ニートの護憲と小さな現金商売

ニート、つまりどこからも雇われていない、学校にも通っていないそういう風にレッテルを貼られた人々が、過去最高に達したというニュースを聞いた。

私は、今の世の中、働けばブラック企業や気疲れ、学校に行けばいじめや借金苦(高い学費を払っても得られる技能はなく、就職もむずかしい)と、ろくなことにならないわけだから、むしろニートは生存本能的には正しい選択だと彼らを高く評価・支援したい。

高齢の親は、既得権益や数の論理で得た手厚い社会保障のおかげで、ぬくぬくと暮らしているのだが、家にいる子供に「何とかしろ」みたいなプレッシャーを与えがちだ。ところが、法律では、まずはニートの生計は同居の親が面倒見ないといけないことになっている。したがって、親がなんと言おうと、法律に書いてあるんだから、ニートは後ろめたさなど一切覚える必要・道理はなく、親に堂々と甘えなければならない。

ニートは、働いていないし、教育機関に通っているワケでもないことから、「家で何もしていない人」と思われがちだ。しかし、これは完全に間違っている。なんにもしていないわけがない。いろいろしている。

たとえば、というか、彼・彼女らはもちろん、生活している。朝(夕方)起きて、食事をし、コンビニ行くかもしれないし、DVD借りにレンタルビデオ店へ行くかもしれないし、ブックオフに行くかもしれない。もちろん、ネットを見る。したがって、水道光熱を消費する。そして、親が作った飯を食べて、排泄をする。ニートは、ニートである前にまさに生活者であり、消費者である。つまり、ニートは何もしていないのではなく、消費して生活をする納税者である(ただし消費税)。

したがって、私たちは、不作為を理由にニートを軽蔑するのは間違っている。

ここで、ニートに提案したいことがある。豊かに暮らして幸せになるべく、次のような実践をしてみてはどうか。

というか、その前に、貧しくて不幸せな人生というのはどんな人生なのかを考えてみたい。ところがこれはむずかしい。よく言われているように、不幸は不幸の数だけある。それに対し、幸せの姿は、ひとつしかない。結婚して、暮らすのに困らない金を稼ぎ、健康に暮らして人生をまっとうすることだ。

では本題に戻り、ニートが幸せになれる国を目指す私の提案を聞いて欲しい。

まず、憲法改正には絶対に反対しなければならない。バカげた自民党は新自由主義といって、とにかく政府に金がないから、弱者、若者に金が行かないよう気を配っている。彼らを国政に送り出しているのは、田舎の高齢者であり、ニートなんてもってのほかだと目くじらを立てている連中だ。そいつらの魂胆通り、憲法変えられれば、まずニートの幸福は絶対に担保されなくなる。

ニートはまず憲法改正に反対すべきというのは、唐突かもしれないが、息をしたり、生活したり、ネットで好き勝手書いたりできているのは憲法があるおかげなので、これは忘れないことだ。

つぎに、現金でもらえる小さな商売をはじめてみよう。客は、企業ではなく個人がいい。たとえば、子供の世話や、勉強を教えたりする。野菜を育てて、販売してもいい(ただし、最近いきなり呼び鈴を押してくる押しつけがましい「青森から来た八百屋なんですが、リンゴいかがですか」とか、白々しく笛を吹いて豆腐を売るあの連中になるのはダメだ)。パソコンを直してあげるのもいい。
現金で小銭をもらう商売は、漁民農民と同様、税務当局が所得を把握するのは極めてむずかしい。これはどういうことか? ニートの幸せと、どんな関係があるのか。じつは、護憲のほかに、税金や社会保障費を負担しないというのもニートの作法として重要だ。

もちろん、こう考える人もいるかもしれない。すなわち、「税金や社会保障費は、国民が当然負担すべきだし、働きもせず金がないからとこれら義務を果たさないのは、恥ずかしいことだ、非国民だ」と。じつはこういうふうに考える人こそ、日本では多数派である。しかし、こういう多数派は、いざ、グローバル経済とか、ITの進展であっさり仕事を奪われると、行き場を失って自殺してみたり、生活保護が恥ずかしいからと飢え死にしたり、妻に愛想を尽かされて熟年離婚を言い渡され、さみしく公共図書館で昼寝し、最後は孤独死するタイプに他ならない。これは、政府与党や官僚、大金持ちからすれば、まさに理想的な奴隷だ。こういう奴隷ばかりなのがこの日本であり、ニートはダメというのは、じつはこうした奴隷根性から来るルサンチマンに満ちた思想なのである。

あなたが若者で、もし、ニートに対して批判的な考えを持っていたら、十分注意したほうがいい。すでにだいぶ奴隷になっている危険がある。(もっぱらブラック企業で)働いて、納税する、義務は果たす、それは憲法に書いてある国民のやらないといけないことである。私は、この部分を否定する者ではない。そんなことは、言っていないし、どうでもよいことだ。憲法にそう書いてあるんだからどうこういったってはじまらない。そうではなく、これが出来ない人たちを恥ずかしいとか、やれニートだなんだと批判的なことを考えてはいけないということである。さっきもいったが、ニートは若者が生き延びるひとつのスタイルであり、サバイバル術なんだから。

ニートがそのまま幸せになるため、したがって、納めることのできない税金や社会保障費は納めない。それ以上でもそれ以下でもない、ここでストップする心構えを持つべきである。

ちなみにニートは結婚して子供を産むと、さらに税金や社会保障費を節約できる。子供が何人いるかによって、給与所得控除額が変わってくるし、児童手当などももらえる。夫婦でニートだと、社会的インパクトは(負の方向に)大きい。

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