投稿

2017の投稿を表示しています

家事も仕事も同じように疲弊

家事も仕事も同じように疲弊します。朝起きてから、家事の分担で、女性のほうが家事が多い場合、その女性に、男性配偶者と同じような働きを期待するのは間違っています。

今朝、子どもが猫を管理領域外に放出して、その猫が階段に飾ってあった花瓶を転倒し、水拭きに終われました。猫の毛がそこらじゅうに散っています。その階段に私が掃除機をかけたのは1時間前です。もうそれだけでおなかいっぱいというか、人生終わった、死のう、死にたい、そういう気分に満たされました(もちろん子どもを叱ったり、ネコにあたったりすれば法律で罰せられますから、ニコニコ、ああお父さんがやるから、気にしないでいいよ、ネコちゃんはお部屋に入ってねというほかはありませんし、実際そうししました)。軽い鬱症状です。このように、予期しない理由やイベントが押し寄せ、また際限もないため、家事というのはとてつもなく消耗させられます。通常そのあとで、仕事に出かけなければなりません。私も仕事が満載ですが、この件で、確実に意思力は損なわれたのです。

カナダ人の金融機関のサラリーマンが、子どもが生まれるからと会社を休みたいと申し出たら却下されました。その後なんだかんだあって、結局仕事を干されたり、ミーティングに呼ばれないなどいじわるをされ、裁判所に訴えを起こすに至りました。

過労死や、大手メディアの激務はまったく消える気配すらありません。

政府は、女性活躍だの、ワークライフバランスだのと言っています。もちろん言わないより言ったほうがいいに違いありませんから、それは評価しましょう。しかし、ほとんどの「私企業」は、結局は株主や経営者のオッサン、爺さんの持ち物に過ぎません。

そこで働く従業員がどうなろうと、翌期の業績こそすべてなんです。企業は、国民の生命安全を守る義務がありますから、働き過ぎや女性活躍を推進するのは当然なのですが、結局言っているだけです。

なぜなら政治家に発言力があるのは、結局は圧力団体である経済団体や労働組合だからです。国民ではないのです。国民はバラバラになってしまい、政治的発言力をどんどん自ら放棄しています(たとえば投票に行かない)。

いくら、株価が上がっても、新卒の就職率がよくなっても、この国というのはある種の椅子取りゲームのような感じになっていて、よい椅子がゲットできなければ、寂しく命を失ったり、健康を害してアディクション…

モティベーションの源泉は「夢」

『上野先生、勝手に死なれちゃ困ります』(上野千鶴子 と古市憲寿)を読んで思ったが、まあこの本は、ファイナンシャルプランナーで、人口問題や社会学に関心の深い私が日頃思っていることを再認識させ、そしてさらに深めてくれもし、これからの社会の暗い行く末を納得感とともに占ってくれた。

今最大の問題は、私たちの金も自由な時間も、子育てや親の介護で本当に減ってしまう。そして、労働生産年齢人口も減ってしまう(だからといって経済が悪くなるとは限らないのだが)。

それで、国債で株価を支えたり、利用者の少ない地域に公共インフラを作り続けたりといったこれまでの政策を続けていけば必ず社会が立ちゆかなくなることははっきりしているという点。

注意したいのは、ここで、いや、そんなことないだろうと。何東京新聞みたいな、ネトサヨみたいなこといってるんだろうと。そういうこという人って必ずいる。それはもちろんいいんだけど、そういうこという人っていうのは、たぶん産経新聞とか読売新聞を愛読して北朝鮮やばい、中国やばいとかいってすっきりしている連中のことだろう。放っておこう。それにこのブログでは、読者からの意見は一切受け付けていないので残念でした!

話を戻すけれども、まあこの本を読んで、地域の祭りに出かけてみた。300年くらい前からある神社の氏子が中心に毎年開いている盆踊りである。

そこにいる人たちというのがまた、とてもいい人たちで、また、仲よさそうで楽しそう、ふうんという感じ。連れて行った幼稚園児の娘にも優しく、お祭りというカルチャーを次世代に伝えていこうというある種のまじめさ、歴史や伝統への真摯な態度が伝わってきた、とかいうのは嘘で、まあ、太鼓を鳴らしたり、盆踊り踊って、いろいろ、面倒なでかい問題から目をそらそうということなんだなということしか思えない。

祭りなんて本当に楽しめない。ある種の部外者としてしか、その場にいられない。

あー今日の題名だが、要するに勉強も仕事も、夢が原動力になるってコト。私には夢がない。もうあらかたかなってしまった(もともとたいした夢ではなかった、今思えば)。

夢を持つにはどうしたらいいんだろう?

大学奨学金について

先日、ファイナンシャルプランナーを対象に、日本学生支援機構(JASSO)が主催したスカラシップアドバイザー講習を受講してきました。

 受講して最後のテストで合格すると、全国の高校にJASSOから派遣されて奨学金制度について詳しく説明するお仕事ができるようになります。

 受かっても受からなくても(まあ受かったんですが)、実際高校に派遣されるかどうかは分からないにしても、何しろ大学志望希望者を4人も育てている貧困親としては、これは行かない手はないと。

 しかも、総売上高10000円(2004年から今日まで)、維持費用が毎年15000円程度かかるこのファイナンシャルプランナー資格を、今こそ活かすときではなかろうかというのもあります。

 さてここからは私の私見ですが…。ブログなんだから私見以外の何があるって言えばそうですが、感想とかご意見、クレームは一切受け付けませんという意味です。気になるなら自分でブログを立ち上げてそこで書いたらいいと思うんです。それで、表現の自由がどんどん洗練されて、よい市民メディアが次々と育つようになるのがいいかなと。クレームだ、意見だ、なんだとメールだの直接いってきたところで、「バカの壁」がありますので、一切ムダなんですよ(もっともこれまで一件もそういうのは来たことがないですが、読者数が10人に満たないものですから)。

 今、日本はヤバい。何がヤバいって、人口減少です。人が、どんどんいなくなる。増えているのは、高齢者ばかり。子どもが生まれていません。

 10年以上前、このファイナンシャルプランナーの資格を取るときに受けた授業で、先生が言っていたのを思い出す。高齢者を、いったい何人の現役世代が支えるのかってはなしです。高齢者は、動けなくなったり、しゃべれなくなったりしても、一応生きていますから、人権があり、大切に扱わなければなりません。それで、社会保障制度を通じて、国や地方自治体は、現役世代の所得の幾分かを、高齢者を支えるための年金や医療費に再分配しているのです。

 高齢者が少なくて、若者が多ければそれでまわっていましたが、今は高齢者が多くて、若者が少ない。するともうこの再分配制度だと、高齢者ひとりを、若者4人で支えるとか、地域によっては二人で支えるとか、そういう事態になっています。自分の親ではなくて、制度としての再分配を通じて、ですから、イメー…

隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働(ルトガー・ブレグマン著)を読んで

この本、『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働(ルトガー・ブレグマン著)』を読んで、よほどの権力者やとてつもない金持ちでない限り、一般国民は全員ベーシックインカムにすぐに賛同して運動を始めるべきだと私は確信を得た。

 魅力的な著者の主張が満載である。未来を明るく展望できる、ポジティブな提言の書だ。

 要は、資本主義がもう行き詰まっていることは利子率の歴史的低下などから明らかであり、これを放置すれば格差拡大と、資本のタックスヘイブンへの逃避による国家財政破たんによる人類の滅亡に一直線だから、思い切ってベーシックインカムでどうよ、と。そういう話しである。

 ベーシックインカムは、じつは社会保障は全部やめましょうということでもある。だから、小さな政府を志向する保守層(リバタリアン)からも歓迎されるし、また、もっとも手厚い福利とも見られるので、左派リベラルからも歓迎される。

 私は、いち生活者として、そして子どもを4人も育てている家計の長として、人数分一律数万円毎月もらえたら単純にありがたい。アホみたいな労働に荷担しないで済むし、その分、子どもと楽しく過ごせるだろう。その方がよほど幸せだし、また、こうしたことで幸せになれるとなれば、少子化ももっと何とかなるんじゃないかと思う。

 頭がいい「論客」は、まさかこんな理由でベーシックインカムが熱望されているなどと想像することはあまりできていないように思える。ベーシクインカムに否定的な論者もたくさんいるが、彼らは、私から見るときわめて残念で近視眼的な、ある種の偏見を根拠に反対しているに過ぎない。反対してドヤるために、反対しているだけの輩すら散見される。

 ベーシックインカム反対派が反対の論拠にする様々なエビデンスは、まったくもって非科学的で間違った思い込みによるものであることが、この本で次々明らかになる。ざまあみろだし、ベーシックインカムに反対する前に、まずこの本を読んでもらいたいと思う。私はこの本だけを売るために書店を開こうとさえ思っていまじつは、準備している。

 この本を読んだ皆さんとぜひ、日本、あるいは世界の将来について話し合い、大きな政治的な勢力として、未来への働きかけをいますぐはじめたいと思っているんだけれども、その前に寝ないと明日また起きて、家事育児そして仕事を貫徹できない。あーこれ…

なぜベーシックインカムか?

