頭痛に悩まされたりと、リアルに健康な生活は送れなくなるのである。憲法が保障する、健康で最低限度の文化的生活は、トラウマのせいで手に入らない。

気の毒というほかないわけだが、こうした治療法が効果を上げているというのは救いだ。こうした治療法を発明して、実践する治療者の皆さんに心から敬意を表すとともに、この治療が日本で一刻も早く保険が利く治療になり、多くのEMDR実践者が医療機関で増えることを望んでやまない。

ところで、サバ…

日本の経済政策はなぜ失敗し続けるのかわかった

経済学者の意見を聞いて、リフレーション政策をとるから、である。要するに国債をガンガン発行して市場にお金をあふれかえらせれば、自動的に人々がお金を使うようになり、需要が刺激されれて(!)、デフレが克服されるというお伽話をやっているからだ。

人が、1996年以降、死んだり、生まれていなかったりしてガンガン減っている。労働者の人口が、7%も減ってしまった。働く人が減っているのに、需要なんて何したって増えるわけがない。マネーは預金になって、しょんぼりと死を待つだけの高齢者に貯め込まれるばかりである。

(破綻した年金をネズミ講式に温存して若者から金を巻き上げれるのではなく)国策としてすべきなのは、高齢者の貯めこんだカネを若者に再分配する振り込め詐欺のほうである。

私は、経済学が、この動画で言われているように、間違った前提(というより、いまとは正反対の前提)から出発していて、いまだに経済学者たちの多くは、その今の時代は通用しない学問のロジックを、現実に優先させていることに、驚きと脱力を禁じ得ない。

その間違った前提は、需要が多すぎて、とにかく供給をいかに増やすか、供給さえ増やせれば、もう物は絶対に、自動的に売れていく、そういう前提である。たしかに、経済学が始まったいまから何百年か昔はそうだったろう。しかし、今は現実がまったく違う。先進国の多くは、供給が需要をはるかに上回っていて、物が売れない。

このブログを読んでいる賢明なる読者にとり、この動画と出会えたことは、今年の最大の収穫になるだろう。




第二次世界大戦前の日本では、やはり今のように、供給過剰になって不景気があった。そこで、帝国主義政策を取って、どんどん植民地を増やして需要を拡大していった。それでアメリカに真珠湾攻撃をイチかバチかで仕掛けて(当時から、失敗するんじゃないかという声はあったがかき消された)、最後は原爆を落とされて終わった。

私が心配しているのは、別にまた戦争が起きることではない。そうではなく、もうだめだとわかっているのに法人減税アベノミクスとか、年金制度改革の先送りとか、国債バンバン発行して公共事業(つまりリフレーション政策)とか、そういう糞なアベノミクスに藻谷氏のようなのが異を唱えようとすると、(ものすごい馬鹿な、もっぱら世襲であり、ほとんどバカな高齢者ばかりから支持されている)政治家から嫌わ、メディアにも…

ベーシックインカム日本は導入すべき

ネットの動画放送で、社会学者の宮台真司氏と、経済評論家の波頭亮氏が話しているのを聞いて、私はベーシックインカムはまさにいま日本こそが導入すべき最高の先進国だと思った。


ざっくり言って日本の再分配はおかしな事になっている。高齢者と若者の、社会保障給付の格差は開くばかり。消費税が増税されるが、それで増える税収と同じくらいの経済対策(主に公共土木事業)でばら撒かれる。

時間がないので細かくは書かないけれども、次のことだけは頭に入れておいてもらいたい。

今の高齢者と比べると若者は、税や社会福祉コストの負担者として、きわめてアンフェアな状態に捨て置かれている本来は教育改革をして、学力レベルが中低位層の底上げをしないといけないのに、今の為政者は一部のエリートだけを集めて、中低位層は放置しようとしている日本の国地方の借金は一千兆円あり、その利払いで毎年、30兆円かかる。利払の他に、60兆円のコストが必要である。合計90兆円出ていく一方で、税収は40兆円しかない。足りない50兆円は追加でまた借り入れをする。このように、日本の財政はもはや消費増税でどうこうなるレベルを超えて、破綻している(から、支出がなんでそんな膨らんでいるのかを改革しないといけないが、政治家はそういうことは一切やろうとしない) こうしたことの結果、若者は大学を出ても仕事が無い。あってもほとんどブラック企業みたいなストレスばかりの仕事か、年間契約の低賃金のアルバイトしか、年寄りの世話や掃除のような感情労働しかない。そして、自信を失って、結婚にも二の足を踏むから、子供が増えず、社会福祉の担い手も減る一方である。

そういうところに持ってきて、最低限の食料品にもズルズルと消費税が上げられて、ますますカネを使わなくなり、経済成長は滞る。経済成長が滞って、成長率が、国債の利率を下回れば、あとは国家破綻まで秒読み段階となる。

究極の悪循環だと言わざるを得ない。

こんな世の中なのに、右翼は韓国に謝るなとか、歴史は間違っていないとか言ってて現実から逃避し、サヨクはサヨクで、大企業は儲けを内部留保せず賃金に回せとか、労働者を全部正社員にしろとか言ってこれまた現実逃避している。

どーんと解決する方策、それはベーシックインカムしかないだろう。お願いだから、ベーシックインカ
ムにしてもらいたい。今日から私は、ベーシックインカム原理主義者にな…

白色申告でも帳簿保存義務が課せられることに

はじめに、所得=収入-経費であることを言っておく。これを前提に以下、読んでほしい。

平成26年1月から記帳・帳簿等の保存制度の対象者が、白色申告の自営業者にも拡大されることとなった。

これは非常に重要な改正だと思われるので、ここで書くことにする。

従来白色申告者は所得が300万以下なら帳簿保存しないでよかった。具体的には、事業・不動産・山林所得の売上が300万円で経費が300万円なら所得はゼロなので、そういう人は帳簿保存も申告も不要であった。

ところが、平成26年、つまり2014年1月からは、これは消費税が3%上がって8%になる4月の3ヶ月前と言うことになるが、事業・不動産・山林所得の売上がいくらであろうと、その業務を営んでいる以上は、帳簿を保管しないといけなくなったのである。しかも、書類の保管期限は7年にもなる。

詳しくは国税庁のこのページを見てもらいたいのだが、帳簿というのは具体的には、「売上げなどの収入金額、仕入れや経費に関する事項について、取引の年月日、売上先・仕入先その他の相手方の名称、金額、日々の売上げ・仕入れ・経費の金額等」を記載したもの。取引後とではなく、日々の合計など簡便な方法でもよい。

所得が20万円以下なら申告する必要がないとか思い込んでいる人も多い(そのとおりだが実際は申告する必要がある場合があるし、また地方公共団体には別途確定申告する必要がある)から、帳簿を保存しろというこの地味すぎる改正の意図は相変わらずナゾである。

ただ、このことを告知するページに「青色申告しませんか」と青色への移行を進めているところを見ると、国は、事業を営む以上、しっかり帳簿くらいつけないとダメだと言いたいことは間違いなく読み取れる。

さらに言うと、国は、消費税を上げたあとは、ガンガン個人事業者に攻め込んでくることが予想される。そのときに、個人事業者が何の書類も保管していないとなると調査の効率がガタ落ちになるから、まあクビを洗って待っておけと、そういうことだと言っても言いすぎでは無かろう。

余談だが、手元に保管している膨大な量の領収書の多くが、感熱シートのため、印字が薄いか、消えている。この件について、国税庁電話相談センターに聞いたところ、「感熱シートの領収書の印字が消えているからといって、その分が損金として否認されるとか、無効とかいうことはありません。帳簿つけてる…

デルプレシジョンT390電源ユニット昇天の件

もっぱらもう一人の会社役員が使っている、7年前に買ったDellプレシジョンT390は、今朝、いつもの様に電源ボタンを押しても、力なくオレンジ色の点滅を繰り返すばかりで、何も進展がない。デルに電話したところ、電源が壊れた。もう7年経っているので、修理も交換もできないと言われる。

新潟の湯沢町では、バブル期に、数十棟の豪華マンションが建てられた。バブル崩壊とともに売れ残り、最近は40平米が100万程度という破格の安値(ただし、天然温泉や有人のフロントがあるので毎月の維持費は3万円以上する)でたたき売りに出され、高齢者がこぞって買っているそうだ。

ところがそうした高齢者たちは、最初は定年後の田舎暮らしで夢を叶えたとアガリにアガるが、妻などに先立たれるとアッという間に認知症となり、自治体のケアマネージャーによれば、腐乱死体で見つかるケースもあるという。

最初は安いからと、勢いで買ってしまうが、あとになると人間のほうがついていけず、不条理な事態を招くことは珍しいことではない。

パソコンもそうだ。幸い私はまだ、今回の件で、電源が壊れたからといって頭が真っ白になり、法外に高いハードディスクデータ救出サービスを利用したり、新しいパソに買い換えたりといったことにはならない。なぜなら、そこら辺に転がっている家の古いパソコンから、ワット数だけ気をつけて電源ユニットをとりだし、逝ってしまったデルの電源ユニットを交換して、治すことができるからだ(ただしこれには5時間程度かかった。途中でPCデポまで2往復したりしたので)。

ただ、今回ギリギリだった。車で20分程度かかるPCデポに行く途中で、熱中症のようになり、午後はめまいで苦しんだ。PCデポが近くになければかなりやばかった。これが、湯沢町とかだとしたらゾッとする。

最後に、なぜPCデポに2往復もしたのかを以下、備忘のために記しておこう。

マザーボードにつなげるケーブルのコネクタの幅が、入れ替えようとした電源ユニットともともとついていたものと異なったので、アダプタを買いに行った。そうしたら、コネクタの束の一つから、幅の短いコネクタの切り欠きに合わせてくっつけると、元々のコネクタの幅とおなじになり、問題なく使えることを教えてもらった。ハードディスクへの電源を供給するコネクタが、デルのもともとの電源ユニットに付いているものは、ケーブルに対し、直角に…

いま、復興支援ソング「花は咲く」をうたって欲しい人ベスト3

NHKがプロデュースした(?)復興支援ソング、「花は咲く」を今歌ってほしい人ベストスリー。

宮台真司堀江貴文モーリー・ロバートソン ちょっと面白い※だろうこれ。ただわかるひとは少ないだろうが。

※当ブログ「懸念」で、私が「面白い」といっている場合のほとんどは、向学的視点から興味深い、さらに探求して調べたいと思ったという意味であり、対象を単に揶揄して笑う、ばかにするという意味では、決してございません。

ところで、いま日本は、借金の総額額国・地方合わせて一千兆円を超える。そして、毎年の利払いが30兆円。ちなみに、税収は40兆円。この、千、30、40という3つの数字は日本国民なら暗記しておいたほうがいいだろう。

なぜなら、この借金を負担させられるのは、まぎれなく、私たちなのだから。私はおかしいと思う。本当は、歌なんて歌っている場合ではないと思う。消費税を上げたところで、11兆円しか税収は増えない。まったく足りない。

消費税を上げてもまったくダメで、とにかく若い私たちは、今の高齢者が得ているような年金、公共サービスや社会福祉サービスをウケることは期待できない。その一方で、社会福祉維持のための支出は絶対に増えるだろう。

幼児、キッズ対象の英会話学校設立支援

DIYネタでこのタイトルというのがポイント。プリスクール、この言葉の響きに萌えるというか、ガーンと来てしまう親御さんがいるんでは無かろうか? 別にガーンと来なくても、小さい子供、特に小さければ小さいほど、英語に触れさせる意義は大きい。

今回支援した学校のコンセプトは、生後半年くらいから3歳半くらいまでを対象に、英語の音をバーッと聞かせて、脳に英語の音声の統計データをインプットしてしまう。Patricia Kuhl先生などの研究の成果からヒントを得て開発。

聞かせ方がポイントで、ビデオやCDではなく(効果がないらしい)、生身の米国人女性がときに歌や音楽をふんだんに取り入れながら、アルファベットから、3ワード程度で構成される単語を繰り返し遊びやさまざまな生活体験のなかで、なじませる。

週三回、午前~午後3時迄びっちり。途中お昼寝もはさんで。このカリキュラムやコンセプトはとてもいいと思う。

私は例によってこの会社の設立と、経理業務支援を受託したが、近所ということもあって、趣味のDIYでいろいろ作らせてもらってる。

6人乗り木製カート 子供たちを近所の公園に連れて行くために作った。家に大量に余っていたSPF2×4を材料に組んで、手押しハンドルとタイヤ、ドアをつけた。まるでトロッコ列車のトロッコみたいなヘビーな作りになったが、全体に比してタイヤが大きいので、楽しい感じが出た。色も深緑でシックな仕上がり。4日くらいかかった。ペンキと刷毛、タイヤ代で制作費は約16,000円程度。思わず乗ってみたくなる。
ラティスによる目隠し壁 アイリスオーヤマがいろいろなアイテムを出してくれるから、便利。古いアパートだが、このラティス壁と、手前に敷いた人工芝で、とてもすてきな雰囲気に。ラティスの前面地面が凸凹していたので、学校の代表者のひとりが砂状のもので、上から水を撒くと固まる便利な材料を使って整地。人工芝はその上に。ホームセンターに売っていたそうで、20キロで800円くらいかな? このような材料の発見もうれしい。
手洗い水栓とボール 小さな子供が手を洗う場所は、普通の賃貸住宅にはもちろん付いていない。そこで、ホームセンターで蛇口とホースなど買ってきて、ちょっとした手洗い場を新設。ペンキ、蛇口、ホース代などで、だいたい制作費は1万円程度。

2つの日本予想、地震と国債

2つ、結構真に受けてしまった予想事項をメモしておこう。

南海トラフ沖地震日本国債(アベノミクスの行方) 南海トラフ沖地震 何でも今年(2013年)の12月から来年3月にかけて来そうだという科学的根拠があるらしい(ネイチャー電子版に載った論文とか、GPSで観測する地滑り増加、あるいは大地震前に見られる大気中の電子の数の上昇など)。
気象庁は、国内外の学者のこうした地震が来そうだという話を、「過去の地震のデータを分析して得た結果論であり、これから起こる大地震を予測することにはならない」と一蹴している(相場のテクニカル分析とファンダメンタル分析派の対立みたいで面白い、というか、ちょっと違うか、テクニカル分析を批判して相場に手を出さないのが気象庁だな)。政府には地震を予測する専門の部署があるわけではないらしい。そんな部署はもし間違ったら、官僚の大嫌いな、責任を取らされることになるからだろう。責任を取りたくない官僚は将来の予想ということで言うとまったくアテにならない。

