生活環境では勉強も仕事もはかどらない

 このテーマでは身近な人が皆同じ悩みを抱えています。家で、仕事や勉強など一定の集中を要することは決してはかどりません。ご飯を食べたり家族と話したりテレビを見たり、寝たりする、その同じ空間で、勉強や仕事をやるのは至難の業です。
 メディアでよく、東大に合格した子どもはリビングで勉強をするとかいわれています。前段と矛盾するようですが、注意深く観察すると矛盾しません。むしろ関係ありません。なぜなら、その子どもにとっては、そのリビングがいちばん勉強に集中できるよう、(おそらく同じく東大出である)親によって巧妙にチューニングされているに違いないからです。
 私の娘も、リビングで勉強します。親がすぐそばにいて、テキストを持ってこさせたり、テーブルを拭いたり、環境ノイズを減らしたりといった準備を整えたうえでです。ゴッチャゴチャ散らかっていたり、鍋のあとのべとべとのテーブルでは決してありません。片付けて、リビングを勉強に適した環境にチューニングするのは紛れもなく親なのです。
 しかし私たちは、ほとんどの場合、集中できる環境を親なり家事使用人がお膳立てしてくれる身分ではないのです。自分でそういう環境を探して、そこに身を置かなければならないのです。
 では、勉強や仕事に集中できる場所とはどこなのでしょうか?
 まずはスターバックスでしょう。東小金井にスターバックスができました。大きなテーブルがどーんと店のまん中にあって、各席にはコンセントもありますし、wifiも用意されています。そこでみんな勉強とかしてます。資格勉強とか。資格勉強してなにか資格を取ったところでどうなるっていうのでしょうか?とかいう言説がありますが、わりと資格勉強が好きな私にいわせると的外れにもほどがある。誰も、資格を取ってなにかに「なろう」としているのではないのです。単に愉しいから勉強しているだけです。ほっといてほしい。
 2番目に、図書館でしょう。武蔵野プレイス。あんな素敵な場所で勉強出来る市民は、本当に少ないと思います。本当はああいう場所で難しい顔して勉強して、午後はエクササイズやテキトーに休憩して早く寝るくらしをしたいんです。しかし、大学生は奨学金の返済のため、望まない企業に就職し、残業を半年のあいだ、過労死ラインの100時間まで課されても文句が言えません。せっかくすばらしい環境があっても、利用できる人は限られます。
 3番目として、ファミレス。最近は終夜営業をやめる店も多いのですが、少なくとも図書館が終わったあとはしばらくやっています。勉強している人はとても多いです。でもどうなんでしょうか? そこまで勉強したとして、ファミレスの店員のようなサービス産業にしか正社員の口は残っていない社会になりつつあるのではないでしょうか?
 知人は、ダラダラネットを見てしまうのに嫌気がさして、唯一のネット端末を水に浸けて逝かせてしまいました。娘はユーチューブ視聴をやめたいのにやめられず、アンインストしようと検討中ですが、チャンネル登録する数を減らせばいいかもとか言ってます。
 高校時代に早くも家で勉強出来ないことが分かった親戚は、常にマクドナルドで勉強しています。さすがだと思いました。彼は結果を出しています。
 私はどうなんでしょうか? 私は勉強や仕事に向かうことがはたしてこのあとの人生でできるのでしょうか?
 大企業が、子育て中の従業員にリモートワークをさせるみたいなのをよくメディアで見ますけれども、あれはかなりストレス多いだろうなと思います。
 とにかく日本人は働き過ぎであり、働くことを一律賞揚して墓穴を掘っているとしかいいようがありません。働き過ぎていいのは企業の発起人、経営者、物件や投資オーナーが自分の物件(投資先)の付加価値を上げるためにする活動、そして創業株主くらいであり、それ以外の身分の者は1ミリたりとも残業などすべきではないのです。とりわけ一般社員、非正規社員やアルバイトの人は、今般の残業代100時間未満という茶番に対して激高すべきなのに、シーンとしている。涙が出てきそうです。従業員が、完全に奴隷化している何よりの証し、それがこの静けさなのです。
 最近、市議会議員選挙にむけて、候補者の皆さんがあれこれ政策とか、実績とか、書いていますけれども、現代の諸問題、とくに若者の貧困、長時間労働、子育てのやりにくさ、世代間格差、資本主義の先鋭化による社会や国家の疲弊そういった問題を放置して、どんどん陳腐化していく国家のOSを黙認、追認し続けてきたのが市議会の既存政党だったし、これからも喜んで追認するのが市議会議員という職業人なのです。だから、よくもまあ恥ずかしげもなく「応援しているんです」とかいえるものだなと、心から思うんです。そういう既存政党を応援するなんざ、自分がいかにばかで無知なのかを宣伝しているようにしか見えないんですよ。
 ただもうこれだけ行政官僚国家ががちがちにできあがっている場合は、ほんとうはどうしようもないんです。そのことを知っているヒトがいるわけです。職業としてさっさと議員になって、ドヤ顔しながら税金で暮らすのが「幸せ」だと知っている人が。それは議員本人です。候補者や議員本人はそうした意味でまだ狡猾です。どうかと思うのはあくまでそいつらを手弁当で応援する人たちでしょうね。それやるんだったら山に登ったりパンを焼いたり、山奥に引っ込んで小屋暮らしをしたり、吉祥寺のキャバクラに夕方行ったりした方がよっぽど愉しいと思うんだが。

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