今日私たちは、たとえば200年前とくらべたとき、まさに当時人々が思い描いたようなユートピアに生きていると言っても過言ではない。

手紙は数秒で届く意見を自由に表明できる日用品や本がすぐに手に入る乳幼児死亡率は著しく下がった平均寿命は大幅に伸びた戦争による死者数は著しく減った貧困に苦しむ人も大幅に減った ところが実際のところ、別の「悩み」に苦しむようになった。これらは、200年前の人々には想像もできないような悩みである。

通勤電車で痴漢をすると私刑でしかも死刑になるケースが相次ぐ政府が国民の表現の自由を結果的に制限する政治やメディアに国民の声がまったく届かない将来に希望が持てない子どもの6人に一人が相対的貧困である子どもを産んだあと離婚をするとものすごい貧しくなるほとんどの給与所得者は週のうち2日は高齢者への仕送り労働アパートを建てても入居者が集まらないのにどんどんアパートができるほとんどの銀行はもうつぶれるほかない(利子率の史上最低水準) これは、一言でいえば、私たちの資本主義が傷んできて、基本的人権や議会制民主主義といった重要なイデオロギーを毀損しはじめている現象だ。

私は、ずっと子育て育児、そしてもっぱら経済の自由競争からの逃避で得た時間を読書に費やしてきた。その結果明らかになったのは、私たち先進国に住む人類全体に起こっている現象として、

少子化と高齢化(シルバーデモクラシー)富の偏在中間層の没落ほとんどの市民が目に見えない監獄にいれらた状態オキシトシンの不足(幸福度の減退) こういう感じになってる。だから、私の提案としては、

ベーシックインカムを導入し再分配の再設計オキシトシン(道徳ホルモン)を活性化する社会の実現 これに尽きる。これは、高齢者や一部の富裕層が寡占する富をまずはベーシックインカムで中間層らにばらまき、みんなでふれあって幸せになろうよ、という話し。

このあいだ、地域のわりと富裕層目の老人が入る老人ホームに行く機会があった。もちろん、清潔で大切に老人たちは扱われ、職員はまあ生き生きと、とまでは行かないものの、なんとかギリ、働いていた。雇用が生まれているといえばいえる。しかし、私はそういう老人たちの世話をしたいとは思わなかった。

人の世話をするとオキシトシンは出るとはいえ、老人ホームで他人の老人の世話となるとものすごいテストステロン(ストレスホルモン)もでる…

やってないのに痴漢をもし疑われたら?!

やっていないのに、満員電車でもし痴漢を疑われたらどうすればよいか?
短くまとめます。

その場(ホームなど)にとどまったまま、相手に身元を明らかに説明する。名刺を渡したり身分を明らかにして(IDカードを見せるなどして)、やっていない旨と、「私は逃げも隠れもしませんので、もしそれでもやったというのでしたらあとで警察に行って下さい」とだけいう。そのまま立ち去る。立ち去ることができない場合は、その場で(駅員室などに行かずに)弁護士を呼ぶ。弁護士が来たら彼は、当然「この人(クライアント)は、身元も明らかにしているし、逃げたりしない、痴漢もやってないといっている、だから後日いくらでも調べればいい。今は帰ります」。といって、逮捕を避ける論証を開陳し、立ち去ることを助ける。弁護士を呼ぶために常にそういう場面で連絡できる刑事弁護士の連絡先を電話に登録しておく。弁護士が来るまで、その場を動かないほうがいい。それでも駅事務所につれて行かれてしまったら、その状態は、私人逮捕という状態に。駅事務室では必ず警察が呼ばれる。なぜならすでに逮捕されているので。警察に行ったら、逮捕された人に保障されている権利として、必ず(まだ弁護士が着ていない場合)「当番弁護士を呼んで下さい」(無料)という。取調室では、「やっていないです。弁護士が来るまで待って下さい」といい、他の質問には答えない。弁護士と話してその後の対応を考える。やっていない場合は、検察官や裁判官に「この人は身元がはっきりしていて逃げないから、在宅取り調べでかまわない」といってくれる。二日程度で家に帰してもらえる。 そもそも通勤電車が人権侵害状況で、その状況を作り出している鉄道会社の責任が問われる。また、混んだ時間に通勤させる雇い主の不作為も問題だ。企業は、従業員を痴漢えん罪から守るために、弁護士の連絡先や上記の対応を周知させる努力が求められる。

さらにいえば、日本の裁判官が、警察、検察が作った調書を安易に証拠採用して、調書=自白があれば必ず有罪という判断をやめさせることが求められる。裁判官が調書を元に有罪判決を量産するから警察検察も有罪ストーリーに被疑者を当てはめる自白を無理矢理引き出す「作業」が繰り返される。裁判官が、自白調書は証拠採用しないといえばよい。

参考
J-wave JAM THE WORLD 2017.6.12
弁護士三浦義隆のブ…

サピエンス全史・キッズドア・オキシトシン・社会の分断

「行政がゆがめられている」と記者会見で訴えた前川前文部事務次官。キッズドアで子どもの学習支援のボランティアをしていたことが明らかになり話題に。
 『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ)によると結局人類の幸福はセロトニンやオキシトシンといった脳内物質の分泌量で決まると結論。歴史家はこれまで、こうした指標に基づいて定量的に人類の幸福史を作ってこなかったと。
 ケリー・マクゴニガルのTEDスピーチ「ストレスと友達になる方法」では、人に親切にするとオキシトシンが出る。そういう経験を重ねていくと、いざ自分が強いストレスに晒されても、勇気を持って乗り越えることができると主張。
 『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』(ルトガー・ブレグマン)によると、結局AIにぶんどられて人様の仕事なんてなくなっちまうんだから、GDPみたいな欠陥だらけの指標で成長成長と騒ぐのはもうやめにして、ベーシックインカムで行きましょうよと。
 社会は分断をきわめる方向に動いている。各々が信じるイデオロギー(物語)が異なりすぎて、互いに馬鹿の壁を夢中で築いてわかりあえない。
 NHKの番組「ニッポンのジレンマ」で、ベーシックインカムを積極的に評価する阪大の安田先生のゼミ生が、過半数が反対の現実。
 みんな幸せになりたいし、自分のことが認められたいと思っているのは分かる。しかし、幸福のための物質オキシトシンを出すには、単にセックスしたり背中とんとんてやったりハグしたりすればよい話し。祈るっちゅーのも出るらしい。
 だったら、ベーシックインカムにして、中途半端な低賃金労働は止めにし(機械に任せて)、ハグし合ったりとことん討論したり祈ったりする時間を持てる社会を作ればいいんじゃね? そうしたら、右翼も左翼もなくなって分断も解消。キッズドアのようなNPOでのボランティア活動や、創造的な時間や趣味の文化が活発になって、よさそー。
 ちなみに私がベーシックインカムに賛成なのは、子どもが多くて世帯人数が多いため、世帯主としては可処分所得が増えてイッひっひだから!ってのは半分ホントで半分冗談。大学学費無償化もセットでね!

ノーベル経済学賞受賞者の理論「安定マッチング」とは?

