2013年7月30日火曜日

今日からTPP反対

不勉強だった。私はこれまで、日本の食料品がクソ高いのは関税で安い食料品が国内のマーケットに出回らないようになっているから、その関税障壁をTPPで取っ払って、一刻も早く食料品の価格を下げてもらわないともう私の家計は厳しいと思っていた。

しかし以下の動画、米国市民団体によるTPPの恐るべき真実を見て考えを改めざるをえない。


TPPはこの市民団体によれば、「企業による世界統治」ということである。「オキュパイ運動に対する1%の反撃」とも言った。

護憲の立場からも、TPPのように国内法のせいで特定企業の利益活動が損害を受けた時に、その国は損害賠償をする責任を負うみたいな企業のみを利するお伽話が入っているとなれば絶対に許すことはできない。

極端な話、TPPで某企業が、オタクの国の憲法のせいで仕事を邪魔されたとかで訴えられて、日本はごめんなさいして税金からその企業に金を渡さないといけなくなることもありうる。

これは極端だが、立法のプロセスでもTPPに遠慮して、まともな法、市民的良心に根ざした法や条例が提出されにくくなることは間違いない。

まったくもって私はこれまでの言動を反省し、今日からはもっぱら護憲の立場から、強くTPPには反対して行きたい。

TPPでヤラれるのは、私が昨日まで思っていたように、農協と農協に搾取される地方の高齢農家だけではなかった(もちろん彼らはまっさきにヤラれる)。彼らだけではなく、日本の民主主義、議会制民主主義が米企業や1%の連中にいいように弄ばれるようになる。TPPで、市場として加盟国が洗練されるということは、まさしく格差固定、市民や環境軽視の企業倫理が、跋扈する恐ろしい世界になるようである。

こう書くとまるで日本共産党のようであるが、私はまったく不偏不党であることを強調しておこう。

2013年7月27日土曜日

父の遺した本、数千冊をぜんぶ処分した

父が今の私よりもずっと若い頃から集めてきた8000冊ほどの大量の書籍。

2002年に彼が亡くなってから、先週の木曜日つまり2013年7月25日までのおよそ十年かかって全部処分した。半分近くは都内の古書店に引き取ってもらった(都丸書店、長島書店など)。千冊以上の文庫はある資源回収の日(それは憂鬱な雨が降る月曜日だった)、15個の段ボール箱に入れたまま玄関先においておいたら、業者が持っていった。最後に残った1600冊は、役所から聞いた近所の古紙再生業者(伊藤国商事)に持ち込んで処分してもらった。

所有者が死んでもう誰も読まないものの、単に引き継いだ文化資本だったからなどというある種の感傷から、我々遺族は亡父の本を捨てることができずに時を過ごしてきた。そのために、近所の古い木賃アパートの一室を月額3万円で借りていたが、ついにその金も払えなくった。

本のジャンルはほとんどが文学と、哲学思想、そして歌集。私には高尚すぎて歯がたたないものばかり。あと五回くらい生まれ変わったらもしかして読むかもしれないが、それまでの維持費はバカにならない。それに、そんなに代替わりしたら、地球は原発事故か気候変動のどちらかのせいで、読書どころではないだろう。

さようなら父親の本。

寂しさを覚える夜、私はGoogleの画像検索でbookstoreと入れてみる。世界中の書店の本棚の画像をデスクトップいっぱいに広げれば、言い知れぬ慰みを覚えることが出来る。これでいい。

2013年7月25日木曜日

サブプライム危機でなぜ大企業幹部は1人も刑事訴追されなかったか?

今日観たBS世界のドキュメンタリーによると、サブプライム危機でなぜ大企業幹部は1人も刑事訴追されなかったかの答えは、アメリカの司法長官やFBIの幹部の次の言葉に集約される。

刑事告訴するためには犯罪の意志があったことを証拠を集めて立証しなければならないが、それは難しい。以上、キリッ!

