正しい育児と仕事の両立とは

私は男、それも1972年に東京で生まれて早稲田大学を卒業していったんサラリーマンにもなった40歳だが、毎日5時間以上、4人の子供の世話や家事に明け暮れている。

幸い妻も私も家で仕事しているいわゆる「サンチャン企業」(父ちゃん、母ちゃん、兄ちゃん?、要するに身内だけの家族経営の会社)であり、母親の援助もあるためなんとか回っている。

今日NHKスペシャルでは女性の仕事と子育ての両立の問題をテーマとする視聴者参加型の討論番組をやっていた。出演していた論者のうち最も心を惹かれたのは批評家の宇野常寛の意見である。

  • 隠蔽されている真実として、男性は保守的なジェンダーに従って、子育て育児は女に押し付けておけば良いと本音では思っている
  • 社会のOSが時代に合わなくなっている
  • 誰もが仕事と子育てを両立できるほど高い意識を持っているわけじゃない。むしろほとんどの、そうした高い意識を持っていない人たちの子育てを社会がサポートするべき
  • 核家族では子育てと仕事の両立は完全に不可能。無理ゲー(攻略不可能のゲーム)になってる。
  • 政策を具体的にどう変えるか、制度をどう作っていくかの議論がないと、こういうたぐいの番組は不毛で意味が無い(悲惨な事例を見て隣の芝は青い的幸福感を得て、意識の高い人を見て無理だと安堵する現状追認で気持ち良い視聴感だけで不毛、予想通そうなった)
  • 女だけに都合よく子育て育児を押し付けてきた結果が少子化。
常々、興味があって彼の雑誌など購読してきたが、今日はほんとうに素晴らしかった。彼は、30歳の独身にもかかわらず、社会のおかしな状況をきわめて的確に、鋭く、それでいて弱者に優しい視点で見据えている。これからも応援したい。

このあと私は、家事育児とはどんな労働かを、現場から報告したい。一言で言えば糧なき一次産業のようなもの、雪かきのようなものだろう。日々、口からたべものを入れて下から出すばかりの生命としての営みを続ける細胞分裂する個体、その健康と衛生、幸せな発育を(理解も納得もできないままに上の世代から無理やり押し付けられた)「親の義務」で担保しなければならない。

この日本で子を産むなんてことは、もはや戦時中の「特攻隊」に志願するほどのトンデモを極めた不条理といってよい

ここで、子供を育てるのは親の責任だ、と私が感じていると読者が受け取ったら大間違いである。私は生まれてこの方、軽い自閉症(自閉症スペクトラム障害)であり、世の中の空気を読むことは一切できない。だから、よく、世間では女が子供を育てるべきという空気があるとか、当のお母さんが言っていたりするが、そんな空気はまったく感じないで済んでいる。感じないが勝だろう、そんな有りもしない「空気」など。

番組の意図は、たぶんこうだろう。世の中のお母さんは、保育園にも子供を入れられず、大変苦労して育てている。育休から復帰したら、いじめにあうケースすらある(わざわざ再現ドラマで報告)。だから、これからも、どうせ世の中変わらないんだから、せいぜい頑張って家事育児あるいは、パート労働で満足すれば良いと。

しかしそうは問屋がおろさない。私は、子供を産んで、育ててみて、まったくもって仕事との両立などできないし、そうした概念自体がおかしいと思っている。私の人間本来の正しい育児と仕事の両立のイメージは次のようなものである。

朝、お父さんが私服で、そのまま子供をおぶって電車で会社に行く。社内を見渡すと、床や机の上をウロウロする子どもたちであふれている。会議や、電話応対時、プレゼン中も、子供の泣き叫ぶ声や、オムツ替えの時の排便臭はあたりまえ。もちろん、会社の備品類は子供の落書きや破壊行為でぼろぼろだ。

昼の食事はもちろん、子どもと一緒。子供は、見晴らしの良いテーブルの上が大好きだから、食事中はテーブルの上に子供が土足で乗り、食べ物をまき散らし放題となる。独身で子供がいない社員は、汚れたテーブルを拭くのに忙しくて、自分が食べる時間はまったくなくなる。ちなみに当の親は、その子供の口に、スプーンで一匙一匙、食べ物を運ばないといけないので、まわりの清掃は独身の子なしの社員(イクジなしbyデーブ・スペクター)か、子育て終了したジジイの幹部社員たちが奴隷のように床に這いつくばってやる。

つまり、育児していない男性は、社内で、ほかの社員の子が食事中はもっぱら雑巾をもってひたすら床にこぼれた汚物を拭いたり、水を運んできたりするばかりで、自分たちは満足に食事も取れなくなる

こうなると、低学歴でキレやすい若者や、逆に高学歴過ぎてプライドが高い「職業人」は、仕事などやめて専業主婦になりたいと思うようになるだろう。しかしもう手遅れ。すでに専業主婦は存在しない世の中だ。

営業先にも子どもと一緒。駅員や、スーパーのレジ打ち、レストランのウェートレスも子供を背負ったり、傍らの乳母車に載せているからどうしても雰囲気が緩む。クレームを言おうにも子供が泣いているとうるさくて話にならなくなるので、クレーム自体が成り立たず、社会から、ギスギスした雰囲気は一掃される。