日本国債(アベノミクスの行方) 諸外国が注目するのは消費税を増税して、財政再建が成功するかどうかである。ところが、安倍政権は、増税した財源を使って自分たちの保身のためのバラマキに使おうとしている。結局それでは経済成長は達成されず、諸外国の信頼を失った日本国債は暴落してしまうだろうと、古賀さんとかが言っている。その暴落が次の3年以内に起きそうだと。
たしかに今回の選挙では、既得権益の利益団体(郵便局、日本医師会、電事連、日本歯科医師会、農協)が支持する候補者が上位当選したから、そういう団体への恩返しをこれから自民党はしていくにちがない、というのが根拠だ。もちろん、こうした既得権益層への恩返しは、財政再建や経済成長とは真逆のバラマキしかありえない。寒い。

結論 地震が来ても来なくても、政治が今ひとつなのでゆっくりと日本は傾いていくのは間違いない。ただし、日本人には制度順応的な生真面目なひとが多い(あの年金みたいな国家のネズミ講でもあまり問題にならず給料から抜かれ続けているし)。うちら日本人よりももっと不真面目な諸外国が傾いていくスピードのほうが早いだろうから、日本はこのようにダメでも相対的には相変わらず優位を保てる気がする。楽観的? いやでも、たとえばあのエジプトのアラブの春とか見てよ。せっかく民主的な感じになった…

戦争の出来る国にはなれない

国連憲章第二条の3項と4項によるとどうやら戦争はしちゃいけないらしい。戦争は違法である。したがって、共産党が言うように、自民党は憲法を変えて戦争が出来る国にしたいんですというのはおかしい。

そんな戦争はそもそもできない。国連には、中国も韓国も北朝鮮も加盟している。シリアも、エジプトも。

問題はやはり、そういうデカい話に見せかけて国民をワーワー沸かせるウラで、連中が何をやろうとしているか、あるいはやらずにしませようとしているかだ。

そのやらずに済ませようとしているもののうち、私が常々指摘しているのが

年金制度改革消費税軽減税率の議論
である。まあそうは言ってもとりあえず安心だ、国連に入っていてアメリカと同盟国なら、あの憲法のままでも戦争なんて全く起こらないし巻き込まれないし行きもしない。そのまま、野球とかサッカー見ながらビール飲んで、あと寝てしまっても全然かまわない。お金がなくなれば、家を売って、それでもダメなら今流行の生活保護に申しこめばいいだろう。

今日家事でつらかったこと

今日家事でつらかった事。これは毎度のことだが、ブログに書くのは初めて。

食器洗いの際に、缶やビンのゴミが出る。分別のためのゴミペールが、シンクから2.5メートルほど離れており、濡れたままのそれを移動するにも、複数個あると一度に持てず、毎度いらいらする。床をクィックルワイパーで清掃中、床に落ちているもののうち、分別処理が必要なゴミがあるとき。あるいは、収納場所がそこから離れているとき。いったん、クィックルワイパーをその場において、対象物を拾い、処分場所または収納場所へ歩いて移動して持っていって収納あるいは処分。再び戻ってクィックルワイパーの柄を腰をかがんで持ち直して清掃を再開するときの切なさ。クィックルワイパーを使って「スマートに」掃除するも、表面だけでは到底足りず、裏面に切り替えるときに、汚い表面に触れざるを得ない。捨てるときは両面汚いので、付着したゴミに、もっとしっかり触れざるを得ない。もうオエッて感じ。食器は、素材や色かたちが、さまざまにバリエーション豊かなほうが食卓は華やぐ。が、それは後片付けや収納の場面では真逆である。食器洗い機は刑務所や学校給食の食器専用かと思うくらい決まったパターンでしか入らない。そこへ毎晩、どういう組み合わせで入れるかを考えるのがつらい。なお、生まれつき、パズルを解くのが苦手である。妻がせっかく洗ってくれた箸やフォーク、スプーンなどの小物が、私が後を引き受けたときにことごとく再び汚いシンクの水溜りに落下するとき。妻は、水きり場にそれらの小物を「いかに不安定に置くか」に趣味的にこだわっているらしい。それはジェンガでやってほしい。昨日、買わなければいけないと思って24時間忘れていた洗剤がいよいよないときに、洗い物を中断して、財布とPHSと車のキーを持って燃費の悪いミニバンをぶっ飛ばして徒歩三分の距離にあるサンドラッグに1分で買いに行くが、自分が並んだレジの直前のババアがつり銭が少なく済むように汚い財布から一円単位の小銭をゆっくりと一枚一枚出しているときのこみ上げる殺意。炊事用グローブが経年変化で硬化して、細かいものをつかむとき指に余計に力を入れないといけなくなるとき。惣菜、汁物、ご飯を人数分配膳してやっと座ったあとに、子どものひとりから「水」(を一杯ください)といわれるとき。百万した浴室リフォーム。水切れがいいとカタログにかいてあったTOT…

結婚の条件

最近、小倉千賀子氏の『結婚の条件』という本を読んだ。私がずっと不思議だったなぞがよく解けた。その謎とはこういうなぞだ。
なぜ、夫の帰りが毎日遅くても妻は平気か?なぜ、リスクの高い専業主婦になりたいのか?私より年下なのになんで平然と亭主関白然とする男がいるか? 小倉は、女を学歴階層に分けた上で、結婚への態度を次のように分析する。高卒女は生存、短大卒女は依存、四大卒女は保存を求める。

高卒女の場合は、夫が外で働いてくれない限り、自分は一生涯時給800円の単純労働に明け暮れ、終盤は親の介護、その後は生活保護のようになるケースも地方では珍しくないらしい(地方ではいろいろな事情で未婚の女は居づらくなり、首都圏に出てくるので生活保護になる)。

短大卒女はそこそこ自分でも稼げるので自分は結婚して子どもを産んだら(親みたいに子や家族のためにあくせく働くのはいやだから)さっさと退職して家事に専念したい。だから、自分の年収(300万くらい?)と相手の年収合わせて700万くらいは、相手の男性に希望する(だから結婚難となる)。子育てが終わったら趣味を生かした仕事をして社会とつながっていたいらしい。ただし実際はほとんどそうはならず、途中で夫の稼ぎでは家計が維持できなくなり、時給800円のパートに出かけざるを得なくなる。

趣味を生かした仕事というのは、インストラクターとか、紅茶のアドバイザー?とか、カラーコーディネーターとか?そういうので、一部の雑誌STORYとかVERYがあおって、真に受けている模様。高卒女のような目も当てられない悲しさはないものの、バカに変わりない。

四大卒女は、自分の社会的地位を維持できる夫としか結婚しない。子どもを一流の大学卒にするために早くから私立に入れられる経済力、文化資本が求められ、教育に命をかける。教育が終わった後は、高卒、短大卒とは異なり、枠に当てはめられないいろいろなキャリアを選ぶ。選択肢が多いというのが高学歴層の最大の優位性である。だから、高卒、短大卒と違ってこうなるという風にまとめられないのである。

小倉は女子大の教員の仕事も長く、多数の実際の女子学生にインタビューをしてこういう分析をしている。こういうプロにいわれてみると、私の三つの謎など、実に馬鹿みたいで瑣末なことである。誰も結婚にそんな、いつも夫が夕食のときに家に居、女は仕事を辞めず続け、やたらフェ…

ローレンス・レッシグ

アメリカの民主主義が、きわめて少数の金持ちに支配されつつある、議会制民主主義が腐敗しているという、ハーバード大学の憲法学者の講演。




日本は、翻って、誰が支配していると思うか? 行政機構、つまり政府官僚が支配している。金がいくらあっても、政府の意思決定に参加するのは容易では無いのは、孫正義が電波の割り当てについて閉鎖的だと訴えていることからもわかる。

アメリカほど激しく資本主義に侵されているわけではないようだが、もちろん日本の民主主義は100%健全に機能しているかと言ったらそれはない。

私はアメリカ人ではないので、アメリカの議会制民主主義がどうなろうと知ったことではないが、憲法改正だけはなんとしてでも阻止しなければならない。もし、今の安倍総理が言っているように、96条の改憲要件を緩和されでもしたら、アメリカみたいに、一部の金持ちがメディアや犬みたいになっている政治家を使って国民の意思決定を左右し、憲法をコロコロ変えられるようになってしまう。

結局、アメリカに頼りきっている敗戦国としては、この憲法だけがよすがになると思う。憲法を守りぬくために、このブログを細々と続けることが、レッシグ教授が言う、私の愛すべき対象(憲法、アメリカの核の傘のもと平和ボケでぬくぬく暮らせるこの国の平和)への愛情表現であり行動だ。

センスのいい楽曲BBC World News Todayから

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ショッキングなあの日を思い出してしまわれた方、お見舞い申し上げます。しかし、今この日に爆発した原発の地下で、放射能盛りだくさんの地下水がまさに今、海に向かって逆津波のように押し流れ出ようとしています…とか何とか、そういうことではないですね。

今日の美の壺の鑑賞ポイントの主役は、この動画に使われた音楽です。

プ、プ、プ、プ、という規則正しい電子音と、低音のドラムンベースっぽい(違う?)クラブミュージック(たぶんこの表記は恥ずかしいだろう)。何とも昂ぶってしまいます。噴き上がってしまいます!

なにしろ、津波注意報の津波を示すピカピカが、プ、プ、プ、プ、と完全にシンクロしているんだよ2分30秒付近で。up主、あんた神だよ!!

ソースを調べまして、分かりました。こちらです!



かっこいいですなー。ほかの神がアップしたものもついでにお楽しみ下さい(震災動画ではなく、BBC COUNTDOWNの方をです、念のため!)。夜ですので、ウサギ小屋にお住まいの方はヘッドフォンをご利用下さい。

いやー人生、生きてこそ、です。ウサギ小屋でも何でも、低いところに家を建てるな、この教訓をこのリズムといっしょに胸に刻みましょう。



着メロこれに変えよっと!!(>_<)



今さらなんだが、津波警報のピカピカとプ、プ、プ、が合ったのは、単にこれ、秒針だからだな。曲のタイトル見てみい、COUNTDOWNだっていってるから! すると3セットでカップめんができあがる。

赤字法人でどうやって生活するの?費用でしょ!

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会計に明るい知人に先日、「私の法人はずっと、報酬も低いし赤字だ」と言ったら、どうやって生活しているの?と聞くので考えた。確かにナゾだ。直感では答えられなかったので、数時間掛けて財務諸表でシミュレーションしてみたら分かった。

生活するってなんだろ? じつは人間というのは栄養を摂取して排泄する単純なシステムだから、栄養摂取(流入)のためには、夫婦が役員の法人の会議費とか、交際費でまかなえばよい。

排泄には、トイレやトイレットペーパーが必要だが、これは法人が借りているあるいは法人所有のトイレを使って(減価償却費または地代家賃)、消耗品や水道光熱費でまかなえる。

服は会社の制服(消耗品)。

こういうふうにして、赤字の持ち分会社をもっておけば出資社員は費用で生活することができる。

次に、ふくれあがる負債はどうするのかと言えば、それは会社に個人が貸し付けるか、売上を得るほかにない。

こうことで何年か営業していくと財務諸表やCFはどうなるのか、シミュレーションしてみた。見て下さい。


おまけだが、消費税を本則課税にしたらいい。たまに収益が入る(収益は売上のこと)。この収益の95%以上が課税売上であれば、費用にかかる消費税のほとんどは還付してもらえる。
具体的には、消費税率が5%の場合、7年間で405円の還付が、10%では773円の還付が生じる。
上記の数字は税込みなので、費用にかかる消費税額(100/105を税込み金額に乗じる)から売上で預かった消費税額(100/105を税込み収益に乗じる)を差し引く。10%の場合は100/110。簡易課税の場合は売上に応じて、仕入の割合が決まっているので、実際に赤字だろうが何だろうが必ず消費税納税になる。
なお言うまでもないことだが、嘘偽りの取引を計上したらそれは違法行為となる。

今日からTPP反対

不勉強だった。私はこれまで、日本の食料品がクソ高いのは関税で安い食料品が国内のマーケットに出回らないようになっているから、その関税障壁をTPPで取っ払って、一刻も早く食料品の価格を下げてもらわないともう私の家計は厳しいと思っていた。

しかし以下の動画、米国市民団体によるTPPの恐るべき真実を見て考えを改めざるをえない。


TPPはこの市民団体によれば、「企業による世界統治」ということである。「オキュパイ運動に対する1%の反撃」とも言った。

護憲の立場からも、TPPのように国内法のせいで特定企業の利益活動が損害を受けた時に、その国は損害賠償をする責任を負うみたいな企業のみを利するお伽話が入っているとなれば絶対に許すことはできない。

極端な話、TPPで某企業が、オタクの国の憲法のせいで仕事を邪魔されたとかで訴えられて、日本はごめんなさいして税金からその企業に金を渡さないといけなくなることもありうる。

これは極端だが、立法のプロセスでもTPPに遠慮して、まともな法、市民的良心に根ざした法や条例が提出されにくくなることは間違いない。

まったくもって私はこれまでの言動を反省し、今日からはもっぱら護憲の立場から、強くTPPには反対して行きたい。

TPPでヤラれるのは、私が昨日まで思っていたように、農協と農協に搾取される地方の高齢農家だけではなかった(もちろん彼らはまっさきにヤラれる)。彼らだけではなく、日本の民主主義、議会制民主主義が米企業や1%の連中にいいように弄ばれるようになる。TPPで、市場として加盟国が洗練されるということは、まさしく格差固定、市民や環境軽視の企業倫理が、跋扈する恐ろしい世界になるようである。

こう書くとまるで日本共産党のようであるが、私はまったく不偏不党であることを強調しておこう。

父の遺した本、数千冊をぜんぶ処分した

父が今の私よりもずっと若い頃から集めてきた8000冊ほどの大量の書籍。

2002年に彼が亡くなってから、先週の木曜日つまり2013年7月25日までのおよそ十年かかって全部処分した。半分近くは都内の古書店に引き取ってもらった(都丸書店、長島書店など)。千冊以上の文庫はある資源回収の日(それは憂鬱な雨が降る月曜日だった)、15個の段ボール箱に入れたまま玄関先においておいたら、業者が持っていった。最後に残った1600冊は、役所から聞いた近所の古紙再生業者(伊藤国商事)に持ち込んで処分してもらった。

所有者が死んでもう誰も読まないものの、単に引き継いだ文化資本だったからなどというある種の感傷から、我々遺族は亡父の本を捨てることができずに時を過ごしてきた。そのために、近所の古い木賃アパートの一室を月額3万円で借りていたが、ついにその金も払えなくった。

本のジャンルはほとんどが文学と、哲学思想、そして歌集。私には高尚すぎて歯がたたないものばかり。あと五回くらい生まれ変わったらもしかして読むかもしれないが、それまでの維持費はバカにならない。それに、そんなに代替わりしたら、地球は原発事故か気候変動のどちらかのせいで、読書どころではないだろう。

さようなら父親の本。

寂しさを覚える夜、私はGoogleの画像検索でbookstoreと入れてみる。世界中の書店の本棚の画像をデスクトップいっぱいに広げれば、言い知れぬ慰みを覚えることが出来る。これでいい。

サブプライム危機でなぜ大企業幹部は1人も刑事訴追されなかったか?

