2013年4月21日日曜日

風邪と僕

大学でて、会社をやめた直接の原因は、私としては慢性咽頭炎の持病のせいだと思っている。

2ヶ月とか、3ヶ月に一回必ず喉が痛くなって熱が出て、1日とか2日寝こむ、そういう人生であった。

熱が出ないようにするには、四六時中マスクをする、喉を乾燥させない、手洗いうがいをたくさんする、十分睡眠をとる、日中のストレスを溜めない、体を冷やさないなど。これらと逆のことをすればすぐに喉が腫れる。

一番まずいのは、真夏の新幹線での長期の移動や飛行機など、極端に空気が乾燥しているところで、エアコンが寒い場合。重症になる。

朝起きると、関節が痛くて、喉もつばを飲み込むと痛い。それですぐに分かる。

人間のOSは、PCのそれみたいに規則正しくなんでも同じ事をきっちり繰り返すのに向いていないと思う。だから、風邪を引かない=喉を腫らさない方法はわかってはいるが、ついつい、ということがよくある。

ため息しか出ない。

2013年4月14日日曜日

ワークライフバランスを取り戻そう

まずはこのTEDのナイジェル・マーシュ「ワーク・ライフバランスの実現」をご覧いただきたい。



政府も、会社(魂の食肉処理場と呼んでいる)も、従業員のワークライフバランスの問題を解決しようなどとはまったく思っていない
ほとんどの人は、好きでもない人を感動させ、必要もないものを買うために、したくもない仕事に時間を費やして、絶望を叫びながら静かに暮らしている

真理を突く、刺激的な言葉にあふれた、瞠目すべき名講演だ。

今日たまたま日経新聞を見ていたら、日本のROE平均5~6パーセントは諸外国平均にくらべて低いから、これをもっと上げないといけないという。この議論は、何十年も言われ続けてきたが、日本の企業のROEは低いままである。ちなみに、ROEとは、Return on equity(自己資本利益率)のことで、株主が、その企業に投下した資本でもって、どのくらいの利益が上がったかを示す物。

株主が儲かったかどうか、しか表していない、悪魔のような指標である。共産党支持者でなくても、この指標が悪魔であることくらい、分かる。

株主が儲かったかどうか、その指標が、日本は低いから、諸外国並みの15とか20パーセントにしろよと、日経は叫び続けているわけだ。

株主にもうけさせるために出来ることと言ったら、従業員の給料を低く抑えて、たくさん仕事させるほかない。人口減少社会では市場そのものが縮小していて、もうけの最大の根源である売上を増やすことは現実的にむずかしい。だったら、費用を減らして利益を水増しする他はない。したがって、ROEは株主以外のすべての会社関係者を不幸に陥れる、悪魔の指標なのである。

日本の株主や企業経営者、日本株に投資しようとする外国人投資家の最大の関心事は、そういうわけで、ワークライフバランスの改善ではないことは自明である。

資本主義というイデオロギーが、自分の延命と権益の拡大のために、猛威をふるっている。確かに、他のイデオロギーがここ数十年のあいだに相次いで破綻し、この資本主義がまだマシという形で残る唯一のイデオロギーでは、ある。しかし、人々が忙しすぎてセックスをしなくなり、子供も産まなくなって市場がドンドン小さくなる。途上国は途上国で、昔みたいに帝国主義的に、勝手に入っていって物を売りつけるわけにも行かない。

気をつけないと、巻き込まれて人生が台無しになってしまう、黄昏の資本主義時代に生きる、私たちのワークライフバランスの話である。

2013年4月8日月曜日

ハンス・ロスリングと魔法の洗濯機では出て来なかった論点

洗濯機を使えるのは世界70億人のうち20億人。20億人の「Washing machine line」より上にいる人は、洗濯物の手洗いという重労働から解放され、図書館へ行って本を読んだり、語学を勉強したりする時間が手に入った。



私は幸い、ハンス先生の言うWashing machine lineより上の20億人のグループに含まれるから、洗濯物を手洗いする労働は免れている。

しかし、ハンス先生も気が付かない(というかこのプレゼンからは割愛されている)、まだ残されている労働というのがある。今、このブログを書いているのは深夜1時半。台所のシンクには、6時間ほど前に家族がとった夕食の食器の洗い物がそのままの状態で残っている。

ブログを書き終わるまで、洗い物は片付かない。なぜなら洗い物担当は私だから。洗い物のメインの部分は幸いにして食器洗い機がやってくれる。しかし、食器洗い機に入らないものや、前に使った食器を食器洗い機、ちょっと待って、大事だから箇条書きにしよう。