いま日本の課題のひとつは、少子高齢化の進展に伴う、社会保障費の増大である。

少子化の原因は、婚姻数が減っている。生涯非婚率も上昇を続けている。しかし、若者の多くは、将来は結婚したいと思っているようである。

婚活という言葉も生まれ、合コンや出会いのパーティーは日夜様々な場所で、民間や行政機関によってさえ、開催されている。

ところが、大枠としては少子高齢化は先進国共通の問題として定着しており、一挙解決というのは私は目下ベーシックインカムくらいしか思い当たらない。

ところが、今日「オイコノミア」で、くっつきの経済学とかいう妙なテーマを見て驚いた。

人と人をくっつける(結婚にせよ就職にせよ何でも)にあたっては、すでにノーベル経済学賞を受賞した立派なアルゴリズムが存在していた。

それは、このページを詳しくは見てほしいが、要は、マッチングの結果決まったパートナーに対する満足度(納得感)が最大化すること、そして、そのパートナー以外の人のところに行く(不倫など)ことの利益が、そうしない利益を常に下回ることができる、そういう理論である。

通常は、パーティーでちょこっとしゃべって、最後に、意中の人のところに行って「お願いします」と頭を下げ、女性がその中から選んでカップル成立となる。それに対し、安定マッチングの場合はいったん、女性が候補者の中からひとりをキープしておく。

男性は、すべての女性参加者を、好きな順に並べて、順番に告白していく。断られたら、次の女性のところに行く。それをキープされるまで繰り返す。

すべての男性が「キープ」された状態になるまでこれを繰り返す。

すると、女性のほうとしては、次々告白された中から、キープを次々交換することで、自分に好意を寄せている人のうちもっとも順位の高い人を選ぶことができている。一方男性は、自分を断らなかった人のうち、当初の順位の最も高いひととカップリングできていることになる。

これだと、不倫をして、カップリング相手以外の、より順位の高い女性に、あらためていいよろうという誘因は働かない(なぜなら結局その相手には1度断られているので、また断られることは分かっている)。

すべてのお見合いパーティーはこの方法をとるべきだと思う。なぜ、この方法が採用されないのかまったく理解に苦しむが、理由もなくはない。男性によっては、好きな女性が、その参加者のうち、たとえ…

アンジェラ・リー・ダックワース「成功のカギは、やり抜く力 GRID」

aasdfasdfa
IQではなく、「やり抜く力(GRID)」(ただし詳細は不詳)なるもので成功は決まると。
そう、スピーカーのアンジェラ・リー・ダックワース先生はおっしゃっています。

私は確かに、やり抜く力は、ない方です。やり抜く力というのは、どうすれば鍛えたり、獲得することができるのか。どんな子どもは、持っているのか。親や、生育環境がどうであれば、やり抜く力がより得られるのか。

最近いわれている「非認知能力」も、これに近い気がします。

運動の部活動や、勉強以外のいろいろな体験が、どうやらいいかもしれないともいわれています。

まあ、勉強の出来不出来が少なくともIQではない、というのは、救いですよね。生まれつき決まっているものではなくて、あとで努力次第でなんとでもなるというわけですから。

要は、がんばればできる。努力は報われる。そういう考え方です。

私の問題は、最近、このやり抜く力ってものがどんどん衰えているなーという自覚です。原因は自分なりに振り返ってみますと、「だらだら」「飽きる」「気が散る」――この三つが大きいと。

(会社を辞めて10年以上経ち)毎日緊張感がない加齢でいろんなことが陳腐化して新鮮味がなくなり、取り組もうという動機もわかない情報過多なうえに家事育児など気が散ることが多すぎる しかし冷静に考えると、そもそもやり抜く力があれば、こうした要素にもかかわらず、なにか事を成し遂げることができているはずです。一心不乱に取り組み続けることができない結果、こうした状況になっているともいえるし、こうした状況のせいで、余計にやり抜く力が衰えている。悪循環です。

私はどうしたらいいんでしょうか。

キーワードをひとつあげるとすると、「コミットメント」だと思います。やり抜く力を発揮しようにも、対象を定めて対象に強く関与(コミット)しないことにはどうしようもありません。

私はコミットすることは悪いことではないし、苦行でもないと思います。確かにとっかかりの瞬間は、気が重いし、その対象でよいのか、不安もいっぱいです。

ところが、何でもいいからコミットしさえすれば、少なくとも一定の成果は出るものです。成果は小さいかもしれないし、失敗で終わるかもしれませんが、コミットしているあいだは、いい感じに脳が活性化されて、それこそ「心地よい興奮と満足感」を味わえる瞬間が多かれ少なかれ、あり…

Lifehackerでイチオシ記事

月額1500円くらいのサブスクリプション(有料定期購読)でNewsPicksというのを読んで1ヶ月。
 為末大さんの集中力の記事で、最大の敵は「退屈」と書いてあり納得。退屈を様々な工夫(違うことにトライする、環境を変えるなど)で乗り越えてきたメダリストの言葉には説得力があった。
 私はすべてのことには飽きや退屈がしょうじて、人間の、およそ生存に必要な最低限度のこと(調理、飲食、排泄、睡眠など)意外は結局継続的にし続けることができないようにできているのではないかと思うようになった。
 特に、『サピエンス全史』を読んで、人類は数百万年も気ままに狩猟採集生活をしてきたのに、ここ1万年程度で突然農耕に切り替えて、それで定住し、あれこれ小麦を育てるためにそれこそ「todoリスト」みたいな感じでやりたくもないこと、つまり少なくとも本能的にその日暮らしをしてきた狩猟採集時代はやらないでよかったことを、やらなければいけなくなってしまった。『サピエンス全史』は、この事態を、人間が小麦という生物に隷属化したと書いてすごいなこの著者は。まったくそうだ。
 農耕社会、そして現代にいたる高度文明社会にいたるまで、人間は間違いなくなにかに隷属している。
 しかしじつは、隷属の状態は案外ラクでもある。なにも考えなくても、避けがたいプレッシャー(稲刈りとか上司からのメッセージとか)によってタスクをこなせば、まあくっていけるわけだから。
 では、本題と言うことで。

仕事の効率が上がる、手書きリスト管理術Autofocus
https://www.lifehacker.jp/2009/02/autofocus.html
通常は、todoリストは終わったタスクに線を引いて消したりすることで「小さな勝利を積み重ねていく」のが眼目だが、この方法は、いったん取りかかったタスクをもし中断した場合は、とりあえず棒線で消して、最後に同じ内容を加えるというところが私にむいている(すぐ気が散って他のタスクに手を出すので)。
「苦行」とは正反対? ミニマリズムを実践することで得られる11のメリット
https://www.lifehacker.jp/2016/12/161222_book_to_read.html#cxrecs_s
ミニマリズムは苦行ではないという記事。ミニマリズムのメリットが、苦行を打ち消してなおあ…

学費無料のアメリカ「ベレア大学」の方法

私も含め日本で子育てしている親の関心事は、大学学費の高さである。大学の学費は、給与所得や物価がずっと下がり続けているここ20年ほどのあいだに、ひたすら高騰している。

娘が4人もいるから、奨学金なしではおよそ全員を大学に進学させることは不可能だ。もちろん、シリアやとんでもない途上国にくらべれば、借金さえすればよりどりみどりで大学に行けるのだから、それはまあそれでよしとしよう。最近は、奨学金も、無利子だったり、給付型も政策で導入されつつあり、だんだんと状況はよくなってきていると言える。

それで、アメリカのべレア大学という大学について話したい。この大学は学費が無料だ。通常1000万円程度の授業料が、この大学が所有するさまざまな商業施設で働くことで、学費が無料になっている。

たとえば、ホテル、レストラン、パン工房、農園、森林、工芸品店である。大学があるのは、ケンタッキー州の人口1万人程度の小さな町。ここにこうした観光資源があることで、全米から観光客がやってきて、町の活性化につながっている。

ちょっとしたパンにしても、鶏肉にしても、工芸品にしても、難関私立大学の学生さんが作っているとなれば、非常にイメージがよい。近所のスーパーで買わずに、あえてここで買おうという気持ちにもなるだろう。

学生にとってもメリットは計り知れない。もちろん勉学のための時間が犠牲になる面はあるものの、借金のように、金融機関を単に利するだけの利子を払わないですむ。勉強して大学の学位を取るのに、何で民間企業(しかも金融経済のため実体経済にくらべて儲けが膨らみやすく、少数の関係者で富を寡占している)のために身を粉にして働いて借金を返済しなければならないのか。この不条理は若い学生には私は酷だと思う。

そういうわけで、このビジネスモデルは日本の大学にも当てはまるだろう。ただ、これはあくまで、ベーシックインカムといった社会主義的な政策に拒否感の強いアメリカの話。ベーシックインカムが導入されれば、こうしたモデルは通用しなくなるかもしれない。