今日観たBS世界のドキュメンタリーによると、サブプライム危機でなぜ大企業幹部は1人も刑事訴追されなかったかの答えは、アメリカの司法長官やFBIの幹部の次の言葉に集約される。

刑事告訴するためには犯罪の意志があったことを証拠を集めて立証しなければならないが、それは難しい。以上、キリッ!

司法長官にいたっては、こんなことも言った。「万が一起訴した大企業が潰れでもしたら多数の従業員や取引先に甚大な影響が及ぶ。それを思うと心配で夜も眠れない」

アメリカの司法長官は、正義の追求よりも、銀行の経営の心配をするのが仕事なんだということがよくわかった。

私はこれを見て、次のように考えた。要するに、今の司法は大企業とかデカイものは例の理屈(大きすぎて潰せない)で追求を最初から放棄している。その代わりに、雑魚といわれる、規模の小さいもの、チンピラに矛先を向けてとりあえずお茶を濁している。

司法にいじめられるのは太宰治の人間失格に出てくる、日陰者、不法行為を行う者たちのことである。こういう時代にあっては、人間失格の主人公がどうにも彼らに優しくなってしまうことに最大限の共感を禁じ得ない。

アメリカ麻薬取締法で作られる現代のゲットー

BS世界のドキュメンタリーでアメリカの麻薬取締法のせいで、一般市民が単に麻薬を使っただけで、過剰に刑罰を押し付けられて刑務所(ゲットー)に閉じ込められている問題を知った。

番組で話していた歴史学者はこうやって人類はある種の人々をつねに社会から識別して排除し、場合によっては構造的に殺戮(ホロコースト)をしてきたという。

現代のアメリカで、恐るべきホロコーストが起こっているなどと聞けば誰もが動揺するはずだ。たしかに、麻薬取締法違反をしたからといって殺戮までされている事実はない。しかし、この法律を犯した人は、ほかの刑罰に比べて合理性を欠くほど、つまり不当に長いあいだ刑務所に収容される。そうなると本人の人生は破綻するし、家族だって困難に立たされてしまう。基本的人権のまっとうということからいうと程遠い状況に押し込められてしまう点で、麻薬取締のホロコーストとの共通点を番組は指摘する。

番組では、依存症専門医が言っていた言葉が印象的である。肺炎の患者が咳をしている。咳を止めさえすればよいかというと問題はもちろん解決しない。炎症を起こした肺の治療がそもそもなければ、咳はなくならない。麻薬依存も同じだというのである。麻薬を使ったからといって捕まえてとじこめておくのは、なんの問題の解決にもならない(ちなみにアメリカの刑務所では麻薬依存の治療は行われないので、刑期を終えて出てきてもすぐ再犯して逆戻りになる)。

いったいどういう人が麻薬を使うんだろうか? 資本主義経済が冷徹に、もう仕事はないと職場、ひいては地域社会から閉め出した、黒人系移民など社会的貧困層の人たちである。麻薬取締法の立法の経緯は、番組で知ったのだがとても不愉快な感じである。なぜなら、まず、富裕な白人たちは経済的な都合で不要になった黒人から仕事を取り上げる。彼らは不安を癒すために麻薬を使う。最初、その麻薬を取り締まる法はなかった。しかし、仕事がなくて麻薬を吸っている黒人は、地域社会では目障りになる。そこで白人らは議員を使って、麻薬を取り締まる法律を作った。

白人富裕層が使う麻薬と、黒人が好んで使う安い麻薬とでは、量刑に百倍も開きがある。このことにより、白人が法を使って黒人(最近では白人)の貧困層を締め出そうとする排斥性が際立つ。

翻って日本の社会で似たようなことは起きていやしないだろうか? このような法制度ほどではないもの…

語学の習得は7歳くらいまでが限度

パトリシア・クール先生の話で私が重要だと思った部分は、以下の二点だ。

人間の赤ちゃんは言葉を統計処理して言語習得する脳力があるが、その能力は7歳までで、それ以降急速に衰え、言語習得は難しくなる。赤ちゃんの脳の統計処理を働かせるのに、ビデオや音声テープではダメで、生身の人間が行わなければならない。 パトリシアさんは高価な脳の磁場測定装置を使った測定や、いろいろな専門的研究によりこの成果を紹介している。くっそバカ高い、日本のいろいろな語学教材がいかに詐欺とウソに塗り固められたトンデモ科学の商品かってこともよく分かる(バカみたいなカネを払った以上、もはや赤ん坊のときのようには働かない脳みその別の部分を働かせるのに役立つとしたら、それは「金を払った自分が好き。後悔したくないので死ぬほど努力しよう」ということからくるインセンティブだけ。

祖父が自民党支持者

今回の選挙を総括すれば、権力よりも力が強いはずの民衆のほとんどはおろかなので、相変わらず巧妙に権力のなすがママにされている日本の民主主義のお寒い状況がはっきり見えた。
 フェースブックを使ってエジプトで民主化運動が吹き荒れたのがアラブの春。もちろん、あれもどうなんだろうという感じで微妙なオチが見えつつあるのだが、兎にも角にも民主主義が今世界中で進展して、貧困や不平等、正当性を欠く暴力や抑圧から脱し、自分たちの正当な権利を主張するべく、大勢の人たちが行動して成功している現実に目を向けたい。
 私がまったく共感できないのは、TEDなどで語られるそういう先進事例、よいニュースの数々とはおよそ真逆の、当選して浮かれる自民党候補者とその支援者の高齢者たちだ。今回自民党は、幹部が「国防軍作って軍法会議、そこで最高刑もありうる」みたいな「おい戦争中かよ」みたいなこと言ったり、あるいは、国民から選ばれていて国民の利益を代表している議員の立場も忘れ、憲法を変えようなどと言い出すなど、ちょっとまあ普通に見識があれば、高校生中学生でもわかる頭のおかしな言動が報道された。ところが、おどろくべきことに呆れることにそういう自民党が圧勝している。なんだろうこの国?(高齢者が選挙行って狂った自民党を選んで日本を支配しているけど、連中にどんだけ年金だの健康保険料だの介護保険料だの若者は負担させられているかを思うと、この状況でおとなしいままの若者大丈夫か?10日働くとそのうち1日か2日は高齢者への年貢納のタダ働きになってるのに)。
 エジプトのアラブの春を見習って、いまこそ日本の若者はフェースブックなどで立ち上がるべきだと思う。私はきょう投票に行ったが、共産党と山本太郎に入れた。共産党についてはもちろん、この党が象徴的に意味するもの、過去のヤバすぎる歴史、学生時代に見知った気味悪い同世代の支持団体、支援者たちの共感しかねる諸々などはあることは知っている。しかしながら、護憲ということでまともに国会で存在感をもって仕事できる人って他にいるんかな。選挙の結果見ても、この党を置いてほかにいないことは間違いない。
 もはや私は、護憲のたたかいと言うよりも、民衆の一市民としての、権力とのたたかい、見識なき高齢自民党支持者との対話を通じた考えを改めさせる仕事を始めたいと思っているくらいだ。毎度思っているだけでや…

となりのトトロも護憲

このブログはたまたま、まったくの偶然から「スタジオジブリ」の隣の民家で書かれている。そして、当ブログの最大のミッションは言うまでもないが「護憲」である。すなわち、「憲法を変えることについては反対に決まっている」。

今日おどろくべきことにネットを徘徊していたら、ジブリの出している「熱風」という小冊子で、宮崎駿監督が護憲のメッセージを公開し、反響が大きかったので無料で期間限定で、当該特集をダウンロード出来ると知った。

日本人はもともと個人に自信がないものだから、デカいもの、ブランドに弱い。何かの調査で観たけれども、日本でイチバン好感度を勝ち得ているブランドのは、スタジオジブリである。そのジブリが、日本でイチバン勢力を伸ばしている自民党安倍政権に真っ向から対立している。じつに気味がよい。

私は、昨今の、保守系の世襲政治家らから飛び出してきた改憲の動きに、不愉快を通り越して怒りを感じている。政治家が口々に改憲だなんだと言っているのを見ると、許しがたいという思いしか湧いてこない。もう冷静にこのブログで訴えることができないほどであるが、とにかく皆さんに言いたいのは、次の参議院議員選挙では必ず投票に出向いて、護憲の党(例えば共産党、社民党、生活の党)に投票をすべきであるという点だ。

そうしないで、もし家にいて、棄権などしようものならもう日本の未来は真っ暗だ。その棄権は、自民党への一票と同じ意味をもつ。

ジブリの熱風7月号に掲載された宮崎氏の文章を以下に一部、引用したい。

 憲法を変えることについては、反対に決まっています。
選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います。 法的には96条の条項を変えて、その後にどうこうするというのでも成り立つのかもしれないけれど、それは詐欺です。やってはいけないことです。国の将来を決定していくことですから、できるだけ多数の人間たちの意見を反映したものにしなきゃいけない。多数であれば正しいなんてことは全然思っていないけれど、変えるためにはちゃんとし
た論議をしなければいけない。
 それなのに今は、ちょっと本音を漏らして大騒ぎを起こすと、うやむやに誤魔化して「いや、そういう意味じゃないんだ」みたいなことを言っている。それを見るにつけ、政府のトップや政…

結婚式のペーパーアイテムを自作していい場合、よろしくない場合

ラッセルの幸福論に書いてあることなのだが、自分でできるからと言ってなんでも自分でやっている以上、幸福にはなれない。

特に家事だ。もちろん、多くの人にとってはそれは、日常のことで、人に頼むのはコスト的にもむずかしい。しかしラッセルは、家事こそ、外部委託する視点が幸福への道では不可欠としている。

そして結婚式の席次表や招待状といった、今の時代自分でパソコンで作れるものも、ラッセルがいう、幸福のためには人に頼んでしまったほうがよい家事のようなものである。

でも値段が高ければダメだろう。式場のパックに含まれるペーパーアイテムは、正直高すぎる。

私たちは格安エアラインが途上国の庶民でも飛行機に乗れるようにしたように、結婚をもっと気軽で楽しめるものにしたいと考えている。

結婚披露宴はあたらしい幸福への入口であり、それ自体たいへん楽しいイベントだ。純度の高い幸福感を味わうためにも、ラッセルがいうとおり、人に任せられるものは任せてしまうのが得策だろう。

私たちは、ひとりでも多くの人に任せてもらえるよう、手の届く価格で最高の商品を提供する努力を惜しまない。

公共財を考える

今日のオイコノミア(NHK Eテレでやってる経済学教養バラエティ番組)では、財を四増減に分けて解説していた。

私的財  クラブ財

コモンズ 公共財

排他性:上が高く下が低い
競合性:左が高く右が低い(みんなが使ってもなくなるかどうか)

 ちなみに公共財は消防や、地震警報など。みんなが使えて(低い排他性)、使っても減るもんじゃないもの。最近の例ではオープンソースなんかがいわゆる公共財としてあげられる。クラブ財は金を払って入会した会員だけが使えるスポーツクラブとか、高速道路。コモンズは海の魚や一般自動車道などみんなが使えるけれども減ってしまったり消耗するもの。私的財は自分だけが使え(占有)、消費できるもの。
 興味深いのは最近の経済学では知的財産権の保護をしすぎると(レントシーキング)、社会の発展によろしくないということが分かってきたという部分。その例として、蒸気機関の発明をしたワットさんという人の特許が切れる前とあとで、大幅に馬力が向上して産業革命が進んだというものが上げられていた。特許なんかで保護しなければ、もっと早くに産業革命がはじまっていたと言われているそうだ。
 インターネットの発達で、いろんな知識、知恵、ノウハウをシェアできるようになった。シェアできるということはつまり、それらが公共財として広くみんながアクセスできるようになったという意味である。
 私はこうした趨勢のなかで、具体的に2つの職業が変質すると思う。ひとつは税理士や会計士、行政書士といった、市民と行政の橋渡しをする人の仕事。もう一つは教育の仕事。ネットでいくらでも情報が得られるし、海外では無料の講義動画で途上国の子供たちが勉強して効果が上がっている例もある(カーン・アカデミーなど)。端的に言ってこれらの仕事の地位、報酬は下がると思う。ただ、その仕事の重要性は引き続き盤石だろう。人間がマシンのようになったわけではなく、誰かが尻をひっぱたかないと、面倒で退屈な行政向け書類は作らないし、勉強もしないから。
 ちなみに結婚の際のしきたりなんかも公共財だろう。今の時代は何事もシェアが大事だが夫婦関係はシェアというような筋合いのものではなく、排他的私的関係がその本質。もしや婚姻数がどんどん先進国で減っているのは、人類総シェア化の表れだったりして?

スタジオアイアートのウェブサイトリニューアル!

