2016年8月25日木曜日

人工知能で消える仕事

最近、人工知能の進展が人々の仕事に与える影響について外国人ジャーナリストや専門家が書いた単行本を立て続けに三冊読みました。

  • セカンド・マシーン・エイジ
  • 限界費用ゼロ社会
  • ロボットの脅威
昨今のビッグデータを活用した人工知能の「ディープ・ラーニング」により、たとえば膨大な医学や法律の文献や道路交通情報から適切な問題解決の回答を導き出したりできるようになってきたというのが、まあこの界隈の話題の肝なんです。

これまで人間がやらなければダメだろうとされてきた、あらゆる場面で人工知能が人にとってかわる蓋然性が発現しています。

微妙に方法を変える実験を繰り返して数字を取る、熟練した放射線科医でも難しいマンモグラフィーの画像から微細な癌を見つける。ある企業で、係争中の訴訟事件にまつわる書類を、膨大な量の電子メールや社内電子データから見つける、学生が書いた英作文の回答を添削するなどです。つまり、インプットの形式が不定型でも、ブラックホールのごとく人工知能にぶち込むと、はいこれでーすと解を、あるいはかなり絞られた候補の解を人間に示してくれます。

いますぐどうのこうのと言うことではもちろんありませんが、「断絶的破壊」といって、テクノロジーがある日突然、人々のある種の活動の持続性を強制的に止めると言うことが予見されているのです。

さて、私がへーっと思ったのが、大学レベルの高度な授業をインターネットを通じ無料公開する「MOOC(ムーク=Massive Open Online Course)」のことです。これは、2012年頃アメリカではじまりました。誰でもネット接続環境があれば、一流大学の講義を無料で動画で見られるとあって、学問の民主化といわれて世界的に話題になりました。2013年頃、ダメだなこれ、といわれて、一部の大学は公開講座をやめたりしているんです。

どうしてMOOCはこんな短い間にダメになったんでしょうか? それにはふたつ理由があります。

  • 一流大学の講義を受けるほどの知性の持ち主しか、そもそもこうした動画を視聴することができない(飽きる、面倒、興味がない)=つまり知性の民主化は起こらない
  • 一流大学は、年間400万ドル以上払う通学のお客様に出すのと同じ「履修証明書」を、単に無料動画を見た人に出すわけにはいかない(大学のブランドイメージの低下につながる)
最初の理由についてですが、MOOC、私もへーっと思って、何個か視聴してみましたが、もちろん、二、三個見てやめました。SNSの誘惑、それに、図書館で無料で本を借りて読んだほうが効率がいいと思ったし、これ見てどうすんだろ、ということですよね。

2番目について。これは重要でしょうね。なぜ、一部の大学だけが難関で、その他は二流、三流といわれるのか。それは就職活動で有利になる度合いと比例しています。いくら三流大学出ても、一流大学の人と就活で競ったらかなわないのです。

それを、誰でも動画さえ見れば、一流大学卒と同じ資格を得て、就活できるようになるんでしょうか? あり得ないですよね。

結局、無料動画は、非常に専門性が高く、職能スキル向上に役立つものや、そもそもその一流大学に在籍していて、授業を受けるのではなく、動画で勉強して単位を取りたい「内部生」が見るものになってきています。

もし、動画見ただけで単位を取得させるには、これまで以上に厳格な本人確認手段と、厳しい修了テストを受けさせ、一定程度以上の得点がなければならないといった関門をセットアップする必要があるのでしょう。

あとは、娘たちどうするんだろう問題です。大卒でも、卒業後はもはや、コーヒーショップのアルバイト店員にしかなれず、すぐさま奨学金の返済のために働くというように、人生がかなり平準化されている模様です。それってどうなんでしょうね。そういう社会って。

むなしすぎて、自殺したくなるかもしれませんよね。だから、人工知能で仕事なくなるよ系の本には、「ベーシックインカム必要だろう」ということがたいてい書いてあります。

そうしないと、資本主義が成り立たなくなってしまうからです。

今は、時代がテクノロジーによって大きく転換しようとしている気がします。

2016年8月10日水曜日

脳科学に基づく正しい人生の送り方

結婚はした方がよい

よく、悲しみのあまり「胸が痛い」という表現がある。通常脳内では、全身の諸々の痛みを抑える物質が分泌されており、痛みは感じないで済んでいる。ところが親との別離など激烈な体験により、この物質が分泌されなくなると、文字通り「痛み」を覚えるようにできているらしい。