司法長官にいたっては、こんなことも言った。「万が一起訴した大企業が潰れでもしたら多数の従業員や取引先に甚大な影響が及ぶ。それを思うと心配で夜も眠れない」

アメリカの司法長官は、正義の追求よりも、銀行の経営の心配をするのが仕事なんだということがよくわかった。

私はこれを見て、次のように考えた。要するに、今の司法は大企業とかデカイものは例の理屈(大きすぎて潰せない)で追求を最初から放棄している。その代わりに、雑魚といわれる、規模の小さいもの、チンピラに矛先を向けてとりあえずお茶を濁している。

司法にいじめられるのは太宰治の人間失格に出てくる、日陰者、不法行為を行う者たちのことである。こういう時代にあっては、人間失格の主人公がどうにも彼らに優しくなってしまうことに最大限の共感を禁じ得ない。

2013年7月24日水曜日

アメリカ麻薬取締法で作られる現代のゲットー

BS世界のドキュメンタリーでアメリカの麻薬取締法のせいで、一般市民が単に麻薬を使っただけで、過剰に刑罰を押し付けられて刑務所(ゲットー)に閉じ込められている問題を知った。

番組で話していた歴史学者はこうやって人類はある種の人々をつねに社会から識別して排除し、場合によっては構造的に殺戮(ホロコースト)をしてきたという。

現代のアメリカで、恐るべきホロコーストが起こっているなどと聞けば誰もが動揺するはずだ。たしかに、麻薬取締法違反をしたからといって殺戮までされている事実はない。しかし、この法律を犯した人は、ほかの刑罰に比べて合理性を欠くほど、つまり不当に長いあいだ刑務所に収容される。そうなると本人の人生は破綻するし、家族だって困難に立たされてしまう。基本的人権のまっとうということからいうと程遠い状況に押し込められてしまう点で、麻薬取締のホロコーストとの共通点を番組は指摘する。

番組では、依存症専門医が言っていた言葉が印象的である。肺炎の患者が咳をしている。咳を止めさえすればよいかというと問題はもちろん解決しない。炎症を起こした肺の治療がそもそもなければ、咳はなくならない。麻薬依存も同じだというのである。麻薬を使ったからといって捕まえてとじこめておくのは、なんの問題の解決にもならない(ちなみにアメリカの刑務所では麻薬依存の治療は行われないので、刑期を終えて出てきてもすぐ再犯して逆戻りになる)。

いったいどういう人が麻薬を使うんだろうか? 資本主義経済が冷徹に、もう仕事はないと職場、ひいては地域社会から閉め出した、黒人系移民など社会的貧困層の人たちである。麻薬取締法の立法の経緯は、番組で知ったのだがとても不愉快な感じである。なぜなら、まず、富裕な白人たちは経済的な都合で不要になった黒人から仕事を取り上げる。彼らは不安を癒すために麻薬を使う。最初、その麻薬を取り締まる法はなかった。しかし、仕事がなくて麻薬を吸っている黒人は、地域社会では目障りになる。そこで白人らは議員を使って、麻薬を取り締まる法律を作った。

白人富裕層が使う麻薬と、黒人が好んで使う安い麻薬とでは、量刑に百倍も開きがある。このことにより、白人が法を使って黒人(最近では白人)の貧困層を締め出そうとする排斥性が際立つ。

翻って日本の社会で似たようなことは起きていやしないだろうか? このような法制度ほどではないものの、なにか社会の一定の層をまとめて排斥しようとするムーブメントは、じつは枚挙にいとまがない。

たとえば、原発は危ないからやめようというサヨクの皆さんの主張。言っていることはもっとも出し誰でもわかる。しかし反原発の連中は原発労働者や、原発無くしていきていけない地域社会の人たちの現実が見えていない。体にわるいと知っても働かなくてはならない彼らの職場を奪って、地球環境だ子どもたちの健康だといったところでどうなんだろう? それだけじゃダメだろう。