このほど、私が代表をつとめるスタジオアイアートのウェブサイトがリニューアルいたしました。

スタジオアイアートウェブサイト URL http://www.studioiart.jp/

スタジオアイアートは結婚式の招待状、席次表、席札を専門に印刷制作している会社です(合資会社イースト スタジオアイアート事業部)。

当社にはじめておいでになったお客様に、簡単に自己紹介申し上げます。
すべてお任せの完成品がたいへんリーズナブルな価格でご依頼いただけます。注文部数が10部から1部単位でご注文いただけます。デザイン自社オリジナルの「オリジナルシリーズ」は招待状320円、席次表420円、席札80円です。メーカー既製品を使った豪華な「セレクションシリーズ」は招待状420円、席次表520円、席札80円です。なお、シーズン中(4-6月および9-11月)は招待状390円、席次表490円のキャンペーン価格となります。ネット専業で創業して10年以上経つ老舗です。 新作も今後、積極的に発表して参ります。結婚という人生の最高のステージのお手伝いが出来るこの仕事はたいへん光栄で、感謝しています。すてきなふたりのお役にたてるよう、精一杯がんばります。どうぞご依頼下さいますよう、心よりお願い申し上げます。

趣味は読書

子供の学歴を左右するのは、よく親の経済力と文化資本といわれる。文化資本とういのは、おもに親の蔵書のことである(もちろんほかにもある、要は親の蔵書に象徴される、親のゆたかな教養とか、家庭の知的な雰囲気である)。

私がラッキーにも生まれた家は、経済的にも比較的、そして文化資本でいうとすこぶる、恵まれていた。ところが、私は怠惰だったし、社会的な義務感から逃れたいという気持ちが強かった(中央線の朝のラッシュで通勤して定年まで一社に勤めるのはゴメンだった)、引き継いだ大量の文化資本、つまり父親の蔵書を持て余すようになった。

父が8000冊の本を残して死んだのは2002年の憲法記念日だ。12畳もある巨大な父の書斎の半分は、大学の図書館にあるような移動書架が6基鎮座していた。残りの半分は、腰の高さまですべて本が積もっていた。だいたい、8000冊というと、6畳ほどの部屋が、床から天井近くまですべて本で満杯になるくらいの量だろう。膨大な本に、かなり最近まで畏怖の念をいだいて、捨てたり、無造作に扱ったりするのはよろしくないと思っていた。ところが、本を保管するのに、この中央線沿線では年間数十万円のコストがかかる(6畳ひとまのアパートを借りるのにいくら掛かるかを考えればわかる)。

本を使って何か収入が増える活動をするのならまだいい。大学教授とか、ライターとか作家とか。しかし、私も母も、残念ながらそんなのではない(じつは父もそんなのではなく、単に趣味で集めていたのだから腰が抜ける)。保管維持コストが、家計にボディブローのように効いてきた。

膨大な蔵書が家計に与える悪影響が決定的になったのは、2004年に家計の計算の専門資格であるファイナンシャルプランナーに合格してから。いったいこの本というのはマジ、やばいんじゃないか、これに殺されるぞと思うようになった。こんな本を抱えていたら、そんな家は、潰れるぞと。重さと、そして経済的な負担で。まあFPにならずとも、月次の保管維持コストが出ているわけだからエクセルでやればすぐわかるわけだが。

というわけで、母と私で、2008年ころから、本を捨てるプロジェクトが始まった。本は、父が亡くなってまもなく、家のリフォームのために全てダンボールに入れて、近所の古い木造賃貸アパートの一室に保管されていた(そのリフォームでは巨大な移動書架も撤去した、百万ちかくかかった…

映画『レ・ミゼラブル』今夜視聴へ

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私が。ひっさびさに見た映画だが思い出した、高校時代に私は帝劇でミュージカルを見て、世界史を選択しようと思ったんだ。レ・ミゼラブル

1990年ころのことである。農協のババアの団体の私語(「アレアレ、野口五郎!」「えっ?どれ?」etc.)を、間違って来てしまった意識高い系の男性サラリーマンが「シーッ」とたしなめてたのが高校生の私の目に新鮮でした。帝劇なんかでミュージカル観るんだったら、今時の皆様は、皇居の周りをマラソンですね。

つくづくダサいのだが、あれから23年。Amazonで3月ころ頼んでおいたのが届いたので、1人で見ましたよ。

ちなみにレ・ミゼラブルは今から200年くらいまえのフランスの出来事をモチーフに描かれた歴史小説?大河小説?みたいなもの。

フィクションなだけにドラマチックすぎてヘトヘトの2時間半。かなりリアルなのに突然歌い出すってのもどうにも。ミュージカルだからあたりまえだが。深夜に見終わっておねしょした子供の布団の処理でまた床這いつくばり。レ・ミゼラブルを地で行ってるな。相変わらず。

で、エポニーヌ役のサマンサ・バークス(1990年マン島出身の女優)様がもう神。画像いっぱい貼ってみようかね。いやだめか。リンクだけで。Wikipedia

サマンサ・バークスは、写真によってはレオナルド・ディカプリオの若いころに似ている。あの手の顔、つまり、エクボがあって口がデカい、多少エラ張ってる、に私はどうやら弱いようですな。

で、映画の感想だが、面倒だな。「ザ・みじめ」というタイトル通り、人間のあらゆる不幸が満載。殺人、窃盗、暴行、収監、自殺、いじめ、ブラック企業、児童虐待、DV、人身売買、子捨て、悪衛生、病気、死亡、失恋、売春、格差社会、貧困、成功しない民主化運動やデモ、若者の不幸、女性の不幸、成就しない恋愛、単純労働、失敗する就活、非正規雇用。全部あります。

ひどさが半端ない。二百年後の先進国で生まれたことを、神に感謝(こういうの見るとやっぱり憲法を変えちゃいけないってしみじみ思うんだが)。

Youtubeで見つけました。


余談だが、バークス嬢の出身地である「マン島」のちかくにジャージー島というのがあってですな。一帯はタックス・ヘイブンといって、私のような庶民には無縁のなんやかんやあるんです。で、私、2001年ころにそこにある某Santanderという銀行に7…

子供の貧困対策法成立、衆参全会一致で

子供の貧困対策法が成立した。非常に喜ばしい。

こうした法律が通って、きちんと有効な数値目標が定められ、貧困解消具合を可視化出来る指標が永続的にチェックされるのであれば、私は消費税は15%とかになってもいいと思う。

もちろん、その前に相続税や、健康保険税の上限撤廃などマジで痛い税改革を経てからだが。

そして私は、消費税は法人としては払えない法人は払う必要が無いようになっているのだから、これからも積極的に本則課税で命がけで計算し、輸出大企業が全部やっている還付請求していくことは変わらない。

話を戻すが、子供が貧困状態にあるというのは、これは社会的に最も痛い事象と考えていい。自分も子供を持ってから思うが、自分の子供や、子供が連れてくる友だちがもし、貧困状態にあったらと思うと、非常に切なくなる。正直、そんなの嫌だ。

子供を貧困のままにしておくと後で治安対策とか雇用対策でとんでもないコストがかかる。そりゃそうだろう。ギャングとかグレられたりしたら警察コスト、収監コストもバカにならない。そんなふうな成人を少なくするには、小さいうちから貧困による各種の機会喪失を是正すればよい。イギリスは貧困対策のコストは後でそれをしなかったコストより相対的に割安に済ませられるという計算のもと、この法律のモデルとなる法律を施行している。

私は子供は、結局自立していくし、財産も親とは別々だ。子供は、成人したらその所得から親にお金を払う法的義務はないが、国や地方公共団体には納税の法的義務がある。育った子供から果実を得るのが親ではなく国家社会であるのだから、子供を育てるのは、親ではなく、本来、社会である。親は一時的に、子育てを託されているにすぎない。

したがって、日本ではまだ(特に高齢保守層で)大多数の、あの胸クソ悪い連中つまり「子供は三歳までは母親が育てるべきだ」とかいう連中について、私は知性のカケラもない大馬鹿野郎にしか見えないのである。そうした連中は、社会のことがまったく見えていないし、国家とは何か、という哲学的思索の痕跡はもとより、高卒レベルの世界史も脳から消えているのは間違いない。

子供は社会が育てるべきだ。子供の貧困対策法が全会一致で成立したことからもそれは明らかだ。ただし、愛情だけは周りの大人(親とは限らない)が精一杯注いであげないといけない、それは、口角を上げて優しく微笑えみ、肯定に満…

ニートの護憲と小さな現金商売

ニート、つまりどこからも雇われていない、学校にも通っていないそういう風にレッテルを貼られた人々が、過去最高に達したというニュースを聞いた。

私は、今の世の中、働けばブラック企業や気疲れ、学校に行けばいじめや借金苦(高い学費を払っても得られる技能はなく、就職もむずかしい)と、ろくなことにならないわけだから、むしろニートは生存本能的には正しい選択だと彼らを高く評価・支援したい。

高齢の親は、既得権益や数の論理で得た手厚い社会保障のおかげで、ぬくぬくと暮らしているのだが、家にいる子供に「何とかしろ」みたいなプレッシャーを与えがちだ。ところが、法律では、まずはニートの生計は同居の親が面倒見ないといけないことになっている。したがって、親がなんと言おうと、法律に書いてあるんだから、ニートは後ろめたさなど一切覚える必要・道理はなく、親に堂々と甘えなければならない。

ニートは、働いていないし、教育機関に通っているワケでもないことから、「家で何もしていない人」と思われがちだ。しかし、これは完全に間違っている。なんにもしていないわけがない。いろいろしている。

たとえば、というか、彼・彼女らはもちろん、生活している。朝(夕方)起きて、食事をし、コンビニ行くかもしれないし、DVD借りにレンタルビデオ店へ行くかもしれないし、ブックオフに行くかもしれない。もちろん、ネットを見る。したがって、水道光熱を消費する。そして、親が作った飯を食べて、排泄をする。ニートは、ニートである前にまさに生活者であり、消費者である。つまり、ニートは何もしていないのではなく、消費して生活をする納税者である(ただし消費税)。

したがって、私たちは、不作為を理由にニートを軽蔑するのは間違っている。

ここで、ニートに提案したいことがある。豊かに暮らして幸せになるべく、次のような実践をしてみてはどうか。

というか、その前に、貧しくて不幸せな人生というのはどんな人生なのかを考えてみたい。ところがこれはむずかしい。よく言われているように、不幸は不幸の数だけある。それに対し、幸せの姿は、ひとつしかない。結婚して、暮らすのに困らない金を稼ぎ、健康に暮らして人生をまっとうすることだ。

では本題に戻り、ニートが幸せになれる国を目指す私の提案を聞いて欲しい。

まず、憲法改正には絶対に反対しなければならない。バカげた自民党は新自由主義とい…

アベノミクス終焉、私の感想

人口減少著しい、子育て世帯冷遇つまり、将来の消費者を育てようとしない高齢者のこの国で、アホな政治家の馬鹿げた政策があっという間にはじけた模様だ。

デフレは高齢者が持っている金の価値を高め、経済が停滞する性質をもつわけだから、まずはこれをインフレに持っていって、経済を活性化しようとした。

そのためにお札をたくさん刷って(異次元金融緩和)、短期にバブルを起こしたが、とてつもないシステムトレードのロスカットなどが高じて相場が突然乱高下をはじめ、今週、アベノミクス前の相場にもどったことが決定的になった。

私は、株も不動産も金融資産も持っていないし、一方的に物価が上がって、しかも景気がいいので消費税もこのまま上げられようとしている。単に、暮らしにくくなっただけである。仕事も、輸入が多いので、円安でとんでもないことになった。

こうして、私はなんの恩恵にも浴することなく、アベノミクスは終わろうとしている。全体的に徒労感だけが残った。

こう感じている人は多いと思う。結局、一部の不労所得者(株を持っている高齢者や年金基金や、外国人)が、ずっと塩漬けだった日本株がわーっと上がったんで、いっせいに売って利益を確定し、オシマイってところで。いったいなんなんだろ。ネグリの「帝国」でも読むことにしようかね?

ピア効果をくらしや仕事に取り入れる

私のように会社経営者として何でもかんでもやっていると、いろいろとやらないといけないことの内容が自己完結的になり、人からは、何をやっているか理解されず、自分では自分でやっていることが陳腐すぎて飽々してきて、人としての生産性が加齢とともに落ちてくるということがある。

私の場合は、複数の会社の代表者として、事業を組み立てて運営し、しかも決算申告までしてしまうので、周りから見ると何やらすごいということになるかもしれない。しかし、やっていることは一つ一つが非常に簡単でシステム化されており、長くても数日で終わってしまうタスクばかりである。ほとんどのタスクは数分で終わらせることが出来る。それ故に、自分で1人で全部できてしまうわけだが、やっていて当然つまらなくなってくる。とにかく面白く無いのだ。

毎年、同じ時期に同じことをしているなという感想を持つことも多くなってきた。白髪の数と比例して。げんなりである。

そういう毎日のなかで、本の片付けとか、新規商品の撮影といったことが数ヶ月間にわたりまったくできない膠着状態が発生した。本は片付けて(捨てて)、わざわざ保管のために借りているスペースの保管コストを節約しなければならないし、新規商品の撮影は会社としてはきわめて重要な活動だ。

これができない。自分としてやばいと思っていたところ、先日、NHKの「オイコノミア」でピア効果というのについてやっていた。

ピア効果を一言でいうと、こういうことである。要は、1人でやるよりも、同じ志や目標をもつ人たちとみんなでやったほうが、生産性や成績が高まるということが科学的に明らからしい。

たしかに、予備校時代に、1人で勉強するのはまったくはかどらず、予備校の自習室に行ったり、図書館に行ったりして勉強していた。そして、今の私は、1人故に、簡単なこともできなくなってしまいつつある。

なるほど、1人でやろうとしている環境を、変えればいいのだと思って、さっそく時給を払って友人に補助してもらったり、親戚に来てもらってやっていることを見てもらったりした。

そうしたらものの数時間で、数ヶ月間やれなかったことが片付いた(ただし、めっちゃ疲れた)。

恐るべし! ピア効果。

40歳にして、モティベーション云々の話ではなく、外部環境のほうが大事だし効果がでかいということの発見である。

現状、目下、私、天才的な集中力の持ち主として…

アメリカ大学の学費が法外に高い件

ウォール・ストリート・ジャーナル日本語web版に2013年5月20日に掲載された「2013年に大学を卒業する皆さん、君たちはだまされていた」(By BRETT ARENDS)によると、今年大学を卒業する若者のほとんどはだいたい300万円とか、400万円といった巨額の借金を抱えている。それは、ある陰謀によるものだという。

その陰謀は、金持ちたちが、「大学卒業→ホワイトカラーの仕事」というライフコース(キャリアパス)を「普通の一般市民」に奪われないように、結託して学費を高くしているというもの。メディアも結託し、学士号がないと、収入も低いしろくな仕事に就けないと喧伝し続けている。

その結果、この30年で、学費はなんと3倍になったという。記事の著者はいう。

「考えてみてほしい。君たちが学位を取得するために支払った学費は30年前の約3倍だ。インフレを考慮した実質ベースで、である。君たちが取得した学位が30年前の3倍の価値があるという保証はない」
なにしろ、そもそも大学の授業スタイルは、著者によればこんな感じだという。