ただ、それまでの過渡期として、「現役大学生」が働くサービス産業を大学が学費無料の財源として運営するのはいいだろう。大学だけではなく、塾でもいいかもしれない。

女子高生とドキュメンタリーを見て思う

子ども(高校生)にNHK BSでやっていたドキュメンタリーワーク・ラブ・バランスを見せてみた。日本人ワーキングウーマン「マイコ」さん(37歳)は理系大学卒業後大手銀行に勤めた。子どもを二人産んで育休を二度取った。職場へは片道1時間半かかるから、朝は6時半にみんなで朝ご飯を食べ、子供は保育園や学童にあずける。5時の定時に退社しても、保育園に迎えに行けるのはギリギリ、夜7時前となる。そのあと休む間もなく夕食の準備、子どもの世話など。夫は10時過ぎに帰宅する。

海外のドキュメンタリー番組なので、解説はこうなる。「日本ではこうしたことはめずらしくない」

マイコは、14年勤めて、二度の育休と、残業をほとんどしなかった結果、同期に比べて出世しなくなった。彼女はいう。「競争だから残業できる男性社員のほうが出世するんだなー。暗黙の了解でそうなってる」あきらめの境地だ。

娘の感想はこうだ。「かわいそー」

私の感想は「職場の近くに引っ越せばいいのに」

まあいずれにしても、これじゃ子どもなんてひとりふたりが精一杯だ。正直、うんざりだろう。つまり少子化は構造的に強固に社会に埋め込まれている。

安倍総理は「女性活躍社会」とかいう。確かに今日、幼稚園の保護者会に行ってみて驚いたが、平日の昼過ぎで、女性しかいない(ママしかいない、パパはいないという意味)。子育て育児も、結構たいへんである。夫は外で長時間労働、ママは地域で子育て育児。

一方、マイコのような共働きの正社員女性もまったく見ているだけで疲弊してしまう。

主婦も、キャリア女性も、両方ともめいっぱいになっている。いや、もう無理だ、活躍なんてこれ以上どうしろと?

私は保護者会に行って、帰ってきても子どもを公園で遊ばせたあとはぐったり疲れて寝てしまった。もちろんわたしが社長の法人の収入は減る一方。

日本という社会はもう本当にあり得ないほどおかしい気がするんだが、案外それでも、特に未婚の若い世代は幸せ満足度が高いという統計もある。

パラサイトシングルの連中だ。パラサイトシングルなら、アゴアシマクラは全部親持ちだから働いた分は全部自分の遊びに使える。まったくもって満たされていて、幸せいっぱいだろう。

まあ、それも40代、50代になれば、(現状のこの世代の満足度が相対的にはかなり低いことからも明らかなように)だんだん不幸になっていく。

とにかく、い…

利他主義的動機付けの優位性

なぜ、保守政治家は家族家族というのか。科学的知見からはじつは結構合理的。 人は、人の前はサルだった。サルはその場で果物だとかをシェアして終わるが、人間は、なにか見つけると、遠い距離を運んだ。その先に家族や仲間が待っているからだ。 特別な動機付けの訓練を受けていないのなら、人はすぐ「ま、いっか」となって目標の遂行を投げ出して楽に流れる。しかし、家族や仲間を利するための行動(利他的行動)ならば、勝手にま、いっかとはならない。どんなにつらくても、家族や仲間が困るだろうから自分勝手な都合で簡単には投げ出せない。 いまひとり暮らしの人が増えている。生涯未婚率が上がっている。恋人を作るのもおっくうでやらない。そういう人たちの多くは中年になれば、なんのために努力すればいいのか分からなくなってしまうだろう。困難な目標を遂行する気はもとより、日々のごく些細なこと、たとえば次の月曜日は資源ゴミの日だから読み終わった本をひもで縛って収集場所へ出すといったことも次第にできなくなる。行動と結果の影響がすべて自分だけに完結となれば、やーめたって言って日々最低限の欲求を満たすだけの人生に堕するだろう。 私なんてまさにそうなりそうである。愚痴やぼやきばかりだがそうなっていないのは家族=債務があるからこそ、起きて仕事する。家族がなければ三年寝太郎になってる。家族がいるからこそ、ぜったいやりたくない掃除もすれば、税務申告もするし接客もチラシ配りもする。 こんなの自分のためだったら絶対やっていない、アホらしいしやる気もない。しかし家族が困るとなればまあ、やるかとなる。 結婚していない、ひとり暮らしの知人が何人かいる。中年期にさしかかり、多くは没交渉となったが、一部近況が分かる人のケースでは、たいてい部屋は汚部屋化している。太って、喫煙飲酒癖があり、仕事への熱意は一切ない。しかしその姿はまったく自然で、普通なことであり、私も家族がなければそうなるに違いない。そして最後は必ず医療や介護、ひいては年金や生活保護の世話になる。それらは社会保障給付という。 というわけで、保守政治家が家族家族と騒ぐ理由だが、結局結婚して家族(アドラー心理学的に言うと家族ではなくても、仲間、あるいは利他的行動の対象となる何でもよい)を持たないひとりもんは、へたれで自暴自棄となり、社会保障の世話になるリスクが高まるとい…

日本最大の問題、それは世代間の偏り

ファイナンシャルプランナーの中嶋よしふみ氏のブログの「平等に貧しくなろう」という上野千鶴子氏の意見の正しさについてを読んでください。

私もFPとして前々から日本の大問題は世代間の富の偏在、具体的には高齢者にばかり富が集まって若者は制度的に搾取される一方であるという点です。

このブログのタイトル画像の背景にもしているほどです。

日本はもちろん、憲法で財産権は基本的人権のひとつとして尊重されるべきものになっています。年金だって、長年はたらいてきた高齢者たちからすれば、「積み立ててきた自分の財産」(本当は賦課方式なので、積み立ててきたのではなく、いまの現役世代からもらっているに過ぎない)なのだから、これを取り上げたり減らすなどあり得ないと思っているのは自然です。制度を法律で作る政治家たちも高齢者から選ばれているため、年金をばっさり減らしたり、高齢者の資産を若者に再分配するなどというのは思いも寄らないことでしょう。

しかしこの状況こそ若者が圧倒的に搾取されている構造なのです。

税収のメインは所得税、法人税、消費税であり、いずれも現役世代の労働の付加価値に対して課せられる税金です(消費税は支出ですが支出は当然現役世代の方が大きいのです)。

高齢者は日本の金融資産1700兆円の過半数を持っているとされています。こうした金融資産への課税はたとえば相続税等ですが、国の税収の柱とはとうていいえません。

税制から見ても、数が減る一方の若者の労働から、増える一方の高齢者に一律支払われる年金や医療費でどんどん吸い上げられている構図です。

私はこれは、政治家も、(もはや高齢者しか購読しなくなった)新聞メディアも、もちろん忖度に夢中な官僚も、つまり日本のメインの権力者たちにとっては不都合な真実なので、話題として積極的に語りません。

しかし、だからこそ私は声を大にしていいたいです。

若い人が、子どもを産み育てやすい社会構造に転換しないと、たいへんなことになると。

いま、日本で子育てしようとしたら、それも働いて得る収入で子どもを育てようとしたら、本当にたいへんです。国は増え続ける高齢者向けの社会保障費で、子育て世帯への再分配は構造的に、つねに及び腰です(前述の通り)。待機児童も、毎年毎年解決される見通しはありません。地方自治体の議員たちは、待機児童など問題としてみていません。やる気がないのです。…

アダプティブラーニングについて

選択過多の時代 「人は自由になるほど幸福度が下がる」(Barry Schwartz 心理学者 TEDスピーカー2006)によると、近代文明社会では選択肢が多すぎて人々の選択肢が下がっています。
・選択肢が多すぎて、そもそも選ぶことができない(なにかひとつ選んだ方が、あとで確実に利益になることが分かっていたとしても!)
・他を選べばよかったのではないかと思う
・期待度がデカくなりすぎて、なにか選んでも結局満足できない
 そうすると、私たちがなにかサービスやものを提供して利益を獲得する場合は、選択肢を減らし選びやすくすることがひとつの視点として必要だといえるでしょう。
 今日はいったいこの選択過剰な世の中で、では子どもにどんな勉強学習環境を提供したらよいのかについて考えます。