もう一つは、根強い韓国中国差別だろう。日本の歴史教科書を見直したがったり、従軍慰安婦とか南京虐殺はなかったなどとする歴史修正主義を支持する人たちもまた、今の日本の資本主義の枠組みから排除され、貧困に直面しつつあることが知られている(ヘイトスピーチは麻薬的快楽をもたらす?)。

私は資本主義がまずいと思う。もちろん、共産主義や社会主義はもっとまずいが、この資本主義も、金の都合で抱えきれなくなると、さっさと社会の一定層を排除して捨てようとする危険が常にある。

私はそういう資本主義の危険な性格、ホロコーストへのインセンティブが常に萌芽しがちな黒い性格を日本で押し留めていのが、世界に誇るべき、日本国憲法だと思う。

アメリカの麻薬取締法のような変な法律を作って為政者が、気に入らないとか、経済的に都合が悪くなったからと社会から切り捨てようとする社会的弱者を守るのは憲法なのだから、その憲法を、当の立法権者が変えようとするのはぜったいズルいし、許されることではない。憲法を変えるべきだと口に出せる正当な者とは、資本主義の脳にすっかりヤラれた世襲の保守的政治家たちではなく、わたしたち国民である。そして今のところ、国民の間にそうした動きはまったくないのである。

今もっとも注意しなければならないのは、そうした論外な保守的政治家を厳しく糾弾してダメだろうそれはと言わなければならないジャーナリズムが日本でほとんど機能していないことだろう。ジャーナリズムもまた、その規模が大きくなればなるほど、世襲の保守政治家と利害が一致してしまっている。つまり、自分たちの権益維持のためには、弱者など刑務所にぶち込んでしまえばいいと思っている。そして、刑務所の備品を収める企業や、刑務所関連ポストに地位を得て、老後まで安泰に暮らしたいと思っているのかもしれない。

2013年7月23日火曜日

語学の習得は7歳くらいまでが限度



パトリシア・クール先生の話で私が重要だと思った部分は、以下の二点だ。

  1. 人間の赤ちゃんは言葉を統計処理して言語習得する脳力があるが、その能力は7歳までで、それ以降急速に衰え、言語習得は難しくなる。
  2. 赤ちゃんの脳の統計処理を働かせるのに、ビデオや音声テープではダメで、生身の人間が行わなければならない。
パトリシアさんは高価な脳の磁場測定装置を使った測定や、いろいろな専門的研究によりこの成果を紹介している。くっそバカ高い、日本のいろいろな語学教材がいかに詐欺とウソに塗り固められたトンデモ科学の商品かってこともよく分かる(バカみたいなカネを払った以上、もはや赤ん坊のときのようには働かない脳みその別の部分を働かせるのに役立つとしたら、それは「金を払った自分が好き。後悔したくないので死ぬほど努力しよう」ということからくるインセンティブだけ。