親との分離は、成長するにしたがい、社会関係との分離へと移行する。成長したら、今度は社会とのつながりを持っていることにより、痛みを感じないで済む。

極論すると、人間は社会とのつながりを持てなかったり、失ったらば、脳は「痛み」という文字通りの罰を与えるようになっている。社会とのつながりとはもちろん家族のことである。家族=社会であり、会社や学校は二義的で一時的なものである。人生の大部分においてまずは家族=社会である。

Amazonの原住民も、家族単位で生活している。彼らがそうしているのは、何もAERAの結婚のコスパ特集を読んで、やっぱり結婚したほうがコスパがいいからそうしているのではない。本能的にそうすることが本能的に設定されているからである。

脳科学を読むと、結婚して家族を持つことは、四の五のいう前にまずは脳が発動する「罰」を封じ込めるという点で、必須である。

昨今結婚できない(しない)人が増えている。そういう人たちは、結婚に代わる愛着の対象を獲得すればよいだろう。それこそ仕事(会社ではなく、仕事そのものに対する愛着でないと。会社は裏切るが仕事は取り組むだけ満足感を得られる)でもよいし、地域の集まりやコミュニティーでもよい。ミニカー集めでもいいかもしれない。マラソンでもいいだろう。脳が罰を発動する隙を与えなければいい。

いちばんよくないのは、故郷の家族と離れ、寂しさを封印して、しかも社会の中でいかなる居場所も見つけられない非正規労働の単身者である。パニック発作のようなものが起こって、ドツボにはまりやすい。

SNSはやめて、自分の脳を上手に使う

私はよく、家事育児がたいへんだとぼやいている。そのぼやきを社会のせいにしたりして、SNSにも熱心に書き込む。この行為は左脳の仕業で、私の脳の健全な運用において一利もない。つまり人生にとってメリットがまったくない。

人間は、自分の心の中で「台所片付けよう」という内的発話をきっかけに台所片付けに必要な動作記憶のレパートリーを直ちに呼び出して実際に筋肉を動かす。

脳科学の本を読んで分かったことだが、台所を片付ける「動機」は、あくまで自分の中に生じる内的な「やろう」という発話である。口に出してももちろんよい。その発話を直接のきっかけに、反応的に身体が動く。もちろん、台所の片付けの方法(筋肉を動かすひとつひとつの所作の仕方)は、生まれてからもう何千回とやってきているから、いちいち考えなくてもよい。無意識にできてしまう。やっているあいだは、左脳は何を考えてもよいのだが、その際に、なんでこんなことをしないといけないんだろうと、めんどくさいな、男尊女卑でひどい世の中だ、などと考えるのは今までの私の常だったが、これは脳の発展のためにならない。というか、負荷がいたずらに高まって非生産的だしむしろきつさを募らせるだけだ。

人生を面白く生きたいのだったら、どんなことをしているときでも、左脳では常に「最高に楽しいし、やりがいがある」と思っていればよいだけのことである。

それは自分にウソをつくということであれば、確かに家事が面白いわけはないので、まるっきり別のことを考えればよい。

何しろ家事技能の習得はとっくにできているから、左脳は自由である。自由に考えてよい。考えなくてもよい。どんどん新しいなにかを志向して、やれることをやればよい。たとえば、(じつは昔はやっていたが怠惰になりやらなくなった)放送大学を聞くとか、行政書士の音声講義を聴くとかである。

実際のところ、なにかをなすのはほとんどが、過去に習得した運動記憶の再現で可能だ。家事はもとより、勉強だってそうだ。取りかかりさえすれば、テキストや参考書のページをめくる、見る、問題を解く、何でも無意識にどんどんできる話しである。気が散るなら、左脳の活動をシャットダウンしてしまえばいい(だからマラソンとかコワーキングとかある)。