ICTで先進国の仕事・生活風景ががらっと変わる 今後数十年で、高度化した人工知能やコンピュータテクノロジーの進展により、人々の仕事や生活風景は大きく変わることが予測されています。『エクサスケールの衝撃』(齊藤元章・著)とか読むと。
 90年代からパソコンをいじりはじめた私の実感としても、近年の進歩は驚くべきものです。しかし懸念があるのです。それは、スマホでなにもかも簡単便利にできるようになった反面、消費者の多くはスマホの利便性のテクノロジーについてなにも知らないし関心も持たなくなっているという点です。それは当たり前で、当面の必要性を満たすのに、小難しいことは一切知らなくても全部できてしまうからです。その裏を支える技術など関心が及ぶ余地は1ミリもありません。

アダプティブラーニングとアクティブラーニング みんながこうした利便性を享受するだけの消費者になったら、次の技術を作り出す人材は育ちません。ではどうしたらよいのか。政府は、これからの学びを、アクティブラーニングとアダプティブラーニングに分け、それぞれの学びを推進していくことが重要だと言っています。
 アダプティブラーニングは既存理屈、体系の習得であり、アクティブラーニングの礎。だれでも、体系化されたトレーニングで習得できるので、AIで効果的に終わらせる必要があります。
【参考】文部科学省 教育の情報化について[PDF] 2016

生活環境では勉強も仕事もはかどらない

このテーマでは身近な人が皆同じ悩みを抱えています。家で、仕事や勉強など一定の集中を要することは決してはかどりません。ご飯を食べたり家族と話したりテレビを見たり、寝たりする、その同じ空間で、勉強や仕事をやるのは至難の業です。
 メディアでよく、東大に合格した子どもはリビングで勉強をするとかいわれています。前段と矛盾するようですが、注意深く観察すると矛盾しません。むしろ関係ありません。なぜなら、その子どもにとっては、そのリビングがいちばん勉強に集中できるよう、(おそらく同じく東大出である)親によって巧妙にチューニングされているに違いないからです。
 私の娘も、リビングで勉強します。親がすぐそばにいて、テキストを持ってこさせたり、テーブルを拭いたり、環境ノイズを減らしたりといった準備を整えたうえでです。ゴッチャゴチャ散らかっていたり、鍋のあとのべとべとのテーブルでは決してありません。片付けて、リビングを勉強に適した環境にチューニングするのは紛れもなく親なのです。
 しかし私たちは、ほとんどの場合、集中できる環境を親なり家事使用人がお膳立てしてくれる身分ではないのです。自分でそういう環境を探して、そこに身を置かなければならないのです。
 では、勉強や仕事に集中できる場所とはどこなのでしょうか?
 まずはスターバックスでしょう。東小金井にスターバックスができました。大きなテーブルがどーんと店のまん中にあって、各席にはコンセントもありますし、wifiも用意されています。そこでみんな勉強とかしてます。資格勉強とか。資格勉強してなにか資格を取ったところでどうなるっていうのでしょうか?とかいう言説がありますが、わりと資格勉強が好きな私にいわせると的外れにもほどがある。誰も、資格を取ってなにかに「なろう」としているのではないのです。単に愉しいから勉強しているだけです。ほっといてほしい。
 2番目に、図書館でしょう。武蔵野プレイス。あんな素敵な場所で勉強出来る市民は、本当に少ないと思います。本当はああいう場所で難しい顔して勉強して、午後はエクササイズやテキトーに休憩して早く寝るくらしをしたいんです。しかし、大学生は奨学金の返済のため、望まない企業に就職し、残業を半年のあいだ、過労死ラインの100時間まで課されても文句が言えません。せっかくすばらしい環境があっても、利用できる人は限られ…

最強のTodo管理はWunderlist

表題の通り、私が思う最強のTodo管理アプリはWunderlinstです。

無料で広告も出ず、使いやすさはピカイチ。シンプルで、タスク完了のチェックをしたときのチャリンという音も爽快。

多動の病気の私はこうです。

何かあるタスクにとりかかるとします。すぐに他のやることに手が出て、取りかかろうとしたタスクは先延ばしにされます。

しかし、その先延ばしにしてまで取りかかった、気が散った先のタスクは、コトの軽重を見ると、大して変わらないんです。

そこで、このWunderlistに、せっかくだから予定外でやったタスクをわざわざ完了後に入力して、チャリーンとチェックしたりします。

こういうのって1ヶ月くらいで飽きてしまい、また紙の手帳にリストを書いて棒線で消すパターンに戻るんですよね。

いろいろ、モティべーションコントロールとか、マインドフルネス瞑想とか、GTDとか本を読んで知り及び、ちょっとやったりやめたりしてきました。

しかし私の場合は結局一人ではなにもなすことができません。

東大出て公認会計士になった親戚は、家では絶対勉強出来ないといっていたんですが、私もそうでした。(浪人中はさすがに家でやったが)。

仕事もじつは同じかもしれない。どっか会社にいったり、他の仲間と交流しながらでないと無理です。

相手があるルーティンならすぐやるんですが、期限が特に決まっていない長期の、ややクリエイティブなものとなるとダメです。

Weworkという会社がアメリカにあって、たいへん注目されています。Weworkみたいなのがにほんにもあればいいだが。

イケダハヤトはすごい。田舎に一人引きこもってあれだけ仕事してるんだから。彼のやり方は、私のような者にはとうてい真似できない。

最強の家計簿アプリはMoneyforward

表題の通りです。

最強の家計簿アプリはMoneyforward!

私は毎月500円払って有償版を使っています。管理する口座が多いからです。
管理する口座が少なければ無償版でいいと思います。

2003年から家計簿を付けています。しかし家計簿は付けても××は××なかったので計画外に子どもが殖えてしまい、破たんが可視化されていい感じです。

家計簿を付ければ、家計が破たんしないのではなく、家計が破たんする様子が分かるというだけなんですね。

ここのところ、ちょっとしたミスで、年次で見ると数万、十万と損しました。

消費税の書類1枚出し忘れて、払わないでもいい消費税を20万以上とか。来ないで済んだ税務調査が来るとか。

メールチェックを忘れてて使っていないツタヤディスカスが毎月2000円、10ヶ月近く引き落とされていたとか。

何でも可視化することが重要ですな。

ちなみにMoneyforwardは預金と通販とカードしか見てません。現金(財布)の動きまでチマチマ入れません。他の家計簿ソフトにそれは入れています。

PC、スマホ、シームレスに見られるのはクラウドアプリならではですね。本当に便利な時代です。これであともう一押しで、ブロックチェーンになって、スマートコントラクトになって、訳の分からない手数料とか全部消えるでしょう。それまでは長生きしたい。

テキトーな国

イメージ
民進党の福山哲郎幹事長代理は17日の参院予算委理事会で「ずっとゼロ回答だった与党がいきなり証人喚問に(格を)引き上げた。『首相が侮辱されたから喚問』というのは全く理屈が合わない」とかみついた。榛葉賀津也参院国対委員長も「自分の親分(首相)の潔白の証明には証人喚問で(応じ)、税金の無駄遣い(をただすため)の参考人招致は拒否する。ダブルスタンダード、支離滅裂だ」(毎日新聞2017.3.17) ものすごーくテキトーに、何とかうやむやにできる余地が上手く張り巡らされているから、こういう芸当ができる。

この動画見ろ!

星の数ほど

NHK BS1スペシャル「ただ涙を流すのではなく“分断する世界”とアウシュビッツ」を視聴して思ったが、戦争が庶民にとって死への競争だとすれば、平和は退屈との闘いである。

私はこれまで、このブログで何度も、家事や育児を女性に押しつけて男性はいい気なもんだ的にしゃべってきた。それは私が家事や育児、そして仕事も全部やったら、なんじゃこりゃって感じでめちゃブラックな日常が目の前に開けてきたから。

愚痴の一つでもいいたくなるってんでブログでアーダーコーダ、いってきた。しかし、アウシュビッツのこのドキュメンタリー、あるいは、夜と霧といったホロコースト本を読むにつけ、平和ってのはとりあえまあよかったなあと。

まずアウシュビッツってなんだろなって方に。ドイツという世界のいじめられっ子がいました。不条理な額の対外債務に苦しんだ国民が、とにかくユダヤ人のせいとばかりにこれをスケープゴートにするヒットラーという独裁者のもと一致団結。気の毒なユダヤ人たちは突然ある日、町から全部貨車に乗せられて(トイレもエアコンもイスもない貨物車)、到着した収容所で列に並ばされる。右はガス室行き、左は強制労働のあとガス室か凍死飢え死に病死。どっちもありえん選択肢をわずか70年前に百万人。

結局原因は金ってこと。当時のドイツってものすごい文明国で、ノーベル賞を受賞した科学者もいっぱいいたし、芸術もすばらしいものをどんどん出す国だったのに。それなのになんで、突如こんなひどい、あり得ない仕打ちを同じ人類にできちゃったのか?これを考えないと。

排外主義がいま世界的に力を得ているけれども、金がどっか偏ってしまってるからそうなってるに違いないと私は思う。金がなければ、承認欲求が満たされない。そこに手っ取り早く、仮想敵をもって来られちゃえば簡単に為政者にコントロールされちゃう。それでやれ移民はテロリストだから出て行けとか、韓国の人はどうのこうのとか。うれしそうだねよかったねー。でもあぶないよ。そんなんでスッキリするくらいなら、ウンコしてすっきりしたほうが100万倍増し。

もちろん今の日本やアメリカの政権が、ホロコーストを終着駅とするレールに乗っているとはとうていいえない。そんなのあり得ない。でも、欲求をみんながみんな我慢できるのかというとそうではない。

貧困は、退屈を、ただ単に単調で忙しい時間に変えてしまう。退屈はもの…

月100時間未満なら残業も合法ってどうよ?