  • 食器洗い機に入れる前の下洗い
  • 食洗機の中にある前に洗ったものを取り出す
  • 取り出した食器を食器収納棚へ分類収納する
  • シンク周辺の清掃
  • ゴミ出し
  • ゴミ箱のビニール袋の交換
  • 台拭きの消毒
  • 食器洗い機に入らない大きな調理器具や哺乳瓶を洗う
こうしたことが、いま私がブログを書くことに時間を費やしているから、まったく手付かずのまま。しかも時間は深夜1時半。

洗濯機もそうなのだが、確かに洗濯機が登場したから、手で洗濯物を洗わなくても済んだ。しかし、洗濯機に洗濯物を入れたり、出したり、乾燥機にかけていいものとダメなものを仕分けしたり、ダメなものは外に干したり、乾いたら乾燥機から出してたたんだり、それを分類して収納する手間は残っている。

洗濯機(食洗機も)は、膨大な化石燃料を消費するのだが、その割には、述べてきたように付随する細かい労働が残る。じつは、洗濯機は失敗なんじゃないか? もちろん手洗いに戻るのはありえないのだが、洗濯機で終わってはダメな気がする。失敗というより、途上であることは間違いない。洗濯機よりももっと進化した、エネルギーを消費しない別の発明がなければ人類はダメだろう。

洋服や食器を、出して使って洗ってしまうというこのサイクル自体を見直すというのはどうか? 洗濯機も食器洗い機も不要になる。洋服の代わりに、裸の状態で表面に、特殊な塗料をスプレーで吹きかけると、洋服と同じ効果が得られるというのはどうか? メイクと同じで、夜風呂で落とせば良い。

食器は、宇宙食のように全部チューブで吸う感じはどうだろうか。歯ごたえや歯ざわりは殆ど無いのだが、温暖化対策が急がれるこの際、それは諦めよう。調理したものをすべて、惣菜ごとにミキサーにかけて、そのミキサーから出ているチューブに口をつけて吸えばいい。複数の家族がいる場合は、自分専用のチューブを持っていて、それをミキサータンクにその都度付け替えて使う。洗い物は、そのチューブだけとなる。

一食に係る時間も短縮されて、あまった時間は読書や語学の習得、ブログ書きに使える。

このブログの使命

アホの自民党総裁、安倍が憲法96条を変えるといっている。目的は、軍事国家化して徴兵制を復活し、強大化する中国に対抗しようとしたいんだろう。

いま、若者や女性がおかれている、先進国とはとうてい言い難い就労機会の不平等や賃金格差状況は置いておいて、まずは憲法の改正要件を緩和して、為政者の好きなように社会や国の仕組み、構造を変えやすくすることに邁進する様は、見ていてこの上なく不安にさせられる。

元東京大学教授で憲法学者の故芦部信喜氏は、憲法には高度の「安定性」と政治・経済・社会の動きに適応する「可変性」が不可欠だとしたうえで、この相互に矛盾する要請に応えるために考案されたのが「憲法の改正手続きを定めつつ、その改正の要件を厳格にする」という硬性憲法の技術なのだと説明している(「憲法」第三版、岩波書店)。

簡単に変えられないからこそ憲法なのだが。

とにかく私はいいたいのは、地方の都会への依存体質、女性に家事育児を押しつけて男は非効率的な仕事人間化する傾向、空気を読みすぎて個性が発揮されず全体で撃沈されたがる大政翼賛玉砕体質、こういう馬鹿な日本の社会そのものを一刻も早く、法律で変えてもらいたい。

具体的には、

  • 過疎や限界集落に住んで医者がいないとか上下水道が更新されないなどと不平をこぼす地方の老人たちは、ある程度まとまって住んでいただく集住を促す法律。
  • 女性が子供を産んだら必ずベビーシッターを政府の金で雇うなどして、いわゆる待機児童を絶対にゼロにする法律。
  • 道徳で国を敬う心をかん養するとかの妄言ではなく、シンガポールみたいに生徒にスマホを配ってIT教育を加速させる法律。
  • バブルの懸念を有無だけで実体経済に影響し無さそうな金融緩和のために国債を増発することを禁じる法律。
  • 未来がない、破綻が分かっている年金制度を賦課方式から積立方式に変える法律。
  • 民放テレビ放送のようなバカをバカのまま置いておき国力を削ぐような寡占の政官癒着産業を、シノドスとか文化系トークラジオlife、agola、ニコニコ動画のようなメディア巧者に開放して、放送の質を高める法律。
  • 全国の裁判所からさんざんドつかれてるのに一向に変わる気配のない一票の格差を是正する法律


