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サピエンス全史・キッズドア・オキシトシン・社会の分断

「行政がゆがめられている」と記者会見で訴えた前川前文部事務次官。キッズドアで子どもの学習支援のボランティアをしていたことが明らかになり話題に。
 『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ)によると結局人類の幸福はセロトニンやオキシトシンといった脳内物質の分泌量で決まると結論。歴史家はこれまで、こうした指標に基づいて定量的に人類の幸福史を作ってこなかったと。
 ケリー・マクゴニガルのTEDスピーチ「ストレスと友達になる方法」では、人に親切にするとオキシトシンが出る。そういう経験を重ねていくと、いざ自分が強いストレスに晒されても、勇気を持って乗り越えることができると主張。
 『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』(ルトガー・ブレグマン)によると、結局AIにぶんどられて人様の仕事なんてなくなっちまうんだから、GDPみたいな欠陥だらけの指標で成長成長と騒ぐのはもうやめにして、ベーシックインカムで行きましょうよと。
 社会は分断をきわめる方向に動いている。各々が信じるイデオロギー(物語)が異なりすぎて、互いに馬鹿の壁を夢中で築いてわかりあえない。
 NHKの番組「ニッポンのジレンマ」で、ベーシックインカムを積極的に評価する阪大の安田先生のゼミ生が、過半数が反対の現実。
 みんな幸せになりたいし、自分のことが認められたいと思っているのは分かる。しかし、幸福のための物質オキシトシンを出すには、単にセックスしたり背中とんとんてやったりハグしたりすればよい話し。祈るっちゅーのも出るらしい。
 だったら、ベーシックインカムにして、中途半端な低賃金労働は止めにし(機械に任せて)、ハグし合ったりとことん討論したり祈ったりする時間を持てる社会を作ればいいんじゃね? そうしたら、右翼も左翼もなくなって分断も解消。キッズドアのようなNPOでのボランティア活動や、創造的な時間や趣味の文化が活発になって、よさそー。
 ちなみに私がベーシックインカムに賛成なのは、子どもが多くて世帯人数が多いため、世帯主としては可処分所得が増えてイッひっひだから!ってのは半分ホントで半分冗談。大学学費無償化もセットでね!

ノーベル経済学賞受賞者の理論「安定マッチング」とは?

いま日本の課題のひとつは、少子高齢化の進展に伴う、社会保障費の増大である。

少子化の原因は、婚姻数が減っている。生涯非婚率も上昇を続けている。しかし、若者の多くは、将来は結婚したいと思っているようである。

婚活という言葉も生まれ、合コンや出会いのパーティーは日夜様々な場所で、民間や行政機関によってさえ、開催されている。

ところが、大枠としては少子高齢化は先進国共通の問題として定着しており、一挙解決というのは私は目下ベーシックインカムくらいしか思い当たらない。

ところが、今日「オイコノミア」で、くっつきの経済学とかいう妙なテーマを見て驚いた。

人と人をくっつける(結婚にせよ就職にせよ何でも)にあたっては、すでにノーベル経済学賞を受賞した立派なアルゴリズムが存在していた。

それは、このページを詳しくは見てほしいが、要は、マッチングの結果決まったパートナーに対する満足度(納得感)が最大化すること、そして、そのパートナー以外の人のところに行く(不倫など)ことの利益が、そうしない利益を常に下回ることができる、そういう理論である。

通常は、パーティーでちょこっとしゃべって、最後に、意中の人のところに行って「お願いします」と頭を下げ、女性がその中から選んでカップル成立となる。それに対し、安定マッチングの場合はいったん、女性が候補者の中からひとりをキープしておく。

男性は、すべての女性参加者を、好きな順に並べて、順番に告白していく。断られたら、次の女性のところに行く。それをキープされるまで繰り返す。

すべての男性が「キープ」された状態になるまでこれを繰り返す。

すると、女性のほうとしては、次々告白された中から、キープを次々交換することで、自分に好意を寄せている人のうちもっとも順位の高い人を選ぶことができている。一方男性は、自分を断らなかった人のうち、当初の順位の最も高いひととカップリングできていることになる。

これだと、不倫をして、カップリング相手以外の、より順位の高い女性に、あらためていいよろうという誘因は働かない(なぜなら結局その相手には1度断られているので、また断られることは分かっている)。

すべてのお見合いパーティーはこの方法をとるべきだと思う。なぜ、この方法が採用されないのかまったく理解に苦しむが、理由もなくはない。男性によっては、好きな女性が、その参加者のうち、たとえ…

アンジェラ・リー・ダックワース「成功のカギは、やり抜く力 GRID」

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IQではなく、「やり抜く力(GRID)」(ただし詳細は不詳)なるもので成功は決まると。
そう、スピーカーのアンジェラ・リー・ダックワース先生はおっしゃっています。

私は確かに、やり抜く力は、ない方です。やり抜く力というのは、どうすれば鍛えたり、獲得することができるのか。どんな子どもは、持っているのか。親や、生育環境がどうであれば、やり抜く力がより得られるのか。

最近いわれている「非認知能力」も、これに近い気がします。

運動の部活動や、勉強以外のいろいろな体験が、どうやらいいかもしれないともいわれています。

まあ、勉強の出来不出来が少なくともIQではない、というのは、救いですよね。生まれつき決まっているものではなくて、あとで努力次第でなんとでもなるというわけですから。

要は、がんばればできる。努力は報われる。そういう考え方です。

私の問題は、最近、このやり抜く力ってものがどんどん衰えているなーという自覚です。原因は自分なりに振り返ってみますと、「だらだら」「飽きる」「気が散る」――この三つが大きいと。