人間にできないことはない

子どもが最初、ばぶばぶーとか言っているだけだったのが、親が話すのを読み取って、一生懸命言葉を習得する。ミラーニューロンという脳の神経細胞の活動によってなされる。

ミラーニューロンは何も、子供のときの言語獲得にのみ有効なのではない。模倣によって運動記憶を蓄積して、人間はたいていのことができるようになる。

こうした脳の機能は誰にでも備わっているのだから、自分で何でも取り組んで習得し、実行すれば人生はどんどん開けていく気がする。

にもかかわらず、できないと思い込んで、他人の力に頼ったりすると、働いても働いても本部に利益の大部分を持って行かれる被搾取フランチャイズ店長になってみたり、変な豆腐売りや林檎ジュース売りになってみたりする。子供が、あのリヤカーにジュース積んでひっぱてる人ナニ?と訊いてきたから、自分でやらないで他人に頼ったらああいう風になるんだよ。と教えた。自分でリヤカーだって作れるし、安い林檎ジュースの仕入先だって見つけられる。でも彼らは、人からリヤカーを買い、林檎ジュースも「本部」の言い値で超高く仕入れるから、うんとお金が必要になって、しかも高いもんだから、売れない。自分でやれることをやらないと抜けられない地獄に行くんだよ。と。

セブンイレブンの「オーナー」は、経理は本部が指定する会計事務所を使わないといけない。経理も自分でやらせないなんて、まさにコンビニ加盟が搾取への片道切符であることの何よりの証拠だろう。

まあもちろん、水道工事や耳鼻科治療、外科手術など自分ではやらないほうがいいこともあるんだが。

脳を使い切れば何の不幸もない

結局、ぼやいたり、他人に頼ったり、結婚はコスパが悪いとかいって独居を決め込んだりするのは、脳が持つすばらしい道具を使わずにいるわけで、これほどもったいないことはない。しかもこの宝の持ち腐れ状態を放置することは、他のどんな資本主義的な営為をもってしても回復困難な損失を人生にもたらす。

世の中の不幸のほとんどは、脳のすばらしい力を知らないまま、怠惰で楽な時間の使い方を正当化し、あとはどうでもよいソーシャルネットワークに不平不満を投稿した結果もたらされる、脳からの「罰」である。それは物理的な痛みとなってもたらされるので、そうなる前に、物事への反応の仕方を変え(ネガティブなこと、ねたみ、社会へのやるせない不満鬱憤をあれこれねちっこく考えない)、行動はすぐ実践に移し(移せるのだから)、家族、またはそれに代わる愛着の対象を持つようにする必要がある。

