2013年10月31日木曜日

うつ病の仕組み

2013.10.27放送NHKスペシャル「病の起源 うつ病」によると、うつ病が発症するメカニズムは次のようである。

  1. 扁桃体が活動を活発にしてストレスホルモンを放出
  2. 全身が緊張状態になる
  3. 脳内で脳細胞の結合に必要な栄養素が不足
  4. ウツ症状を発症
扁桃体がなぜ活発になるかというと、以下の要因が分かっている。

  • 外敵の存在(人類にとっての肉食獣や怖い上司、暴力をふるう家族やクラスメート)
  • 孤独(孤独な状態だと不安が増して扁桃体が活発になる)
  • 記憶(トラウマを残すような直接体験)
  • 言葉(情報を通じて入ってくる他人の恐怖体験や巨大リスク)
アフリカのサバンナで狩猟採集生活を送る「ハッザ族」はみんなで協力して捕った獲物は、捕った本人、大人子供男女の分け隔てなく、「平等に」分ける。平等の状態は扁桃体がストレスホルモンを出すような活発さを示さないことがMRI診断等で分かっている。逆に、他人よりも多かったり少なかったりする、不平等の状態では、扁桃体が活発となりストレスホルモンを分泌する。

さらに、信頼の置ける仲間との社会的なつながりの中でおこなう規則正しい生活、栄養バランスの取れた食事、定期的におこなう適度な運動も、扁桃体の安寧に効果的それ故、うつ病患者の治療に有効だ。

この結果私は今世の中で一般的におこなわれているさまざまな、次のような(資本主義的な観点で合理性に欠ける)活動はウツに効果的だと思った。

  • 大きな政府(再分配機能を補い、弱者と富める者の差を小さくして、社会的平等感を高める。ただしムダ遣いや官僚、為政者の強欲によって機能を歪められていない)
  • 透明性が高く、みんなが納得する、非競争的原理で決められた給与
  • お祭り(孤独感を緩和。医者も、非技能工も同じように御輿を担いだりする)
  • 成績の非公開(特に公立学校で。知らないほうがいいこともある)
生まれつき、脳の器質的な傾向から、扁桃体が活発になりやすい人がいると思う。そうした人は、うつ病になりやすいのだから、なるべく意識的に穏やかに暮らすべきだろう。具体的には、公平で平和的かつ愛情深い家族や友人といっしょに、規則正しく暮らし、恐怖感をあおるようなメディアには接しないで、適度に運動し、短い時間だけ非競争的かつ自分のペースでできる専門職の仕事をおこなう。

番組では、次の順にうつ病が少ないことが調査で判明したという(1がもっともうつになりにくい)。

  1. 医者や弁護士などの専門職
  2. 大工や理容師などの技能工(自営業者、会社経営者)
  3. 営業職(いわゆる普通のサラリーマン)
  4. 非技能工(工場労働者、現場作業員など)
やかましい上司が決められた仕事をギャンギャンいいたて、そしてその日が終わったらお金をもらってハイさようなら、夜はその金でカップ酒片手にジャンクフードと民放テレビ放送漬けという身分の日雇い労働者は、うつ病になる要因のすべてを備えている。

裁判ではサービス残業の時間数で、過労死が認められたりするけど、その人の扁桃体を暴走させるきっかけになるのは、じつは時間数ではなく、それほど多くの時間、仕事から逃れられないように仕向けたおっかない上司が、昔の人類にとっての肉食獣のように扁桃体にはうつるのだろう。

いったん破壊された脳の結合が回復するのには、長い時間と社会的コストがかかる。一私企業の限られた株主や経営者のために、うつ病を発症してまで何か仕事するというのは、本人やその家族にはもとより、社会にとっても百害あって一利無しと言うべきだろう。

日本の社会は人権意識が低いといわれている。それで、自分をすごく過小評価して、自分のことはさておき、とにかく滅私滅却して、会社や組織のために、上司のためにがんばろうとする。行き着く先はうつ病、そして自殺である。

これじゃいかん。私たちには人権があるし、それを大切にしていくことが自分や社会にとって真にプラスになる。そういうふうにひとりひとり意識を変えていくことが大切だ。

こんなに豊かで、器用で、清潔で工夫に満ちた私たちがもし、先進国で共有される普通の人権意識を持つようになり、自殺者も減らすことができたら、とっても誇れることだと思う。