2013年7月22日月曜日

祖父が自民党支持者

 今回の選挙を総括すれば、権力よりも力が強いはずの民衆のほとんどはおろかなので、相変わらず巧妙に権力のなすがママにされている日本の民主主義のお寒い状況がはっきり見えた。
 フェースブックを使ってエジプトで民主化運動が吹き荒れたのがアラブの春。もちろん、あれもどうなんだろうという感じで微妙なオチが見えつつあるのだが、兎にも角にも民主主義が今世界中で進展して、貧困や不平等、正当性を欠く暴力や抑圧から脱し、自分たちの正当な権利を主張するべく、大勢の人たちが行動して成功している現実に目を向けたい。
 私がまったく共感できないのは、TEDなどで語られるそういう先進事例、よいニュースの数々とはおよそ真逆の、当選して浮かれる自民党候補者とその支援者の高齢者たちだ。今回自民党は、幹部が「国防軍作って軍法会議、そこで最高刑もありうる」みたいな「おい戦争中かよ」みたいなこと言ったり、あるいは、国民から選ばれていて国民の利益を代表している議員の立場も忘れ、憲法を変えようなどと言い出すなど、ちょっとまあ普通に見識があれば、高校生中学生でもわかる頭のおかしな言動が報道された。ところが、おどろくべきことに呆れることにそういう自民党が圧勝している。なんだろうこの国?(高齢者が選挙行って狂った自民党を選んで日本を支配しているけど、連中にどんだけ年金だの健康保険料だの介護保険料だの若者は負担させられているかを思うと、この状況でおとなしいままの若者大丈夫か?10日働くとそのうち1日か2日は高齢者への年貢納のタダ働きになってるのに)。
 エジプトのアラブの春を見習って、いまこそ日本の若者はフェースブックなどで立ち上がるべきだと思う。私はきょう投票に行ったが、共産党と山本太郎に入れた。共産党についてはもちろん、この党が象徴的に意味するもの、過去のヤバすぎる歴史、学生時代に見知った気味悪い同世代の支持団体、支援者たちの共感しかねる諸々などはあることは知っている。しかしながら、護憲ということでまともに国会で存在感をもって仕事できる人って他にいるんかな。選挙の結果見ても、この党を置いてほかにいないことは間違いない。
 もはや私は、護憲のたたかいと言うよりも、民衆の一市民としての、権力とのたたかい、見識なき高齢自民党支持者との対話を通じた考えを改めさせる仕事を始めたいと思っているくらいだ。毎度思っているだけでやらないんだけれども。
 今回、テレビで、顔を真っ赤にして自民党候補者が当選して喜ぶ、メタボ気味の自民党支持の高齢のジジイたちにとても興味を持った。こいつら何が嬉しくて自民党支持なんだろうか? 何かとても美味しい、そのビール腹に秘密でもあるんだろうか?まああるだろう。
 じつはヒントがひとつある。
 私の身内で、最強の自民党支持者を告白しよう。母方の祖父である。自民党支持者の秘密を探る旅では、彼が私にとってもっとも近くてデカいヒントだ。彼は代々、都内のいいところに土地を持っていたせいで大金持ちだった。そして、不動産業やらいろんな事業を営んで(ことごとく失敗して最後殆どなくなった)、自民党議員を応援していた(20年前に祖父は死んだ。葬式では「盟友だった」とか言って涙を流す土屋元武蔵野市長が葬儀で挨拶していたいた)。
 彼が自民党を支持していた理由なんだろう?今死んでるから訊けないので、想像なんだが。それは、自分の仕事や、地域にとって良い法律や制度を作ってくれるのは、自民党をおいてほかにないという事情があったからではなかろうか? ほかのサヨク政党は、理念とか、言っていることは耳に心地良いのだが、実際自分たちの生活や権益にはなんにも響いてこない。だから支持できない。祖父としてみれば、自民党が党として、何やらキナ臭いことを言ったとしても、それはまああまり、判断材料にはならなかったことと思う。
 こうした祖父からの教訓はなにか。仕事や自分の権益と、支持政党は切り離して、ほんとうに自分の国や地域、これからの若い世代や地球環境にプラスになる人はだれかを考えないといけないということだ。となれば、そのためには勉強しないといけない。公正とは何か。正義とは。そう、サンデルとか読まないと。普通の教養として、サンデルの議論くらい知っていないとダメだ。地球環境のこれまでとこれから。いまはTEDとかあるし、ネットでテーマごとに空いた時間でだれでも簡単にこうしたことについて知見を得られる。祖父の時代はそうではなかった。
 人が、まともな投票行動のために勉強を続けなければならない、そうしないとロクでもない政治家によって、憲法も変えられて、戦争まっしぐらとなる。若者はブラック企業といわれる、私企業の世襲経営者らにゴミみたいに使い捨てられ、格差は固定化する。女性は男性と同じ学歴を持っていても、女性だからというだけで一生、男性の労働再生産の補助的役割しか与えられず賃金も少ない。マイノリティーなLGBTたちは法的に無視され続ける。私はそういう世の中は嫌だ。