月100時間というと、週5勤務の人なら、毎日5時間くらい長く会社にいなければならない。

今般、連合と経営側が出した「月100時間」について、総理が月100時間未満(経営側は未満とかいわず、100時間を基準に、みたいにごまかして、ザル法にして突破しようとしていた)で合法ということにした。

それでメディアは、端的にそういう事実だけ(文言や労使それぞれの主張など)を伝えているけれども、そもそも人間がこの月100時間働かされても「繁忙期なら」オッケーって国はおかしいだろう。

私は雑誌編集者時代は朝10時くらいに出社して終電か2時3時はタクシーで帰っていた。東小金井から23区内の勤務先までは、軽く鬱になるのに十分遠い。

おまけにメディア企業の編集職あるあるで、やりがい搾取型だったので、残業代は出ない。

どうなったか。

家庭を持っていれば瞬即で崩壊免疫システムが壊れて風邪引いたり虫歯が悪化したり死にたくなる眠くて、やる気も減退するので生産性が落ち悪循環 いちばんつらいのは、その出版社の副社長がいかにも風俗上がりの女性で、その女性役員と一緒に、社長(太ったタヌキジジイ)が午後6時になると決まって、運転手付の高級社用車で連れ立ってどこかに消えるのを毎日見なければならないことだろう。絶対飯食ってそのあとはホテルでしっぽりと●●するんだよこいつらって社内では「冷視」されていた。

そういうところだったので身の危険を覚え、やっと手にしたオサレーな職種(ファッション誌編集者)だったのに私は一ヶ月でやめましたとさ。

万国の経営者たちよ。自分がリスク取ってあるマーケットで闘っている(ドヤーカッコいーだろーオレ!マチズモ)自負、矜持があるからといって、従業員をモノみたいに使っていいわけがない。経営者が負っているリスクなんて、従業員は知ったこっちゃない。

従業員は一秒でも早く、定時で家に帰りたいのに、5時間残業させられても合法だなんて、この国は狂ってるとしかいいようがない。

とにかく、労働者はおとなしすぎる。バカなんじゃないだろうか? 幸せになりたいと思ったことがないか、幸せになる資格がないと思っているんだろうか?

労働者に認められたいろんな権利を使って、身勝手な経営者たちを追い詰めなければ未来はないだろう。

しかしそのためには先立つものが必要?おっしゃるとおり。だから私はベーシックインカムが必要だっ…

選挙必勝法!

地域に開いた小さな店をやっていて発見したのだが、支持基盤に某巨大宗教組織を持つ某政党。
 与党第一党も驚く「集票装置」として、政権に招き入れ丁寧に付き合っている。
 それはまあ新聞で知っていたのだが、店を開いていてここひと月のあいだに、以下の特徴を備えたお客様が頻繁に来店するようになった。
・40代後半~50代の女性グループ
・いい感じのご婦人たち
・自己肯定感があり物怖じせず気さく
・かならず2~5名程度と複数
・当店のメイン客層とやや異なる(この年代のお客様は通常、買ったらすぐに出られるし、話しかけたりあまりない)
・全員が買い、会計を済ませた最後に「○○さんを応援しているんです」と言ってリーフレットを渡す
・本人も来た(もちろん買い物、名刺とリーフレット)
・市議会議員選挙の一ヶ月前二ヶ月前くらいから、こうしたグループがメンツを変えて4回5回と来る
――今回は、他の市議会議員選挙に立候補している市議に向けて書いている。
 これ、あなたを応援している人たちはできるだろうか?
 まず数がすごい。
 そして、なんというか、「買い物をして最後にリーフレットをさりげなくしかし確実に渡す」という目的遂行力。平日の昼間に動員して、片っ端から地域の小規模店舗で買い物をさせてPRするという組織力。
 皆、人柄もよかった(気がする)。ニコニコしていて、店、商品、やっている活動など誉める。心理学からのノウハウをチューニングしているのか、話を聞く態度も心地よい。これで、応援しているその候補者をぜひよろしくと何度も言われたら、普通に投票してしまうかもしれない。
 政治学者の三浦瑠璃子が言っていたけれども、日本は政策や政治思想に惹かれてヒトは投票しない。人柄に惹かれて投票する。これ激しく同意する。
 人柄ってすごいと思う。
 別の政党ではこういう事例もある。
 たとえばこのあいだ、近所の畑で「麦踏み」というのに行った。スタジオジブリの裏の畑である。地域の人は誰でも参加できて、畑に植えられた小麦をみんなで育てて最後にうどんにしてたべようみたいなのを地元のNPOがやっている。
 そこに行ってみたら、普段会ったことがないがしかし間違いなく自民党支持の「小金井の保守じいさん」みたいなのがわんさかいた。
 私は保守じいさんたちが嫌いというか、ずるいと思っている。だって、自分の畑にどんどん賃貸ア…

仕事家事育児はイケダハヤトも無理ゲーと指摘

イケダハヤトは現代のもっとも成功したブロガーのひとりだ。彼の訴え(思想)はわりと私に近いものがある。

日本人は長時間労働から足を洗うべき家事や育児を妻に押しつけるのは誤り里山に移住して子育てしながらITワークなどで食っていこう反大企業、反巨大資本ベーシックインカムにも理解がある 僭越ですが、私と似たような考えの持ち主が、多くの読者を得て筆一本で成功しているのを見るのは気持ちがいい。

近年彼にはお子さんが生まれて、家で育てながら仕事をするようになった。その心境が赤裸々に語られるのだが、ここ数日のあいだ目立つのが、子育てや家事をしながら仕事をするというのが完全に無理ゲーだという主張だ。

やってみれば分かる、いかにそれがたいへんなのかを。

もちろん、やってみたくてもいろいろな事情でできない人がいるだろうから、一方的にワーキャー言うのはじつは私は憚られる。しかしイケダハヤトクラスになるとそういうはばかりは一切ない。

つまり、仕事も子育ても家事も、就職して結婚して、妻に子どもを産んでもらい、家を買う(借りる)といったいくつもの、たいへんにハードルの高い作為(契約)に基づいている。つまりできるヒトできないヒトがいる。それで、それらのハードルを運良くすべてこなしてみてはじめて、子育て、家事育児みたいなことを両立できる地位に立てる。

その結果、めちゃくちゃたいへんだから無理ゲーだと言ったところで万人の共感を得ることはあり得ない。ただし、後述するようにおもしろさはある。

イケダハヤトがなぜ読まれるか?

イケダハヤトはいつも、「オチ」として、田舎でひとりで子育てしながら仕事して月商(年商ではなく)300万とか400万といってる。

「東京でいつまでサラリーマンやって消耗してるの?やめちゃいなよ?僕なんて高知の田舎で月収400万だよ?残業も一切なしで」

涼しい顔でキリッとこう決めるのが彼のブログの定番のオチだ。まるで水戸黄門の印籠を出す場面のようにカタルシスがある。これが読まれる理由だろう。

これをもし私がやったらどうなるか。じつは私はイケダハヤトと共通点は多い。東京で消耗サラリーマンはやめちゃいなよ、という主張。早稲田卒で脱サラ組というのも同じ。都会のサラリーマンくらしが以下に悲惨でたいへんか、家庭をないがしろにした仕事一筋昭和価値観を否定するのも楽勝、なにしろ就職に失敗した時点でやれて…

家事・育児・仕事の両立は可能か?