考えればいくらでもまともな法律は出来そうなのに、考えない安倍のバカは、もっとも悪質で醜悪な憲法改正に邁進している。自民党結党以来の悲願とかいって、まさに悪夢だ。まったくもって同調しがたい。

このブログの使命は、そういえば護憲だった。

2013年4月6日土曜日

正しい育児と仕事の両立とは

私は男、それも1972年に東京で生まれて早稲田大学を卒業していったんサラリーマンにもなった40歳だが、毎日5時間以上、4人の子供の世話や家事に明け暮れている。

幸い妻も私も家で仕事しているいわゆる「サンチャン企業」(父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん?、要するに身内だけの家族経営の会社)であり、母親の援助もあるためなんとか回っている。

今日NHKスペシャルでは女性の仕事と子育ての両立の問題をテーマとする視聴者参加型の討論番組をやっていた。出演していた論者のうち最も心を惹かれたのは批評家の宇野常寛の意見である。

  • 隠蔽されている真実として、男性は保守的なジェンダーに従って、子育て育児は女に押し付けておけば良いと本音では思っている
  • 社会のOSが時代に合わなくなっている
  • 誰もが仕事と子育てを両立できるほど高い意識を持っているわけじゃない。むしろほとんどの、そうした高い意識を持っていない人たちの子育てを社会がサポートするべき
  • 核家族では子育てと仕事の両立は完全に不可能。無理ゲー(攻略不可能のゲーム)になってる。
  • 政策を具体的にどう変えるか、制度をどう作っていくかの議論がないと、こういうたぐいの番組は不毛で意味が無い(悲惨な事例を見て隣の芝は青い的幸福感を得て、意識の高い人を見て無理だと安堵する現状追認で気持ち良い視聴感だけで不毛、予想通そうなった)
  • 女だけに都合よく子育て育児を押し付けてきた結果が少子化。
常々、興味があって彼の雑誌など購読してきたが、今日はほんとうに素晴らしかった。彼は、30歳の独身にもかかわらず、社会のおかしな状況をきわめて的確に、鋭く、それでいて弱者に優しい視点で見据えている。これからも応援したい。

このあと私は、家事育児とはどんな労働かを、現場から報告したい。一言で言えば糧なき一次産業のようなもの、雪かきのようなものだろう。日々、口からたべものを入れて下から出すばかりの生命としての営みを続ける細胞分裂する個体、その健康と衛生、幸せな発育を(理解も納得もできないままに上の世代から無理やり押し付けられた)「親の義務」で担保しなければならない。

この日本で子を産むなんてことは、もはや戦時中の「特攻隊」に志願するほどのトンデモを極めた不条理といってよい

ここで、子供を育てるのは親の責任だ、と私が感じていると読者が受け取ったら大間違いである。私は生まれてこの方、軽い自閉症(自閉症スペクトラム障害)であり、世の中の空気を読むことは一切できない。だから、よく、世間では女が子供を育てるべきという空気があるとか、当のお母さんが言っていたりするが、そんな空気はまったく感じないで済んでいる。感じないが勝だろう、そんな有りもしない「空気」など。

番組の意図は、たぶんこうだろう。世の中のお母さんは、保育園にも子供を入れられず、大変苦労して育てている。育休から復帰したら、いじめにあうケースすらある(わざわざ再現ドラマで報告)。だから、これからも、どうせ世の中変わらないんだから、せいぜい頑張って家事育児あるいは、パート労働で満足すれば良いと。

しかしそうは問屋がおろさない。私は、子供を産んで、育ててみて、まったくもって仕事との両立などできないし、そうした概念自体がおかしいと思っている。私の人間本来の正しい育児と仕事の両立のイメージは次のようなものである。

朝、お父さんが私服で、そのまま子供をおぶって電車で会社に行く。社内を見渡すと、床や机の上をウロウロする子どもたちであふれている。会議や、電話応対時、プレゼン中も、子供の泣き叫ぶ声や、オムツ替えの時の排便臭はあたりまえ。もちろん、会社の備品類は子供の落書きや破壊行為でぼろぼろだ。

昼の食事はもちろん、子どもと一緒。子供は、見晴らしの良いテーブルの上が大好きだから、食事中はテーブルの上に子供が土足で乗り、食べ物をまき散らし放題となる。独身で子供がいない社員は、汚れたテーブルを拭くのに忙しくて、自分が食べる時間はまったくなくなる。ちなみに当の親は、その子供の口に、スプーンで一匙一匙、食べ物を運ばないといけないので、まわりの清掃は独身の子なしの社員(イクジなしbyデーブ・スペクター)か、子育て終了したジジイの幹部社員たちが奴隷のように床に這いつくばってやる。