電話、それもピカピカ光るボタンがたくさんついたビジネスフォンが大好きな子供は、オフィスの電話をいつもいじくるから、妙な間違い電話が激増する。そうした電話を受けたら、子供だと思って、あれあれー、誰でチュカー?パプパプなどと老若男女問わず、おどけないといけない。下手に怒鳴って泣かれでもしたら虐待になってしまう。

製造現場では、できたばかりの製品を子供がさわろうとするので、親や周りの手の空いた社員は目を離せない。製品以外に注意を向けるべく、おどけてアヤしたり、それはダメーっと笑顔で絶叫したりして、子供を大切な製品から話さないといけない。つまり、男であろうと女であろうと、仕事している以上、子育てせざるをえないのがむしろあたりまえなのだ。

つまり、私が言いたいのは、子育てと仕事を分けるという発想自体が間違っているということだ。仕事の話、いわゆる子供を排除するオフィス空間など、男がオナニーするための場所以外の何物でもない。男のマスターベーションは、体面上女性や子供に見せるわけにいかないから、女子供に従前排他的だった。しかし、先進34カ国中、生産性が19位だったり、今家にいる女性が労働市場に戻ればGDPを4%押し上げるといった数字でもって、男だけの職場が、仕事でもなんでもない、馬鹿げた効率の悪いオナニー空間、とんでもないサボり劇場だってことがバレてしまったいま、一刻も早く、職場に子供と女性を戻さないとたいへんな事になる。

私は、サラリーマンを7年経験しているからこそ、どれだけ、会社での男の働きぶりが、効率が悪くて、サボっていて、自己中心的で、自己欺瞞的・自己顕示的で横柄で排他的か知っている。きわめて、精神に不健康な状態、それが日本の男性正社員の状況だ。

これを変えるためには、子供、それも3歳未満の、ほとんど垂れ流しのとんでもなく手がかかる乳幼児を、率先して職場に持ち込んで、育児と仕事を同時同場所で進行しなければならない。これこそ、仕事と子育ての両立といえるだろう。

さて、こういう状況になると、困るなーと思うのは誰だと思うか? こういう状況で困るのは、持分会社の所有者、つまり会社の株式の所有者だ。

先日、アベノミクスの一環で、日銀の総裁が金融緩和という、後先顧みないバブリーな禁じ手をつかって、株価が見事に上がった。テレビに写った、株価が上がって喜ぶ街の株式投資家らしい高齢のジジイたち。ああいう株主たちこそ、すべての日本の、株をまったく持っていない給与所得者やその配偶者、すべてのこれから生まれるあるいは現に生まれた子が決闘しなければならない、悪の本質である。

老後が心配な悪魔の株式投資家のジジイ、ババアらは、株さえ上がればいいと思っているから、その企業の女性従業員や、育児したいパパが、早く家に帰りたいとか、子供を会社で面倒みたいなど言語道断だ。なぜならそんなことを許せば、持っている会社の業績は下がるだろうし、そうなれば自分の財産価値も目減りしてしまう、と思い込んでいる(バカの壁=自分の思い込みを正しいと思って、他人の意見に耳を貸そうとしない傾向)。

高齢の株主※たちこそ、今の子育て環境を激悪なものとしている究極の原因そのものにほかならない。即刻、日本から駆逐しないと、日本の未来はない

株主たちは今すぐ、持っている株を全部、オンナコドモのために寄付して自殺してもらいたい。自殺さえすれば、心配な老後も消えてなくなる。一石二鳥だ。私が、このNHKの番組に出ていたらそう強く訴えて玉砕していたに違いない。

まあこれは現実的ではないので、現実的な戦略を言おうか。古臭いかもしれんが、株主たちは、利害は一致している。従業員を絞り尽くして自分たちの富を増やす、配当を増やす、株価を上げる。これだけだ。だから、従業員もまた、一致団結してこれに対抗すればいい。

その方法は?

前述したとおり、生まれて数ヶ月の赤ん坊を、ジジイ(粘土層by白河桃子)のオナニー臭漂う臭い都心のオフィスへ連れて行って、幼子のゲロ、糞尿、涙、泣きわめき声、インフルエンザやノロウイルス入りのクシャミ鼻水をまき散らしてもらえばいいだけ。まったく簡単で、しかもその行動を起こすのに必要なのは産んだ自分の子供だけ。保育園などの預け先を探す必要は全くない。

そうしたら、ジジイたちはさすがに空気を読んで、株主に言いなりのバカな経営者になにかいうかもしれない。

私たちは、空気を読む必要は全く無く、上述の子育てと仕事を両立すれば良いだけ。空気読んだら負けだし、間違った空気は一掃しないといけない。

※株主の多くは、本当はジジイではなく、機関投資家という、銀行や生命保険会社、年金基金である。だが、機関投資家も、高齢の金持ち高齢者と利害は同じであり、企業に赤ん坊を連れて来られては困るという点で一致している。つまり我々の敵である。今の若い世代のいったい誰が、銀行にたくさん預金をし、高い生命保険や養老保険で安心を買い、満足な老後を夢見られる年金を支出できているのか。まったくイヤしないだろう。機関投資家もまた、株主ジイイたちもろともいますぐ死ねばいい。

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