NHKスペシャルが震災後5年特集でアツい!

 NHKスペシャル、行ったこともないんだが、経験したこともないんだが、まるで自分が体験しているような大迫力で、現代社会で起こった様々な事象を味わえる。
 ドヤ顔でこうだった、ああだったというのは野暮というものだが、次世代の教訓になるようなネタは書いておきたい。
 今日見たのは、原発事故で翻弄される、原発から30キロ圏内の人々の記録。
 「避難しろ」で、寝たきり高齢者の何人かは亡くなってしまった。避難所で、ヨウ素剤があることを知っているのに配れなかった自治体の職員の中には、PTSDにかかる者も出た。
 屋内退避でロジスティックスが国交省の指示でストップした結果、生活物資がなくなってしまい、結局町の判断で住民の8割が避難した南相馬市。避難できなかった2割の人たちのほとんどは弱者で、何人か亡くなったし、ゴーストタウンで食糧も尽きていく恐怖を味わったご家庭も。
 これらのことからわかるのは、地方、とくに、なにか自然災害があったときに物流や避難の経路が脆弱な地域に居住することがどれだけリスキーかである。もちろん、緩やかに死のうと思ってそうするのは個人の自由だが、家族はどうか? 従業員や、従わざるを得ない関係者のことを思うと、慎重に考えなければならない。
 国も自治体も、国民が税金を払って、国民の安全や生命を守ってくれるよう、期待してそこを任せている。ところが、震災に見舞われた福島のケースを観察して明らかになったのは、そうした国の救急救命政策の機能不全と、誤った情報で国民を翻弄して、知らんぷりのままだったというていたらく。
 今の安倍政権を見ると、避難についての本当に実効性のある計画が整っていなくても、どんどん原発を再稼働している。短期短期でしか政策や制度設計をしていないということは明らかだ。
 こうなると、もう本当に自分の身は自分で守らなければならないという感じで、しかもそれにかかるお金は税引き後の所得から工面するのはじつに苦しい。
 私は、物心ついた頃、チェルノブイリ事故を知った。親がサヨクだったので、もう危ないおしまいだと大騒ぎ。トラウマになった。だから、原発が、タイムボカンシリーズのエンディングみたいにポンポンと爆発した2011年のあの日は、原因不明の全身痛に見舞われ、心底恐怖した、この東京で。
 結局、本当に安全に暮らしていける場所というのはどこなのか。自治体や、商業施設がどうなっているのか。気をつけないと安心できない。うちの近所のドラッグストアも、スーパーも、ガソリンスタンドも、震災の後しばらく、品薄だったり大行列があったりして、憂鬱だった。
 まあしかし私がそれでも疲弊した、過疎地方に心惹かれるのは何だろ。こういうサバイバル状態がすぐそばにあるという、「男の子」魂をくすぐって止まないスリルだろうかね。不謹慎かも知らんが。今日も毎日生き延びたっていう、普通に暮らしているのに、地方だとそういう満足感が味わえそう。東京だと、普通に暮らして生き延びるなんてのは当たり前で何の変哲もないが、地方で人里離れたヤバいところで暮らしすってのは何ともいえない開放感と、生の充実感に満ちていそうでたまらない感じ。ソローの森の生活の影響です、はい。

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