結婚の条件

最近、小倉千賀子氏の『結婚の条件』という本を読んだ。私がずっと不思議だったなぞがよく解けた。その謎とはこういうなぞだ。
  1. なぜ、夫の帰りが毎日遅くても妻は平気か?
  2. なぜ、リスクの高い専業主婦になりたいのか?
  3. 私より年下なのになんで平然と亭主関白然とする男がいるか?
小倉は、女を学歴階層に分けた上で、結婚への態度を次のように分析する。高卒女は生存、短大卒女は依存、四大卒女は保存を求める。

高卒女の場合は、夫が外で働いてくれない限り、自分は一生涯時給800円の単純労働に明け暮れ、終盤は親の介護、その後は生活保護のようになるケースも地方では珍しくないらしい(地方ではいろいろな事情で未婚の女は居づらくなり、首都圏に出てくるので生活保護になる)。

短大卒女はそこそこ自分でも稼げるので自分は結婚して子どもを産んだら(親みたいに子や家族のためにあくせく働くのはいやだから)さっさと退職して家事に専念したい。だから、自分の年収(300万くらい?)と相手の年収合わせて700万くらいは、相手の男性に希望する(だから結婚難となる)。子育てが終わったら趣味を生かした仕事をして社会とつながっていたいらしい。ただし実際はほとんどそうはならず、途中で夫の稼ぎでは家計が維持できなくなり、時給800円のパートに出かけざるを得なくなる。

趣味を生かした仕事というのは、インストラクターとか、紅茶のアドバイザー?とか、カラーコーディネーターとか?そういうので、一部の雑誌STORYとかVERYがあおって、真に受けている模様。高卒女のような目も当てられない悲しさはないものの、バカに変わりない。

四大卒女は、自分の社会的地位を維持できる夫としか結婚しない。子どもを一流の大学卒にするために早くから私立に入れられる経済力、文化資本が求められ、教育に命をかける。教育が終わった後は、高卒、短大卒とは異なり、枠に当てはめられないいろいろなキャリアを選ぶ。選択肢が多いというのが高学歴層の最大の優位性である。だから、高卒、短大卒と違ってこうなるという風にまとめられないのである。

小倉は女子大の教員の仕事も長く、多数の実際の女子学生にインタビューをしてこういう分析をしている。こういうプロにいわれてみると、私の三つの謎など、実に馬鹿みたいで瑣末なことである。誰も結婚にそんな、いつも夫が夕食のときに家に居、女は仕事を辞めず続け、やたらフェミな夫を求めてはいない。いやしない。

特に、結婚して子どもを産んだら、女は会社を辞めるからそこで賃金が下がって、また働き出してもたいしたことないグラフをM字カーブというが、それを問題視するのは本当に意味ないと思った。確かにそうだ。あのグラフはここの、未婚女性にはまったく意味がない。どうしろってんだ?という言葉しか出てこないだろう。

もちろん、女で、公務員、教員、医師、法曹資格、税理士や会計士、あるいは上場企業に一流大学でて入ったとかいったことがあれば話は別だろう。だが実際のところそんな女数えるほどしかいない。

亭主関白然とする男が依然としている謎もばかげていた。男は、依存してくる女、生存のためにすがってくる女を食わせるために、命がけで働かないといけない。それなのに、家に帰って家事もやれというのか? 死ぬぞそんなことしたら。家事くらいやってほしいと思うのが、大多数の男の本音になるのは自然なことだ。

ここで私の立場を明確にしたい。私は妻も私も四大卒で、結婚に求めるものは小倉流に言えば「保存」に当たるだろう(自覚はない)。が、もちろん、枠には当てはまらない。何しろ男の私は家事は4時間以上やる、変態である。変態と言うのは性的にではなく、めずらしい、小数、変わっているという意味で。そして、稼ぎも大体私が半分、妻が半分くらいで、ちょっと公務員の家っぽいかもしれない(実際は会社経営)。経営者だからまだ、時間が自由だし、気持ちに余裕もあって家事がやれるが、これがもしブラック企業だの民間の、競争厳しい会社の社員だったら家事やったら死んでると思う。家事というのはやればやるほど、そのむなしさ、過酷さ、つらさが価値観に蓄積されて、死にたくなる、身も蓋もない、救いようのない無報酬の単純労働の極北、専従者が必要な、終わり無き肉体労働そのものである(およそ昼間の仕事と両立できるようなレベルではないと思う、特に子育てが含まれる時)。

そういうわけで、私は本ブログ懸念において女性の権利のためにああだこうだ、聞いたようなことをいってきたが、小倉氏の本を読んで若干、考えを改めざるをえない。

私が言いたいことを言えたのは、私がまあ、そういうことを言うに十分な暇、ヴェブレン的な余暇があったからにすぎない。だから、私が言ったことが正しいのかどうかはまったく分からないし、多数に共感されるかどうかにいたっては、はなはだ心もとない。特にこのブログ「引きこもり女子のいろいろえっち」の記事「私のいる世界」を読んだ後はそうだ。

親もDQNで子もDQN、ミクシーやってるのにインターネットって何っていったい・・・。いじめの内容は性奉仕で親も先生も何も言わないのが普通とは。

日本はまだまだ貧しいし、これからもどんどん、もっと貧しくなる気がする。じじいばばあが若者から、富とやる気その他すべてを奪っていくから。私の会社のひとつは結婚式で使う印刷物の製造販売だが、近年の需要現象は驚くほどで、私もいつまでこのヴェブレン的有閑がもつのか不安になってきた。いつまでこのブログを続けられるのか。終わりはそう遠くない気がする。

今日、妻が、これまたどうなんだろう、言う人(ネトウヨ)が言えば、「左翼の噴きあがり」ブログの典型、あるいは富裕層がハマりがちな「スピリチュアル系オカルト似非科学のいんちきあおり」ブログ(すいませんが、カギカッコ部分は、あくまで、私はそうは言っていませんから、という意味ですから!)、などと攻撃されもする某、反原発の、「真実を追究する」ブログで、茨城にとんでもない量の放射能が3.11のあと爆発したあの日一日に降り注いだんだよってグラフを私に見せた。確かに、降り注いでいる量は半端ない。グラフで見ると怖いし、やばい。しかし前の晩、その茨城に住む四大卒の知人Nは言った。「ここらに住んでる若者は、ほとんど動物と変わりませんぜ」
「動物」という表現はまったく持って不適切といわざるを得ないが、いずれにせよまずは彼らの健康と幸せを祈らずにはいられない。

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