2014年1月31日金曜日

NHKの公共性があぶない

就任記者会見で、「(従軍慰安婦などの女性への違法・不当な暴行は、戦争中なら)どこの国でもやっていることですよね」「(メディアや国民の権利を不当に侵害する悪法、特定機密法は)かっかしないで見守ればいい」と発言するなど、メディアのトップとしては驚く程の政権への媚ぶりが露骨な、籾井会長に変わったために、いま、NHKの公共性が危機に瀕しています。

今日の東京新聞でも、ある大学教授が、東電が原発の自己リスクを、貸借対照表に反映させていない(通常、企業はリスクがあればその費用を見積もり引当金という形でBSの負債に計上するが、それをしていない)ことを理由に、将来万が一のことがあれば間違いなくそのコストを負担するのは国民だ、だから原発は再稼働しないほうが望ましいという趣旨のことを言おうとしたら、番組担当者から「絶対にやめて」といわれて、番組を降板する事件が報じられていました。

NHKはこれまで、BSでは国内外の、反原発を訴える良質なドキュメンタリーを放映してきましたが、あくまでそれはBSです。多くの国民はBSでNHKを見ないと思います。

降板した教授の番組は、ラジオ放送でしたから、庶民向けには再稼働という政権のプロパガンダに徹して、BSでは、今後どうなるのかが注目されます。

視聴者を、ラジオとBSで分けて、プロパガンダの色彩も変えると私は思います。いずれにしても、多くの庶民が効くラジオや地上デジタルで、このような政権のプロパガンダが続けば、国営放送みたいになっているわけですから、視聴者は受信料を払う根拠を、あらためて司法に確認する必要が出てくるでしょう。

公共放送と国営放送では全く違うからです。

2014年1月17日金曜日

スタンディングデスクで仕事の効能

私の場合はメインの仕事がふたつあり、事務所もふたつあるんです。

今年初めから、Lifehacker日本版などに触発されて、ひとつの事務所の机をスタンディングデスクにしました。

私には、上司がいません。もちろん、部下もいない。ですから、いつ仕事するの、今でしょ、みたいに言ってくれる人はまわりにいません。

そのため、自分のなかに、「もう一人の自分」を作らないといけないのです。このもう一人の自分は、しかし、たいてい、ネット見ようよーとか、缶コーヒー買いに行こうよーとか、気が散ることばかり言ってくるので役に立ちません。

このように人格を分けて自己完結的にどうのコウノはもうあきらめて、物理的にもう、立ってやるとどうなのか、なにやら非常に効果が上がるらしいぞ、ということで、やりまして、2週間立ちました。

で、どうなのか?

気は、まったく散らず、仕事がどんどん終わるようになりました。何しろ、立ちっぱなしなので、ダラダラネット見ていると足が痛くなり、見られたものではありません。

そして、姿勢がよくなり、夜は気持ちよく眠れるようになった(じつはもともと寝るのは得意なのだが。のび太並みに)んです。もちろん、モニタの高さとか、机の高さは私の身長にチューニングしてあり、肩が凝るということもありません。

テーブルにはキャスターがついていて、気分転換したいときは窓の方を向かせると、モニタ越しに外が見通せてとても気分がいいです。

とにかく、私みたいに一人でやっている人間は、どうしても仕事の取りかかりに苦労しがちです。仕事に取りかかれず、気が散ってほかのことばかりやる私への最良の処方箋は、すぐにとりかかることだということは、あらゆる研究や自己啓発本を読んで知っています。

しかし、すぐはじめろって、それが正しいって分かってるのですが、どうにもそれが出来ないから苦労しているんです。

そこでスタンディングデスクなんです。歩いて机の前に行くと、もうすぐはじめられる。早く終わらないと足が痛くなるし、疲れる。集中します。

これからはもう一つの仕事場のほうもスタンディングデスクにしようかと思います。そうしたらたぶん、このブログは更新されなくなるでしょう

2014年1月15日水曜日

ポジティブな言葉で隠蔽される若者の知的貧困と人権放棄

クローズアップ現代によると、ポジティブな言葉や人生の経験を人前で発表したり、大声で声を合わせて叫ぶイベントに、大勢の若者(例:居酒屋の店員など。居酒屋チェーン)が集まっているそうです。

「自分は昔はいじめられていたがこの会社に出会って、生きてきてよかったと思える」とか、給料袋に「君の明るい人生を、夢を、心から応援します!」などと書いてあるとかほとんど噴飯物でおよそ共感するにはあまりもちゃちいものばかりです。