「1週間に1時間、教員から個人指導を受け、あとは参考文献のリストを手に図書館に通い、1週間かけて小論文を1本書いた。このような教授法は実のところ、アリストテレスの時代からあまり変わらない。学生が教員のところにやってきて議論する。そして、教員は来週同じ時間に、と言って指導を終える」
工学系の学部ならまだしも、文系の学部生の学費が年間数百万かかり、その内容がこれだというのだからもはや詐欺だ。というか、教授から個人指導が得られるのならまだいい。以前から、数百人入る巨大教室で、豆粒のような教授の授業をモニターとスピーカーでかろうじて聴くというのが日本でも一般的な講義スタイル。こういう講義スタイルは変わらないのに、学費や入学金だけバカスカ、インフレ率も無視してあがり続けているというのである。
では、なぜ大学の学費が上がり続けるのか。それは著者によれば、豪華な施設を大学がバンバン建てまくるから金が足りないのと、組織の官僚化(確かに、新卒時に大学職員を受けたことがあるが、楽そうで休みが多く、給料は高かったなー、落ちたが)、あとは保守的な富裕層が、一般市民から自分たちが歩いてきたキャリアパスの「空席」をこれ以上奪われないように排他性を持たせているからだという。

もちろん、こ…

マツダ車が好き

マツダ。マツダの車が好きだ。私のマツダ車の歴史はすごい。

2005年 MPV
2008年 ベリーサ
2010年 アクセラ
2011年 MPV

全部新車で購入、長くて3年以内に売り払っている(ガリバーなどに)。家族は、マツダの店に行くと聞くと、また「マツダレンタカーか」という。まるで借り物のように、買い換える。こういうものの買い方していて、近所に嫌味にならないところがマツダ。まさに零細企業経営者にとって必須の赤字製造装置である。

もちろん、本当は二年落ちの中古車が減価償却的にはいいんだけど、そんなのは面白く無い。マツダが面白いのは、驚くべき値引きと、安い割にはそこそこのものが手に入るところだ。

いま気になっているのはもちろん、CX-5とアテンザセダン。ディーゼルなのに燃費がいいという。しかも300万以下という値段の手頃さ。

じつは、今年の春に四国を旅行した折り、日産のエルグランドをレンタカーで乗ってみた。

正直、素晴らしかった。多分、MPVよりも100万ほど高いからだと思うが、それだけの価値はあるんだなと思った。マツダのMPVが特急のグリーン車だとすると、エルグランドは新幹線のそれ。

いや、ごめんなさい、レクサスとか、アウディ?とか、そういうほんとうに高い車乗ったことないので、飛行機のファーストクラス並みという例えを残してある。

今日は、予備校講師の林修(今でしょ)が情熱大陸に出ていて、感じ入ったのが彼の読書量。割とすごい。十万冊は読んでいるとかいって。本を読んでる人が好きだ。

東大志望の高校生に、東大に行きたいと思うなら行ったほうがいい、理由は、いろんな人に出会えるから。とかそういうことを言っていた。

これってけっこう至言というか、普遍的だと思う。私も高校時代にがむしゃらに、上位大学を目指していたが、理由はいい大学に行けばなんとなく就職もうまくいって人生が好転しそうだからだった。

しかし実際のところ、早稲田の哲学科を出た私が入ったのは地味なメーカーだったし、それも半年でやめた。いまでは、大卒の新卒一括採用なんて崩壊すればいいと思っている。半分くらいは崩壊しているだろう。

だから、高校生を前にして、大学に受かってもいい就職なんて当てに出来ないから意味がない、やめろと、そういう意味では言いたいが、林さんが言っているように、面白い人に出会いたいというのなら、やはりいい大…

匠(自分)が丸棒でビニル袋掛けを作った件

毎日、4時間以上の家事育児に時間を費やしている日本人男性、それが私です。さっそくですが、この厚生労働省の「イクメン参考資料」(平成22年6月17日、タイトルはファイル名からわたしが勝手につけた)(PDF)7ページをご覧下さい。
 といっても、忙しくてあるいは、スマホで見てるからPDF開けないという人のために要約しますと、先ず1-6ページ目の内容はこうです。
 「日本はこのままでは少子化で国ごと限界集落になっちまうぞ。子供が増えない理由は夫が職場に拘束されてるからなのと、賃金が下がっているからだぞ」
 で、7ページに「夫の家事・育児時間が長いほど、第2子以降の出生割合が高い」と書いてあります。
 私の実感から申しますと、確かに私が家事や育児をしなければ、配偶者はたぶん速攻ウツになります。
 山深い畜産農家で、牛の糞を片付けたり、子牛の出産に立ち会うのは、農家の夫だけではありません。妻も立ち会います。夫婦で、牛の世話をしているんです。都会の子育て家庭も同じです。まずは、雪かき、合間に牛の世話。そしてまた、雪かき。そして雪かきで始まり、雪かきで終わる。だれにも評価されない、牛の世話をする人生を、ふたりでまっとうする。それこそが「第2子以降の出生割合が高い」夫婦の姿なのです。会社勤めなんて浮世離れしたことをしている暇はないのです。
 人類は4万年前は猿でした(アメリカの熱心な共和党支持者は信じていないようですが)。そして、いまでも、せいぜい猿の毛が抜けた程度でしかありません。現に、頭数が足りなくなってボスが困っているのがこの国家の姿ではありませんか。安倍のボス猿。困っています。困った挙げ句、手帳を配る。ピントずれてます。
 さて、オチともつかない感じですので本題に入りますが、ここでですます調からである調に戻します。
 毎日実施している家事が終わるのはだいたいここ数年は夜の十時半くらいから十一時半くらいのあいだ。いちばん最後に、ゴミ(生ゴミとプラスチックゴミ)をそれぞれ外のペールに移して、室内のゴミ入れ(1日分しか入らない)の内側に、ビニール袋をセットして終わる。
 わざわざ小さめのペールを室内に置き、毎日ビニール袋ごと外の大型ペールに移すのは当然理由がある。ゴミの収集は週1回とか2回だから、その間、室内にゴミをおいておくと腐敗してブルーになるからだ。
 そのゴミ袋は、…

宮台真司VS薬師寺の僧侶、被災地復興をめぐって

去年年末のニコニコ動画※で、哲学者や批評家、歴史学者と座談会に出た宮台真司が被災地の復興は、ある意味、不利益配分を政治家がしないといけないから難しいと言っていた。つまり、場所によってはもう、復興しない(だから、ここはあきらめて移転しなさい)と避難している人たちに言い渡さないといけない場面がきっとあるという。

それをやるのは政治家の役割だから、いま、正直になろうという人はものすごい減っているのも道理だろう。成長時代は利益配分をしていればよかった。地元に、中央からカネを引っ張ってきて、政治家はまさに名士であり、ヒーローだった。

ところが今は違う。国が成長しないから、中央にも金が無い。政治家は国に出て行っても、持って帰ってくるのは不利益の配分の話ばかり。究極的には、もう、地方のインフラは維持できないから、ここには住めなくなるとかの話も、自治体によっては出てくるに違いない。

私は東京に生まれ育ち東京に暮らしているので、地方の人達のいたみというのはまったく分らない。ただ、旅行で見る、限界集落とか、別にそこまでいかなくても、国道20号を数十分走れば、ある種の「ヤバさ」は感じる。

なんとなくそういう風に思ってて、今日ETV特集では、薬師寺の僧侶が被災地に出向いて、家族を津波で失ったり、住む場所を放射能で追われて帰るあてがない人たちをまえに、かける言葉も無く「お手上げ」というのを見た。そういう人たち(僧侶自身も経験したことのない巨大な不幸を体験したばかりの人)に、僧侶は、色即是空空即是色とかいっても、非常に言いにくいし、励ましても助けにならないと感じている、とのこと。

僧侶に、生き延びた被災者たち(もっぱら高齢者)が言うのは、絶対復興する、という言葉。亡くなった子や孫のためにも、絶対復興する、それで、墓を守って、自分が逝くときには向こうでむかえてもらうんだという。

宮台らの議論では、それは無理だっていう話(しかも一部は無理だが、場所によってはありというところもまた自体を難しくしている)。

こういう被災高齢者の思いを前に、宮台真司だったらなんというかね。「噴き上がる復興オブセッション」とか?いいそうだ。東浩紀はいうかもしれん。

すいません、私は怖くていえません。都会の納税者として?(大した税金は納めていないが、地方交付税不交付団体の住民として)、宮台の議論もわかるけれども、薬師寺の…

風邪と僕

大学でて、会社をやめた直接の原因は、私としては慢性咽頭炎の持病のせいだと思っている。
2ヶ月とか、3ヶ月に一回必ず喉が痛くなって熱が出て、1日とか2日寝こむ、そういう人生であった。
熱が出ないようにするには、四六時中マスクをする、喉を乾燥させない、手洗いうがいをたくさんする、十分睡眠をとる、日中のストレスを溜めない、体を冷やさないなど。これらと逆のことをすればすぐに喉が腫れる。
一番まずいのは、真夏の新幹線での長期の移動や飛行機など、極端に空気が乾燥しているところで、エアコンが寒い場合。重症になる。
朝起きると、関節が痛くて、喉もつばを飲み込むと痛い。それですぐに分かる。
人間のOSは、PCのそれみたいに規則正しくなんでも同じ事をきっちり繰り返すのに向いていないと思う。だから、風邪を引かない=喉を腫らさない方法はわかってはいるが、ついつい、ということがよくある。
ため息しか出ない。

ワークライフバランスを取り戻そう

まずはこのTEDのナイジェル・マーシュ「ワーク・ライフバランスの実現」をご覧いただきたい。



政府も、会社(魂の食肉処理場と呼んでいる)も、従業員のワークライフバランスの問題を解決しようなどとはまったく思っていない ほとんどの人は、好きでもない人を感動させ、必要もないものを買うために、したくもない仕事に時間を費やして、絶望を叫びながら静かに暮らしている
真理を突く、刺激的な言葉にあふれた、瞠目すべき名講演だ。

今日たまたま日経新聞を見ていたら、日本のROE平均5~6パーセントは諸外国平均にくらべて低いから、これをもっと上げないといけないという。この議論は、何十年も言われ続けてきたが、日本の企業のROEは低いままである。ちなみに、ROEとは、Return on equity(自己資本利益率)のことで、株主が、その企業に投下した資本でもって、どのくらいの利益が上がったかを示す物。

株主が儲かったかどうか、しか表していない、悪魔のような指標である。共産党支持者でなくても、この指標が悪魔であることくらい、分かる。

株主が儲かったかどうか、その指標が、日本は低いから、諸外国並みの15とか20パーセントにしろよと、日経は叫び続けているわけだ。

株主にもうけさせるために出来ることと言ったら、従業員の給料を低く抑えて、たくさん仕事させるほかない。人口減少社会では市場そのものが縮小していて、もうけの最大の根源である売上を増やすことは現実的にむずかしい。だったら、費用を減らして利益を水増しする他はない。したがって、ROEは株主以外のすべての会社関係者を不幸に陥れる、悪魔の指標なのである。

日本の株主や企業経営者、日本株に投資しようとする外国人投資家の最大の関心事は、そういうわけで、ワークライフバランスの改善ではないことは自明である。

資本主義というイデオロギーが、自分の延命と権益の拡大のために、猛威をふるっている。確かに、他のイデオロギーがここ数十年のあいだに相次いで破綻し、この資本主義がまだマシという形で残る唯一のイデオロギーでは、ある。しかし、人々が忙しすぎてセックスをしなくなり、子供も産まなくなって市場がドンドン小さくなる。途上国は途上国で、昔みたいに帝国主義的に、勝手に入っていって物を売りつけるわけにも行かない。

気をつけないと、巻き込まれて人生が台無しになってしまう、黄昏の資…

ハンス・ロスリングと魔法の洗濯機では出て来なかった論点

洗濯機を使えるのは世界70億人のうち20億人。20億人の「Washing machine line」より上にいる人は、洗濯物の手洗いという重労働から解放され、図書館へ行って本を読んだり、語学を勉強したりする時間が手に入った。


私は幸い、ハンス先生の言うWashing machine lineより上の20億人のグループに含まれるから、洗濯物を手洗いする労働は免れている。

しかし、ハンス先生も気が付かない(というかこのプレゼンからは割愛されている)、まだ残されている労働というのがある。今、このブログを書いているのは深夜1時半。台所のシンクには、6時間ほど前に家族がとった夕食の食器の洗い物がそのままの状態で残っている。

ブログを書き終わるまで、洗い物は片付かない。なぜなら洗い物担当は私だから。洗い物のメインの部分は幸いにして食器洗い機がやってくれる。しかし、食器洗い機に入らないものや、前に使った食器を食器洗い機、ちょっと待って、大事だから箇条書きにしよう。

食器洗い機に入れる前の下洗い食洗機の中にある前に洗ったものを取り出す取り出した食器を食器収納棚へ分類収納するシンク周辺の清掃ゴミ出しゴミ箱のビニール袋の交換台拭きの消毒食器洗い機に入らない大きな調理器具や哺乳瓶を洗う こうしたことが、いま私がブログを書くことに時間を費やしているから、まったく手付かずのまま。しかも時間は深夜1時半。

洗濯機もそうなのだが、確かに洗濯機が登場したから、手で洗濯物を洗わなくても済んだ。しかし、洗濯機に洗濯物を入れたり、出したり、乾燥機にかけていいものとダメなものを仕分けしたり、ダメなものは外に干したり、乾いたら乾燥機から出してたたんだり、それを分類して収納する手間は残っている。

洗濯機(食洗機も)は、膨大な化石燃料を消費するのだが、その割には、述べてきたように付随する細かい労働が残る。じつは、洗濯機は失敗なんじゃないか? もちろん手洗いに戻るのはありえないのだが、洗濯機で終わってはダメな気がする。失敗というより、途上であることは間違いない。洗濯機よりももっと進化した、エネルギーを消費しない別の発明がなければ人類はダメだろう。

洋服や食器を、出して使って洗ってしまうというこのサイクル自体を見直すというのはどうか? 洗濯機も食器洗い機も不要になる。洋服の代わりに、裸の状態で表面に、特殊な塗料を…

このブログの使命

アホの自民党総裁、安倍が憲法96条を変えるといっている。目的は、軍事国家化して徴兵制を復活し、強大化する中国に対抗しようとしたいんだろう。

いま、若者や女性がおかれている、先進国とはとうてい言い難い就労機会の不平等や賃金格差状況は置いておいて、まずは憲法の改正要件を緩和して、為政者の好きなように社会や国の仕組み、構造を変えやすくすることに邁進する様は、見ていてこの上なく不安にさせられる。

