幸せとは生きがいのこと、その4要件

 TED「幸せを目指すだけが人生じゃない」(エミリー・エスファハニ・スミス)をみて思ったことを書きます。
 この心理学専攻の作家によると、幸せというのはそれを目指すものではなく、「生きがいをもつこと」こそ重要なのだという話しです。
 私なりに解釈すると、幸せというのはプロセスであり、健康や水・空気と同じように、私たちが普段生きていく上でなくてはならないプロセスであり資源、のようなものなのです。
 健康も、水も、それがそこなわれてはじめて、いかにそれらが大切だったかを知るわけです。ですので普段、それらを意識することなく暮らしていけているのであれば、その人は健康であり、水や空気に恵まれている状態、満ち足りた状態なのです。
 短期的な欠乏がしょっちゅう生じます。それらはアマゾンでクリックすれば、あるいは駅前の百円ショップに行けば、大概のものは満たされます。物質的な充足が、幸福の要素であるという考え方は、昨今完全に後退しています。
 冒頭の作家、エスファハニ・スミスは、生きがいこそ、幸福な人生において不可欠のものだと説きます。数百冊の心理学・哲学関連書籍を読み、そして何百人にもインタビューした結果、彼女が見つけた生きがいの四つの要素を順番に見てみましょう。生きがいは次の四つの要素から構成されます。
1.絆
2.目的
3.超越
4.ストーリーテリング
 一番目の絆について。人間は社会的な生き物であるがゆえ、家族や友人、同僚との人間的ふれあいはなくてはならないものです。
 二番目の目的は、生きがいの方向性をその都度与えてくれ、人生の軌道から外れないようにしてくれるものです。内容は何でもいいと思いますが、反社会的なことになっていないかどうかは、気をつけなければなりません。カルト宗教、マルチ商法、ギャング集団などが、人々を熱狂させて、反社会的な目的のために人を駆動させる事例を忘れてはなりません。
 三番目の超越。これは今流行の「マインドフルネス瞑想」あるいは、ミハイ・チクセント・ミハイのフロー状態のことだと思います。要するに夢中になって我を忘れる時間を持つことで、心を健やかに保つことができます。
 四番目のストーリーテリング。これはどうなんでしょうか。「承認欲求」を満たしてもらうことのバリエーションともいえそうです。自分のこれまでの人生を物語にしてまとめる機会を持つことを、エスファハニ・スミスさんはおすすめしています。自分の人生をまとめた自分史を出したり、何でも話せる仲間を持つことも役に立つでしょう。
 娘は高校生ですが、古市憲寿氏が発見したとおり、満たされていて幸せそうです。実際、幸せについて意識したことはあるか、本項を執筆するにあたり質問したのですが、まったくないということです。彼女はエスファハニ・スミス氏の四つの生きがいのすべてを満たしています。
 今の時代は、人類史上もっとも安全で、先進国の人たちは恵まれた人生を生きています。にもかかわらず、自殺者が後を絶ちません。自殺する人は、では、これらの四つの生きがいを持っているでしょうか? たとえば小学校の先生、中学校の先生はよく心を病む職業として知られています。
 エスファハニ・スミスさんの四つの生きがいを持つ機会が、今の多忙をきわめる公立学校教員にはほとんどないと推測できます。それで抑鬱状態になり、最悪の場合自殺を選ぶ。教員がそれじゃあ、子供達は戸惑うばかりでしょう。今の学校制度が、まるでダメになっている、少なくとも前近代的な産業労働者を金太郎飴みたいに作り出すばかりで(しかもAIの進展でそういう労働者の働き口は今後激減しそうだ)、先生も生徒もまるでハッピーじゃない。残念の極みです。ただ、娘は公立高校の生徒ですが、高校に入ってからは、絆、目的、超越の機会に恵まれて、ハッピーになりました。
 さて、もうひとつ、エスファハニ・スミスさんが人々が満ち足りて幸せな状態は、こうなんだと示してくれたところで、私はあることを思い起こしました。
 それは、常々、このブログとか、リベラル系メディアで問題にされる日本のダメな部分について、なぜ変わらないのか、関心が集まらないのか、政治が変わらないのか、についてです。ダメな部分、それはまあこのブログ読者なら分かるでしょうけど、まず高齢者至上主義のシルバーデモクラシー、アメリカ追従ケツ舐め路線、男尊女卑、新卒一括採用正社員長時間労働、子育て育児は女の仕事的マチズモの蔓延と政治的追認。これらの件です、ハイ。
 こういう問題について、目くじら立ててワーキャー言ったり書いたりするのって、あるいはもっと進んで、解決のために具体的に行動するのって、その当事者の生きがいにどの程度関係するかなと。
 当然、ほとんど関係ないし、むしろキツい、社会正義の実現のために汗水たらそうってんだから、もうたいへん立派ですばらしいです。しかし、そういうことを選択する人は、圧倒的に少ない。ジャンヌ・ダルクはその希少性故に歴史に名を残した。その少ない理由は、それじゃ人生ハードになるばっかりで、もっと穏やかに、生きがいを自分で見つけて暮らしていきたいというだいたいの人たちの思いとは異なるってコトなんですね。なーるほどー! 野党の皆さんにがんばってほしいですね。


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