2013年10月12日土曜日

フツーの教育と、テロ対策にはチェーン店輸出で

娘が通う公立中学校はAERAにも取り上げられたことのある、全国的に見ても極めて学力レベルが高いことで知られる。しかし、娘の観察によれば、そんなのはおよそ受け入れがたい話という。学力テストをしても、そんな頭のいい人が大勢いるとは思えないし、日頃は私語が多く、男子生徒は暴れ回る。昔みたいに先生が暴力で抑止するわけではないが、言葉の暴力でもって何とか学校の体を維持しているような有り様だというのである。

私が教育学者や校長経験者が書いた本を読んで知った知見は、うまくいく学校は、先生が生徒と密に関与する学校だということが分かっている。親身になるということだ。私は、底辺高でも成績の向上が見られる学校を調べれば、何か教育のイノベーション的なものが見つかるかと思って常に関心を持ってきたが、要はそういうことなんだ。生徒の可能性を信じて、マンツーマンで生徒とガチでぶつかり合うことによってしか、生徒は伸びない。その点、娘の中学の教師の多くは、単なる地方公務員の集合に過ぎない気がする。もちろん彼らが悪いとかではなく、教師をそうさせているのは文部行政なのだが。

公立学校がオワコン化している議論はいってもしょうがないので止めよう。

さて親による、幼少期の子の養育活動は社会的に非常に重要である。広島県で、友人を襲って強盗死傷し死体を遺棄した事件に関わった16歳の少女は、親が離婚しており、母親は、いくらその子が掃除をしたり妹の面倒を見ても、ただただ、たたくだけであったという。問題を起こして、警察に呼ばれて迎えに来ても、警察署からちょっと離れたとこで車を駐めて暴行して、その場でおろして去ってしまうほどだった。そういう事態に、もっと大人が関与しないと社会的損失になる。

まことに、子供を暴力で抑圧して、それでもダメならば追い出すような親は論外であるにしても、かといって、べたべたに面倒を見すぎるのもよろしいとはいえない。

親が、子供によかれと思って、いろんな育児の本など読みあさり、子供のご機嫌伺いあるいは、子供にひたすらよい刺激を与え、楽しませ、盛り上げすぎるのもどうかと思う。やり過ぎはまずい。子供は、もっともっと楽しませろと、親に要求するようになるだろう。次第に受け身の態度となり、その親が不在のときは、劇場の観客のように人生にコミットする仕方しか知らない子供は、腑抜けたようになる。

うちの子供はそういうところがある。休日の昼前に、親に、「ヒマだ」とか言って絡んでくるのである。家の内線電話で、親の事務室(家に事務エリアがある)に電話してきて、「やることないんだが」。ヒマだ、ゲームをやらせろ、ヒマだ、漫画を買いに行かせろ、そういうような感じだ。

怖すぎる。失敗したかもしれない。ブログ書いているヒマない。

医者だの政治家だの、経済的インフラが非常に強固な一部の層をのぞいて、子供は親の思ったようになるはずもない。何でも中庸に、というのが大事だ。

中庸という言葉には歴史ある含蓄が込められていると記憶しているが、どんなかは忘れた。たぶん、原理主義的でも、革新過ぎることもなく、フツーにというようなことだろう。

明日から三連休だ。

あーひらめいたことを書いておこう。アイルランドに昔、イギリスからの抑圧に抗議するIRAというテロの集団がいた。ところが、最近は、アイルランドにもチェーン店が進出して、日用雑貨食料品が安く便利に手に入るようになり、生活に不満を抱くこともなくなった結果、IRAは不人気だという。

そこで、シリアやエジプトで、貧富の差や政治的寡占に抗議をして立ち上がっている人たちへの問題解決の手段として、日本のチェーン店を進出させてはどうか?