(会社を辞めて10年以上経ち)毎日緊張感がない加齢でいろんなことが陳腐化して新鮮味がなくなり、取り組もうという動機もわかない情報過多なうえに家事育児など気が散ることが多すぎる しかし冷静に考えると、そもそもやり抜く力があれば、こうした要素にもかかわらず、なにか事を成し遂げることができているはずです。一心不乱に取り組み続けることができない結果、こうした状況になっているともいえるし、こうした状況のせいで、余計にやり抜く力が衰えている。悪循環です。

私はどうしたらいいんでしょうか。

キーワードをひとつあげるとすると、「コミットメント」だと思います。やり抜く力を発揮しようにも、対象を定めて対象に強く関与(コミット)しないことにはどうしようもありません。

私はコミットすることは悪いことではないし、苦行でもないと思います。確かにとっかかりの瞬間は、気が重いし、その対象でよいのか、不安もいっぱいです。

ところが、何でもいいからコミットしさえすれば、少なくとも一定の成果は出るものです。成果は小さいかもしれないし、失敗で終わるかもしれませんが、コミットしているあいだは、いい感じに脳が活性化されて、それこそ「心地よい興奮と満足感」を味わえる瞬間が多かれ少なかれ、あり…

Lifehackerでイチオシ記事

月額1500円くらいのサブスクリプション(有料定期購読)でNewsPicksというのを読んで1ヶ月。
 為末大さんの集中力の記事で、最大の敵は「退屈」と書いてあり納得。退屈を様々な工夫(違うことにトライする、環境を変えるなど)で乗り越えてきたメダリストの言葉には説得力があった。
 私はすべてのことには飽きや退屈がしょうじて、人間の、およそ生存に必要な最低限度のこと(調理、飲食、排泄、睡眠など)意外は結局継続的にし続けることができないようにできているのではないかと思うようになった。
 特に、『サピエンス全史』を読んで、人類は数百万年も気ままに狩猟採集生活をしてきたのに、ここ1万年程度で突然農耕に切り替えて、それで定住し、あれこれ小麦を育てるためにそれこそ「todoリスト」みたいな感じでやりたくもないこと、つまり少なくとも本能的にその日暮らしをしてきた狩猟採集時代はやらないでよかったことを、やらなければいけなくなってしまった。『サピエンス全史』は、この事態を、人間が小麦という生物に隷属化したと書いてすごいなこの著者は。まったくそうだ。
 農耕社会、そして現代にいたる高度文明社会にいたるまで、人間は間違いなくなにかに隷属している。
 しかしじつは、隷属の状態は案外ラクでもある。なにも考えなくても、避けがたいプレッシャー(稲刈りとか上司からのメッセージとか)によってタスクをこなせば、まあくっていけるわけだから。
 では、本題と言うことで。

仕事の効率が上がる、手書きリスト管理術Autofocus
https://www.lifehacker.jp/2009/02/autofocus.html
通常は、todoリストは終わったタスクに線を引いて消したりすることで「小さな勝利を積み重ねていく」のが眼目だが、この方法は、いったん取りかかったタスクをもし中断した場合は、とりあえず棒線で消して、最後に同じ内容を加えるというところが私にむいている(すぐ気が散って他のタスクに手を出すので)。
「苦行」とは正反対? ミニマリズムを実践することで得られる11のメリット
https://www.lifehacker.jp/2016/12/161222_book_to_read.html#cxrecs_s
ミニマリズムは苦行ではないという記事。ミニマリズムのメリットが、苦行を打ち消してなおあ…

学費無料のアメリカ「ベレア大学」の方法

私も含め日本で子育てしている親の関心事は、大学学費の高さである。大学の学費は、給与所得や物価がずっと下がり続けているここ20年ほどのあいだに、ひたすら高騰している。

娘が4人もいるから、奨学金なしではおよそ全員を大学に進学させることは不可能だ。もちろん、シリアやとんでもない途上国にくらべれば、借金さえすればよりどりみどりで大学に行けるのだから、それはまあそれでよしとしよう。最近は、奨学金も、無利子だったり、給付型も政策で導入されつつあり、だんだんと状況はよくなってきていると言える。

それで、アメリカのべレア大学という大学について話したい。この大学は学費が無料だ。通常1000万円程度の授業料が、この大学が所有するさまざまな商業施設で働くことで、学費が無料になっている。

たとえば、ホテル、レストラン、パン工房、農園、森林、工芸品店である。大学があるのは、ケンタッキー州の人口1万人程度の小さな町。ここにこうした観光資源があることで、全米から観光客がやってきて、町の活性化につながっている。

ちょっとしたパンにしても、鶏肉にしても、工芸品にしても、難関私立大学の学生さんが作っているとなれば、非常にイメージがよい。近所のスーパーで買わずに、あえてここで買おうという気持ちにもなるだろう。

学生にとってもメリットは計り知れない。もちろん勉学のための時間が犠牲になる面はあるものの、借金のように、金融機関を単に利するだけの利子を払わないですむ。勉強して大学の学位を取るのに、何で民間企業(しかも金融経済のため実体経済にくらべて儲けが膨らみやすく、少数の関係者で富を寡占している)のために身を粉にして働いて借金を返済しなければならないのか。この不条理は若い学生には私は酷だと思う。

そういうわけで、このビジネスモデルは日本の大学にも当てはまるだろう。ただ、これはあくまで、ベーシックインカムといった社会主義的な政策に拒否感の強いアメリカの話。ベーシックインカムが導入されれば、こうしたモデルは通用しなくなるかもしれない。

ただ、それまでの過渡期として、「現役大学生」が働くサービス産業を大学が学費無料の財源として運営するのはいいだろう。大学だけではなく、塾でもいいかもしれない。