つまり、育児していない男性は、社内で、ほかの社員の子が食事中はもっぱら雑巾をもってひたすら床にこぼれた汚物を拭いたり、水を運んできたりするばかりで、自分たちは満足に食事も取れなくなる

こうなると、低学歴でキレやすい若者や、逆に高学歴過ぎてプライドが高い「職業人」は、仕事などやめて専業主婦になりたいと思うようになるだろう。しかしもう手遅れ。すでに専業主婦は存在しない世の中だ。

営業先にも子どもと一緒。駅員や、スーパーのレジ打ち、レストランのウェートレスも子供を背負ったり、傍らの乳母車に載せているからどうしても雰囲気が緩む。クレームを言おうにも子供が泣いているとうるさくて話にならなくなるので、クレーム自体が成り立たず、社会から、ギスギスした雰囲気は一掃される。

電話、それもピカピカ光るボタンがたくさんついたビジネスフォンが大好きな子供は、オフィスの電話をいつもいじくるから、妙な間違い電話が激増する。そうした電話を受けたら、子供だと思って、あれあれー、誰でチュカー?パプパプなどと老若男女問わず、おどけないといけない。下手に怒鳴って泣かれでもしたら虐待になってしまう。

製造現場では、できたばかりの製品を子供がさわろうとするので、親や周りの手の空いた社員は目を離せない。製品以外に注意を向けるべく、おどけてアヤしたり、それはダメーっと笑顔で絶叫したりして、子供を大切な製品から話さないといけない。つまり、男であろうと女であろうと、仕事している以上、子育てせざるをえないのがむしろあたりまえなのだ。

つまり、私が言いたいのは、子育てと仕事を分けるという発想自体が間違っているということだ。仕事の話、いわゆる子供を排除するオフィス空間など、男がオナニーするための場所以外の何物でもない。男のマスターベーションは、体面上女性や子供に見せるわけにいかないから、女子供に従前排他的だった。しかし、先進34カ国中、生産性が19位だったり、今家にいる女性が労働市場に戻ればGDPを4%押し上げるといった数字でもって、男だけの職場が、仕事でもなんでもない、馬鹿げた効率の悪いオナニー空間、とんでもないサボり劇場だってことがバレてしまったいま、一刻も早く、職場に子供と女性を戻さないとたいへんな事になる。

私は、サラリーマンを7年経験しているからこそ、どれだけ、会社での男の働きぶりが、効率が悪くて、サボっていて、自己中心的で、自己欺瞞的・自己顕示的で横柄で排他的か知っている。きわめて、精神に不健康な状態、それが日本の男性正社員の状況だ。

これを変えるためには、子供、それも3歳未満の、ほとんど垂れ流しのとんでもなく手がかかる乳幼児を、率先して職場に持ち込んで、育児と仕事を同時同場所で進行しなければならない。これこそ、仕事と子育ての両立といえるだろう。

さて、こういう状況になると、困るなーと思うのは誰だと思うか? こういう状況で困るのは、持分会社の所有者、つまり会社の株式の所有者だ。

先日、アベノミクスの一環で、日銀の総裁が金融緩和という、後先顧みないバブリーな禁じ手をつかって、株価が見事に上がった。テレビに写った、株価が上がって喜ぶ街の株式投資家らしい高齢のジジイたち。ああいう株主たちこそ、すべての日本の、株をまったく持っていない給与所得者やその配偶者、すべてのこれから生まれるあるいは現に生まれた子が決闘しなければならない、悪の本質である。

老後が心配な悪魔の株式投資家のジジイ、ババアらは、株さえ上がればいいと思っているから、その企業の女性従業員や、育児したいパパが、早く家に帰りたいとか、子供を会社で面倒みたいなど言語道断だ。なぜならそんなことを許せば、持っている会社の業績は下がるだろうし、そうなれば自分の財産価値も目減りしてしまう、と思い込んでいる(バカの壁=自分の思い込みを正しいと思って、他人の意見に耳を貸そうとしない傾向)。

高齢の株主※たちこそ、今の子育て環境を激悪なものとしている究極の原因そのものにほかならない。即刻、日本から駆逐しないと、日本の未来はない

株主たちは今すぐ、持っている株を全部、オンナコドモのために寄付して自殺してもらいたい。自殺さえすれば、心配な老後も消えてなくなる。一石二鳥だ。私が、このNHKの番組に出ていたらそう強く訴えて玉砕していたに違いない。

まあこれは現実的ではないので、現実的な戦略を言おうか。古臭いかもしれんが、株主たちは、利害は一致している。従業員を絞り尽くして自分たちの富を増やす、配当を増やす、株価を上げる。これだけだ。だから、従業員もまた、一致団結してこれに対抗すればいい。

その方法は?

