公共財を考える

 今日のオイコノミア(NHK Eテレでやってる経済学教養バラエティ番組)では、財を四増減に分けて解説していた。

私的財  クラブ財

コモンズ 公共財

排他性:上が高く下が低い
競合性:左が高く右が低い(みんなが使ってもなくなるかどうか)

 ちなみに公共財は消防や、地震警報など。みんなが使えて(低い排他性)、使っても減るもんじゃないもの。最近の例ではオープンソースなんかがいわゆる公共財としてあげられる。クラブ財は金を払って入会した会員だけが使えるスポーツクラブとか、高速道路。コモンズは海の魚や一般自動車道などみんなが使えるけれども減ってしまったり消耗するもの。私的財は自分だけが使え(占有)、消費できるもの。
 興味深いのは最近の経済学では知的財産権の保護をしすぎると(レントシーキング)、社会の発展によろしくないということが分かってきたという部分。その例として、蒸気機関の発明をしたワットさんという人の特許が切れる前とあとで、大幅に馬力が向上して産業革命が進んだというものが上げられていた。特許なんかで保護しなければ、もっと早くに産業革命がはじまっていたと言われているそうだ。
 インターネットの発達で、いろんな知識、知恵、ノウハウをシェアできるようになった。シェアできるということはつまり、それらが公共財として広くみんながアクセスできるようになったという意味である。
 私はこうした趨勢のなかで、具体的に2つの職業が変質すると思う。ひとつは税理士や会計士、行政書士といった、市民と行政の橋渡しをする人の仕事。もう一つは教育の仕事。ネットでいくらでも情報が得られるし、海外では無料の講義動画で途上国の子供たちが勉強して効果が上がっている例もある(カーン・アカデミーなど)。端的に言ってこれらの仕事の地位、報酬は下がると思う。ただ、その仕事の重要性は引き続き盤石だろう。人間がマシンのようになったわけではなく、誰かが尻をひっぱたかないと、面倒で退屈な行政向け書類は作らないし、勉強もしないから。
 ちなみに結婚の際のしきたりなんかも公共財だろう。今の時代は何事もシェアが大事だが夫婦関係はシェアというような筋合いのものではなく、排他的私的関係がその本質。もしや婚姻数がどんどん先進国で減っているのは、人類総シェア化の表れだったりして?

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