元東京大学教授で憲法学者の故芦部信喜氏は、憲法には高度の「安定性」と政治・経済・社会の動きに適応する「可変性」が不可欠だとしたうえで、この相互に矛盾する要請に応えるために考案されたのが「憲法の改正手続きを定めつつ、その改正の要件を厳格にする」という硬性憲法の技術なのだと説明している(「憲法」第三版、岩波書店)。

簡単に変えられないからこそ憲法なのだが。

とにかく私はいいたいのは、地方の都会への依存体質、女性に家事育児を押しつけて男は非効率的な仕事人間化する傾向、空気を読みすぎて個性が発揮されず全体で撃沈されたがる大政翼賛玉砕体質、こういう馬鹿な日本の社会そのものを一刻も早く、法律で変えてもらいたい。

具体的には、

過疎や限界集落に住んで医者がいないとか上下水道が更新されないなどと不平をこぼす地方の老人たちは、ある程度まとまって住んでいただく集住を促す法律。女性が子供を産んだら必ずベビーシッターを政府の金で雇うなどして、いわゆる待機児童を絶対にゼロにする法律。道徳で国を敬う心をかん養するとかの妄言ではなく、シンガポールみたいに生徒にスマホを配ってIT教育を加速させる法律。バブルの懸念を有無だけで実体経済に影響し無さそうな金融緩和のために国債を増発することを禁じる法律。未来がない、破綻が分かっている年金制度を賦課方式から積立方式に変える法律。民放テレビ放送のようなバカをバカのまま置いておき国力を削ぐような寡占の政官癒着産業を、シノドスとか文化系トークラジオlife、agola、ニコニコ動画のようなメディア巧者に開放して、放送の質を高める法律。全国の裁判所からさんざんドつかれてるのに一向に変わる気配のない一票の格差を是正する法律

考えればいくらでもまともな法律は出来そうなのに、考えない安倍のバカは、もっとも悪質で醜悪な憲法改正に邁進している。自民党結党以来の悲願とかいって、まさに悪夢だ。…

正しい育児と仕事の両立とは

私は男、それも1972年に東京で生まれて早稲田大学を卒業していったんサラリーマンにもなった40歳だが、毎日5時間以上、4人の子供の世話や家事に明け暮れている。

幸い妻も私も家で仕事しているいわゆる「サンチャン企業」(父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん?、要するに身内だけの家族経営の会社)であり、母親の援助もあるためなんとか回っている。

今日NHKスペシャルでは女性の仕事と子育ての両立の問題をテーマとする視聴者参加型の討論番組をやっていた。出演していた論者のうち最も心を惹かれたのは批評家の宇野常寛の意見である。

隠蔽されている真実として、男性は保守的なジェンダーに従って、子育て育児は女に押し付けておけば良いと本音では思っている社会のOSが時代に合わなくなっている誰もが仕事と子育てを両立できるほど高い意識を持っているわけじゃない。むしろほとんどの、そうした高い意識を持っていない人たちの子育てを社会がサポートするべき核家族では子育てと仕事の両立は完全に不可能。無理ゲー(攻略不可能のゲーム)になってる。政策を具体的にどう変えるか、制度をどう作っていくかの議論がないと、こういうたぐいの番組は不毛で意味が無い(悲惨な事例を見て隣の芝は青い的幸福感を得て、意識の高い人を見て無理だと安堵する現状追認で気持ち良い視聴感だけで不毛、予想通そうなった)女だけに都合よく子育て育児を押し付けてきた結果が少子化。 常々、興味があって彼の雑誌など購読してきたが、今日はほんとうに素晴らしかった。彼は、30歳の独身にもかかわらず、社会のおかしな状況をきわめて的確に、鋭く、それでいて弱者に優しい視点で見据えている。これからも応援したい。

このあと私は、家事育児とはどんな労働かを、現場から報告したい。一言で言えば糧なき一次産業のようなもの、雪かきのようなものだろう。日々、口からたべものを入れて下から出すばかりの生命としての営みを続ける細胞分裂する個体、その健康と衛生、幸せな発育を(理解も納得もできないままに上の世代から無理やり押し付けられた)「親の義務」で担保しなければならない。

この日本で子を産むなんてことは、もはや戦時中の「特攻隊」に志願するほどのトンデモを極めた不条理といってよい

ここで、子供を育てるのは親の責任だ、と私が感じていると読者が受け取ったら大間違いである。私は生まれてこの方、軽い自閉症(自閉…

先進国の実体経済行き詰まるなか何を学ぶか

私が最近、非常に共感できるなと思って読んだブログの記事は次の2つ。

異次元の金融緩和とその行き先・辻元氏
不都合な真実から目をそらさない勇気を持とう・辻元氏
少子化って何?・池田信夫氏

私はそもそも、大学を出て、せっかくこれだけ勉強したのに、なんでこんな馬鹿げた通勤電車に乗って、一生を馬鹿げた消費財メーカーの正社員で終わらないといけないのかがきわめて不条理に思えた、そういうクチである。

会社に勤めると、同じフロアには、自分の父親と同じかそれ以上の高齢者員が机を並べて仕事している。彼らの肩書きは一応年功序列なので課長とか部長とか、本部長とか常務だったりするが、若い女性社員にお茶を淹れてもらって、朝から新聞を読んでいるさまは、田舎のひなびた日用品店の、ホコリをかぶった商品陳列棚にならぶ、期限切れの缶詰や、パッケージデザインがひと世代前のティッシュペーパーなどとと変わらない。しかも彼らの学歴は一応、明治大学とか、慶応大学、早稲田などを出ているにもかかわらず、である。

カネをかけて一流大学でたのに、しょぼいメーカーのサラリーマン、定年でハイ左様なら、的な、いてもいなくても分からないような人生は私には耐え難かった。そういう人生になるのは、絶対に嫌だと思ったわけだから、すぐに辞めて、まもなく20年。

上記のブログ記事のように、何やってももうこの先進国の経済はダメだと、高齢者がマジョリティーを握る失敗を宿命付けられた民主主義も黄昏れている。かといって、それ以外のイデオロギーはとっくの昔に有効性を失い、世界は漂流をはじめているかのようだ。

私はこれからの希望は、生活のさまざまなコストや手間をシェアすることを通じた、コミュニティーベースの、人々の相互包摂ではないかと思いはじめた。もちろんヤマギシズムみたいな共同生活ではなく、そういうふうな、アイデンティティー全部を思考停止するんではなく、どうしても避けられない食事を作るとか、片付けるとか、掃除をするとか、そうした作業をシェアしてあとは一人ひとりが自分の思考を深めたり技量を高めたりするような、そういう世界がいいと思う。

そして、若い人にイチバン薦めたいその技量の具体例は次の2つである。
ITリテラシー簿記3級レベルの経理と税・社会保険についての一般的な知識の習得 この2つの能力が身につけられれば世の中を見る目がだいぶ変わると思う、というか私自…

変わらないこと

この文明社会では変わることが盛んに喧伝、推奨される。人は放っておけば、日々の日常の定型のなかに安住し、変わらないこと、変えないことだけを人生の至上価値とするようになる。

子供が通う公立の小学校で、卒業式に参列した。内容は感動的なもの。自分も30年前に通った母校の変わらない佇まい、学校の運営の盤石さに、安堵し、満足した。

こうした変わらないものの良さ、価値を実感するのに、学校は良い場所と機会を提供する。

ところが、変わらないもののよさをみんなで味わって幸せを噛み締めるこの式典で、このあと私は異例の変化の兆しを目撃することになった。

それは式のクライマックスで、卒業生が壇上から、メッセージを後輩と保護者に語りかけたり、歌をうたう場面で起こった。

ひな壇に並ぶ、およそ130名の卒業生。最前列にいた、グレーのジャケットを着たメガネの女児が突然口をふさいでしゃがみこんだ。駆け寄る教職員。すでに、想定内だったのか、舞台の袖には毛布とバケツが予め用意されており、女児はそこへ誘導された。

その後も、ドン、という音とともに倒れる児童、ふらついて教職員に保護されたりする児童が相次いだ。さすがに驚いた。

なにか変わったり、変なことがあってはいけない式典で、バッタバタ子供が倒れていく。感動的な歌が場内に響き、式典は進行するが、尋常ではない雰囲気が広がる。

何かが、変わっている。いくら、式典で変わらないことに対する、普通という幸せへの偏執を集団で陶酔しようとしたとしても、変化は、抗いがたい力で、人間の暮らしのすぐそこまで、やってきている。

無職の父と、田舎の未来

この衝撃的なブログを読み、また、日本の人口がこのあと百年で、明治時代くらいまで減ってしまうことが政府により見通されていたことを知って考えたのは、私たちの暮らしに訪れる危機の最大のものは、やはり人口減少なのではないかということである。

国土交通省 人口減少下の人口の分布の現状と展望(PDF)

つまり人口減少がこのまま進むことにより、人々の安寧のよすがとなっていた、変わらないことの象徴である学校の、卒業式はもとより学校そのものが廃校で消えてしまうことが、もはや避けがたい未来としていまそこまで来ている。

三割自治とTPP

円安でエネルギー価格と、輸入食料価格が値上がりし、うちの家計に悪い影響が出る見通しだ。

食料品がなんでこんなに高いのか。地方の農協は自分たちの既得権益を守るために、政治家に働きかけてTPPに反対している。安い農作物が入ってくると、自分たちの生活が立ち行かなくなるという理屈だろう。

しかし、都会で暮らす私に言わせれば、TPPで安い農作物が日本にいますぐどんどん入ってこないことには、もううちの家計は立ち行かなくなる。農家の人には申し訳ないが、これが現実だ。

それに、原発はどうなのか。原発も、3.11のあとはさすがに、おっかねえーということでやめたらどうかとも思ってグリーン革命を気取ってきた。しかしながら、いざ、電気代が値上がりするとなればそうも言っていられない。

アホかと自分でも思うのだが、背に腹は代えられないのである(泣)。家族がいて、その福利厚生に責任を負う立場だとなおさらだ。衣食足りて礼節を知る、やっぱり、グリーン革命を語るには、まずは衣食足りてからじゃないと。衣食が足りないのに、やれグリーンだの、里山だの、安全安心農作物だの高邁なこと言ってられない。(このブログ開設当初からつい最近までは、衣食が足りていたので礼節を語っていたつもりだったが…)

聞くところによると、日本の地方というのは自分たちの税収では、支出の三割程度しかまかなえていない。残りの7割は国からもらっている。地方交付税や各種の補助金である。こうした構造に甘えて、長年、農協、いまTPPに猛反対する利益団体である農協は、保育園を作るよう働きかけもせずに自分たちの権益ばかり伸ばしてきた。しかし茶番はもうおしまいにしていただくときがきた。この円安や、未曾有の国債残高の膨張のせいで、日本はもうこれ以上、地方既得権益層や農協を支えることはできないことが、世界中にバレ始めている。

こうした構造を温存すれば、世界は円を見限る。インフレでとんでもないことになる。地方は何とかしないと。TPPの問題は、都市生活者と地方の対立をはらんでいるように思える。

それに、金持ち高齢者と、そいつらに年金という国家的ネズミ講を通じて搾取される若者のあいだの対立も深まる一方だろう。

若者は、今度消費税が上がるし、円安で高くなったメシ代だって大変だ。給料はまったく上がらない。待機児童の問題はシカトされ続けてガキなどつくろうものなら、せっか…

Acer ICONIATAB A500カメラ壊れた件

2011年9月3日に購入したAcer ICONIATAB A500だが、買って1年半たった今日、アウトカメラ(500万画素)が壊れた。具体的な症状としては、上半分が緑がかったノイズ、下半分が紫がかったノイズ。

そこで、繋がらないサポートに連絡して教えてもらったことでわかったのは次の2つ。
アウトカメラを外側から押すと解消する(物理故障なので)修理に出すと最低でも15750円かかる この製品は32387円で買った。ただの500万画素のカメラで、追加でそんな金出すのも馬鹿げている。そこで、アウトカメラ使用時は必ず、外からカメラを押すという、シャッター半押しならぬ外押しというギミックが追加されたと考えて(ポジティブ思考)このまま使うことにした。

しかし、保証期間を半年過ぎてこうなるというのはちょっと残念だった。今後、こういうぶっ壊れやすいもの買うときは、1万円とか高くついてもいいから、販売店の延長保証に入ることにした。

ついでにわかったので備忘のために書くが、スクリーンロックスイッチは、画面の縦横を固定するもので、タッチをロックするものではないことがわかった。

このタブレットは、買ってもほとんど使わない上に、今回不愉快にも故障した。不愉快に追い打ちを掛けるように、Amazonとか安いandroidタブレットがたくさん市場に出るようになっている。

そもそも私は外勤がないので、この手の端末を使う場面というのはない。そんな、じぶんのIT機器の要不要を知るのに三万円は高い買い物だった。

あーでも、仕事で管理しているウェブサイトの見え具合をチェックするのに必要だった、やっぱり。でも最近妻がiPodtouch使ってるからそれでいいんだった。虚しい。

最初安いが二年過ぎるとどんどん高くなるベスト3

携帯電話タブレット端末(ネットで買ったもの)などのIT機器インクジェットプリンタ(インクは本体より高いこともある)

決算法人説明会に行ってきた!