2013年7月19日金曜日

となりのトトロも護憲

このブログはたまたま、まったくの偶然から「スタジオジブリ」の隣の民家で書かれている。そして、当ブログの最大のミッションは言うまでもないが「護憲」である。すなわち、「憲法を変えることについては反対に決まっている」。

今日おどろくべきことにネットを徘徊していたら、ジブリの出している「熱風」という小冊子で、宮崎駿監督が護憲のメッセージを公開し、反響が大きかったので無料で期間限定で、当該特集をダウンロード出来ると知った。

日本人はもともと個人に自信がないものだから、デカいもの、ブランドに弱い。何かの調査で観たけれども、日本でイチバン好感度を勝ち得ているブランドのは、スタジオジブリである。そのジブリが、日本でイチバン勢力を伸ばしている自民党安倍政権に真っ向から対立している。じつに気味がよい。

私は、昨今の、保守系の世襲政治家らから飛び出してきた改憲の動きに、不愉快を通り越して怒りを感じている。政治家が口々に改憲だなんだと言っているのを見ると、許しがたいという思いしか湧いてこない。もう冷静にこのブログで訴えることができないほどであるが、とにかく皆さんに言いたいのは、次の参議院議員選挙では必ず投票に出向いて、護憲の党(例えば共産党、社民党、生活の党)に投票をすべきであるという点だ。

そうしないで、もし家にいて、棄権などしようものならもう日本の未来は真っ暗だ。その棄権は、自民党への一票と同じ意味をもつ。

ジブリの熱風7月号に掲載された宮崎氏の文章を以下に一部、引用したい。

 憲法を変えることについては、反対に決まっています。
選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います。 法的には96条の条項を変えて、その後にどうこうするというのでも成り立つのかもしれないけれど、それは詐欺です。やってはいけないことです。国の将来を決定していくことですから、できるだけ多数の人間たちの意見を反映したものにしなきゃいけない。多数であれば正しいなんてことは全然思っていないけれど、変えるためにはちゃんとし
た論議をしなければいけない。
 それなのに今は、ちょっと本音を漏らして大騒ぎを起こすと、うやむやに誤魔化して「いや、そういう意味じゃないんだ」みたいなことを言っている。それを見るにつけ、政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから。それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。
きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから。
原典には、いますべての日本人が読むべきことが満載なので、もうこんなブログではなく、いますぐ全員、宮崎さんの文章読んでもらいたいです。この素晴らしい宮崎氏のメッセージは、ジブリのウェブサイトにて、8/20まで、PDFでダウンロードして読むことが出来る。

2013年7月5日金曜日

結婚式のペーパーアイテムを自作していい場合、よろしくない場合

ラッセルの幸福論に書いてあることなのだが、自分でできるからと言ってなんでも自分でやっている以上、幸福にはなれない。

特に家事だ。もちろん、多くの人にとってはそれは、日常のことで、人に頼むのはコスト的にもむずかしい。しかしラッセルは、家事こそ、外部委託する視点が幸福への道では不可欠としている。

そして結婚式の席次表や招待状といった、今の時代自分でパソコンで作れるものも、ラッセルがいう、幸福のためには人に頼んでしまったほうがよい家事のようなものである。

でも値段が高ければダメだろう。式場のパックに含まれるペーパーアイテムは、正直高すぎる。

私たちは格安エアラインが途上国の庶民でも飛行機に乗れるようにしたように、結婚をもっと気軽で楽しめるものにしたいと考えている。

結婚披露宴はあたらしい幸福への入口であり、それ自体たいへん楽しいイベントだ。純度の高い幸福感を味わうためにも、ラッセルがいうとおり、人に任せられるものは任せてしまうのが得策だろう。

