スペインのマリナレダ村について

この村は、村長(30年間ずっと変わっていない)の主導のもと、ある政策を導入して世界的に注目を集めている。

衣食住にビジネスの論理を持ち込まないという点だ。不動産の個人所有は認められていない。

この政策を実施した結果、村の税収は上がり、若者の移住が増え、生産性も向上して治安も良くなったという。

私が日頃訴えているベーシックインカムと似た政策であるが、不動産の個人所有を認めない点はスゴい。

日本で、衣食住が保障されているのは誰だろう。まず子供。親が提供する。そして、行為能力のないひと。認知症高齢者とか、病気でそうなってる人、ハンディキャップを負っている人。

あとは、刑務所に入っている人。さらにいうと、大企業や国家機関の仕事で単身赴任している人も、そうといえばそうかもしれない。

ほとんどの人は衣食住を市場から購入しなければならない。しかも全体の支出にこれらの割合が、近年高まっている気がしてならない。給与所得がどんどん減ってきていから、際立ってくる。エンゲル係数が上がるってヤツだ。

うちもそうだ。収入が右肩下がりになる一方なのに、子供が多いし、持ち家といえども、エアコンや風呂などの耐久消費財は十年ごとにどんどん壊れるので、衣食住だけでもう大幅に赤字だ。

今、世界の潮流として、法人税の値下げ競争が起こっている。アイルランドや、マン島などの租税回避地が法人税を爆下げした結果、アップル、Amazon、Googleなどの大企業がこぞって租税回避地に儲けを移転。残された元々の創業地の国の税収は減ってしまう。すると、そうした国は、もちろん法人税も下げるのだが(競争なので)、減った分で行政サービスをまかなうのに今度は消費税を上げざるを得なくなる。

そうしたら、先進国の貧しい人たちや中流層は、生活にかかる財やサービスの購入がただでさえ高いところ、そこに税金も加わって、ひどいことになる。泣きっ面に蜂、税の逆進性の問題である。

私は毎日、この逆進性の問題に頭を悩ましており、それだけに一刻も早く、マリナレダ村のような、社会福祉的な政策を大胆に取り入れてほしいと願っている。

結局人間を増やさない限り、その資本主義都やらは立ち消えになってしまう。子供を産んで育てる、そして人々が平和裏に暮らす。そういう部分を、資本主義の奔流の中でしっかり守って、支えていくのが国家の役割である。

しかし、国家はもはや弱体化している。ずるずると問題を放置して、決めるべきことも決められず、積極的な政策を打つのは困難になってきている、どこの先進国も。何しろ、足下の、老朽化したインフラでさえ、まともに補修できない自治体も出てきている有様だ。こんな金もなければ、行動力もない国家に期待したところで、座して死を待つようなものである。

そこで考えるのは、Bライフの実践とか、今話題の「シェア」のような試みだ。

いきなり飛ぶが、Bライフ(寝太郎ブログで検索)、「シェア」、これは子育て育児家事に追われるお母さんには縁がない。独り者で、なおかつ結構学歴もあるようなインテリにのみ許された営為のように思える。

沖縄の、バツイチで子持ちの、そしてDV被害トラウマも抱える21そこそこのシングルマザーに「シェア」だのいったところで通じるわけがない。

じゃあ何が通じるかというと、いきなりだが、ばっさり会社を辞めてしまうことがまずひとつの方法である。そして、自営でなにかはじめる。すると貧困に陥るので、保育園に子供を入れることができるようになるかもしれない。

すると時間に余裕ができて、シェアとかBライフをはじめる資格を手にすることができる。

会社員でいること、会社員であり続けることが、そもそもダメだ。日本はダメだ、高齢化で社会保障費がとんでもない、なのにサラリーマンの収入は減る一方だ、生活が苦しい、こういう悪循環をたち切るのは、そのいちばんの出発点である、会社員であることをやめることからはじまるし、それ以外にない。次は、家賃を払わないで済む方法を探す。

衣食住に金をかけないで済む方法を、全力で探す。これがBライフの哲学のひとつだ。

今、社会は変わらないといけない。宇野つねひろが言うように、社会のOSを変えないといけない。なのに「岩盤」のような固い保守層が社会を牛耳っているから、一ミリも変わらない。農協も変わらない。男尊女卑の配偶者控除もなくならない。

繰り返すが、その岩盤を支えているのは、建物の賃貸借契約書だと思う。住まいを、個人が個人に貸し出すってのがマズい。貸す方は、単に土地を持っているだけで何もしなくても金が入ってくる。借りる方は、悲惨だ。週5日のうち、1日は社会保険料として高齢者に分配されてしまう。そしてもう一日は、家賃として、これまたその資産を持っている高齢者に持っていかれてしまう。高齢者は、年金ももらうし、家賃収入ももらえる。

そのために、若者、子育て世代の現役組は、気の毒なほど搾取されることになる。5日のうち、2日はただ働きだ。

だから、繰り返しになるが、まず会社を辞めれば良い。次の年から、収入が激減して、支払う社会保険料も非常に安くなる。年金は免除してもらえる。収入が減れば、家は買うのはもとより、借りることもできなくなる。生活ができない。だから政府に世話になるしかなくなる。

まあしかしなかなか、それじゃああんまりだろうから、私の考えとしては次のようなものを用意している。

・会社勤めをしなくても、タダで住む場所と食事が出るなにか。

会社勤めをしないといってるからといって、働かないでいいとはいっていない。家事育児や、個人事業をしたり、会社を作ったりして、何らかの「労働」をしないとダメだ。それを条件に、タダで住める場所、飯もタダ、そういうなにか、はつくれないだろうか?

今日本には、昭和の女性がどんどん消えている。昭和の女性というのは、もちろん専業主婦のこと。会社勤めを自分はせず(夫にさせて)、自分は、家事育児を担って、もっぱらタダで住居と食事を享受してきた。

私が、タダで家と飯と騒いでいるのは、私が身分としてはほとんど昭和の専業主婦なのに(家事育児で忙殺されて自由がない)、昭和のそれと違って、夫の役割(稼ぎを上げてくる)も担わされて死にそうになっているから。

それで、社会には大勢そういう人がいることも知っている。

なのに、社会がぜんぜん、変わらない。そして、社会(国家や自治体)がOS(法体系)を根本から変えてどうのこうのというのはまったく期待できないので、もう個人とか身内レベルで、なにかできないだろうか。

・会社勤めをしないでも、タダで住む場所と食事がある常況

なんだろう?

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