不可能。

人類はこの137億年の歴史を持つ地球という惑星のなかにあって本当に最近登場した生き物に過ぎない。

したがって、まだまだなにか完成というものとはほど遠く、未成熟で、それ故その社会は不条理や不合理に充ち満ちている。

資本主義の要請として、子どもを殖やせ、男は家事をしろ、そして仕事も気にしないと世間の目があるぞ――わたしはわたしなりにがんばってきた。

しかし何度もくじけそうになる。もうくじけそうだ。2時だから、というのもある。深夜2時に家事や掃除が終わってやっと寝られる。午前零時半まで、子どもの勉強のためにわざわざファミレスに出かけていって。

それに今日はいろいろなもの(おもに衣服など)に付いた猫などの毛や動物の糞などを片付けることが多くてこれでかなりまいった。幼稚園児の子どもの部屋を1週間ぶりに掃除したのもエグかった。家中のものも多すぎて、片付けたりしまい込んだりするキャパは限界を超えている。某所のネット回線のクソどうでもいいがぜったいにやらないとまずい設定のために子どもにテレビゲームをやらせて作業に没頭していたら子どもが著しく情緒不安になったのもつらかった。人を待たせて印刷しなきゃならんのにPCが非力でアドビのソフトの起動にいちいち数分待たされるのもイライラを募らせた。結構キャラが好きだった近所の獣医師が、先月突然死んでしまったが、ひとつひとつがとても小さなことでも、それこそちりも積もれば、人間ひとりを倒すほどの負荷になる。

完璧な家庭はできない、それははっきりしている。金もなければ時間も無い。だから子どもの教育の機会だけは、そしてある種の公平さ、自己肯定感(ほどほどでも満たされていると思える「能力」)、ポリティカルコレクトネスのようなものは植え付けないと。でないとリボ払いを契約したりトランプみたいなのを支持したりなにかにハマりすぎたりしかねない。

全体としてはまだまだほころびも多いのに、個々の領域、個別具体的な営みは、平和が続いているし、科学技術もそれなりに進展していることもあり、精緻で複雑で深みを増している。つまり、家事も、育児も、もちろん仕事も手を抜けないし、要求される水準は全部上がっている気がしている。

だから、家事、育児(または介護)、仕事の両立はできない。休む間もないし、気晴らしもできない。心の健康のために、政府はベーシックインカムを導入し、家…

マズロー欲求段階に関する私の新知見

どうも最近世界を見ていると、人間の欲求を段階的に説明したマズローの説にある種の「突破」のような現象が起こっている気がする。順番突破である。

通常、生存欲求→性欲→承認欲求みたいな感じで順番に進んでいくとされる。

しかし、食うに食えなくなった人たち、つまりもっとも最初の段階である生存欲求が脅かされている人たちは、いきなり社会的承認欲求というか、自己実現的欲求へとぶっ込んでいく現象が起こっている。それはたとえば次のような。

原理主義的テロで「殉教」する人(合理的におかしいし、ウソばかりなのに)トランプを支持する人 コツコツと欲求充足を積み上げていくのなら分かるけれども、もう明日死ぬかもしれないというところにいきなり名誉とか、共通敵をぶら下げられ、もう飯とかのことはどうでもいいや、と自暴自棄になって極端な選択をしてしまうことで、自己実現欲求の充足を図る。

まずい傾向だと思う。こういうのを上手く利用して、世界が不安定になったり、人権が守られない人が多数出ても、自分さえよければいい、みたいなリーダーが現れてきている。

極右政治家など。連中は、これまでの穏健な政治家に対して、何もできなかった、これからは違う、世界を変えよう、移民を排斥したり、仮想敵をやっつけたりして自分たちの名誉を取り戻そうなどという。そういった言葉は、ある程度満たされた人には一切届かないけれども、食うや食わずの生活をしている人にズバッと刺さる。

私は、世界が実体経済をはるかに凌ぐ巨大な金融経済が支配してしまい、一部の超富裕層に富が偏在することが、こうしたことの原因だと思っている。

だからベーシックインカムしかないと思う。まあ、まともな判断は、まずはおなかいっぱいご飯を食べてからではないか。そしてたくさん寝て、少しずつ働ければまあ愉しい趣味もできる程度の生活を、みんなが送れるような社会にしなければならないと思う。

cf.セッション22の神回2017.2.8「各国で導入を検討、なぜいまベーシックインカムなのか」

驚きの「やる気」回復術!

家で仕事をしている人にお勧めのやる気回復術を一席。まあ私が今日発見したのだが…。

朝普段より少し早く起きる最寄り駅から通勤電車やバスに乗り、一駅いって降りて、ふたたび帰ってくる できれば普段は着ないようなよそ行きの格好(スーツとか)をするとなおよい。

理由はわからないが、これだけで、家に帰ってきて机に向かうときのハードルが格段と下がり頭もリフレッシュされる。

ちなみに、やる気や意欲は次のことをするだけであっという間に消えてしまう。これはやる気回復ではなく、やる気減退の原因である。まあ、私が普段から経験的に見つけたことなのだが…。

PC仕事の合間に休憩なく家事をする来客、接客寝不足子供や家族への各種世話 皆さんも試してみて下さい。

放置できない子供の貧困

NHKスペシャルで見えない貧困というのを見た。
涙なくしてみられない内容。シングルマザーの家庭で、お金がなくて平日4時間、土日8時間のアルバイトをする高校生。

バイトの内容はファミレスのホールと、そして掛け持ちでコンビニのレジにも立つ。

それで生活費がいっぱいいっぱいになっているところ、およそ進学など見込めるだろうか?もちろん奨学金だけでは足りず、金融機関の教育ローンを借りることになるだろう。

ローンの返済は40代まで続くという。取材されていた高校生の中には、この決断を迫られてとにかく「嫌だ」と泣き出す人もいた。

私が心配なのは、もちろん、奨学金を借りて大学まで出れば、少なくとも高卒よりはいいかもしれないのだが、それが過去の統計データによってしか担保されていないことである。つまり、そういう貧困世帯の子供が借金をしてまで社会に出たところで、返せるほどの雇用はあるんだろうか?

いまたてつづけに、シンギュラリティの起こるおかげで、人間の雇用の大部分がコンピュータなどに置き換えられるという本を読んでいる。





エクサスケールの衝撃 | 齊藤 元章人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊 (文春新書) | 井上 智洋

人間に残された雇用の領域はサービスや芸術など一部に限られてくる。それは、2030年頃にはかなりはっきり傾向として出てくると予想されている。

2030年となれば、いま17歳の人が30歳になった頃。まだ奨学金の残高は残っている。せっかく大学に出ても、介護や掃除、あるいは人の世話のような感情サービス労働しか雇用がないとなると、借りた本人はかなりつらいのではなかろうか?

私はつらい。

私は、浪人中に、新聞かなにかで、「ドイツでは大学の哲学科を出てもタクシー運転手しか職がない」というのを読んだ。そして、大学の哲学科を卒業して、結局タクシー運転手にはならないものの、仕事の内容は結構似たような感じになっている。もうそういうふうになってきている。

前回のブログでは、就職先はしっかりした企業研究で開けるものと楽観的なことを書いたのだが、このシンギュラリティのおかげで、吹き飛びそうである。

だからいうんだけど、ベーシックインカムしかないっしょ?

