アフガニスタン。妻を金で買う国と日本のモラトリアム

ソニータ アフガニスタン難民 少女ラッパーの物語(発掘アジアドキュメンタリー イラン/ドイツ/スイス共同制作)を観た(NHK BS)。
 アフガニスタンでは、たとえば男の子と女の子がいる家庭の場合、女の子を男に結婚させる。すると、100万円程度の「結納金」がもらえる。男は女を選び放題である。女のほうには一切の決定権がない。女は、生殖のための家事育児奴隷として売買の対象になっている。
 男の子が嫁を「買う」ために、姉妹がいると助かる。その女の子を売った金を、今度は女の子を買う結納金に充てられる。
 ソニータは、アフガニスタンからイランに逃れてきた難民の少女で、15歳。アフガニスタンに残してきた母親が、娘の売り先に目処が付いたからと、娘を連れ戻しに来る。母親は娘を商品のように売り渡すことに何の躊躇も無いし、習慣だからといって頑として譲らない。
 先進国は、文明というのは、ソニータのような境遇の少女をひとりでも減らすことに注力する義務があると思う。人間を人間扱いすることが文明の基本である。
 ソニータを取材したドキュメンタリーチームは、この母親に2000ドル支払って、半年の猶予を得る。ソニータはその間に自分のラップのミュージックビデオをユーチューブにアップ。これを見たアメリカのアフガン難民支援の学校関係者から声がかかり、奨学金を得てアメリカに渡る。



 この番組では99パーセント、イラン人やアフガン人が写っている。しかし、番組の最後に、カリフォルニアのライブハウスで、アメリカ人観客を前にソニータがラップを披露する場面がある。そこで一瞬だけ、アメリカ人たちが写る。そのとき、自分は、アメリカ人の側の人間で本当によかったと心から思った。
 しかし、自民党の憲法草案をよく見ると、結局文明を後退させて、アフガンみたいに殺伐とした非人間的な国家像が浮かび上がってくる。国家は家族なんて面倒見ない。いざとなれば、いつでも好きなように国民の権利を制限できる。そういうことを書いてある自民党の憲法草案はクソだ。自民党憲法草案などクソ以下で、まったくゴキブリすらむしろ美しいほどである。あんなのを標榜しているクソ政党を支持する地方の農民たちや、都会の地主層ってのはもはや文明人とはいえない。バカだ。クソバカ。本当にあり得ない。きっと、日本の地方も、じつはアフガニスタンのような感じなのだろう。貧しい家の女の子は…。
 話はそれたが、家事育児を、「買ってきた若い女」にやらせるのがアフガンのリアルな婚姻制度である。一方先進国の日本では、その家事はもちろん「買ってきた妻」にやらせるわけにはいかない。仕方ないので夫婦で自分たちでやるしかない。夫婦で話し合ってシェアする。もちろん、結婚するかしないかは、女性にも対等に決定権があり、女性が嫌だといえば婚姻は成立しない。金など関係ない。
 そして、いま。進む晩婚化。生涯未婚率の増加。少子化。なぜか。結局みんな、アフガンの男たちと同じで、家事育児を自分でやりたくないからだ。すべての原因は、人間の営みとしての「家事育児」への忌避感だ。男のみならず、女だって同じようにそれは持っている(日本の女は、金持ちと結婚して家事育児はなるべく外注したいと思っているがそれが非現実的なので結婚できない)。
 今いろいろな物事がAIによって人間の手を離れようとしているのだが。この家事育児、そして親の介護といったウンコ汚れ仕事だけは、どうなんだおい。まったく。

『モラトリアムタマ子』 という映画。地方のあるスポーツ用品店主(妻と離婚)と、その娘で、大学を出たものの家でニート状態に陥ったたま子という主人公の物語である。この映画を観ると、地方のヤバさが痛いほど伝わってくる。女が結婚も仕事もせず、家に居続けるとどうなるか。これは、今は男が結婚も仕事もせず家にいるとどうなるかとまるっきりなにも変わらない。子の引きこもり問題では、子の性別はまったく関係ないのである。うっふー、日本もアフガンみたいに、女だったら売りに出せば金になる、だったらよかったのにねー!!!



タマ子「ダメダナー日本は」
父「日本がダメなんじゃなくて、お前がダメなんだよ いつ就職活動始めるんだ!! いつなんだ!?」
タマ子「少なくとも、今ではない」

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