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国税庁武蔵野税務署主催決算法人説明会に行ってきた。武蔵野税務署かと思っていったのだが、実はそこから歩いて10分くらいの武蔵野青色法人会とかいう団体の建物の会議室でやるということだった。
 遅れていったのだが、会場には、目算でだいたい70人くらいいただろうか。三月決算ということでもっと多いと思っていたのに、案外少ない。これはたぶん、毎決算、説明会開催の案内ハガキが来るのだが、そのたびに来る法人は少ないに違いない。現に私がそうだった。毎年無視していた。
 行ってみると、演壇で税理士が、配られた小冊子のページ数と場所を読み上げている。そこに線を引けということらしい。小冊子のタイトルは次のようになっている。

『法人税申告へのアプローチ わかりやすい! 会社の決算・申告の実務 平成24年度 公益社団法人 全国法人会総連合』とある。もちろん私は、この発行者たる公益社団法人に、どのくらいの財務省OBが天下っているのかが気になって、しばらく何も頭に入らなくなったほどだ。
 この小冊子はB5モノクロで64ページある。後ろに法人会の説明がある。この法人会という代物ほど馬鹿げたものはないと思う。気持ち悪い、自民党支持の利権団体ではないのか? まあそれはいいや。どこ支持だろうが関係ない。
 法人会加盟社は全国で100万社というから、この小冊子も100万部は印刷していないとおかしい。印刷会社はどこだろう。気になる。もしや理事の親族企業ではないのか。
 ところでこの冊子の後ろの表紙には次のような文字が印字されている。

「法人会 消費税期限内納付推進運動」

 この運動って何だろ。法人は民間企業のはずだが、この団体は財務省の仕事が円滑に進むべく動いているのだろうか。さすが天下りをたくさん受け入れている歴史を感じる。
 税理士がこの冊子を読めば、得すると言っている。何のことはないが、得をするという根拠は次のような、よくある節税テクニックだけ。
 この節税テクノほか、備忘もこめて内容を列挙してみる。
・創立費や開業費のうち、20万未満は一括で損金で落とせる
・中小法人で、少額固定資産を買ったときは、30万円未満なら一括で損金で落とせる(要適用明細書「租税特別措置法の条項第67条の5第1項区分番号00277)
・飲食費で一人あたり5000円以下の場合、所定の要件を満たすと会議費として、全額損金で落…

意識高い系とはどんな人々のことか?

ひと言でいうとそこらへんのバカといっしょにして欲しくないなあ。という点で「だけ」一致している、互いにてんでばらばらな人々のことだろう。

このあいだ、「ノマドワーカー」、ノマドの女王、ミッフィーこと安藤美冬氏が、タモリの笑っていいとも!に出たのだが、会話は今ひとつかみ合わなかったという。ああそうだろうな、と思ったらあなたも立派な意識高い系だ。もちろん、ミッフィーを知っていることが前提である。

私がなぜ、野球とかサッカー、ではなく、「ノマドワーカー」のミッフィーの動静に何となく関心を持ってしまうかというと、私が受験して落ちた集英社にサックリ受かって、しかも辞めて「全然分かんない」(タモリ)ノマドワーカーになったからさ。

他にも、意識が高い系の特徴は次のような感じであろうか?

タバコは身体に悪いので吸わないエクササイズを定期的に行うクーリエジャポン、とか読むコンビニ弁当は食べないシャンプーや石けんなどはオーガニックなもの(アメリカでは)民主党支持者LGBTであることが珍しくない自閉症スペクトラム障害者高学歴で都市居住働くならNPOとかNGO 皆さんも、きっと意識が高いんでは?

核家族では、子供育てられません

日本の社会保障制度(年金、医療)は、国家によるネズミ講状態となっている。ネズミ講というのは要するにあとで入ってくる人たちが増えるから、勧誘すればする程あとでお金がもらえますよというような仕組みのこと。

人口には限りがあるから、ネズミ講というのは必ず破綻することになっており、それゆえ無限連鎖講の防止に関する法律で禁止されている。やっているのは犯罪集団と、日本政府(年金機構)だけ。

何しろ国家ぐるみの犯罪に若者が強制的にカネを巻き上げられているものだから、いまの若い人は結婚して親の援助なしの核家族で子供など作ろうものなら、必ず家計は、子が大学入学の時点で破綻するようになっている。

これはFPの共通認識である。

大学の授業料を無料にしたり、保育園の待機児童をマジでなくしたりしないといった具体的な政策を急いで実行しないといけないところに来ている。

ところが、与党政治家たちはこの問題を知らんぷり。支持層(高齢者)に不人気の政策に力を入れる訳にはいかない(民主主義の失敗)。

年金は破綻することがわかっているのに、金持ちにも貧乏人にも一律巻き上げる。こういう不条理な先送り(足りない年金は国債から補填)を続けていくと、インフレを巻き起こすアベノミクスと相まって、とんでもない貨幣価値の下落を招く危険がある。

私はそれが心配だ。

ドイツ海賊党、小金井市学校PTA

表題の2つに関連するのは、ある種の排他性だ。これらの組織から排除される人たちを紹介しよう。まず前者、ドイツ海賊党はネットを使わない人たち(主に高齢で宗教的右派)。小金井市のPTAはウィークデーに、都心で夜遅くまで毎日働く忙しい正社員のお父さん(つかれてとてもダメ)。
インターネットを使わない年寄りにいくら、ネット見ろってったってそんな政党が支持されるはずがない。面倒でネットなど見ないし、これまで長年支持してきた宗教右派に投票することで得られる満足感を、この期に及んで捨てる理由なない、高齢者の言い分はこんな所だ。
一方小金井市のPTAはどうか。特に三小や緑中あたりの、東のほう。おやじの会と称して土日にレクリエーション活動(とその後の飲み会)にいそしむ一群がいる。
私は少しばかり自閉症スペクトラム障害(ASD)気味のため、こういう集団の交流は脳が対応できない。また、生まれつきだか知らんが、酒、タバコなどの嗜好品も受け付けない。したがって、おやじの会と聞いただけでなんとなく「仲間になれないな」と思ってしまう。
どうせ私の言い分(このブログに書き散らしているようなこと)など、バカの壁を超えられるわけもなく。
人はバカの壁というのがあって、自分の話をわかってくれない相手のことを「バカ」とみなして、以後、壁を作ってしまうことをいう。おとなになって見回すと、あたりは壁ばかりである。
いっその事、自分のことを分かってくれないのが嫌なら、その自分というのを捨て去ってしまってはどうだろうと考えたことがあった。無味乾燥で何も主張しない、そういう人心掌握術である。ただ、しゃべらない訳にはいかないから、時候の挨拶はもちろん、天気の話や、当たり障りの無いことは熱心に話し、相手からも聞く。
するとなんとなくうまくいく。

家事労働の哲学

哲学者の内田樹が家事労働をこう言っていた。
人間の世界がカオス状態に落ち込まないように、ジリジリと毎日数センチずつ、崖っぷちで押し戻す労働。この労働には社会的評価も、報酬も、そして達成感すらない。 放送大学の公共哲学の授業(2010年 田中智彦 第10回)で聞いた又聞きだが、大変共感しながら聴いた。この講義では労働の公共性についての話だった。人類はもともと、労働を媒介に自然から人へ、食べ物の贈与を受けてきた。

自然から人への贈与が一次産業なら人から人への贈与はサービス産業である。 では、家事労働はどこに位置づけられるかというと、それは人から人と自然から人への瀬戸際に位置する。

自然状態のカオス圏に巻き込まれないように、人世界の瀬戸際で踏ん張る。その労働は、全く報酬がない一方的な、人から人(例えば家族)への贈与である。

確かに。皿を洗わず放置すれば、自然界からハエやバイキンがやってきて、ひと世界の衛生を脅かす。だから、皿を洗うが、その行為は同居親族への贈与という建付けがピッタリだ。感動的な、まさに哲学的な見立てだ。

家族は、家事労働従事者のおかげで、日々健やかに人として、文明生活を送れる。それは、日本の憲法が保証する生存権の保障とも関わってくる。家事労働なくして、生存権の行使などまずはおぼつかない。

そういう家事労働だが、親子という関係で見ると、親が子の世話をするということは、家事労働を親が子に贈与するということだ。子は、親から贈与を受けるが、それは債務の性格を帯びる(本当は贈与だから債務は発生しないんだが、気持ちの問題として)。

子が親に恩返しをするのは当たり前だが、その自明性はこうした家事労働を通じた贈与に担保されていた。

もし、子が親に対し感謝しないのであれば、親は親として十分子のために家事労働したのかどうか。それが足りなかったり、欠けていた疑念が生じる。

先進資本主義経済のもとでは、すべてが商品化されている。子は、親からの贈与の受け手である認識を形作る暇もなく、まず消費者として、メディアによって徹底的に洗脳される。すると、子は親の労働を、金で代替可能な商品とみなすようになる。自分は無関係で、やりたくないものとして。

まったく残念だ、それって。しかしかと言って、もはやこの流れは抗することはむずかしい。

とはいえそれでも、まともな親は、テレビを見せず、ゲームや馬…

ブラック企業、それでも人はなぜ働くのか。

ブラック企業といわれる職場で働く人たちがいる。私も実はブラック企業で働いた経験がある。それは、出版社だ。出版社は名前が知られた大手を除き、ほとんどすべてブラック企業だ。給料は安い。休みはあってないようなもの。それでも人はなぜ働くのか。答えは簡単だ。

楽しいから。

やりがいや、意味が感じられる仕事がそこにあれば、人は喜んで働く。

賃金がずっと下がってきている先進各国の中で、家事労働を女性に任せきりにはできなくなってきた。夫も家事の一端を担い、女性に働いてもらわなければ家計は成り立たない。今は成り立っても、永久にリタイアできない家計になる。

それは、働いても25%くらいつまり、4日に一日は、税金や社会保障、年金を支払うために実質、タダ働きになっているからだ。社会保障や年金のメリットを受けるのはもちろん、今の高齢者である。高齢者はその数の多さから、圧倒的な政治的影響力を持っている。

彼らは言う。年金をよこせ、医者をよこせ、商店街を何とかしろと。しかしそのための金は全部、若い労働者が払う。給料が高い都会の労働者が。

話はそれたが、そんないびつな社会の不公正がまかり通っているから、今の若い人は、奥さんも主人もなく、働き続けなければならない。

外で賃金労働に従事して、帰ってきて、家事という無給の労働にまた従事する。まさに家庭もまた、ブラック企業と同じ黒さを備えるようになってきた。昔はサザエさんちみたいに、家に帰れば嫁と姑がいそいそと飯を作っていたり風呂の準備して待っていてくれた。ところがいまはどうか。真っ暗な部屋に入って、直ぐに自分で夕食の準備をし、食べて、自分で片付ける。自分で風呂を沸かして入り、洗濯物もしまって、翌日に備える。

翌日の賃金労働のために、こうして人的資本の再生産をしないと人生は回らない。こうした相貌に気がついた私のような人間にとり、何が家庭生活の、日々の仕事のモティベーションか。

愛のようなもの?家族への。つまりやりがい搾取と同じで、家族が好きだから、この毎日の暮らしにやりがいがあるから続けていけるにすぎない。

と、いうのは半分で、もう半分は多分、自己裁量の幅が比較的大きいからというのもあろうかと思う。人に何かやらされているというのと、自分からやるというのを比較した時、同じ内容であれば受け止め方はだいぶ違う。

異様に敷居が高いe-tax、公的個人認証

今、確定申告ということで国税庁が電子申告(e-tax)便利ですよといって騒いでいる。たしかに、税務署のこのシーズン中の行列や混雑を見れば、家で、インターネットで申告できるのは大変に魅力的だ。

それに、システムの開発や維持に莫大な税金が使われているに違いないんだから、便利な行政サービスだったら納税者として使わないと損である。

そこで私は以前からe-taxを愛用しているが、このほどパソコンを変えたのでそっちにシステムを構築しようとした。そうしたらまあ大変な事この上ない。結局、オラクルとかいう外国のソフト会社の英語のページからソフトをダウンロードしてインストールしないといけないなど、これは普通の「国民」には無理だろうという結論に至った。

私も歳を取ればこんな複雑なのは忘れてしまって適応不能になるだろう。だからここに備忘として書こう。

まずアマゾンで、公的個人認証サービスを利用するためのICカードリーダライターを買った。もちろん言うまでもないが前提として、住基カード(それも、自治体で電子証明書を入れてもらったもの)を用意しておかないとダメだ。

で、このリーダーライターを通じてe-taxソフトウェアがICカードを認識してくれるまでが長い。

まずこのリーダーライターのドライバのインストール。次に、公的個人認証サービスのウェブサイトから、利用するためのプログラム(名称不明)をダウンロードし、インストール。さらにそのプログラムを使えるようにするためにオラクルの英語のページからjavaをダウンロードしてインストール。

まあ書けば短いが、この手順はいくつかのウェブサイトを経ないとわからないようになっている。もちろん、e-taxのページには書いていない。なぜなら、縦割だかなんだか知らんが、公的個人認証で電子署名をするといったことは国税庁はそこまで面倒見ないってことだろう。e-taxで申告するにはこのプロセスが必要不可欠なのだが。

ICカードリーダライター自体、2千円ちょっとで買うわけだが、これもアマゾンで買わないとダメ。下手な街の電気屋や量販店では届かないとか在庫がないとかで痛い目を見る。

納税は憲法が保証する国民の義務だけれども、なんだろうこの手間。便利なのか不便なのか全くわからない。しかし、頑張れば!できる。税務署に並ぶのだけは避けられるからまあよしとしよう。

オワタ地方はアイスランドに学べ

毎日新聞の2013年03月01日 東京朝刊の記事(記者の目)で、原発立地自治体の多くが、公共事業や、自治体職員(病院、学校含む)の人件費の一部を、電源三法交付金でまかなっていたことがわかった。

私たちは一般的な知識として、原発を抱える自治体が、原発なしでは財政的にやばいという認識を共有してはいる。ところが、この記事のように、どこの自治体が、どんな人件費を、何割程度原発マネーに依存しているというように具体的に書かれると、しみじみ、そのやばさが伝わってくる。

アイスランドは一時、国家的金融破綻の危機に瀕したが、地熱を生かした観光立国の政策で、人口(32万人)の倍の観光客を世界中から集めるほどに復活した。

もちろんアイスランドと日本は社会保障のシステムも消費税率も、そして人口も違うから一概にはいえないが、原発を抱える地方にかぎらず、「オワコン」化した地方都市は、アイスランドの取り組みから学ぶべきことは多かろう。

いつまでも国は地方を支えられないから頑張って自活してもらわないと。私は、個人的に「滅び行くものたち」「廃墟」「打ち捨てられた文明の痕跡」が好きである。地方もそういうテーマでアトラクション化すればだいぶいいんだが、こういうブラックなテイストって案外、いやし効果があって受け入れられると思うがね。

このブログを執筆するのに必要な電気エネルギーは、すべて太陽光で賄われました。

憲法96条を変えてはダメな理由

憲法改正というのは難しい問題を孕んでいる。私は、為政者グループ(一部の富裕層や大企業、世襲政治家あるいは大衆政党)と、それとは距離を置かれた大多数の中間・貧困層の格差が、憲法改正によってさらに広がることを懸念している。特に96条で改憲要件が緩和されるとまずいと、かねてから危惧してきた。
小沢氏は「(96条改正で憲法改正要件が緩和されれば)政権が代わるたびに憲法を変えることになる。日本のようにまだまだ民主主義の意識が希薄で、定着していない国家では、ますます混乱するのではないか」と述べた。「(憲法)改正に反対と言っているわけではない」とも語った。(生活の党の小沢代表、東京都内で開いた自らが主宰する「小沢一郎政治塾」で講演 2013.3.5) 小沢氏とはこの点で一致している。小沢氏はたしかに、大衆ウケを狙ったことばかり言っている。このあいだも日和見主義的に未来の党とくっついたりして、ひんしゅくを買ってしまった。

しかし、上記のように、結構本質的なことを言うので目が離せない。ここでは、彼は、日本の民主主義は未成熟で脆いと言っている。

まるで、私のような泡沫ブロガーや市民運動家のような発言である。

少子高齢化の問題と解決策

iTunesUの講義「人口減少社会を生きる」(2006)で東大の赤川学さんが言っていたが、私が日頃思っていること、つまり、

少子化が止まらない。政府施策何やっても無駄。少子化で最大の問題は高齢者の年金財源の枯渇(賦課方式の限界)年金は、多数の高齢者が反対するから民主主義では減額不可よって、この国は高齢者が突然全員年金を返納するか、民主主義をやめない限り、滅びる やれやれ。世代間格差ってなくならない。

赤川氏の話を聞いていて、よく言われている、女性が社会に出てはたらいている社会のほうが出生率は高いというのも、必ずしも正の相関関係が強いとはいえないことが分かり。

冷静に考えるとそうだろうなと。いったい、誰が好き好んで通勤電車に乗って働いて、夜は子育て家事をやりたいと思うか。こういう統計が出てくるのは、要するに、高齢者が牛耳る行政や政府与党にとって、女性も働いて貰いたい(働いて、年金を少しでも搾り取りたい)からだろう。

恣意的にそういうデータを出して、若い人たちを間違った、無理のある方向へ導くのはやめてほしものだ。

よる母親(まもなく65歳)に訊いてみた。「政府が、年金を減らすって言ったらどう思う?」

「怒る。暴れる」

なぜ? だって賦課方式で、年金を払う若い人の数も、給料も減っているのに?