前述したとおり、生まれて数ヶ月の赤ん坊を、ジジイ(粘土層by白河桃子)のオナニー臭漂う臭い都心のオフィスへ連れて行って、幼子のゲロ、糞尿、涙、泣きわめき声、インフルエンザやノロウイルス入りのクシャミ鼻水をまき散らしてもらえばいいだけ。まったく簡単で、しかもその行動を起こすのに必要なのは産んだ自分の子供だけ。保育園などの預け先を探す必要は全くない。

そうしたら、ジジイたちはさすがに空気を読んで、株主に言いなりのバカな経営者になにかいうかもしれない。

私たちは、空気を読む必要は全く無く、上述の子育てと仕事を両立すれば良いだけ。空気読んだら負けだし、間違った空気は一掃しないといけない。

※株主の多くは、本当はジジイではなく、機関投資家という、銀行や生命保険会社、年金基金である。だが、機関投資家も、高齢の金持ち高齢者と利害は同じであり、企業に赤ん坊を連れて来られては困るという点で一致している。つまり我々の敵である。今の若い世代のいったい誰が、銀行にたくさん預金をし、高い生命保険や養老保険で安心を買い、満足な老後を夢見られる年金を支出できているのか。まったくイヤしないだろう。機関投資家もまた、株主ジイイたちもろともいますぐ死ねばいい。

先進国の実体経済行き詰まるなか何を学ぶか

私が最近、非常に共感できるなと思って読んだブログの記事は次の2つ。

異次元の金融緩和とその行き先・辻元氏
不都合な真実から目をそらさない勇気を持とう・辻元氏
少子化って何?・池田信夫氏

私はそもそも、大学を出て、せっかくこれだけ勉強したのに、なんでこんな馬鹿げた通勤電車に乗って、一生を馬鹿げた消費財メーカーの正社員で終わらないといけないのかがきわめて不条理に思えた、そういうクチである。

会社に勤めると、同じフロアには、自分の父親と同じかそれ以上の高齢者員が机を並べて仕事している。彼らの肩書きは一応年功序列なので課長とか部長とか、本部長とか常務だったりするが、若い女性社員にお茶を淹れてもらって、朝から新聞を読んでいるさまは、田舎のひなびた日用品店の、ホコリをかぶった商品陳列棚にならぶ、期限切れの缶詰や、パッケージデザインがひと世代前のティッシュペーパーなどとと変わらない。しかも彼らの学歴は一応、明治大学とか、慶応大学、早稲田などを出ているにもかかわらず、である。

カネをかけて一流大学でたのに、しょぼいメーカーのサラリーマン、定年でハイ左様なら、的な、いてもいなくても分からないような人生は私には耐え難かった。そういう人生になるのは、絶対に嫌だと思ったわけだから、すぐに辞めて、まもなく20年。

上記のブログ記事のように、何やってももうこの先進国の経済はダメだと、高齢者がマジョリティーを握る失敗を宿命付けられた民主主義も黄昏れている。かといって、それ以外のイデオロギーはとっくの昔に有効性を失い、世界は漂流をはじめているかのようだ。

私はこれからの希望は、生活のさまざまなコストや手間をシェアすることを通じた、コミュニティーベースの、人々の相互包摂ではないかと思いはじめた。もちろんヤマギシズムみたいな共同生活ではなく、そういうふうな、アイデンティティー全部を思考停止するんではなく、どうしても避けられない食事を作るとか、片付けるとか、掃除をするとか、そうした作業をシェアしてあとは一人ひとりが自分の思考を深めたり技量を高めたりするような、そういう世界がいいと思う。

そして、若い人にイチバン薦めたいその技量の具体例は次の2つである。
  • ITリテラシー
  • 簿記3級レベルの経理と税・社会保険についての一般的な知識の習得
この2つの能力が身につけられれば世の中を見る目がだいぶ変わると思う、というか私自身は変わりましたとさ。

他にも、学びたいことがあれば無料で学ぶチャンスはある。何を学べばいいか迷ったなら、「裸足の学校」をのぞいてみよう。

cf. TED バカー・ロイ Learning from a barefoot movement 「“裸足の学校”から学べること」
カーン/アカデミー Khan Academy