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死から目を逸らさず今日一日を精いっぱい生きる

オイコノミアで保険についてやっていた。

保険は不安を軽減することができる向精神的商品だ。心のクスリ、麻薬みたいな。

日本人は年間平均で今38万円もの保険料を払っているという。生涯ではおよそ一千万を超え、住宅に次ぐ高額消費物となる。

一方で、毎月の収入の5~10パーセント近くを社会保険料(年金・健保)で政府機関に払っている。公的社会保障でこれだけ払っているのに、さらに民間の保険に30万も払うというのは、まったくもって不条理であるが、そもそも商品の位置付けが「心のクスリ」である以上、条理が通用するわけもない。

いいんだ、それで。

私はFPとして、昔は解約返戻金で黒字になる役員の長期平準死亡保険に入っていた(自分の会社名義で)。

しかしこれが払えなくなり(w)、今は若い頃に入った、一番安かったカタカナ生保の死亡保障(定期・掛け捨て)だけ。

若い頃にソニー生命とか安い会社をあれこれ検討しておいて本当に良かった。会社に出入りするおばさんが売る、漢字の生命保険会社の特約満載とかに入らないで良かった。

今は子どもがいるから仕方なく入っている定期掛け捨てだが、これも本当はやめたい。

人は、自分の人生を、死から目を逸らさず今日一日を精一杯生きたらいいと思う。

最近は住宅にもお金を払うにはかなりのストレスに耐えなければならない。家を借りる、買うのに何千万もかかる(生涯で)。なのに、近所の農家は家賃収入で暮らしているし、10軒に数件は空き家で放置されている。

毎月の収入の20パーセントを住居費とすれば、そんなの払いたくない。相続した土地にアパートを建てそこからの上がりで働かないで済んでいる高齢者や、相続した土地家屋をもてあまして空き家にする人たちのために。そんな連中は家をただで、貧困子育て世帯に開放すべきだ。

そうしたら、私たち勤労世帯は、週休3日で暮らしていける。

これが私の結論だが、FPの教科書はそう書いていない。やれ、保険はこれくらいの種類があって、これこれの保障が必要だから、毎月いくらのこの商品がありますとか。住居費は収入の20%を目処に考えましょう、今の収入はこれこれだから、あんたが買える(借りられる)家はこれだね、とか。

そんなことバカじゃない限りわかるだろってことしか、FPは言わない。

金融機関のサービスで節約する「大和ネクスト銀行」編

筆者は、銀行に取られる他行振り込み手数料、ATM利用手数料というのがどうしても許せない。払いたくない。そこで必死に、それらが無料になる銀行を探している。

ここのところ分かったのは、新生銀行のスマートカードローンから、2000円だけ借りて、即座に1999円を引き出し、毎月の返済日の次の日に同じように借りて1円残高を残しを繰り返すことにより、他行振り込み手数料が月5回まで無料になるというテクニックである。

今日、さらにネットを徘徊していたところ、大和ネクスト銀行も、他行振り込み手数料が無料ということが分かった。

他行振り込み手数料が、なんと月3回まで無料である。また、自分名義の他行口座なら、何度でも無料である。となると、月1回まで他行振り込み手数料が無料の住信SBIネット銀行、月5回まで無料の新生銀行、月3回まで無料の大和ネクスト銀行と併せて、月に9回も無料で振り込める。

私のように個人自営主、会社経営者だと、コレはありがたい。皆さんにもぜひお勧めしたい。口座開設の手間も、個人番号カードがあるとかなり楽である。

『Bライフ』高村友也・著を読む

私は同居親族が大勢いるので、寂しさとは無縁である。しかし、人間が大勢いるということはそれだけ、生活コストも余計にかかるということになる。

何年も、大勢で賑々しく高コストな生活を続けているうちに、「孤高」「ミニマリズム」「スモールハウス」こういったものに心引かれるようになった。

大切に付き合っているというか、興味が尽きないのでついつい会ってしまう知人がいて、彼もまた、孤高のミニマリストに永遠に憧れる男である。実体は、消費社会における蕩尽の欲望に勝てず、家は物であふれている。そんなあふれたものの一冊が、「高村友也」氏の書いたBライフという本で、このたび彼から借り受けて読んでみた。

関東地方の小田舎に土地を買い、ホームセンターで手に入る資材だけで家を建てて暮らす男、それが高村氏である。上下水道、ガスが来ていないところで暮らす。しかも、彼は東大文学部哲学科を出て慶応の院にも行った秀才だ。この本も単なる貧乏人のDIY自慢に終わらず、幾分哲学的な論点が提出されているのも頷ける。

ある種の普遍性を帯びている内容である。

公務員、会社経営者、会社員、皆それぞれ肩書きがあって、生計を得ている。私もそうである。しかし、これらの生計の手段、もちろん家族を養うのにホイッと捨てるわけにもいかず、明日も電車に乗って通うのだけれども、高村氏のように元々そういうのがなくても暮らせるのかどうか。

じつは暮らせる。

ところが、その(ひとり)暮らし、Bライフは、じつは外部の、まさに社会の中で公務員だったり、会社を経営していたり、仕事をしている他の人たちの働きによって、支えられている。そのことを彼は、「世話になっている」と表現している。

社会の構成員全員が、彼みたいにBライフを送りだしたら、彼に資材を売ったホームセンターもないわけだから、彼のBライフは成り立たない。ホームセンターの仕事を忌避して、山に引きこもりたいのは、ホームセンターの店員とて同じだ。

ここにBライフの矛盾というか、限界がある。みんなやっちゃダメなんだけど、この本と出会えた本当に少しの人は、将来いつかは、と心の片隅に置く程度なら許される。

そういう本であった。ちなみに、BライフのBとは、ベーシック、という意味でもあり、ベイビー、つまり幼稚な、という意味でもある。ベイビーというのは、あらゆる仕事に精通もしなければ、人として成熟もしない、子…