「そんなのは知らない。とにかく、長い間、年金をもらえるということで払ってきたし、約束がある」

なんの約束?契約書でもあるの?

「それはないが、とにかく私の金なんだから」

これはすごい。リアルだった。改めて、年金問題の難しさを知った。母親がこうなんだから、もし有権者がこんなだったら、どんな政治家だって年金の話は引っ込めるだろう。年金の話は、いま、話題とするにはあまりにも得策じゃあない。

hp Pavilion Sleekbook14を買った

なんでかというと、これで経理やFPの仕事をしようと思ったから。外でやれるといいなと。
ウルトラブック系だとこれが初めてである。

薄くて軽い。素晴らしい。しかし、なんだろ、キーボードは打ちにくい。

Windows8とかいって、これである必要って全くないな。

ちなみに価格は大体3万強であった。驚いたのは、DVDがついていないこと。まああたりまえなんだが。

でも、こんな小さくて軽いのに、4メガメモリ、500GBハードディスク。いうことないな。

全損世代

東北大学大学院で加齢経済論、少子・高齢社会の経済分析が専門の吉田浩教授によると、いま、概ね40歳以下の世代は、負担が受益を上回り、純受益が生涯でマイナスとなる「全損世代」といっていいという(AERA 2013.1.28 27ページ)。

若い給与所得者は、税金や健康保険料、年金を天引きされる(収入の2割くらい)から自覚がない(ように制度設計されている)のだが、給料から引かれている金は将来戻ってこないということを肝に銘じなければならない。

いわば無痛で国家的詐欺にあっているようなものだ。政治家や政党は、自分たちが次の選挙でも受かりたいという私利私欲で、高齢者ばかりを優遇。数が少なく票に結びつかない若者への施策はインセンティブが働かず、しないまま。有権者の高齢化が進む民主主義社会の悪夢で、いまの日本の現実である。

「全損世代」は、高齢者以上に弱者である。マスコミや、世間の通り相場とは異なった、若者の惨めな相貌が厚生労働省がまとめた「所得再分配調査」(08年)から見えてくる。

30歳から34歳は、当初の所得471万円から税を払い社会保障を受給したあとに、所得はおよそ40万円減の429万円となる。ところが、65歳から69歳の高齢世代は当初所得の252万円が税と社会保障による再分配後には約200万円アップの451万円と増加し、しかも税負担もしながら子育てする30歳世代の429万円を超える。 若者は、子供をやっとの思いで育てながら、税金や社会保障コストを納める。高齢者は、そういうカネを再分配してもらい、若者よりも豊かに余生を過ごしている。政治家は、数が多い高齢者のために、公正さに欠いたこの歪んだ再分配を追認する。

若者よ、いまこそ立ち上がれ(ハハ、ハ‥)。じゃないや、座ってよう。シルバーシートで、立ち上がって高齢者に席を譲ってる若者がいるが、ドM? あと、立ち上がれ日本という、高齢者ばかりの政党があったけど、ある意味正しい。高齢者はいまこそ立ち上がって、若者に席を譲れ。

遺言どうやって残す?

財産が親(自分)に僅かでもあるのなら、ちょっとカネがかかる(信託銀行に遺言執行者になってもらう場合百万円以上)とはいえ、遺言を残し、信託銀行に「遺言執行者」になってもらうのが一番いいというのが私の結論である。

遺言の種類は三種類あるが、公正証書遺言を作って、そのなかで信託銀行を遺言執行者に指定する。このパターンは最もコストがかかるが、間違い無く確実で手間がかからない。最初に信託銀行にいって、頼めば、遺言書から何から何まで全部銀行で作ってくれる。こっちは作ってくれた書類に本人が判子を押しさえすればよい。

死んだあとの財産の確定や、計算、評価、分配には膨大な事務が発生する。事務が好きな人なら別だけれども、プロ(遺言執行者)に任せてしまったほうが楽でいい。

結婚したら、身分関係が変わる。他人が義理の親族になる。これは要するに、財産関係も当然に関わってくる。婿になったら、嫁になったら、いったい自分がだれから、どういう財産をのこしてもらえるのか、それが大体いくらなのか。

また、介護などで誰の世話を誰がすることになっているのか。その費用は支払われるのか。それとも家事と同じで、アンペイドワークなのか。その場合に、世話をしなかった、遠くに住んでいて音沙汰もない別の親族が遺産をもらって、(血のつながりがない)自分は一円ももらえなくても構わないのか?

結婚したらそういうこと、つまりは増える親の世話と財産のことを必ずよく考えて、法律的にがっちりしておけば、ものすごく嫌われるかもしれないが、トラブルにはならない。

前段で、嫌われるかもしれないと書いた。世話をだれにするのか。財産をどう分配するのか。将来、黙っていればおそらくは立場の弱い嫁に降りかかるであろうこのアンペイドワークや、遺産相続についての予防法務をしっかりしたほうがいいと言い出した人を毛嫌いする人がいたら、そいつこそが、将来、その財産についてトラブルを起こす人だと思って間違いない。予防法務を嫌う人、めんどくさいと思う人こそ、オルテガがいう、「権利ばかりを主張する(無能で怠け者の)大衆」その者である。

無知で怠慢で欲深い「大衆」から自分を守ってくれるのは、法律であり、自分で構築する合法的な法のフレームワーク(遺言書とか)である。

ただ現代は、親が終末期を迎えるはるか手前で、「大衆」である子が離婚するケースが増えている。自分の子供や…

JAとか公共施設の建物ばかりなぜ立派?

物心ついた頃から違和感をおぼえていたことの1つに、なぜ、公共施設の建物ばかりやたら立派なのかということだ。

警察署も、文化会館の類も、農協も、外装はタイル張りだったり、おしゃれな技巧を凝らしていたり、ガラス張りだったりする。

いったい個人でそんなコンクリートの建物を建てようものなら、何億円もかかるからあり得ないのである。

40歳になって思うが、こうした公共とか、農協、郵便局の類の建物がやたら立派なのは理由があることが分かった。日本独特の理由である。

それは、単年度予算とか、省庁の縦割りの弊害、土建偏重の政治がもたらした、公共部門の圧倒的な不効率である。金の使い方が間違っているのである。だから、そんな無駄なものにばかり税金が投入されて、しかもそのせっかくのお金は、無駄に使われることをほとんど宿命付けられているとすら言える。

恐ろしいことに最近では、金が足りないから、借金までしなければならい。金をドブに捨てるために、一部の保守層や特定業界団体のために、あるいは単に、「前例踏襲」ということ以外になんの理由のないことのために。

池田信夫氏が書いている(池田信夫blog part2「北欧はなぜ成功したのか」)。

アメリカやEUが不況から抜け出せないのに対して、北欧諸国が元気だ。上の図のように一人当たりGDPは世界の上位を占め、成長率も高い。その最大の原因は政府の効率性だ、とEconomist誌はいう。政府への国民の信頼度は高く、「政府を信頼する」と答えた国民の比率は50~60%とEU平均の2倍近い。

この一つの原因は政府が小さく、地方分権化されていることだ。人口が最大のスウェーデンでも900万人と大阪府ぐらいで、それがさらに小さな州にわかれて予算の独立性も高いので、国民は「足による投票」で地方政府を選べる。政府予算は公共事業や補助金ではなく所得の直接再分配に使われているので、負担と受益の関係がわかりやすい。 昨日も書いたけれども、秀才が集まるはずの東大を出たエリートが、国民から召し上げた税金をこぞって分捕り合いしていて、目も当てられないことになっている国。それが日本ということ。

私は、東大とか全然受からなかった。目指していたメディア企業もダメだった。でもここまで国民として、バカにされなければならない理由はないと思う。

土木官僚と小金井コンパス

高校時代の私の親友は非常に優秀で、東工大を出たあと国家公務員試験一種に合格し、官僚になった。

彼は大学でコンクリートについて勉強した。彼はいう。「コンクリートの耐用年数は50年ときまってる」

いま、笹子トンネルを始めとして、日本中のコンクリートの都市・交通インフラ構造物がどんどん壊れ始めている。

私は官僚の彼に問うた。どうなってるんだなんでこうなるんだと。耐用年数がわかっているのなら、なんで人が死ぬまで放置されてきたのかと。

そうしたら彼はこう言った。

「役人がみんな馬鹿だからに決まってるじゃん」

驚くべきことに、役人の日常は、決まりきった仕事を定時までに終えさえすればそれでよく、どこぞのコンクリートの耐用年数なんてまったく誰も気にしていないのである。

何か共産主義時代のソビエトのジョーク集を読んでいる気持ちになった。

そればかりじゃない。政権が変わり、時代もすっかり変わったのに、役人たちは旧態依然とした予算の分捕り合いに明け暮れ、やれ新しい橋だの道路だのを盛んに作るばかりで、首長も官僚のトップもひとりとしてメンテナンスだとか、国・地方の借金の問題など口にしない。そんなことを口にしたところで、いわゆる省益にもならないし、自分の次の選挙にもプラスにならない。

私たちの社会にとってプラスになりそうなこと、国民国家の幸福の持続可能性に関わるテーマは、いまの役人や政治家のあいだでは、「タブー」にすらなっているのである!

いったい、こんな日本て、終わってないか?

私が薄っすらとしかし確信として持ち始めていた、この「日本、終わってる」感は、高校時代の親友が土木官僚になってリアルな本音を聞くことができた今日、まさに正しかったことが証明された。

日本は構造的に、終わりが始まっている。これは間違いない。

ところで、なんでこうなっちゃったのかについて、私はこう考えている。

これは、ひとえに、戦後の日本で男が女性に家事労働(=アンペイドワーク、シャドウ・ワーク)を押し付けてもっぱら家に閉じ込め、男の自分だけがドヤ顔で自己承認欲求も満たされる「仕事」を独占してきたことの必然的な帰結だと。

もちろん女性も主婦の方が楽だし、いまもってなお、女性の「男に養ってもらいたい」願望は強いが、そんなんじゃまったくダメだ。そうした旧態依然とした父権家族への依存は、こんにちさまざまな統計データを見てもその…

驚くほど片付く!部屋の整理と捨てる技術

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今日は、驚くほど片付く、部屋の整理と捨てる技術と題して皆さんといっしょによりよい明日のために行動したい。

近年、一人暮らしの若者のあいだで、「ゴミ屋敷化」が広がって一部社会問題化している。部屋に入ると腰の高さまでゴミが積み重なっていて、その中で暮らしている若者をテレビの番組で見たことがある。

堆積物の内容は、インスタント食品のパッケージや、ペットボトル、新聞雑誌、書類、着なくなった衣類などである。つまり人間が生活していく上で必ず出てくるゴミの数々だ。書類のなかには必要な物もあろうが、そうしたものは財布に入れるなどしているから大丈夫だったりする。

テレビ番組では、ゴミ屋敷化する人たちにはある共通のきっかけがあると指摘していた。たとえば、あるゴミの日に分別を間違えて、管理人に注意されたり、何度かにわたりゴミを出し損ねているうちに収拾が付かなくなってしまう。そういうことに加え、仕事で失敗したり、恋人に振られたりすることが日常の雑事をやろうという気力をスポイルしてしまうとゴミ屋敷コース確定だ。

ゴミだらけの部屋の様子を急に見せられれば驚くが、中で暮らしている本人にしてみれば、昨日今日で急にそうなったわけではない。長い年月のあいだに、次第にそうなった。だからスッカリ慣れっことなっている。こうなると問題を解決しようという意欲もわきにくい。

また、自閉症の患者の一部には、一度手に入れた物を「捨てる」ということが、まったく出来ないケースも報告されている。私は医者でもない素人なので、なんという症状かも不明だし、そういうのが本当にあるのかは分からないが、そもそも人間は本能的に、一度自分の物になった物を奪われたり失うのは本能的に受け入れがたい、というのが自然で、それを整理したり捨てるのは、本能に逆らった営み、つまり理性を働かせてはじめて出来る、自制的行動といえる。

子供や、自制心に障害(セロトニン不足?)がある患者が、物を片付けられないのは何となくうなずける話だ。

さて、そういうことで私も家族に、自閉症とまではいかないが、子供とか、それっぽい同居人がいるため、常にゴミ屋敷化の危険を感じている。とにかく、子供も同居人も、私が物を捨てることにいつも強く、反対する。何を捨てようとしてもダメである。近年特に困るのは、熊本の実家から送られてくる、義父が趣味ではじめた焼き物や、好物と思って送ってく…