2016年1月12日火曜日

婚姻とは社会保障DIYである

 民法第752条(同居・扶助及び扶助の義務)を読むとこう書いてある。

「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」

 法律に「夫婦は同居すべし。助け合うべし」と書いてある以上、夫婦関係というのは第一義的には社会的保障の機能を有している。扶養のコストの原資が政府からでないので婚姻とは社会保障のDIY版と言ってよかろう。

 では、扶助とは何か? 扶助、つまり扶養というのは「老幼、心身の障害、疾病、貧困、失業などの理由により自己の労働が困難でかつ資産が十分でないために独立して生計を営めない者(要扶助者)の生活を他者が援助すること」とWikipediaでは書いてある。

 いま、若い人たちは、心身の障害や失業とはあまり縁がないかもしれない。したがって扶養にもなじみは薄い。となると、結婚する動機は法定されたこうした背景は後退し、もっとフィジカルなものが出てくる。しかし草食化しているので、フィジカルなもの(結婚に至るような情熱的な恋愛)は、扶養とおなじくらい縁がない。

 婚姻が難しくなっている背景には、みんなと笑って過ごしたい程度のささやかな幸福に満足している若者が、想像だにできない将来の扶養され状況の「ために」、たったひとりの異性にコミットメントすることのそもそも的な困難さにある。無理ゲーだ。

 それでも結婚する人へ。

 おめでと-!!

2016年1月9日土曜日

覆面リサーチボス潜入

NHK BSでやっている「覆面リサーチボス潜入」が面白い。巨大企業(サービス産業)の代表者や幹部が、現場に身分を隠して変装して潜入し現場労働者と接触する。そして、あとでその労働者に身分を明かしてびっくりさせたり感動させたりする。

このフォーマットはNHKがイギリスのテレビ局からフォーマットを購入して、この番組は制作されている。

身分を超えたリアルなドラマは、国境を越えた普遍的なおもしろさをもつようだ。物語構造は水戸黄門のそれと完全に同じである(私は結構水戸黄門好き)。

私も、大学を出て新卒で「企業幹部候補社員」(笑)として小さなメーカーに入社し、地方の工場に研修で働いたことがある。研修でであった「現場」「労働者」。いろいろな感慨が当時はあったが、その会社で幹部になるコース(笑)をあっさり半年で捨てて10年。いまこの番組を格別の思いで楽しむことができるという意外な「効用」が(会社の経営者になったが現場の労働者も兼ねている)。

今回観たのは、幸楽苑というラーメンチェーン店と、日本交通というタクシー会社の事例。いずれも、現場と経営者とでは、やっていること見ている世界がまるっきり違う。もちろん、人間も根底から違うということがよく分かる。

幸楽苑の取締役は、地方の不振店の店長に自分で研究して考案したという店の既存材料で作る中華丼を振る舞われ、喜ぶ。チェーン店だから、店単位ではメニューを作ったり提案する余地はなかったが、この店長がきっかけとなり、本部にメニュー提案する制度が新設された。

タクシー会社会長は、家に小学生の子供をひとり置いて夜勤でタクシー運転手をするシングルマザーと出会う。客を拾った通りに目印を付けて、売上を少しでも増やす努力を地道に続ける母親に対し、子供は「尊敬しています」と会長の前でいう。彼女がきっかけとなり、頑張る女性ドライバーを表彰する賞が新設され、この女性ドライバーは受賞第一号となった。これなど涙無しには見られない。会長は、彼女の子供にディズニーランド招待券をプレゼントするのだが、私もそんなことされたら泣いてしまうと思った(企業経営者としては私は会長と同じ立場のはずだが家計は火の車なので娘たちをディズニーになどとうてい連れて行けそうもないから)。

経営者たちは、現場の仕事に不慣れだ。当然である。やったことがないのだから。ラーメン店では、いらっしゃいませーと適宜声を出しながら、てきぱきと皿を洗ったり、ラーメン調理をこなさなければならない。タクシードライバーは、地方では高齢者の買い物に付き添ったりと、マニュアルには書いていないきめ細やかなサービス価値を作り出して客のロイヤリティを勝ち得ていた。

タクシー会社会長は、配車センターのオペレーターがしばしばドライバーに怒鳴られると知って怯え、スマホアプリからの配車指示でミスをして落ち込み、洗車の様子をベテランドライバーに「ぎこちない」と指摘される。

一方的にマニュアルを整備して配り、あとは数字だけをチェックする本社の経営陣には見えなかった部分だ。

私はこれを見て、現場も経営者も、車の両輪のようにお互いの存在を対等に尊重してやらないと、これからは絶対アウトだと思った。人間が人間同士協力しなければ、もうロボットとかにあっさり全部置き換えられかねないと思った。サービス産業を洗練させていく以外に、もう日本の未来はない気がしている。