いやマジ、シマムラだの、イオンだの、ユニクロだの、ガストだのあったら、内戦なんてもういいやってなろうだろう。日本の若者を見てみい(特に地方)。そこで地元友達と日がな一日だべって過ごせば、幸福な国の若者になれるだろう。もちろん、スマホもただで配布。最初の2年間だけ、全部国が負担して、ユーザーには無料で配布すればいいだろう。

原発を輸出するのではなく、チェーン店がもたらす小さな満足を輸出して、当面満たされてます感を輸出すればいいんじゃないか(もちろん、チェーン店の維持に原発は欠かせないので、原発もセットで)。

2013年10月6日日曜日

トラウマからの解放

EMDRという、眼球を左右に動かしながら、自分の過去のトラウマ体験をセラピストに告白して受けるトラウマ治療法についてETV特集でやっていたので観たのだが、なかなかの驚きに満ちたものだった。

トラウマ(心的ストレス性外傷)がある人の脳は、トラウマ体験が頭の中で甦ると、「サバイバル脳」が活性化して、理性的な判断や合理的志向はできなくなる。サバイバル脳が緊張状態になることで、感情的になったり、理性のたがを失って犯罪行為を犯したり、不眠やイライラ、頭痛といった身体症状にも苦しむようになってしまう。

そうした身体症状がつみかさなり、鬱病を発症、から自殺企図にまで至るケースもめずらしくない。こうした事態になるとたいていの心療内科医は、対症療法的に睡眠薬を出したり抗うつ剤を処方するばかり。肝心のトラウマを除去しないので、一向に治らない。原因を治さず、表に出た症状を刹那的に治すために、莫大な医療費や薬が浪費されることになる。もちろん、トラウマに苦しむ患者本人にとっても救われない。

WHOはEMDRを、心療内科の治療のガイドラインのひとつに加えたそうで、私はこれはよいと思った。なぜって、何年にもわたって、医者似通って薬を飲んでも治らなかった鬱病患者が、ときに医師免許すら持っていないセラピストによって、左右に目を動かしながらトラウマを治療してもらうだけで、嘘みたいに症状が快癒するわけだから。

もちろん、鬱病の全部がトラウマのせいとはいわないのだが…。

ETV特集『トラウマからの解放』で登場するトラウマの被験者の皆さんの、幼少時の体験は、普通に育てられた私からすると聞くだけでもつらい、凄惨を極めたものである。内容は列挙しないが、近親者からの継続的な暴力(性暴力を含む)がほとんどである。

成人してからも、そうした被害を受けた人は、男性の声に異様に恐怖感を抱いたり、原因不明の頭痛に悩まされたりと、リアルに健康な生活は送れなくなるのである。憲法が保障する、健康で最低限度の文化的生活は、トラウマのせいで手に入らない。

気の毒というほかないわけだが、こうした治療法が効果を上げているというのは救いだ。こうした治療法を発明して、実践する治療者の皆さんに心から敬意を表すとともに、この治療が日本で一刻も早く保険が利く治療になり、多くのEMDR実践者が医療機関で増えることを望んでやまない。

ところで、サバイバル脳についてもう少し深く考えてみたい。

人類がまだ、他のどう猛な動物たちからの脅威に常に神経をとがらせて暮らさなければならなかったときは、サバイバル脳こそ、生きていくために必要不可欠なものであった。その後、文明が進展し、今はそんな危険はほとんどなくなった。

ところが、人類の歴史、たしか4万年のうち、サバイバル脳がその本来の機能をさほど求められなくなっから、なにしろ日が浅い。したがって、脳におけるサバイバル脳の容積率(重さ)は、4万年前とあまり変わらないといわれている。

それで、トラウマの話に戻るが、小さい頃に(身近な人に暴行されるといったことで)サバイバル脳がたびたび緊張を強いられたひとは、それが原因で苦しむようになるというのは腑に落ちる。

幸い私は暴行こそ受けなかったが、病的に気が散る。集中しないといけないことがあるとすぐに逃避してしまうし、何かに集中したらしたで今度は貧乏揺すりをしたり、爪を噛んだりと奇怪な行動を取る。これって、サバイバル脳のせいじゃないのか?

書店には、人間をひとつのことに集中させて仕事や勉強の目標を成就させようという自己啓発本がたくさん売っている。しかし、そもそもそんな本を読んだところで、実際集中できるようになるはずがないのである。4万年以上も変わらない人間の脳みその一部、サバイバル脳を何とかしないといけない。

EMDRも、テニスやランニングといったスポーツも、脳の血流を変えて、サバイバル脳をクールダウンするためだろう。あーもう風呂でも入るか。