2016年8月4日木曜日

新生銀行他行振り込み手数料5回まで無料にする法2016年版

 もともと大昔は、新生銀行は他行振り込み手数料がなんと月5回まで無料だった。私もそれでわざわざこの銀行に口座を開設した。
 私は毎月他行振り込みが多いので重宝していたのだが、あるときから1回しかできなくなってしまった。数年前から。
 ところが最近、新生銀行のスマートカードローンプラスという消費者金融サービスを利用し、毎月20日時点でご利用残高が1円以上であれば、翌々月は、5回まで振込手数料が無料になるということが分かった。
 スマートカードローンプラスは要は借金だから、14.8パーセントという鬼のような金利が付く。残高スライドリボルビング払いという、なるべく残高を減らさないような返済のしくみで、銀行側にかなりたくさんの利息が落ちるように巧みに商品が設計されている。借りる側から見ると、毎月の返済額はわずかで済むとメリットのように書いてあるが、なかなか残高が減らないために、利息が非常に高く付くという合法的な「詐欺」商品である。従って、このスマートカードローンプラスを、この商品の本来的な用途(つまり借金)で利用するのは絶対におすすめできない。そのような事態に至ってしまったら、消費行動を見直すべきだろう。使途が生活費ならば、借りる前に役所に生活保護の相談に行ったほうがいい。
 借金ではなく、あくまで毎月20日に借入残高1円という状態を作り、毎月5回までの他行振り込み手数料無料を獲得するという目的のために、このスマートカードローンプラスを利用する。
 その方法だが、18日くらいまでに、スマートカードローンプラスを申込みして最低利用金額の1万円を申し込む。借金の申込みなので、年収、勤め先、勤め先電話番号、諸々を銀行に開示する必要がある。そして自宅と勤め先に電話がかかってくるし。免許証の画像も送信しなければならない。非常に不愉快な経験である。
 しかし、申し込んだ翌日には本当に1万円が私の新生銀行の口座に振り込まれていたので驚いた。簡単に借金地獄に入れる。手続きの面倒くささは、子供の教育費の支援を自治体から受ける際にくらべるとはるかに楽だ。まったく、政府自治体の支援も、これくらいスマートにやってもらえたらいいのに!!
 それで、翌日にはスマートカードローンプラスの会員番号がメールで届くので、その情報その他を利用して、スマートカードローンプラスにログインする。すると借入残高は10004円とある。4円は金利。すぐに1円を残して、残りの元利合計10003円を返済してしまう(自分の新生銀行の口座から振り替えられる)。翌日にもかかわらず、4円も利息が付いていて萎える。しかし、他行振り込み手数料は一行あたり、一番安い昭和信金でも108円かかる。これが5回分無料つまり540円のメリットがある。従って4円くらいなんということもない。この4円だが以下の計算式で求められる。
 10000×14.8%(金利)÷365=4.0547
 このように、14.8%の金利の借金1万円は一日4円の利息が付くことが分かる。
 さて、これで20日に残高1円という状態を作り出せた。ではこの1円はどうなるかというと、毎月28日に自動的に新生銀行の自分の口座から返済される(28日というのは自分で決められる)。自動返済額は、例の残高スライドリボルビング方式とやらで、残高10万円以下は3000円、残高が3000円以下の場合は全額、と決まっている。だから、28日になったら1円も返済されて、借金の借入残高はゼロになる。
 翌月の20日までに、再び同じように1万円を借りて、振り込まれたらすぐ、1円を残して返済する。この作業を毎月繰り返して、540円のメリットを得続けることができるし、借金も残らない。
 540円といえば、格安スマホのデータ通信契約で、2ギガ程度は十分契約できそうだ。スマホからももちろん手続きできるので、手持ちのスマホをこのように利用してチマチマ節約するのがよいだろう。
 面倒くさいこのようなことを続ける意味はあるのだろうか?
 もちろんある。金銭的な意味は確かに少ないが、金を借りる危険性を認識し、節約の実践家であることを毎月自己確認する意味はかなり大きい。
 新生銀行に、このような使い方は「あり」なのか電話で聞いたら十分ありだという。なぜなら、他行振り込みのために利用者は一時的にであれ口座残高を増やすわけだから。そういうふうに言っていた。
 もちろん実際のところ、ほとんどの消費者はこれで借金にずぶずぶにハマり、銀行は利息で大もうけできるということを経験則で知っているからやっているに決まっている。
 ちなみに新生銀行は、コンビニATM入出金利用料は原則いつでもいくらでも無料。これはスマートカードローンプラスを利用していなくても無料。他のネット銀行と違い、未成年でも口座を開設できる。
 最後に、くどいようだがこの裏技は十分気をつけてやってもらいたい。これは、借金だ。あなたが大丈夫と思っても、借金の罠は手強い。借金を申し込むと、自分の預金口座にお金が振り込まれる。するとちょっとアドレナリンが分泌され、なにかスゴい得した気分になってしまうかもしれない。あなたは、借金できたら、気が大きくなって、それを消費に回したり、遊びに使ってしまいそうですか? または、過去に借金してそういうことしたことある? そういう人は絶対にスマートカードローンプラスの利用はやめろ。借金にハマるかどうかは、他の薬物やアルコールのアディクションと同様、心療内科で専門の知見が蓄積されている。540円を節約する以前に、いったん心療内科またはカウンセリングを受けた方がよいだろう。