そのためには、経営者は現場での労働をもっとベタに体験してコミュニケーションを取る必要がありそうだ。

にもかかわらず、あらゆる大手企業は株主とのせめぎ合いの中で、現場の労働者を物のように扱い賃金給付を低く抑え、会社だけが存続すればよい風潮が広がっている。

しかもそうした労働者たちは、近い将来ロボットや人工知能によってほとんど置き換えら得ることも視野に入っている。

そうなったらまずいと思う。ロボットに置き換えられたら、現場の人たちはどうやって生きていけばよいというのか?(そこで一部の論客はベーシックインカムとかいっている)。しかし、この番組を見る限り、現場の人たちは、仕事にやりがいと矜持をもってやっている。賃金の多寡ではなく、仕事そのものに、「意味」を見いだし、生きることそのものが仕事に直結している。仕事がロボットに置き換わったからといって、単に金を渡してお終いで済むはずがないと思った。(しかもたぶんBIだけでは足りないし)。

解決策は、経営者と現場の人の賃金の格差をなるべく小さくすることだろう。ただそうするとロボットに置き換えが加速化する危険もある。ロボットのほうが安いからと。もちろん、経済効率でいえばそうかもしれない。

しかし、この番組でボスたちが学んだのは、経営判断を、経済効率だけでしていいのか?という問題である。もちろん答えはノーだ。ロボットのほうが安いからはいクビ、あとは政府の社会保障で生きてね、なんてのは、例えるなら、19世紀の焼き畑農業のようなものだろう。

要するにそれだと、自然と人間が共生できないから、効率が悪かろうが何だろうが、共生のために不効率を受け入れるしかない部分がクローズアップされてきたわけで。つまり、この地球という限られた資源を少しでも長らえさせるために、経済一側面だけでなく、多面的に、長期の視点で考えろと。

人間社会も、労働者と経営者の共生なくして、持続可能な社会は成り立たない。人間皆同じというのは途中までで、5歳を過ぎる頃から大きく分かれていく。そういうのが協力して社会を作っていかないと。会社経営という船に乗っているのだから、労働者も経営者も、少しでも長くその船に乗れるように協力してみたらどうかね?そのためには経営者はちょっと不利益なことも受け入れる必要があるかもよ?そういう気持ちになる番組だ。

てゆうか、e-taxソフトの更新がめっちゃ時間がかかって終わらない助けて。

参考図書

人間の本性を考える 心は空白の石板か』という、ピンカーが書いた本があるから、それを読んで、いったい人間にはなぜこうした差が生まれるのか研究して欲しい。現場労働者と経営トップの差とは何か? なぜ、経営トップは偉いのか?それは頭がいいから?とかいろいろ。

IT、とりわけ人工知能が人間の仕事を奪うということで、いろいろ本が書かれているので、たとえば、『ロボットの脅威』とか『限界費用ゼロ社会』など読んで、いったいこれから、人間の仕事はどうなっていくのかを考えたい

ロボットの否定しがたい「凄さ」

2016年1月6日水曜日

2017年から普通徴収はどうなるのか?

