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絶望ラジオ

NHK BSの「ドキュメンタリーWAVE」で、韓国の若者がはじめた非営利メディア「絶望ラジオ」を特集していた。
 もちろんインターネットラジオ。
 内容は、編集長が社会に絶望するリスナーの投稿を読み上げ、「そういう人多いよね」「ぜんぜんめずらしいことじゃない」「社会のせい」といった感じで、コメントする。同情したり励ましたりするのではなく、絶望をシェアして、確認する、たまにユーモアを入れながら。
 ソウル大学という一流大学に貧困家庭から進学するものの、生活費を稼ぐためのアルバイトの負担から成績が下がり、奨学金停止となって休学しているあるリスナーのケース。彼はいう。自分の惨めな境遇を知人に話しても同情されるだけ。同情してもらったり、癒やしを得たいのではない。ただ聞いてほしい。だから自分は絶望ラジオに投稿するのだ。
 社会的絶望は相対的だから感じ方は人によってまったく違うだろう。
 私もブログ、このブログはプロブロガーイケダハヤトの数万分の一しか読者はいないわけだがゼロではない、に、こうして日々あーだコーダ、日頃の生活苦や仕事のつまらなさ、社会への恨み辛みを書き散らしているけれども、決して同情してもらおうなどと思っているのではない。というか、同情してもらえるはずがない。
 絶望ラジオに投稿する若者みたいに、こういう境遇があり、こういう感じ方があるんだということを知ってもらいたいだけで、それでもう十分。だからコメント欄も作ってない。
 ただ、ブログ投稿はそれ自体やらずにはいられない。ブログを書かずにはいられない。どんなに人が観ていなくても。
 なぜか?
 たぶん、書くと自分の人生に新鮮味が生まれていい感じになるという効用があるきがする。毎日毎日、同じことの繰り返しだと、本当につまらなくて、退屈になってくる。もちろん、平和でまあまあな暮らしはそうだけれども、その状況への退屈さはぬぐいがたい。
 どんなに幸せでも、あるいはまた、先が見えない泥沼な人生でも、それをはき出す機会がどうも必要なのである。
 さて、韓国では「コシウォン」(考試院)とかいう、司法試験受験生のための二畳ほどのベッドハウスがある。およそ2万円程度で、二畳の部屋と簡素な家具が与えられる。そのコシウォン住まいで、何年も、難関試験(おもに公務員試験)に挑戦する。いま、その数50万人もいるというから驚いた。
 と…