私たちは、ひとりでも多くの人に任せてもらえるよう、手の届く価格で最高の商品を提供する努力を惜しまない。

2013年7月3日水曜日

公共財を考える

 今日のオイコノミア(NHK Eテレでやってる経済学教養バラエティ番組)では、財を四増減に分けて解説していた。

私的財  クラブ財

コモンズ 公共財

排他性:上が高く下が低い
競合性:左が高く右が低い(みんなが使ってもなくなるかどうか)

 ちなみに公共財は消防や、地震警報など。みんなが使えて(低い排他性)、使っても減るもんじゃないもの。最近の例ではオープンソースなんかがいわゆる公共財としてあげられる。クラブ財は金を払って入会した会員だけが使えるスポーツクラブとか、高速道路。コモンズは海の魚や一般自動車道などみんなが使えるけれども減ってしまったり消耗するもの。私的財は自分だけが使え(占有)、消費できるもの。
 興味深いのは最近の経済学では知的財産権の保護をしすぎると(レントシーキング)、社会の発展によろしくないということが分かってきたという部分。その例として、蒸気機関の発明をしたワットさんという人の特許が切れる前とあとで、大幅に馬力が向上して産業革命が進んだというものが上げられていた。特許なんかで保護しなければ、もっと早くに産業革命がはじまっていたと言われているそうだ。
 インターネットの発達で、いろんな知識、知恵、ノウハウをシェアできるようになった。シェアできるということはつまり、それらが公共財として広くみんながアクセスできるようになったという意味である。
 私はこうした趨勢のなかで、具体的に2つの職業が変質すると思う。ひとつは税理士や会計士、行政書士といった、市民と行政の橋渡しをする人の仕事。もう一つは教育の仕事。ネットでいくらでも情報が得られるし、海外では無料の講義動画で途上国の子供たちが勉強して効果が上がっている例もある(カーン・アカデミーなど)。端的に言ってこれらの仕事の地位、報酬は下がると思う。ただ、その仕事の重要性は引き続き盤石だろう。人間がマシンのようになったわけではなく、誰かが尻をひっぱたかないと、面倒で退屈な行政向け書類は作らないし、勉強もしないから。
 ちなみに結婚の際のしきたりなんかも公共財だろう。今の時代は何事もシェアが大事だが夫婦関係はシェアというような筋合いのものではなく、排他的私的関係がその本質。もしや婚姻数がどんどん先進国で減っているのは、人類総シェア化の表れだったりして?

2013年7月1日月曜日

スタジオアイアートのウェブサイトリニューアル!

このほど、私が代表をつとめるスタジオアイアートのウェブサイトがリニューアルいたしました。

スタジオアイアートウェブサイト URL http://www.studioiart.jp/

スタジオアイアートは結婚式の招待状、席次表、席札を専門に印刷制作している会社です(合資会社イースト スタジオアイアート事業部)。

当社にはじめておいでになったお客様に、簡単に自己紹介申し上げます。
  • すべてお任せの完成品がたいへんリーズナブルな価格でご依頼いただけます。
  • 注文部数が10部から1部単位でご注文いただけます。
  • デザイン自社オリジナルの「オリジナルシリーズ」は招待状320円、席次表420円、席札80円です。
  • メーカー既製品を使った豪華な「セレクションシリーズ」は招待状420円、席次表520円、席札80円です。なお、シーズン中(4-6月および9-11月)は招待状390円、席次表490円のキャンペーン価格となります。
  • ネット専業で創業して10年以上経つ老舗です。
新作も今後、積極的に発表して参ります。結婚という人生の最高のステージのお手伝いが出来るこの仕事はたいへん光栄で、感謝しています。すてきなふたりのお役にたてるよう、精一杯がんばります。どうぞご依頼下さいますよう、心よりお願い申し上げます。