cf.日本財団 子どもの貧困対策

ベーシックインカムで分かりやすいのは、TBSラジオセッション22の 2017.2.8放送回「各国で導入を検…

なんだこれ 2.0

最近、「なんだこれ」をいう言葉をよく聞くが、もう古いかもしれない。私は最近立てつづけに聞いた。
 近所のペットショップに、突然飼い犬が悲鳴を上げてトイレで動かなくなったため、時間外のところ、携帯で呼び出して無理矢理受診させたときのこと。
 「最近、パン屋の客で、獣医さんになった人がいるんですよ」「いやー獣医なんてなるもんじゃないですよ。家賃払ったらほとんど残らないうえに、休みなんてほとんどないですからね」(え?たかが痔になった飼い犬のために無理矢理受診させた私へのディスリじゃね?)
 そして彼はいった。「(苦労して獣医になったのに)なんだこれ、って感じですよ」
 次に、なにか非常に神童めいた起業家が、せっかく地域の子供をシンギュラリティ対応させようと教育ビジネスを興した物の、現実はたいしたことないうえに苦労ばっかり多いことが分かり「なんだこれ」。
 私の場合、なんだこれって感じで、なにかをまとめて総括することができないことがつらい。基本、人生のほとんどすべてが「なんだこれ」状態なのだが、なんだこれっていったところで何も変わらない。たえがたきを堪え、しのびがたきを忍ぶほかはない。
 ところで、最近は、未婚の女性は男性に、学歴や経済力よりも家事の能力を求めるようになっているという(国立社会保障人口問題研究所とかいう団体の2010年の調査)。
 そして、男性が家事を担うことにより、女性は自分のキャリアが結婚や出産で妨げられることがないように、と願っている。
 どおりで男の私は家で家事ばかりして、外では仕事なんてほとんどしていないにもかかわらず家庭円満なわけだ。これで私が外で仕事などしようものなら(それこそ「キャリアがどうのこうの」などと言い出そうものなら)、家族から総スカンを食らい、鬱病患者も出そうである。
 しかしここ小金井市では近所で昼間、平日うろうろ子供といるアラフォー♂は圧倒的に少数派だ。
 どうなんだろう、この国の与党は、「保育園落ちた日本死ね」に対して、国会で質問した野党女性議員に、怒濤のようなヤジを飛ばすタヌキジジイの妖怪集団である。
 女性は、男性に期待する年収は普通でいいといっているのだが、その水準は600万円。結婚適齢期の男性のわずか5%しかこの水準に達していないことは知らない。自分の父親のこととか、なにか間違ったメディアの情報を鵜呑みにしているの…

スタディサプリ、こう使えば続けられる効果が出る

リクルートがやっているオンライン教育システム、スタディサプリがすごい。何がすごいって、値段がめちゃくちゃ安い。それに――、

月額980円で小1~中3までカバー動画講義、テキスト、ドリルと勉強に必要なすべてがそろう9人まで登録できるので子だくさんに優しい小1~中3のどこからはじめても、どこをやってもOK Z会や進研ゼミ、そしてスマイルゼミといった競合にくらべると、安さが圧倒的だし、内容も遜色ない。

ただし、Mookや東大の公開している無料講義を誰も見ないのと同様、こうしたネットや通信教育を、長期間続けられる人は多くない。多くの子供は塾に行くことになる。月謝がたとえ、何万とかかろうと、見ないやらない通信教育よりはましである。

しかしうちのように、予算に制約のある(たとえば子だくさん)家計やシングル家計の場合はそうも行かない。なんとしてでも、学校外教育のコスパは上げないと。これは死活問題である。

私は家にいるので、今日はここをやってねと、ノーパソとプリントアウトしたテキスト、ドリルをざくっと渡してやらせ、監視することができる。

他の教材と異なり、スタディサプリはテキストがPDFでアップされていて、動画講義を視聴する前にプリントアウトしておかなければならない。ドリルも、紙で印刷して解いた方がやりやすい。

したがって、本日の表題「スタディサプリこう使えば続けられる、コスパ最大になる」、その中身は次の三つだろう。


今日やることを親が管理してそのときだけノーパソを渡す印刷すべき物は事前に印刷しておいて一緒に渡す終わったらノーパソを返してもらい、励ましの言葉をかける ノーパソではなく、アンドロイドタブレットやipadでもいい。スタディサプリは、スマホでは無理だろう。あまりに小さすぎる。一応、ドリルは画面上で答えを入力する必要があるので。

あと、子供にノーパソなりタブレットを渡しっぱなしにするのは止めたほうがいい。目によくないし、ユーチューブやネトゲにハマりだしたら目も当てられない。

中学卒業するまでに、こうしたICTを使ってガシガシ、子供のスキルを上げてあげないといけない。そもそも、この人類の歴史上、これほど低価格で、効果的に子供の勉強のサポートができるようになった時代はなかろう。

一つ問題がある。親が普段仕事で子供といられない場合や、紙でテキストをプリントアウトできない場合どうした…

給付型奨学金、大学無償化について

私はかねてより訴えているベーシックインカムの政策の一環として、大学までは無償化すべきだと考えている。そのために必要な財源はおよそ2兆数千億円とされている。

これに対し、ある大学教員、私が結構注目している津田塾大学の哲学科の教員、萱野稔人さんは、ラジオの番組で次のような趣旨の発言をしている。

「大学教員は、きちんと生徒が就職できるように正しく教育活動をしなければならないはずだ。そうした教育の中身の議論は一切置いておいて、一方的に(結局は自分たちの飯の種になる)奨学金を増やせ、無償にしろというのは賛同できかねる」

まわりの教員があまりにひどいに違いない。それはさておき、奨学金を借りている大学生の割合は、2016年でふたりにひとりだという。そして、ほとんどは有利子の奨学金であり、ほとんどの学生は問題なく返済できている。

一方で、大学を出ても奨学金を返すに十分な職業に就かず、非正規で働いて返済がおぼつかなくなる生徒もいるにはいる。私が個別に、そうした生徒に話を聞いたわけではないから、その人たちはそれぞれの事情で返済できなくなってしまったとしか言えない。

私の場合、幸い奨学金ではなく大学を卒業した。そして、自宅が都内にあったため、大卒後、自分の夢(マスコミに入りたかった)を追うために就職浪人したり、非正規バイトをしながらライターや編集者になることもできたかもしれない。

しかし1996年に大学を卒業した私はそうしなかった。当時、私は何となくそれ(夢追いの就活浪人とか、いきなり小規模の企業に入って修行とか)はヤバい気がした。私は、結構「寄らば大樹」思想の持ち主である。独立、脱サラ、魅力的な言葉だけれども、それはそれ、実際問題やっぱり大企業、巨大組織に入って働いたほうがいいに決まっている。

それで、自分なりに調べ、無名だけれども、この日本の産業界でしっかりとしたシェアを持ち、経営も安定している某メーカーに入社した。同じ学部の卒業生や知り合いが、どんどんNHKとか集英社、朝日新聞社に内定を決めていく中、自分だけ内定が無くて焦った。それでもう何でもいいから内定をもらおうとして、そういうメーカーに入った。

それでそれはまったく間違っていなかった。なぜなら、そのメーカーでは案の定、鶏口となるも牛後となるなかれじゃないけど、妙に厚遇されて、好きな部署を選べた。経理部を選んで、簿記の学校に通…

シンギュラリティーとは

「特異点」という意味らしい。ティッピング・ポイントとも近いかもしれない。

人類に普遍的に存在していた、エネルギーと食糧の問題が、最新のコンピュータテクノロジーの進歩のおかげで解決するという予測がある。

私はこの予測を、もはや絵空事とは思えない。というか、思いたくない。

ベーシックインカムを推進しようとしている私にとっては、シンギュラリティーが起これば、日用品やインフラを支えるエネルギーがコストゼロで手に入るようになる。したがって人々は労働から解放され、実質的にはベーシックインカム実現と同様の結果が、シンギュラリティによってもたらされる。

日々のこすっからい労働、面白くないし、将来性もないルーティンワーク。私はもううんざりしている。正直、仕事も家事も面白くない。生きていて活動していることのうち、面白いことといったら、本当に少ない。

そうかといって、やさぐれて仕事を辞めたり、自堕落に暮らせばたちまち貧困や罹病により、今よりもっとひどいこととなることはあきらかだ。そう思うと、今のように一応仕事をしつつ、この家事や育児などその他もろもろ、バランスを上手く取りながら整然と日々を暮らすしか選択肢はない。

最近は、自分がはじめたパン屋のおかげで、近所の皆様やご家族様が本当においしい、添加物の少ないパンを食べることができている。とりわけ、すごいアニメの巨匠とか、また業界で有名なクリエーターの方などが来店したりするのは、本当に興味深く、面白い。

そういう尊敬すべきカリスマたちが、うちに来て私の焼いたパンを食べると思うとこれはもう面白いというほかない。しかも、彼らの中には、うちの店に入るやいなや、その大資本チェーンの均質化されたプラスティックっぽい内装とはかけ離れた、妙に手作りで統一感のないパン屋の微妙なしつらえに、「面白い」と感想を漏らす人もいる。

このように、面白いと言い合う関係がそこにある。そしてその場は、仕事とも家事とも関係のない、第三の場所(サードプレイス)である。

シンギュラリティーが起こり、人々が日々の労働から解放され、日用品や食料、エネルギーがただで手に入るようになったら、人々の人生のメインステージは、こうした第三の場所になるのではなかろうか?