 事業主および副業で従たる事業所の所得(税額)を主たる事業所に通知されると都合が悪い方は以下の長文にぜひとも目を通していただきたい。
 2017年から次の東京都のHPでも書いてあるとおり、東京都と62市区町村は個人住民税をなんとしてでも特別徴収でやってもらいたいと叫んでいる。
「特別徴収推進ステーション」 http://www.tax.metro.tokyo.jp/kazei/tokubetsu/
 法律に普通徴収じゃなくて特別徴収しなきゃならんと書いてあるんだから当たり前である。だから、税理士もこれに呼応する。
 この背景には、市区町村は激増する普通徴収者の滞納で徴税事務が破綻しつつあることが推測される。
 結局子供産ませて国府を増大させるなどの、国の全体像をきちんと政策でこれまで考えてこなかったしわ寄せがこういうところにも出てきている。資本主義の再分配の失敗もあるだろう。ざまみろという感じだが私も事業主であり他人事ではないので、この問題について書くことにする。
 はじめに、税理士などが書き散らす営業目的のブログでは、「2017年からは副業は絶対にできなくなる」みたいな論調が散見されるようになってきたが字義通り受け取る必要はない。副業ができないわけがないし、絶対にそれが主たる事業所にばれるというのも限らない。そんな杓子定規な運用が徴税の場面でなされてたらどんなにいいか(役人の立場からいえば)。実際はもうめちゃめちゃなんだろう、きっと(ご愁傷様)。
 法律より偉い憲法では、労働権もあれば、自治体の徴税権もある。どういうふうに働き、納税(徴税)するかは、最終的に当事者間で決めるべき筋合いで、そのやり方について、東京都がああだこうだいったところで意味がない(★ただし法律に従うといわれたらお終いだ、投票に出かけて議員を選び直して、法律を変えるほかない)。自治体がなんといおうと、自治体は東京都のこんな運動に盲従する必要はないだろう(ただし、法律通りだし盲従したほうが徴税はスムーズにいくので当然渡りに船のように運用に採り入れるだろう、ただ副業できなくなって首になったりした住民が生活保護とかいってくるかもしれないがな)。
 その法律上、事業主は原則として前年の給与支払があり当年4月1日に勤めている月給の従業員については普通徴収ではなく特別徴収の方法で源泉徴収するべし!と書いてある。
 こうした法律の運用として、法律に違背はあるものの、2017以前は個別の運用では普通徴収も認めているのが実情だ。
 理由として、個別に、住民である納税者が市役所区役所にやってきて、どうしても主たる事業所に対し、普通徴収の(従たる事業所の、乙欄の)税額なり所得が通知されるのは都合が悪い、だから自分で確定申告して住民税を「払いたい」から、特別徴収に合算するのだけは勘弁してほしいというお願いがあれば、法律違反だからそれは一律ダメだと言うことはこれまでもないし、これからもない。納税者が納税するっていっているんだから、それを断るのはおかしいだろう。これまでは。
 しかしこれからは、自治体は都と一丸となって、こうした法律に違背する運用を排斥する方向に行くのは間違いない。これ以上、住民税の滞納に代表される徴税事務の煩雑を放置していたら、職員の寝る暇が無くなってしまうのでは無かろうか?
 というわけで、いま、副業をしていて、主たる事業所に所得がばれるのがまずいからと普通徴収している給与所得者は、自治体に問い合わせて、運用を厳格に適用し、一律特別徴収にするのか、それともこれまで通り普通徴収で何とか目をつぶってくれるのか?確認したほうが良かろう。その際に、都は普通徴収をしたからといって自治体に不利益なことをしたりすることはないが、担当者が一堂に会する会議で、自治体の担当者が都の職員に皮肉のひとつもいわれるかもしれない。それに、自治体職員だって、徴収税務を事業者に肩代わりさせたほうが楽だから、なかなか難しいだろう、副業(プライバシー)を理由に普通徴収にするのは。とにかく生活が厳しくて、収めたくても収められないところまできている、だからやむを得ず副業をして住民税を払っているとかいえばよいかも。
 なおこれは今日現在、私の住んでいる市と、東京都の主税局や広報のセクションに直接電話して聞いた話である。市の担当者、都の広報の担当者、都の主税局の担当者それぞれ、微妙な温度差があった。それに、今後、副業収入が主たる事業所の特別徴収に合算されるプロセスにおいて、プライバシーを保護する目的で、何らかの施策が登場する含みを私は感じ取った。
 たとえば市の担当者はこういっていた。収入の部分は隠して、税額だけ連絡することにするとか。しかし税額が分かったら、敏感な経理担当者は不審に思うに違いない。こいつだけ何で、税額が他の社員より多いのかとか。ばれたら社内規則違反で、会社に対して気まずくなってしまい、結局転職を余儀なくされるリスクは残るだろう。私がこのことを指摘し、そんな対策はまったく意味がないと言ったのだが(言ったところでもちろん意味はない)。
 また、2016年の年末調整から新たに「普通徴収切り替え理由書」というのが登場する。これは一定の基準を満たした従業員が「普通徴収」を選択することを、事業主が自治体に報告する趣旨の用紙である。この理由書に、普Bという選択肢があり、そこにチェックを入れて、これまでの給与支払い報告書といっしょに事業主は自治体に給与支払を報告する。ただ、その書類を出しさえすれば、そのことをもって自治体が主たる事業所に従たる事業所からの所得の税額を通知しないという意味ではないことには注意が必要だ。この書類は単に、徴税事務の円滑運用のために、事業主に新規に課せられる書類に過ぎない(超トホホ)。
