フツーの教育と、テロ対策にはチェーン店輸出で

娘が通う公立中学校はAERAにも取り上げられたことのある、全国的に見ても極めて学力レベルが高いことで知られる。しかし、娘の観察によれば、そんなのはおよそ受け入れがたい話という。学力テストをしても、そんな頭のいい人が大勢いるとは思えないし、日頃は私語が多く、男子生徒は暴れ回る。昔みたいに先生が暴力で抑止するわけではないが、言葉の暴力でもって何とか学校の体を維持しているような有り様だというのである。

私が教育学者や校長経験者が書いた本を読んで知った知見は、うまくいく学校は、先生が生徒と密に関与する学校だということが分かっている。親身になるということだ。私は、底辺高でも成績の向上が見られる学校を調べれば、何か教育のイノベーション的なものが見つかるかと思って常に関心を持ってきたが、要はそういうことなんだ。生徒の可能性を信じて、マンツーマンで生徒とガチでぶつかり合うことによってしか、生徒は伸びない。その点、娘の中学の教師の多くは、単なる地方公務員の集合に過ぎない気がする。もちろん彼らが悪いとかではなく、教師をそうさせているのは文部行政なのだが。

公立学校がオワコン化している議論はいってもしょうがないので止めよう。

さて親による、幼少期の子の養育活動は社会的に非常に重要である。広島県で、友人を襲って強盗死傷し死体を遺棄した事件に関わった16歳の少女は、親が離婚しており、母親は、いくらその子が掃除をしたり妹の面倒を見ても、ただただ、たたくだけであったという。問題を起こして、警察に呼ばれて迎えに来ても、警察署からちょっと離れたとこで車を駐めて暴行して、その場でおろして去ってしまうほどだった。そういう事態に、もっと大人が関与しないと社会的損失になる。

まことに、子供を暴力で抑圧して、それでもダメならば追い出すような親は論外であるにしても、かといって、べたべたに面倒を見すぎるのもよろしいとはいえない。

親が、子供によかれと思って、いろんな育児の本など読みあさり、子供のご機嫌伺いあるいは、子供にひたすらよい刺激を与え、楽しませ、盛り上げすぎるのもどうかと思う。やり過ぎはまずい。子供は、もっともっと楽しませろと、親に要求するようになるだろう。次第に受け身の態度となり、その親が不在のときは、劇場の観客のように人生にコミットする仕方しか知らない子供は、腑抜けたようになる。

うちの子供はそういうところがある。休日の昼前に、親に、「ヒマだ」とか言って絡んでくるのである。家の内線電話で、親の事務室(家に事務エリアがある)に電話してきて、「やることないんだが」。ヒマだ、ゲームをやらせろ、ヒマだ、漫画を買いに行かせろ、そういうような感じだ。

怖すぎる。失敗したかもしれない。ブログ書いているヒマない。

医者だの政治家だの、経済的インフラが非常に強固な一部の層をのぞいて、子供は親の思ったようになるはずもない。何でも中庸に、というのが大事だ。

中庸という言葉には歴史ある含蓄が込められていると記憶しているが、どんなかは忘れた。たぶん、原理主義的でも、革新過ぎることもなく、フツーにというようなことだろう。

明日から三連休だ。

あーひらめいたことを書いておこう。アイルランドに昔、イギリスからの抑圧に抗議するIRAというテロの集団がいた。ところが、最近は、アイルランドにもチェーン店が進出して、日用雑貨食料品が安く便利に手に入るようになり、生活に不満を抱くこともなくなった結果、IRAは不人気だという。

そこで、シリアやエジプトで、貧富の差や政治的寡占に抗議をして立ち上がっている人たちへの問題解決の手段として、日本のチェーン店を進出させてはどうか?

いやマジ、シマムラだの、イオンだの、ユニクロだの、ガストだのあったら、内戦なんてもういいやってなろうだろう。日本の若者を見てみい(特に地方)。そこで地元友達と日がな一日だべって過ごせば、幸福な国の若者になれるだろう。もちろん、スマホもただで配布。最初の2年間だけ、全部国が負担して、ユーザーには無料で配布すればいいだろう。

原発を輸出するのではなく、チェーン店がもたらす小さな満足を輸出して、当面満たされてます感を輸出すればいいんじゃないか(もちろん、チェーン店の維持に原発は欠かせないので、原発もセットで)。

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