公金で大もうけ

 NHK BS世界のドキュメンタリーで見知ったことだが、欧米の大手製薬企業は、長年アフリカにエイズ治療薬を安い金額で供給することを、様々な理由をつけて避けてきた。
 安値で売れない理由として、特許料、品質、研究開発費がかかっているなどがある。
 ところがアメリカのジャーナリストが調べたら、製薬企業は莫大な利益を上げ続けている。その利益の大半は、広告宣伝費、役員報酬、株主への配当に費やされている。
 彼らが錦の御旗のように掲げる研究開発コストだが、これも驚くべきことが分かった。大手製薬企業は自分たちで薬を開発する力はそれほど立派なものは持っていない。なんとよそで開発されたものを持ってきて適当に組み合わせて薬を作っているに過ぎない。しかも、おおもとの薬の開発は、84パーセントは税金など公的な資金により開発されたもので、自分たちの開発は10パーセント程度なのである。
 公的な金はみんなのものなのに、公的な資金で作ったものを製品に仕立てて売ることで、天文学的な利益を上げる。それを、役員、株主、広告業で分け合って潤う。第三世界のエイズの人たちがそれで死のうが一切関係ない。それが製薬ビジネスの実体のようである。
 アメリカの製薬企業は、インドで作られるジェネリック医薬品は品質上問題があるとして、反ジェネリック医薬品のCMを作るほどだ。ジェネリック医薬品を飲んだ男性の口からネズミが出てくるという内容。インド=汚い、不衛生というみんなの思い込みを強化する目的だが、現実はまったく違う。インドの工場はチリ一つない最先端の工場になっている。おまけに、欧米の製薬企業はそうした工場に、自分たちも薬の製造の一部を委託しているのだ。製薬企業はもうけのかなりの部分をつぎ込んで、マーケティング活動に精を出しているが、その実体は消費者に、現実を隠蔽して誤ったイメージを植え付ける悪魔的イメージ操作である。
 注意しなければならないのは、製薬ビジネスが、これでも何ら違法なことをしているとはいえないことである。資本主義と法治国家のルールに基づいて、ビジネスをしているだけである。それどころか、途上国が自国の国民のために、ジェネリック医薬品を輸入しようとしても、特許の問題で輸入が出来なかったりする。命を助けるために無理に輸入すれば、そっちこそ違法になってしまう。
 ちなみに、インドの志ある製薬会社がエイズ治療のジェネリック医薬品をアフリカに安い価格で供給するようになったので、状況はだいぶ改善されている。
 アフリカに手をさしのべたのは、アメリカの製薬企業では決してなく、同じ第三世界のインドの企業である。インドの会社の社長は自らの倫理と正義に基づいて行動した。アメリカの企業はそんなことをするとたぶん株主から訴えられると思って出来ないだろう。
 この話を聞いて、人々が正義をなすときに、何がその助けになるのか。既存の大手団体や企業ではどうやらないということだ。既存の大手団体や企業は既得権という座布団の上にあぐらをかいて、倫理哲学的志向をする習慣を持たない。非常に残念なことだし、その結果、途上国に悲しみと絶望が広がり、たとえば爆弾テロとか、そういう形で富裕国クラブの既得権層がすわる座布団にほころびが生じてきているというのが世界の実相であろう。
 今日はうちのガスの給湯器のコントローラーが突然反応しなくなり、工務店経由でノーリツの修理作業員を呼んだ。給湯器は寿命を超えており、コントローラーを交換(それでも3万近くする)しても、おおもとの給湯器はいつ動かなくなるか分からないという。給湯器は定価で50万程度する(もちろん定価では買わないのだが)。世界のドキュメンタリーで、欧米製薬企業の資本主義的な悪魔的所業にイライラしているところに、こういうことを言われたので動揺した。
 お湯を出す装置は、計算すると1日120円くらいのコストになっていた。

 ところで、アメリカの大手製薬企業といえども全部が悪とは言っていない。私たちが近所のドラッグストアで、手軽な費用で頭痛薬を変えるのは彼らのおかげである。その金額が妥当かどうかはさておき、また利益の使途に倫理上疑義が生じようが、私たちの暮らしを支える欠かせないインフラの一部を構成している。製薬企業のもうけを社会的意義のある事業に再分配を強制することは私には不可能。これを読んで、薬など買うものかと思ったのなら、せいぜいブログを夜更けまで書いたり読んだりするのを止めて、健康的に暮らすほかはない。

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