出演していた社会学者・阿部真大は、「イベントで前向きで明るい言葉を叫んだところで、結局は若い労働者は現場の競争で分断される。サービス残業をさせられたら、残業代を請求したり、職場の仲間と労働組合を結成するなど、労働者としての自覚を持って連帯することがまず重要」と一蹴。

大きな声を出して気分が良くなり、勇気をもらった、元気をもらったなどといっておしまい、また厳しい労働現場に戻り、労働者としての権利の請求はしないままの若者。これでは、麻薬で朦朧として仕事しているようなもので、自分の人権を放棄しているといっていい。

数年前に、マクドナルドのCEOだった原田氏が、クルーといわれる社員や非正規の現業労働者を集めて、大きなホールを借り切って、コンサートやコンクールのようなものを開催していると何かのメディアで読みました。このイベントに参加する大勢の若者(とくに飲食サービス業や感情労働、営業)はアイデンティティややりがいをこのイベントに見いだして、マクドナルドという会社に心酔するようになり、細かいことをいわずがむしゃらに働くようになります。

同じく、出演していた小田嶋隆氏が述べていましたが、こうした明るい言葉、一見希望にあふれ、人生に励ましと勇気を与えてくれる言葉を、経営者や行政が使い出したら注意しなければなりません。

たとえば国が「美しいニッポンを取り戻そう」と言ったら、5W1Hで逆に質問することが肝心。

「何が美しかったのか?」「どう、取り戻すのか?」「何を取り戻すのか?」「いつ、取り戻すのか?」

確かに、「美しいニッポンを取り戻す」だけでは、いったい何がどう取り戻されるのかもわかりませんし、戻ってきてほしいニッポンの美しさというのも不明のまま。納税者として、税がどのように使われるのかが、要するに美辞麗句で隠蔽され、わからないままにされているこれは事態であり、全くもって看過できません。

労働や権利に関する教育を軽視またはまったくやらず、単に「国を愛する心」を涵養するなどと、意味も中身もまったく不明なものを指導要領に恥ずかしげもなく垂れ流す国に対し、私たちは厳しい監視の目を向け続けないと大変です。

寄る辺のない、教育機会にも恵まれなかった若者たちが大きな物語に包摂されたがるのは洋の東西を問わず、社会性を帯びる動物たる人間の本性です。しかしそこにつけ込んで、大企業や国家が、権利意識を見えにくくして、都合がいいロボットのように若者を洗脳することは断じて許されません。

2014年1月14日火曜日

小金井市の財政が危機的状況

きょうからこのブログをリニューアルしました。口調も「である」調から、「ですます」調に変え、親しみの持てるタイトル画像をヘッダーに据えました。

さて、今日の話題は小金井市の行財政改革についてです。小金井市は、平成24年度に、外部のコンサルタント会社に「ぶっちゃけ、うちの財政どうなってんねん」と診断を依頼しました。その結果は、小金井市の行財政改革のページで公開されています。

ざっと見たところ、もうヤバイと。だいたい次の点が印象に残りました。小金井市の財政は、危機的状況にあり、
  • 借金や、基金の取り崩しで何とかもっている
  • 今後数十年で、今の公共施設を更新したり維持しないといけないが、金はない
  • 将来世代に負担を先送りしている(起債などにより)
  • 危機的状況なのに職員の給与水準はポストによっては東京都より高い
  • PDCAで行政評価する仕組みなど未導入で、職員らの改革意識は低い
ということです。きわめて不安になりました。そこで、数年前に大学を卒業して都内の不動産関連の金融機関に勤め始めるや否や、たちまち小金井を棄てて渋谷に逃げた、勘のいい弟に解決策を聞いたところ、アベノミクスで資産価値が高騰している今こそ、資産を売り払って現金化し、再建に踏み出すまたとないチャンスという回答が。資産とポストはセットですから、一石二鳥だと思いました。ぜひ、これは取り組んでもらいたいです。

で、ついでに、今月から公募が始まる小金井市の事業創造センター(私の自宅からマジで超近くて動揺中)についてどうか聞いたんですが、こうした自治体主導のインキュベートは必ず失敗することになっているだけに、危機的状況の小金井市がやるのにつよい違和感を覚えたとのこと。

さすが、細かいところまで駄目さ加減が一貫していて、逆に清々しいくらいです。この施設も売ったらいいと思うのですが、さすがにこのご時世だけに、中央線高架下で、非常に小さく、危機的財政を救うのにはやや役不足の感も否めません。ですから、私が指定管理者に名乗りを上げようかと思いました。もちろん無料で引き受けます。このセンターからの出血(赤字垂れ流し)をまずはこれで止める考えです。