2016年8月2日火曜日

アフガニスタン。妻を金で買う国と日本のモラトリアム

ソニータ アフガニスタン難民 少女ラッパーの物語(発掘アジアドキュメンタリー イラン/ドイツ/スイス共同制作)を観た(NHK BS)。
 アフガニスタンでは、たとえば男の子と女の子がいる家庭の場合、女の子を男に結婚させる。すると、100万円程度の「結納金」がもらえる。男は女を選び放題である。女のほうには一切の決定権がない。女は、生殖のための家事育児奴隷として売買の対象になっている。
 男の子が嫁を「買う」ために、姉妹がいると助かる。その女の子を売った金を、今度は女の子を買う結納金に充てられる。
 ソニータは、アフガニスタンからイランに逃れてきた難民の少女で、15歳。アフガニスタンに残してきた母親が、娘の売り先に目処が付いたからと、娘を連れ戻しに来る。母親は娘を商品のように売り渡すことに何の躊躇も無いし、習慣だからといって頑として譲らない。
 先進国は、文明というのは、ソニータのような境遇の少女をひとりでも減らすことに注力する義務があると思う。人間を人間扱いすることが文明の基本である。
 ソニータを取材したドキュメンタリーチームは、この母親に2000ドル支払って、半年の猶予を得る。ソニータはその間に自分のラップのミュージックビデオをユーチューブにアップ。これを見たアメリカのアフガン難民支援の学校関係者から声がかかり、奨学金を得てアメリカに渡る。



 この番組では99パーセント、イラン人やアフガン人が写っている。しかし、番組の最後に、カリフォルニアのライブハウスで、アメリカ人観客を前にソニータがラップを披露する場面がある。そこで一瞬だけ、アメリカ人たちが写る。そのとき、自分は、アメリカ人の側の人間で本当によかったと心から思った。
 しかし、自民党の憲法草案をよく見ると、結局文明を後退させて、アフガンみたいに殺伐とした非人間的な国家像が浮かび上がってくる。国家は家族なんて面倒見ない。いざとなれば、いつでも好きなように国民の権利を制限できる。そういうことを書いてある自民党の憲法草案はクソだ。自民党憲法草案などクソ以下で、まったくゴキブリすらむしろ美しいほどである。あんなのを標榜しているクソ政党を支持する地方の農民たちや、都会の地主層ってのはもはや文明人とはいえない。バカだ。クソバカ。本当にあり得ない。きっと、日本の地方も、じつはアフガニスタンのような感じなのだろう。貧しい家の女の子は…。
 話はそれたが、家事育児を、「買ってきた若い女」にやらせるのがアフガンのリアルな婚姻制度である。一方先進国の日本では、その家事はもちろん「買ってきた妻」にやらせるわけにはいかない。仕方ないので夫婦で自分たちでやるしかない。夫婦で話し合ってシェアする。もちろん、結婚するかしないかは、女性にも対等に決定権があり、女性が嫌だといえば婚姻は成立しない。金など関係ない。
 そして、いま。進む晩婚化。生涯未婚率の増加。少子化。なぜか。結局みんな、アフガンの男たちと同じで、家事育児を自分でやりたくないからだ。すべての原因は、人間の営みとしての「家事育児」への忌避感だ。男のみならず、女だって同じようにそれは持っている(日本の女は、金持ちと結婚して家事育児はなるべく外注したいと思っているがそれが非現実的なので結婚できない)。
 今いろいろな物事がAIによって人間の手を離れようとしているのだが。この家事育児、そして親の介護といったウンコ汚れ仕事だけは、どうなんだおい。まったく。

『モラトリアムタマ子』 という映画。地方のあるスポーツ用品店主(妻と離婚)と、その娘で、大学を出たものの家でニート状態に陥ったたま子という主人公の物語である。この映画を観ると、地方のヤバさが痛いほど伝わってくる。女が結婚も仕事もせず、家に居続けるとどうなるか。これは、今は男が結婚も仕事もせず家にいるとどうなるかとまるっきりなにも変わらない。子の引きこもり問題では、子の性別はまったく関係ないのである。うっふー、日本もアフガンみたいに、女だったら売りに出せば金になる、だったらよかったのにねー!!!



タマ子「ダメダナー日本は」
父「日本がダメなんじゃなくて、お前がダメなんだよ いつ就職活動始めるんだ!! いつなんだ!?」
タマ子「少なくとも、今ではない」