 繰り返しになるが、徴税するのは住んでいる自治体(市区町村)。納税するのは、従業員個人である。都が何を言おうと、法律になんと書いてあろうと、自分の主張すべき権利はしっかりと主張し、法の乱暴な運用(しかも徴税義務を事業主に丸投げしようという魂胆もある)をさせないよう、市民ひとりひとりが取り組んでいくべきだと思う。
 都の主税局の職員は私にこういった。「源泉徴収票に「普通徴収希望」と書いても意味がありません、必ず特別徴収になる」。
 私は企業の代表者で、しかも経理事務も全部自分でやっている。給与ソフトがほとんど自動で年末調整をやってくれるが、源泉徴収票(給与支払い報告書)摘要欄に「普通徴収希望」と書くのだけはマニュアルにも書いていないしソフトも助けてくれない。自分で入力しなければ、印刷されない。しかしこここそが重要であった。源泉徴収票(給与支払い報告書)に「普通徴収希望」と書けば、事業主は徴税事務から解放されるし、従業員も、主たる事業所にばれないで済む余地が担保されていた。ところが、主税局職員はそこを鋭く突いた。「意味が無くなる」と。
 ここ二十年くらい、日本の給与所得者の所得は下がり続けている。政府の政策における再分配機能は、高齢者優遇でなおかつ金を稼げる人が不利益にならないようになっているし、労働分配率は株主に損失を与えないよう、注意深く毎年下げられている。若い給与所得者の多くは、副業でもしないと家計が維持できない事態になってきている。にもかかわらず、その副業の道がこうして閉ざされようとしている。
 私たち市民は、役人が「法律通りに運用する」というのに対し、抗弁する手段は裁判しかない。もちろん裁判を起こすなど非現実的だ。だから、法律を作る前の段階、議員を選ぶ段階で、しっかり投票すべき代議士を選ぶべきであった。安保法案だってそうだ。投票の際に気をつけないと、こういうふうに、法律でどんどん不利益な状況に追い込まれていく。
 戦争とか、憲法とか、消費税とか、そういう分かりやすいイシューで沸騰するメディアと世論に対して私は残念な気持ちでいっぱいだ。そんなことで沸騰している場合ではない。2017年からはじまろうとしている特別徴収推進のムーブメントにこそ、沸騰しなければならないと思う。
 残念ながら、自治体が普通徴収ではなく特別徴収を原則適用徹底するという本件、人口に膾炙する話題ではない。これは。ほとんどの給与所得者にとり、まったく身近でもなければ、興味を持ち続けるのは至難の業だろう。何か面白いスローガン、少なくとも、短く言い表す方法はないか。ない。特別徴収、普通徴収。特別が、原則で、普通が、例外。ここからして通りにくい。笑ってしまうほどだ。最初は、みんな住民税をおとなしく払っていたんだろう。しかし、事業所も、納税者も、住民税を滞納しはじめたに違いない。雪崩を打って。金がないから。だから、法律通りわーっとやって、取れるとっから取っちまえーという競争が始まった。事業主もそれに荷担させられる。事業主は、立場的には弱い。やはり個人個人の納税者が自治体にあれこれうったえるべきだろう。私はそのための情報を提供するまでだ。
 とはいえ、本稿を書くにあたって取材した先の自治体の担当者に、私は私見と断ってこう述べた。
「そうやってむりくり事業主に徴税義務を課したりすれば、結局は副業ができなくなった生活者は生活保護にいくこととなり、最終的なコストは増えることになる、そういうことを想像できないか? それに、いまは資本金の縛りもなければ、税理士に頼むこともなく、簡単に法人を持てる時代だ。猫も杓子も法人を立ち上げる時代に、一方的に事業主に徴税事務を転嫁するようなことが現実的に成り立つと思ってるんだったらそれはあまりに楽観的。事業主よりも強制力のある自治体なり政府が今後も「普通に」徴収するのが筋なのでは?」
 もちろん返事はなかった。
 結局事業主(である私)も、自治体も、徴税事務は感情的には「いやーやだやだー」なのである。しかし自治体は法律という武器があるから、私は黙るしかない。電話で何を言おうが、負け犬の遠吠えにしかならない。
 最後に2つ。まず、判例では事業主は徴税事務を転嫁されても文句が言えない。要はそれくらいはやれるだろうと裁判所も言っている。だから、法律を変えるしか無く、そのためには議員を動かすしかない。
 もう一つ、この話題とマイナンバーとは直接関係ない。

2016年1月1日金曜日

年末調整が終わらない

はじめれば1時間半もあれば終わる仕事だがあまりに単調で面白味がないうえに、間違えるとやっかいなため、年末調整が年明けたのに終わっていない。

年末調整も終わっていないのに年明けのメッセージとかマジありがとうございます。

スタジオジブリのドキュメンタリー映画「夢と狂気の王国」を見たんだけど、かなり面白い。何が面白いって、建物が隣だったり近所だったりするからリアルで笑える。

それに、この映画に出てくる大先生筆頭にスタッフの皆さんもうちのパン屋にお見えになった人ばかりだから親近感がある。彼らは私のことなどまったく認識していないと思うが。